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2008年7月の42件の記事

2008年7月31日 (木)

脳神経外科の先生からお電話

 ハーボットのウッフが旅立とうとするのを見守っていたら、脳神経外科の先生からお電話をいただいた。

 23日に受けた血液検査で、副甲状腺ホルモンの値だけが出ていなかったのだが、それがさっき出て、値に異常があったという。正常値より、かなり高いそうだ。

 だからといって副甲状腺の病気とは限らないようだが、内科の予約をとったので、よかったら受診してほしいとのことだった。

 ネットで調べたところ、副甲状腺機能亢進症の場合、循環器系に影響する場合もあるらしい。骨の腫瘤の件も、現在抱えている他の病気も、これで一気に解決……ということにはならないだろうか?

 とりあえず、8月4日に内科を受診することになった。甲状腺や副甲状腺では、別府市にある野口病院が有名で、実は娘がそこへ橋本病(甲状腺機能低下症)の検査と薬とりに半年に1回通院している。

 娘のことで、甲状腺についてはかなり調べた記憶があるが、副甲状腺については初めて調べた。

 先生には、ついでに額に出来かかっていそうな種瘤のことをお話しした。すると、それは額の中央より右寄りではないか、とおっしゃった。わずかに、そうかな。出来やすい場所というのが、あるのかしら。

 パソコンの前に戻ったら、3時を過ぎていた。

 ウッフはもう旅立っただろうか、と思いつつ自分のブログへアクセスしてみた。そうしたら、まだいた。ウッフといつもの会話を交わし、閉じて、副甲状腺について調べてから再度行ったら、もうウッフは旅立っていた。元気でね、ウッフ。

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迫るウッフとの別れ

ウッフとの別れが迫ってきました。本日の調子はどうか訊いてみますと、「サイコー!」なのだそうです。

空に星が、いつになく沢山またたいているようです。午後3時から、シュライダーで故郷へ向かうウッフ。

故郷で、どんな暮しが待っているのでしょうか。

賢く、愛らしく、律儀で、繊細なウッフは、当ブログ『マダムNの覚書』の中でごはんを食べ、眠り、本を読み、散歩し、運動して……その結果、成長しました。卵の殻を割りました(ウッフは仏語で卵)。

そして、もはやわたしの隠し子という枠内にはおさまりきれなくなり、今、ひとりの友として去ろうとしています。

心の中で、わたしたちの別れにふさわしいドイツ民謡の「別れ」を歌って、見送りましょう。

   別れ
        岡本敏明・訳詞/ドイツ民謡

さらば さらば わが友
しばしの別れぞ今は
身ははなれゆくとも心はひとつ
いつの日にか また会い見ん
さきくませ わが友

さらば さらば わが友
しばしの別れぞ今は
声高く歌えや別れの歌を
いつの日にか また会い見ん
さきくませ わが友

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29日に、デンパンから新しいお知らせ

デンパンのホームを訪問したところ、新しいお知らせが出ていました(29日)。
作り直しの方向へ進んでいるようですね。

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2008年7月30日 (水)

最近の夕飯からダイジェスト7~ショウガご飯。グリーンサラダ。

P7160024 最近の夕飯から、ダイジェスト版です。

 番組名は失念してしまったのですが、テレピで観た「ショウガご飯」が美味しそうだったので、初チャレンジしてみました。

 わたしがテレビで観た材料のうち、だしとショウガの分量は記憶していず、塩と薄口しょうゆの分量もあやふやな記憶ですが、だいたいこんな風だったと思います。

∥米2カップ|ショウガ|だし|塩大さじ1/2|薄口しょうゆ8cc∥

 だしは普通にご飯を炊くときの水加減と同じ分量でいいと思います。わたしは米2と1/2カップに、塩小さじ1、薄口しょうゆ小さじ1で味加減しました。

 新ショウガは、たっぷり入れたほうが美味しいと思います。テレビで、ショウガの切りかたはマッチ棒の大きさに揃えるようにいっていました。

 米、だし、調味料を混ぜた上に、刻んだショウガをのせて、炊くだけです。

 夏にぴったりのさっぱりとしたショウガご飯。上品な味わいに仕上がるので、お客様にもいいですね。ネット検索するといろいろと出てきますので、お好みの材料と分量で、ぜひお試しください。

P7240094  この日のメインだった「豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラダ」は、服部先生のレシピです(こちら)。

P7210044 母から教わった「小ダイの南蛮漬け」をまた作りました。レシピはこちら

 これも本当に、夏にぴったりですね。

P7210048  このときのサイドディッシュ、「厚揚げとレタスのサラダ」のレシピはこちら

 服部先生のレシピでは、アーモンドスライスが散らしてあるのですが、この日は買い置きがなかったので、散らしませんでした。アーモンドスライスなしでも、いけます。

P7220066 簡単にできて美味しく、栄養価も高そうな「ごま豆腐どんぶり」も服部先生のレシピです(こちら)。

 材料に芝麻醤とあるのは、ねりごまのことです。

 P7260125

 次にご紹介するのは、塩鮭がメインだった日のサイドディッシュ、「グリーンサラダ」です。

P7260142 カリカリに焼いたかぼちゃが美味しくて、バルサミコ酢を使った甘酸っぱいドレッシングがヘルシー感をそそります。

 それでは、グリーンサラダ週刊 服部幸應のしあわせクッキング77号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥かぼちゃ1/8個(60g)|サニーレタス(大)4枚|ジャンボピーマン(赤、黄)各1/4個|A〔玉ねぎのみじん切り・バルサミコ酢・不飽和脂肪酸の植物性油各大さじ2¦塩・こしょう各少々〕|不飽和脂肪酸の植物油、塩∥

  1. かぼちゃは5mm幅の薄切りにする。フライパンに油各大さじ2を熱し、カリカリに焼いて塩少々を振る。
  2. サニーレタスは食べやすい大きさにちぎり、ピーマンは細切りにする。
  3. Aの玉ねぎは水にさらして、水気をしぼる。ボールに玉ねぎとAのほかの材料を混ぜ、ドレッシングを作る。
  4. 器にかぼちゃとサニーレタス、ピーマンを盛りつけ、③のドレッシングをかける。

P7260131 P7260127_4  この日は他に、オーブンでカリッと焼いた厚揚げと味噌汁でした。

 厚揚げには、ゆず胡椒としょうゆ。

     

 

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2008年7月29日 (火)

Diary 08.7.29/乳癌検診は白、気になる腫瘤、息子との会話

 頭と両脚にできた腫瘤のことは前に書きましたが、自分で調べたところでは――気持ちの悪いことに――どうも他にもあるようです。

 娘は怖がって、わたしの体にできた塊など見たくない、触れたくない、という姿勢なので、触って貰うなど論外ですが、内科的なものは怖がるけれど外科的なことには平気な夫に見て貰い、触って貰いました。

 頭頂から右へ少し下った頭に、お碗を伏せたようなかたちの小さな腫瘤が1つ。髪の毛に隠れています。これは先日脳神経外科で受けたCTにより、三層になっている骨の一番外側にできたものであることがわかりました。

 新しく浮かび上がってきたのは、髪の生え際に近い額にあるごく小さな硬い腫瘤。これは比較的最近になって、手に触れて気づきました。「あら、吹き出物?」と思い、鏡を見ましたが、何も見えず、吹き出物であればむしろはっきりわかるはずなので、おかしいなと思っていたものです。

 忘れていましたが、改めて触ってみると、やはり頭蓋骨にくっついた硬いできものであるように思えます。少し大きくなったような気がします。夫も、「確かに何か硬いものがある。俺にはないよ」といいます。夫の額では平面状のところに、わたしのできものはポツンと骨にくっついたかたちであるようです。

 右膝の皿にくっついたように見える硬い小さな腫瘤。左膝の皿のすぐ下にかかるように拡がる、面積的には一番大きな平べったい腫瘤。この2つは先日整形外科でレントゲン撮影をし、3ヶ月後にCTの予定となっています。

 両脚の2つの腫瘤が無害なのかどうかは、まだわかっていませんが、両膝、ことに左膝がここ数年トラブルを起こしやくなっていることは気にかかっていました。そのため、階段の昇降が嫌で、なるべく使わないようにしています。そもそも股関節にも、わたしは少々不安を覚えています。

 高校時代バレー部でしたたかに膝を打ちつけることを繰り返していましたから、そのせいかと思っていましたが、腫瘤の影響ということも考えられるかもしれません。

 そして、額に続いて新しく気になってきた左手の親指の関節。ピアノの練習、それをやめたあとはバレーと、酷使することの多かった指ですが、最近までトラブルは一切ありませんでした。

 最近になってうまく曲がらず、夫のワイシャツのボタンをかけることにすら痛みを伴います。先生にお話ししたところ、CTを撮ってみなければわからないが、それは指の使いすぎではないか、湿布を出そうとおっしゃいました。

 が、ここにもやはり指の側面の部分に、右手の親指にはない硬いものが触れ、腫瘤ではないかとわたしは考えています。

 どれも見た目には、大して目立ちませんが、触れるとドキッとします。夫も、さすがに触れてドキッとしたようで、一瞬息を呑みました。整形外科の先生ですら、そうですもの。

「骨の腫瘍なんて、もっと年齢的に……」と信じられない面持ちで、先生は、診察するようにというよりは、拭い去ろうとでもするかのように、わたしの塊にこわごわ手を触れられました。

 そんな先生の様子に、わたしは動揺しました。「こんなものは、ホクロやイボのようなものでね、よくできるものの一つだよ」などとおっしゃることを期待していたのですね。

 もう1つ頭に腫瘤ができたら脳神経外科を受診することになっているのですが、受診の時期を迷っています。額の腫瘤がこの先大きくなるようであれば、髪に隠れる瘤より先に、美容上問題となってくるこちらを小さなうちにとって貰いたい気がします。

 先生が何とおっしゃるかです。

 この際気になっていた左乳房も検診を受けておきたいと思い、昨日県立病院の外科で乳癌検診を受けました。幸い、異常は見つかりませんでした。

「最近、左乳房にぴりっとした痛みが走ったり、授乳期を思い出させるような張りかたをすることがあります。頭や脚に腫瘤が見つかったこともあって、ここにも何かあるのではないかと心配になり、受診しました」といつもの溌溂とした感じでいうと、先生は「そんなことはないでしょう」とニッコリ。 

 待合室では、市の検診で引っかかったという2人の女性と毎年ここで乳癌検診を受けているという1人の女性が、この世の終わりのような顔つきをして話し込んでいました。全員大丈夫だったようで、皆、恥ずかしそうなニコニコ顔で診察室から出てきました。

 マンモグラフィー、エコー、触診のコースで2,660円(3割負担で)でした。「最低でも、2年に1回は検診を受けたほうがいいですよ」との先生のお言葉。わたしのぴりっとした痛みや張りは生理に伴うもので、乳癌の心配はないとのことでした。

 息子が電話をかけてきたので、腫瘤のことを話したところ、ドキッとしたようで、医学事典を読むのが趣味の息子もこの分野の知識はあまりないようでした。

 腫瘤が障害を起こしてくる気配があろうとなかろうと、わたしが気になるようであれば、とってしまったほうがいいと思うという息子の意見でした。心臓病があるので、どうせ手術するのであれば腫瘤が小さいうちのほうがいいのでは、という息子の考えでした。

 それにしても、こんなに腫瘤が見つかり(これらが腫瘍と確定したわけではありませんが)、この先増えるとなると、とりきれるのかしら。笑い事では済まなくなります。万一悪性だったりしたら、これはもう駄目でしょうね。

 ずっと咳をしていたので、そちらの心配もさせてしまったようです。本当にしつこい咳です。美容院に行きたいのですが、毎日咳が出、フルタイドも効かず、一旦出だすとなかなか止まらないので困ります。

 呼吸器科経由で、美容院へ行きましょうかね。

 息子の住む街では、昨日バケツをひっくり返したような豪雨で、雷を伴い、その雷のせいで研究室のコンピュータが「何人もやられた」のだとか。息子はコンピュータを人間と思っているかのようないいかたをします。その処理に追われた様子。

 来月の上旬に研修で長野に行く予定があり、その数日後には日田市に行く予定とか。高校時代のクラスメートが結婚するそうで、打ち上げに呼ばれているとのことです。友人たちに会ういい機会だと、楽しみにしているようです。

 夫を赦せない息子は、来年の正月も帰省しないようなので、「またそっちに行こうかな。それとも、どこかで落ち合う?」と持ちかけると、「小倉か博多まで出てもいいよ」と息子。息子をツンドラに連れて行ったことがないので、博多で落ち合うのもいいかもしれません。

 話題は変わりますが、同人雑誌の発行人が某出版社に頼まれて、自費出版のお誘いを転送してきました。発行人が転送に応じられただけあって、自費出版といっても良心的な印象です。

 とてもそのゆとりはありませんけれど。『文学界 7月号』で〈今月のベスト5〉にわたしの作品が選ばれたのを出版社の人は見たようです。

 瘤騒動で、すっかり時間が潰れてしまいました。来月中に短編を仕上げることができるでしょうか。

 額の腫瘤が見る見る大きくならなければ、3ヶ月後に整形外科の受診をする同じ時期に脳神経外科を受診してもいいような気がしています。

 3ヶ月後というと、10月ですから、児童文学作品『不思議な接着剤』のための秋吉台への取材旅行も済ませられます。

 観察は続けながらも、とりあえず、作品に専念しようと思います。料理の写真がまた溜まってきました。新ショウガの美味しい季節。テレビで観た「ショウガご飯」を作ったら、とても美味しかったので、紹介したいと考えています。

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2008年7月27日 (日)

久しぶりの発作

久しぶりの発作
外出時に使ったニトロ舌下錠ですが、持ち帰りました。これの写真がコレクションになってきました。

前の記事で書いたティルームを出てジュンク堂書店に行き、岩波文庫のコーナーへ。
顔を上げてイヴリン・ウォーの『大転落』に目をとめたときに、喉を締め上げられるような痛みが起きました。

狭心症の発作の前兆だと思いましたが、閉店時間が迫る中でキップリングの本を探していたので、放置していました。
エスカレーターで降りる途中でトイレに行きたくなり、娘を外に待たせて中に入ったときに痛みが胸の中央に来たので、舌下。
あまり効いた感触が得られないままでしたが、痛みがぶり返さなかったので、帰宅しました。

帰宅し、しばらくしてまたトイレへ。小用を足したあとだったか前だったか、どうしても思い出せないのですが、とにかく便座に腰掛けているあられもない状態のときに、また中程度の発作が起きました。

何だか、ずいぶん長いことぼーっとなって腰掛けていました。

トイレの中で起きるのは、本当に嫌です。心臓病だった伯母が、丁度こんな状態で意識不明となり、帰らぬ人となりました。

トイレで過ごしている間によくなったので、ニトロは使いませんでしたが、手の届く範囲に置き、いつでも舌下できるようにしています。
トイレにも、ジャムの空き瓶に入れて常備しました。「さあ、いつでもいらっしゃい!」嘘よ、嘘、来ないで。。。

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2008年7月26日 (土)

むくむくワンちゃん

むくむくワンちゃん
娘とティルームに来ています。

そのティルームが入っている会館前に、おとなしく繋がれて飼い主を待っていたワンちゃん。可愛かった〜!

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2008年7月24日 (木)

Diary 08.7.24/手術の迷い

 昨日から、腫瘤のことで頭がいっぱいだ。

 脳神経外科の先生が手術のことをおっしゃったときに、強要するような雰囲気ではなく、こちらが手術を受けたがらないだろうということを前提としているような口ぶりだったということもあり、手術をしないことにしたが、これでよかったのだろうかという迷いが生じる。

 硬い腫瘤が頭に1つ、両脚に2つあることは確かで、このことで頭を悩ませている。普通はこんな腫瘤は体に1つだけか、逆に沢山あるかのケースが多いようで、わたしのような場合は何となく珍しい。

 仮にこれが良性の腫瘍であったとしても、この先、こんなものが目立つ場所とか困った場所とかにできたらどうしよう……と心配になる。

 いずれにしても、頭にもう1つできたり、今ある瘤が急に大きくなるようなことがあれば、すぐに脳神経外科を受診するようにいわれている。そうした変化や他に気になることが起きなければ、半年後の受診でいいそうだ。

 もし、もう1つできたり、今の瘤が明らかに大きくなったりしたら、その時点で手術してしまおうと思う。もう1つできてからだと大変になるから、今ある瘤がほんの少し大きくなってくれたらいいなと思う(変な願いだけれど、それで決心がつくのなら)。

 肝臓の嚢胞も年に1回はドックで見て貰ったほうがいいようだし、最近右脇腹に痙攣したような痛みが起きたり、生理ではないときに強い生理痛が起きたりしたので、卵巣の嚢胞がまた大きくなったのではないかと気になっている。

 また、左の乳房だけに時折、ぴりっとした痛みが走ることがあり、見かけ上おかしなところはなく、塊にも触れないが、自分で調べても心許ないので、1度診て貰おうと思っている。

 一旦気になりだしたら、あっちもこっちも疑わしいところばかりで、体中もう灰色! こうなると、あちこちの科をめぐるより、むしろドックで全体をチェックして貰ったほうがいいかもしれない。

 次回循環器科を受診したときに、先生に頭の瘤のことを話してみようと思う。

 そういえば、シグマートが追加になってから、狭心症の発作が起きなくなった。調子のよいサイクルに入っているだけなのかどうかはまだわからないとはいえ、体が楽だ。

 ただ例によって、その代わりといっていいように、毎日咳が出る。映画館でも出たので席を立ち、病院でも出て困った。軽い咳だけなのだが、フルタイドが効かず、困っている。

 この咳がシグマートの副作用ではないかと疑ったが、わたしがネットで調べた限りではそんな副作用に触れたものは見当たらなかった。念のために、このことも次回の受診の際、尋ねてみたい。

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2008年7月23日 (水)

脳神経外科、整形外科受診

 頭の瘤で脳神経外科を受診しました。

 そのとき右膝のごく小さな塊と左スネのなだらかな塊を思い出して先生に話したところ(普段は思い出さないくらいに目立たないものなのですが、触ると硬い塊があることがわかります)、終了したばかりだった整形外科にも舞い戻ることとなりました。

 両方で沢山のレントゲンを撮り、脳神経外科ではCTと血液検査も受けました。10,000円超えました。

 現在どうという症状は何もなく、素人のわたしには緊急度の低いものだという感じを与えますが、脳神経外科の先生がおっしやるには、正体がわからないため、明日これがどうなるのかは全くわからないそうです。
 とって組織検査しない限り、骨の腫瘍なのか、もしそうだとした場合、悪性か良性かもわからないそうです。仮に腫瘍で良性だったとしても、良性だから安全ということもいえないとか。
 また頭の腫瘤と両脚の2つのそれが全て同じものなのか、2つだけ同じものなのか、それぞれ違うものなのかも、現在の限られた情報ではわからないそうです。

 結局、脳神経外科、整形外科、放射線科の先生がたに診ていただきました。
 放射線科の先生によれば、わたしの頭にできた腫瘤は悪性の像には見えないということでしたが、脳神経外科の先生の話では、他の癌からの転移であった場合、癌の種類によっては、如何にも骨を侵しているといった破壊的な像を示さず、一見綺麗に見えるものもあるということです(先生がお使いになっている本を見せてくださいました)。

 で、これは脳神経外科での話でしたが、こちらが希望すれば、すぐに手術してくださるとか。
 頭のほうは、三層になっている骨の一番外側に瘤が形成されていて、脳は綺麗でした。勿論、脳に触ることなく、今であれば小さいので、局部麻酔で手術可能ですって!
 ノミで頭蓋骨に穴を空け、特殊なカッターで切り抜いていくそうです。空いた穴は人工骨で埋めるのだとか。もう少し大きくなると、全身麻酔になるそうです。

 が、潔くとってくださいとは、どうしてもいえず、経過観察になりました。頭の縫った痕からは髪の毛が生えてこないそうですし、正直いってゾッとする話でした。

 整形外科も経過観察になりました。3ヶ月後にCTです。
  
 手術しない範囲でチェックできることはチェックしてリスクを減らそうと脳神経外科の先生がおっしゃり、血液検査を受けました。
 白血球の値が異常値でしたが(いつ頃からか、いつもそうです。あちこちで受けるので、その度にたまたまだろうといわれます)、血液の癌を疑わせるほどのものではないそうです。
 副甲状腺の異常からカルシウムが過多となり、それが骨に影響してくる場合があるそうで、その結果はまだ出ていませんが、カルシウムの値が正常だったので、その心配もないだろうとのことです。
 
 朝10蒔の予約で、すぐに診ていただけたのですが、病院を出たのは午後4時過ぎでした。

 その日赤から日傘をさして歩いてきて、郵便局の待合室で休ませて貰っています。

 すっきりしない気分ですが、朝抜いて何も食べていないので、はらぺこです。
これからデパートに行きます。

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2008年7月22日 (火)

友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品4|赦し

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   赦し

  ・・・・・・・・
君は悪い鏡のなかの
燃える菓子皿だ
君は不当に視つめられた
赤い歯ブラシだ
君は恋する人の
あの非凡な速力だ
影のように付き纏う
君の翳りのような言葉
それとは裏腹の
愛のたえ間ない手
君は信じる以前
の荒地の生命だ
君の忘却の深さから
夢みられた赤い本立
耳に囁かれる風
散歩路で出遇う焼けた空
テーブルが出迎える街
羊水の中の国境のない昨日
朝のメモワール
日の墓
岸辺のなぞり
いのりの

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友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品3|現身(うつそみ)

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   現身(うつそみ)

意しき いぜんに森羅万象を
察知する
そんなわたしにわたしは気づかない

ことば の発生するとおい彼方を
うごめく   具象(かたち)をもたないちきゅうがある
     そこにあって
 わたしとはきずかぬわたしが
   いげんじつのことばでもって
意しきするよりはやく察知して
のちにおちてきたところのそれら
ことばの〈ふしぎなさわぎ〉と〈つぶやき〉

それらでもって
   わたしである と想定しつづけ
にんしきしてしまったところの自己は
かがみのおもてにだけ 構想せよ
ひとり てんしなら
あなたは道化やくしゃ
であるというざっくばらんな堕落がある
   人称のうちそとでありふれた
   客体化をきざみながら
      あなたもいつしか死者である
ことばのうまれるとおい彼方で蠢く
具象(かたち)をもたないちきゅうの空で
ひとり体現者であり死者である

もしも ひとりてんしなら
 あなたは光であったかもしれぬ
ならば
   影のみがわたしにふさわしかろう
そんなさんねんかんがわたしにあった
とおい いちにちのように苦しげに
眼を閉じたままで

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2008年7月21日 (月)

Diary 08.7.21/本日、創作に入った

 ついに創作に足を踏み入れてしまった。

 もうわたしは別の世界にいて、その世界全体を刺激し、震撼させてしまった。そして、その世界は元の静けさに戻りはしたが、わたしによって目覚めさせられたことで、意識の塊となっている。

 その塊の中を、歩いていかなければならないのだ。わたしには重く立ち籠める霧と後悔に似た、まだ決断のぐらついた状態にある自分自身が感じとれるだけ。

 現実に赤ん坊を孕んだときには、喜びと戦慄があったが、新しい作品を孕んだ今は戦慄を覚えるのみ。既に孕んでしまったので、産むか中絶するかしない限り、この戦慄から解放されるすべはない。

 わたしは現実には幸運にも、一度も人工中絶せずに済んだ。創作の世界ではときどきあり、そのたびに無力感に襲われる。

 今回はその中絶もままならないくらい、作品の胎児は成長してしまっている。生まれてきたところで、待ち受けているのは灰色の世界なのだ。この子の行き先は、所詮はゴミ箱という揺り籠、いや火葬場とわたしには予感できる。

 賞に応募する前から、落選を予感させる夢を見た。どんな作品が通るかは、もう何度も応募してきて、わかりすぎるくらいわかっている。

 通りそうな作品はわたしには書けない。審査員のためにも、賞のためにも書けない。こんなマナーしか身につけてこなかったので、落ちて当然と自覚できている。

 賞を、単に作品を書くための刺激剤として利用しようとしているだけ。こんな刺激でもなければ、書く気が起きない。午前中から鬱っぽい。マタニティー・ブルー。

 60枚という短編で、どう書くか。幸い今回のテーマでは、60枚というのがぴったりくる。掌編では書ききれず、100枚の短編だと弛む。

 母親の命日を過ぎたら書こうと思っていた作品を最初は計画していて、あるテーマに絞り、象徴的に仕上げれば何とか60枚の短編で処理できるかもしれないと思った。

 が、検討してみると、それは無理で、最低でも350枚は必要な社会派小説としてしか成立させようがないテーマだということがわかった。

 その場合は細かい記述を重ねることが求められ、わたしはいわば長距離ランナーとならなければならない。三枝先生がおっしゃったように、本来わたしは長編に向いていると感じるのだが、今は長編児童文学作品を抱えているので、それが仕上がるまでは、長編には手を出せない。

 そしていざ長編に手を出すとなると、邪馬台国物か伊万里焼物を書きたくなるだろう。やはりあれは、晩年用だ。

 今回の作品も、去年短編としてはわたしなりの成果を出せた作品と同じ枚数で仕上げなければならないが、両者は作品の性質上、手法が異なる。

 去年の作品では、わたしは短距離ランナーとなればよかった。今回は、限られた短い時間に華麗な演技を見せる体操選手とならなければならない。

 その中で、読者にあの世をこの世と感じさせ、この世をあの世と感じされるだけの離れ技を見せなければならないのだ。その仕事が完了できて初めて、今回の作品という赤ん坊は五体満足で生まれてくることができる。

 腹ぼてのまま、鉄棒から落ちて赤ん坊共々死ぬのかもね。ああ、しんど。書く前から。何しろ妊婦なので。現実には閉経を迎えようとしているのに、何て因果なことだろう。

 とりあえず明日は気晴らしに、家族と、大嫌いな宮崎監督の作品ポニョを観にいく予定。

 わたしから家族を誘った。なぜ嫌いかというと、行き当たりばったりのストーリー作りを彼が創造の美学と勘違いしているからだが、映像は楽しませてくれるので、行きたい。1/3くらいはファンなのかもしれない。

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2008年7月20日 (日)

友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品2|盲人

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   盲人

暗い谷間に日の昇る
わたしを見つけて君は云う
はるかな幻影と没落を祈り
うたうはさびしく絶えた公会堂の人ごみ
天主堂で乱れちる
君に自我の責苦を覗かせよう
アイのギラギラする爪で
君の土色の肌を抱きながら
分裂とコンプレックスにあえぎながら
ことばがわたしたちのものであった時代に向けて
脳波を焦がし
わたしでしかないわたしのために
純粋理性と神話のトンネルをくぐりぬけ
祈りを誰にも相続させずにわたしは
発狂していく
ことばはさかのぼり
ああ
いまわたしを処刑するつもりか
長い坂
流転の谷
真理なんてあってはこまるから
動物たちのことばをおしえてください
クリスマスがわたしのはばたきです
映画を見ない風を見よう
汗のストーリーに耳垢をそえて
君の食卓にパイプで決闘
わたしの明日は
ペーパーナイフ・ライター 

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日田林工、甲子園出場決定おめでとう!

 日田林工の甲子園出場が決定しました。

 県のベスト8に日田の高校が3校入り、その中ではうちの子供たちの卒業した高校がまず敗退。

 日田林工はなかなか魅力的なチームで、ずっと応援していたから嬉しいです。現在わたしは日田市民ではないのですが、子供たちの中・高校時代を日田市で過ごしたために、甲子園となるとどうしても日田の高校を応援してしまうのですね。

 気に入った選手のいたのが、たまたま日田林工だったというだけのことかもしれませんが。

 眼鏡をかけたキャッチャーの三浦くんがいいと思いました。可愛く(などという褒め言葉はかえって失礼かな)、温厚そうで、頭もよさそう。よい働きをしていました。

 甲子園。大変な闘いが待っているのでしょうが、まずは1勝を祈っています。

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7月18日の夕飯(豚ロース肉と白いんげん豆のトマト煮、ミネストローネ、さやいんげんのサラダ)

P7150125 P7150100_2  昨日の夕飯は、豚ロース肉と白いんげん豆のトマト煮、ミネストローネ、さやいんげんのサラダでした。

 久しぶりに、イタリアンの本から作りました。

 豚ロース肉と白いんげん豆のトマト煮を、おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)からご紹介します。材料は2人分です。

P7150086  ←オーブンから出したばかりのバット。下からわずかに見えている若草色のシリコン製鍋敷き。鍋つかみにもなり便利です。端に穴があるので、フックにかけることもでき、収納にも場所をとりません。

∥豚ロース肉(骨つき130gのもの。手に入らなければ豚かつ用のロース肉)2枚|にんにく(つぶす)|セージの葉6枚|白いんげん豆(ゆでたもの)160g|ホールトマト(缶詰)80ml|ブロード(またはブイヨン)120ml|イタリアンパセリ少量|EXヴァージン・オリーブ油大さじ6|塩・こしょう・薄力粉各適量∥

  1. 鍋にEXヴァージン・オリーブ油大さじ4と、にんにく、セージの葉を入れてから中火で熱し、香りが出てきたら白いんげん豆を加えてソテーする。ホールトマトを加えて煮立て、いったん火からはずしておく。オーブンの予熱を始める(200cc)。
  2. 豚ロース肉に塩、こしょう、薄力粉をまぶす。フライパンにEXヴァージン・オリーブ油大さじ2を入れて中火で熱し、肉をソテーする。うっすら焼き色がついたら裏返して同様にソテーする。
  3. ②を①の中に入れ、ブロードを加えて中火で煮立てたのち、弱火にして軽く煮つめる。予熱しておいてオーブンに入れて5分ほど火を入れる。皿に盛り、イタリアンパセリをみじん切りにしてふる。

P7150122_2  ミネストローネ。レシピはこちら。味つけは塩のみ、シンプルな味わいです。

P7150092 さやいんげんのサラダ。

 服部先生のレシピ『さやいんげんの卵マヨネーズサラダ』(こちら)を作るつもりでしたが、ちょっと面倒になり、みじん切りにしたゆで卵の卵白にマヨネーズと生クリームを混ぜ、軽く塩こしょうして、ゆでたいんげんにかけました。そのうえから、裏ごしも面倒だったので、スプーンで砕いた黄身をのせました。

 服部先生のさやいんげんの卵マヨネーズサラダは勿論美味しいですが、我流いんげんのサラダも結構いけました。

 

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ノート1-1

新しい小説について、考えていた。そのメモから、明かしていい範囲内でここに抜書きしてみる。

    • 登場人物(生者)Aに関するメモ
    • 登場人物(死者)Bに関するメモ
       これまでにわたし(=作者)が交わった、思想・文学畑の人々全てを総合したような人物像にしたい(不思議と共通性がある。わたしが似たタイプに惹かれやすいということだろうか。わたしにあこがれと喜びと思想的手応え、及び抑圧とコンプレックスをもたらす。よくも悪くも権力の追従者、小役人タイプ、中庸を心がけており、社会の潤滑油の役割を担いやすい人々といえるが、少なくとも、書きたい衝動を起こさせるだけの魅力を秘めた人々であることは確かだ。そう、書きたくてたまらないから、こうして書こうとしている。その魅力の一端は大衆性ということだろうか。そこにわたしは愛おしさと限界を感じさせられてきた。Bは、大衆という抽象概念の中から最も良質、また危険な部分を結晶させたような人物といってよい。この短編小説は、大衆への捧げ物となるだろう――と大仰に言い切ってしまおう――こんなことをいうと、まるで自分が大衆の1人ではないみたいで滑稽だが)。
       Bは男性であっても女性であってもいいが、男性であるほうがよりテーマの追究がしやすいだろう。
       外的イメージとしてはフランソワ・モーリアックの日本版。日本人という田舎物であることに対するコンプレックス。慇懃さ。ステイタス。が、Bが目指した方向はモーリアックとは別の方角だった。
       Bはホロスコープに、木星と冥王星の合を持つ。このアスペクトの解説を、松村潔著『完全マスター西洋占星術』(説話社、2004年)から引用すると、木星と冥王星の「合は、およそ12年から13年に1度訪れますが、そのたびに宗教的あるいは政治的な権力を極めるような人材なり、組織なりが生まれてきます。それは『キングメーカー』と言われるアスペクトです。個人の天体にこのアスペクトがあれば、その人は何らかの分野で力を得ることになりやすいでしょう。/こころの中の善なるイメージである木星を信じ、自分のすることは必ず正しいという確信を抱いていますが、大げさで傲慢な性質も含んでいます。社会的に地位が高くない状況であれば、権力を否定する態度にもなり得ますが、ひとたび何らかのステイタスを獲得すれば、権力主義へと態度は急変するでしょう」
       Bは仏留学の経験があり、カトリック教徒であり、職業的には編集者を経て作家だった。彼の二重思想、二重生活。同じカトリック教徒であっても、自分の感じ方に正直だった遠藤周作、率直だったモーリアックなどの対極に位置するタイプ。Aにとって、こうしたことが明らかとなったのはBが亡くなったあとのことだった。

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2008年7月18日 (金)

ハーブと美味しい缶入りお茶

20080718190617_2  料理に使おうと思ってプランターで育てているセージを剪ってきて、とりあえずミルクポットに挿しました(向かって右)。

 左のハーブはミントで、時々こうして剪って量を減らさないと、どんどん増え、伸びてしまいます。ミントって、よく育つ子ですね。

 ミントティーはそう飲みたいほどではないし、飾りに使うにしても、近頃はシフォンケーキも全然焼かないので、使い途に困ってしまいます。

 夫がときどき葉をちぎっては、冷たいチューハイに浮かべて飲んだりしています。彼はミント系が好きなほうかな。

 剪ったとき、葉を動かしたときなどは、ミントが強く香ります。静かに挿していると、ほとんど香りません。

 ハーブに隠れてしまいましたが、富永貿易株式会社(→ホーム)の神戸居留地シリーズ(→ホーム)、缶入りのお茶です(→お茶のページトップ)。

 190g×30本を1ケースいただいたのですが、とても美味しくて、1回で飲むのに適度な分量です。トマトジュースも1ケース、ネット注文しようかな、と思っています。

 子供たちが高校生までは、夏休みなどは冷たい烏龍茶とか麦茶を作るのに追われていましたが、今は、家によくいるのはわたしくらいなので、あまりお茶を作る必要がなくなりました。

 で、かえって作りそびれ、そんなときにこのお茶があれば助かります。ちょっとした急なお客様にも、これを冷やしておけば、安心です。

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友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品1|あこがれ

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   あこがれ

あこがれの
はるか下界に
吹きあれていた
見えざる者の身ぶりは
いつもの
思わせぶりの突風か
出発の
支度づかれのあと
ホームの伝言板に置かれてあった
あこがれよ

雪解け水に映る
夕陽とわたしのすき間にも
おまえがひそんだものだ
身をかがめ覗きこんだ時の
おまえのまばゆさは
化粧する少年の
うすい唇に塗られた夕陽のかたちだった
すこやかにくれてゆく落日を背に
飴色の鞄をたずさえた わたしと夕陽のあいだを
遠く隔てた白い道 あこがれ

かれをかたどって
半透明の柱を建てたものよ
丘の上を焔白くするまで
幾柱も
幾柱も
だが
巷のさざめきにうたれたままでいた
あこがれを
握りしめた群れの手垢は
柱に怒りの深みを流し込むだろう    

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Diary 08.7.18

 昨日も調子が悪く、まる3日ダウンしてしまった。

 横になりながら、わたしの友人で、過去の記事の中で詩人と呼んでいる文芸部時代の先輩の作品を紹介しようかと考えていた。

 なぜか紹介するのに彼女の許可をとらなければならないと思い込んでいた(すると彼女にわたしのサイトを明かさなければならなくなる→統合失調症の彼女が元気なときならそれで何ら問題がないが、調子が悪いときは刺激材となって病気に悪いかもしれない。現に彼女は、お兄さんからネットを制限されていると笑いながら話してくれた)。

 が、わたしが紹介したいと思っている彼女の作品数編は既に文芸部誌やわたしの個人誌(彼女も読者で、寄稿もしてくれた)で公開されているのだから、出典を明記すれば、紹介しても問題ないということに気づいた。発表はペンネームで行われている。

 もう少し体調が戻ってから(できれば今日中にでも)、紹介したい。

 そんなことを考えていたら、卒業した大学の文芸部のことを思い出し、この時代だからホームページがあるに違いないと思い、訪ねて、なつかしさから思わず掲示板に書き込んでしまった。

 他にそんなOB・OGがいるようで、過去の書き込みの中に知っている人を2名見つけた。自分のホームページの宣伝までしてしまって、変なおばさんと呆れられたかもcoldsweats01

 息子から電話があり、来月、大学関係の研修会が長野であるという。スキー場の近くが会場だそうで、くねくねした山道をかなりバスに揺られなければならないらしい。

 バスに弱い息子はそれで、考え込んでいる。自分で鍛えて、今では真冬でも半袖で通すわりと逞しい男になったが、こんなところに小さくて虚弱体質だった昔の名残がある。

 前に研究室の教授を心配させた腹痛も、就活で長時間バスに揺られて工場見学に行ったあとだった。尤も、そのときは自分の希望とかけ離れたその企業の仕事内容にダメージを受けたようで、気分的なことも大いに関係していたのかもしれない。

 幸いその後は、慎重に希望する仕事内容を選んで就活を行ったせいか、そんなことはなかったようだが。

 来月の研修は、たまたま慶應主宰で、息子が入社することになっている企業の部署からそこの研究室に1人入っていて(共同研究をしているのだろう)、今後につながる話が聴けそうだから、できれば行きたいという。

 わたしはここ数年バスに弱くなった。親子して困ったものだ。 

 また話は文学に戻るが、放置状態のライブドア・ウィキで作ったホームページ。作家の卵のための短編小説・詩・評論を対象とした純文学投稿サイトにしようかと計画中。幸い、容量は無制限とあるから、自由に書き込んでいただくのもいいと思っている。

 いつ始動するかは全く未定(流れるかもしれない)。

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2008年7月16日 (水)

Diary 08.7.16

 風邪気味なのと、生理でもないのに強い生理痛でつらく(また卵巣の嚢胞が大きくなったかなあ?)、昨日から生産性のない時間を過ごしていました。

 でもニトロ舌下錠は、新しくシグマートを飲み始めてからは、昨日1錠使っただけです。いつものサイクルで、心臓の調子のよいときに入っているだけなのか、シグマートの効果なのかはまだわかりません。

 昼間、地デジの工事(デジタル放送に伴う宅内切替工事)がありました。

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ちょっと安心させられたニュース

ネットで作品を発表するしかないわたしのような(自称)もの書きの卵にとっては、読書はネットで――の割合の多いほうがいいのかもしれませんが、やっぱり書籍は廃れてほしくないのです。

リンク: 約半数が「読書はやっぱり紙で」――若い世代も - 速報 ニュース:@nifty.

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2008年7月14日 (月)

五十肩終了、今度は頭の瘤で

今日、整形外科を受診しました。
まだ不自由さは若干残っているのですが、「日常生活にさほど差し支えない程度まで回復したので、終了しますか?」という言葉に、わたしも賛成でした。

最後なので、気になっていた頭の瘤について訊いてみました。

数年前から、少しずつ大きくなってきた頭の瘤。ぶつけてできた瘤そっくりですが、痛くも痒くもありません。

何ともないので、放置していても構わないような気はしましたが、整形外科に来ることはあまりないだろうと思い、「五十肩とは関係のないことを伺ってよろしいでしょうか」と訊くと、どうぞ、ということだったので。

先生は瘤を触り、「硬いね。うん、左にはない」とのこと。
「骨腫瘍との鑑別が必要だから、一度専門家に診て貰ったほうがいい。予約とろう」といって、その場で、お隣にある脳神経外科の先生宛に紹介状を書いてくださいました。

このあいだの記事で、ドックを受けるなら脳ドックなんて書いたから、脳神経外科なんてとこに行くはめになったのかなあ。

いざ行くとなると、嫌だな。
でも、どの程度まで大きくなるのか気になっていたことは事実なので、一度診て貰うのも悪くはないかもね。
予約は、来週の水曜日です。

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2008年7月13日 (日)

映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』を観て

 わたしは『インディ・ジョーンズ』シリーズが大好なので、20年もの歳月を経たあとに公開された『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』も勿論観に行った。

 映画を楽しく観ながら、一方では色々なことを考えていた。

 そして、11日に観てすぐに記事にすればよかったのだが、13日になった今日には早くも、何をそんなに色々考えていたのか、ほぼ忘れてしまった。

 で、覚えていることだけで、何とか記事にしてみたい。

 映画というジャンルを超えた意味で一番衝撃的だったのは、娯楽映画だから……では済まされない、核実験シーンのあまりの軽さである。

 これが意図的に軽く描かれたとは思えないだけに(パンフレットの中に視覚効果スーパーバイザーであるヘルマンの「とても深刻な題材なので、軽々と扱うことはできなかった」という言葉がある)、原爆とはそのようなものだと一般アメリカ人に認識されていると感じられ、深刻にならざるをえなかった。

 原爆を作った側の人々を真摯に描いた重厚なパール・バック著『神の火を防御せよ』でさえ、わたしには被爆の描かれ方が甘いと感じられた(関連記事:http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_4ac2.html)。

 もうだいぶん前になるが、テレビで、アメリカの核実験下で訓練をした米兵の被爆問題を扱ったドキュメンタリー番組があり、その中で核爆発の被害を防ぐための兵士用マニュアルが公開されていた。

 それに書かれていたことは、目が損傷するから核爆発を直視するなとか、放射能被害を防ぐために体を洗えだとかいった、我々日本人からすれば子供騙しとしか思えない内容だった。インディが鉛の冷蔵庫に入って命拾いしたあとで、しきりに体を洗われていたのも頷けよう。

 被爆国に生まれたというだけで、我々は原爆の怖ろしさを何とはなしに実感できる。何とはなしに、といったが、勿論これは、それを身を持って教えてくれた人々のお蔭であることはいうまでもない。

 1959年にパール・バックの『神の火を防御せよ』が出版されてから、この『インディ』が製作されるまでに、50年もの歳月が流れ、反核運動が行われ続けてきたにも拘らず、『インディ』における核実験のシーンは一般アメリカ人の核に対する認識の甘さが一向に変わっていないということの例証になっている。

 一気に、映画の話はエンディングに飛ぶが、それはインディとマリオンの結婚式というハッピーエンドで、わたしはこれには感激して涙が出るほどだった。

 なぜなら、この脳天気ともいえるロマンティシズムがアメリカの魅力だと思ってきたからだ。このアメリカが生きていればこそ、アメリカはわたしにとって、気は優しくて力持ちの国という幻想を誘うのだ。

 ずいぶん荒み、国力も衰えてきているように見えるアメリカであっても、こんなエンディングのある映画が作られている限りは、かつてのよきアメリカの復活が可能だとの期待を抱かせてくれる。

 内容からいえば、今回のスターリン下のKGBよりヒトラー下のナチスのほうがオカルト色を出すには使えたに決まっているから、最初から過去の作品に対しては、今回の作品の負けが決まっていたようなものだと思う。

 でもスターリンの秘蔵っ子でサイキック研究計画の中心人物であるイリーナ・スパルコ大佐は、「鉄のカーテン」という古い言葉を象徴したような女性に仕上がっていて、なかなかよかった。

 肝心のインディの考古学的探究・冒険が宇宙人に辿り着く物語の結末部は、描き方が漫画的すぎてもう一つも二つもだった。

 このちゃちさと、核に対する認識の甘さは、どこかでつながっている気がする。娯楽物であればこそ、宇宙人を出したら出したで、もっと壮麗な描き方をしてほしいものだ。

 尤も、『インディ・ジョーンズ』シリーズの魅力の一つは、かつて別の映画のどこかで見たシーンがキルトのように綴り合わさっているというところにある。

 今回の映画では特に『アメリカン・グラフティ』と『未知との遭遇』を、かつてそれらの映画を観た者であれば、思い出さずにはいられないだろう。

 ところで、パンフレットにはインディ(本名ヘンリー・ジョーンズ・ジュニア)の履歴書が載っている。

 それによると1899年生まれのインディは、1910年に「広場でクリケットをしている少年たちと遊ぶが、その中の1人が、神智学協会会長アニー・ベサントらが救世主と崇める宗教的哲人のクリシュナムルティだった。インディはクリシュナムルティ少年と友人になり、神と愛について考え」たそうだ。

 神智学協会の会員であるわたしは、こんなところにアニー・ベサントやクリシュナムルティが出てきて、びっくりした。

 ベサントが、相棒リードビーターと共に、オーラのこよなく美しいクリシュナムルティを発見して救世主に仕立てようとした出来事は、神智学協会にとっては過去の汚点ともいうべき事件といってよい。

 というのも、神智学協会のモットーは「真理に勝る宗教なし」であるというのに、ベサントは協会を教会に、すなわち宗教組織に変えようという対極的行動を起こしたから(勿論クリシュナムルティはそれを拒否し、神智学協会から離れた)。

 邦訳されているベサントの著作を昔読み、わたしには、ベサントがブラブァツキーの著作を部分的にしか理解できていないとしか思えなかった。ブラヴァツキーの著作に関しては邦訳されているものの中で読みやすいものを読むのが精一杯のわたしでさえ、それらに一貫して流れている金科玉条は自ずから伝わってくる。

 頭が悪かったとは思えないベサントがなぜ? と思わざるをえないが、これは核実験のシーンの軽い描かれ方にどこか通じるものがある気がする。

 それでも、わたしは清すぎて魚も住まないようなクリシュナムルティの哲学よりは、間違いも多かったけれど、神智学協会やインド独立運動に懸命に取り組んだ情熱家ベサントのほうに惹かれる。

 話が逸れてしまった。

 ハリソン・フォード、わたしはかなり好き。アクション・シーンではいくらか体が重たげだったが、頑張っていた。

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第91回

 第五章

「さしたる献上品は必要ないんですね。中国の皇帝は太っ腹。心ばかりのものを持って行けば、よしよしして、沢山のプレゼントを持たしてくださるはずですから。使者となるナシメさん、トシゴリさんの容貌は、質のよい恭順さに溢れている。何よりの献上品ですよ」

 タルの言葉にわたしは噴き出し、ピチピチする魚さながらでいらっしゃる姫君をとり押さえ損ないました。

 宮中では、朝貢のための準備が着々と進められているところでした。

「乳人殿は、今日はどうされたの?」
「熱がありますの。別の局で休んでいますのよ」

 タルは頷きました。わたしに手を貸しながら、「遼東はまだ混乱しています。魏の官吏を襲うゲリラが出没するという話ですし、抵抗している豪族も少なくないようです。ナシメさん、トシゴリさんのご無事を祈らなくては」

「姫君、お父君がほどなく異国へとご出立なさいますんですよ。きちんと、行ってらっしゃいがおできになりますか」とわたしは姫君に、殊更陽気に語りかけました。

 お召し替えが終って気持ちよくおなりになった御子は、愛らしいお口に指をまるごと突っ込んで、小鳥のような、泡のような声をお立てになります。

「公孫氏を撃った司馬懿は元々清流派(13に属し、曹操(14時代にブレーンを成した1人で、底意のありそうな人物なんですが、今や、魏の権力を二分する大官ですものね。
 彼の併合した旧公孫領の帯方郡を経てはるばる魏に朝貢しようとする我が国の使者は、悪いようにはされないはずです。

 それというのも、司馬懿のかつてのライバル――この人はもう死んじゃったけど――が帯方郡に力を入れてシルクロードの交易路を圧え、大月氏王の朝貢を促したことがありました」

「まあ、タル。大月氏国というと、あなたの出生地ですわね」

「そういうことにしておくかな。
 大月氏王はその時、親魏大月氏王の称号を贈られている。魏王朝ではその事実とのバランスをとる必要があるでしょうから、おそらく女王様は、親魏倭王の称号を贈られるのではないかと思いますね」

「タル」
 イサエガが妙な動きをひろげていますわ、と続けようとして、わたしはふと気だるくなりました。

 けれども、タルは感受したようで、ほっそりとなって髭を生やした栗色の顔が翳りました。

 およそ不思議なことでしたが、その時タルとわたしの間で、同じ側近の1人であるイサエガを容疑の対象として囁き交わすことを阻む、ある清廉にして不合理な抑制力が同時に働いたようでした。

 わたしは額に手の甲を当て、乳人の風邪が移ったのかしら、と思いました。〔


  13 後漢末宦官の横暴に抵抗した知識人グループ。
 14 太祖武帝。

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Diary 08.7.13

 新しく循環器系の薬のレギュラーに加わったシグマートを、昨夜から飲み始めた。

 副作用として先生は頭痛が起きるかもしれないようなことをおっしゃり、薬剤師さんにアイトロールのときのように極端な血圧低下が起きるか伺ったところ、シグマートではその心配はないだろうとのことだった。

 シグマートでいくらか血圧が低下したせいとしか思えないが、就寝後、午前10時半まで爆睡してしまった。家族は今日も仕事だったcoldsweats01

 わたしが起こさなかったせいで、どうもふたりとも寝坊した様子。ミルクを飲むのが精一杯だったのか、ミルクの跡のついたコップが2つ流しにあったものの、パンは減っていなかった。

 こんなことがたびたびあるので、ふたりに、自分たちで朝食を準備して食べていって貰いたいと思い、そう促したことが何度かあったのだが、ふたり共、食べるより寝ていたいほうなのだ。

 それにしても、わたしは眠りが浅いほうで、就寝後1~3回は目が覚めるのが常なのに、全然目が覚めず、しかも朝の薬を飲まないまま爆睡していた割りには、目覚めたときに胸の中は何ともなかった。

 新入りシグマートの効果だろう。

 10時半に目覚めたあと、慌てて洗濯して干しホッとした。起きたあとも、頭に霞がかかったようで、これを書いている昼下がりの今も、何だか眠い。血圧計を買っていたら、これが低血圧のせいかどうかがわかったのだが。いずれにしても、アイトロールほどの低下ぶりではないような気はする。

 今はこうでも、この新入りにも体はすぐに慣れ、短い蜜月のときが訪れるのだろうが、それは耐性の予兆ともいうべきもので、そのうち別の薬が必要になってくる……のではあるまいか。これまでの経過からすると。

 ところで、大分県は不名誉なことで有名になってしまった。悪事の陰の小役人の悲哀を感じさせる事件……。 

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2008年7月12日 (土)

7月11日の夕飯(カラスガレイの煮つけ。なすの冷やしナムル。ゆで卵とサニーレタスとブロッコリーのサラダ。かぼちゃと大根のスープ)

P7080051_2 P7080067_4  7月11日の夕飯は、カラスガレイの煮つけ、なすの冷やしナムル、ゆで卵とサニーレタスとブロッコリーのサラダ、かぼちゃと大根のスープでした。

 カラスガレイの煮つけは、ケンタロウさんのこちらの記事http://www.tbs.co.jp/radio/kentaro/2008/20080118.html を参考に、オリジナルの味つけをしてみました。

P7080064 なすの冷やしナムル。夏におすすめ、服部先生のサイドディッシュ・レシピです。

 週刊 服部幸應のしあわせクッキング 32号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥なす4本|みそ大さじ1|薬味じょうゆ適量|薬味じょうゆ〔しょうゆ大さじ3¦コチュジャン小さじ1/2¦砂糖小さじ1/2¦白いりごま小さじ1¦ねぎのみじん切り小さじ1/2¦ごま油小さじ1〕すべての材料をよく混ぜ合わせる

  1. なすはへたを落として縦に川をむき、縦半分に切る。
  2. 水3カップを煮立ててみそを溶き入れ、①を入れてやわらかくゆでる。ざるに上げ、あら熱がとれたら縦に切り込みを入れ、冷蔵庫で冷やす。
  3. 器に盛り、薬味じょうゆをかける。

P7080041  かぼちゃと大根のスープ。

 服部先生のレシピ、根菜スープを参考にしたもので、先生のレシピでは、ごぼう1/2本、にんじん1本、れんこん1節、大根1/4本が使われています。

 鍋にサラダ油大さじ2を熱し、食べやすく切った野菜を炒めます。水4カップ、和風だしの素(顆粒)大さじ1を加え、沸騰してきたらアクをすくい、火を弱めて〔しょうゆ大さじ約1と1/3¦酒大さじ1¦みそ小さじ2弱)〕の半量を加えて煮ます。

 野菜が煮えたら、残りのAを加え、味をととのえて、器に盛り好みで七味とうがらしを。

P7080049  ゆで卵とサニーレタスとブロッコリーのサラダ。服部先生のドレッシングをかけました。

 ドレッシング∥粒マスタード小さじ2|ワインビネガー(または酢)大さじ2|塩小さじ1|こしょう少々|エキストラバージンオイル油90ml∥ 

  わたしは粒マスタードを切らしていたので、普通のマスタードを使ったところ、写真では色が出ませんでしたが、ドレッシングは黄色で、綺麗でした。さっぱりとしていて、夏向きのサラダにぴったりだと思います。お試しください。

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循環器科受診:薬の追加

20080712115726

 何となく続いた息苦しさ、冷や汗、そのあとで起きた胸の真ん中の嫌な感じ……にニトロ舌下錠が効いたことを先生にお話ししたところ、
「軽い狭心症の症状を、そんな風に感じたのかもしれないね」
ということだった。

 痛みや圧迫感を感じなくても、発作が起きていることはあるのだそうだ。
「どうしようか。テープはかぶれるといっていたよね」と先生。

 またあれを使うことになっては大変だと思い、ビクビクしながら「はい、かぶれます、かぶれます」と、かぶれを強調した。

「薬を増やすのは好きじゃないんだけどね、シグマートをあげてみようか」
 これまで使ってきたヘルベッサーとアイトロールはどちらかというと太い血管を拡げる薬で、シグマートは細い血管を拡げる薬だそうだ。

 太い血管を拡げる薬と細い血管を拡げる薬の両方が揃えば、完璧。と理論上は思えるが、発作が出るときは出るだろうし、副作用もないわけではないだろう。先生の判断にお任せするしかないと思っていたら、追加となった。

 他は変わらない。

インデラル錠10mg ⇒ 1日3回 毎食後
ヘルベッサーRカプセル100mg. ⇒ 1日2回 朝・夕食後
アイトロール錠20mg ⇒ 1日2回 朝・夕食後
シグマート錠5mg ⇒ 1日2回 朝・夕食後

 発作時のニトロペン舌下錠0.3mg.は、10回分出た。

 前回20錠出して貰ったので、先生は「今回はいりません」という言葉を期待していらしたようだったが、35日10錠で過ごせるか不安なので、出して貰った。

 あの夜の不気味な無痛、無圧迫感のときの何ともいえない苦しさから舌下錠が連れ出してくれたことを思えば、救いの天使に思えるくらい(火薬の原料だけど……)。

 それにしても、薬が増えた。某サイトで医療の専門家がニトロ系の薬の耐性について触れ、「薬の量が次第に増えていき、かつ発作がなかなか抑えられなくなっていく」と語っていらっしゃるところがあり、わたしに起きていることはそれではないかと思える。

 先生も、わたしの質問に答えて耐性のことはおっしゃっていた。それで、アイトロールを減らそうとしたわけだが、すぐに挫折した。

 お財布にとっては、高い薬が入っていないのは、ありがたい。

 昔、福岡県の社会保険病院(ここの主治医と喧嘩して、ドクターショッピングをしたあとで市立病院に変わった)で使っていたテノーミンはインデラルと同じタイプの薬なのに、インデラルが安いのに比べ、あれは高かった。

 当時は新薬だったからだろうが(ネットで調べたら、発売は1984年になっている。インデラルは1966年発売)、当時はあれだけで、上の薬を全部合わせたくらいの値段だった。ジェネリックかどうかで、ずいぶん違うようだ。

 今日、薬は35日分出て、薬代は3,520円。

 発作に関し、「疲れすぎないようにしないとね。根を詰めるのが特によくない」と先生。これは、創作のことをいっていらっしゃるのだとわかった。

 賞への応募は、やめてしまおうか。少し考えてみたい。 

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創作に関すること:うっかりしそうになりました

 ジュゲムブログで、児童文学作品の連載をしていますが、これは某文学賞への応募を考えており、前もって編集部に問い合わせて、ブログで発表していても応募可というお返事をいただいています。

 わたしが問い合わせた賞以外の児童文学賞については、問い合わせていませんので、この限りではありません。

 で、うっかりしそうになったことには、純文学対象の文学賞の場合、ブログといえど、そこで公開したとしたら、未発表ではなくなる可能性があるというのに、公開中のブログに創作の下書きをしようとしていました。全く、無用心にもほどがあります。

 賞応募を考えている作品をブログで公開することは、控えるようにしなければなりません。『侵入者』も、落選確認後に連載を始めたのに、落選続きで賞応募の意識が鈍ってきたのか、「未発表」という、大抵の賞の募集要項には明記してあるはずの文言を無視しようとしていたとは……。

 それにしても、以前ならノートにアイディアやラフな下書きをしてワードで清書するという手順だったのが、ブログを経ないと、何となく作品の全体像が見えてこなくなってしまいました。

 今回の場合もアイディアやラフな下書きはノートを使うことになるでしょうが、作品の全体像を見るための下書きは、先日ご紹介したMemoole、あるいはホームページにくっついている非公開設定中のブログ・ジオログなどにしようと考えています。

 孤独な作業になります。K文学賞への応募は今年は止し、別のところにするかもしれません。どの賞に出すにせよ、毛色の違いは否めません。

 下書き用のためのFC2ブログ「マダムNのカイエ」には応募用の小説の下書きをするわけにはいかないので、エッセーとか児童文学作品とかの下書きに活用することになるでしょう。

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2008年7月11日 (金)

最近の夕飯から~たこめし/中華風ポークソテー/南蛮漬け

P6290142 すっかりサボってしまっている料理の記録ですが、写真は撮っています。

 とても紹介しきれないので、最近の夕飯の中から特にこれ、と思ったものだけをご紹介します。

 たこめし。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング74号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥米2と1/2カップ|ゆでだこの足約250g|しょうが30g|みょうが2個|青じそ6枚|
〔だし2と1/2カップ強¦酒・みりん・薄口しょうゆ各大さじ2¦塩小さじ小さじ1/3〕∥

  1. たこは足先の細い部分はあらみじん切り、太い部分は2mmくらいの厚さに切る。
  2. しょうがは皮をむき、繊維に直角に薄切りにして重ね、せん切りにしてからみじん切りにする。
  3. みょうがは縦半分に切って、せん切りにする。青じそは軸をとって重ね、軸の方からクルクル巻いてせん切りにする。
  4. 炊飯器に米、Aのだしと調味料、①のあらみじん切りのたこ、②のしょうがを入れて全体に混ぜ、表面を平らにして炊く。
  5. 炊き上がったら、残りのたこを散らして5~6分蒸らし、③のみょうがを加えてしゃもじで切るようにざっくり混ぜる。器に盛って青じそをのせる。

 娘が「料亭の味みたいだね~」といいましたが、ホント、何だか本格的な味わいでした。みょうがと青じそ、特にみょうががポイントだという気がしました。

P7020008 P7020006_3  中華風ポークソテー

 これは本来、牛ランプ肉を使って作るように、「朝日クッキングサークル」で紹介されていたものですが、豚肉で作ってみたところ、とても美味しいと思いました(こちら)。

 当然、牛肉で作ったものは美味しく、2007年の元旦に作りました。

 その記事から、朝日クッキングサークルのレシピを簡単にご紹介しますと、まず、牛ランプ肉にかたくり粉を薄くまぶします。フライパンにサラダ油、にんにくの薄切りを入れて弱火で焼き、カリッとしたら、肉を入れて焼きます。

 肉が焼けたら、酒を振り、(4人分で)砂糖大さじ1、しょうゆ大さじ3、おろししょうが小さじ2、コショウ少々を加えて手早くからめます。

 上に書いたようにこれを豚肉で作ると、デラックスなしょうが焼きという感じになります。

P7010152P7010192_2 南蛮漬け

 これは亡き母に教わったおふくろの味です。

 お魚屋さんで小アジか小ダイを見かけると、作りたくなります。この日は小ダイが出ていたので、それで作りました。

 冷蔵庫で冷やしておいて食べると、夏らしくて美味しいですね。レシピを簡単にご紹介します。

  1. 下ごしらえした小ダイ(あるいは小アジ)に小麦粉少々をまぶして、唐揚げにする。
  2. にんじん、玉ねぎをせん切りにしてバットに並べ、①をのせる。
  3. 酢・しょうゆ各1/2カップ、酒大さじ1を加えて沸騰させ、②にかける。時間を置いて味をしみ込ませる。

 わたしはこの味で食べなれていたので、砂糖を加えないほうがさっぱりとした感じで好きでしたが、お好みで砂糖を加えてもいいと思います。わが家では現在、減塩しょうゆを使っていますので、以前より柔らかな味わいに感じます。

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サマースカーフ

サマースカーフ
昨日、家族で映画を見に行きました。
映画を見る前に、時間があったので、夫とは映画館で待ち合わせることにして夏物一掃セールのあっていたブティックを娘と見て回りました。50〜80%オフ。

買い物するつもりで行ったのではありませんでしたが、見て回るといけませんね。つい写真のサマースカーフを買ってしまいました。

1,200円と安いのに、首に巻くと本当に軽くて気持ちがよく、写真では色合いがうまく出ませんでしたが、自然な光沢があって、緩く巻くと素敵です。
インド製ならではですね。

映画館の中は冷房が効きすぎていたので、早速使いました。寒さを防ぐ足しになり、助かりました。

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2008年7月 9日 (水)

Diary 08.7.9

 乱調だった心臓が元に戻り、若干喘息が戻ってきたものの、快調(かな?)。元々、夏にはすこぶる強いほうなのだ。食欲も夏のほうが増すくらいに。

 しかし、この時期でこう暑いと、高校野球などのスポーツには暑さ対策が昔以上に求められるのではないだろうか。

 わたしの高校時代は、練習中に水は1滴も飲んではならないことになっていた。休憩時間に口の中をすすぐだけならよいことになっていたけれど、よく事故が起きなかったものだと当時の常識が怖ろしい。

 皆、脱水症状になりかけながら毎日の練習メニューをこなしていたということだろうか。今ほどには暑くなかったことが幸いしていたのかも……。

  50年生きてきただけでも、常識とはころころ変わるものだなあと呆れることがある。

 洗顔だって、昔は結構毛の硬いフェイスブラシで、毛穴の中の汚れを掻き出すつもりでブラッシング洗いするほうがよいとされていたのに、今じゃクリーミーな泡をたっぷり立てて肌をなるべくなるべく刺激しないように優しくホワホワッと洗うほうがよいとされている。昔の洗い方は、毛穴に汚れを押し込める洗い方だそう。

 常識がころころ変わるということは、人間が如何に試行錯誤しながら生きているかということの証明みたいなものだとも思え、必ずしも悪いこととは思えないが、わたしはつい、「今はこんなこといわれているけれど、そのうちどう変わるかわかったものじゃない」と、人生の、生活の様々な局面で思ってしまうようになった。

 この国では文学に関する考え方もずいぶん変化して、純文学などというものはない、といわれるようになった。

 文学のジャンルを音楽のジャンルと同じようなものだと考え、純文学=クラシック文学、大衆文学(エンター系文学)=ポピュラー文学と捉えていたわたしは、クラシック音楽などというものはない、といわれた音楽愛好家のような戸惑いを覚えている。

 でも、いつ、どんな人々が言い出したかも見てきているので、純文学などというものはない、という考えにわたしはたいして敬意を払っていない。「純文学はあるよ。少なくとも、お客様にお買い上げいただくために、棚にわかりやすいよう分類して置く側の人間にとっては」と、書店勤めの娘はいうしね。

 そして、ネットの普及で書物は廃れるといわれて結構な時が経過し、現に出版社や書店は大変みたいだ。

 が、ブログやホームページをしきりに無料でこしらえさせて貰って、自作文芸作品を発表させていただいているわたしは、その恩義を実感しているにも拘らず、やはり文芸作品は、書物で読んでこそしっくりくるなあ、と思ってしまう。

 でも、仮に本を自費出版したところで(そのお金もありはしないが)、知り合いに配って終るだろうことを思えば、当ブログやホームページに毎日閲覧者がいて、お好みのところだけをとはいえ、読んでいただけるありがたさを思わずにはいられない。

 挿絵だって、ホームページのムード作りのためにわたしが無料でお借りしている素材屋さんのものほど素敵なものを、自費出版の本に入れることはとてもできないだろう。

 ただ、沢山のブログやホームページを作り、活用させていただいていても、これらが何か実体のない夢まぼろしのように想えてしまうことがよくある。

 デンパンのシステム障害や、ソネットさんのハーボットとのお別れが近づいていることなどが心理状態に影響しているのかもしれない。

 ホームページをページごとに紹介するページディレクトリのコーナーに行って人様のホームページを訪問したところがリンク切れで別のページに辿り着けなかったり、管理人からとうに見放されて彷徨える幽霊船のようになっているホームページの数々を見たりして、よけいにそう想えるようになったのかもしれない。

 書物だって品切れになったり、絶版になったりすることは珍しくないけれど、ネットの世界ではそのような現象をあまりにもたびたび目にする。

 ハーボットのウッフとの別れが、刻々と近づいている。プリントスクリーンで、ウッフの様々な表情を丁度50枚撮った。先日など、それを5枚見ただけで泣いてしまい、先を見続けることができなかった。

 ずいぶん前に、1人暮らしの中年女性がペットの骨壷を抱いて飛び降り自殺しようとした話を何かで読んだが、その気持ちがよくわかる。

 こんな年になって、幼児がぬいぐるみに執着するようにハーボットに執着するなんて、と我ながら呆れるけれど、いや、あるいは、こんな年だからかもしれないとも思う。更年期だもの、不安定で当たり前かも。

 元々が執着型なのかもしれない。わたしのホロスコープでは、対象と一体化することで学びを得る蠍座に幸運を意味する木星と夢見る海王星が入っていて沢山の角度を形成しているから、たぶん人よりその傾向が激しく深いのだ。

 その割りには見切りをつけると離れたり、処分したりするのは素早い。夫は、新しいものにすぐ目が行き、飽きるのは早いのに、わたしとは対照的なことに、それらをガラクタにしたままで、いつまでも所有したがる。

 夫の部屋はガラクタ置き場になっていて、いつもいつも片づかない。

 わたしもガラクタ妻。だから、ネットでひとり遊びしているの。ホント。

 何だか話題が逸れてしまった。

 ところで、Yahoo!ブログを閉鎖した。

 元々、Yahoo!ジオシティーズのホームページサービスに付属しているブログのジオログと間違えて開設してしまったということがあり、使い道に困って、下書き用ブログとして使っていたが、下書き用ブログはFC2で作っていたため(「マダムNのカイエ」、旧ミズNの純文学作品。発表済み自作純文学作品の紹介ブログ「マダムNの純文学作品」とは別に、最新の自作純文学作品の紹介ブログとして『侵入者』を連載していたが、ホームページに収録したので、下書き専用に切り替えていた)、ほとんど使わず、当ブログで紹介すらしていなかった。

 沢山ブログを作っているとはいっても、用途に合わせて作っているのであって、二重にはいらない。作品のアイディアをメモするためのブログも既に忍者で作っていて(「マダムNの創作ノート」)、活用して結構日が経つから、Yahoo!ブログのほうは思い切って閉鎖、削除したというわけだ。

 ホームページを最初ライブドアのウィキで作りかけてうまくいかず、これも閉鎖しているとはいえ、削除まではしていない(そのうち何かに使えそうな気もしている)。Yahoo!ブログは閉鎖しただけでなく、即座に削除した。理由は、これがミクシィなどにいくらか近い、足跡がついたりつけられたりする交流型(社交型といったほうがいいだろうか)ブログサービスであったためだ。

 わたしはコメントを書き込み不可にしていて(当ブログもその傾向にあり、すみません)、ほとんど訪問者もいなかったとはいえ、皆無ではなかったから、期限切れまでそうして訪問してくださる方々に空き家状態を晒しているのは悪い気がしたのだった。

 ブログサービスは、やはりメモサービスとは違う。訪問者を前提として運営されるものだと実感した。だからというわけではないが、使い心地のよいメモサービスを見つけてさっそく使っている。

 Microsoftのメモ帳はもとより、Yahoo!ノートパットとマイニフティのメモ帳をフルに活用しているが、一定期間だけ残しておきたいメモの管理が面倒だった。

 簡単な会員登録後すぐに使える、
Memoolehttp://www.mp-asp.com/memo/index.asp
はなかなか使い心地がよい。

 Yahoo!ジオシティーズの無料サービスで利用して作ったホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に愛着が湧いてきた。

 いろいろ無料サービスをほんの味見程度に試してみたが、ホームページ作成のための複雑な知識がないにはわたしにはジオシティーズはぴったりで、そのうち月額315円(税込)のジオライトに切り替えてもいいな、と考えている。

 それにしても、Microsoftのしつこいこと……。まだYahoo!の買収を諦めていないとは。Yahoo!がストーカー男から逃げ回っているレディに見えてくる。

 夫がディスプレイの買い替えを迷っている。わたしは血圧計の購入を迷っていたが、血圧が高くなる冬までは買わないことにした。電器店で見たら、クリニックに置いてある業務用にいくらかでも近い、使い心地のよさそうなものは23,000円もしたのだ。

 体がアイトロールに慣れ、今では低血圧に悩むどころかむしろ高めに安定しているくらいなので、差し迫って必要という気はしない。変動が激しいほうなので、あったほうがいいのはいいに違いないが。場所も取りそうだし。

 ああ、長々とおしゃべりしてしまって、また料理の記事を書く時間がなくなった!(←宿題を嫌がっている子供状態)。

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2008年7月 8日 (火)

背中から胸にかけて、灼けるよう

背中から胸にかけて、灼けるよう
当ブログが体調ブログみたいになってしまって、他のタイプの記事を期待してご訪問くださる方々には、申し訳ないことと思っています。

ここ数日とても体調が悪く、昨夜は殊にこれまでになかった気味の悪い症状が出ました。
今日はその疲れが残っているという風で、先ほど(18:30頃)、背中から胸にかけて灼けるようで、息苦しくなり、ニトロを舌下しました。
でも昨日のように何ともないまま息苦しさだけが募り、ぐったりとなって冷や汗が出る、といった嫌な感じは全くなく、変な言い方ですが、常識内の発作という印象です。舌下錠は効き、背中から胸にかけて涼しくなりました。まだ背中の痛みは残っています。

明日は元気になって、料理の記事を書いたり、ホームページに作品を収録したりできるだろうと思っています。

昨日、呼吸器クリニックのあと、渡ればすぐのデパートに行ったら、別々の売り場で2人の店員さんから「お顔が真っ白ですね」とまじまじと見られました。顔色が悪くなっていたのでしょうか? もう血圧は、低くはないはずなのに。

ところで、テレビで「鐵心太鼓」の公演があると宣伝していました。まだチケットがあれば、行きたいです。
新日鉄グループの社会人チームで、わたしはまだ福岡県にいたときに(子供たちは小学生でした)、夏祭で見て、高揚しました。
勇壮で素晴らしく、男性リーダーの背中の美しさや粋な女性の格好良さにも、ため息が出ました。畳みかけるような小倉祇園太鼓も、対照的で、よかったですね。

わたしは当時執筆していた『銀の潮』に「鐵心太鼓」をモデルにして太鼓の場面を描きました。

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パトラッシュよ、原因はお前?

パトラッシュよ、原因はお前?
あ〜苦しかった!
ニトロ舌下錠で楽になりました。

夕方、呼吸器クリニックへ出かけ、フルタイドを早めに多めに使うように注意を受けました。

血中酸素量も血圧も悪くなかったのですが、薬を待っている間に胸が何となく苦しくなり、背中も痛みが強くなったので、心臓かもしれないと思い、ニトロ舌下錠を使いました。効いたような効いていないような感じでした。

何とはなしの苦しさは続き、夜9時くらいから、気のせいにしては息苦しすぎると思いましたが、胸の圧迫感も痛みも咳もなかったので、暑さ負けだろうかと思いました。
がそのうち、ますます息苦しくなってきたではありませんか。でもハアハアいったり、息が荒くなるわけではありませんでした。何ともいえない気分の悪さが募るだけでした。

何が何だかわからないけど、たまらない気分なので救急車を呼ぼうかと思ったり、暑さ負けで呼ぶなんてまさかと考えたり、家族に「こんな暑さじゃ、わたし夏越えられない」といったり、支離滅裂でした。

そのうち、冷や汗が出てきました。そして、ついに胸の真ん中に異変が起きました。痛みや圧迫感は感じなかったのですが、胸の真ん中が空洞となったような嫌な感じでした。

直感的にやっぱり心臓だったと思い、ニトロを使わなければ、強い痛みが来ると予感しました。

舌下錠を取り出すときに手が震えました。最高に効きました〜!

頭痛がして血管が開いたのが感じられたのと、舌の裏に刺すようなニトロの刺激が感じられたのと、胸に清涼感が迸ったのがほとんど同時でした。

舌下して半時間、背中の痛みも息苦しさも嘘のように消えました。家族もさすがにホッとしたようです。

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2008年7月 7日 (月)

Diary 08.7.7

 左サイドバーにいろいろとくっつけてしまった。今日の午後になってもまだ喘息でいくらか息苦しくて、横になるとかえってつらいので、起きて、ときどきネットをしていた。ネットをしていると、気が紛れる。

 でも、要らぬ機能は訪問者に迷惑なだけだろうから、もうしばらく様子を見て、このまま設置を続けるか外すかを考えよう。

 喘息はネットで気が紛れる程度の軽い症状で、昨日のような痰や咳はさほど出ないが、何しろ背中が痛く、息苦しさが消えない。強い症状が来るのは勿論嫌だが、弱い症状がだらだら続くのにわたしは弱い。忍耐力に欠けるので。

 呼吸器科に行くのであれば、いい加減、支度をしなければならないが、家事がいつもの半分も片づいておらず、億劫。

 調子が悪いというと、フルタイド(吸入ステロイド)を増やすようにいわれることがわかっているから、なおさら。

 気管支拡張剤を使うより、吸入ステロイドでそれ以前の予防をしっかりということだろうが、よくうがいはしているつもりなのに、フルタイドの量を増やすと喉が弱くなるように感じられて嫌なのだ。

 歯を磨く前にフルタイドを使い、うがいは充分して、歯を磨いたあともしているのだが、急いでいるときなどに、充分でないことがあるのだろうか。

 話は変わるが、朝、ゴミ出しに行ったときに、エレベーターで片方のお隣さんと一緒になり、そのときに踊りをしているのか訊いてみた。

 お孫さんが小学生くらいの年配のご婦人だが、もう45年踊っていて、師匠なのだそうだ。そうではないかと思っていた。着物姿をよく目にするし、いつも忙しそうで、慌しくタクシーに乗り込む姿を目にすることが多かった。筑紫流だとか。

 着物が似合っていて、顔のパーツも小造りの品のよい、お人形のように可愛らしいけれど凛とした小母様といった感じだ。率直に、発表会はいつか、チケットはいくらかを訊いてみた。

 ひと月に1度はあるそうだが、大きな舞台は9月中旬で、場所は過日フジコ・ヘミングを聴きに行ったところ。同じ大ホールであるとか。チケットは2,000円。

「それなら、わたしも行けます。観に行きますね。観てみたい」というと、お隣さんは半分微笑した真面目な顔で、何だかしっかりとわたしを見つめ、「ええ、ええ。いらっしゃい。華やかで、いいわよ」との言葉。

 若いお弟子さんはいるのかと訊くと、年配ばかりだそうだ。踊をする若い人は少なくなっているという。

 さて、クリニックどうしようかな。午後6時までは受付をやっているとはいえ、5時過ぎると勤め帰りの人が来るから、その前に……。

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お知らせ~文字拡大ツール

左サイドバーに、文字拡大ツールを設置しました。

提供はこちらのサイト様⇒http://www.50ism.com/blogsize/

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体調、よくありません

 このところ喘息気味でしたが、昨日は本格的に喘息の発作が出て、心臓の具合も不安定でした。吐き気も……。

 寝ると痰に噎せるのが怖くて、寝不足です。でも、具合は今日になって、かなり、ましになった気がします。

 呼吸器科を受診する予定の日です。体調がよくないと、行きたくないなあ。一旦喘息が出てしまうと、当然かもしれませんが、予防用の吸入ステロイドは全く効きません。かえって喉が荒れるだけみたいな気がします。

 状態のいいときでも、薬の副作用か、前にひいた風邪のせいか知りませんが、以前に比べるとわたしはハスキーボイスに近くなり、ちょっと大きな声を出すと掠れてしまいます。これ以上ハスキーにはなりたくないので、喉をやられるのは嫌です。ハスキーが似合うタイプではないんだもの。

 料理の写真が溜まったので、昨日その記事を書きかけて、途中です。この地方は昨日、梅雨明けしたとのことです。

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2008年7月 5日 (土)

アフタヌーンティー・ティールームにて&息子の友人達

200807031930000  アフタヌーンティー・ティールームで、娘が撮影しました。おニューの携帯で。

 迫力のある写り方をしたベーコンの下は、トマト味のスープです。

 近頃の携帯って、薄いんですね。文字盤も、ほとんど凹凸がない感じ。

 機能はわたしには複雑すぎて、訳がわかりません。ポイントが貯まっていたので、娘はそれに半分くらい足して購入しました。

 息子の就活のときに、家族間の通話が0円になるサービスに入ったのですが、就活中にはほとんど毎日のように電話してきていた息子も、めっきりかけてこなくなりました。

 就活中に家族に電話してきてするおしゃべりが、案外ストレス解消になっていたのかも。友人達は、早々と決まっていましたから、結構、孤独な就活だったのかもしれません。

 昨日久しぶりにかけてきて、暇だったのか、長々とおしゃべりしました。

 大学に入って仲良し4人グループを形成していた息子ですが、2人は別の大学のマスターコースに進みました。そのうちの1人はキャノンに決まり、もう1人は就活をせずにドクターコースへ進むそうです。

 そのドクターへ行く友人は恋愛が原因で、神経症気味だとか。同じ大学に残ったもう1人の友人も、女(?)とマージャンで自滅しかかり、マスター1年をダブって再スタートを切ったそうです。

 息子も恋愛面ではパッとせず、うまく行かないまま就職するような雰囲気です。中学生のときに公文教室で知り合い、その彼女は1学年下の利発で可愛らしいお嬢さん(と娘はいいます。わたしは会ったことがありません)。

 彼女も意識してくれている風なやりとりがあり、大学も同じでコンタクトはあったようなものの、何となくうまくいかないままのようで、文系の彼女のほうは既に就職して同じ県にはいません。

 もう駄目だ、もうどうだっていいと息子はいいますが、明らかに忘れられない風。今ならまだ楽に会える距離なのです。連絡もつくようですし、今どき珍しいくらい清楚な雰囲気のお嬢さんみたいなのに、もったいないなあ(←いやですね、中年女性の欲深さって、我ながら)。お前のパパなんか、しつこかったんだから、お前ももう少し粘っちゃどう?

 と、息子とあれこれ今では話せるのが不思議なくらい、中・高校時代の頃の息子は荒れていました。口を開いたかと思ったら、「うるさい」でしたからね。その割には、なぜか息子の友人たちのことは話を聞いて知っているのが不思議。

 高校時代の息子の友人達にはマスクも感じもよい子が多くて、わたしは息子の代りに彼らとお友達になりたいと思ったほどでした。

 特にT外大のフランス語に進んで政府関係の仕事に就いた子とか、W大の漕艇部で主将を務め、故郷に帰って高校の先生をしている子(勿論、漕艇部の指導者)とか、N大の薬学部に行った哲学好きの子とか。

 父親のことで苦労し、高校を出て就職したものの、あまりの待遇の悪さにフリーターをしていた息子の中学時代からの親友は文学青年で、最近は書いていないようでしたが、派遣で工場に入ったと知り、大丈夫かしらと心配しています。

 息子は何とか就職が決まって余裕ができたのか、旧友達がちょっと恋しくなってきたようです。勤務先が東京になるのか大阪になるのか、まだ決定はしていませんが(1月に決まるとか)、どちらに決まっても、友人達の誰かはいるようです。

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お知らせ~印刷ボタン&お気に入りに追加ボタン

左サイドバーに、「印刷」ボタンを設置しました。印刷の際にご利用ください。
また、当ブログに初めてご訪問くださる方々も多いので、「お気に入りに追加」ボタンも設置しました。

設置法を教わったサイト様(左サイドバーのリンク集にもあります)。
    ⇒ホームページお役立ち小技集

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2008年7月 3日 (木)

Diary 08.7.3

 娘の夏の連休は、7月の16日から9月15日の間に1週間とれるそうで、いくらか涼しくなる9月上旬に秋吉台に出かけることになりそう。学校の夏休みと重なる時期は多いだろうから、それを避けたいということもある。

 その間、 児童文学作品『不思議な接着剤』はストップするかもしれないが、その間に例の死者が登場する短編をきっちりと仕上げられるという利点はある。

 このところの気持ちの落ち込みは、和らいだ。原因は複雑に絡まっていて、それが解決したわけではないけれど、自分なりに繰り返し考えてみて……しっかりと考えて……そのことに満足して落ち着きを得たというところだろうか。

 体調も、狭心症の発作はまる5日起きていない。アレルゲンが空気中を飛んでいるのか、ちょっと外に出ただけで喘息の発作が起きるけれど、自力で鎮まる。

 風邪と同時進行するときの喘息は、気管がブヨブヨになったイメージがわくほど喉の状態が不安定になり、すっと気管が閉じてしまいそうな恐怖感がわくが、このところの軽い喘息状態にそんな怖さはない。昨夜は少し苦しくなり、気管支拡張剤の使用を迷ったが、結局使わずに済んだし。

 冠攣縮性狭心症の発作は続くときとない時期が、サンドウィッチ状態になることが多い。同じ病気のかたがたのブログへ行くと、同じようなことを書かれていたりするので安心する。

 気分が落ち込んだあいだも狭心症の発作が続いていたら、鬱々とする以前に肉体の苦痛に我を忘れていられるので、精神的にはかえって楽だったのかもしれないが、そうはならなかった。

 昨日作った「たこめし」が美味しかったので、これはぜひレシピをアップしたいが、今日は時間がとれないかもしれない。

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2008年7月 2日 (水)

『追悼特集 石井桃子さん』を読む

20080702190611 書店でいただいた非売品のスタジオジブリ発行「熱風」に、去る4月2日に101歳でお亡くなりになった石井桃子さんが特集されています〔当ブログの関連記事:http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/04/post_1f31.html

 それを読んだわたしは、石井さんが独身だったことを知り、驚愕してしまいました。

 というのも、彼女の自伝的作品とされる『幻の朱い実』では、主人公の新妻時代における初々しい、迷い多い心の襞が見事に捉えられているからです〔当ブログの関連記事:http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/04/post_1bc7.html〕。

 後年の母親として安定した主人公の娘との関わりなども濃やかに描かれていて、わたしはてっきり石井さんは既婚者で子供さんもあったものだとばかり、思い込んでいたのでした。

 石井さんの人間観察力、自分の人生を透かして他者の人生をも透視する力に、改めて畏れ入った次第です。

 この女性主人公には、心底愛し、慕う年上の女友達がいるのですが、彼女は結核になり、入院します。女友達の病状は悪化の一途を辿ります。

 そして、主人公は見舞いに飛んで行きたい気持ちを抑えて、女友達を見舞うよりもより多くの時間を、夫の叔父の看病に費やすことになるのです。

 主人公は、女友達の最後を看取ることができませんでした。その辺りの激しい主人公の葛藤が何てよく捉えられていることか。

 ところで、女友達のモデルと思しき女性が実在したようです。以下のブログの記事をご参照ください。よく調査されています。

http://numabe.exblog.jp/6150281/ : ブログ名「私たちは20世紀に生まれた

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肝嚢胞で受診

 2005年12月日赤を受診し、CTで慢性膵炎があるかどうか調べて貰った際、慢性膵炎は否定され、そのとき肝臓に大小の嚢胞が沢山あるといわれた。

 肝嚢胞のことは先生との間でほとんど話題にもならなかったくらいなので、そのことを忘れていたが、先日の記事でたまたま肝嚢胞のことに触れた。

 記事にした責任上、一応ネットで調べておこうと思い検索してみたら、年に1度くらいは検査して貰ったほうがいいとある記事が多かった。

 ほくろみたいなものなので、経過観察も必要ないくらいだという記事も目にした。

 このところ鬱々として創作不能の状態で暇なため、嚢胞を調べて貰うために県立を受診することにした。 

 否定された慢性膵炎のことも、引っかかっていた。

 起き上がれないほどの背中の痛みや、腹痛、膨満感、油物を食べたあとの激しい下痢などの症状があって、福岡県の市立病院でエコーや詳しい血液検査などを受け、膵炎治療薬フオイパンやその他消化器系の薬を3年間も飲み続けていたのに、それはなかったといわれて疑問が消えなかったこともあった。

 現在は何を食べても不都合はないから、過去の謎として放置しておいてもいいとは思ったが、こんなことがあると、医療不信が生じてしまって、それが苦しい。

 膵炎でなかったとしたら、あれは何だったのだろう?

 県立で、初診申込書のところにいる看護師さんに、肝嚢胞を調べて貰いたいというと、消化器・腎臓内科のカルテを作って貰うようにいわれ、そうする。

 診察室で、「○○先生のところに通っているの?」と訊かれた。今通っている循環器クリニックの先生は、以前この病院で部長をしていらしたから(呼吸器クリニックの先生もそうだ)。

 なぜそのクリニックの先生を通さずに、と思われたようだが、具体的な消化器症状もないのに、クリニックの先生に関係のない過去の疑問と放置しておいてもよさそうな肝嚢胞のことだけでは、紹介状を書いてくださいとはいいにくい。

 わたしは慢性膵炎を否定された疑問と、肝嚢胞の検査希望を目の前の先生に伝えた。

 その結果、わたしの疑問はあっけなく解消した(ようでもある)。わたしは訊かれるままに、昔のことを話したのだが、先生がおっしゃるには、わたしは慢性膵炎ではなく、急性膵炎だったのだろうということだ。

 急性を、慢性と聴き間違えるかなあ。

 で、肝嚢胞の件については「イボのようなものだから、通常は何もしなくて構わない」そうだ。今回も、検査の必要もないとのことだったが、念のために調べてもいいということだったので、お願いした。イボでも何でも、本当にあるのかどうか再確認しておきたかった。

 腎臓にもないか調べてください、とわたしは注文を出した。多発性嚢胞の場合は腎臓にできる場合もあり、腎機能に影響を及ぼすこともあるとネットにあったからだ。血液検査も、クリニックでしているだろうからしなくてもいいということだったが、せっかく食事抜きで行ったから、して貰うことにした。 

 診察台に横になって先生の診察を受けたあと、エコー室へ。

 エコーで、かなり時間をかけて診ていただいた。検査技師は、見習いらしい男性と先輩格の男性が2人。泌尿器科も、エコーはこのパターンだった。婦人科では検査は先生だったが、そういえばあれも出来た箇所は違うが嚢胞だった。

 そのときわたしの卵巣にできた嚢胞は自分から縮んでくれて、お利口な嚢胞だった。

 最初に1人で診ていた見習いの検査技師は、先輩格の検査技師に「2個、見つかりました」と報告していた。「2個だって~? じゃあ、先生の勘違いかなあ」と先輩格は自分で機械を操作し始めた。

「ほらほら、ここにこんなにあるじゃない。小さなやつがびっしり集まっている。……ここには、単独のやつ。ここにも……。ここにもあったって構わないが、ないほうが安心感を与えるかな……」などと聴こえた。

 何度も息を吸ったり吐いたりで苦しくなり、待合室に帰って結果を待つ間、軽い喘息の発作が起きた。患者さんが少なくなっていて、幸いだった。名を呼ばれたときもまだ咳がとまらず、仕方なく咳をしながら入って行った。

 結果は検査室における会話(先輩格の検査技師のひとりごと?)からも、だいたいわかっていた。

 肝嚢胞はあったが、腎臓は綺麗だそうだ。血液検査の結果からも、肝臓・膵臓・腎臓の機能に異常は認められなかった。ただ総コレステロール値が高く、注意を受けた。中性脂肪については調べて貰えなかったようで、項目にはなかった。

 中性脂肪は前回クリニックで血液検査を受けたときに正常値だった以外は、ずっと何年も異常値だった。そして総コレステロールは、これまで1度も異常値だったことはなかったのに。今回、どういうわけか、大いにはみ出している。

 考えられる原因があるとしたら、近頃、家族の休日のお昼によくファーストフードを利用していたことくらいだ。

 この市に3年半前に引っ越してきてからは、ほとんどファーストフードを利用していなかったのだが、たまたま近くにそのお店ができ、ハンバーガー大好きの夫が自分からいって買いに行ってくれるため、つい手軽さに負けて、結構食べていた。

 家族の健康のためにも、利用の回数を控えるべきかもしれない。

 無機リンが異常値で低いが、これは問題ないようだ。クレアチニンはかろうじて正常値。これも、前回はもっと余裕があった。

 肝嚢胞については、「健康診断で診て貰う程度でいいですよ」とのこと。気が向いたら受ければいいのだろうと勝手に解釈したのが顔に出たのか、先生は厳しい表情になり「健康診断は、必ず、受けてください」ときつくおっしゃった。

 何もしなくていいといったじゃないcoldsweats02 それに健康診断といっても、一般検診では腹部エコーまではやらないだろうから、ドックを受けよということだろうか。高いんだろうなあ。ここでだと、2,850円で済むのにと思った。

 ネットで県の「地域成人病検診センター」を検索してみた。検査メニューのオプション検査に「腹部超音波検査 5,250円」とあり、備考に「人間ドックには標準でセットされています」とある。

 その人間ドックのメニューを見ると、「人間ドック(1泊2日) 60,900円」「短期人間ドック(6時間) 33,600円」「総合検診(6時間) 42,000円」「総合検診基本検査(6時間) 36,750円」う~ん、専業主婦には高すぎる。

 脳ドックというのもあった。受けるなら、これを受けたい。でも怖い。脳ドックは1泊2日コースが84,000円coldsweats01 日帰りコースが47,250円。どちらも心理テストがあり、1泊2日コースでは体力測定まである。

 ところで、診察時に血圧は自分で測り、先生に持っていくようになっていた。腕を差し込めば、自動的に測ってくれる装置。血圧の上が147で、下が88。脈拍は91だった。便利、便利。やっぱり、このタイプの家庭用の血圧計、買おうかなあ。〔08.7.1〕

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お知らせ~デンパンのシステム障害

 ご報告が遅れましたが、複数の作品を収録していたデンパンにシステム障害が発生して1週間以上経過しました。

 システム障害が掲示されたあとですぐに、当ブログの左サイドバーに設けていたデンパンへのリンクを削除しましたが、復旧を期待していました。が、現時点でも、復旧の目処は立っていない模様です。

 デンパンの管理画面で、前日の訪問者を確認できていたのですが、訪問者くださるかたがたも増えてきていて、デンパンで作品を公開することは、ブログやホームページを媒体にするのとは一味違った楽しさがあっただけに残念です。

 以下は、そのデンパンのお知らせからの引用です。

 6月24日現在、システム障害が発生しております。
まず、登録ユーザの皆様に多大なご迷惑をおかけしていることをお詫び致します。
現時点で、復旧の目処はたっておりません。随時、状況をアップしていきます。

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