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2008年6月の48件の記事

2008年6月30日 (月)

創作の焦りと高校の同窓会名簿

 すっかり梅雨負け(?)して今日も何だか元気が出なかったが、午後、喘息の発作が起きた。痰が喉に絡んで一瞬息がとまりそうになり、慌てた。

 それが鎮まってから、かえって正気に返り(?)、本来の自分が戻ってきた気がする。でも、やっぱり元気なし……かな。こんなに鬱々とした気持ちが続くのは、珍しい。

 原因は、エッセーにしたいと書いた2つのことの他に、もっと俗っぽい事柄ならいくらでもある。

 自分が病気であることに対するコンプレックスなど、もう感じなくなっていたのに、久しぶりにそれが戻って来てつらかった。それを感じさせられたシチュエーションがあった。

 が、喘息の発作がいくらかショック療法となった。元のように元気になれない以上、現在の自分を受け入れ、やれることをやろう。時間がもったいないから。

 統合失調症の友人(文芸部の先輩)のことを考えると、わたしもこうしてはいられないと思う。

 彼女にも当然、波があり、それを幾度となく越えながら、いつしか彼女は自分の病気を受け入れるようになり、常に自分に真摯に向き合う姿勢は崩すことなく、今の彼女には人生を決して諦めない強靭さがある。病気との闘いの中で、その強靭さを育んできたのだ。

 あの強さ、しなやかさは、老子的だ。彼女が病気の中でここまで成熟するとは、想像しなかった。

 そんな彼女をスピカのモデルに選べたわたしは、幸せだ。こんなモデルを探し当てる幸運は、誰にでも得られるものではない。日々のつまらない砂利に躓き、自分を見失うのは恥ずかしい。

 時間はたっぷりあるはずなのに、創作のための純な時間をなかなか作れないじれったさがあるが、雨だれを集めるようにして作品のモデルたちにふさわしい純度の高い時間を集め、作品の完成に力を注ごう。

 エッセーにしたいと思った2つの事柄のうち、死者にまつわる事柄は短編小説にしようかとも考えている。その人が死者ではなかった頃から、作品にしたいと考えていたことではあった。偽悪的な作品にするつもりだったそれに、正面から向き合おうと思う。

 生と死の境を越えた作品になるだろうから、絶対的に作品はK文学賞の地区選考には落ちる。

 戦争物ではない上に、死者が真っ当なかたちで出てくる作品など、もっての外だろう。だが、神秘主義者でかつ作家の卵にしか書けない作品であることには間違いない。枚数も60枚は丁度よい。

 一方、母の命日を過ぎたら書き出そうと思っていた作品はまだ書けそうにない。あれは、どう考えても短編では無理だ。わたしの晩年にでも書けばいい作品なのではないだろうか。

 喜びが悩みと変わった姪のことは、いずれこのDiaryででも、ささやかにお伝えしたい。姪が何をしたわけでもなく、わたしが勝手に悩んでいるだけなのだけれど……。

 話題は変わるが、高校の同窓会名簿が届いた。この年にもなると、ドキドキしながら、物故者は増えていないか、その蘭に真っ先に目を走らせる。わたしたちの学年は2人だ。1つ下は9人もいて、驚いた。

 母も同じ高校の出身だから、物故者の蘭に名がある。わたしの名は、いつそこへ載るのだろう? 

 次に見るのは、大好きだったバレー部の先輩2人の現住所。2つ上の憧れのキャプテンだった先輩は養護教諭をしている。勤務する中学校の名が前と違っている。異動したのだろう。中学校の保健室も、今は大変だろうと思う。

 大好きなあまり悪戯をして困らせた1つ上の先輩は、専業主婦だと思っていたが、職場が書いてある。仕事を始めたのだろうか。ずいぶんご無沙汰しているけれど、手紙を出してみようかな。

 2人の先輩は、どちらもセッターだった。どちらもバレー選手としては小柄なほうで、キャプテンをしていた2つ上の先輩は美しく、優しく、聡明で、人間的にも慕われていた。1つ上の先輩は、顔立ちはちょっとユニークな可愛らしさで、人間的にも可愛らしさに満ちていた。

 それから、同学年のところに戻って、じっくりと見た。最後に、校長が変わっていることに気づいた。国語を習った先生が校長だったはずだが、異動? いや、年齢を考えると、たぶん定年退職だ。

 定年退職のことも知らず、先日、同人雑誌を送ったばかりだった。

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2008年6月29日 (日)

梅雨時の鬱陶しさも吹き飛ぶ鷹女の句~三橋鷹女特集Ⅰ

 鬱々として気分が晴れない中、このところサボりがちだったFC2ブログ「マダムNの俳句紹介」を更新しようとして、「次は三橋鷹女だったな……」と思い、さて、どの句を紹介しようかと句集を開きました。

 前掲のブログや、当ブログへ、《三橋鷹女》で検索してご訪問くださるかたも結構ありますから、こちらも真剣にならざるをえません。

 どの季節も丹念に詠んだ鷹女ですから、この梅雨時の句を含んだ夏の秀句は沢山あります。

 そして、句を拾ううちに、彼女の句の何ともいえない可笑しみ、ペーソス、綺麗さ、不気味さ……今更のようにそのユニークさの虜となり、いつの間にか、鬱々とした気分が晴れていました。あなた様にも、その気分をおすそ分けしましょう。

 当ブログ(左サイドバーをご覧ください)や前掲のブログで既にご紹介済みの句とダブるものもあるかと思いますが、鷹女の夏の句からその一部を以下にご紹介します。

夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
風吹くと鹿の子の瞳ものをいふ
顔よせて鹿の子ほのかにあたたかし
糞しつつ鹿の子ほろほろかなしけれ
ひるがほに電流かよひゐはせぬか
鼻のない男に見えるひるがほが
しやが咲いてひとづまは憶ふ古き映画
しやが咲いてひとづまは財布乏しくゐる
黒猫もいたく夏痩せ吾が家に
夏痩せて火星に棲めるかほかたち
夏深く我れは火星を恋ふをんな
吾れに白紙蛾に白壁のしろき夜が
蛾が帆かけぶねにみえゐる眼をつむる
蛾の眉を欲りつつしこめ我れは寝ん
夏来たる白き乳房は神のもの
生まれ出て羽蟻の翅が地を這へる
日の穹へ羽蟻あとよりあとより飛ぶ
ひるがほに愚となりてゆく頭脳
ひるがほに昼まぼろしのいや濃かり
昼顔に人は髑髏となりて果つ
梅雨きのこ笠をかさねておびただし
梅雨冷えのまつくろ鴉飛びにけり
綻びし著物の男油照り
白鳥の涼しき夢や噴水塔
純白の薔薇に咲かれて日々無為に
月見草はらりと地球うらがへる
こがね虫天体まろく夢育つ
夕顔や乙女のドレス襞深く
行水終ふる月界までの距離
天の講習終る青葡萄
アマリリス朝日はつねに慈父の如く
炎天に繋がれて金の牛となる
青葡萄天地ぐらぐらぐらぐらす
詩は切れ切れ金の兜の向日葵よ
ひまわりかわれかひまわりかわれか灼く
水急ぐ白一色の菖蒲田へ
くらやみに蛭がたはむれ僧の季節
老牛に道をゆづられ陽炎へり
とかげ妙齢尻尾が風を弄ぶ
校庭や乳歯が抜けてさくらんぼ
星出でてより向日葵は天の皿
飲食や朝の蝉から頭が腐る
牛売つて戻るや虹の戻り橋
菖蒲つぼみ立つちちの島ははの島
あぢさゐの闇夜も知らぬ深眠り

 ちなみに、(前にも書いた気がしますが)三橋鷹女は美しい女性で、若い頃の一葉の写真などは、『夜叉ヶ池』で百合を演じた坂東玉三郎にそっくりです。わたしは息を呑んだほどでした。

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Diary 08.6.29

 7月26日発売の別冊「花とゆめ」9月号で、美内すずえ『ガラスの仮面』の続きが読めるそうだ。尻切れトンボで終るわけではないだろうが……と長いこと心配していたので、嬉しい。楽しみだ。

 先日書いた生活上の杞憂は何とか解決というか、終息した。予告したエッセーには、まだ手をつけていない。

 昨日は何となく気分が優れず、1日を棒に振った。今日も、あまり具合はよくない。狭心症の発作は起きていないけれど……。この雨、この湿気だから、鬱々となって当然?

 秋吉台への小旅行に、娘が同行してくれることになった。かくて、児童文学作品『不思議な接着剤』のための取材旅行(?)は実現しそうだ。これで自信を持って紘平、翔太、瞳を鍾乳洞へ誘えるだろう。

 秋吉台へ前に行ったのはいつだったろう? 20年くらい前になるのではないだろうか。記憶だけでお話を進めるのが、心細くてたまらなかった。あの空気、雰囲気に触れないことには、お話が細りそうな気がしていた……。

 錬金術師の娘スピカのペット、白猫。そのモデルは以前住んでいた借家の庭に紛れ込んできた青い目の白猫なのだが、名前がまだだった。

 話は変わるが、息子と電話で話したとき、気になっていたことを訊いてみた。息子の入ることになる会社は、どちらかというと(というと消極的にすぎる表現か)ネオリベラリズムの主力部隊に属するといってよい会社だと思うが、そこに身を置くことに対して抵抗感はないのかと――

 息子が入ることになる部署はCAEではあるが、その会社がネオリベラリズムの中で太ってきたことに間違いはないだろうから、歴史や政治に関心のある息子はそれについてどう思っているかを知りたいと思っていたのだ。

 研究室でしてきたことを生かせる環境に身を置きたいということだけを純粋に考えて就活した、と息子はいった。それ以外のことは、ほとんど考えなかったという。今後も、仕事となる科学的なことだけを考えるつもりだそうだ。

 現実的に考えると、その時代の主流に属していなければ、大きなことはやれないだろうし、その小さな一角を占める企業のうちに息子が身を置きたいと思ったことは自然だろうと思う。

 息子は、自分の入ることになる会社は確かに、ネオリベラリズムと大いに関わっているだろうと思うよ、といった。

 といっても、わたしは、その会社がどんな関わりかたをしているかについては、知っているわけではない。

 息子の入ることになる会社のシンクタンクに属する人々の発言や著書には、今後関心をもって接することになるだろう。

 また話が変わるが、梶原まさゆめ氏の新刊が出た。『梶原まさゆめの 夢占い』(主婦の友社)。梶原氏の著書からは下手な哲学者の著書なんかよりよほど、良質の哲学の薫り、神秘主義哲学の芳香がする。お財布にも優しい1冊。

 わたしは普段から、サイトにお邪魔して、楽しませていただいている。

梶原まさゆめ氏のサイト「眠り男の夢占い」へは、当ブログ左サイドバーのリンク集Ⅴからお越しになれます。

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2008年6月28日 (土)

疑問を覚えつつも、結局使いました

20080628152945 結局、午後になってニトロ舌下錠を使いました。徐々にですが、胸、頭、おなかまで涼しくなり、結果的に体調がよくなりました。

 が、これが狭心症の発作だったかどうか、疑問です。

 強い胸の圧迫感や痛みがあって、舌下錠を使うと劇的に症状がなくなった場合は、狭心症の発作に舌下錠が効いた典型的なパターンという気がしますが、今日は発作ではないかもしれないという程度の軽い圧迫感が続き、その持続時間の長さからつらくなり、舌下錠を使ってしまいました。

 発作にしては圧迫感の程度が軽すぎましたし、時間的にも長すぎました。同じような始まりかたをしても、放置しているうちに、数時間して急に強い圧迫感や痛みが来ることがあり、その場合はやはり発作が来た、軽い圧迫感は前触れだったと、疑いなく舌下錠を使えるのですが、今回はそんなことがなかっただけに、症状がとれても疑問です。

 わたしは血圧の下が高いと、少し胸に圧迫感を感じることがあります。90~110くらいになることがあり、そうすると感じます。

 というより、少し胸の圧迫感があるなと思っているときに病院で血圧を測って貰うと、決まって下が高いのです。今日の軽い胸の圧迫感は、下が100くらいあるときの感じに似ていました。発作にしては軽すぎる胸の圧迫感で、わたしが発作と確信するときは、もっと押し潰されたような、舌下錠を使わずにはいられない感じがあるのです。

 軽いときでも、横になっていると苦しくて起き上がってしまいます。今日はそんな感じではなく横にはなれましたし、なんとはなしの圧迫感が続いていただけでした。

 舌下錠を使うと、血圧が下がるので、その効果で圧迫感もとれたのではないでしょうか。つまり狭心症の発作ではなかったけれど、結果的に薬が効いたのではないかということです。

 午前中、顔がやけに赤かったのも、血圧が高かったことが作用していたのではないでしょうか。あれこれ考えると、やっぱり、血圧計を買おう! とこうなります。

 でも、舌下錠を使用して、頭や胸やおなかまで涼しくなったということは、ごく軽い痙攣がときどき起きていたとかいうことも考えられる……(のかしら?)。

 ……と、これはあくまでわたしの想像ですよ。ここに書いたことは全て、素人の考えた出鱈目にすぎません。すぐに検索ロボットが引っかけるから、困ります。参考にしたりしないでくださいね。

 次回、クリニックの受診日に先生にお伺いしてみます。

 何かわからない体の不調があったときは、とにかくニトロ舌下錠を使ってみるように、と前に先生がおっしゃったことがあるので、こんなことぐらいで使っても、叱られはしないと思います。

 今のクリニックにかかり始めた頃、わたしは始終、おなかがパンパンに膨れ上がったような――あくまでイメージです――腹部膨満感に悩まされていて、先生にそれを訴えましたら、先生は「それはおそらく、狭心症の発作だよ。ニトロを使ってみたら」とおっしゃいました。

 が、わたしは「慢性膵炎といわれたことがあるので、それではないでしょうか」と主張し、名医と評判も高い先生をヤブと疑い、腹部膨満感にはニトロを使わず、日赤で検査して貰ったりしていた時期がありました。

 ところが、たまたま試しにおなかがパンパンに感じられて苦しかったときに舌下錠を使ったら、何と効いたではありませんか。先生の言葉に素直であれば、長いことおなかパンパンの症状に苦しまずに済んだでしょう。今回の疑問も、先生に訊いてみるのが一番ですね。

 ところで、2005年12月に日赤で受けた検査で、慢性膵炎の件は大丈夫だといわれました。ただ膵臓は臓器の中で一番診断が困難で、消去法をとって診断するしかないらしく、今後何かあれば、すぐに受診するようにとのことでした。

 当時の日記を見てみると、「CTでは膵臓は大きく、腫れているようも見えるが機能障害はないとのこと。尿中アミラーゼのみ高く、血中アミラーゼは高くない。」

 このときの血液検査で他に異常値だったのは、白血球、空腹時血糖、中性脂肪くらいで、それも軽度だったのでしょう。自己免疫抗体は倍。

 尿は、このときも若干汚かったようで、清濁、尿蛋白、潜血、白血球がプラスだったり、プラス・マイナスだったり。

 CTで肝臓に大小の嚢胞が沢山あることもわかったようですが、これは老化現象の一つだそうで、問題なしとのこと――と日記にはあります(←ネットで調べたら、肝臓にできる嚢胞の大部分は先天性のものとありました。年に1度、超音波検査を受けたほうがよいとも……)。

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血圧計買おうかなあ…

軽い胸の圧迫感は起きたときからありますが、まだニトロの舌下錠は使わずに様子を見ています。
なぜか顔がお酒を飲んだみたいに赤いのですが、これは以前からときどき家族に指摘されます。

ところで、血圧計を買おうかどうしようか、迷っています。
実は家に2つも埃を被っているのですが、昔買った腕に巻くスタンダードなタイプは、
苦手です。
手首式もあるのですが、このタイプの出始めの頃のもので、
売り場の人から「数値を参考にしすぎないでください。普通のものに比べると、
誤差がでやすいですから」といわれたのが引っかかって、買ったもののあまり使わずじまい。

クリニックにも置いてある腕を差し込めば自動で測ってくれるタイプ、あれだとよさそう。
あれだと、わたしにもうまく測れます(腕、差し込むだけだから)。
あれを以前買おうと思い、値段が高かったので、踏ん切りのつかないままでした。
場所も取りそうですしね。
でも、買おうかなあ。
最近、血圧計売り場に行っていないので、値段がどれくらいになっているか、確認できていないのですが(ネットで調べたところでは、1万円前後であるようです)。

先生や看護師さんから「家では血圧、どう?」とたびたび訊かれ、
そのたびに何となく誤魔化していましたが、そろそろ限界なのですね。

総合病院にかかっていたときは、測っていました。
朝昼晩測り、グラフ描いて。
が、あまりに変動が激しいせいか、主治医が変わったとき、新しい先生にちゃんと測れていないと思われたようで、なしになったのでした(それ以来、自分で血圧を測るのが嫌になった気がします)。

わたしもそのときはちゃんと測れていないのだろうと思っていたのですが、長いこと病院で測って貰ってきて、変動が激しいことに間違いはないと確信しました。

もし血圧計を買ったら、写真を撮ってお見せしますね。

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2008年6月27日 (金)

Diary 08.6.27

今日はニトロ舌下錠は、まだ使っていない。心臓の調子がまあまあだと、喘息が出る(なぜ?)。 午前中、咳だけの軽めの症状だっが、なかなか止まらず、気管支拡張剤の使用を迷った。午後になってからは、落ち着いている。

実はこのところ、三つの憂鬱なことがある。一つ目は結構古い事柄だが、解決しようもない事柄。癒えない古傷のように。死者にまつわることなので。

二つ目は、姪に関する事柄。当初、喜びをもたらされた事柄が、難問に変わった。憂鬱で仕方がない。

三つ目は純粋に生活上の事柄で、これは頭を働かせて解決に導くしかない。

で、気持ちと思考の整理をつけたいということもあって、午前中、一つ目と二つ目の事柄をエッセーにしようとしたが、うまく文章にできなかった。

娘が今夜は残業で、帰宅は11時近くなり、夫も帰宅は早くはないから、夕飯作りはゆっくりでよい(だいたい、うちはいつも遅いけれど)。だからエッセーのための時間はたっぷりとれる。頑張ってみよう。

話は変わるが、一昨日だったか、ニュースで大手日雇い派遣グッドウィル廃業の件が流れ、その中で、息子が入ることになる会社(シンクタンク)の(と思われる)人が映り、訊かれて意見を述べていた。飄々とした穏やかな感じの人に見えた。

お顔をまじまじと見つめていたため、肝心の意見は聴き損なった。

丁度その日、息子の内々定した会社の懇親会が大阪であったそうで、雰囲気はやはり、ざっくばらんな、穏やかな雰囲気だったとか。

息子がこれまでに関わってきた組織(といっても、これまでのところでは学校くらいしか思いつかないが)は、だいたいそんな雰囲気が多かった。学校の先生方はあまり形式ばらない、全体に飄々とした雰囲気があり、連絡などは大雑把だったり、あまりなかったりしたが、親としては割合楽だった。

娘の関わる組織は、だいたい全体主義的だ。先生方には統率力があり、目配り、気配りを感じさせる方が多く、全体に一致団結という雰囲気があった。目標を掲げて、それに邁進するという感じがあるのだ。

息子の大学では、親が関わるようなことは入学式くらいで、あとは何もなかった。一度だけ、このブログにも書いたと思うが、マスターに進んでから、研究室の先生(教授)が息子が腹痛を訴えた翌日に欠席したということで、心配してうちに電話をくださった。

一方、娘の大学では就職説明会その他、親も参加できる行事への案内が何度もあり、1年次の成績表取りなどは、全員親が呼ばれた。そして、1人10~30分先生から注意を受けたり、逆に親のほうから質問したりしながら、成績表が渡されたのだ。

その二者面談の前に教室から逃げ出す親がいて、たまたま夫と出席していたわたしは夫に「わたしたちも逃げましょうよ」といったが、夫は金縛りにあったかのように動けず、結局、わたしたち親は法学部の主任の先生(教授)からお小言を頂戴するはめになったのだった。

びびったわたしは、「取れている単位が少なすぎるそうよ。留年しようっていうわけ? 一体、どうしたっていうのよ? しっかりしなさい」と、先生にいわれた通りに単位のことを注意した。

娘はアパートでの新生活が軌道に乗らない上に、サークル活動やバイトに比重がかかりすぎていたこともあり、寝坊して講義や試験を受けそびれたりしていたらしかった。小言の甲斐あって、娘は単位を取りすぎるくらいに余分にとって卒業した。

そんな具合に万事において熱心な市立大学で、希望すれば面接の練習もして貰えたから、まさか娘が就職に失敗するとは、わたしは思わなかったのだ。エントリーシートの段階で落とされることがほとんどで、せっかくの面接の練習が生かされずに終ったのだった。

可笑しなことに、娘が契約社員として働いている全国展開型の書店では、評価表があり、それは珍しくないだろうけれど、それが小学校の通信簿にそっくりなのだ。

娘は昔からの習慣で、わたしにそれを見せる。わたしはどこに○がついているかを見たり、社長の印鑑を眺めたり、自筆で書かれた店長の言葉を読んだりしなければならない。

そのうち娘が結婚するとしたら、パートナーからわたしたち親宛に、娘の主婦や妻としての成績表が送られてくるのではないだろうか。

話が脱線してしまった。

このあと、少し家事をして、上に書いた二つの憂鬱を分析するエッセーに取り組みたいと思う。

一つ目は死者が原因の憂鬱だと書いたが、これをエッセーにしたいと思った動機は、午前中、『アーネスト・ダウスン作品集』(南條竹則訳、岩波文庫、2007年)所収の掌編『フランシス・ドンの死に方』を読んだからで、そこに表現された死生観があまりにも物足りなかったため、稚拙でも、わたし独自の死者にまつわる雑感を表現したいと思ったのだ。

端正緻密な表現ながらも馥郁とした死生観の薫るローデンバックなどとは、えらい違いだ。

あの世のことにはあえて触れないローデンバック。あの世の可能性を切断せざるえないダウスンのバランスを欠いた表現からは、彼の霊的経験、内的経験の乏しさが浮かび上がざるをえない。そのどうしようもない物足りなさ、じれったさ。

人間の死後のことにはあえて触れず、それでいてあの世の芳香が感じとれるローデンバックのような技法は最上のものに思えるが、ローデンバックに憧れながらも、そんな小説はおろか、わたしにはたどたどしいエッセーを書くのが精々だ。いつもながらレアな表現になりそうだが、エッセーというかたちで、とにかく記録しておきたい。

姪が原因の憂鬱をエッセーにしたいと思った動機は、単純に自分の気持ち、思考に整理をつけるためだ。が、問題は単純ではない。これを書くことは、自身の芸術観を確認する作業になるだろう。

こんな風に予告すると、なぜか、それは大抵不発に終る。予告だけして記事にできなかった事柄がこれまでにずいぶんあると思う。

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情けないニュース、情けない政治、情けないわが国

リンク: 第2の秋葉原は永田町!?“無差別テロ”政財界がターゲット - 速報 ニュース:@nifty.

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2008年6月26日 (木)

昨日は未使用、今朝1錠

昨日は未使用、今朝1錠

例によって胸の圧迫感で目が覚め、我慢していましたが、吐き気もし出してニトロを舌下。

終わらない朝のこの儀式に、うんざりし始めました。
いつも朝は肉体的にはともかく、精神的には元気いっぱいのわたしですが、今朝は憂鬱です。気持ちの悪い夢も見ましたし。

舌下錠は、あと19錠です。

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2008年6月24日 (火)

6月21日の夕飯(鶏だんごのスープ。大豆のカレー風味炒め。きゅうりのナムル)

P6180780 P6180770_2  少し前の21日の夕飯になりますが、久しぶりのまるごと紹介です。

 この日の夕飯は、あめたの干物、鶏だんごのスープ、大豆のカレー風味炒め、きゅうりのナムル、トマトでした。

P6180766 鶏だんごのスープ週刊 服部幸應のしあわせクッキング68号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥鶏ひき肉150g|A〔山いも〈大和いもをすりおろして〉大さじ1/2¦マヨネーズ大さじ1と1/2¦みりん小さじ1/2¦塩少々〕|B〔酒大さじ4¦塩小さじ1/2〕|ねぎ1/5本|ししとう2本∥

  1. 鶏ひき肉はすり鉢ですり、Aを順に加えてさらにすり混ぜ、12個にまるめる。水4カップにBを加えて煮立て、鶏だんごを入れて4~5分ゆで、湯から上げる。
  2. ねぎは小口切りにし、ししとうは種をとって小口切りにする。
  3. ①のゆで汁をこしてだんごを戻し、塩少々、しょうゆ小さじ1で味をととのえる。器に盛って、③と七味とうがらしを散らす。

 ししとうがなかったので、ねぎだけになりました。レシピに添えてある写真では、ねぎとししとうは真ん中にまとめてフワッとのっかっています。七味とうがらしも、その部分に散らしてあります。

P6180733 ←これが、なかなかいけました~!

 ごはんにのせて食べると、プチカレーごはん。

 大豆の水煮さえあれば簡単にできるので、お弁当にちょっと添えるのに、いいのではないでしょうか。

 服部先生のレシピです。作りかたをご紹介します。

  1. フライパンにバター大さじ1を溶かし、大豆の水煮200gを炒める。
  2. カレー粉小さじ1~2を加え、塩少々で味をととのえる。

P6180757 P6180713_2  きゅうりのナムルも服部先生のレシピ。前掲の
68号からご紹介します。材料は4人前です。

 糸とうがらしを使いませんでしたが、あれば彩りを添えて、よかったでしょうね。

∥きゅうり5本|糸とうがらし少々|白いりごま少々|塩¦ごま油∥

  1. きゅうりは縦半分に切って斜め薄切りにし、塩小さじ2/3をまぶしてしんなりしたら水気をよくしぼる。
  2. 鍋にごま油大さじ1を熱して①のきゅうりをさっと炒め、バットに広げて冷ます。
  3. ②を器に盛り、白いりごまを振って糸とうがらしをのせる。

 わたしはきゅうりを4本使いました。向かって右の写真は、炒めたきゅうりをバットに広げて冷ましているところですが、4本で3人にはたっぷりありました。きゅうり好きのわたしは大満足~でした!

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最近の食のプチ贅沢~天麩羅

P6200810_2 P6200798_3  天麩羅。岡山からいらしたというおじさん。

 皿の天麩羅は、半分に切ってグリルしたもの。

 中に入っている具材は色々とあって、ベーコンを巻いたものにはチーズが、真ん中のものにはレンコン、下のものにはネギと紅しょうが。

 レンコンがいけました。枝豆がたっぷり入ったのも、美味しそうでした。

 天麩羅をケースに入れて貰うときに、「岡山って、いいところですね。わたし、何回か行きました」というと、「後楽園には行かれましたか?」とおじさん。

「勿論。広くて、すばらしい庭園ですね。夢二郷土美術館にも行きましたよ」「ああ、竹久夢二のね」

 後楽園のオフィシャルサイトはこちら。夢二郷土美術館のオフィシャルサイトはこちら

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今朝も・・・

今朝も・・・
ニトロ用のペンダントに入れっぱなしのものがあったので、それを使いました。
だから、まだあと、丸ごと20錠残っているんです(←裕福な気分)。

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遠心運動をするおばあさん

昨日、循環器クリニックに薬を貰いに行きました。

そこの待合室のベンチソファで、おばあさんが前へ遠心運動しながら居眠りをしていました。
かなり大きな円を描いていました。
そのうち、カクッと後ろへのけぞったかと思うと、今度は後ろへ遠心運動。
おばあさんがいつひっくり返るかと気が気ではなく、いっそ起こして、背もたれのあるソファへ移らせようかとすら思いましたが、おばあさんはひっくり返る瀬戸際で器用に前へ返します。
あそこまでダイナミックな居眠りを、わたしは初めて見ました。

その光景に心臓まで驚いたのか、血圧が高く、深呼吸3回して測り直し。
それで血圧の上は20低くなりましたが、
「下が高いですね、大丈夫ですか?」と眉をひそめて看護師さん。

低血圧で悩んでいたのが、嘘のよう。
どうりでこのところはフラつかず、顔色もよかったわけです。
アイトロールに体が慣れてきたのかもしれませんが、数日後はどうなることやら。

アイトロールの追加分と底をついたニトロペン(ニトロ舌下錠)を出して貰いました。

舌下錠は20錠。次の受診日まで、あと20日。うまく持たせられるでしょうか。

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2008年6月23日 (月)

靴下にゃんこの漫画〜!

靴下にゃんこの漫画〜!
主婦と生活社から出ています。840円。

娘がいそいそと買ってきた『靴下にゃんこ 毎日なんだかシアワセ』。

わたしはフーンと気のない返事をして本を開いたのですが、なかなかキュートです。

タイトルの文字がこれまた・・・可愛い。

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デパ地下のカフェで

デパ地下のカフェで
時々娘と寄るカフェで、ソフトクリームを注文しました。
娘が頼んだのは、コーヒーゼリーパフェ。

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2008年6月22日 (日)

Diary 08.6.22|創作について

20080622082007 2日置いて、今朝も発作が起きた。ニトロ舌下錠で鎮めたが、圧迫感が残り、10時半くらいにもう1錠。これで舌下錠はあと3錠になった。明日には薬を貰いに行かなくては……。脈は今日は落ち着いている。喘息もなし。

 昨日からずっと、創作のことを考えていた。

 実は、今から書こうと思っている短編は、これまでに書きかけて何度も挫折してきた題材で、母の命日が過ぎたら、書き出そうと決めていた。

 重い社会的テーマを含み、夫婦を問いかける骨太のテーマだ。

 片鱗を見せているものに、『銀の潮』がある。この作品は書き直しすぎて、最終的に何枚になったのだか、はっきりしないほど……。短いものでは100枚になっている。長いものでは200枚くらいだから、ほぼ倍だ。どれも、不完全なものだ。が『銀の潮』には、現在連載している『あけぼの――邪馬台国物語』同様、稚拙であっても、捨てきれないよさがあると思う。

 実際これは昔、周りの人々に読んで貰った限りでは、とても評判がよく、特に3人の主人公のうち1人、朝霞津世という名の登場人物に人気が集まり、モデルが誰かについての問い合わせが結構あった。

 朝霞津世は日本舞踊の女師匠で、凛とした美人だから、関心をそそったようだけれど、実はモデルは、わたしの作品にしては珍しいことだが、いない。彼女はわたしにとってのマドンナ、空想の世界にしか存在しない憧れの女性なのだ。

 そうした意味合いでは、これまでにわたしが書いたなかでは最も趣味的な作品だといえるかもしれない。

 ただ、これには重い社会的テーマをいくつか散らした。本当に散らした、という言葉が正しい。それらのテーマに取り組むには、まだ当時のわたしには無理だったから。

 豊かさと貧しさ(格差)の問題。セクシュアルハラスメント(性)の問題。夫婦、親子といった社会的囲い込みから生じる問題。医療の問題。

 主人公津世は、設定した時代の医療技術ではまあ天寿を全うしたといえるだろうが、テーマに対するわたしの取り組みの稚拙さを象徴するかのように、2人目の男性の主人公上村才(後に津世の養子になり、朝霞才になる)は役不足で終わり、3人目の主人公朝霞百合(この少女も津世の養子)は早死にした。百合は、今書けば、死なせずに済んだだろうと思う。

 あの当時はセクシュアルハラスメントの問題であがいていて、あがくばかりで冷静に取り組むだけの資料と経験に欠けていた。テーマを料理できず、材料を捨てるように主人公の少女を捨ててしまったというわけだ。

 今ではこのセクシュアルハラスメントを含む性のテーマでは、わたしなりの取り組みかたが確立している。

 『侵入者』を同人雑誌評(文藝春秋から出ている「文学界7月号」)で「短編としてみごとな首尾をつけている」と褒めていただけたのは、この確立した技法の賜物なのだ。この技法を使って、夫婦間の性の問題にアプローチしたものであって、受けを狙っただけの単純な技術によるものではない。

 現在、忍者ブログ「マダムNの純文学作品」で連載中の『救われなかった男の物語』では、成長して医師になった朝霞才が少しだけ登場する。

 『救われなかった男の物語』は『銀の潮』の偽悪的なヴァージョンといってよいもので、この作品には朝霞百合の偽悪的ヴァージョンである、倫子という物凄い女性が登場する。

 わたしは彼女が気に入っている。冷たく、したたかで、万事につけ、計算高い女性であるが、生き抜くために、手にしたひれ(領巾)を剣に取り換えた女性の姿なのだ。

 可笑しなことに、このアマゾネスを矮小化したような女性倫子の生んだ男の子というのが、ふにゃふにゃした、多感な子供で、名前を己(おのれ)という。

 太った子供でアルファベットのOオーを連想させることから、名前と引っかけてオーちゃんと呼ばれている。このオーちゃんこそ、いわば男女間の架け橋的存在、両性具有的感性の持ち主で、モデルはいうまでもなくフランスの文豪オノレ・ド・バルザック。

 尤も、『救われなかった物語』では物語をうまく膨らませることができず、ハムスターとオーちゃんの関わりを書き込みすぎて作品を壊してしまい、「織田作之助賞」の最終選考では、落ちてしまった。

 ただ、わたしはオーちゃんとハムスターとの関わりを暇つぶしに書いたわけではなく、架け橋的存在を際立たせるために、その架け橋の特徴である老子的たおやかな感性を描きたかったのだ。

 わたしはオーちゃんの成長した姿も書きたい。大学生の彼の話は書きかけたものがある。さらに、彼をわたしは作家にしたいのだ。

 最終的にはこれら関連のある話を長編の形にまとめたい(←遠すぎる目標)。

 作品の意図を選考委員のお1人、故三枝和子先生が見事に読み取ってくださった。欠陥を承知の上で買ってくださった。

 そして先生はわたしには長編が向いているとおっしゃったが、歴史小説を書きたいと思っているというわたしの言葉に対し、長文のお手紙で、歴史小説を書く上での貴重な助言をくださった。

 まだそれらを生かすだけの準備がわたしにはないけれど、いつか必ず邪馬台国を舞台にした神秘主義的小説と、伊万里焼をテーマとした歴史小説を書きたいと思っている。

 プランを練り始めた今度の短編では、短編でありながら背後に広大な世界を感じさせるだけの象徴的な断片にしたい。

 これも同じテーマの周りをぐるぐると回る衛星の1つとなるだろうが、小さな星であっても輝きの大きな、これまでの作品から1歩進んだものにしたい(←願望及び決意)。

 児童文学作品『不思議な接着剤』が進まないのは、秋吉台の鍾乳洞に行かなければ、気分が出ないからだ。

 どうしても行きたい。

 娘が、夏休みに1週間連休がとれるといっていた。友人や職場仲間とは休みが合わないので、ひとり旅行が嫌いな娘はわたしを当てにしている。わたしは、いつ倒れるかもしれないひとり旅が不安で、やはり娘を当てにせざるをえない(←利害の一致)。

 秋吉台の件を持ちかけてみよう。

 伊万里焼の取材につき合わせた昨年の夏は、娘も鍋島藩秘窯の里のやきものに感激していた。嬉野温泉も気に入ったようで、以来、よく職場仲間と温泉に日帰り入浴を利用しに出かけているほどだ。

 秋吉台に出かけたら、泊まるのは萩がいいなあ。萩は、『不思議な接着剤』に登場する錬金術師の娘スピカのモデルに決定した、統合失調症の友人(文芸部の先輩)の出身地でもある。

 いつだったか友人から電話があったときに、作品のことを話し、スピカのモデルにすると話したら、喜んでくれた。完成したら作品を送ることになるが、彼女も作品を見抜く人だ。わたしの作品を理解してくれた人はこれまでに、三枝先生と彼女の2人だけだ。いや、2人もいる、ということは、大きな励みになる。

 お2人の背後には、同レベルの知性と感性を備えた沢山の人々が存在するというわけなのだから! 

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2008年6月21日 (土)

新しい小説のプラン

 何日続いたのだったか(このブログを見るだけで事足りるが)、早朝起きた狭心症の発作だったが、凪に入ったようで、昨日と今日は何ともなく、朝はこんなに清々しいものかと思った。

 嘘のように何ともないのが、本当に不思議。

 その代わりといったら何だが、昨日は喘息の軽い発作が出た。そして、今日は頻脈が続いている。インデラルがコントロールに失敗するなんて、めずらしいが、脈が速いということは、血管がよく開いているということではないだろうか。

 だから、狭心症の発作も起きない。頻脈には慣れているが、これはこれでちょっとばかりきつい。軽く運動しているみたいにはあはあいう。

 普通の人に比べたら、長時間速い脈が続いていてもケロリとしているので、先生や看護師さんを驚かせたことがあったが、楽に慣れた体は、この程度のことでも音をあげそう。

 お蔭で、狭心症が落ち着いている間に児童文学作品を進めるつもりだったが、どうにも脈が速すぎると、小走りしながら考え事をしている感じで、アイディアがまとまらない。昔はよくこれで、創作ができたものだと呆れる。

 こんなときは単純な作業に限るので、ホームページの気にかかっていた箇所を直していた。

 ホームページを作ってすぐに収録した『侵入者』『台風』はジオのテンプレートを利用させていただいた。そして、『杜若幻想』の収録からは、文章を収めるテーブルを自分で作ったのはいいが、12ポイントで34文字入れるように設定したのが微妙に横幅が長くて読みにくい気がし、31文字入るように設定し直していた。

 もう結構ページ数があるので、案外時間がかかった。明日は頻脈からも喘息からも、狭心症からも一時解放されて、創作に入りたいものだ。こんなにサボっていたのでは、原稿に黴が生えてしまう。

 しばらく前に、ジュンク堂書店から岩波文庫版、ヴァレリー・ラルボー著『幼なごころ』(岩崎力訳)、アラン=フルニエ著『グラン・モーヌ』(天沢退二郎訳)を購入していて、この2冊を並行して読んでいる。

 いずれも秀逸な文章で、楽しい。読書の幸福を感じる。こんな端正な文章を読むと、わたしも下手な文章であっても書きたくなる。

 端正な文章というのは書き手は違っていても、共通点があり、同じ花壇に植わった花々という趣がある。

 この同じ花壇には、他に、ローデンバックという花や、シュティフターという花、モーリアックという花、ノサックという花、ギッシングという花などがある。

 『文学界7月号』の同人雑誌評で今月のベスト5に選ばれた作品『侵入者』(←せっかくだから宣伝)――の作品の構成と文体は、わたしにとってはほどよく仕上がったテンプレートのようなものだ。

 あのテンプレートで、新しい作品もいけるだろうか? 『侵入者』は重いかったるいテーマを軽妙に仕上げた(つもり)だが、今度の作品はただただ重い(ものになるはず)。書き上げられればの話だが。。。そんな重いだけの作品を、なぜ好き好んで書くつもりになれるのか、自分でもわからない。

 たぶん何かを発見するためだ。何を? さあ……。ひどく気が重い癖に、駆り立てられるものがある。あー嫌だ。また悲鳴をあげて書くことになるだろうに。その結果は、ろくに読まれもせず、捨てられて。。。フーッ!

 テンプレートが崩れるかもしれないなあ。本来短編では無理な題材をどう料理するかだ。今は長い小説は書きたくない。短編でいこう。テーマを絞って。60枚なら、また落選するためにK芸術祭に出せるではないか。少し考える時間をとろう。

 こんな風にして、つい短編小説の計画を立ててしまっている。あくまで優先すべきは児童文学作品『不思議な接着剤』であることを、忘れないようにしよう。

 『マダムNの創作ノート』(自作文芸作品全般のメモ用ブログ)と『マダムNのカイエⅡ』(自作純文学作品専用のメモ及び下書き用ブログ)に書いたほうがよい内容になってしまった。

 新しいYAHOO!のサービス、ウィジェット。ノートパッドが付箋のように使えるようになり、わたしは重宝している。

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竹屋製菓の黒豆ゼリー

20080621160014 黒豆ふっくら、ほどよい甘さ……とっても美味しかった竹屋製菓の黒豆ゼリーをご紹介します〔ホームはこちら〕。

 デパ地下で、ゼリーの試食をさせていただきました。黒豆、山ぶどう、ブルーベリー。

 どれも美味しかったのですが、一番人気があるという黒豆ゼリーがわたしも一番美味しいと思いました。7個入りで、1,050円でした。

 黒豆(煮汁)とはちみつ入りのゼリーだそうで、どちらも喉にいいそうです。

 お店のかたは岩手からいらしたということで、地震は大丈夫でしたか、と尋ねましたら、ひどかったのは山手のほうで、自分のところは何ともありませんでした――とのことでした。 

 黒豆ケーキも、ヘルシーそうで、美味しそうでしたよ。

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2008年6月20日 (金)

更新のお知らせ

☆ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクション
 Ⅰ2006」に作品22・23・24・25を収録しました。
   作品22:映画『フライトプラン』で連想した〈消えた貴婦人〉の話
   作品23:キエフ・オペラ『トゥーランドット』
   作品24:トルコの作家パムク氏にノーベル賞&わが国の不思議な出版事情
   作品25:『テレプシコーラ』の千花から連想した『アルゴノオト』の井亀あおい

『テレプシコーラ』の千花から連想した『アルゴノオト』の井亀あおいには、当ブログに記事をアップして以来、ほぼ毎日複数の訪問者があり、驚いています。『ノルウェイの森』(村上春樹著)に関するエッセーといい勝負です。
アクセス数から『テレプシコーラ』の人気のほどは充分に窺えますが、検索ワードによりますと、若くして自ら命を絶った井亀あおいに、またその完成度の高い文芸作品に関心がおありのかたも多いようです。
未読のかたは、ホームページで如何でしょうか。

☆忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』
                           ⇒連載21連載22

このブログでは、文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます(そして、公開後にホームページに収録の予定)。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語です。

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最近の夕飯からダイジェスト6~ドライカレー。焼き厚揚げのゴマ油仕上げ。小松菜としらすのおかかあえ。

P6150704 別々の日に作ったいろいろを、ご紹介します。

 以前に一度ご紹介しましたが、再度、我流になってしまっているドライカレーをご紹介します。家族は、このドライカレーが大好きです。

  材料は4人分です。

∥合い挽き肉300g|ニンニク2かけ|ショウガ1かけ|玉ねぎ1個半|にんじん1本|セロリ1/2本|トマト3個|カレー粉大さじ3|塩コショウ・オリーブ油(またはサラダ油)・バター各適量∥

  1. トマトは熱湯につけて皮をむき、種を出しておく。全ての野菜をみじん切りにする。
  2. オリーブオイルでニンニク、ショウガをいためて香りを出し、にんじん、玉ねぎ、セロリを加えて、よくいためる。肉を入れてさらにいため、カレー粉をふり、混ぜ合わせる。
  3. その中にトマトを加え、弱火で30分ほど煮込む。塩コショウで味を調え、最後にバター少量を加える。

P6120646 コンビーフとみそが絶妙な味わいを醸しだす服部先生のレシピコンビーフとピーマンの炒め物です(こちら)。

 大分産のカラーピーマンを使いました。

 レシピをご紹介したときにも書きましたが、味が濃く、冷えても美味しいので、お弁当にぴったりですよ~。ごはんが進みます。

P6140688 わが家ではよくする焼き厚揚げですが、これには煮立てたゴマ油をジュッと回しかけるとレシピにあります。

 本当にジュッといいますよ。そしてネギが香ります。

 焼き厚揚げにはポン酢やしょうゆをかけただけでも美味しいですが、これは本当にいけます。お試しください。

  焼き厚揚げのゴマ油仕上げを、やりくりおかずと節約献立』 (扶桑社、1999年)からご紹介します。材料は4人分です。

∥厚揚げ2枚|万能ネギ(小口切り)2本|ゴマ油大さじ2|おろししょうが1かけ分|しょうゆ適量∥

  1. 焼き網をよく熱し、弱火にして厚揚げをのせ、上下を返しながら、ほどよい焦げ目がつくまで両面をじっくり焼く。万能ネギは小口切りにする。
  2. ①の厚揚げを、食べやすい大きさに切って器に盛り、万能ネギの小口切りをたっぷりとのせる。
  3. 小鍋にゴマ油を熱して煙が立つまで熱くし、②の上にジュッと回しかける。おろしショウガを大盛りにし、しょうゆをかける。

P6140679_2 次の写真は、 小松菜としらすのおかかあえです。さりげない1品ですけれど、こうした1品があると、食卓がゆたかになる気がします。

 あっさり味のおかず」(主婦の友社、平成19年)からご紹介します。材料は2人分です。

∥小松菜1/2束(150g)|しらす干し大さじ2|あえ衣〔削りがつお1/2パック(2g)¦しょうゆ大さじ1/2¦みりん小さじ1〕|おろししょうが小さじ1|飾り用の削りがつお少々∥

  1. 小松菜は熱湯で色よくゆで、水けをしぼる。根元を切り落として、3~4cm長さに切り、さらに軽くしぼる。
  2. ボウルに小松菜を入れて菜箸でほぐし、しらす干し、削りがつお、しょうゆ、みりんを加えてよくあえる。
  3. 器に盛り、おろししょうがを添えて、削りがつおを振る。好みで、さらにしょうゆ少々を振りかけてもよい。

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2008年6月19日 (木)

間違えた〜!

間違えた〜!
朝の5時、胸の圧迫感で目が覚めました。
そして、寝ぼけていたのか、夕飯後に薬を飲み忘れたから苦しいんだわと思い、レギュラー3錠を飲んだのですね。

しばらくして少し楽になってから、思い出してみると、昨夜はちゃんと飲んでいたのです。

馬鹿やっちゃって! 次の薬の時間まで持たないじゃないの、と自身に腹を立ててまた寝てしまい、7時に再び胸の圧迫感が起きて目覚め、ニトロを舌下。

幸い、今日は夫も娘も休日です。
実は昨日も早朝具合が悪くて、舌下錠は使わずに済みましたが、二度寝して家族を起こしそびれたのです。

わたしが起こさなくても、2人とも自分で起きることもありますが、昨日は(-_-)zzz

2人が身支度している間に、アイス・カフェオレを作りましたが、パンは間に合いませんでした。
娘の勤務する書店(全国展開型のチェーン店)は、夫の会社までの途中にあるので、娘は夫の車に乗っていきます。
娘なら車の中で食べられるだろうと思い、スライスした木の実パン2枚の間にバターを挟み、ラップに包んで持たせました。

今朝の話に戻りますが、今日は生ゴミの日です。夫がトイレに起きたので出して貰うことにしました。
夫は了解しましたが、せかすので、つい「ニトロをなめたばかりだから、せかさないでよ」と声を荒げてしまいました。
わたしはブログにこれだけ派手に発作のことを書いている割には普段、ひっそりと病み、しずかに苦しむほうです。

具合悪そうにしていると夫が嫌がるということもありますが、わたし自身発作を見られたくない、知られたくない、ということもあります。

が、これは問題であります。普段から知って貰っておくべきです。
そう思って時々、病状報告はするのですが、家族はぴんと来ないでしょうね。

夫はわたしの言葉をどこか近くに爆弾が落ちたかのごとく受け止め、何もいわず、わたしがゴミをまとめるまで待機し、無言のままゴミ捨てに向かいました。

圧迫感がとれなかったので、この記事を書く途中、もう1錠舌下しました。ひっそりと。

舌下錠はあと5錠しかありません。来週で間に合うかしら。
このところ、毎日のように大抵早朝に発作が起きます。いい加減疲れましたよ、わたしは。

外は、かなりの雨です。
娘は職場仲間の1人と、別府温泉に日帰り入浴に行くそうです。

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2008年6月18日 (水)

母の命日~ある記憶及び2編の自作詩をご紹介

 今日は、48歳で亡くなった母の命日です。今日は、湿っぽくて風が強いですが、あの日はひどく蒸し暑かったような記憶があります。

 母が亡くなったときわたしは25歳で、娘は離乳食を始めた頃でした。

 あれは母が亡くなる少し前だったと思いますが、わたしは、娘の離乳食を作るために、母のいる場所から隔たったところにいました。そのときに、ふと不思議な感じを覚えました。

 そのときのことを綴ったメモを1時間くらいかけて探したのですが、どうしても見つかりません。幸い、ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に収録予定の中編小説『銀の潮』に、そのときのメモをそっくりとり入れた箇所がありますので、登場人物の名をわたしと母に戻してご紹介します。

 (そのとき、母とわたしの間は距離的に隔たっていた)それにも拘らず、同一の空間を共有しているという濃密な感じがわたしに起こったのであった。

 ふたりの間には、如何なる障害物も隔たりも存在しないかのようだった。母の魂の悲哀と微笑が荘厳な音楽のようにわたしのいる部屋へと流れ込んできて、いっぱいにした。

 それは、当惑するほどに実在感があったために、ひじょうに物質的な感じがするほどだった。まるで部屋いっぱいを母が満たしているような、部屋の天井が母の瞳に化したような、そんな感じだった。

 ヴァイオリンの弦のようにわたしの魂を震わせ、伝わってきた何かは、まぎれもなくこの世を去ろうとする者の諦念であったが、それには感傷の立ち入りを許さない本当の威厳というものがあった。

 そうした悲哀と共に、つつみ込むようなほほえみが感じられた。

 それは、隔たりをものともせずに、互いの全体と全体で語られた音楽のような語らいであった。この世ではめったにない性質の語らいであったといえるだろう。

 母の命日には、かなりおかしくなってしまった父のこと〔カテゴリーにある「父の問題」参照〕を含め、様々な想念がよぎりますが、最終的に思い出すのは、このときの記憶です。

 メモを探しているときに、引き出しの奥から、母のことを綴った詩が出てきました。この詩の執筆は、母が亡くなる数年前に遡り、わたしが大学を卒業する間際に母が倒れて重体に陥ったときのことをテーマとしたものです。

 ソネットブログ「マダムNの覚書」、また当ブログでもご紹介済みの手記『枕許からのレポート』〔こちら〕と同時期の執筆です。

 当時わたしはキリスト教と神智学、どちらにも惹かれていましたので、手記にしてもそうですが、そうしたカラーが濃厚に出ている詩といえます。

 白い病室

異様な母は小さく眠る
光うすい病室

乙女(看護婦)の衣装の白さ
ナイト(医師)の衣装はさらに白く
白い大地が現われ
母は眠る
別世界に脳髄浸し

心臓で
母の鼓動とわたしの鼓動はひとつとなり
たましいの奥まで
わたしは瞳となる

生であろうと死であろうと
神さま
このたましいにふさわしいことを
賛美します

恐怖のなかから
これだけのいのりを紡ぐつとめが
わたしにはあった

 もう1編、引き出しから出てきた詩をご紹介します。この詩は、子供たちがまだ小さかった頃、わたしがドクターショッピングをしていた頃に執筆したものです。

 頻脈の治療を受けられないまま、それが放置状態だった頃には、1分間140の脈拍数が続いたわけですから、肉体的に相当に弱って、様々な病気にかかりました(ですから、その治療薬インデラルに、喘息やら冠攣縮性狭心症やら悪夢やらの副作用があろうがなかろうが、わたしにしてみればインデラル様々なのですね)。

 肺炎もその1つでしたが、そのとき肺癌の疑いで精密検査を受けました(あの頃からすれば、検査法も治療法も進歩しましたね)。

 子供たちが小さかったためにどうしても死にたくないという思いが強く、そのことが恐怖を呼び覚まし、詩となったわけですが、今でも、狭心症の少し強い発作が起きたときには、同じようなことを思います。

 詩に出てくるピーコックグリーンというのは、孔雀の羽のグリーンのような色です。現実にはない、鮮やかでありながら幻想的な森の色をイメージして書きました。ジョージ・マクドナルドの児童文学作品『北風のうしろの国』〔中村妙子訳、早川書房、昭和56年〕で描かれた幻想的な、眠りの国とも死後の国ともつかない神秘的な国も連想していました。

 ピーコックグリーンの森
           ――死の強迫観念(精密検査を受けた夜

やわらかにくっつき合って眠るわたしの家族――
                      夫とふたりの子供たち
彼らは 自分たちの後ろの国へ行ってしまった
(わたしは肺ガンかもしれない)

ひとり残るわたしの想いに夜は長く
      わたしの肌に夜気は冷たい
(わたしは肺ガンかもしれない)

ねむりは小さな死 潜在する別離の淡い出現
(わたしは肺ガンかもしれない)

三つの優しい出遇いが わたしを
妻にし 母親にし わたしの人生を
あどけなく酔わせた
酔いははかない 日々の繊細なしあわせは
タールのような闇に溶ける
(わたしは肺ガンかもしれない)

なんという喪失の恐怖!
(おびえながらもやがてわたしは 衣ずれのようなまどろみ
の中で ピーコックグリーンの森
をみていた)

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2008年6月17日 (火)

可愛いグッズ2つ

可愛いグッズ2つ
向かって左はメモ挟みで、円いものは地球です。
向かって右は、薔薇色の装いのお嬢さま。台所用品です。

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最近の夕飯からダイジェスト5~アジのカレー揚げ。大根とベーコンのみそ汁マヨネーズ風味。油揚げときゅうり、セロリのサラダ。

P6080584 P6080597  お子様が喜びそうなアジのカレー揚げを、やりくりおかずと節約献立』 (扶桑社、1999年)からご紹介します。材料は4人分です。

∥アジ4尾|塩・コショウ各少し|カレー粉大さじ1と1/3|小麦粉少し|揚げ油適量∥

  1. アジは頭と内臓を取って3枚におろし、ひと口大に切る。
  2. アジに塩・コショウをふり、カレー粉をまぶして小麦粉を薄くはたきつける。
  3. 高温に熱した揚げ油でアジをカラリと揚げる。油をきって器に盛る。

P6070562_2P6080572_2  次の写真は、別々の日のサイドディッシュ及びメインディッシュですが、「イカの煮つけ」(レシピはこちらをご参照ください)。

 そして、「ハッシュドビーフ」(レシピはこちら)。 

P6090612P6090625 これはちょっと変わった味噌汁です。大根とベーコンのみそ汁マヨネーズ風味

 夫はゲゲッといいましたけれど、服部先生のレシピに限り、ゲゲッなんてことはありえないのです(←すっかり服部先生の信者)。

 さっそく作ってみましたら、豚汁を連想させるこくのある風味でした。ボリュームがもうちょっとほしいときのメニューに如何でしょうか。ちなみに夫は、へえー美味しいね、といって食べていました~。

 『週刊 服部幸應のしあわせクッキング 71号』(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

∥大根1/2本|大根の葉少々|ベーコン4枚|あさつきの小口切り少々|だし、マヨネーズ、みそ∥

  1. 大根は皮をむいて太めのせん切りにし、大根の葉は小口切りにする。ベーコンは1cm幅に切る。
  2. 鍋にマヨネーズ大さじ1を入れ、火にかけて①を炒める。
  3. ②にだし4カップを加え、沸騰したらアクをとる。大根がやわらかくなったらみそ約40gを溶き、あさつきを添える。

P6090621 P6090620  冷やっこにかかっているごまだれも、服部先生のレシピです。

 白すりごま大さじ1、白いりごま少々、砂糖小さじ2、しょうゆ大さじ3弱、酢大さじ1、ラー油小さじ1/2を合わせて混ぜます。

 向かって右の写真も服部先生のレシピで、焼いてちぎった油揚げが美味しい油揚げときゅうり、セロリのサラダ」 『63号』からご紹介します。材料は4人分です。

∥油揚げ2枚|きゅうり・セロリ各1本|ドレッシング〔サラダ油1/4カップ¦ごま油大さじ1¦酢大さじ2¦しょうゆ大さじ2¦砂糖小さじ1/2¦塩・こしょう各少々〕∥

  1. きゅうりは洗って斜め薄切りにし、セロリは筋をとってきゅうりと同様に切る。ボールに氷水を用意し、きゅうり、セロリをつけてパリッとさせる。
  2. フライパンに油をひかずそのまま油揚げを入れ、両面に焼き色をつける。油揚げが冷めたら食べやすい大きさにちぎる。
  3. ①の野菜の水気をきり、②の油揚げと合わせて器に盛る。ボールにドレッシングの材料を混ぜ合わせ、食べる直前にかける。

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アバターで遊びました

Image002 午前3時半頃、軽い心臓の発作が起きたあと、気を紛らわせるためにアバターで遊びました(結局その後、ニトロ舌下錠を2錠使いましたけれど。。。)。

久しぶりのアバター遊びでしたが、これやっていると、子供の頃に返って、着せ替え遊びをしている気分になります~。

しばらく行かないでいるうちに、無料で利用できる素敵な背景がカリフォルニア州観光局から5つも提供されていたので、クローゼット登録しました。

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また発作

また発作
携帯で記事を投稿した直後、胸に強い痛みが来ました。
迷わず、ニトロを舌下。
今度こそ、よくなりました(たぶん)。

募るばかりだった吐き気も、よくなりました。狭心症の発作から来ていたのでしょうか。

それにしても、写真に撮ってみると、薬、乱暴な取り出しかたをしていますね。
アルミ包装は柔らかくて、破りやすいのです。

あーあ、これで薬袋の中の舌下錠は7錠になりました。
無くなる前に貰いに行かなくてはなりませんが、先生を驚かせるだろうと思うと、気が重いのです。

もう6時前です。何だか疲れる1日の始まりです。

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結局、使いました。

結局、使いました。
携帯からです。
結局、ニトロ舌下錠、使いました。

痺れも圧迫感も去らず、頭がどんどん充血したような感じになり、吐き気が募ってきて、耐え難くなりました。

胸は涼しくなりましたが、気分が優れず、横になっています。

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午前3時半、胸の軽い圧迫感

 午前3時半に、胸の圧迫感で目が覚めました。軽いものなので、様子を見ようと思い、まだ舌下錠は使っていません。

 この程度のものだと、自然によくなることもあるので。。。

 実は、舌下錠が9錠しかなく、1回に2錠使うことも多いので、このままだと数日で使い切ってしまいます。

 よく探せば、あちこちに数個はあると思いますが、ああ嫌だ、アイトロールを飲んでいながら、こんなに舌下錠を使うなんて、先生を驚かせてしまいます。

 まだ軽い圧迫感は続き、左手が少し痺れてきました。これが、どうなるかですね。よくなってほしい。

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2008年6月15日 (日)

朝、舌下錠&コンテスト最中の姪

朝、舌下錠&コンテスト最中の姪
朝5時頃、胸の圧迫感で目が覚め、ニトロをと思いながらまた寝てしまい、半時間くらいして、いよいよ苦しさが我慢できず、完全に目を覚まして舌下。

以前は舌下錠を使えば、胸がミントを噛んだような清涼感が胸から腕、頭へと広がったのですが、ニトロを常用しているせいか、スローテンポな効きかたでした。
それでもだんだん効いてきて、まあまあかなというくらいには回復しました。
しばらくして動いてみたら、胸から腕にかけて涼しさが広がっているのがわかりました。
そろそろレギュラーの薬3錠を飲みますので、このあとはパトラッシュの好きなアイトロールが頑張ってくれるでしょう。
一旦体調が崩れると、なかなか戻りません。

話題は変わりますが、妹が電話をかけてきて、中学時代にバンドを結成してボーカルをしていた姪(現在は高2)がキーボード(曲によってピアノ)を担当してくれていた友人(歌の作詞作曲もこの人)とデュオを組み、デモ・テープをこしらえ、あるコンテストに送ったところ通過したとか。

博多で行われている2次の生審査の映像と音楽をネットで視聴できるそうなので、視聴してみようと思います。
実は昨日のうちにそうするはずでしたが、何だかドキドキしてしまって・・・。
体調が戻ってから、いい状態で視聴したいという思いもありました。

博多での審査は3次まであり、それにパスできれば東京だそうです。

何か、ご褒美送らなくては。伯母は興奮しております。

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2008年6月14日 (土)

携帯から

携帯から
昨日、急に思い立って中心街に出かけたせいか、あれこれする気力がわきません。

それでも、午前中はせかせか家事をして、気になった古い記事を訂正したりしていましたが、お昼すぎるとドッと病人・・・
幸いアイトロールが効いていて、心臓の発作は起きていません。パトラッシュ(わたしが自分の心臓につけた名)は、アイトロールと仲良しです。
お昼過ぎにテレビをつけ、地震のニュースに驚きました。

昨日中心街に出かけたのは、文芸雑誌を買うためでした。
同人誌仲間が、最新号の「文学界」の(後ろの数頁をスペースとしている)『同人雑誌評』にわたしの名があると教えてくれたからでした。
確かにあり、しかも今回のベスト5に選ばれていました。
このうちのたぶんトップに名の挙がった1人が(残念ながら、それはわたしの名ではありませんでした。わたしの名は5人のうち真ん中にありました)、下半期優秀作の候補となるのでしょう。

で、わたしの小品、褒めていただいていましたが、触れられていたのはテクニック面ばかりではありませんか。
それも、単純に目につく類のものだけ。

まあでも嬉しいですよ、幸運でした。70冊もの中から・・・。K文学賞の地区選考では掠りもしなかった作品でしたから、ちょっと無念な気持ちがあったのですね。

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に収録している『侵入者』がその作品です。
体調が戻れば、明日にでも、作品のあとがきで、頂戴した評をご紹介したいと思っています。

このところ、デンパンには毎日作品の続きをアップしてきたのですが、今日は無理みたいです。また明日ね。

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岩手・宮城内陸地震

今朝、岩手・宮城で地震があったようです。

アクセス解析によれば、当ブログにときどき岩手から、またよく宮城からご訪問いただいているようなので、どなたともわからないながら気にかかっております。ご無事でしょうか?

これ以上、余震が起きないことを祈りつつ、お見舞い申し上げます。

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2008年6月13日 (金)

同人からもたらされたニュース

 前の記事「秋葉原事件を考える」を書いたあとで料理の記事を書く予定でいながら、あの事件を思い、暗澹とした気持ちになってぼんやりしていました(事件の最初の報道以来、ずっとそうです。専業主婦なので、なかなか気分転換ができないのですね)。

 そこへ、同人雑誌の仲間からの電話。え、本当?

 今からジュンク堂書店へ、『文学界』(文芸春秋)の最新刊を買いに行ってきます。定期購読をやめたとたん、なぜかこうですよ。

 仲間から、あるちょっとしたニュースをもたらされました。ちょっとしたといっても、わたしには信じられない気持ちなので、ちゃんとこの目で確かめることができたら、お知らせします。

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秋葉原事件を考える

 容疑者は娘と同世代だ。

 ゲームと切り離せない最初の世代、といってもいいのではないだろうか。教師と生徒が友達関係のようであったことも特徴的だと思う。

 容疑者は親が厳しかったといっているようだが、想像するに、おそらくそれは口うるさい親といったもので、昔気質の権威的な親、後姿を見せる渋い親といった風な、いわゆる親の威厳は薄れていたのではあるまいか。

 短大卒ということだから、娘と同じ年の就活ではないだろうが、求人が冷え込んだ年に就活だったろうことは間違いない。

 秋葉原事件は、まぎれもない社会問題だ。

 派遣という労働の形式は、どうしたって浮き草的生活を余儀なくされると思う。

 娘の場合は契約社員であるが、正社員と同じにたっぷり働かされている。そして4年目とあって、職場では上司からも頼りにされる立場でありながら待遇は悪いままであり、当然ながら賃金も低くて、経済的に自立するのは難しい。

 親と同居しているからやっていけているが、そうでない場合はかなり貧乏な暮らしとなるだろう。娘の友人たちも契約社員か派遣社員がほとんどで、親と同居していたり、困ったときは金銭的に援助を受けていたりと親のサポートでやっていけている人がほとんどだ。

 親に頼ることをしなかった容疑者の暮らしは、厳しいものだったに違いない。

 中曽根政権から始まり、小泉政権以来、加速度的にネオリベラリズム――新自由主義――が社会に浸透していったなかで、働く人々の待遇は悪くなるばかりだ。

 そもそも、ネオリベラリズムの特徴は小さな政府、市場原理主義だから、そのプログラム通りにわが国はセーフティー機能の弱い、大企業任せの社会になったといってよい。

 いや、日本という国家自体がベンチャー企業と化してしまっているかのようですらある。行き当たりばったりの思いつくがままの政策が目につく。全国の大学が大騒ぎしてつくらざるをえなかった法科大学院。「ポスドク一万人計画」の失敗は、その思いつきによる一例にすぎない。

 政府の思いつきに血税がつぎ込まれ、ちょっと失敗したら、子供が玩具を放り出すが如し……。注意深く、長期的に取り組めばうまく行くかもしれない事業まで、放置される。そして、また思いつく。それに血税が再び。えんえんと続くかに思えるこの繰り返しは、本当に恐怖感をそそる。

 多くの博士たちですら、短期契約の立場に追いやられ、生活を守るために、まともな意見も吐けない事態だ。こうしてわが国の脳味噌は、腐れていっている。

 勝ち組、負け組み――などという抽象論がでっちあげられているが、病気でもしたら勝ち組であろう直ちに負け組みに転落しかねない馬鹿馬鹿しさ。

 明日をも知れぬ生活と物の溢れる街角。貧困であっても、貧困を表に出せない奇妙な社会だ。市場の原理が絶対的価値を持つこの社会では、物が主役だからだろうか。

 物は溢れ、安く買えるものもいろいろとあるのだが、それにも拘らず、多くの人々にべたべたと纏わりつく貧困の気配、将来的展望のなさ。

 無差別殺人とは現社会を否定することであり、それは現世を否定することでもある。

 しかし、いくら現世を否定して、自殺したり、他殺したり、死刑になったりしたところで、それで御破算になるものは何もないと神秘主義者のわたしは感じる。

 彼はこの世を去るとき、重い荷物――カルマ――を持ち帰ることだろう。

 伝統宗教も、社会主義思想も色褪せてしまった。昔であれば成り立った乞食という職業も、今日のわが国では成り立つまい。海外の困っている人々に寄付する日本人は沢山いても、困っている同国人に手を差し伸べる人はいない。

 日本人が冷たい偽善者になったというより、困っている人を真に救済するには、組織の媒介が必要だからだ。

 組織を動かすには指導理念が必要で、その指導理念を生むのは思想だが、いうまでもなく今日の日本の思想はネオリベラリズムであって、そのネオリベラリズムは国民ひとりひとりの救済はあまり必要でないとする考えなのだから、やる気なく機能している、ひどく縮んだセーフティーネットから落ちこぼれた人々には、救済はどこからも来ない。

 というより、国家こそ、落ちこぼれを日々つくり出していっている張本人なのだ。

 貧乏に慣れていない、貧乏ということの意味もわからない、赤ん坊のような若者が現代日本社会という無情な砂漠に放り出された。が、若者には若さも筋力もあり、ダガーナイフで大衆を巻き添えにした自爆テロを企てた(死刑を希望していたというのだから、自爆テロの一形式だろう)。

 もっと大きな視野で考えれば、いわゆるアメリカ帝国主義と無関係な事件とはいえない。秋葉原事件は、その末期症状が惹き起こした事件といっていい。

 いずれにせよ、この事件は複雑な社会的要素を孕んでいる。古代ローマ帝国の末期を調べ、比較してみる必要があると思っている。

関連エッセー:映画『ヒトラー最期の12日間』を観て

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2008年6月12日 (木)

更新のお知らせ

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」作品9・14をご訪問くださるかたが多いようなので、読み返したところ、加筆の必要を感じ、若干の手直しを加えました。
   作品9:死者の行動について、ちょっとだけ
   作品14:家庭の波乱について

また、当ブログで公開済みの昔書いた手記「枕許からのレポート」は、現在PAGE2まで収録済みです。

デンパンブックスにも、作品の収録を始めました。ぜひ、一度ご訪問くださいませ(⇒GO!)。

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2008年6月10日 (火)

先生に薬の件でお電話~1日にして挫折

20080610051720 アイトロールを半量に減らす計画は、1回だけで挫折してしまいました。

 昨夜飲んだときから、既にパワー不足は感じられていました。

 というのも、薬を飲む頃になると、何となく胸が重く感じられてくることが多いのですが、アイトロール20mgを他のレギュラーの薬と共に飲むと、すっきりする感じがあったのですね。

 そのすっきり感が得られず、胸が重いような感じのままでした。

 そして朝の5時頃、胸の不快感で目が覚めました。胸の圧迫感がありました。自覚症状としては軽いものだったので、そのまま放置していたのですが、次第に左手が痺れてきて、何か頭を掻き毟りたいような感じになりました。

 その状態に耐えられず、ニトロ舌下錠を使いました。が、なかなかすっきりとせず、頭を掻き毟りたい感じが続き、結局1回の限度量3錠を使い切ってしまいました。それでようやく、胸が楽になり、左手の痺れもなくなりました。写真は、その錠剤を取り出したあとの残骸です。

 そして、食後に飲む朝の薬を早めに飲み、アイトロールを2錠飲んでしまいました。さすがにニトロの使いすぎなのか、吐き気がしてきて、午前中いっぱい不快感がありましたが、それでもフラフラはさほどしませんでした。

 実は、昨日クリニックで血圧を測ったとき、130―70で、理想的な数値だったのですね。だからフラフラもしなければ、買い物中も何ともありませんでした。

 わたしは元々、血圧の数値の変動が激しいほうなのです。今日も血圧は特に低いほうではなかったのでしょう(測ればいいのでしょうが、血圧測定って苦手で……)。もっと低いときであれば、これだけニトロを使えば、ひどくフラフラしたでしょう。

 午後、循環器科クリニックにお電話しました。先生は、2錠飲んでもいいとおっしゃいました。つまり、アイトロールの使いかたはこれまでと同じということです。アイトロールが切れる前に、とりに来るようにとのことでした。

 日によっては、また極度の低血圧に悩まされることでしょう。ですが、狭心症の症状に比べたら、そのほうがはるかにましに感じました。

 それにしても、今日は舌下錠まで効き目が悪かった気がしました。ここだけの話ですが、先生に嘘をついてしまいました。実際には舌下錠を3錠使ったのに、2錠といってしまって……。ドクターに嘘をつくことなんて、めったにないのですが。 

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2008年6月 9日 (月)

低血圧の件、解決〜!

・・・・・だと思います。

循環器科の診察時に、アイトロールでフラフラになることを先生にお話ししたら、夏場は発作の起きる回数も減るだろうから、薬を半分に割って飲んでみたらどうかとのこと。

あの小さな錠剤を半分に? これはピルタイムのたびに大変な作業が加わるなあ。切れ味のよい小型のナイフを買ったほうがいいかも・・・・・と困惑していると、「半量の錠剤があるから、それを出そうか?」と先生。
なんだぁ、半量のがあるんですか?

というわけで、同じアイトロールをこれまでの半量服用することになりました。

「もし、それで具合がよくないとか何かあったら、すぐに電話してください」と看護師さん。

そうね、低血圧から回復したとしても、今度はまた発作がちょくちょく・・・・・ということになりかねないですものね。
先生が半量の薬に換えることを迷っていらしたのも、そうしたことからかもしれません。
そうしたら、ナイフかテープにお出ましいただきましょう。

何はともあれ、お試し期間です〜。

「テープと換えてみて、よかったね。かぶれがひどかったものね」と先生。ホント、アイトロール様々です。インデラル、ヘルベッサーはそのまま。アイトロールのお蔭で舌下錠はまだ沢山あるので、出ませんでした。

休日の夫に車でクリニックに迎えに来て貰い、クリニックの近くのマックでお昼を食べ、これから買い物です(^-^)/~~

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2008年6月 8日 (日)

最近の夕飯からダイジェスト4~枝豆とマッシュポテトのサラダ。大根とひき肉の煮物。

P6030473 P6040529  最近の夕飯から、美味しいサイドディッシュ2品をご紹介します。服部先生のレシピです。

 すっかりダイジェスト版が定着してしまい、夕飯の記録としての機能はもう一つとなってしまいましたが、このようなかたちででも続けていきたいと思っています。

 ちなみに、上記2品の夕飯の全貌……。downwardleft

P6030479 P6030485  ワンプレート料理になった夕飯のメインは、先日ご紹介したニンニク味噌とマヨネーズを混ぜたものに豚ロース肉を漬け、とり出して焼いたもの。

 お味噌屋さんがマヨとニンニク味噌を混ぜて、いろいろなものに塗ると美味しいと教えてくださいましたが、パンに塗P6040544_5 る勇気はなかったので、肉に使ってみたというわけです。

 マヨネーズがニンニク味噌の風味をやわらげていて、美味しい仕上がりでした。お味噌屋さんにご報告しなくっちゃ。

 プレートにのっかっている器の中身はもずくです。

P6040497 P6040537 P6040542_2  あらかぶの煮つけがメインの夕飯。

 これはお頭付きではありませんが、あらかぶの顔って、下唇が出ていて、どことなく人間のおじさんの顔を想わせると思いませんか。でも、味は本当にいいですね。

 煮汁の材料は、過去記事のこちらを参考にしました。 

 エミール・アンリはピーナツ豆腐を抵抗なく受け入れました。味噌汁の具はいんげんと椎茸ですが、この組み合わせはいけました。

P6030487

 枝豆とマッシュポテトのサラダ、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング70号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

 枝豆(さやを除いて)80g、じゃがいも2個、A〔塩小さじ1/3、こしょう少々、酢大さじ2、マヨネーズ大さじ4強〕、ベーコン4枚。

  1. 枝豆はゆでてさやから出し、薄側をむく。ベーコンは1cm角に切り、フライパンに入れて弱火でゆっくり炒め、カリカリにする。
  2. じゃがいもは丸ごとゆでて熱いうちに皮をむいて裏ごしし、Aで味をつける。
  3. ②に①を加えて混ぜ、器に盛る。

 枝豆の夏らしさ、ベーコンの旨味がちょっとデラックスなポテトサラダを演出していました。酢が多めに入っているため、さっぱりとしています。 

P6040528  エミール・アンリの器は煮物も喜んで受け入れてくれました。

 スープを入れるのによい器ですが、如何にも滑らかな器の丸味が、どんな料理にも優しくマッチします~。

 レシピでは万能ねぎの小口切りが散らしてありますが、白ねぎしかなかったので、それを使いました。

 大根とひき肉の煮物を、69号からご紹介します。材料は4人分です。

大根1/3本、豚ひき肉200g、万能ねぎ2本。サラダ油、だし、酒、砂糖、しょうゆ、みりん、水溶きかたくり粉。

  1. 大根は皮をむいて厚めのいちょう切りにし、軽く下ゆでする。
  2. 鍋にサラダ油小さじ2を熱し、豚ひき肉を炒めて酒小さじ2を振る。だし2と1/2カップを注いで①の大根を加え、砂糖、酒各大さじ2を加えてしばらく煮る。
  3. ②にしょうゆ大さじ4、みりん大さじ2を加えて味がしみ込むまで煮込み、仕上げに水溶きかたくり粉適量でとろみをつける。器に盛って万能ねぎの小口切りを振る。  

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楽しい無料ホームページサービス、あれこれ

  このところわたしはホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」にかまけています。当ブログで公開済みの手記『枕許からのレポート』も収録をし始めました。

 収録したい作品はいくらでもあり、既に仕上がったページでも、手直ししようと思えばきりがないほどですから、これに時間を使おうと思えば、どれだけでも使えるのですね。

 ホームページにかまけているのには、作品を書くだけのコンディションが今ひとつといったこともありまして。。。K文学賞に応募するかどうかも決めていない始末。児童文学作品『不思議な接着剤』も滞っています。

 そんな後ろめたさはあるのですが、ホームページの訪問者が増えてきて楽しい気分……。

 電子出版サービス「デンパンブックス」(⇒ホーム)にも、少し前から作品を発表し始めました。

 ここの管理画面は「○○先生のお部屋」と呼ばれ、「書斎メニュー」「サイトに出版」といったボタンがあって、縦書き・横書き可。わたしは俳句を縦書きの行書体で公開させていただいています。

 ログアウトするときは「先生、完成が楽しみです」「先生、またお散歩ですか?」といった言葉をかけて貰えて、くすぐったいわ~。

 一生本を出版することなどないと思っていたのに、こんなかたちで出版できるなんて!

 言葉上の遊びであるにしても、やる気がわくではありませんか。で、気力が低下したときはここに行くことも多いのですね。ちなみに、デンパンのわたしのページはこちらです。

 こんなキュートなホームページサービスも見つけました。「ミルミル」(⇒ホーム)。また、ここのも、よさそう。「らくらくHP」(⇒ホーム)。

 手作り感を楽しむホームページサービスの中では、今わたしが使っている「ジオシティーズ」(⇒ホーム)が何といっても便利! FC2も使いやすそうですし、忍者の無料ホームページサービスでは、初心者向きの設定ができるようになっています。

 あれこれ試すのは、楽しいですね。日記形式とは異なる、まとまった作品発表の場をお考えのあなた様、上記ホームページサービスは如何ですか? 

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Diary 08.6.8

 アイトロールというニトロ系の薬を飲み始めてから、心臓の発作がほとんど起きなくなった。歯、喉、腕にまで出る放散痛、胸の圧迫感、胸痛、腹部膨満感からほぼ解放され、睡眠も比較的よくとれるようになり、快適なこと、この上ない。

 家でじっと座っている限りは本当に快適すぎるくらいなのだが、立ち上がって動き始めると、血圧が甚だ低下するのか、フラフラしてしまうことだけが問題だ。このフラフラは、家事でバタバタしているときとか、外出時に出やすいが、度合いはそのときによって違う。

 昨日も夕飯の支度時に、フラフラして一時中断し、横にならざるをえなかった。

 昔、頻脈を抑えるために飲んでいたβ遮断剤テノーミンが合わず、やはり極度の血圧低下を起こして、フラフラと真っ青が続いた時期があった。病院が変わり、医師も変わって、同じβ遮断系の薬インデラルに変わってからは、そんな不具合はなくなった。

 同じ系統の薬なのに、なぜ、と素人感覚で思ってしまうが、薬剤師の友人によると、やはり同系統の薬といっても違いがあり、彼女の勤務する医療機関ではテノーミンは評判がよろしくないという当時の言葉だった。

 ただインデラルが脳に入っていく(悪夢を見せたりすることがあるそうだ)のに対して、テノーミンは入っていかないため、テノーミンを好む医師もいると彼女はいった。

 薬には一長一短あるのだろう。インデラルはわたしの頻脈にはいいのだが、喘息を惹き起こしたし……。

 テノーミンは、血圧低下と慢性的な下痢を惹き起こした。だから、その薬を飲んでいたときは相当に痩せていた(おなかに脂肪なんて全くなしだった。今とは大変な違い!)。

 また、テノーミンとは無関係かもしれないが、その頃、肝機能もよくなかった。メニエールが出ていたのもその頃で、低血圧が惹き起こすフラフラとは異なる、天井がぐるぐる回る回転性のめまいと片耳の聴力低下に悩まされた。おまけにテノーミンはインデラルに比べると、値段が高かった。

 アイトロールの場合は、ニトログリセリンという明快な火薬の原料だから、そう複雑な症状は起きず、不都合な自覚症状は血圧の低下だけだ。それを考えると、末永く付き合っていければと思わずにいられない。 

 月曜日か火曜日、循環器科を受診しようと思っているが、アイトロールに関しては肯定的なご報告になりそう。

 看護師さんから、前回受診した翌日電話があり、先生が水曜日から学会だから早めに受診するようにとのことだった。

 今回は、3日間ほど留守にされるようだ。不安。もし夜中に救急車を呼ぶ事態になったら、普段だといつでも先生にお電話して受け入れ先を用意していただけるのに、そんなことも不可能になる。

 このところの心臓の元気さを思えば、そんな事態になることはありえないというのに、つい不安を覚えてしまう。受診日とよほど体調の悪い日以外は先生のことを思い出すことは露ないというのに、心の底では頼り切っているのだと改めて思う。

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2008年6月 7日 (土)

雑誌アナスイの付録~!

20080607101010 20080607101110  娘は、アナスイの秘かなファンです。

 秘かな――というのは、ファンといい切るだけの勇気に欠けているから。

 娘は化粧品はディオール始め、あれこれ試すほうですが、まだアナスイの化粧品を買ったことはないのではないかしら。

 娘は、アナスイの靴1足、ネックレス1つ、靴下3足を持っています。服も気になるみたい。

 わたしは歳を考えると、鑑賞するくらいしかできませんが、何ともいえないインパクトがありますよね、アナスイって。

 乙女チックでミステリアスで、濃くって!

 で、書店勤めの娘はアナスイの雑誌が出るというので相当に意識していたのですが、やはり買わずにはいられなかったようです。

 その雑誌にマルチケースが2つ付いていたそうで、小さいほうをわたしにくれました。

「アナスイは好きだけれど、要らないわよ~!」というと、「ピルケースにいいと思って」と娘。

 そういわれれば、ピルケースにいいかも……。

 アイトロールのお蔭で発作がほとんどでなくなり、ニトロ舌下錠もさほど必要としなくなったため、外出時にも、財布に2錠ほど入れているだけで、ニトロ用のペンダントもしなくなりました。

 でも、発作と無縁になったわけではないから、このアナスイのマルチケースに入れて、携帯かバッグかにつけておくと、財布を弄るより、すぐに出せていいかも。

 ムーディなアナスイのマルチケースの中で、薬が摩訶不思議な何かに変質していたりして。。。

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ニンニク味噌〜!

ニンニク味噌〜!
お味噌屋さんで勧められたニンニク味噌。
100グラム180円。これは200グラムですが、かなりたっぷりとスライスしたニンニクが入っています。う〜ん、結構匂います!
お勧めは、これとマヨネーズを混ぜ、食パンにたっぷり塗り、トーストして食べることだとか。

明日の朝食に試してみようかと思いますが、書店勤めの娘は客商売であるため、臭いが心配で、朝はノーサンキューだとか。

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2008年6月 6日 (金)

6月4日の夕飯(鶏手羽元とえびのフリカッセ)

P6010460 P6010448_2  6月4日の夕飯は、鶏手羽元とえびのフリカッセ、和風サラダ豆腐ドレッシング、グリンピースご飯でした。

 フリカッセは家族に受けましたが、娘は特にスプーンでソースの一滴も残すまいとするかのように、お皿に執着していました。

 鶏肉とえびの思いがけない出会い、そしてハーモニーでした。せん切りにして最後に加えたバジルがさわやかさを演出していました。downwardleft

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2008年6月 4日 (水)

ポール・モラン著「シャネル―人生を語る」を読む

 過去記事で、化粧品は口紅を除けば、全て無添加のファンケルを愛用している、口紅だけは華やぎたい気分からシャネルにしていると書いたが、今そのシャネルの語りを読んでいる。

 ポール・モラン著「シャネル――人生を語る」(山田登世子、中公文庫、2007年)。

 カヴァには、シャネルの写真が載っている。写真の若きシャネルは、ダンディといっていいようなムードを湛えている。

 ソファにもたれた後姿でこちらを振り向き、右腕を左肩近くに回してソファにちょっと手をかけた格好で、人差し指と中指の間に煙草を挟んでいる。その瞳が曰くありげだ。

 品のよさと挑発的な青臭さ、そしてどこかしら庶民らしさを感じさせる。

 シンプルなデザインらしい服の色はわからないが、黒だろうか。胸元から背中かけて、6連もの――一連一連微妙に粒の大きさの違う――真珠のネックレスが蔦が這うように蔽っている。

 引き締まった痩せた顔。狭い額。パーマのかかった黒色の髪は耳の下まであるが、その髪は硬めに撫でつけられている。 

 上がり加減に緩やかなカーヴを描く細い眉。やや鼻翼は開くが、すんなりした鼻。閉じられた口元は、いくらか受け口に見える。

 世の因襲に挑戦し続けたシャネルの姿だ。

 シャネルが巻き起こしたモード革命は、当然ながらファッション界の出来事にとどまらない。

 女性の体を自由にしてやって、理智的にさっそうと働く女性を増やし、男性に対するアクションのとりかたに改変を加えさせた。

 シャネルの登場する以前に女性がどんなものを身につけていたかを知れば、その前後の違いに唖然とさせられる。衣装とは、生きかたを物語るものでもあるのだった。

 シャネルは語る。

一つの時代が終ろうとしていた。素晴しい時代ではあったが、退廃的で、バロック様式の最後の残光ともいうべき時代、装飾過剰が女たちのからだのラインを殺し、まるで熱帯雨林の寄生生物が樹木を殺すみたいに、ゴテゴテした飾りが体を押しつぶしていた。女はもはや金を使うための口実にすぎず、レースやら黒テンやらチンチラやら、ひどく高価な素材の口実になってしまっていた。あまりにもこみいった模様や、レース、刺繍、紗、裾飾り、縫い飾りなどを使いすぎて、女のファッションは時代遅れのフランボワイヤン様式の芸術みたいになっていた。引き裾は埃払いになっていたし、ありとあらゆるパステルカラーが使われすぎて、虹を描くどころか、微妙な色使いが色調を弱めていた。いたるところに日よけがかかって、庭も鳥カゴも温室も、そこらじゅう日よけだらけ、珍しいはずのものがありふれたものになり下がり、豊かさが何の変哲もない浪費になりさがっていた。

 訳者あとがきによると、母を亡くした6歳のココ・シャネルは姉と共に、オーヴェルニュの修道院が経営する孤児院に預けられた。彼女はそうした子供時代を隠蔽したという。

 彼女のモードに禁欲的なムードが、ある独特の魅惑を放ちながら溶け込んでいるように感じられるのは、彼女自身がふと洩らすように修道服の影響といっていいのだろうか。シャネルのモードは、シンプルでありながら、ひじょうに複雑な要素を秘めているといってよい。

 彼女はごく若い頃に、石炭の輸送業で財産を築いた教養のあるイギリス人の男性と結びつき、彼のサポートで帽子店から出発した。

 シャネルが芸術家たちと交流があっただろうことは容易に想像できたが、彼女が読書家だったことは、わたしには意外だった。

 それだけではない、彼女はバルザックを引用するのだ。バルザック好きのわたしが興奮してしまうほどに。

「インテリアは魂の自然な発露であって、衣服と同じくらいインテリアを重視したバルザックは正しいわ」「バルザックの『あら皮』に出てくるような」「幸いなことに、『女は決して雄にたいする雌ではないから、これほどちがった存在がひとつの家庭には共存できる』とバルザックが言っている」

 という具合……。シャネルはいう。

書物はわたしの最上の友だった。ラジオがどれも嘘をつく箱だとしたら、1冊の本はすなわち1つの宝だった。どんなにつまらない本でも必ず何か言いたいことがあり、何かしらの真実がある。くだらない小説であっても、人生的経験のモニュメントにはちがいない。インテリや教養の高い人たちにもたくさん会ってきたが、みなわたしの知識に驚いていた。小説を読んで人生を学んだのだと言ったら、もっと驚いたでしょうね。もし娘がいたとしたら、小説を読ませて教育したいわ。小説には、人間を動かす書かれざる法則が描かれている。

 シャネルは、上流階級の厭らしさも語る。皆殺しの天使――。不自然、不合理、俗っぽさに類する旧弊な物の考えかたに死の宣告を下したシャネルを、著者モランは「皆殺しの天使」と呼んだ。

 シャネルの新しいモードは、彼女が因襲の中で勝ちとったものなのだ。

 勿論、モードについてはたっぷりと語られており、それは存在感のある一個の思想だから、本を読んでいただくのが一番よいと思う。

 わたしはこの本を読む以前に、オペラ演出家・映画監督として著名なフランコ・ゼッフィレッリ著『ゼッフィレッリ自伝』(木村博江訳、創元ライブラリ、1998年)を読んでいた。

 そこにシャネルの印象的な姿が描かれていたので、二重の興味深さがあった。

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第90回

「あなたが、前王と同じくらいのお齢とは存じませんでした。ところで、老子の言葉はわたしの心の深みに流れ星のように達して、燦然と輝きますが、先だって、特別に輝いた言葉がありましたのよ。

天無以清、地無以寧、将恐発、神無以霊、将恐歇、谷無以盈、将恐竭、
 天は清くさせるものがなかったら、おそらくは裂かれるだろうし、地はおちつかせるものがなかったら、おそらくはくずれ傾くであろう。神々はその霊妙さを与えるものがなければ、(その力は)発散し、尽きはててしまい、谷は満たしてくれるものがなければ、干上がってしまうであろう。 (※6参照⇒原文・口語訳共に、『老子』(小川環樹訳、中公文庫、1973年))

 というのがそうですけれど、この言葉は、神々の霊妙さを受けて与える巫女として、厳(いつく)しさに華(かがや)いておいでになる女王様が今の倭国に大事である訳や、先程の、わたしが巫女にかかずらう訳になりそうな気がします。天が裂け、神々が発散して尽き、谷が干上がるのと同じことがわたしたちにも起こってしまったら、大変ですわ」 

 それにしても、独りで読書するとき、女王様と解釈を巡らす時、綺羅星よりも煌く老子の言葉が、イサエガの前で例にとると、色褪せ、意味をなくすように感じられてしまうのは、どういう訳なのでしょうか?

 わたしは呪縛されたような苦しさの中から不思議な思いで、イサエガを見ました。

「女王様の、まるで玄牝(げんぴん)のお乳のような純良な光(オーラ)を、あなたはお感じになりませんの?
 それは、女王様の霊性の高さの度合いまでは、凡人のわたしの窺い知れないところですわ。ですが、首長にふさわしい器量をお持ちなことは確かだと思えますの。
 聖人であろうと、大人(たいじん)、下戸であろうと、人には、天から頂戴した個性というものがあることを、よくお考えくださいませ」

 星霜を経ても歳をとらないかに見える、相変わらず、端麗なる男――イサエガ。その冴え冴えと徹った瞳を無邪気にのぞき込む勇気は、もはやわたしにはありませんでした。

「女王連合国をまとめてきた理念が、一部の人間の貴族趣味、霊妙趣味を満足させる道具へと変質してきていることが、そなたにはわからぬのか――
女王家は、後漢王朝と共に亡び去るべきだった。古い器を壊すことも必要なのだよ」

「まあ、ようやく、器ができかかっているところなのですわ……!」

 イサエガを追ったわたしの叫びは一陣の風に空しく舞いました。冷気の漂う激しい余韻を残して、イサエガは夜気に消えたのです――。〔続〕                       

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2008年6月 3日 (火)

Diary 08.6.3

   相変わらず低血圧気味で、買い物もそうだが、料理がこたえる。

 フラフラするので火をとめて横になったところ、そのまま寝てしまったことがあった。危ない、危ない。キッチンを離れるときは、これまで以上に気をつけて、すぐには戻れなくなることも考え、大丈夫なようにしておく必要がある。

 勿論前には、料理の途中で睡魔に襲われて寝込むなどということは皆無だった。美術館のロビーで眠ったことだって、夫に話したら、「俺にはありえても、Nにはありえないことだね」と驚いた。睡眠はとれているので、低血圧が原因で失神に近い症状を起こしたのだろう。

 全く困ってしまうが、低血圧の一番の原因と考えられるアイトロールは一方では、しっかりと心臓の発作を防いでくれている。ありがたい……。服用前は頻繁に悩まされていたのに、服用を始めてからはほとんど起きない。それで、低血圧も辛抱しようという気になれるのだけれど……。

 循環器科の受診がそろそろだが、先生にどうご報告しようか。低血圧に重点を置いて報告すれば、薬の変更ということが考えられ、発作が軽くなったことに重点を置けば、アイトロールの服用はそのままだろう。

 わがままかもしれないが、アイトロールの使用はこのままで、それでいて低血圧の症状は軽くしたい気持ち……。インデラルはどうしたってわたしには必要だ。ヘルベッサーは? これをやめるというわけにはいかないのだろうか。

 あれこれ不必要なことはいわず、現状をありのまま先生にお伝えして、先生の判断にお任せしよう。

 現在午後の4時で、これから買い物に出る予定。フラ~ッとなって水溜りに頭を突っ込むなんてことにならなければいいけれど。

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最近の夕飯からダイジェスト3~ハンガリー風シチュー

P5220313 最近の夕飯からダイジェスト版です。

P5220297 P5220315_3  服部先生のレシピ、ハンガリー風シチューをご紹介します。

 レシピでは、豚バラ肉のかたまりが使われていたところを、わたしは薄切りの豚バラ肉を使いましたが、エキゾチックな風味が楽しめました。レシピをご紹介する前に、他のものもざっとご紹介します。

 向かって右端の写真は、刻んだオクラに卵黄を落とし、一味唐辛子と酢醤油をかけたものです。ゆず胡椒、醤油でも。

P5240322_2 P5240334_2  濃い味つけが美味しい「イカと里芋の煮物」(レシピはこちら)。

 この日は体調がパッとせず、市販の冷凍餃子を焼き餃子にしたものがメインでした。

 中国の冷凍餃子が問題になっていた頃、デパ地下では中国産の冷凍餃子に代り国産の冷凍餃子が入りました。過日、試食してみたら美味しかったので、買いました。といっても、餃子は手作りのものが断然美味しいと思いますが、この日は大助かりでした。

 子供たちが高校生くらいまでは、子供たちに手伝って貰って時々手作りの餃子を作りましたが、もうずいぶん(たぶん何年も)、作っていません。近いうちに、作りたいと思います。

P5250344 P5250364_2 家族全員が大好物の肉だんごも、どういうわけか、めったに作らなくなりました。

 冷めても美味しい肉だんごはお弁当に重宝し、日頃のお弁当だけでなく、運動会に、遠足にとレギュラー出演でしたのに。

 久しぶりに作ったら、やっぱり美味しかった「肉だんごの揚げ煮」のレシピは、こちら

P5270389_2 P5270399_2  これは、昔も今もよくする「三色ごはん」。

 勿論、お弁当にもいいですね。

 手早く仕上がるだけでなく、お財布がピンチのときにも、重宝しますよ! 「三色ごはん」の作りかたは簡単なので、材料だけご紹介しておきます⇒こちら

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P5300430 P5300426  これは昨日の夕飯。

 冷凍ホタテを自然解凍して、お刺身にしました。

 冷やっこは「カリカリベーコンのせ」にしました。うちの人気メニューです。レシピはこちら

 近頃、低血圧気味でフラフラするため、キッチンに長く立っていられません。で、手早く出来るものが多くなりがちですが、料理を記事にするようになってから、明らかにレパートリーが増え、助かっています! 

P5220306_2 それでは、ハンガリー風シチュー週刊 服部幸應のしあわせクッキング47号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

 豚バラ肉(かたまり)300g、じゃがいも1個、玉ねぎ1/2個、にんじん1/2本、ジャンボピーマン(赤)1/2個、トマト1個、パプリカ(粉)大さじ2、クミン(粉)小さじ1、トマトペースト10g。サラダ油、スープ(固形または顆粒スープを溶いたものでもよい)、塩、こしょう。

  1. じゃがいも、玉ねぎ、にんじんは皮をむき、ジャンボピーマンは種をとってそれぞれ2cm角に切り、トマト、豚バラ肉も2cm角に切る。
  2. 鍋にサラダ油少々を熱して①の豚肉を入れ、全面にうっすら焼き色がつく程度に焼きつける、豚肉から出た余分な脂は捨てる。
  3. ②の鍋に①の玉ねぎ、にんじん、ジャンボピーマンを加えてさらによく炒める。
  4. ③の玉ねぎが透き通ってきたらパプリカ、クミンを加えて全体にからまるように炒め合わせる。
  5. ④にスープ5カップを入れ、じゃがいも、トマトも加える。トマトペースト、塩、こしょう各少々で味をつけ、蓋をして40分ほど煮、味をみて塩、こしょう各少々で味をととのえ、器に盛る。

続きを読む "最近の夕飯からダイジェスト3~ハンガリー風シチュー"

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せっかくお友達になったのに~掃除機たちの別れ

20080603070708a   過日、10年は使い込んだ掃除機が壊れて、新しい掃除機を買いました。

 向かって左が新しく買ったサイクロン掃除機で、小型ですが、威力があります。布張りのものをこの掃除機でかけてみたら、まるで洗って干したかのようにつやつやと綺麗になって、驚きました。

 この2台の掃除機を廊下の隅に一緒に置いていたため、何となく仲良くなったような気配が漂っています。

20080603070857 20080603073534c_2  ところが明日はアスベストの日で、掃除機をゴミに出せます。2台を早くも離れ離れに置いたのですが、何だか心苦しいなあ。

 せめて古い掃除機にこれまでの労働を感謝し、新しい掃除機を大事に使おうと思います。

 

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2008年6月 2日 (月)

イングリット・フジコ・ヘミング2008ソロリサイタル~4月23日のメモより  

この日、メモをとり始めてしばらくしてポールペンが書けなくなりました。
娘が隣の席からアイブローペンシルを差し出してくれ、それで書き続けましたが、残念なことには読めない箇所が続出。
また、持病持ちのわたしは薬で予防していったにも拘らず、喘息の発作が出かけたため、それをこらえるのに死に物狂いとなり
、メモをとるどころではなかった15分間がありました。
そんな不完全な、印象をとどめたにすぎないメモです。

今回のピアノはスタインウェイ。前回は優美な荒馬ベーゼンドルファーに手こずらされていた感のあったフジコだったが、今宵の演奏はどうだろう?

今回、わたしの座る位置からはフジコの顔を拝める幸運はあっても、鍵盤を走る肉厚の指も、ペダルを踏み込む足も見えない。従って技術面の観察はあまり期待できない。〔この点では、観察可能だったときのリサイタル・メモ、こちら及びこちらへ。〕

プログラム第一部

今回も、千代紙のような着物地の服をガウンのように羽織って、フジコ登場。袖に白いレースの飾り。白いブラウス。透明感のある素材の黒いパンツ。

スカルラッティ
高音部の美しさ。

フジコは今日はピアノを信頼しきって、のびのびと弾いている。アルベニツ「スペイン組曲」とショパン「エチュード 遺作」の間に、プログラムにはなかった「夜想曲」が挟まった。彼女が最高に乗っている証しと見てよい。夜想曲はしっとり落ち着いて、リラックスして弾いていた。

ショパン エチュード3番 ホ長調 別れの曲
このあとプログラムはまだまだ続く予定だが、この曲が今宵一番の出来栄えとなるのではないだろうか。実際そうなった。わたしはこの日のフジコの演奏では、この曲が最もよかったと思う。〕
ショパンは改めて凄い人だと思わせる。祖国ポーランドとのとわの別れを描いたといわれる曲。その別れにまつわる物悲しさが何という華やかさで描かれていることか。運命のうねり、流転……そうしたものを謎めいて感じさせる箇所もある。
ショパンの凄さをフジコは伝えてくれる。彼女自身の技術、生きざまというフィルターを通して。
実は、凡庸なピアニストが弾くショパンほど退屈なものはない。実際、フジコの演奏でショパンを聴くまでは、わたしにとってのショパンは退屈さと切っても切れない作曲家だった。

ショパン エチュード第12番 ハ短調 革命
前回と同じくすばらしい。実によどみない。冴えている。娘は今回はこれが最もよかったといった。わたしは革命はベーゼンドルファーならではのよさが出た前回がよかったと思ったが、とにかくよかったことに間違いはなかった。〕

プログラム第二部

フジコ、袖に祭太鼓を想わせる模様のある粋な黒い衣装を羽織って登場。背中は青い磁器を連想させる。この衣装は、大正時代末期の幟旗だとあとで司会者による説明がなされた。〕

ベートーベン ピアノソナタ 第17番ニ短調 テンペスト
タッチの力強さ、なめらかさ。音の重なり合いかたの絶妙さ。ペダルの使いかたの絶妙さだろう。

演奏者の持つ雰囲気は演奏を支配する。内面の静けさ。フジコはひじょうに成熟したものを感じさせるが、大人が皆その雰囲気を持つとは限らない。むしろ、ほとんど持っていない。

苛々、ピリピリ、を感じさせた前回とは別人のような落ち着きかただ。

これまでにフジコのソロリサイタルを3回視聴したが、第1回目と今宵の第3回は甲乙つけがたい出来栄え。だが、ベーゼンドルファーと格闘気味だった第2回目も、ピアニストという仕事の過酷さを、また彼女の気迫やナイーヴさをまざまざと見せてくれたという点で、実に魅力的ではあった!

リスト 愛の夢 第3番 変イ長調
甘く物悲しく響く。

リスト 春の宵

リスト パガニーニ エチュード 6番
高音部のやわらかさ。指のタッチの慎重さだろう。

リスト ラ・カンパネラ
まるで、玉が転がるよう。

イングリット・フジコ・ヘミングは、左サイドバーのカテゴリーにあります

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Diary 08.6.2

 娘は昨日、ある試験を受けに行った。来年も受けるつもりで、今年は準備もなしに下見に――といったところだった。600人ほど受けに来ていたそうだが、採用は15人(昨年は30人)。

 教養試験は特に難しいことはなかったという。専門は経済と法律が半々といったところで、法学部出の娘には法律は難しくは感じなかったそうだが、経済は5択だったとはいえ、準備不足(というより準備なし)が響いたとか。

 全体に難易度は高くはなく、ざっと勉強しておけばいいという印象を受けたそうだが、競争率の高さを考えると、完璧に近いくらいにできないと、突破できないのでは?

 書店の契約社員として働いている娘には、転職願望があるのだ。書店でアルバイトしていた大学生がその試験に通った。その大学生は生協の講座を受けていたそうだ。

 娘の大学時代、就職課が受験に必要としてすすめていた講座と同じものなのだろうか。高額の講座で、今はこういったものを受講しなければ通らないのだろうか、と驚いた覚えがあった。

 何しろ年齢制限があるから、受験資格は来年まで。地方公務員の試験だと、それから2年くらいはいける。

 就活していた息子が、化学メーカーを受けて不合格続きだったとき、浪人して国家公務員Ⅰ・Ⅱ、地方公務員の試験に挑むといっていた。

 それで娘も、受けてみようかという気持ちになったらしい。

 が、国家公務員と地方公務員は受付が終っていたので、上記の試験に初チャレンジ。

 一方、どうにか就職先が決まった息子は、のびのびと読書を楽しんでいる様子。イギリスの政治思想に興味がわいたようで、あれこれメールしてくる。案外こんな話が通じる友人はいないそうで、母親をその方面の友人代わりにしている。

 文面は完全なリラックスモード。

 ロックをすすめた。変な言いかたかもしれないが、昔、ロックを読みながら、何て綺麗なんだろうと思った。

 プラトンのような明晰さと神秘性が溶け込んだような美しさではなく、ああ如何にも人間が人間らしい知恵で、真摯に考えたという純朴な感じがあるのだ。

 生地でいえば、プラトンは極上の絹。ロックは生成りの木綿で、人間の普通の暮らしに欠かせないといった趣がある。

 ところで、息子の就職が決まらず、ドクターコースへでも進むことになると、その先の就職が甚だ不安で、こちらも手助けを考えて窮乏生活を送らなければならないところだったが、何とかそれは免れた。

 といっても、夫は数年先に定年を控えていて、退職金も多くはなく、不安定な社会情勢を考えると、日々の少々の楽しみは必要としても、決して贅沢はできない。

 だから無理だろうな、と思いつつも、夫に通信教育を受けたいのだけれど……といってみた。

 すると夫はそれに賛成してくれ、自分もそのうち受けたいと楽しげにいった。まあ、やりくりをするのは所詮はわたしだから、夫は経済事情など大して考えずに賛成してくれたのだろうが、自分も受けたいって?

 大学時代、最初と最後しか講義に出なかったあなたが――? 夫とは学部も学年も全く違うのに、2つの講義で顔を合わせたことがあり、しかし、そのどちらも、顔を合わせたのは講義がスタートした日と終る日だけだった。

 でも、夫は学問のムードは好きなようでもあり、何を考えているのかわたしにはよくわからないところがある。ともかく、わたしが通信教育を受けても文句は出ないようなので、2年後ぐらいに始められたらなあと思っている。

 教養で選択するだけでは物足りなかった哲学・史学・文学といった、文学部系統の勉強がしたい。語学も自分を縛りつけることで、もう少しは……。

 どこへ願書を送るかはだいたい決めているのだが、2年間迷うのも楽しい。スクーリングがあるだろうから、体の状態を改善しなくてはならない(どうやって? これが一番の課題かも)。

 なぜ2年後かというと、児童文学作品を完成させるまでに、それくらい必要だと思うからだ。したがって、作品次第で時期はもっと早まるかもしれないし、もう少し遅れるかもしれない。

 小説はどうしようかなあ、と迷っている。県庁からK文学賞へ応募しませんか、といういつもながらのお誘いが来て、応募するつもりなら、60枚の小説の計画を立てる時期ではあるが、60枚の純文学作品は時間と体力をはなはだ削ぐ。

 中途半端な枚数ということもあるのか、ラストスパートをかける時間が長い気がして、ひどく苦しい。どうせ、賞はとれやしない。ただ昨年は、応募のつもりで『侵入者』を書き、賞は逃したとはいえ自分では会心の出来だった。

 今年も応募という強制的なかたちで1編だけでも締まりのある作品を……と思わぬでもないが、そうすると、ただでさえ時間がとれず滞りがちな児童文学作品が遅れる⇒通信教育開始の時期が遅れる。

 どうしよう? 

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