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2008年6月18日 (水)

母の命日~ある記憶及び2編の自作詩をご紹介

 今日は、48歳で亡くなった母の命日です。今日は、湿っぽくて風が強いですが、あの日はひどく蒸し暑かったような記憶があります。

 母が亡くなったときわたしは25歳で、娘は離乳食を始めた頃でした。

 あれは母が亡くなる少し前だったと思いますが、わたしは、娘の離乳食を作るために、母のいる場所から隔たったところにいました。そのときに、ふと不思議な感じを覚えました。

 そのときのことを綴ったメモを1時間くらいかけて探したのですが、どうしても見つかりません。幸い、ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に収録予定の中編小説『銀の潮』に、そのときのメモをそっくりとり入れた箇所がありますので、登場人物の名をわたしと母に戻してご紹介します。

 (そのとき、母とわたしの間は距離的に隔たっていた)それにも拘らず、同一の空間を共有しているという濃密な感じがわたしに起こったのであった。

 ふたりの間には、如何なる障害物も隔たりも存在しないかのようだった。母の魂の悲哀と微笑が荘厳な音楽のようにわたしのいる部屋へと流れ込んできて、いっぱいにした。

 それは、当惑するほどに実在感があったために、ひじょうに物質的な感じがするほどだった。まるで部屋いっぱいを母が満たしているような、部屋の天井が母の瞳に化したような、そんな感じだった。

 ヴァイオリンの弦のようにわたしの魂を震わせ、伝わってきた何かは、まぎれもなくこの世を去ろうとする者の諦念であったが、それには感傷の立ち入りを許さない本当の威厳というものがあった。

 そうした悲哀と共に、つつみ込むようなほほえみが感じられた。

 それは、隔たりをものともせずに、互いの全体と全体で語られた音楽のような語らいであった。この世ではめったにない性質の語らいであったといえるだろう。

 母の命日には、かなりおかしくなってしまった父のこと〔カテゴリーにある「父の問題」参照〕を含め、様々な想念がよぎりますが、最終的に思い出すのは、このときの記憶です。

 メモを探しているときに、引き出しの奥から、母のことを綴った詩が出てきました。この詩の執筆は、母が亡くなる数年前に遡り、わたしが大学を卒業する間際に母が倒れて重体に陥ったときのことをテーマとしたものです。

 ソネットブログ「マダムNの覚書」、また当ブログでもご紹介済みの手記『枕許からのレポート』〔こちら〕と同時期の執筆です。

 当時わたしはキリスト教と神智学、どちらにも惹かれていましたので、手記にしてもそうですが、そうしたカラーが濃厚に出ている詩といえます。

 白い病室

異様な母は小さく眠る
光うすい病室

乙女(看護婦)の衣装の白さ
ナイト(医師)の衣装はさらに白く
白い大地が現われ
母は眠る
別世界に脳髄浸し

心臓で
母の鼓動とわたしの鼓動はひとつとなり
たましいの奥まで
わたしは瞳となる

生であろうと死であろうと
神さま
このたましいにふさわしいことを
賛美します

恐怖のなかから
これだけのいのりを紡ぐつとめが
わたしにはあった

 もう1編、引き出しから出てきた詩をご紹介します。この詩は、子供たちがまだ小さかった頃、わたしがドクターショッピングをしていた頃に執筆したものです。

 頻脈の治療を受けられないまま、それが放置状態だった頃には、1分間140の脈拍数が続いたわけですから、肉体的に相当に弱って、様々な病気にかかりました(ですから、その治療薬インデラルに、喘息やら冠攣縮性狭心症やら悪夢やらの副作用があろうがなかろうが、わたしにしてみればインデラル様々なのですね)。

 肺炎もその1つでしたが、そのとき肺癌の疑いで精密検査を受けました(あの頃からすれば、検査法も治療法も進歩しましたね)。

 子供たちが小さかったためにどうしても死にたくないという思いが強く、そのことが恐怖を呼び覚まし、詩となったわけですが、今でも、狭心症の少し強い発作が起きたときには、同じようなことを思います。

 詩に出てくるピーコックグリーンというのは、孔雀の羽のグリーンのような色です。現実にはない、鮮やかでありながら幻想的な森の色をイメージして書きました。ジョージ・マクドナルドの児童文学作品『北風のうしろの国』〔中村妙子訳、早川書房、昭和56年〕で描かれた幻想的な、眠りの国とも死後の国ともつかない神秘的な国も連想していました。

 ピーコックグリーンの森
           ――死の強迫観念(精密検査を受けた夜

やわらかにくっつき合って眠るわたしの家族――
                      夫とふたりの子供たち
彼らは 自分たちの後ろの国へ行ってしまった
(わたしは肺ガンかもしれない)

ひとり残るわたしの想いに夜は長く
      わたしの肌に夜気は冷たい
(わたしは肺ガンかもしれない)

ねむりは小さな死 潜在する別離の淡い出現
(わたしは肺ガンかもしれない)

三つの優しい出遇いが わたしを
妻にし 母親にし わたしの人生を
あどけなく酔わせた
酔いははかない 日々の繊細なしあわせは
タールのような闇に溶ける
(わたしは肺ガンかもしれない)

なんという喪失の恐怖!
(おびえながらもやがてわたしは 衣ずれのようなまどろみ
の中で ピーコックグリーンの森
をみていた)

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