« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月の53件の記事

2008年5月31日 (土)

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に純文学作品『雪だるま』を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に純文学作品『雪だるま』を収録しました。

|

2008年5月30日 (金)

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品19・20・21を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品19・20・21を収録しました。
  作品19:レオン・サーメリアン『小説の技法』について
  作品20:月とロルカ
  作品21:『ジュニア版 世界の文学』(全35巻、岩崎書店)

|

ロイズの板チョコ

ロイズの板チョコ
先日、デパートの北海道展でシャンパン生チョコを買ったと書きましたが、長持ちする板チョコ『クリーミーミルク』も1枚買いました。
ちょっと味見をするつもりで娘とひとかけらずつ食べたら、これがハッとするような美味しさでした。ライトな味わいとでも申しましょうか。

正直いって至ってシンプルな外観に、あまり期待していなかったのでした。でも、これまでわたしが食べたロイズのチョコの中では一番魅了されました!

結局、夫にもその美味しさを伝え、その日のうちに3人で食べてしまいました。

|

2008年5月29日 (木)

栗原さんのレストラン

栗原さんのレストラン
栗原さんがプロデュースされたというレストランに来ています。

シンプルな雰囲気のお店です。

| | コメント (2)

2008年5月28日 (水)

作業開始

作業開始
何人かの人々に同人雑誌を送りたいと思いながら、そのままになっていました。
友人には手紙も添えるつもりで便箋を用意するのですが、結局は一筆箋に一言二言書くだけで終わってしまうのが常です。

実はわたしの手紙は、そっけない事務的なものがほとんどです。
近眼に老眼が加わってからは、よけいに億劫になりました。
メールでだといくらかはましですが、わたしの世代ではパソコンや携帯に馴染まない人も多いのです。

|

2008年5月27日 (火)

息子の就活24(合格後の最終面接)

 息子からの電話によると、本日、合格後の最終面接があったそうで、内定承諾書にサイン、捺印したらしい。

 勤務地は東京か大阪で、希望も出せるらしいが、息子はどちらでもいいといったという。どちらになるかがわかるのはまだかなり先になるようだが、ナノシミュレーションをやっている東京になる可能性が高いといわれたそうだ。

 いずれにしても、CAEという部署で、ソフトの開発に携わることになるのだろう。

 これで、どうやら、息子の就活も終わりを告げたことになる。

 なかなか決まらなかったために、本当に心配したが、理系の場合、大学での研究分野と企業が必要としている分野とがほぼ一致するのでなくては合格することは難しいようだ。

 逆のいいかたをすれば、学生のしていることが企業の求めるものに一致していれば、合格できる可能性が高いということだ。

 過日、大学時代からの友人と電話で話したところ、同志社大に通う彼女の娘さんはまだ決まっていないらしい。エントリーシートの段階で落ちてしまうという。長崎の活水女子大に通う娘さんを持つ友人も、同じことをいっていた。就職事情が最高に冷え込んだ年に就活を余儀なくされた娘や娘の友人たちの場合も、そうだった。

 彼女たちは皆文系で、文系の場合、筆記・面接に進むこと自体が大変なだけでなく、なぜエントリーシートの段階で落とされたのかの裏事情はさっぱりわからないことが多い。

 今年の就職事情が必ずしもいいとはいえないような感触を覚えさせられた、息子の就活だった。

|

フラフラで、初座り込み

フラフラで、初座り
前の記事を書いたあと、デパートを出て書店に行こうと思い、横断歩道の前で信号が青になるのを待っていたら、横断歩道がぐっとせり上がってきましてね。危うく倒れそうになりましたが、人にぶつかりそうになりながら何とか道路を渡りきり、向かいのビルに入るや、座り込んじゃいました。

ちょっと足が疲れたから座っているだけと見せかけるため、顔は上げていました。時々、そんな感じで座っているお婆さん、見かけますよね。

座ったまではいいけれど、立ち上がるのがえらく大儀で、座ったことを後悔したほどでした。

エレベーターで上がり、ジュンク堂の椅子で、休みました。このとき、軽いというよりは強く、それでも中まではいかない程度の胸の圧迫感を覚えましたが、舌下錠を使うと、さらに血圧が低下して失神してしまうと思い、様子を見ました。

日付が変わり、もう昨日のことになりましたが、昨日はかなり暑かったので、そのことも血圧低下を誘ったのでしょう。

写真はデパートに入ってすぐに買った口紅とグロスです。
アトピー肌になってしまったので、口紅以外は全て無添加のファンケルを愛用しています。
以前、皮膚科の先生に化粧を止められ、そのときからファンケルです。本当にありがたいです。

でも、口紅くらいは華やぎたいからシャネル。娘はディオールを愛用していて、ディオールのものもいいなあと思いますが、とにかくシャネルが好き。
シャネルの美人で感じのよい店員さんがくっきりとした大きな目でわたしの顔を見つめていましたが、彼女から、チークをつけるように勧められました。
まだ失神しそうになる前段階でしたが、いわれて鏡を覗くと、なるほど顔色がひどく青くて透き通るみたいに変に見え、まるで幽霊でした。
椅子に座りたいということもあり(?)、ペンシル、口紅、グロスの使いかたをじっくり教わりました。
街中、椅子だらけだったらいいのに、ついでに簡易ベッドもあちこちにあればいいな、と思ってしまったくらい辛かった昨日の買い物でした(買うべきものは、しっかり買いましたけれど)。

薬を変えて貰うべきでしょうか?
アイトロールのお陰で発作が出にくくなったのは確かなので、何とかうまくつき合っていきたいのですね。インデラル、ヘルベッサーとの相乗作用でこうなるのであって、必ずしもアイトロールだけのせいとはいえないでしょうし。これを使っていると、本当に胸の中が楽なんですもの。リスクを承知で使いたいのです。リスクは血圧低下だけですからね。他の副作用がないところも、すっきりしていて、わたし好みです。アイトロールにラブラブといっても、いいくらい。男性も、そんなタイプ、好みです。

話がずれましたが、もし倒れたら、そのときは先生に相談します。

|

2008年5月26日 (月)

フラフラです

デパートに赤ちゃんのお祝い買いにきて、北海道展で塩・味噌・しょうゆラーメン(2人前3つで1,100円)と冷凍ホタテとシャンパン生チョコを買ったまではよかったのですが、エスカレーターで下りてくるときにすうっと気が遠くなりかけました。

デパートの椅子で休んでいますが、なかなか回復しません。
冠攣縮性狭心症の発作が起こりにくくなったのはありがたいのですが、買い物のたびにこれではね。携帯の画面も見えにくいのです。

いつまでも、ここに座っているわけにはいかないので、立って歩いてみなくては。

書店にも行きたいのに。ちゃんと歩けるかしらね。それでは、また。

|

右下腹部の痛み

 右下腹部が一昨日あたりから突っ張ったように重苦しく、時々痛む。昨年から今年の2月にかけて卵巣の腫れで婦人科を受診したが、そのときの記事を確かめたところ、腫れていたのは右だった。今痛むのも、右だ。

 大きくなれば手術しなければならないようだったが、幸い、自然に小さくなってくれた。今回もそうではないかと思うが、痛みが続けば、受診したほうがいいだろう。

 また、花粉か何かに対するアレルギー症状なのか、睡眠中に起きる軽い喘息の発作と多量の痰に悩まされている。

 心臓の調子がいいときは、こんな風だ。

|

ゲーム会社からのお誘い

 某ゲーム会社からメールが来て、ゲームのストーリーを書く仕事をしませんか、という内容だった。こういうお誘いが流行っているのだろうか?

 ホームページに行ってみた。もっと若ければ、気軽な気分でチャレンジしたかもしれないが。。。

|

2008年5月25日 (日)

最近の夕飯からダイジェスト2~かじきのソテー ガーリックとパプリカのソース、きゅうりとじゃがいものシャキシャキサラダ

P5150198_2 P5200273 最近の夕飯から、ダイジェスト版です。

別々の日にした服部先生の主菜、副菜のレシピをご紹介します。

他のものをざっと見て行きますと、

P5150217 P5180225 P5180233 P5180237  じゃがいもの酢の物(レシピはこちら)、サクランボ、カリフラワーのスープ(レシピはこちら)、すっかり豆腐にも馴染んだエミール・アンリの器……。

P5180248 P5200276 豚肉のしょうが焼き(レシピはこちら。主采、副菜の組み合わせが偶然だけど、よく一致します……)。

 鮭のホイル焼き バター風味も抜群に美味しかったけれど、これはまたの機会にご紹介しますね。 

相変わらずの体調なので(心臓疾患とのおつきあい。でも冠攣縮性なので、動脈硬化とは関係ないんです。ほかに問題があったりしたのも、服部先生のレシピで料理するようになってから血液が綺麗に――)、弁当や外食が挟まりがちですが、料理できる日は気分転換も兼ねて、なるべく新しいレシピにチャレンジするようにしています。

幸い娘が服部先生の料理雑誌をせっせと買ってきてくれるので(大抵、娘がプレゼントしてくれます。娘買ってくる人、わたし作る人。なにせ書店勤めの娘は残業が多くて遅いので……)。

downwardleft

続きを読む "最近の夕飯からダイジェスト2~かじきのソテー ガーリックとパプリカのソース、きゅうりとじゃがいものシャキシャキサラダ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品16・17・18を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品16・17・18を収録しました。
  作品16:児童文学作品の中の家庭事情
  作品17:検索サイトよ、汝は…&肉を、もっと肉を
  作品18:抗議の自殺未遂について

現在収録中のエッセーは、当ブログで公開したものですが、ホームページではまとまったかたちでお読みいただけます。

|

2008年5月23日 (金)

息子の就活後に生じた疑問

息子の長かった就活が終了するまでのその間、「もし就職できず、ドクターコースへ進まなければならなくなったとしたら、その先はどうなるのだろう?」という悪夢にも似た不安に苦しめられました。
実際、息子が内定の知らせをもたらしてくれたときには命拾いしたような気さえしました。

でも、考えてみれば変ではありませんか。

就職できなければドクターコースへというネガティブな選択肢が当たり前のように存在すること自体、おかしいし、また、かつては誉への道であったはずのドクターコースへの進学が親であるわたしの恐怖までそそるこの現実も、いくらなんでもおかしい……これには政府の失策が絡んでいるのではないかと思い、調べていました。

果たしてその通りで、このことには政府が平成7年から実施した「ポスドク一万人計画」が大きく関係しているらしいことがわかりました。

このことをテーマにした論文、ニュース記事、ブログの記事は、ネット上に沢山出ていました。
興味がおありのかたは、検索してみてください。

|

2008年5月21日 (水)

また朝4時の発作

息子の就職が決まり、気分は最高なのに、体のほうは相変わらずで、発作が起きた。ニトロ舌下錠を使用。

息子は昨日、あのあと、合格した会社に入社の意志表示をし、もう一社の人事のかたから面接の日程調整で電話があったときに、そちらはお断りしたという。息子に迷いはなかったようだ。

長い就活も、すでに息子は肥やしにしようとしている。なかなか企業の内部に入り込むというのはできないことなので、就活で得たことは貴重な資料として、これからの仕事に生かせそうだという。

|

2008年5月20日 (火)

息子の就活23 (決定!)

粘ったかいがあり、合格しました。旧財閥系のシンクタンクです。

あちこち落ちて初めて見えてきた分野でしたが(研究室の先輩の勧めがきっかけとなりました)、研究室でやってきたことが最も生かせそうな会社だといっていたので、そこに決まればいいなあと思っていました。
実はもう一社、やはり旧財閥系シンクタンクの選考途中でした。カラーが違い、それぞれに惹かれるところはあったようです。

が、現実的には、そこが仕事の内容としては一番ピンポイント的に合っていたとのこと。
息子の希望した部署は定員5人で、最後の1人だったといわれたそうです。
昨年の定員は4人だったそうで、今年もそうだったとしたら間に合わなかったということになります。
内定するもしないも、本当に微妙なところなのだと感じました。
ドクターへの進学も考えていたところでしたが、文句なしの気分で就職できそう、といったところでしょう。

子にとっても、親にとっても、長い就活でした。
とりあえずのご報告まで。

|

お知らせ~リンク用バナー

Htj1a

Kutsu2

 ↑
当ブログはリンクフリーです。リンクしてくださる際に、ご連絡は不要です。
Pearl Box」様の素材をお借りして、リンク用バナーを作りました。
よろしかったら、お使いください。
右クリック、保存、でお願いします。
アドレスは、http://elder.tea-nifty.com/blog/ です。

|

2008年5月19日 (月)

朝一番にお話の続きを考えた~スピカのモデル

 昨日も記事にしましたが、児童文学作品『不思議な接着剤』の続きを、再び考えました。

 スピカのイメージが二通りわいたと書きましたが、よく考えれば、そのうちのどちらがスピカにふさわしいかは、自ずとわかることでした。

 錬金術師の娘スピカは、鍾乳洞内の湖に住む竜の生贄とされる定めで、鍾乳洞に幽閉されています。彼女はいささか気が触れていますが、彼女本来の気品と知性は損なわれることなく、鍾乳洞内に入り込む子供たちにも伝わります。

 このスピカのモデルが誰であるか、どうしてこれまでわからなかったのだろうと思います。それは、当ブログで連載中の(中断していますが、まだ続きます)『あけぼの――邪馬台国物語』に登場するヤエミのモデルとは違う人物。

 スピカのモデルは、修道女を育てるためのカトリック系の学校が合わず、そこで精神を損なったと語る、先日博多で会ったばかりのわたしの友人です。彼女しかいません。仕上がったら、彼女に読んで貰おうと思います。

 彼女は修道院の学校を出たあとも、そのときに培ってしまった自己否定的な意識に依然囚われたままのようです。自由な彼女の本性は、そこから逃れようともがき苦しむのです。

 わたしのお話に出てくる中世風の架空の街では、住民達は古風な信仰に生きています。それはわたしのお話の中だけに出てくる宗教、信仰で、わたしたちの誰もが知らず知らず囚われがちな固定観念をシンボリックに表現したものです。その固定観念がとるイメージは、人それぞれでしょう。

 わたしの友人の場合は、それがたまたまカトリックであったというだけのことでしょう。そして、先日博多で会ったとき、わたしは彼女から、以前はなかった力強さを感じました。

 彼女が混乱した自分をコントロールできるだけの統合力を育みつつあることを、感じました。

 その彼女の内的な力強さが、わたしのお話の子供たちを引き寄せたのです。わたしはこんなにも長いこと、彼女のことを書きたかったのだと気づきました。彼女をモデルにしたスピカと子供たちが鍾乳洞の中でどんなドラマを繰り広げることになるのか、まだおぼろげにしかわかりません。

 それにしても、子供たちの一人、少女瞳のモデルがマチコちゃんであり、スピカのモデルが彼女であることが判明するまでにずいぶん時間がかかってしまいました。

 でも、この作品をわたしは急ぎたくはなかったのです。この児童文学作品が求道的なものになるであろうことははっきりしていましたから。賞に応募するために、手っ取り早く仕上げるなんてことは絶対にしたくありませんでした。

 これは余談ですが、上述した友人のホロスコープを作ってみました。

 占星術で最も重視される太陽の位置を、松村潔著『決定版!! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)に従って割り出すと、そのシンボリックなイメージは何と「修道院に入る女」です。

 統合失調症を発症した年齢域金星の位置は、「雲の上の飛行機」。解説を断片的に拾い上げてみると、

象徴的な意義に満たされた神話的な自分を大地に引きずりおろそうとする魔の手が近づくと、この人は自分を「雲隠れ」させます。(略)生活者として見た場合、あまりにも実体がつかめない人かもしれません。

 と、あります。

 大学時代の彼女にはまさに、この解説通りの雰囲気がありました。生活者としての実体がつかめない、まるで伝説の人か何かのようなイメージがありました。

 彼女はカトリックの教義に大人しく縛られるには、内面の豊かさを持ちすぎていたのでしょう。教義は他の人には有用に働いたかもしれませんが、彼女の場合、それは、学校の規則、雰囲気といったものを含めて、自分を引きずりおろそうとする魔の手と感じられてしまったのかもしれません。

 「雲の上の飛行機」の鏡関係にあるサビアンシンボルは、「影の向こうを覗く二つの頭」です。その解説の一部。

しかし乙女座2度で深く内面に打ち込まれた固定的概念である公共の「十字架」が強い自意識を内面に作り上げてあげてしまったため、乙女座は決して自分の外に出ることはできません。にもかかわらず強力な想像作用によって遠い未来を覗いたそのとき、自己が二つに分裂し、個人的内面に閉じ込められた一方の自己を崩壊(すなわち時期の早すぎる解放)に導くという、自分の逆さ像を見てしまいます。それはぞっとするような醜い自分であり、乙女座はその顔を見て、再び内面深く閉じこもります。

 大学時代に彼女の書いた詩のうちの珠玉のような数編は、内面の分裂、混乱をテーマとしていながら、高度に象徴化された、洗練の極みといっていいような作品です。

 ちなみに、わたしの太陽のサビアンシンボルは「化石化された森」。解説の一部には、こうあります。

本当に価値があると感じ、もっと発展させるべきだと思う思想、体系、文化、物品などを、風化から保護するために努力する人です。また価値の評論者としても有能な働きをする人でしょう。

 そう、そのために沢山のブログを作り、ホームページを作ったともいえます。シンボル通りに、有能な働きができるようになれればいいのですが。。。まあ、そのうちにね。命が続けば。

|

お知らせ~カテゴリーに『日記』『コラム』『つぶやき』を追加

カテゴリーに『日記』『コラム』『つぶやき』を追加しました。
08年5月19日以前の日記、コラム、つぶやき、ひとりごとに分類されるタイプの記事は『日記・コラム・つぶやき』『ひとりごと』をクリックしてご覧ください。

このところ、カテゴリーの追加が続いています。このやりかた、まずい気もしますが、パンクしかけたカテゴリーのための窮余の一策です。

せっかくカテゴリーのひとつをクリックしていただいても、記事が出てくるのに時間がかかりすぎたり、エラーが出たりするようでは、申し訳ありませんから。これまで活用してきた『日記・コラム・つぶやき』『ひとりごと』は、とりあえず記事であればここに放り込めるという便利さがありました。それだけに愛着度、パンク度共に高いのですね。

記事トップに固定している『当サイトで紹介している作家、思想家一覧』はよく利用していただいているようなので、これを拡充する――、あるいはホームページに設けているINDEXhappy01これは我ながら便利。ライブドアのウィキにある『ページ一覧』を参考にしたものです)のようなものを作る――など、あれこれ思案中ではあります。このところホームページに熱中していて、ブログたちの世話が少々雑になっている嫌いがあり、申し訳ないことです。

|

2008年5月18日 (日)

横になって、お話の続きを考えた

午前中はフラフラしながらも元気だったが、午後寒気がし出した。風邪をひきかけたのかもしれないと思い、横になった。

昨日掃除機が壊れ、明日休みの夫と買いに行く予定で、そのぶん家事の量が減ったので、余裕の気分で横になった。1日か2日でも、掃除機をかけないと気持ちが悪いけれど。10年は、使い込んだ掃除機だった。治療(修理)はしないよ、安らかに眠ってくれ。

横になって震えていたが、わたしの児童文学作品の子供たちの声が聴こえた気がして(勿論想像だが声があるのだ)、お話の続きを考え始めた。

まだ出てきていない錬金術師の娘スピカのイメージが、二通り出てきて、タイプがまるで違うことから、二通りの話がそれぞれ展開し出した。どちらにもリアリティがある。

選択を誤れば、半年はふいになる。そう思いながら、眠ってしまった。

娘の携帯の目覚ましの音が夢の中で聴こえ、起きると、軽い胸の圧迫感。よくならないので、ニトロ舌下錠を使う。胸から手にかけて清涼感。やはり舌下錠はよく効く。

よくなったが、用心のため横になったまま、岩波少年文庫から出ているテア・ベックマン『ジーンズの少年十字軍』を読む。

歴史上の愚行を、いささかの美化も交えず、子供たちの息遣いが聴こえるような筆遣いで描いている。舞台となるルートを彼女は丹念に取材したらしい。

旅行しての取材が不能に陥ったわたしのハンディーの大きさを、改めて思わずにいられなかった。元気だったら、児童文学作品のために、昔行ったあの鍾乳洞へ出かけていただろう。悔しい。

ベックマンについては、またの機会に触れたい。寒気はとれ、夜になっても、現時点では体調は悪くない。

|

2008年5月17日 (土)

第44回総選挙のときに見た不吉な兆し

 ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に、エッセー「映画『ヒトラー 最期の12日間』を観て』―2005.10―」を収録しました。⇒こちら

 当ブログでもお読みになれますが、ホームページですと、作品ごとの収録ですので、まとまったものとしてかなり読みやすいかと思います。

 今回収録したエッセーは、郵政解散といわれた衆院解散→小泉劇場→第44回総選挙といった、現代日本の大きな転換点となった一連の出来事のひと月ほどあとに執筆したものです。

 自称神秘主義者のわたしは、この総選挙のとき、空間に赤く不吉に輝く星のような赤い光を見ました。

 英語で書かれたブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』をロシア語に訳したエレナ・レーリヒは、わたしもしばしば見る空間に見える光についていろいろと解説していますが、アグニヨガ協会訳で、ここにその断片をご紹介します。

大抵黒い点は暗黒、、又は混沌的なエネルギーの接近を意味する。その場合、万事に注意したほうが良い。だから私は小さな黒い点を見ると、それらが度々、困難の来ることを示したり、又は健康について警告していることを知るのである。点が大きければ大きい程、多ければ多い程、もっと注意を払うべきである。

時々、空間の中を泳いでいる大きなビロードのような黒い点を見ることができる。紫、青、銀色、そして金色の点は、いつもよい使者たちであり、あるいは師匠のご放射が近いことを示すものである。

黄色の点は、危険の警告である。赤い点は、大気の中の大変な緊張を示し、その時、地震や嵐や革命さえも予期できる。

 わたしは自身の体験から、レーリヒの解釈に共鳴せざるをえませんが、ただ、赤い点だけは、そのときまで一度も見たことがありませんでした。自然災害の徴だろうか、と思いましたが、自然災害に関連して赤い点を見たことはなく、自然災害を予知したこともありませんでした。

 そんなわたしにとっては否定しようもないありありとした見えかたで赤い点を見たということは、よほどの大惨事につながる自然災害が襲いかかってくるのではないかと怯えました。

 でも、あれは今思えば、革命を予知したものだったのです。あの郵政解散以後、わが国に起こったことはまさに革命に匹敵します。何か冗談のように進行した出来事だっただけに、その自覚ができにくかったというだけの話です。

 エッセーを書いたとき、わたしはその赤い点のことを思い浮かべていたわけではありませんでした。ですが、大きな危機感を覚えて、まとまった文章にしておきたいと思ったのでした。

 そのことは、映画の感想に絡めて不器用な書きかたをしたにすぎませんが、あえて書き直すことなく、ホームページに収録しました。  

|

5月16日の夕飯(親子卵とじ)

P5130186 P5130175 5月16日の夕飯は、親子卵とじ(丼)、味噌汁、トマトでした。

 わたしは丼にしました。もう春は過ぎましたが、たけのこがはいった親子丼の春バージョンという感じになりました。

 ひき肉を使っているので、お子様にもいいでしょうね。短時間で出来上がりますよ。

 downwardright

続きを読む "5月16日の夕飯(親子卵とじ)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月16日 (金)

お知らせ~ホームページのバナー

ホームページのバナーを作ってみました。といっても、フリー素材屋さんからお借りした素敵なバナー素材に、下手な文字入れをしただけですが。。。あると便利ですよね。

もしホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」にリンクしたいという物好きなかたがいらっしゃいましたら、バナー置き場までどうぞ。⇒こちら

|

携帯から

携帯から
朝の4時ジャスト、強烈な胸の圧迫感で目覚め、躊躇することなく、ニトロ舌下錠を使いました。寝ているときに圧迫感を覚えたのは、最近になって2度目です。

昨日は一日中、何ともありませんでした。フラフラすることもなく、発作の兆候もなく。

ということは、アイトロールが起きている間、適量だったということです。明け方発作の起きやすいわたしにしてみれば、フラフラするくらいニトロの利いているほうが睡眠中、すこやかでいられるようです。

つい数日前まで薬の効き過ぎからかと思える血圧の低下に悩んでいたというのに、もう体がアイトロールに慣れてしまったのでしょうか。先生から以前伺ったところによると、ニトロには耐性があるということです。

わたしの体は、どこまで火薬の原料ニトログリセリンを必要とするのでしょう?

起きているときにフラフラするくらいに効いていないと、明け方発作が出てしまうようです。

先生はわたしのニトロの使いすぎに警戒されるようになったので、薬の飲みかたを工夫してみようと思います。
夕食後のアイトロールの服用を、寝る直前にまでずらすとか。それまではヘルベッサーに頑張って貰いましょう。ヘルベッサーはアイトロールを使用し始める前から、冠血管の攣縮を引き起こす(頻脈予防のため服用している)インデラルの見張り役というか、鎮静役なのです。

ニトロを増やすのであれば、発作の出やすい夜間だけテープを貼るという手もありますが、かぶれが別のトラブルを引き起こすことを考えると、これはなるべく避けたいのです。

ニトロの使いかたは割合、先生はわたしに任せてくださっているので、こうした試行錯誤も可能というわけです。

今は、舌下錠のお蔭で体内に清涼感がひろがっています。

| | コメント (0)

2008年5月15日 (木)

最近の夕飯からダイジェスト~さやいんげんの卵マヨネーズサラダ

P5070089 P5070079  ご無沙汰していた夕飯の記事ですが、ダイジェストをご紹介します。

 この日のメインは、服部先生のレシピ「さわらのソテー サワーソースがけ」。
clipレシピはこちら

 らっきょうを使ったソースです。とても美味しいので、だまされたと思って作ってみてください、とレシピをご紹介したときに書きましたが、だまされてくれたかたがいらっしゃるかしら。

P5080141 P5080131  この日のメインは、「ハンバーグ」。子供のときから、わたしの一番好きなおかずはハンバーグです。我流レシピ「ハンバーグ」clipこちら

 この日は作りませんでしたが、にんじんのグラッセがつけ合わせとしては、一番合う気がします。clip江戸崎愛先生のレシピ「にんじんのグラッセ」はこちら

 この日作ったアボカドのスープは、ハンバーグに合います。clip服部先生のレシピ「アボカドのスープ」はこちら。超おすすめのスープです。スープに入れた生クリームがあまったので、ハンバーグにもかけました~。P5090151

P5090156

 この日のメインは、「あじの塩焼き」でした。

 大きなあじをいただいたので、塩焼きにしました。3人に1尾で充分でした。

 体が大きいだけに、身も厚かったので、ちょっとこんがりとなりすぎたくらいに焼きました。
 P5050052 P5050039            
 この日のメインは、「あめたの干物」でした。

 こんにゃくステーキをしましたが、こんにゃくって、ときどき、すごく食べたくなりません?

 clip服部先生のレシピ「こんにゃくステーキ」はこちら

  clip向かって右の写真「さやいんげんの卵マヨネーズサラダ」「週刊 服部幸應のしあわせクッキング57号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

さやいんげん200g、ゆで卵1個、A〔玉ねぎのみじん切り大さじ2、マヨネーズ1/4カップ、マスタード小さじ1、塩・こしょう各少々〕。塩。

  1. いんげんは筋とへたをとり、塩少々を加えた熱湯でゆでて冷水にとり、水気をきって3~4cm幅の斜め切りにする。
  2. ゆで卵は卵黄と卵白に分ける。卵白はあらみじんに切って、水と混ぜ合わせる。
  3. 器に①のいんげんを盛って②をかけ、ざるを通して裏ごしした卵黄をのせる。

 わたしは卵を2個使ったので、いんげんが隠れてしまいました。いんげんはバターいため、煮びたしなども美味しいですが、サラダにしても美味しいですね。色が綺麗で、食卓に映えますよ。

P5110162 P5110165 これは昨日の夕飯。メインは、「豚キムチ丼」。
clipレシピはこちら

 これは、あまりを冷蔵庫に入れておいて、翌日電子レンジでチンして食べても美味しいですよ。

 酢の物も作りました。

 以前にご紹介しましたが、服部先生の酢の物の合わせ酢のレシピを再度、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング52号ディアゴスティーニ・ジャパンからご紹介します。市販の合わせ酢もいろいろと出ていて便利ですが、手作りは自然な味わいですね。

  • 甘酢――酢大さじ4、塩小さじ2、砂糖大さじ4
  • 二杯酢――酢大さじ2、しょうゆ大さじ1
  • 三杯酢――酢大さじ4、しょうゆ大さじ1/2、砂糖大さじ1

pen08年4月23日以前の夕飯の記事については、左サイドバーにありますカテゴリーの「料理」をクリックしてご覧になれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ミャンマーのサイクロン被害、中国四川省の地震被害

 ミャンマーのサイクロン被害のニュースに驚いていたら、今度は中国四川省の地震被害のニュース。

 自然災害は、その国の政治的問題を浮き彫りにする。ミャンマーの硬直した軍事政権は、ようやくタイの援助を受け入れることにしたという。

 中国四川省の地震の震源地は、アバ・チベット族チャン族自治州ぶん川県(※ぶんは、さんずいに文)。

 建物の構造設計のまずさが、浮き彫りになりつつある。ぶん川県の中心部にある全ての橋が落ちているという。

 地震の原因は、チベット高原下に存在するプレートのずれにあるらしい。 

| | トラックバック (0)

2008年5月14日 (水)

ひとりごと(呼吸器科受診~失神対策を教わる。息子の就活22)

 昨日呼吸器科を受診し、喘息のほうは大した発作は起きていないので、歩道橋で起きためまい、美術館のロビーで眠り込んだことなど、お話しした。

 やはり、わたしの服用しているインデラル、ヘルベッサー、アイトロールはどれも降圧作用があり、血圧が低くなりすぎたのだろうということ。

 「用心されたほうがいいと思いますよ。どうかしたら、倒れてしまいますから」と、先生は何回か繰り返して警告を。

 「徴候を感じたときは、あそこまで行こう、などとは考えず、とにかくその場で座り込むことです。そうしないと、倒れてしまいますよ。横になれたら一番いいでしょうが、外では無理でしょうから、座るのが一番です。家では、あまり起きないはずですよ。外で長く歩き回ったり、運動したり、ぼーっと突っ立っていたりすると、どうしても血圧が低下しやすくなります。夏場はことに気をつけないと、いけない。水分が不足すると、失神しやすくなります」

 そんなときにニトロの舌下錠を使うのは、よくないそうだ。
「アイトロールもニトロですからね。血圧がさらに下がってしまいますよ」

 よく舌下錠を使って吐き気が起きるというと、それは血圧が下がりすぎたときに起こりうる一症状だとか。舌下錠は効き目が強力だから、急激に血圧が低下するのかもしれない。

 何にしても、アイトロールのお蔭で、このところ発作知らずだった。とはいえ、血圧の低下には、本当に困っている。

 呼吸器科を出たあとも、歩き回っているうちに、フラフラし出した。ベンチや椅子を見かければ座らずをえなかったが、なかなか治まらない。

 フラフラしながら帰宅し、どっと倒れ.るように寝込む。血の気が失せたようになって、起き上がることができない。吐き気もあった。

 翌日使う予定の安くなっていたかじきまぐろ(賞味期限ぎりぎり)を冷凍保存バッグに入れたかったが、トレーに入ったそのままを冷凍室へ、「あっさりキムチ」が安くなっていたので豚キムチ丼をしようと買った豚バラ肉をチルド室へ放り込む。服を半分着替えたままの状態で数時間横たわっていた。料理不能。

 こうしてパソコンに向かっているのが一番楽なのだが、それでも座っていながらめまいが起きることもよくある。困りまひたwobbly 

 以前から地震が起きてもいないのに、「地震よ、地震!」と叫んで家族をしばしば驚かせたが、今では頻繁に揺れるので、実際に地震が来たときにわからないのではないかと心配になる。

 で、薬を飲む時間が過ぎても寝ていたため、久しぶりにひどい胸の圧迫感が起きた。苦しくて、薬袋に手が届かない。何とか服用し、胸の苦しさは治った。でも、また血圧が低下。引き続き、横になっていた。

 呼吸器科の先生がおっしゃるには、アイトロールで発作が出なくなったということは、かなり狭心症があるということだそうで、副作用とうまくつき合いながら、やっていくしかないようだ。

 久しぶりに本格的な胸の圧迫感が起きてみると、これはどうしたって耐え難いと思う。アイトロールを飲む前はそんな胸の圧迫感や胸痛が頻繁に起きて、よく耐えていたものだ、偉かった……と我ながら思う(自画自賛)。

 ニトロのテープによるかぶれも、本当につらかった。それに比べれば。。。

 この血圧低下も困るけれど、身体的な苦痛は疲労感、だるさ、吐き気だけだ。失神の徴候を感じたときは地面に座り込む勇気を持ちたいと思うが、現実にはなかなかできない。恥ずかしいというより、一度座り込んだら二度と立ち上がれないような恐怖があって、とにかく目的地まで辿り着こうとする。

 こんな風だと、そのうち絶対に倒れると思うな。昨日ですら、危なかったもの。ブログの更新が半月止まったら、運悪く(というより、むしろ必然か)倒れて、打ち所が悪かったとか何とかで更新不能になったとお考えくださいね。

 話題は変わり、息子の就活。エントリーしたシンクタンクのうち、1社は既に終って、採用情報が風に吹かれていただけのようだ。音沙汰なしとのこと。1社は、昨日大阪で面接だった。面接官3人に、学生4人。

 内定している会社がないかどうか、しつこいぐらいに確認をとられたとのこと。この時期の募集はほとんどが追加募集と思っていいようだ。

 既に必要人数は確保できているが、形ばかり継続しているという会社も多い雰囲気。

 シンクタンクの仕事内容は息子好みのようだが、思いつきもせず、先輩から勧められたときは、もう遅かった。就活というものは、経験してみなければ、わからないもののようだ。かつて、わたしもそうだった。

 娘の就活も見ていたが、息子の場合はわたしとも娘とも違っていたので、わたしにはわからない部分が多かった。 

 化学にこだわりすぎたのが、失敗だったと息子は見ている。シミュレーション中心に、会社を拾ってみるべきだったという。といっても、その会社がシミュレーションをやっているのかどうかは実際に説明会に行くまではなかなかわからないという。

 タイヤを作っている会社にもエントリーしていて、神戸まで説明会に出かけたようだが、ホームページに行ってみると、説明会は昨年からスタートしており、ここも形ばかりというケースかもしれない。ここが宣伝している某タイヤは、シミュレーションをもとに作られたという。

 アメリカ、日本の合弁会社は、大元はどちらも大きいが、この合弁会社自体は、規模が小さい。フッ素樹脂などをひたすら製造している。英語力が求められるかもしれない。いや、ここももう時遅く、形式的に採用の過程が繰り返されているだけかもしれない。

 わたしなら、もう無駄足と思い、諦めていただろう。息子は諦めず、よく頑張っている。たとえ無駄足に終っても、出かけた会社の内容がわかる興味深さはある様子。

 息子がこれまでの就活で使った旅費は、およそ20万円ということだった。

 めまぐるしいまでに出かけた割には、安く済んでいるほうではないだろうか。技術面接まで行けば、旅費が出る会社は少なくないようだし、5,000円以下という安宿を選んで泊まって節約してきたということもあるだろう。

 当初息子はネットでホテルをとっていて、「三角に近い部屋だった」「ドアがないかと思うくらい、廊下の音が筒抜けだった」「ベッドの周りを歩くだけでも精一杯なくらい狭かった」「足がはみ出そうなくらい、ベッドが小さかった」などというものだから、JTBを勧めていたのだが、旅行会社に行くのが面倒だったらしい。

 就活も後半という段階になってJTBに頼むようになり、よいホテルに泊まれるようになったと感激している。昨夜も「4,800円とは思えないくらい、いいビジネスに泊まれたよ」といっていた。2着きりのリクルートスーツは、だいぶくたびれただろう。すぐに仕上がってくるクリーニング店がありがたいといっていたが……。

 さて、このあと息子は、ぎりぎりでどこかへ決まるのだろうか。ドクターコースへ進学することになるのか。この「息子の就活」はあと何回続けることになるのだろう? 

|

2008年5月13日 (火)

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」にインデックスを設置

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」にインデックスを設置しました。ページ一覧です。結構便利かと思います⇒INDEX

|

2008年5月12日 (月)

インデックス作りの大変さから思い出された恩師のお仕事他、『ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展』のことなど、ちょっとずつ

  ジオシティーズのサービスを利用させていただいてホームページを作っているが、その前にライブドアのウィキで試みた。

 わたしの目的にはちょっと使い勝手が悪かったのだが、ページを増やすごとに「ページ一覧」に記入されて、全ページの鳥瞰が可能だったのは便利で、ありがたかった。

 それと同じようなインデックスを作成しようと、昨日から熱中して音を上げた。まだ大して作品を入れていないようでも、それを1ページ1ページ記入し、リンクを張る――思った以上に面倒な作業なのだ。

 エッセーなんか特に小説などに比べると、ちまちまと沢山あるという感じで、面倒臭さが先に立つ。

 でも、これがあると鳥瞰が利くだけでなく、ほかでリンク切れを起こしたときでも、ここからも行けるという利点もある。

 まあ、ぼちぼち作成していこうと思う。これから収録する作品は、その都度、インデックスに記入するようにすればいいだろう。

 これっぽちで音を上げてみると、思い出されるのは、当時神智学協会ニッポンロッジの会長をしていらっしゃった田中先生の訳業の大変さだ。先生の本には、大抵、索引がある。協力者がいたとはいえ、あの索引を見ただけでも溜息が出る。

 遠方から伝え聴くにすぎなかったとはいえ、もう高齢だった先生が、目を、次には心臓を、その次にはリウマチを……と、ブラヴァツキーの本1冊1冊に精根尽きて病んでいかれる姿を感じないわけにはいかなかった。

 先生の訳業の中でも最も大変だったのは、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(訳者:田中恵美子/ ジェフ・クラーク、竜王文庫、平成元年)の翻訳だったろう。

 東大名誉教授だった仏教学者、中村元先生が推薦の言葉をお書きくださったこの本は、何しろ、恐ろしく難解な本なのだ。

 はしがきに、ブラヴッツキーはこのようなことを書いている。

これらの真理は断じて、啓示としてもたらされたものではないし、筆者は、世界の歴史の中で今はじめて公にされた神秘的伝承の啓示者であると主張もしない。この著作の中にあるものは、アジアの偉大な宗教や太古のヨーロッパの聖典に表されているが、象形文字や象徴のヴェールにかくされて、これまで気づかれないままに散在していた何千巻にも及ぶものから得ている。今、しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた一貫した体系としてまとめることである。

 古代にどれだけ優れた文明が花ひらいていたのかは、先日、博多の美術館で見たガンダーラの美術品だけからもわかる。

 その記事を書こうとするのだけれど、何しろ失神するほど(?)すばらしかったものだから、下書きが仕上がらない。2~3世紀のものがとにかくよかった。この時代、わが国には卑弥呼が生きていた。

 邪馬台国のことを調べてみて、相当に高度な思想がこの国に伝わっていたのではないか、とわたしは想像したが、その当時、世界的に大いに栄えたガンダーラという地で生まれた思想と、その一表現といえる美術品がどんなものかはぼんやり空想できただけだった。

 そして想像や空想はしばしば冷厳な事実に裏切られるものだが、裏切られるどころか、感動的な驚きとたとえようもない開放感を覚え、古代の人々に対する畏敬の念に満たされた。

 時間はかかっても、何とか記事にしたいものだ。

 フジコ・ヘミングのコンサートの記事もまだだ。あれもすばらしく、フジコは最高にのっていた。のっていた彼女は、アンコールがくるまえのプログラムの曲を1曲増やしたほどだった。

 あまりによい体験をすると、記事にするのが億劫になる。神聖なものを汚す気がして。

 話は変わるが、土曜日の午後、循環器科の看護師さんから電話があり、丁度わたしが次に受診する頃、先生が学会でお留守なので、早めに受診するようにとのことだった。

 学会ってどんなものなのだろう、とわたしは思っていた。息子の話からわたしが想像したところでは、文化祭の出し物に近い(?)。会場となる建物内のあちこちに発表の場が設けられ、時間が決められて研究の成果が披露される。

 同じ研究者や企業の人々が、思い思いにそれを聴きに行き、質問をしたりする。

 そうした学会や就活であちこちに行くためか、今住んでいる街に愛着が強く、そこを絶対視していた(というとオーバーかな)息子も、「これまで住んだ街のうちでは、一番いい」という相対的な思いに変わった。

 それにしても、息子の就活、長引く。夢に見た通りだった。

 料理の写真がまた溜まってきた。

 何だかこのひとりごと、支離滅裂。

|

2008年5月11日 (日)

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品13・14・15を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品13・14・15を収録しました。
  作品13:息子の夢と前世のわたし
  作品14:家庭の波乱について
  作品15:子ぎつねヘレン

現在収録中のエッセーは、当ブログでもお読みいただけるものですが、ホームページでは素材屋さんからお借りした素敵な背景の中でお読みいただけます。

トップページにある自己紹介の言葉を、動くようにしてみました。インフォメーションのぺージをリニューアルしました(このページにあった個々の作品へのリンクは外しました。メニューからどうぞ)。

|

2008年5月 9日 (金)

ひとりごと(循環器科受診、息子の就活21)

 午前中――といっても、混んでいたので、家に帰り着いたのは午後2時だった――循環器科を受診した。

 アイトロールのお蔭で、ほとんど冠攣縮性狭心症の発作が起きなくなったことを、まずご報告し、次に本題。

 先月中旬に歩道橋を上ったところで起きためまいと胸の圧迫感。ニトロ舌下錠がそれに効いたことを話すと、ニトロを使うと血圧が低下するので、めまいが治ったというのは、先生にもよくわからないという。

 椅子に座ったのがよかったのだろうか。今日はできればクリニックの掛け持ちをしたいと思っているので、呼吸器科でも同じことを訊いてみよう。

 美術館のロビーで眠り込んだことについては、「それは、血圧が下がりすぎたんだよ。横になって、足をあげればいい」と先生。「人前でですか?」とわたし。先生は無言。

 どうも、失神する手前だったようだ。というより、自分でも眠り込んだのか、失神したのか、わからないくらいだったから、あるいは眠ったのではなくて失神したのかもしれない。

 同じ病気のかたのブログへ行くと、コメントがいろいろと寄せられていて、ニトロで失神したという人は少なくない。アイトロールもニトロの仲間だから、同じ現象が起きたのだろう。

 血圧が低下したということは、しっかり冠動脈が開いて発作を起きなくしてくれていたということだから、ありがたいのだが、失神するのは困る。失神を避けるために、公衆の面前で寝て足を上げるという行動も、わたしには起こせそうにない。

 ニトロの舌下錠とメディトランステープはまだあるので、インデラル、ヘルベッサー、アイトロールが35日分出た。どれも血圧を下げてしまう。

 失神しないための何かいい案はないかと思い、こんなときの知恵袋、薬剤師さんにお尋ねしてみた。

 アイトロールはだいたい冠動脈だけを拡げるのだが、どうかした拍子に、あるいは人によって、全身の血管が開くことがあるらしい。そうなると、血圧が下がりすぎることになるそうだ。

 朝はアドレナリンが沢山出るから、そうしたことにはなりにくいそうだ。わたしは朝は大抵元気いっぱいなのだが、その理由がわかった。

 立つと覿面血圧は下がるので、とにかく座るようにとのこと。それだけでも違うらしい。そして、場所柄、足を高く上げるのは無理な場合は、少しの段差でもあれば、それに足をのせるだけでも違うという。

 そして、この血圧の下がりすぎる状態は、薬の使い始めの頃にはありがちなことだから、慣れれば、大丈夫になるかもしれないそうだ。それでも同じ状態が続くようであれば、薬を替えて貰ったほうがいいということだった。

 話題は変わり、息子の就活。進展がないので、ドクターコースへ進む可能性が高くなった。7月には願書を出さなければならない。

 驚いたことに、ドクターコースの先輩は、息子が落ちたあの総合化学トップのメーカーに落ちたのだそうだ。

 それが、息子と同じパターンだったらしい。つまり、製造技術でよければ入れたということのようだ。助教授が、「あそこは去年シミュレーションに入ったから、今年はいらないはずだよ」とおっしゃっていたというが、本当にシミュレーションでは新しい人間を必要としていないのだろう。

 選考の時期が、ドクターはマスターより遅かったということのようだ。それにしても気を持たせるじゃないか。わたしは何だか腹が立ってしまった。

 尤も、その先輩は仮にそこへ内定しても辞退するかもしれないといっていたから、それほど落胆はないのかもしれない。

 仮にシミュレーションのチームに入れたとしても、あのメーカーでは、自分のしたい研究はできなくなると彼は踏んでいたとのこと。自分の研究を続けたいという意志が強いらしく、ポスドクになるようだ。

 来年が卒業のその先輩は、論文で当てた賞金で、アメリカかドイツへ留学するかもしれないそうだ。博士号取得に必要な論文も、既に書き上げてしまったという。

 息子も、もしドクターコースへ進学するのであれば、進学後のどの時点かで留学しておいたほうがいいのではないかと思い、そういうと、息子も同調した。「行くとするなら、ネブラスカになると思うけれど」という。研究所があるのは、ずいぶん辺鄙なところだそうだ。

 ここまで話してはいるが、息子はまだ就活を続けており、この時期になっても諦めていない。「九州人だから、粘りがないよ」と息子はいったが、いやいや、なかなか粘っていると思うわよ。納豆、大好きだものね。   

|

2008年5月 8日 (木)

友人からのプレゼント

 連休後半の5、6日、博多に出かけた第一の目的は、大学時代からの女友達(文芸部の先輩)に十数年ぶりに会うことでした。

 その間、電話と手紙で交友関係を維持してきましたが、わたしたちの友情には常に、統合失調症という難しい彼女の病気が介在してきました。

 『ツンドラ』というロシア料理店で、ランチをしながら彼女と2時間ほど話しました。娘がついてきていました。

 娘は彼女の詩のファンですし、彼女からの電話をとることもよくあるので、わたしは彼女と娘を引き合わせたかったのでした。

 十数年ぶりに見た彼女の外観は、長年の病気と薬の副作用からか、容貌にも、体型にも、ひじょうに美しかった以前の面影がほとんどありませんでした。また片脚を少しだけ、引き摺っていました。それについては、薬の副作用だと彼女はいいました。彼女には糖尿病もあります。

 外観の変化ということにつては、高齢のお母様の調子がよくないと聞いていたので、お母様の管理が行き届かなくなったということも考えられました。

 そうした心配は深まりましたが、彼女の話から、ご兄妹との関係は遠慮のない、仲睦まじさを感じさせるものでした。2人のボーイフレンドとの仲も、相変わらずアットホームなものであるようです。作業所での人間関係も良好なようで、これらは安堵の材料となりました。

「わたしがぽっくり死んでしまったほうが周囲の人間のためにはいいかもしれないけれど、まだ今は死にたくない、死ぬないと思いますね」と彼女はいいました。

 外観は変わっても、内面は少しも病のあとをとどめず、育ちのよさ、豊麗な感性、優れた知性、ユーモアのセンスは昔ながらであるばかりか、包容力と柔軟性が加わった彼女の人間的な魅力に、わたしはまさに魅了されました。

 ただ、時折、話に辻褄の合わないおかしなところが混じったり、話がとめどもなくなったりしました。ご家族が心配して外出時間を制限されたのもなるほどと思わせる変調は確かにあり、調子がいいとはいえないようでしたので、わたしは彼女との時間をよいものに保つために、ときどき舵取りに集中しました。

 娘がいいクッションとなってくれました。彼女は娘を気遣い、また興味を持って、あれこれ話しかけてくれました。笑いの花が咲きました。

 彼女と別れたあとで娘に「ねえ、すてきな人でしょう? あんな人はめったにいないわよ」というと、娘も深々と頷きました。

 彼女はどうしたことか、薄手の上着を2枚プレゼントしてくれました。

 お菓子にしては軽いな、と思いながら家に帰ってプレゼントを開けて、とまどいました。こんな互いの趣味に踏み込んだプレゼントは、初めてだったからでした。

 その服は2枚とも、一見したところ、感じはいいけれど、どうということもない服に見えました。ところが、着てみると、びっくりするくらいわたしを引き立ててくれる服でした。こんなにわたしにぴったり合う服は今まで着たことがありませんでした。

 どんな服を試着しても、買っても、何か違う、服なんて嫌いだ、と思ってしまうのですね。ところが、この服は……。

 凛とした、それでいて、ほのかに女らしさが漂う、素敵な服! 本当に気に入りました。

 1枚は、ブラウス風の焦げ茶色に小花を散らしたシースルーの上着でした。シワ加工が施してあります。もう1枚は、テンセルのハイネックカットソーでした。白地に細い黒色の横縞が入っています。

 鏡の前で(服に)うっとりしているわたしを、娘がほしそうに見ています。1枚は娘にかもしれないと思い、そういうと、「2枚とも、ママにだよ。ぴったりだもの」と娘はいい、自分も彼女に服を選んで貰いたいといいました。

 こうした趣味を披露されると、しみじみ自分の趣味が野暮ったいものに思えてしまいます。

 作品に関してもそうなのです。わたしの作品も文学観も彼女に比べれば、どうしようもなく野暮ったくて、隅々まで行き渡るようなハイレベルな知性を感じさせるものにはほど遠いのです。

 頑張ってお洒落していったつもりのわたしを、彼女はどう思ったでしょうか。

 彼女から貰った服は、ずっと大事に着よう、死ぬときはこれを着せてお棺に入れて貰いたい、と思いました。

 彼女との間に一定の車間距離をとった関係を長年続けてきて、こうした隔てのある自身のつきあいかたに対し、自責の念に駆られることがありました。

 ですが、わたしのような、いわば客観性の保てる位置からの交流というものもあっていいのではないか、案外彼女には必要ではないかと今回、思いました。

 ちょうどこの記事を書いていたとき、娘が彼女からの葉書を手に帰宅しました。悪いけれど、引用させていただきたいと思います。

前略 
 今日はお会いできて 本当に嬉しかったです。Nさん〔※わたしの名〕、いつまでも 私の おともだちで いてくださいね。本当に ありがとうございました。  Mさん〔※娘の名〕 いつまでも 清らかなキャラでいてくださいね!

|

お知らせとお詫び

小旅行疲れで記事の更新が遅れていますが、一昨日の夜、博多から無事に帰宅し、体調的にはどうということもありませんので、もうしばらくお待ちください。

|

2008年5月 6日 (火)

帰りの電車より

帰りの電車より

友人と再会を果たし、彼女と娘はわずか2時間のうちに、仲良しになりました。

ただこの時期、彼女は調子がよくなく、気遣うご家族から長時間の外出を止められており、時間を限られた再会でした。でも、充実した時間でした。このときのことは、また別の記事で。

彼女と別れた後、わたしは美術館でグロッキーになり、すばらしい展示だったにも拘わらず、三分の一見たあたりから、所々に置かれた椅子に座ることだけが目的となりました。でも図録を買いましたので、改めて記事にします。幸いわたしが集中して見ることのできた2〜3世紀のコレクションが本当にすばらしいものでした。ぜひ記事に――と思っています。

そして、体調のほうは展示の出口を通った後、最悪になり、空いているロビーの椅子に座り、疲労困憊のあまり、何だか気絶したみたいに寝てしまったのです。はっとして目を覚ますと、娘の子供に帰ったみたいな心配そうな顔。
1時間はその椅子にいましたが、ガンダーラのお釈迦様がよい休息を与えてくださったのかもしれません。
元気になり、電車に乗るまで普通に過ごせました。あの美術館を予定に組み入れて、正解でした。尤も、娘は美術館から出た後も心配してわたしの顔ばかり見ていて、悪いことをしました。

娘は職場にお菓子のお土産を買い、わたしは夫にネクタイと靴下を買いました。

今は少し胸の圧迫感がありますが、無事に帰宅できそうです。

|

湯冷まし

湯冷まし
前の記事で書いた『松風』で、食後の薬をテーブルに出していたら、湯冷ましを持ってきてくださいました。お冷はよく持ってきていただくけれど、湯冷ましというのは初めてで嬉しかったわ〜。

|

朝食〜!

朝食〜!
朝食は洋食バイキングと和食から選べ、和食にしました。
松風という素敵なお店で、給仕する2人の和服の女性が素敵でした。一人は70代くらい、もう一人は50代後半かな。
小鳥の声が流れていました。器も料理もグッドでした〜。

さあ今日はよい一日にするぞ! (一日の始まりはいつも元気なわたし。昔はこれが一日続いたのになあ。)

|

黒いキリン

黒いキリン
ホテルの窓から携帯で撮った小さな写真なので、わかりにくいと思いますが、キリンがいるのです。

あそこは道路になるのでしょうか、ホテルの敷地内になるのでしょうか。動物のキリンを黒く象ったものが置かれています。
窓から見ていると、あれが生きているように思えてくるのです。

人間の造った美しい佇まいを窓から眺めているうちに、感傷的になったのかもしれません。

ここから見える教会は今はハイカラで、昔同じ位置にあった如何にも教会という感じの建物だったあのカトリック教会とは思えないくらいです。
わたしが大学の頃、あの教会にパウロというアメリカ人の陽気な神父さんがいて、英語やダンスを教えていらっしゃいました。ケンタッキーのおじさんみたいな印象があり、それでいて軽やかなステップ、思い出します。ダンスを教えていないときも、ついその癖が出るみたいでした。

新天町の商店街は、昔とあまり変わらない気がします。そこの一角で昨日、ひと盛り200円のイチゴが売られていました。買ってホテルで食べるつもりで、忘れてしまっていました。

|

ラーメンの屋台に並ぶ人々

ラーメンの屋台に並ぶ人々
写真は、博多名物、ラーメンの屋台に並ぶ人々です。

JTBのパックに入っていた屋台のラーメン券を使って、遅い夕飯を済ませることにしました。

人気のある屋台には、写真のように列ができています。
待ちたくないわたしたちは列のない屋台に入り、ちょっと失敗したと思いましたが、まあ、まずいというほどではありませんでした。わたしにも娘にも、これが屋台の初体験でした。

そのあとホテルの喫茶店でコーヒーを飲んでいると、夫からの電話。

彼はこの日休日だったので、一緒に博多に行かないかと誘いました。彼は明日は仕事ですので、日帰りになりますけど。わたしは病人なので一泊しないときついのですが、日帰りが普通ではないでしょうか。
夫はガンダーラ美術展には惹かれたようで、迷いましたが、ノン。買い替えるといっていた携帯の話や博多の話で長話し、そのあと、またわたしは電池が切れてダウン。
そして起き、こうして記事を書いています。頭が痛いくらいで、今の体調はそう悪くありませんが、去年博多に来たときより、さらに体力が低下しているようで不安です。
明日は友人に会うわたしにとってのメインイベントがあり、チェックアウトを済ませたあとは、家に帰り着くまで横になるわけにはいきません。
心臓発作は起きていませんが、起きるのも時間の問題という気もします。吐き気はニトロのせいかと思っていましたが、そうではなかったのかもしれません。発作予防のニトロのテープを貼るべきかどうかで迷います。

| | トラックバック (0)

ランチのあとで

ランチのあとで
遅いランチのあと、街へ出るつもりでしたが、旅疲れからわたしはまた気分が悪くなったので、部屋に戻りました。その時点ではまだ、卒業した大学へメトロで行ってみるつもりでした。娘はわたしの郷愁には興味がないそうで、別行動の予定でした。

が、休んでも気分がよくなるどころか、次第に気分の悪さが募り、吐き気と耐え難いほどの疲労感のためベッドから出られなくなりました。
幸い、嘔吐はせずに済みました。
ニトロは全然使っていず、今更乗り物酔いも考えられず、食事も普通にできました。
このときの吐き気が何なのかは、わかりません。単に、疲れから来たものだったのかもしれません。

どこかへ行くどころではなくなり、娘に先に出かけるよう、いいました。

娘は、使い捨てのコンタクトを買いたいし、書店にも行きたいからブラブラしてくるといいました。そして、前日仕事帰りに髪留めを買い、お店の人にそれを使って髪をお団子風にまとめる方法を教わったとかで、それをやり始めました。

わたしは目を開けていると吐きそうで、目をかたく閉じました。いつのまにか寝てしまい、目覚めると午後6時半!

天ブラに出かけたはずの娘は、なぜかベッドに寝ています。
起きた娘によれば、髪のお団子がうまくできず、ムキになってやっているうちに疲れ、つい眠ってしまったとか。

わたしたちは何をしに博多に来たのでしょう?
娘は髪のお団子を作りに、わたしは食っちゃ寝をするために。

わたしの気分もどうにか治ったので、今度こそ出かけることにしましたが、コンタクト屋さんは、既に閉まっていました。閉店間際の三越デパートとジュンク堂書店に入って出て、もう飲食店とパチンコ店とコンビニくらいしか開いていない博多の街を歩き回りました。

わたしたちの服装ではいくらか寒い博多の夜でしたが、結構楽しい夜の散歩でした。

写真はブレていますが、昼間、ホテルに入る前に撮った天神地下街です。

|

かぼちゃのパンプリン

かぼちゃのパンプリン
前の記事でご紹介したイタリアンのお店『マンジャーモ』のパスタランチのデザートは、かぼちゃのパンプリンでした。これも美味でしたよ。

| | トラックバック (0)

ランチしたお店

ランチしたお店
部屋で休んでいたため、お昼を食べ損ないましたが、ホテルの直営店ではないけれど、午後4時までランチをやっているイタリアンのお店が地下にあるとホテルの人に教わり、行ってみました。

マンジャーモというお店です。

サラダ、パスタ、デザート、コーヒーのパスタランチを頼みました。1050円でした。パスタは、えびのクリームソースパスタ。えびの味がよく出ていて美味でした。

| | トラックバック (0)

2008年5月 5日 (月)

ホテルの部屋から

ホテルの部屋から
JRの往復切符とのパックで安くなっていた、大名の西鉄グランドホテルに来ています。

老舗だけあって、さすがに行き届いています。場所もよく、超オススメです。

電車の中で案の定、いくらか具合が悪くなったのですが、快適な部屋のベッドで休み、元気になりました。

電車の中で最前列に座ったら、鏡が目の前にあり、嫌でも自分の顔が見えました。

娘と楽しく話していた最初は、我ながら朗らかな顔でしたが、具合が悪くなるにつれ、ふと鏡を見ると、物凄く険しい顔をしていて、びっくりしました。それも顔半分がそうなのです。右の眉根がぐっと下がり、目つきも暗く、怖い!

普段、家や外で具合が悪くなったとき、自分では顔に出していないつもりでしたが、こんなに出ていたとは。ショックでした〜。

こんな顔つきをする病人と結婚生活をしている夫のことが、つくづく気の毒になりました。でも、これって、改めるのは難しい。

何だか、色々と考えさせられる小旅行になりそうです。

元気になったので、街に出てきます。地下鉄が卒業した大学まで通ったようなので行ってみたいのですが、疲れるかな。

| | トラックバック (0)

ホテルの窓から

ホテルの窓から
カトリック教会が見えます。

| | トラックバック (0)

別府湾〜!

別府湾〜!
電車の中から撮った別府湾です。残念ながら、曇っています。

いざ博多へ〜。元気いっぱいです、今のところは(^-^)/~~

| | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

ひとりごと(健康不安)

 連休だ。人々は、山へ、海へ、街へ、海外へと出かけていらっしゃるのだろうか。明日は立夏とはいえ、少し暑すぎる。

 軽く日帰りできるはずの博多へちょっと出かけるくらいのことで、指定席をとり、ホテルをとり、かつての自分であれば、呆れただろう。そればかりか、不安におののいている愚かしさ。

 正月に息子の街まで出かけたとき、列車の中でひどく具合が悪くなったことを思うと、出かけるのが怖くなる。

 あの気分の悪さが、また繰り返されるのだろうか。呼吸器科の先生は遠出のとき、何日も前から体調を整えるようにおっしゃったが、そんなことは無理だった。出かける前から、疲れきっている。寝ても治らないのだ。

 循環器科の先生は、ニトロで予防するようにおっしゃったが、ニトロを使うと、吐き気とめまいが決まって起こるようになった。そうはいっても、胸の圧迫感や痛みが起きたとき、ニトロを使わないわけにはいかない。

 そして、行きか帰りのどちらかで、必ず発作は起きる。普段でも疲れ果てているのに、列車に乗ったり、人ごみを歩けば、たちまちオーバーワークになるのだ。

 行くことを決めるときは、ほとんど何も考えずに決めてしまう。少しでも考えれば、どこへも行けなくなるから。

 帰宅して、3日から下手をすれば1週間は、寝たり起きたりになるだろう。何とか、疲れないで博多へ行けないだろうか。テレポーテーションできれば、いいだろうなあ。 

|

更新のお知らせ~ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品10・11・12を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品10・11・12を収録しました。
  作品10:秋に寄せて
  作品11:児童文学作品を通して見る母親の幸不幸
  作品12:梨とピノッキオ

現在収録中のエッセーは、当ブログでもお読みいただけるものですが、ホームページでは素材屋さんからお借りした素敵な背景の中でお読みいただけます。

|

児童文学作品『不思議な接着剤』ノートから

 現在、ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」では、『不思議な接着剤』という長編童話を連載中です。

 お話は大体できているものの、創作と同時進行の連載ですので、なかなか先に進まないこともあります。

 というのも、水が流れるように自然に話を進行させることの難しさがあるからですcoldsweats01 そんな風に話を進行させようとすることには苦労もありますが、楽しさもあります。

 そうしたことの一端を、たまにはお見せしたいので、忍者ブログ『マダムNの創作ノート』から、このところの『不思議な接着剤』のためのノートをご紹介します。興味がおありのかたは覗いてみてくださいね。downwardleft

続きを読む "児童文学作品『不思議な接着剤』ノートから"

|

2008年5月 3日 (土)

更新のお知らせ~ジュゲムブログ『不思議な接着剤』に連載45

主人公は紘平という名の少年。別居中の父親の部屋で見つけた、アルケミー株式会社製品の不思議な接着剤が様々な事件を惹き起こします。
彼は、喘息持ちのひ弱な弟、幼馴染の少女瞳と一緒に遊んでいた電器店の倉庫の先に、不思議な接着剤で、テレビで見た巨大な鍾乳洞をくっつけてしまうのです。
鍾乳洞の中から広がった中世西欧風の世界。そこで彼らが出会うのは、邪悪な竜の生贄と定められた錬金術師の美しい娘……。〔瞳の家のキッチンで、紘平は瞳に、不思議な接着剤――アルケミー株式会社製品の超化学反応系接着剤クッツケールがひき起こした事件の一切合切を話しました。子供たちは、おやつを食べながら、テレビを見ました。彼らが冒険に出るまでのカウントダウンは既に始まっています

cake作者からひとこと――久しぶりの更新です。またまだ続きますので、よろしく。

|

5月2日の夕飯(太刀魚の韓国風煮物)

P4290096 P4290062  5月2日の夕飯は、太刀魚の韓国風煮物、ピーナッツ豆腐、落とし卵のスープでした。

 わたしは魚と野菜を一緒に煮るのがあまり好きではないのですが、これは生臭みを感じさせず、じゃがいもに太刀魚の旨味だけが滲み込んでいるという風な美味しさでした。

 また、じゃがいもを魚の下に敷いて煮るため、魚が煮崩れません。よい工夫がなされていて、さすがは服部先生だな、と思いました。

P4290099_2 向かって左の写真は、携帯からも投稿したミントの葉を浮かべたミルクティーですが、花瓶に挿したペパーミントがよく写っていなかったので、再度。 P4290100_2

 エミール・アンリの器も、別の角度から写してほしそうなので、再々度。

downwardright 

続きを読む "5月2日の夕飯(太刀魚の韓国風煮物)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペパーミント

ペパーミント
ハーブはどれもこれも育ちがよいですが、とくにペパーミントなんかは、早くも茂ってきました。プランター、増やさなくてはいけないだろうなあ。
紅茶の葉とミントをポットに入れてミントティーにするといいみたいですが、実はわたしはミントは苦手なほうです。
で、ミルクティーに浮かべてみました。一枚浮かべただけでも、結構ミントっぽくなり、飲んだら、さすがにミント。清涼感がありますね。花瓶にもミント。そのうち、乾燥に挑戦しましょう。

夕飯には、セージを摘んで、鶏肉のソテーに使ってみます。

| | コメント (0)

2008年5月 2日 (金)

ひとりごと(ニトロの使いすぎで、日中はフラフラ。連休中の計画)

 朝方またニトロの舌下錠を使い、吐き気がして、(たぶん血圧の低下で)フラフラに。近頃、ニトロを使うたびに吐き気がしてしまう。

 テープをはがし、日中、横になって過ごした。5、6日の計画を考えると、早く回復しなくてはと焦る気持ち。

 幸い5日、博多のホテルは、詰まっていなかった。6日、帰りのJRの指定席を何とかとって貰った。夜8時20分のしかとれず、11時近い帰宅となるが、仕方がない。JRのチケットとホテルとがパックになった「GO!GO!福岡」(だったかな)がお得だったので、それにした。

 友人に電話して、ツンドラ(左サイドバーのリンク集にあります)でランチしましょうか、と提案。賛成してくれた。ツンドラに確かめると、ランチの予約はいらないらしいが、連休中は多いらしい。入れないかもしれない。どこもまだ多いだろうなあ。

 美術館は何をやっているのだろうと、ネットで確かめた。

 ツンドラから歩いていける福岡県立美術館では、「福岡の日本画――近代の軌跡」「生きる喜び 素朴絵画の世界 アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス」。

 天神から地下鉄ですぐの福岡アジア美術館では、「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展」。

 友人の家から近い大濠の福岡市美術館では、「世界・日本・九州の美術:20世紀から21世紀へ」

 わたしは「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展」を観たい。アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼスというのにもちょっと惹かれる。

 何とか体調を整えて、本当に久しぶりの友人との再会を楽しみたい……。

|

平べったいボールペン

平べったいボールペン
メモ帳に挟むボールペン。平べったいので、収まりがいいです。
これはペン先の出た状態ですが、ペンを縮めるとペン先が引っ込みます。300円。替え芯もあるそうです。

ペットショップで、プリンハムスターと名づけられた、プリンのような綺麗な色をしたハムスターを見ました。その中の一匹と目が合ってしまい、飼いたくてたまらなくなりました。

夜中ですが、また先ほどニトロを舌下しました。一旦調子が崩れると、なかなか戻りません。痒いけれど、我慢してテープも貼っています。

胸は楽になりました。夫が井上陽水をエンドレスでかけたまま、スースー寝ています。遠くから井上陽水の歌を聴き、わたしはお経と間違えたことがありました。子守歌には案外いいかも。

さて、眠れないので児童文学作品の続きを書こうかしら。

| | コメント (0)

2008年5月 1日 (木)

ひとりごと(携帯から)

ひとりごと(携帯から)
久しぶりに、ニトロ舌下錠を使いました。

ずいぶん快調なときが続いていたので、連休が終わるまでこのままいけるかと思っていたのですが。
博多に行く予定なのに、どうなることやら。

今日の予定は、頭の中ではできている児童文学作品の続きを書き、それから買物に出かけ、夜、フジコ・ヘミングのコンサートについて書こうと思っていたのですが、買物以外はできないかもしれません。
買物すら、億劫ですが、出かけないわけにはいかないので、これも久しぶりにメディトランステープを貼りました。
普段はアイトロールが頑張ってくれているということで、ありがたいことです。

写真は、だいぶ前にデパートの一角で行われていたフジコ・ヘミングの絵画展の絵です。この絵、売れたのかしら。
そういえば、ネットでフジコさんの生年月日がわかったので、ネットサービスを利用してホロスコープを作成してみました。生まれた時間がわからないので、大体のものです。
わたしは素人ですから、聞き逃してほしいのですが、これまでの苦難の人生をなるほどと思わされるようなホロスコープでした。
職業を暗示する土星は、嫌でも純粋にならざるをえないような宿命を感じさせる配置。
生まれた時間がわからないので、上昇宮と月がわかりません。彼女の場合、月は重要でしょうが。金星の配置から、とても愛情深いことがわかります。気が向けば、コンサートの記事でも書きますが、間違っていたらいけないので、書かないかもしれません。

この記事を書いている間に何とか体調が戻りました。では、買い物に行ってきます。

| | コメント (0)

OECD調査による相対的貧困率ワースト2について考える

 4月30日付朝日新聞朝刊で、OECD調査による相対的貧困率で、日本はアメリカに次いでワースト2ということを知った。

 「OECD(世界経済開発機構)の対日経済審査報告書06年版から作成。貧困率は生産年齢人口の所得分布の中央値の半分に満たない人の割合(%)」とされた表から、以下に引用させていただく。

(国名)               (相対的貧困率) 
アメリカ         13.7
日本             13.5
アイルランド     11.9
イタリア         11.5
カナダ         10.3
ポルトガル        9.6
ニュージーランド    9.5
イギリス          8.7
オーストラリア      8.6
ドイツ            8.0

 ネットで調べてみたところ、これは2000年に、OECD加盟国30か国のうち、OECDが調査できた17か国の統計をもとに集計されたものだそうだ。対象は18~65歳。

 ちなみに、17か国全部を挙げると、ドイツ以下は次のように続く。

フィンランド    6.4
ノルウェー     6.0
フランス       6.0
オランダ      5.9
スウェーデン   5.1
デンマーク     5.0
チェコ        3.8

 2006年夏にはネットニュースに出ていたものなのだが、恥ずかしながらわたしは知らず、昨日の新聞で初めて知った。

 それにしても、2000年の調査でこれだと思うと、戦慄が走る。

 というのも、小泉首相の郵政解散とその是非を問うて第44回総選挙の行われたのが、0ECDの調査後5年を経た9月11日のことだった。

 そのときから現在まで、まだ3年も経っていないというのに、その間のわが国の坂道を転がり落ちるような有様を思うと、相対的貧困率は現時点ではどうなっているのだろうと想像したくない想像をせざるをえない。

 2005年9月11日以来、絶えず――建設しているのか壊しているのかわからない――トンカチの音と同時に悲鳴が聴こえてくるような、落ち着かない変化の中で日々を過ごしてきたといっても過言ではない。

 表のランクづけが絶対的貧困率ではなく、相対的貧困率であるというところに注目したい。以下は、ウィキペディアからの引用である。

貧困率は、「絶対的貧困率」と「相対的貧困率」とに大別される。

絶対的貧困率
当該国や地域で生活していける最低水準を下回る収入しか得られない国民が全国民に占める割合の事。相対的貧困率よりも実状を反映しやすいという特徴があるが、逆に言えば、「生活していける水準」をどのように設定するかによってさまざまな基準があり、設定者の主観が入りやすいという危険を持つ。

相対的貧困率
国民の経済格差を表す指標で、「年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合」の事。絶対的貧困率と違い数学的な指標なので主観が入りにくい。しかし絶対的貧困率と異なり国によって「貧困」のレベルが大きく異ってしまうという特徴を持つ。この為裕福な国Aにすむ人が相対的貧困率の意味で「貧困」であっても、貧しい国Bにすむ人々よりもずっと豊かな暮らしをしている、という事もありうる。よって相対的貧困率は「貧困率」という名前であるが、貧困を表す指標ととらえるよりも国民の経済格差を表す指標ととらえたほうが正しい。

 2000年のOECD調査のとき既に、わが国の政府のやりかたのまずさが一目瞭然ではないか。いや、わが国の政府はこうなることを狙いとしていたのかもしれないが。

 なぜなら、中曽根政権のもとで路線が敷かれ、小泉首相以来急ピッチで進められてきた構造改革は、新自由主義経済思想をもととしており、新自由主義とは市場原理を重視して、政府機能を縮小し、大幅な規制緩和を行おうとするものだからだ。

 所得格差が拡がり、福祉の恩恵を受けにくくなり、即物主義は蔓延って、巷は荒み、夜警国家的にならざるをえないことは、火を見るより明らかなことではあった。

 今年マスターコース2年の息子はまだ就職活動を続けているものの、息子の友人たちは決まっているようだから、就職事情はいいのかと思っていたのだが、そうでもなく、分野を限っていいだけの話なのかもしれない。

 なぜなら、昨夜電話で話した友人の娘さんも就活中であるが、まだ全く内定が出ていないというし、同じ日に転居の知らせが届いた別の友人からの葉書にも、まだ息子が独立できないでいるとあった(息子さんは今年就職しているはずだったのだろう)。

 電話の友人に、わたしは非正社員の待遇でこき使われて恋愛する時間もない娘や娘の友人たちの話をし、友人はフリーターをしている知っている複数の若者たちの話をした。友人の話題はそれから、彼女の息子さんの受験の話に移った。

 息子さんは今年受験だったそうだが、うちの息子が入った大学は――二次試験の――後期試験がなかったという。国立大学で、後期試験をやめるところが相次いでいるそうだ。

 うちのように国公立にしか子供をやれなかった家庭の場合、後期は受かりにくい、あてにならないとはいいながらも、後期を受けられるという安心感は大きかった。貧乏人にとって国公立は頼みの綱だというのに、後期試験をやめる国立大が相次いでいるなんて、言葉も出ない。

 そういえば、一昨年だったか、大学時代からの友人と電話でした会話を思い出す。

 彼女は、それまでに短期間の仕事を重ねてきたが、子供の学資を稼ぐため(彼女の娘さんは国立大に落ちて私大に入り、もう1人子供がいる)、正社員になりたいと思い、頑張り屋の彼女は何と50回も面接を受け、めでたく某デパートの正社員になれたと話した。彼女は商学部卒で、簿記ができる。事務職という話だった。

 ところが今年届いた年賀状に、デパートの経営破綻で、せっかく得た職を失ったとあった。

 これが、相対的貧困率ワースト2の一断面というわけだ。

clip当ブログの関連記事:映画「ヒトラー最期の12日間」を観て―2005.10― 

|

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »