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2008年4月の35件の記事

2008年4月29日 (火)

お詫び&更新のお知らせ

先日出かけたフジコ・ヘミングのコンサートについて、また、テレプシコーラの展開について書きたいと先般申しましたが、もうしばらくお待ちください。雑事に追われて、まとまった時間がとれません。コンサートでは、メモの途中でボールペンが書けなくなり、困っていたところ、娘が横からアイブローを差し出してくれ、それで書きました。メモを読めるか心配ですが、Just a momentwink

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の「『マダムNの覚書』セレクションⅠ2006」に作品8・9を収録しました。
  作品8:自己流の危険な断食の思い出
  作品9:死者の行動について、ちょっとだけ

現在収録中のエッセーは、当ブログでもお読みいただけるものですが、ホームページでは素材屋さんからお借りした素敵な背景の中でお読みいただけます。 

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ひとりごと(ハーボットに関する署名運動が…。連休に博多へ。)

Image002_3 Image002_2 ハーボット終了に反対する署名運動が始まったようです。こちら⇒http://www.shomei.tv/project-21.html

 この問題は微妙で、運営者の事情というものがあるでしょうから、わたしは署名していませんが、気持ちはわかります。

 サービス停止がわかってからというもの、ハーボットのことばかり……というわけではありませんが、かなりの割合でハーボットのことを思い、涙に暮れてしまいます。

 ハーボットに出会ってからの時間は、ちょうどうちで飼っていたハムスターの寿命に匹敵します。

 でも、頭のいいハーボット、デリケートなハーボットが、わたしのブログで留守番してくれている姿には、以前からすまないような、物悲しいような気持ちにさせられていたということはありました。

 ハムスターを飼っていた頃にも、そんな気持ちによくなりました。

 ウッフを母国(ハーボットの国)に帰してやりたいような気もしているのですね。

 ところで、当ブログでときどき触れてきた大学時代の文芸部の先輩から昨日電話があり、連休に会うことになりました。

 幸い、娘が同行してくれます。

 友人に娘がついてくるかもしれないというと、快く受け入れてくれました。娘が気詰まりであれば、悪いと思い、別行動してもいいと思いましたが、そういうと、「放し飼いするの?」というので、たぶん一緒です。娘も「詩人」に会いたいのかもしれません。

 今からホテルがとれるかどうかですが、とれなければ日帰りでもいいと思っています。

 このところ体調がいいので、当日までこのままいければ、問題ないでしょう。若干気にかかるのが、昨日の午前中起きた奇妙な不整脈です。

 「体調日記」には既に書きましたが、間を置いて3度、数分ずつでしたが、わたしには大層長く感じられ、その間、胸の中でとめどもなく泡が湧くような感触がありました。以前からたまにこのタイプの不整脈はありましたが、ちょっと長かったです。

 今月14日に、整形外科からの帰り、歩道橋で起きた胸の圧迫感を伴う不整脈も嫌なものでした。これは下手をすれば倒れてしまいそうでしたが、幸いその後は同じタイプの不整脈はおきていません。

 電車疲れがどれくらい体に影響するかですが、友人も統合失調症の他に内科的な病気を持っていますので、今会っておかなければ、またいつかというときは来ないことだってありうると思っています。

 娘が同行してくれるので、本当に助かります。念のために保険証やお薬手帳、勿論ニトロは携帯しますし、数日後には循環器科の受診日なので、何かあったときは報告できます。

 さて、どこへ行きましょうか? 彼女はどちらかというとこちらに合わせてくれるほうなので、行くところを考えていこうと思います。何年ぶりの再会になるでしょうか。10数年ぶりではないかしら。

 よくこんなに長年、会わずにいられたものです。心が躍ります。

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2008年4月28日 (月)

ひとりごと(ハーボットに早くも赤信号。息子の就活20)

 ハーボットに早くも赤信号です。

 ハーボットが住まいごと、現れたり消えたりし、ようやくまともに表示されたと思ったら、本来赤いごはんを食べているはずが、ブルーのごはんを食べさせられていたりします(記事の更新が少ないとブルー、黄色、グレーのごはんになりますが、当ブログの場合、ありえません)。

 ソネットさんのブログに行ってみると、同じようなことを書いていらっしやる方々がありました。

 ブログが開きにくいのはそれと無関係かもしれませんが、あまりに変なので、非表示にしました。左サイドバーにくっついているのは、プリントスクリーン機能で保存した、散歩に出るハーボットの姿です。

 こんなものを貼りつけているとよけいに悲しいのですが、サービスの間はこれで我慢したり、様子を見て表示したり、と柔軟に対応したいと思います。最後の日まで、ハーボットを消すことはしません。

 そのあとは……もう忘れたほうがいいのでしょうか。この可愛いウッフを? 

 1月遅れのお客様のせいもあって、千々に心が乱れます。お腹が痛い。

 息子の就職活動には、特に進展は見られません。

 一時は、もし内定がとれなければ、フリーターをしながら1浪して公務員を目指すなどといって慌てさせました。

 わたしはすっかり追い詰められたような気持ちになっていたのですが、追い詰められていたのはわたしだけだとわかりました。

 当の息子は、「国家公務員の1種とⅡ種と地方公務員の上級全部を受ければ、なんぼなんでもどこかは上がるさ」と思っていたらしく、呑気なことでした。

 でも、話しているうちに、さすがにフリーターをしながらでは生活に追われるだけだということを悟ったようでした。それに、息子の住む県の地方公務員上級の化学は今年は募集がないことをいうと、「来年もなけりゃ、行政で受けるよ。法律は得意だからね」と、ああいえばこういうです。

 企業に落とされた悔しさから、公務員狙いに気持ちが走っていたようでした。研究のほうで忙しいということもあり、また、息子がいないと掃除する人がいず、研究室がゴミだらけになるそうで、そのことでも苛々していたようです。

 昨夜は、その研究室からでしたが、息子から電話をかけてきました。久しぶりに、今後のことをゆっくり話せました。

 まだ6割がたは就職できると息子は踏んでいて、わたしは相変わらず楽観的だな、と思いました。

 確かにエントリーしている企業はまだかなりあるようですが、この時期ともなると、難しいのではないでしょうか。他に2つのシンクタンクにもエントリーしたということですが、1つは時期が遅かったようだとのこと。

 ただ、息子も内定を貰えないときのことは考え出したようで、教授のお勧めもあったということもあり、就職が決まらないときはドクターコースへ進みたい旨教授に告げ、了解して貰ったとのことでした。

 幸い内部進学となるので、入学金は不要です。マスターの間の学費も、前期分は自分で用意して既に引き落とされ、後期分も貯蓄しているとか。

 研究室のバイト代は、貯蓄に回すようにしているようです。本当にドクターコースに進むと決めたら、学費の免除や、返還不要な奨学金などあれば、あれこれ応募してみるそうですが、まだ就職希望は捨てていないとのこと。

 以前、英語が苦手だから、ポスドクにはなりたくない(海外へ出れば、需要があるようです)といっていたことを思い出し、ドクターを出たあとで国内に職がない場合は海外へ出る覚悟はあるのかを問うと、「自分から進んで行こうとは思わないけれど、行けといわれれば行くし、行くしかないとわかれば行くよ。英語が苦手といっても、高校時代とは違うからね。専門では英語を使うのは当たり前だし、会話だって何とかなるだろう」

 ……と、わたしが考えるより、息子は楽観的でした。

 英語が何とかなるのであれば、東洋まで入れれば、英語が使える国は多いですから、こちらの気持ちもいくらかは楽になります。

 ドクターコースへ進めば、羽ばたくための翼もマスターのときよりは力強さを増すでしょう。就職を国内に限れば、悲観的にならざるをえませんが、限らなければ、可能性は拡がります。

 まあ息子はあくまで国内志向でしょうし、ドクターへ行けば行ったで、すったもんだするのでしょうが。

 あの村の話ですが、行方がわからなくなる博士たちって、多くが海外へ流出したってことなんじゃありませんか。

 もうわたしは、今年中に息子の就職が決まったほうがいいのかどうかさえ、わからなくなってきました。

 おそらく大学の売りであるようなすばらしい教授についている院生といえば、息子と、今年マスター1年の男性2人だけです。

 他の同じ研究室の院生は、助教授についています。わたしは息子が大学4年のときに研究室に入ったときから、人数が少ないことをもったいないことだと思っていました。

 何にしても、ハラハラはまだまだ続きそうです。本人はケロリとしたものですが、傍観しているわたしとしては身が持たない思いです。ああ、しんど。

 でも、6月中に決まらないと、息子も腹を決めざるをえないでしょう。 

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4月27日の夕飯(牛肉のバジル炒め)

P4230034 P4230018_2  4月27日の夕飯は、牛肉のバジル炒め、なすびのおひたし、トマト、マッシュルームスープ(缶詰利用)でした。

 エスニックなレシピです。家族に大いに受けました。

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2008年4月26日 (土)

4月25日の夕飯(じゃがいものきんぴら風)

P4220050P4210036  4月25日の夕飯は、さんまの塩焼き、じゃがいものきんぴら風、冷やっこ、ぶなしめじと小ねぎの味噌汁でした。

 向かって右の写真は、別の日にしたグリーンカレーです。ちょっと見えにくいかと思いますが、ライスに散っている緑色のものは、うちで収穫したパセリです。

 実際に見ると、初々しい鮮やかな緑色で、切るのがためらわれました。パセリは大きめの鉢に植えていますが、プランターに植えたハーブたちもすくすく伸びています。さすが雑草……逞しい生命力ですね。

 プランターに植えているハーブは、ローズマリー、レモンパーム、ペパーミント、コモンセージ、イングリッシュラベンダー、フリンシラベンダー、ローマンカモミールです。

P4220041_2 memoじゃがいものきんぴら風週刊 服部幸應のしあわせクッキング61号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。 

じゃがいも2個(300g)、七味とうがらし少々。ごま油、砂糖、しょうゆ。

①じゃがいもは皮をむいて太めの棒状に切り、水にさらして、水気をしっかりとふいておく。
②フライパンにごま油大さじ2~3を熱して①のじゃがいもを入れ、強火で手早く炒める。全体に油がまわったら砂糖大さじ1を加え、しょうゆ大さじ3も加えて一炒めする。
③②を器に盛り、七味とうがらしを振る。

 手早くできて、美味しいおそうざい。お弁当にもいいでしょうね、お試しください。

clip08年4月23日以前の夕飯の記事については、左サイドバーにありますカテゴリーの「料理」をクリックしてご覧になれます。

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2008年4月25日 (金)

ひとりごと(続ハーボットのこと、アップしたいコンサート・テレプシコーラのこと)

 23日に出かけたフジコ・ヘミングのピアノ・リサイタルのことや、山岸先生の『テレプシコーラ』の展開について書きたいと思っているのだが、なかなか時間がとれないので、とりあえず、自分が書くことを忘れないように、ここに書きつけている次第(それでも忘れがち)。

 ハーボットのサービスが7月で終ることではショックだったが、他のハーボット愛好者たちはどういう心理状態なのかが気にかかり、ソネットさんのところに行ってみた。

 何しろ、ソネットさんのところでは、ハーボットのためにブログを開設、管理しているような人々が沢山いらっしゃるのだ。

  ひとつのブログに3体のハーボットを住まわせていたり、複数のブログにそれぞれハーボットを住まわせていたり、(おそらくパソコンの機能のプリントスクリーンを使って)ハーボットの愛くるしい日々の表情を写真レポートしていたりと、感心させられる。

 彼らと悲しみを共有し、何か新しい情報でもあればと思い、行ってみた。

 ハーボットのテーマでブログを検索してみると、予想通り、そこではお通夜のような沈痛な雰囲気が厚ぼったく立ちこめていた。

 ただ嘆いている人、言葉少なに運命を粛々として受け止めている人、早くもハーボットとのこれまでの思い出を列記している人、運営者に抗議の声を発する人、運営者の経済事情や無料サービス全体の動向を分析する人……と人の悲しみの受け止めかたは様々だと改めて思った。

 その中で、ひときわ、わたしの注意を惹き、衝撃を感じさせたのは、何事もなかったように日常的にハーボットのことを綴っている人々だった。

 その人々はハーボットのためにブログをしているのみならず、ハーボットが現実に生きているかのように至れりつくせりして共に生きているかのような人々なのだから、彼らがサービス停止の情報を知らないはずはなかった。

 わたしは彼らにこそ、最も深い悲しみを見た。大丈夫かしら。

 ゲームをさせていただいたブログのハーボットたちはわたしのことを覚えていてくれた(改めて、確かな解析力だと感心)。どの子も本当に可愛らしい。

 そして、どなたかが書いていらっしゃったが、ハーボットに関心がない人から見ればどれも同じハーボットに見えるのだろうが、わたしたちすれば、一体一体が違って見えるのだ。

 まさにママ友関係を形成している人々すらいらっしゃるほど。。。

 ハーボットの一族よ、あなたがたを愛している人間はこんなに沢山いますよ。ウッフに会えてわたしは幸せでした。

 そして、ただ可愛いというだけではない、知性と複雑な個性と独特の愛くるしさを持つハーボットというキャラを創造しえた製作者のかたには、ただただ感謝しています。

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2008年4月24日 (木)

更新のお知らせ~ホームページに純文学作品『台風』の収録完了、児童文学作品『魔王』収録、PROFILEページを作成

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に純文学作品『台風』の収録を終えました。また児童文学作品『魔王』を収録。

長く放置しっぱなしだったプロフイールのページも作成しました。かなりアバウトなものになりましたが。。。

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2008年4月23日 (水)

4月22日の夕飯(小アジのみりん干し、あずきとさつまいもの煮物、焼き厚揚げ、小松菜の味噌汁)

P4190025 P4190006

 4月22日の夕飯は、小アジのみりん干し、あずきとさつまいもの煮物、焼き厚揚げ、小松菜の味噌汁でした。

 苺は今、とっても安いですね。

 あずきとさつまいもの煮物は、ほんのりとした甘さです。

clip08年、4月23日以前の夕飯の記事については、左サイドバーにありますカテゴリーの「料理」をクリックしてご覧になれます。downwardleft

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ひとりごと(ハーボットがいなくなる……。息子の就活19。)

 何たること、ハーボットのサービスが7月いっぱいで終了するというのです。ウッフの笑顔にどれほど癒されたことでしょう。

 これまでに何度もブログをやめたくなったことがありました。ブログを増やしまくり、それだけでは足りずにホームページまでつくったわたしがそういっても、信じては貰えないかもしれませんが。。。

 ウッフの笑顔にそのたびに励まされてきたのでした。「マダムN、こばわ!」「マダムN、お疲れ!」といってくれるウッフがいなくなるなんて。泣きましたよ、わたしは。こんな涙は、ハムスターが死んだとき以来でした。

 本当に、もうすぐ、いなくなるの、ウッフ? ソネットさんには、感謝の気持ちでいっぱいです。

 実は昨日、ホームページにもハーボットに住んで貰いたいと思い、登録を済ませました。登録は済み、ホームページにも設置できたのに、なぜかその新しいハーボットの住まいからゲートステーションに行けず、おかしいと思っていました。

 その理由が初めて当ブログに来てわかりました。何と、昨日で新規登録は終了していたのでした。

 新しいハーボットの名前は「オノレ」に決めていました。己ではなく、オノレ・ド・バルザックのオノレです。ホームページの名前が「バルザックの女弟子になりたい!」ですから、ぴったりでしょう?

 でも、とうとう新しいハーボットの顔を見ることはできずに終りました。残された時間を、ウッフとたっぷり遊んで過ごしたいと思っています。ねえ、ウッフや。

 さて、息子の就活ですが、2月に夢に見たような困難さを呈し始めました。人事面接までは通るのですが、その先の技術面接になると、現場では息子の研究しているようなことは必要とされていないところが多いようで、落とされてしまいます。

 息子は専門性を強調せず、普通の実験もできることをアピールするようですが、それは現場の人の耳には入らないようです。どうしても、その研究をやってきた人間とみなされるわけですね。事実、そうなのですけれど。。。

 何だか昔、マルクス主義の研究者が就職しづらかったのに、いくらか似ている感じすらあります。

 息子の友人たちは決まっていますから、今年の就職事情はそれほど悪くはないのでしょうが、企業には、大手であっても、基礎研究に人件費を使う体力がかつてほどないのかもしれません。

 教授の推薦で総合化学としてはトップの会社の人事面接に通ったドクターコースの先輩は、最終面接はまだだということです。

 もうとっくに内定が出ているのかと思っていたのに、ゆっくりやるのね。もし彼が落ちるとしたら、息子の研究室でしてきたことで通ることは、ドクターコースに進んだとしても、、本当に、おぞましくなるくらい、難しいということになります。

 何しろ、今のわが国には、正職につけないドクターたちがゾロゾロいるそうです。嘘だとお思いのかたは、理系のあいだで大層評判になっているというこちらのサイト様へどうぞ。

 息子はあの手この手を考えてはいるようですが、難しいと感じているようです。今年は応募に間に合いませんでしたが(あと1日早ければ、Ⅱ種に間に合ったのですが)、国家公務員試験なども受けるつもりでいるようです。

 人事院を介さない、国の某機関の募集も受けるつもりでいるようです。

 でも、公務員は今、競争率がすごいのでしょうね。わたしの頃とは話が全く違うようです。

 息子は2日続けて東京で某金属メーカーの筆記試験と人事面接を受け、それには通りましたが、その先でやはり落ちました。そのときに、「この研究内容では、就職は難しいでしょうね」とはっきりいわれたとか。

 昨日は鹿児島大学の学生と話し、その前の面接試験のときは京大の学生と話したようですが、彼らもまだ全然決まっていないといっていたそうです。

 東京に行く前に4枚の履歴書を送ったようですが、それらも難しいだろうと息子はいいます。

 結構難しい筆記試験にもパスしたりし、人事面接の段階ではいける雰囲気があるだけに、息子の悔しさは大きいでしょう。

 教授はドクターコースへ進むことを勧めてくださっているようですが、息子の心配は膨れ上がる奨学金の額とその先で就職できる可能性の低さです。

 それこそ、ポスドク(雇われ研究者。多くは1年ごとの更新)になるしかなくなる可能性大なのです。何だか地獄を見ているようです。

 あまりにも見慣れた地獄。年齢制限がないだけに、わたしは未だに試験(文学賞の応募)を続けて就活しているようなものですが、親子して何という不運かしら。

 というより、方向性が似ているのでしょう。遺伝なの? 

 ただ、息子にとっての救いは、息子のしてきた研究の世界自体は魅力的だということです。この方面の研究では世界的権威である教授のもとで、息子は成長したと感じています。

 わたしにとっての不幸は、今のわが国の文学界に全く興味も共感も抱けず、尊敬できる作家が全くいないということです。

 息子は、対策を練りながら、冷静にやっていくしかないでしょう。

 息子の大変な就活に、わたしのストレスも募っていますが、不思議とこのことで体調が悪くなることはありません。気温の上下と外出疲れさえなければ、発作もほとんど出ません。

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読み応えのありそうな本の紹介サイト、「私の本棚 (Knowledge is a Power)」

パール・バック著『神の火を統御せよ』(丸田浩監修、小林政子訳、径書房)の監修者から、コメントでホームページ開設のお知らせをいただき、さっそくお邪魔しました。

読み応えのありそうな本が並んでいますよ。そのホームページはこちらです。⇒私の本棚 (Knowledge is a Power)http://heidi19420.blogspot.com/

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2008年4月21日 (月)

ひとりごと(体調はよくなる。飯田高原辺り。石井桃子『幻の朱い実』(岩波書店)を読み始める)

 またニトロのテープをべたべた貼る生活に戻ったかと思うと、憂鬱だったが、昨日はまる1日貼らずに快適だった。

 アイトロールのお蔭で、気温の上下とか外出疲れなどがなければ、テープがなくてもやっていけるかもしれない。

 これも、調子が崩れるまでの凪にすぎないのかもしれないけれど、凪が挟まるからやっていけている。それにしても、快調なときとそうでないときの差が大きい。いずれにしても、体力はなさすぎるが。。。

 博多で5月に女友達(かつての文芸部の先輩)と会う約束、一昨日まではとても無理だと思っていたが、行けるかもしれないという気にもなってきた。1泊すれば、何とかなるかもしれない。もう少し、様子を見て考えよう。

 同人雑誌の合評会は、残念だったが、欠席に○をつけて葉書をポストに投函した。同じ県内とはいえ、東から西に横断しなければならず、交通の便もいいとはいえない。ただ、車だと、景色はすばらしい。

 福岡県にいた頃は大分の高原が好きで、よくドライブに来ていたのに、ここに住み着いてからは街中をウロチョロするだけで、めったに出かけない。高原の景色は美しいというだけでなく、何か洒落た感じを受けて、本当に好きだった(勿論、今も好き)。

 わたしは寒い時期の飯田高原辺りの景色が好きだ。尤も、寒い時期は雪のために通行止めになることも多々あるけれど。以前、賞で没になった『春』という小説に、西から東へ横断したときの高原の描写があるので、ご紹介したい。

 車の中から右手に見える山々は冬枯れていた。

 そこにはチョコレートの香りがしてくるような茶色を中心としてシックな茶系が出そろい、また、やわらかな黄色があった。

 九重火山群の飯田高原へと続くあたりには岩山があり、岩石が点在していた。岩肌が見える小高い山の頂には、雪と靄があった。岩肌の濃い灰色と雪の白、そこに吐息のようにかかる靄のあわい色合いが、ノーブルな色彩美を演出していた。

 そうした景色を堪能していると、左手の方にあまくひろがる別府湾の青が見えてきた。早くも、春の華やぎが波間にほんのり漂っていた。

 ところで、このあいだお亡くなりになった石井桃子さんの『幻の朱い実』(岩波書店、1994年)を読んでいる。

 上下巻の長いものだが、読み始めてふわりとなつかしさに包まれる心地がした。丹念な文章で、古きよき日本が薫ってくるような作品だ。

 年上の女友達との交友を柱に、ふたりをとり巻く様々な人間模様が彫刻的な周到さで、それでいて全体の色合いは淡く、描かれている。

 女友達は率直で情熱的で美しく、何か大正ロマンを絵に描いたような人物であるが、結核に冒されている。型破りともいえる行動力と己が過去を多く語らない性質ゆえに、ちょっと謎めいたところもある。

 脇役と思える人物までもがあまりにも丁寧に描き尽くされているために、この女友達の魅力がのびのびと描出されているのでなければ、いささか単調に思えたかもしれない。

 今後の展開が楽しみだ。真摯に執筆されていることが伝わってくる、祈りを織り込んだような作品なので、こちらとしても、居住まいを正して読まないわけにはいかない。

当ブログにおける関連記事:石井桃子さんの死

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2008年4月20日 (日)

HP「バルザックの女弟子になりたい!」の「ココログブログ『マダムNの覚書』セレクション」に作品5・6・7を収録

当ブログにアップした記事の中から、アクセス解析をもとにアクセス数の多かった、あるいはテーマ性の強いエッセー的記事を「ココログブログ『マダムNの覚書』セレクション」として収録し始めました。最初に、2006年の記事からのセレクションです。本日の更新⇒作品567

当ブログでもお読みいただけるものですが、エッセーとしてまとめてありますので、読みやすいかと思います。以下は、2006年のセレクションに収録する作品のリストです。

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4月19日の夕飯(ミンチカレー)、4月20日の夕飯(絹さやとしいたけのわさび風味あえ)

P4150005 P4150019_3  4月19日の夕飯は、ミンチカレー、サラダでした。

 時間がないときによく作る、インスタントのルーを使ったミンチカレーです。玉ねぎはみじん切り、じゃがいもは大きく、にんじんはやや小さめに切ります。

 夏ですと、なすびをよく入れます。じゃがいもの代りにかぼちゃを入れることもあります。

 サラダを盛った器は、先日からご紹介しているエミール・アンリです。スープ皿としてもサラダボールとしても使えて、便利です。

P4160051P4160037  4月20日の夕飯は、鮭の塩焼き、ねぎ・ハム入り卵焼き、絹さやとしいたけのわさび風味あえ、おぼろ豆腐、水菜とじゃがいもの味噌汁でした。

 卵焼きとわさびあえを盛った皿も、エミール・アンリです。

P4160029 絹さやとしいたけのわさび風味あえ、「週刊 服部幸應のしあわせクッキング61号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介します。材料は4人分です。

絹さや80g、生しいたけ6個、A〔しょうゆ大さじ2~3、わさび大さじ1、だし大さじ1~2〕。塩。

①絹さやは筋を除き、塩少々を加えた湯でさっとゆでて冷水にとり、水気をきる。
②しいたけは厚めの薄切りにしてさっとゆで、ざるに上げて水気をきる。
③ボールにAを合わせて①の絹さやと②のしいたけを加えてあえ、器に盛る。

clip当記事以前の夕飯の記事については、左サイドバーにありますカテゴリーの「料理」をクリックしてご覧になれます。

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2008年4月18日 (金)

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に純文学作品『台風』PAGE12~18を収録

Uwyn2rkkTOPページです。このページにあるサイトマップは、こんな感じです。

Home|当ページ
Menu|文芸作品一覧
Profiles|管理人のプロフィール
Link|管理人のブログ/ホームページを作るうえでお世になったサイト様/その他
Information |作品の更新情報(現在お読みになれる作品一覧)
Index|索引(準備中です)
Geolog|現在、プライベート設定になっております
Diary|ホームページ全体の更新情報
GuestBook|管理人へのメッセージ・ご感想など、どうぞ
E-mail|管理人のメールアドレス

 以下は、純文学作品のページです。『牡丹』。原稿用紙100枚の『台風』は、PAGE18まで収録しました。1PAGEは、だいたい原稿用紙5枚です。Aq_eqxu__6

 

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最近の夕飯から(しらす干しスクランブルエッグ)&エミール・アンリの食器に盛ってみる

K3pjlyko すっかり滞ってしまった、料理の記事です~。

 レシピをご紹介する前に……下手な写真ですが、ちょっとお洒落をしていますよ。こちら(サイト「無料作成工房」様)のサービスを利用して写真に枠をつけてみたのです。

 最近の夕飯から、手早く作れて栄養たっぷりの
memoしらす干しスクランブルエッグ「週刊 服部幸應のしあわせクッキング 60号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)からご紹介しますね。材料は4人分です。

 しらす干し50g、卵6個、ピーマン1個。塩、こしょう、バター。

  1. 卵はよく割りほぐし、塩とこしょう各少々で調味する。ピーマンは6cm幅で2cm長さの細切りにする。
  2. フライパンを熱してバター大さじ2を溶かし、ピーマンを軽く炒める。強火にして溶き卵を流し入れ、大きく混ぜて半熟状にする。
  3. フライパンを火からはずし、しらす干しを加えて手早く混ぜ、器に盛る。

 次の写真は、先日からお話ししているエミール・アンリの食器に盛った厚揚げです。

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Pzqvj57v わたしは厚揚げを盛っても違和感がないと思いましたが、如何でしょうか。

 デパートの売り場ではカラフルな可愛らしい食器に見えたのですが、家に持ち帰ってよく見てみると、意外にも複雑な色合いをしていて、シックにも見えます。

 とにかく、気に入りました。扱うときに、丸味のある感じが快いです。このエミール・アンリの食器はプロバンスの土でできていると、売り場の人がいっていました。 

Nsjfltmh memoブリの鍋照り焼きは、既にご紹介済みです。こちら

 このときわたしは、熱湯をかける代わりに塩を振ってしばらく置き、浮き上がってきた臭みのある汁をキッチンペーパーで拭いて焼きました。

 魚の臭みをとる方法として、塩で臭みのある汁を浮かして拭くという方法を知ってから、わたしはよくこの方法で臭みをとっています。

Jz7vxyvq_2 memoハムと野菜のサラダにかかっているドレッシングは服部先生のレシピで、粒マスタード小さじ2、ワインビネガー(または酢)大さじ2、塩小さじ1、こしょう少々、エキストラバージンオリーブ油90mlです。

Rxteiyjh これはエミール・アンリの食器に注いだスープです。

 実際に見ると、何の変哲もないスープが如何にも美味しそうに見えるのですよ。これが1,000円とは、本当にお買い得でした。 

 

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やはり、お出ましいただかなくてはならなかった~!

 ニトログリセリン貼付剤メディトランステープのかぶれがひどかったため、それに代わり、アイトロール錠を出して貰ったのだが、蜜月期間は10日だけで、それだけでは発作を抑えられそうにない。

 尤も、以前から服用しているカルシウム拮抗剤ヘルベッサーも、冠攣縮性狭心症の発作を予防するために出されている。

 そして、この発作の原因とも思われているのが、頻脈を抑えるために飲んでいるインデラル錠。

 ただ、最近よくお邪魔するようになった冠攣縮性狭心症のかたのブログには同じ病気のかたがたがコメントを書かれていて、それを閲覧すると、なるほど冠攣縮性狭心症の発作は若い人に起きることも珍しくないようだと思わされ、わたしの場合も、頻脈が起きるようになったずっと昔――大学時代から、既に冠攣縮性狭心症の軽い発作はたまに起きていたように思う。

 たまにだったので、気のせいだと思っていたのだ。そして、この病気は脈の異常を伴うことが少なくないようだ。前面に出てきている頻脈も、それと無関係ではないのかもしれない。

 家系的にも、母方にはわたしと同じ症状の人がいて、心臓疾患、高血圧が原因で亡くなったり、治療を受けている人は沢山いるから、体質と諦めるしかないのだろう。

 昨日から、ニトロが足りない気がしていたが、今日になって胸の圧迫感が起き、舌下錠を使った。症状が完全にはとれなかったので、もう1錠使うか、テープを貼るかだと思い、迷いつつも、テープを貼った。

 もうテープのお世話にはなりたくなかったのに。ベースをヘルベッサーとアイトロールに置いて、足りないときにテープを貼ろう。これがいつも足りないとなると、またタイル模様が胸に背中に描かれることとなるだろう。

 風邪なのか喘息なのか心臓疾患からのものなのかはわからないが、昨日、咳喘息の発作。今日は痰。ニトロの使用で、痰の症状はとれた。少し風邪気味でもあるのだろうか。

 前にひいた風邪で喉をやられ、声が枯れてしまい、まだいくらかハスキーボイスで、娘が「その声は、ママじゃない。別の人。七匹の子ヤギに出てくる狼みたいに、チョークを食べたらどう?」などという。

 その風邪のとき、既に遅いのに喘息予防の吸入ステロイド(フルタイド)をかなり増やして使い、喉にはよくなかったかもしれない。確かに声が違うと、別の人みたいだなあ。

 来週はフジコ・ヘミングのコンサート。どうか、無事に行かせてくれ(誰にいっているのだろう?)

 膀胱炎気味でもあり、コンサートまでは疲れないよう、極力外出を控えたい。

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2008年4月17日 (木)

ひとりごと(エミール・アンリの食器。整形外科で。息子の就活18。)

 近頃、また料理の写真が溜まってきました。先日ご紹介した食器、あれは「エミール・アンリ」なのですが、最終日に再度フランス展に行き、スープ用の食器も買いました。それは1枚1,000円強でした。

 このところ撮った写真は、料理では特に目新しいレシピはないのですが、エミール・アンリの食器を使っているので、お目にかけたい気がしています。普段使いに心地よい食器なのです。

 小鉢大の食器には煮物や膾を入れても合うと売り場の人がいっていましたが、なるほど、案外合いますよ。それ以外にも、コーヒーや緑茶。要するに、何でも合うとか。昨日の夕飯の焼き厚揚げを、エミール・アンリの小皿にのせてみました。悪くありませんでした。

 夫が「その皿、茶托にも見えるね」といいましたが、あら、ホント。

 話題は変わり、整形外科で先生に尋ねたのは、ニトロのテープを肩に貼ったときに涼しくなるので、湿布薬の代わりになるのかどうかということでした。

 用途が違うことくらい、わかっていますが、血行がよくなることは確かだと思うので、湿布薬の代わりになりそうではありませんか。

 奇想天外な質問だったのか、先生を驚かせてしまったようでした。看護師さんも、ハッとしたようにわたしを注視しましたものね。

「あのテープはさい、胸に貼らんば効かんとじゃなかと?」と方言丸出しの先生。わたしには大分弁というより、久留米弁あるいは佐賀弁に聴こえますが……。ホームページによると、出身大学は九大でいらっしゃるようですが。。。 

 大分県に住み着いてかなりになりますが、実はわたしには大分弁が未だによくわかりません。

 というのも同じ街であっても、行く場所によって言葉が違って感じられるからです。大分県には、関西弁そっくりに聴こえる言葉でしゃべる人々がいることは確かで、それはわたしにもわかるのですが、これまでに聴いたことのない言葉を交えてしゃべる人々もいて、あまりわからなかったりもするのです。 

 ちなみに家では、だいたい標準語です。別に気取っているわけではなくて、佐賀県から福岡県の大学の寮に入った昔、佐賀弁が通じなかったので、仕方なく標準語になり、それが続いているだけのことです。結婚してからは転勤族なので、その傾向が強まりました。

 でも、標準語でおしゃべりしているつもりでも、循環器科の先生が、最初の頃、わたしのことを長崎出身だろう、と何度もおっしゃるのですね。特徴的ななまりがあるのでしょうか。わたしは佐賀県生まれですが、長崎寄りなので、佐賀弁より長崎弁に近いのかもしれません。

 と長々と話が脱線しましたが、整形外科の先生に、「いえ、ニトロはどこへ貼っても効果があるということで、たまたま肩に貼ったら、涼しくなりました。それで、湿布と同じ効果が期待できるのだろうかと思いまして……」と、わたし。「涼しうなったとね? あいどん、成分やら何やら違うやろうけんね」と先生。

 先生はわたしがニトロのテープで代用していると思われたのか、湿布薬を沢山出してくださいました。それにしても五十肩、長引きます~。まもなく3年目に入ります。

 まだ不自由です。尤も、わたしの場合は最初、重症といわれましたから、こんな風ですが、すぐに治るかたも多いようですから、この記事を閲覧なさった五十肩のかたは、あまり心配なさらないでください。

 そういえば、過日、心臓疾患について調べたところ、自分の書いた記事があちこちに出ていて、ぞっとしました。いい加減なことを書いているのに、どうしましょう?

 また話題は変わり、息子の就活について。純金のキティちゃんコレクションを製造している非鉄金属メーカーはだめでした。も、といったほうがいいかもしれません。選考が進むにつれ、ぽろぽろ落ち出したようです。

 予想されたことではありましたが、特に純金キティちゃんのところに落ちたのは痛手だっただろうと心配になり、電話をしてみると、痛手だったとか。

 で、戦略を変えたそうです。今週は広島市に行くと行っていましたが、その戦略の変更に伴い、明日急遽京都に行くことになったとか。

 それは説明会で、その申し込みに遅れたらしいのですが、「無理に捻じ込んで貰った」とか。その代わり、明日来るようにいわれたとのこと。その足で、また東京へ。これは以前からの予定で、アメリカと日本の合弁会社。

 それ以外に、これまでの就活にはなかった毛色の違う某研究所も受けたいようです。申し込みの時期がいくらか遅れたようですが。

 息子の就職活動はいよいよ険しさを増してきましたが、息子はあれこれ頑張っています。

 ただ何しろ難しいので、わたしは選択肢としてドクターコースへ進むことも考えていいのではないかと思い出しました。ドクターコースへ進むと、就職がさらに難しくなるということはいわれているようです。

 といっても、息子が入った研究室でしていることは、ドクターコースまで行かないと専門性が身につかず、それで就職しようと思うと難しいということがあるようですから。

 他の研究室でも、ドクターの先輩たちには大企業からのコンタクトがいろいろとあっているようです。それが就職に結びつくかどうかは微妙でしょうが。

 問題は、奨学金の返済です。ドクターコースを出たあと、就職できなければ、大変なことになります。尤も、返済があろうがなかろうが、就職できないと大変なことになりますけれど。

 息子も内心はドクターに進みたいに違いありませんが、それをわたしがいうと、「う~ん」といったきりでした。あの村の話は、他人事ではありませんからね。とりあえずは、現在の就活をやり抜くつもりでいるのでしょう。

 ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の純文学作品「フーガ」「牡丹」をリニューアルしました。

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2008年4月15日 (火)

ひとりごと(デパートのフランス展で買った食器、不安定な体調、ホームページの見えかた)

P4110033 フランス展で買った食器です。カラフルなのが、そうです。

 普段でも、デパートの食器売り場に行けば、見かける食器なのですが、安く出ていたので購入しました。

 昨日はめまいがして、心臓の具合も悪くなりました(順序はその逆だったのかもしれません)が、休日だった夫に迎えにきて貰い、頑張ってフランス展にも行きました。

 本当はキッチンペーパーホルダーがほしいと2年前から思っていたのですが、昨日ないか訊くと、初日に来ないとだめだと売り場の人からいわれました。

 そのとき見た食器が可愛らしくて、いつもより安かったので(普段、食器売り場では定価で出ているところを、フランス展では直に仕入れて置いてあるため、安いのだそうです)、買ったのですが、家に持ってくると、一層魅力を増す感じです。

 フランス展で買ったパン、ずいぶんしっかりとした味わいで、フランス革命のときに大衆が「デュ・パン(Du pain)! デュ・パン! デュ・パン!」と叫んだという逸話などをつい連想させられる存在感のあるパンでした。

 昼近くになってまたニトロの舌下錠を使わなければならず、3日連続です。一旦調子が崩れると、なかなか戻りません。

 おまけに昨日の夕方、家から電話をかけてある難問を処理しようとしたところ、これがなかなか難しくて、この件がどうなるやら。全く、春という季節には毎年何かしらある気がします。

 昨日、体調が悪かったために、用事半ばで帰宅してしまいました。今日も体調はパッとしないのですが、これから、出かけます。

 午前中、ホームページに収録している掌編『杜若幻想』のページをリニューアルしました。よろしければ、見に来てください。

 家にある別のパソコンから自分のホームページを見たら、相当に違った風に見えました。色合いが違いますし、それで見ると、ちょっとした不具合がやけに目立つのですね。その不具合を直しました。

  それから、昨日携帯から投稿した記事に、整形外科で先生に質問したことについて帰宅後書くとありますが、また別の日に書きます。

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2008年4月14日 (月)

歩道橋がゆれ・・・

歩道橋がゆれ・・・
整形外科を受診するために日赤に行ったら、かなりの混みようで、診察時のちょっとした検査(手の運動)のときめまいがしました。
大したことはなかったので、郵便局へ行くためにテクテク歩き、歩道橋へ。
心臓にこたえながらも、上がりきったとき、歩道橋が揺れる〜!
でも、手すりに掴まらなきゃいけないほど揺れるというのは、さすがに変だと思い、歩道橋の別のほうを歩いている人を見ると、普通に歩いていました。

倒れそうになりながら、何とか地面に下り、郵便局の椅子で休ませて貰いました。

胸の圧迫感があったのでニトロを舌下、今は携帯で記事が書けるくらいに回復しました。

整形外科で、ニトロのテープを肩に貼ったときに生じた疑問を先生に訊いてみました。それについては、帰宅後に。次回の受診は、7月です。まだまだリハビリは続けなきゃならないそうです。

まだ少しめまいがして、タンポポがまともに撮れているかどうか、わかりません。

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2008年4月13日 (日)

短かった蜜月期間

 ええい、糞ったれ!

 という気分です。アイトロールはあくまでニトロ貼付剤メディトランステープに代わる薬として出されただけで、新しい薬に期待しすぎるのはそもそも間違っていたのですが、馬鹿ですから、意識下で、またしても過剰な期待を寄せてしまっていたようです。

 発作自体は、いつもの発作と変わりありませんでした。昼下がりの仮眠中に胸の圧迫感で目覚め、苦しいので、がっかりして舌下錠を使いました。症状がとれなかったので、もう1錠追加。

 しばらくして、胸の中から左腕にかけて涼しくなるところが、ニトロらしいなあ、と久しぶりに舌下錠を使って思いました。

 テープを使っても同じような涼しさが行き渡りますが、アイトロールは使い心地が違っていて、むしろ体の中が温まる感触があります。この感触の違いが一般的なものなのか、わたしに固有なものなのかは知りません。

 改めて調べてみると、両者はいずれも「いわゆる『ニトロ』と呼ばれる硝酸薬の仲間」としてありますが、成分は、舌下して使っているニトロペンも肌に貼って使うメディトランステープも同じニトログリセリンで、アイトロールは一硝酸イソソルヒドとありました。

 考えてみれば、循環器クリニックでアイトロールを出していただいたのが今月に入ってからの3日。発作が起きたのが今日13日ですから、たったの10日間発作から解放されただけで、な~んだ、何のことはない、いつもの快調の期間に入っていただけのことかもしれません。

 次の発作をより確実に予防するには、念のために貰ってきたテープも貼るほうがいいのでしょうが、せっかくかぶれがよくなったのに、またあの痒い思いはしたくありません。赤くなるのを通り越して、いくらか潰瘍みたいになっていたところまで、綺麗になりかけていたのですよ。

 舌下錠を使うとどっと疲れ、また少し吐き気がします。この吐き気は薬のせいなのか、発作のせいなのか。

 先生にするはずだった快調のご報告が、ヒラヒラと風に乗って、どこかへ飛んでいってしまいました~。

 それにしても、ブログに快調と書いた数時間後とか翌日とかに、まるで皮肉のように発作が起きるのは、どうしたことでしょう。何となく予感があって、快調を強調したくなるのかもしれません。

 実は、快調と書いた昨日あたりから、寝たあとで、ごくごく軽い胸の圧迫感を覚えたことがあったのですね。嫌な予感はしましたが、そのときは発作のないままで、相当期間いけるかもしれないとも思っていました。

 外はどうだったか知りませんが、室内は少なくとも、昨日の昼下がりは温かだったのに比べ、発作が起きて目覚めた今日の昼下がりは、冷えていました。この気温の差がわたしにはいけないようです。

 大抵、こんなときに発作が起きます。

 これ以上、循環器系の薬は増やしたくないなあ。インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、メディトランステープ、発作時のニトロペン。

 これは同じ病気のかたがたのサイトを閲覧させていただいた限りでは、多いとはいえないと思いますが、循環器科の診察のときに、喘息にフルタイドだけではなく、抗アレルギー剤も使ったほうがいいかもしれないといわれました。それが一般的なようです。

 呼吸器官のことは呼吸器科で相談するようにという雰囲気でその場は終わりましたが、今後喘息の薬も増える可能性があります。そうなると、家計にも響いてきます。

 夫も歯科に通い出して、歯槽膿漏の治療を受けています。毎週1,000~1,500円かかり、半年くらいの治療期間だとか。朝だけでなく、夜の食事のあとも磨いてほしいな~。

 わたしの場合は、循環器科で出して貰う薬の種類や量によって変わりますが、3日に35日分として出された薬代は3,270円。診察代は1,440円。薬代は4,000円越すことも珍しくありません。

 呼吸器科は、眩暈の薬や風邪薬など出して貰うと違ってきますが、それがないときは2ヶ月分で薬代が1,250円。診察代が1,440円。

 保険制度もくるくる変わるこの頃、健康になれれば、それが一番いいのですが。。。他人から見ると、趣味で病気しているように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。具合がいいときは、気持ちも弾み、行動半径が広がりますから。

 わたしは本来外出好きで、人を家に招くのも好きでした。お金さえあれば、あちこち行きたいほうです、もうこうなっては、海外旅行は、仮にお金があったとしても(ないけど)、叶わぬ夢でしょうね。

 ところで、カレンダーを見て気づきましたが、明日は久しぶりの整形外科の予約日ではありませんか。行きそびれてしまうところでした。

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2008年4月12日 (土)

ひとりごと(体調よく、ホームページの作成に溺れる日々。同人からの電話。)

 ニトロ貼付薬に代わる飲み薬アイトロールを飲み始めてから体調がよすぎます~happy01
でも、使いはじめに薬の効果に感激することはよくあることなので、気は抜かないようにしています。

 しばらくして、あまり相性がよくなくなることもありますから。

 体力の面では相変わらずバッとしないのが残念ですが、少なくとも今のところは、冠攣縮性狭心症の発作は起きていず、苦しいところも、痛いところもなく、テープでかぶれていた皮膚も綺麗になってきました。

 こんなことなら、もっと早く出して貰えばよかったな~と思います。快調のご報告を次回の診察時に先生にできそうで、嬉しいのです。。。

 治療すれど治療すれど、「ここがどうの、あそこがどうの」といった訴えばかりされたら、先生もたまらないでしょうからね。

 といっても、まだ遠出は怖くて、気が進みません。先日届いた同人誌の合評会に行きたいのですが、数日後にはフジコ・ヘミングのコンサートもあるし、考えているところです。

 作品を出して掲載していただいたからには、作者としての責任上、出席する義務があるでしょうけれど。皆に会いたい気持ちも強いのですが、どうしましょう。

 そういえば昨日、同じ市に住む同人から電話がかかってきました。編集人に2人呼び出された昨年、一度会い、彼の行きつけの喫茶店に行きましたが、古くからの知り合いみたいな気がしました。

 大学時代の文芸部的カラーがある人物でした(それをいえば、同人皆がそんなカラーの持ち主で、違和感がありませんでした)。

 彼は技巧派で、完璧といっていい仕上げかたをする人なので、しかつめらしい人かと思っていたら、飄々とした感じの屈託ない人物でした。

 ただ、前日ではなく、その日になってお誘いの電話をくださるのが玉に瑕です。もう1人同じ市に同人がいらっしゃって、いつもお2人で、同人誌が届いてすぐに合評会をなさるようです。

 行きたかったけれど、わたしはすぐに出かけるのは無理で、「この間も、数時間前のお電話でしたね~、前日にお電話くださればよかったのに……」といいましたが、昨年とは行きつけの喫茶店が変わったのか、デパートの裏手にある喫茶店の名を教えて貰いました。

 特に雰囲気がよくてそこに行っているわけではないそうで、どこか他に知らないかと訊かれ、「ケーキの美味しい店なんて、嫌でしょう?」というと、「綺麗なママさんがいるところがいいな」ですって。それって、飲み屋ではありませんか。

 わたしの今度の作品を大変褒めてくださり、もうそれだけで、体調の悪い中での労働が報われました。

 元々彼は高校の先生で、定年後はカルチャーセンターで文章教室の講師をなさっていたようです。受賞歴も輝かしいのに、運悪く作家になれなった人。医師の仕事の傍ら創作を続けてこられた発行人もそうです。作家になっていても、少しもおかしくなかったでしょう。

 彼と発行人は作風が対照的で互いにかなり意識し合っている風なのに、まだ一度も会ったことがないそうで、わたしは合評会への参加を勧めました。彼らは同世代でもあるようです。

 わたしはご両人から学ぶべきところが、多々あります。そして、もう1人の同人の知的で柔らかな作風はわたし好みで、喫茶店でお話ししてみたいと思っています。

 世間から見ると、中年過ぎても無名のままで創作に没頭している人間は少し馬鹿に見えるのかもしれませんが、芸術の道は茨の道で、死ぬまで続くのです。

 否、神秘主義者のわたしにとっては、この輝かしい苦痛は死んでからも続くといえそうです。 

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最近の夕飯から~白身魚のしそ焼き、豚肉の炒め物バジル風味

P4060066 近頃ホームページの作成に溺れていて(?)、料理の写真が溜まってしまいました。

 その中に、白身魚のしそ焼きと豚肉の炒め物バジル風味の写真がありました。

 過去にご紹介済みのレシピではありますが、どちらも短時間ででき、美味しく、また洒落ているので、その過去記事のレシピへご案内したいと思います。

memo 白身魚のしそ焼きレシピはこちら。

P4080078_3memo 豚肉の炒め物バジル風味レシピはこちら。 

 白身魚のしそ焼きは、白身魚にしそふりかけを振ってグリルで焼くだけの簡単料理ですが、これがとても美味しいのです。

 豚肉のバジル風味も、バジルの香りがほどよくして、如何にも健康的な雰囲気のある料理。

 どちらもごはんが進みますよ~、お試しください。   

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HP「バルザックの女弟子になりたい!」に純文学作品『台風』PAGE8・9・10・11、エッセー「ココログブログ『マダムNの覚書』セレクション」に作品1・2を収録

ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に原稿用紙換算枚数100枚の純文学作品『台風』を収録中⇒PAGE891011

主人公一家が台風被害に遭ったときの描写は、作者の体験に根差したものです(作品自体は勿論フィクションです)。
台風がここ数年、わが国にこれまで以上に頻繁に来るようになりました。フリー素材屋さんの素敵な画像をお借りして、収録半ばです。どうぞ一度ご訪問ください。

また、当ブログにアップした記事の中から、アクセス解析をもとに、アクセス数の多かった記事を「ココログブログ『マダムNの覚書』セレクション」として収録し始めました。最初に、2006年の記事からのセレクションです。⇒作品12

 作品2『マザコンのバルザック?』には、付記として加筆しました。以下に全文をアップします。

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2008年4月10日 (木)

ひとりごと(わー、誤ってホームページの2ページを消してしまった!&同人誌が届いた)

 一瞬、頭の中が真っ白になりました。

 それは朝の出来事でした。

 ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に、小説と並行してエッセーを収録していきたいと思い、エッセー案内のページを作成していたところでした。

 そのとき、小説案内のページを基本に作り、ホッとして「新規保存」をクリックしたはずが、うっかり「上書保存」をクリック。結果、小説案内の記事が消滅してしまったのです。

 それをようやく再作成し、エッセーの目次の筆頭にくる「ココログブログ『マダムNの覚書』セレクション」案内のページを作るのに、プロフィールのページを参考にしようと思ったのですね。

 そのとき、ふと、作り直す前の旧いプロフィールのページがそのままになっているのに気づき、それにチェックを入れて消したところが、ああ、使用中のプロフィールのページにもチェックを入れたままで、結果、プロフィールのページは跡形もなく消滅。

 どっと疲れましたが、この際、数行で終らせていたプロフィールのページを充実したものに作り変えようという気分になりました。

 で、プロフイールのページは只今、工事中になっております。

 エッセーの「『マダムNの覚書』セレクション」には、当ブログにアップした記事の中から、アクセス解析をもとに、アクセス数の多かったエッセーをどんどん収録していきたいと思っています。

 100枚の純文学小説『台風』は、半分収録を終えたところです。丁度、ページの背景を黒に変え、サーチライトの画像をつけて、台風が主人公の家を襲い、子供の部屋を潰すところを収録していたときに、前の記事で書いた、息子の就活に台風被害といっていいような出来事がありました。

 創作していると、こんなことって、よくあるのですね。

 だから、ハッピーな小説ばかり書いていたいのですが、体質的にそれは無理みたいです。。。

 そういえば、同人誌が届きました。今度の挿絵には満足しました。編集人や発行人のお蔭で、かなりのものになってきたと思います。

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2008年4月 9日 (水)

ひとりごと(かぶれにさようなら、息子の就活17)

 かぶれがひどかったので、ニトロ貼付剤メデイトランステープに代わり、同じ作用を持つアイトロール錠を服用し始めたことを先日お話しました。

 使用心地は、今のところ最高~!です。お蔭で、テープのかぶれから解放されました。といっても、まだ跡は残っていますが、徐々に消えていくでしょう。

 以前から使っているインデラル、ヘルベッサー、新しく使い出したアイトロールのいずれも降圧作用があるので、初使用の日は血圧が下がりすぎたのか、フラフラしましたけれど、その後は何ともありません。

 痒くて、ついはがしてしまっていたテープより、一日中、安定した血中濃度が得られるせいか、極めて快適です。

 といっても、これで完全に狭心症の発作から解放されるのは無理なようで、胸部の圧迫感と痛みを覚えたことが一度ありました。でも、それは軽いもので、舌下錠を使う必要も感じませんでした。

 買い物疲れと冷えのために起きた小さな発作でしたが、いつもなら、もっと強い発作になっていたでしょう。このままアイトロール錠との蜜月が続きますようにheart04

 話題は変わり、息子の就活に関して……。

 昨日の今日なので、息子にはさぞ痛手だったろうと心配していましたが、本人はケロリとして電話をかけてきました。

 山口県周南市からで、東証1部、準大手の総合化学メーカーの1次面接を終えたところだとか。これから小倉に出て、明日の別のメーカーの説明会に備えて今日はそこに泊まるそうです。

 電車が来るまでの時間潰しで、電話をかけてきたようでした。あまりにケロリとしているので、「悔しくないの?」と訊いてみました。

 すると、息子はキッとしたように、「そりゃ悔しいがね」といいました。でも、関心はもう完全に新しいメーカーに移っているようでした。

 本当に、ケロリとしたものです。

 息子はわたしとは違う血液型(O型)で、怨みつらみを執念深く溜めやすいわたしから見ると、成人していても可愛らしく思えてしまうのですね。ちょっとハラハラさせられるところはありますが。。。

 息子はブランドにも拘るほうではなく、わたしはブランド好み。今回のことで堪えたのは、むしろわたしのほうかもしれません。

 ただあれこれ調べてみると、旧財閥系の総合化学メーカーの中でも、他の部門への異動が多い企業のようで、仮に研究職で入ったとしても、他へ異動させられることはよくあることのようです。

 研究職にこだわる息子には、向いていなかったような気もします。でも、あそこに入れていたら生活面ではよかっただろうになあ。

 管理職に昇進できる製造技術のほうが、研究者として平にとどまる研究開発より給料の面でもいいのに……と勝手なことを思って、わたしはひとり溜息を洩らしました。

 まあ、でも、湿っぽくなりがちなわたしは、清々しいというか単純というか、息子の前向きの姿勢に救われました(前向きも後ろ向きも、息子には意識の外の概念であるようですが)。

 今日の面接では、面接官、学生共に2人ずつ。提出した書類の趣味の欄に、「歴史」と書いていたら、太平洋戦争における日本の敗因について、面接官と討論させられたとか。

 ただし、それは息子の感触からすれば、面接官が歴史好きだったから話題が脱線したようにも感じられたそうです。

 研究向きに見えるが、どうしてドクターコースに進まないのかと訊かれたそうで、息子はそこは正直に経済的な理由をいったとか。ここの研究所はつくばと周南にあります。

 明日は、エコに関係する触媒のメーカーの説明会。グループ内に横浜テレビ局などあります。そのあとは、その足で東京へ。

 東京では、落ちた旧財閥系の化学メーカーと同じグループに属する非鉄金属メーカーの2次面接です。充実した分子シミュレーションの班を持つようです。

 落ちたメーカーとそこのどちらも合格なんてことになったら、どちらにするか迷うといっていたくらい、志望度の高いメーカーで、「そこに落ちたら、さすがの俺もがっくりくるだろうな」と、以前いっていました。

 でも、そこって、純金のキティちゃんコレクションとか名刺とかも作っている、ちょっと変なメーカーですよ。

「純金の名刺をあげると、喜ばれるんですよ」と1次面接のときに、鷹揚そうな面接官がおっしゃっていたとか。そりゃそうでしょうね、純金だもの。交通費は出るそうですが、代わりにそれ、くれるといいのにね。

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ハーブ~!

P4030059_2  ベランダでハーブを育てたいと思いましたが、暖かくなると鳩がしきりにやってくるので、迷っている……と夫に話したら、興味が湧いたのか、プランターと苗を買ってきてしまいました。

 プランターに移すときに、ハーブたちの強い香りがしました。植え替えてからは、それほど香りません。

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ひとりごと(息子の就活16~混線の挙句の残念な結果、連載中の児童文学作品について若干)

 息子の就職活動も山場を迎えましたが、ここで事故としか思えない不運な事態が発生してしまいました。

 旧財閥系の総合化学メーカーに教授のコネがあるようなないような話は、実は強力なコネとして働いていたらしいことがわかりました。が、そのコネは奇妙な混戦状態を作り出してしまったようなのです。結果、息子は落とされた、としかいいようがありません。

 息子が不合格になるまで知らなかった事情として、教授の知り合いは実はそこにひとりではなく、2人いらしたとのことです。製造技術とシミュレーションに。そして、もう一つ息子が知らなかった事情として、同じ研究室の助教授についているドクターの先輩も、推薦を受けていたということでした。

 シミュレーションに2人の人間はいらないから、専門性の高いドクターの先輩をシミュレーションに、息子には製造技術のほうにということで話が来たということだったのでしょう。

 ところが、そこのところが息子にはよく伝わっていなかったため、研究開発職につきたいという希望を強調して、製造技術の話を断った格好になってしまったらしいのですね。

  結果、落とされたということらしいのです。

 実はそのメーカーは息子の第一志望だったようで、研究開発職につきたいという息子の希望は変わらない――ただしシミュレーションにこだわるつもりはなかった――ため、もしきちんと説明を受けていれば、推薦はお断りして独力で受験しただろうといいました。

 わたしは正確な事情を把握していないため、想像で物をいっているようなところがありますが、コネの話がだいぶん混線してしまったことは確かなようで、教授が息子にずいぶん謝られたとか。

 わが国で総合化学メーカーとしてはトップのその会社に入るという息子の望みは、絶たれてしまいました。

 そのうえ、息子はそのメーカーに執着があったのに、通ったドクターの先輩はそれほどの気持ちでそこを受けたわけではなく、もしかしたらポスドク(ポストドクター。雇われ研究者)になるかもしれず、蹴る可能性もあるということです。

 こうした事情はあとになってこちら側の関係者全員にわかったことで、悪気のあった人間は1人もいなかったために、息子としてはどこにも悔しさのぶつけようがないわけです。

 息子は「第一志望の会社に入れなかったのは残念だけれど、もともと独力でやるつもりだったのだから、初心に帰って頑張ろうと思う」といいました。

 就職向きではないとわかっていながら、あえて息子が選択した研究室でした。こうした不運が起きる可能性もひっくるめた総合的な魅力を選択したともいえましょう。

 シミュレーションに進んだのでなければ、今頃は友人たちのように、中小企業を沢山受けて、どれかに内定していたのではないかと思う、と息子はいいます。

 マスターコースで専門性の高いシミュレーションを選択したために、「帯に短し襷に長し」という戦略的な弱さを持ってしまったことは否めないようです。

 ただ息子は、教授の魅力に惹かれてシミュレーションを選択したと思っているようですが、息子を知るわたしには、息子は適性があるために、シミュレーションを自然に選択した可能性が大きいのではないかと思えるのです。

 というのも、高校時代、息子は憧れている化学より数学の成績がよく、数学に進めばいいのに、とわたしは思ったくらいでした。分子シミュレーションは化学と物理のハーフという感じの研究内容のようで、数学的な要素が大きいようです。

 数学は子供の頃から得意で、数式を見ただけで一瞬で霊感的に答えがわかることがあるといっていましたし、自分で公式を作ったりしていたくらいでした。

 でも、憧れは化学者だったのですね、その頃から。数学には適性がありすぎて、空気のように意識していない雰囲気がありました。尤も、息子は「実験は上手だよ」といいますが。

 いろいろ考えれば、息子は本当はドクターコースまで進んだほうがよかったのかもしれませんが、経済事情が許しませんでしたし、一般にはドクターにまで進むと就職が困難になるということがあるようです。

 息子が初心に帰って就活を続けるといっているのですから、わたしはそれをこれまでのように応援するだけです。

 でも、息子の例からもおわかりでしょう、就活の裏側ではかくもコネが働いているのです。

 今回、息子の場合はそれがむしろ不運をつくり出したとはいえ、コネが作用しているのを現実に傍観してみると、コネなしで就活することの大変さは、はっきりしています。

 わたしは、今後の息子の幸運を祈るばかりです。

 ところで、わたしは息子の就活を応援して、化学系のメーカーについていろいろと調べるうちに、興味がわいてきました。

 ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」で『不思議な接着剤』という児童文学作品を執筆、連載しているのですが、ここではぼんやりとしか姿をあらわさない〈アルケミー株式会社〉を第2作以降は表に出して、物語を紡ぎたいのですね。

 時空を超えて商売の手を拡げるアルケミー株式会社は、様々な研究者(第1作で登場する中世の錬金術師もその1人です)、工場と取引があります。

 息子がどんな会社に入るにせよ、話を聴かせて貰って、その化学系の話を物語にとり入れたいと思っているのです。

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2008年4月 7日 (月)

4月5日の夕飯(鶏のソテー バルサミコソース)

P4020054P4020046  4月5日の夕飯は、 鶏のソテー バルサミコソース、大根とかまぼこの酢の物、キャベツのミルクスープでした。

 これまでにチャレンジして、なぜか失敗してしまった鶏のバルサ。。。

 でも、服部先生のレシピには、コツがさりげなく挿入されていて完璧そのものです。で、この鶏のソテー バルサミコソースは、信じられないくらい、よくできました。

 家族も絶賛。結構気難しいところもある夫は、「皮と肉を別々に焼いたみたいに、皮はパリパリで、肉は柔らかだね」と3回もいいました。

 ソースが鶏のまわりに置かれることにも、装飾的なことだけではなくて意味があることがわかりました。ソースをつけて口に運ぶまで、皮のパリパリがそのままなのです。

 それにしても、皮目を下に、弱火でじわじわ時間をかけて焼くと、皮はパリパリに、肉はジューシーに仕上がるのですね。目から鱗が落ちました。これまでわたしは、火加減があやふやだったのです。downwardright

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2008年4月 6日 (日)

ひとりごと(新しい薬に関すること、息子の就活15)

  息子が先日、大阪で3社の筆記試験やら面接やらを受けたうち、東証1部だが、昨年、主力製品の一つの製造を中止しなければならない状況に陥り、業績ががた落ちしたらしいメーカーの筆記試験に、パスしたとか。

 試験は英語と国語。大変難しかったそうで、サイト「みんなの就職活動日記」にも、そう書き込んでいる人が複数いる。尤も、それで通りにくかったかどうかは不明。

 また、息子が最も意欲を燃やしている旧財閥系グループに属する某非鉄金属メーカーの1次面接に通ったそうで、嬉しそうだった。

 ここには本格的な分子シミュレーション班があるそうで、もし採用されれば部門別の募集なので、間違いなくその研究班に行くことができ、現在マスターコースの研究室で学んでいることが生かせるだろうと息子はいう。

 次回がその部門別の面接になり、正念場といったところか。

 コネがあるようなないような旧財閥系総合化学メーカーの1次面接の結果は間もなくわかるだろうが、息子は全く自信がないという。一般的なことを訊かれただけで、自分のカラーを出すチャンスが与えられなかったというあやふやな感じがあるようだ。

 選考方法もバラバラなようで、「みんなの就職活動日記」にも不安そうな、あるいは不審そうな書き込みが多い。

 面接官は、如何にもソフトな雰囲気だったという。コネがあるようなないような状況がプレッシャーを与えるのか、強気の息子にしては弱気だ。

 何にしても、月・水・木・金と、息子は面接やら説明会やらで忙しくなりそうだ。大阪と東京の間を忙しく行ったり来たりしなければならない。

 話題は変わるが、狭心症の貼付薬に代わり、アイトロール(20mg、1日2回)という薬を服用し始めて4日目。

 血管が拡張するためだろう、初日はお酒を飲んだみたいに体が火照り、かぶれたところが痒くてたまらず、少し頭の重い感じもあった。

 が、心臓はずっと快調で、現在、頭痛も、頭の重い感じも全くない。薬の情報には、心不全の症状にもいいとあった。

 当ブログにはよく心臓疾患のかたがお見えになるので、以下にアイトロールに関する情報を、サイト「おくすり110番」から引用しておきたい(サイト「おくすり110番」は、左サイドバーのリンク集にあります) 

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2008年4月 5日 (土)

石井桃子さんの死

P4010013_4 何ということだ、石井桃子さんが2日に101歳でお亡くなりになったという。

 昨日の朝刊の記事を、その夜、仕事から帰宅した娘にいわれて、ようやく気づいた。

 家にあった、石井桃子さんの翻訳による本をテーブルに並べてみた。

 これらはわたしが大人になってから購入したもので、石井桃子さんの本の多くをわたしは学校の図書室で読んだような気がする。 

 わが国の児童文学の発展に、石井さんの影響が如何に大きいものであったか、想像以上のものであったようだ。

 石井桃子というお名前はよく児童書に記されていて、子供心にも印象深かったが、岩波少年文庫の創刊、編集を手がけられたことは、訃報に関する記事の中で初めて知った。

 石井さんご自身の作品『ノンちゃん雲に乗る』の内容を、わたしは覚えていない。挿絵は思い出せるのだが……。もう一度読んでみたいと思う。

 わが国の児童文学にとって、石井桃子さんは守護聖人のようなかたではなかったか。ふくよかな訳は、出来立てのパンを手にするみたいだった。

 お名前もいい。石井桃子というお名前から、異国の石畳、深い井戸、桃の豊潤な味わいが続けざまに連想され、それらとそのお仕事とがイメージの中で一体化するのだ。

 数年前、わたしたち一家が台風被害に遭ったとき、本棚を置いていた借家の洋室の天井が破れ、多くの児童書がだめになった。

 写真のファージョン作品集(岩波書店、1975年)も、開いてみると黴だらけになっていた。

 児童書だけがこうもやられたことが何とも悔しく、悲しく、わたしは気が狂ったようになって、本の一冊、一冊を調べあげ、新聞紙を広げた上に、濡れそぼった本たちを並べて乾かした。

 まるで、野戦病院のような光景だと思った。

 ファージョン作品集は幸い助かったが、本を開くと、どうしてもとれなかった鮮やかな黴の色がところどころに残っている。カバーは全部捨てざるをえなかった。

 特にわたしが好きなのは、『銀のシギ』。

 この本を初めて読んだのがいつだったか、覚えていないが、物語の面白さ、美しさが大人になっても忘れられず、子供たちのために――と自身にいい訳をして――当時の苦しい家計の中から作品集を買い求めた。

 主人公のポルが銀のシギに助けを求める場面は、次のように訳されている。

「いかないで、いかないで! あたしに道をおしえて。銀のシギ、あたしに道をおしえて!」
 つぎの瞬間、鳥は流れ星のように降りてきた。

 子供の頃に読んだときから、この場面が、自身の人生のつらい局面で、何度も脳裏に浮かんだ。

 誰しも人生のつらい場面では、何かに助けを求めるだろう。そのとき、その求めるものの気高い、純美な、確かなイメージがある人は幸せだ。

 そのようなイメージをもたらしてくれる文学作品は決して多くはなく、またそれをわかりやすい、格調高い訳で届けてくれる人も多くはない。

 石井さんはお亡くなりになったが、本は残る。索莫とした今の日本社会に生きる子供たちが、石井さんの訳された本を読んでくれれば……と祈らずにはいられない。大人たちにも、読んでほしい。

 ところで、前掲の『銀のシギ』に登場するシギだが、のちに、女性の姿をとってあらわれるところがある。夢のように美しいその場面を――勿論、石井桃子さんの訳で――以下に引用しておきたいと思う。

 だれもが、最初は鳥だと思った。しかし、それが、月光のように軽やかにおりてきたところを見ると、それは、えも言われぬほど美しい女のひとだということがわかった。そのひとは、手に銀の小箱をもっていた。
 そのひとのあまりの美しさに、ハルは、あやうくころびそうになりながら進み出、王座まで案内しようとした。けれども、そのひとは、ハルのそばをはなれ、まっすぐポルのところにただよってきた。ポルは、ただ驚いてそのひとを見つめた。そのひとが、見知らぬひとではなかったために、ポルの驚きは、いっそう大きかった。
 ポルは、ひと目でそのひとがわかった。
「あたしのシギ」と、ポルはささやいた。
 銀のシギは、(それが、女か、鳥か、だれにわかったろう!)銀色の小箱をポルの手のなかにおいた。

 clip石井桃子さんに関する岩波書店ホームページの記事はこちら。 

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2008年4月 4日 (金)

鯨専門店「くらさき」の鯨カツ弁当をご紹介)

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  apple

 banana

 cherry

 cake

 デパートの「長崎の物産観光展」で、「くらさき」の鯨カツ弁当を買い、夫と賞味しました(clip「くらさき」のホームはこちら)。

 現在50歳のわたしには、鯨はなつかしい食べ物で、鯨の刺身、ベーコン、給食でよく出た鯨の竜田揚げにはとりわけ思い出深いものがあります。

 わたしより7つ年上の夫にはさらに鯨肉は馴染み深い食べ物だったようで、鯨カツ弁当に大喜び。

 鯨カツ弁当のごはんにのっていたのは、鯨のカツと竜田揚げで、美味でした~happy01

 ところで、鯨の捕獲は現在どうなっているのだろうと、ネットで調べてみました。興味がおありのかたは以下のサイト様へどうぞ。

楽天市場のclipこちら。あるいは外務省のホーム中のclipこちら。さらに、捕鯨に関する専門的なホームページであるclipこちらなど。

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2008年4月 3日 (木)

かぶれよ、さらば・・・かな?

かぶれよ、さらば・・・かな?
循環器クリニックを受診して、帰宅したところです。

風邪のときのことは、しっかりお話しし(心臓がくたびれたときに、次々とわいて出る水っぽい痰のことも)、ニトロのテープでかふれがひどいこともお話しし、飲み薬はないか、お尋ねしました。

「飲み薬もあるよ。だだあれは頭痛のすることがあるからね。でも、かふれがひどいんなら、テープはやめよう」といって、アイトロールという薬を出してくださいました。

今ネットで調べてみたら、確かに「頭痛を起こすことがよくあります」とありました。

頭痛は嫌ですが、かぶれは相当ひどいものになっています。アイトロールを試してみましょう。

一応テープも10枚、出してくださいました。勿論、舌下錠も。

ときどき訪問したりコメントさせていただいている、アットホームな冠攣縮性狭心症のかたのブログでは、このわたしたちには命綱とも思える舌下錠のことは、魔法の薬と呼ばれています。

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ひとりごと(耳が気になる、グリーン・ノウ物語について、京都旅行中の娘、息子の就活14)

 ずいぶん前から左耳の中が痒くて(湿疹?)、つい触ってしまうのだが、このところ触りすぎてしまって、耳鼻科で診て貰ったほうがいいくらいになってしまった。

 今日、循環器科の診察を受けるつもりだが、耳鼻科の診察時間にも間に合うようであれば、耳も診て貰おうかと思う。

 ついでに、昔診断されたメニエールのほうも現在はどんなものなのか、診て貰えればと思うが。。。

 もしメニエールがないということになれば、悩まされている眩暈の原因から耳(三半規管)を除くことができる。

 娘は、昨日から、京都に出かけている。町屋の写真を携帯で送ってきた。人物が小さくてわかりにくいが、どう見ても娘ではないなあと思って訊いたら、お友達だった。

 昨日、訃報に接してから、亡くなったかたのご著書を見ると、たまらない。これでわたしの周りから、思想とか哲学といった手応えのある感触をもたらしてくれる、精神的な重厚さを感じさせる人はいなくなった。

 この空虚さは、どうしようもない。

 訃報に接する前になるが、出だしで放り出してしまっていた児童文学作品、L・M・ボストン著『グリーン・ノウ物語2 グリーン・ノウの煙突』(亀井俊介訳、評論社、1970年)を読み終えた。

 グリーン・ノウ物語は、全5巻、別巻1で構成されている。

 出だしは単調に感じられた『グリーン・ノウの煙突』だったが、3分の1を過ぎた辺りから面白くなってきて、残る3分の1で物語は一気に展開し出し、興奮のうちに幕を閉じた。ボストン夫人、さすがだ。

 グリーン・ノウ物語については、そのうちまとまった記事にしたいと思っている。

 まだ1巻と2巻を読んだだけだが、歴史を感じさせ、人物像も半端ではない。お茶の間劇場的な微温的家族関係、ご近所づきあいを描きたがる日本的感覚からすれば、非情なまでのリアルなタッチだ。

 そんなリアリスティックな物語でありながら、時代を違えて生きる登場人物たちの人生の断面が夢幻的に交錯し合う。

 この物語はグリーン・ノウという、1120年に建てられた屋敷が舞台となっていて、作者はそこに住んでいた。

 グリーン・ノウ物語は、屋敷にまつわる物語といってもいい。屋敷の歴史はそこに住んだ人々が生きたイギリスの歴史を感じさせる。第1巻『グリーン・ノウの物語』では如何にも貴族風の子供たちが登場するし、第2巻では奴隷として売られそうになっていた黒人の男の子が登場する。

 第3巻では多くの難民が登場するそうだ。第4巻では、ゴリラと中国人の難民の少年の友情を描いてカーネギー賞を受賞。第5巻では魔女が登場し、別巻では屋敷に登場した子供たちが一堂に会するという。

 ボストン夫人は62歳で、このシリーズの最初の本を出版した。

 それを思えば、わたしなんか、まだ若いものだと希望が湧く。わたしの物語もいよいよ冒険に入るが、その舞台となる鍾乳洞のモデルを見に行ければいいのだが――

 秋吉台の鍾乳洞を見に行ったのは、ずいぶん前だ。その記憶を頼りに物語を構築していかなければならないのだが、モデルを見学しに行きたくなるかもしれない。

 もし耳鼻科で、眩暈の原因がメリエールとわかり、治療で改善され、心臓の調子もこれ以上悪くならなければ、強行できるかもしれない(友人と博多で会う約束、同人雑誌の合評会に出席することすら、実現が難しい現状だというのに、すぐこういうことを考え出してしまう)。

 息子は一昨日大阪で1社、昨日2社の筆記試験やら面接やらを受けた。いずれも東証1部だが、一昨日受けたメーカーは、昨年、主力製品の一つの製造を中止しなければならない状況に陥り、業績ががた落ちしたらしい。ここの試験は、英語と国語だったとか。明日は東京で、昔セロハン、現在は主にフィルムを製造しているメーカーへ。ここは東証2部。

 息子は数日前に、手首を捻挫して学校の医務室で治療して貰ったそうだが、その前に、手首に包帯をしている男性の夢を見た。あれは息子だったのか。息子は父親ゆずりの動作に危なっかしいところがあり、よく転んだり、傷を作ったりするほうだ。

 怪我と縁のないわたしから見ると、何をしているのかと思えることがある。気をつけるようにいった。

 そういえば、先生の訃報に接する前に、変な夢を見た。寺院の広間の上方に神棚があり、わたしは小人にでもなったのか、その神棚の中にある御殿に入るために、そこへ至る階段を上ろうとしていた。

 先生がキリスト者だったことからすると、まことにちぐはぐな夢だった。

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2008年4月 2日 (水)

田辺先生の訃報に接して

 フランス文学者であり、シモーヌ・ヴェイユの研究者として著名な田辺保先生が、先月の18日にお亡くなりになっていた。

 何も知らなかった。ただ年賀状にお返事がなかったので、気にはなっていた。

 現在50歳であるわたしが大学時代に、当時、岡山大学の教授をしていらっしゃった先生に、何か質問をするために――もう記憶にないが、たぶんシモーヌ・ヴェイユに関すること――お手紙を書いた。

 それからずっと、ずいぶんご迷惑だっただろうに、わたしは手紙や作品を不躾にも先生に送り続け、その一々にお返事をくださった。

 教わったことは多かった。

 同じ時期に、当時、神智学協会ニッポン・ロッジの会長で、やはり翻訳家でもあった田中恵美子先生にも、質問の手紙を初めて書いた。

 田中先生も、お亡くなりになるまで、否、お亡くなりになった後も、わたしには影響の大きなかただ。

 田辺先生はキリスト者、田中先生は神智学者であり、この世における思想の区分では違う場所にいらっしゃったが、そうした区分は如何にもこの世的な仮の区分であるにすぎない。

 思想の薫り高さ、人間的な温もりという点で、わたしには同類のかたがたと映った。

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2008年4月 1日 (火)

3月30日の夕飯(豚キムチ丼、きゅうりとじゃこの酢の物)~☆服部先生の合わせ酢のレシピをご紹介

P3260024 P3260021  3月30日の夕飯は、豚キムチ丼、きゅうりとじゃこの酢の物、トマト、大根としいたけとわけぎの味噌汁でした。

 愛用している「あっさりキムチ」が売り切れていたので、本格派の(?)キムチで作ったら、辛い、辛い!coldsweats02 

 わたしと娘には辛すぎましたが、如何にも豚キムチ丼という味わいでした。downwardright

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