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2008年2月10日 (日)

パール・バック著『神の火を統御せよ」の監修者丸田氏から再び届いた、貴重なコメントをご紹介

ちょっと恐い話

マンハッタン計画に関する新事実:

実は、この計画で合計4発の原爆が1945年夏に製造された。最初の1発は7月にニューメキシコの砂漠で実験に使われた。次の2発は8月初めに広島と長崎に投下された。最後の1発は、8月末に使用が予定されていたが、日本が8月15日にとうとう降服したので、結局使用されなかった。第3の被曝予定地は一体どこだったのだろうか? なんと小倉と新潟がこの候補地にあがっていた。

The Manhattan Project produced four atomic bombs. One was tested July 16, 1945, at a bombing range site known as Trinity near Alamogordo, New Mexico. Two others were dropped on the Japanese cities of Hiroshima and Nagasaki on August 6 and 9, 1945. A fourth was ready for use in late August, but by then Japan had surrendered and World War II had ended.

http://encarta.msn.com/encnet/refpages/RefArticle.aspx?refid=701610456

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パール・バック著『神の火を制御せよ』(径書房)を読んで
パール・バック著『神の火を統御せよ』の監修者、丸田浩氏から届いた補足説明をご紹介

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