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2008年2月の42件の記事

2008年2月29日 (金)

また朝、発作

ニトロの舌下錠2錠で発作を鎮めて眠りについたと思ったら、また腹部が腫れ上がって心臓と肺が圧し潰されるような苦しさで目が覚めた。

前回と全く同じような強さの発作で、やはり1錠では鎮まらず、2錠でやっと鎮めたのも同じ。

テープは昨日の午後肩に貼った1枚が痒くて、はがしてしまっていた。もう1枚は全然痒くなく、ちゃんと貼っていた。


何だか気分が悪い。

午前中循環器クリニックに行くつもりだったが、支度する気力が湧かない。元気になったら、行こうと思う。変な話だが、こんなこと、わたしにはよくある。

何だか吐きそうだ。

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発作が起きました

昨日いやもう一昨日ですね。

一昨日の夜から昨日の朝にかけて、同人誌に出す作品に没頭したため、疲労困憊し、夫と娘が休日だったにも拘わらず、昨日の午前中は寝ていました。
正確には寝たり、ウトウトしたりで、あまり眠れませんでした。
それから前の記事でご紹介した喫茶店に行き、そのあと買い物へ。

買い物の最中、胸の圧迫感を覚えたので、ニトロのテープを貼り、買い物を続けました。

その後、日付が今日にかわる頃に、うたた寝していた炬燵で苦しさのあまり目覚めるまでは普通でした。

目覚めたときの状態は、腹部がパンパンに膨れ上がって(実際にそうなるのではなく、あくまでイメージです)心臓も肺も圧し潰されたたような苦しさ。
苦し紛れにニトロのテープをはがそうとしましたが、今はニトロを足さなくてはならないことを思い出し、寝る前に予感がして炬燵の上に出しておいた舌下錠を使いました。

少しは楽になりましたが、おなかが膨れ上がった感じが抜けなかったので、ニトロをもう1錠握り締めてトイレへ。

何も出ず、おなかと胸が苦しいので、ニトロを追加。

もう1錠使うことを考えながら、炬燵に座っているうちにだんだん体の中が涼しくなりました。
涼しさは、胸から頭へと広がり、そのうち、おなかが軽くなり、仰向けに寝ることができるようになりました。それまでは、苦しくて横になれなかったのです。

ニトロを使って半時間以上経過しました。

今はクッションに頭をのせ、横になってこの記事を書いていますが、まだ涼しさは広がっていて、腕を涼しく感じています。あんなにパンパンに感じられていた腹部は、もう何ともなく、存在さえ感じさせません。

もう体のどこにも異常を感じさせるところはなく、体は軽やか、快適さが嬉しく、笑いたくなります。
でも体は引き続きニトロの助けを必要としているように感じられるので、この記事を書き上げたら、もう1枚テープを追加します。

わたしの上半身、テープの貼り跡だらけでかなり痛々しいです。
赤くなったり、青あざのようになったり、もっと古いものは黒ずんだりしています。銭湯には行けませんね。

先生がおっしゃるには、メディトランステープはニトロのテープの中では肌に優しいタイプなのだそうです。
わたしは肌が弱いタイプなので。いえ、正確にいえば、病気になってから肌が弱くなりました。

さあ、気分がよくなったので、テープを追加し、歯を磨き、顔を洗い、肌の手入れをして、お布団にちゃんと寝ましょう。

お休みなさい。

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2008年2月28日 (木)

ハニートースト

ハニートースト
運ばれてきて、びっくり!
あまりのボリュームに。
夫と娘は平らげましたが、わたしは途中でギブアップ。

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KIHEI CAFE

KIHEICAFE
よくデパ地下のKIHEI CAFEに行きますが、ここは本店のKIHEI CAFEです。

家族で来ています。

お店の前の坂道を上れば、住宅街が広がっています。中心街から車で20分程度です。

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ひとりごと(疲れまひた!&お客様のこと)

  同人雑誌に提出する作品『侵入者』を徹夜でプリントアウトしていました。1枚に15分かけて……

 なんてわけはありませんが、とっくの昔に仕上がっていて、ホームページにもアップしているというのに、なぜかちょこちょこ訂正箇所が出てきます。行換え、段落分けには、本当に迷います。

 これで落とされたりするのですから、泣きたくなります~。賞で落ちて、また同人雑誌の掲載にも落ちたら、本当に痛いわ~weep

 でも、昨日ようやくお客様がいらっしゃいましてね。

 生理です(とあからさま~)。てっきり閉経したのかと思っていました。最終生理から1年間ないと閉経と診断されるそうです。

 閉経の平均年齢は50歳くらいだとか。わたしはちょうど50歳。この年齢は、古代から変わらないそうで、また国によっても違いはないとネットにありました。

 5歳上の友人が、ここ5年間ほど、3ヶ月か半年に1回あるといっていました。そんなパターンもあるのですね。

 さて、閉経までに若干間があるのだとすれば、もう1人産もうかしらwink

 さっき予定アラームが鳴り、何かと思ったら今日は循環器科の受診日でした。今日はもうだめ。明日までは薬が何とかあるので、明日にしようかな。

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2008年2月26日 (火)

更新のお知らせ

主人公は紘平という名の少年。別居中の父親の部屋で見つけた、アルケミー株式会社製品の不思議な接着剤が様々な事件を惹き起こします。
彼は、喘息持ちのひ弱な弟、幼馴染の少女瞳と一緒に遊んでいた電器店の倉庫の先に、不思議な接着剤で、いつかテレビで見た巨大な洞窟をくっつけてしまうのです。
洞窟の中から広がった中世西欧風の世界。そこで彼らが出会うのは、邪悪な竜の生贄と定められた錬金術師の美しい娘……。〔紘平、翔太、瞳の3人はまだ瞳の家の居間にいますが、物語では彼らが冒険に出るまでのカウントダウンが始まりました

  • 忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』⇒連載19

文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語。〔桜館の長女佳林の打ち明け話が始まりました。

  • 純文学の新作『侵入者』(400字詰原稿用紙換算枚数60枚)は現在、こちらで全文お読みいただけます。⇒ライブドアウィキ「マダムNの文学世界」『侵入者

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リルケの詩『豹』をご紹介

 久しぶりにリルケが無性に読みたくなり、昔から愛読している本を開いて、あちらこちら拾い読みしていました。

 すると、これまで読まずに通り過ぎていたらしい『豹』という詩が両目に飛び込んできて、そうなると、読まずにはいられませんでした。

 何か不思議な感触の詩で、忘れられなくなってしまいそうな詩でした。

 当ブログで一部をご紹介したリルケの「薔薇」と題された一連の詩編や『マルテの手記』などの小説に魅せられ、リルケの作品は結構読んだつもりになっていましたが、まだまだ読み残しが多いことに気づかされました。

 彼の詩――小説もそうですが――には哲学的な深みがあって、こちらの準備が整っていないときにいくら読んでも、字面を追うだけで、さっぱり作品が入ってこない(作品に入って行けない)ことがあるのです。

 が、ひとたび彼の詩を物にできれば、一生の財産になるという気がします。いつまでも色褪せることなく、読めば読むほど深みを増す神秘的な作品……。

 ワインを口にしたかのように、リルケの詩が体内に響きわたって、わたしは酔っ払ってしまうことがあります。前掲の『薔薇』などは、読むたびに酔ってしまいます。

 ワインの貯蔵庫が本の中に場所を変えて存在しているようにしか、わたしには思えないほどです。しかも、リルケという銘柄のお酒には後味の悪さが全くありません。

 話が逸れてしまいましたが、『豹』という詩は有名な詩であるようです。この詩の訳者、冨士川英郎氏の註を以下にご紹介します。

※この「豹」という詩は、リルケのいわゆる「事物の詩」のうちでもその代表的な作品の一つとされているものである。だが、この詩によっても知られるように、「事物の詩」とは単に対象を客観的に、外側から描写した詩ではない。それは多くの場合、対象たる事物を内側から把握するとともに、その事物を通じて、「存在」そのものを歌う詩となっているのである。この「豹」という詩はその一つのよい例である。この詩では、孤独のなかに置かれた存在の姿といったものが、同時にそこで歌われていると言ってもいい。リルケの「新詩集」の多くの詩はこのような意味での象徴詩となっているのである。

 それでは、リルケの詩『豹』をご紹介します。

   

     パリ植物園にて

通り過ぎる格子のために、
疲れた豹の眼には もう何も見えない
彼には無数の格子があるようで
その背後に世界はないかと思われる

このうえなく小さい輪をえがいてまわる
豹のしなやかな 剛(かた)い足なみの 忍びゆく歩みは
そこに痺れて大きな意志が立っている
一つの中心を取り巻く力の舞踏のようだ

ただ 時おり瞳の帳が音もなく
あがると――そのとき影像は入って
四肢のはりつめた静けさを通り
心の中で消えてゆく

新潮世界文学32 リルケ』(新潮社、1971年) 

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book個人的なメモpen

 豹になったつもりで檻を見てみなければ、格子が通り過ぎるというような発想は出てこないだろうと思う。彼は豹の体験ですら、他人事とは思っていないかのよう。

 自分の身代わりとなって特殊な状況に耐えているその他者に、尊厳が付加されるのも自然なことだと思われる。

 詩は力強く、それでいてたおやかだ。事物を見る彼の視線がそうだからだろう。

 わたしたち人間は動物園に行って豹を見るとき、その豹がどんな状況下で捕獲され、どんな目的でそこへ連れられてきたかを想像することができる。世界における豹の位置づけができるわけだ。

 が、自分の位置づけとなると、リルケの豹にも似て、よくわからないといったところではないだろうか。

 理不尽なことに出くわすと、、わたしたちの目に映る世界、社会、他者、最終的には当の自分自身ですら無機的な通り過ぎる格子となって、ここはどこ、わたしは誰、と思ってしまわないだろうか。

 最後の4行はプラトンの『国家』に出てくる洞窟のくだりを連想させる。

 が、檻のなかをぐるぐる回り、ある瞬間に何か物の影を見る豹の姿は、謎めいて思えるほどの美しさで描かれている。 

 解説者はこの詩を象徴詩というが、確かにそうだろう。が、、一方、否、だからだろうか、リルケの豹の詩は、豹そのものを思い出させる。生々しいまでの造形美だ。豹のオーラ――精気――を感じさせるほどに。

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2008年2月25日 (月)

2月22日の夕飯(さわらのごま風味焼き、青梗菜のピリ辛サラダ)

P2190103 P2190078_2  このところ、慌しくて、料理の記事のアップどころか、写真も撮り損なう始末。

 写真があった2月22日の夕飯は、さわらのごま風味焼き、青梗菜のピリ辛サラダ、豆腐と椎茸と万能ねぎの味噌汁でした。

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2008年2月23日 (土)

ひとりごと(流行っている嘔吐下痢症、娘の旅行計画、息子の就活6)

 今、嘔吐下痢症が流行っているようですね。

 娘が昨夜から明け方にかけて、嘔吐に次ぐ嘔吐で、普段は隈などできたことのない娘もさすがに一夜にしてくぼんだ目に隈をつくって、げっそりと見えました。

 勤務を終えて帰宅し、いつものようにお菓子など食べたりして、「ご飯が入らなくなるわよ」なんて子供にいうようなことをわたしにいわせたくらいですから、何だか急に、という感じの嘔吐の始まりかたでした。

 娘は夕飯どころではなくなり、急遽、夫と2人分の献立に変更しました。

 夫が会社で流行っているといった嘔吐下痢症に似ていると思い、水分補給などにわたしも気遣いながら一緒に起きていました。

 子供たちが小さかった頃に、この嘔吐下痢症がよく流行っていたので、昔に帰ったような錯覚を起こしたほどです。

 翌午前中になると、症状は嘔吐から下痢になり、治まってきた雰囲気がありました。仕事は休むしかありませんでしたが、そのまま家で様子を見ていいくらいにはなり、娘は受診を迷っていました。

 でも近頃は昔と違っていろいろな病気が流行り、中国製冷凍餃子事件のようなことも起こりますから、念のためにわたしのかかりつけのクリニックに行ったら、とすすめました。

 循環器クリニックですが、勿論内科的な症状も診て貰えます。娘も、中心街の巨大画面で先生を拝顔したときから、何となくお会いしたくなったみたいで、その好奇心も手伝って、フラフラしながら出かけました。

 病院まで歩いて20分ぐらいですが、わたしも夜通し起きていた疲れと風邪気味のため、付き添えないので、タクシーを呼びました。

 看護師さんの問診、血圧測定を受けて、すぐに3つベッドのある部屋に通され(そんな部屋があるとは、知りませんでした)、寝たままで先生の診察、「今、嘔吐下痢症が流行っているからねえ。全然食べていないんなら、衰弱しているだろうから、点滴をしよう」といわれ、抗生剤クラビットを1錠飲み、1時間ほど点滴。

 終った頃に先生がいらっしゃって、「顔色がよくなったね」とおっしゃり、先生と顔を合わせたのは、その2回の短い会話のあいだだけだったそうですが、娘は感じのよい先生だと思い、満足したようです。

 点滴とクラビットの服用で元気になり、帰りはコンビニに寄ったりして歩いて帰ってきたそうで、夕方までぐっすり眠っていました。

 クラビット錠は細菌の感染を抑える薬で、膀胱炎などにも使われ、わたしはよく服用する薬です。

200802232123162 元気になったとはいえ、まだ胃腸は弱っているので、娘の夕飯はお粥でした。

 味つけをしていない白粥です。水色の容器のものは梅干し。

 そのあと、アパートで1人暮らしをしている弟とメールしたりしていましたが、嘔吐下痢症のことを書くと、弟から、こんな文面の激励(?)があったとか。

「ううむ。そんなに悪かったのか。治ったら、食べろ。いっぱい食べろ。その方が、細菌も薄まる……かもしれん」

  息子は昨日山口県に行ったと思っていましたが、大阪に行ったのだそうです。就職説明会は、最低でも東京と大阪ではするところが多いですね。

 そこは、説明にすぐに分子シミュレーションの話が出たそうで、嬉しくなった息子は、真っ先に手をあげて根掘り葉掘り質問してしまったとか。

 三井・三菱・住友ほどの大手ではありませんが、化学系の会社としては大きいほうでしょう。ということは、ここもまた競争率が高いということですね。

 来週は研究発表の準備で会社説明会には行けないといっていましたが、やはり来週も行くことにしたそうで、そこは大手化学メーカーの子会社です(といっても、そこも大きい)。

 わたしのハラハラは、まだまだ続きます。

 ところで、娘は4月に、高校時代の友人5人で京都旅行に行く予定です。町屋に泊まるのだとか。ホームはこちら。珍しい宿泊になりそうで、土産話を楽しみにしたいところです。

 旅行を企画した娘の友人は、東京でウェブデザイナーをしています。彼女が某信販会社の10ページ分を担当したホームページへ行ってみましたが、2週間で仕上げたとは思えない、すばらしい出来栄えでした。

 自分の単純なホームページ1ページにフウフウいっているわたしからは、眩しいくらいに見えました。

 彼女は仕事の傍ら、小説を書いています。高校時代にわたしは見せて貰ったことがありました。最近ブログに昔から書き続けている小説をアップしたそうで、娘が彼女に「ママにも見せていい?」と訊いてくれました。

「おばさんに見られるのは恥ずかしいな……でも、ブログは公開が前提だから、いいよ」とお許しが出たので、心を躍らせながら訪問しました。

 江戸時代の玩具屋三代の話だそうで、感心させられる着想、しっかりした文体……続きが楽しみです。

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お知らせとお詫び

 ご報告が遅れましたが、ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に付属しているブログ《ジオログ》は現在、非公開設定にし、プライベートな日記帳として利用させていただいています。

 もうブログは増やさないつもりでしたが、ジオシティーズのサービスとしてくっついていたので、当初は更新情報に利用していました。でも、別に日記ツールもくっついているので、更新情報にはそちらを利用することにし、そこで割合詳しくご報告しています。

 実は、昨日、ジオログを非公開設定にしたら訪問者からはどう見えるのだろう、と気にかかり、家にある別のパソコンからアクセスしてみました。

 すると、閲覧の資格はありませんとか何とか(正確な文言は忘れてしまいましたが)、結構きつくも感じられてしまう文面が表れました。

 個別にアクセス制限を設けていると誤解されたら困るな、と思い、急遽、ジオログの上に灰色の文字で、現在ジオログはプライベート使用している旨のお断りの言葉を表示しました。

 もし、わたしのホームページをご訪問くださり、ジオログにアクセスしようとしてご不快を覚えたかたがいらっしゃったとしたら、まことに申し訳ございません。心からお詫び申し上げます。

 ところで、ホームページを作り始めた頃は、パソコンに原稿が入っている作品はコピーするだけだから簡単、簡単なんて思っていましたが、ページ単位の編集なので、予想した以上に時間がかかります。

 ファイルをうっかりフォルダに入れてしまったために、アドレスが別のものになってしまい、その結果リンク切れが続出して、慌ててリンクし直したりといったこともありました。

 でも、そんな大変な反面、ページごとに変化をつけられる楽しみもあります。

 現在、純文学作品『侵入者』を収録中ですが、こんな具合です。素材屋さんのおかげで、妖艶にしてミステリアスな雰囲気が演出できたように感じていますが、如何でしょう?

ジオシティーズでは、ページごとに登録して、新着・更新情報を発信できるようになっているので、収録中の作品はページを作るたびに登録し直して、連載形式にもっていくことにしました。

 3つまで別々のカテゴリに登録できるようになっているので、トップページを《文学》のカテゴリに、既に収録済みの純文学作品『杜若幻想』を文学の中の〈ロマンス〉に、できあがった『侵入者』のページを〈小説〉に登録しています。

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2008年2月21日 (木)

WEDGWOODのハンカチ~わたしは今日で50歳

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  50歳の誕生日に、娘から財布とハンカチを貰ったことはお話ししました(こちら)が、財布は好きな色を取り寄せて貰うまでに時間がかかります。

 それは届いてからお見せするとして、ハンカチも貰いました。前に娘と見ていて、この2枚がすてきだと話していたのです。

 わたしはハンカチをコレクションしていますが、外出が楽しくなるようにどんどん使うほうです。でも、このWEDGWOODのハンカチ、もったいなくて使えないかも。

 銀色のラインが、ブルーの地色に映えて、とても綺麗です。

 renomaのも、百合が気に入りました。

P2180042 ちなみに、家族で愛飲しているWEDGWOODのティー・バッグ、ワイルドストロベリー。

 こちらは目の保養のために、ときどき行くWEDGWOODのホーム。

 

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2008年2月20日 (水)

ひとりごと(半世紀&息子の就活5)

 19日は、年に1度会うことにしている友人――大学時代に寮で知りあった――の誕生日だった。

 お祝いメールを送ると、「50歳かぁ。半世紀も!! ヒエー(ムンクの叫びを想わせる顔文字)」と返事がきた。

 半世紀といういいかたをされると、本当にヒエー!だなあ。。。わたしも明日にはそうなる。

 娘が昨日、誕生日のお祝いに財布とハンカチ(コレクションしているので)を買ってくれた。財布は好みの色がデパート売り場に在庫がなく、取り寄せると1月かかるといわれたが、日数がかかっても好みのものがいいので、待つことにした。

 財布はだいぶん草臥れていたので、嬉しい。届いたら、写真をアップしようかな。でも、娘に何か買って貰うと立場が逆転したような、変な気持ちになる。

 また息子の就活の話題だが、昨日は神奈川まで往復して、ちょっと草臥れたみたいだった。

 そこは研究所は湘南にあるが、行ったのは別の場所にある本社。海外との接触が多い必要上、全額サポートの通いで博士号をとらせてくれるのはこの会社。

 小ぶりの会社で、給料も院卒21万いくらと安いほうだが、東証1部に上場しているし、研究内容も息子には魅力的なようだ。

 とりあえず、このクラスの会社に内定がほしい気持ちがあるようだが、なかなか大変だろう。

 面接は2人1組で行われたとか。一緒に面接を受けた学生はバッチリ訓練してきていて、響きのよい声で、なめらかに応えていたとか。息子からは、ズボンを掴んだ両手がブルブル震えているのが見えたそうだが。

 息子が面接官ではないのだから、そんな競争相手を鑑賞する態度でいいのかと心配になる。

 息子の就活が大変だろうと想像するのは、面接に関してなのだ。何にしても、ここをクリアするのは難しいだろうし、仮にクリアできたとしても、その先にはグループディスカッション、役員面接が待っている。

 他に同じクラスの会社説明会が2つほどあるそうだが、研究の中間発表が来月初旬にあるらしく、その準備で忙しくなるため、行けないかもしれないらしい。

 大企業は、娘のときと比べると進行が遅い気がしていたが、息子の話によれば、国の意向で、そのように変わったのだという。実際に、大企業は遅いところが多い。

 いずれにしても、長期戦になるだろう。大企業が遅いということは、あとで中小クラスの会社の内定を蹴る学生も結構出てくるということか。

 その時期に再募集がかかって、敗者復活戦というところも以前より増えるのかもしれない。どうなのだろう?

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ワッフル〜!

ワッフル〜!
昨日、喫茶店で娘とワッフルを食べました。

わたしの好みの問題かもしれませんが、欲をいえば、表面がもう少しカリッとしていたらなあと思いました。

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2008年2月19日 (火)

ひとりごと(外出前に思い出した夏頃の出来事&息子の就活4)

 ニトロのテープをはがしたら、どうしても調子が崩れる。昨日は貼らずにいられたのだが、今朝、左手が痺れてきたので、狭心症の前兆と思い、テープを貼った。

 皮膚は過敏に反応する。ぴりぴりする。貼っても、何とも感じないことがあり、そういうときはより体がニトロを要求しているような気がしていたのだが、実際のところ、どうなのだろう?  今度、先生に訊いてみよう。

 外出するときに携帯する舌下錠とテープが切れているような気がしたので、念のために確かめてみたら、舌下錠とテープの空が出てきた。テープのほうは予備がなくなっていた。

 舌下錠はバッグのポケットの他に、財布と手帖にも入れている。

 そういえば、夏頃の話だったと思うが、デパートのトイレに行くと、髪をソバージュにした女性が、洗面台の前で、唐突に「ああ、心臓……」といってしゃがみこんだ。

 わたしは、(わあ! 心臓の発作だわ!  ど、どうしよう? とりあえずわたしの舌下錠をあげて、お店の人を呼ぼう)とうろたえた。

 そして、「どうなさいました?  心臓の発作ですか?」と、急き込んで尋ねた。

 すると、その丸顔をした年配の女性は怪訝そうに顔をあげ、「ああ、しんど、っていうたんや」

 よく見ると、しゃがんだ女性はティッシュで靴を拭いていた。何でも、長時間歩いて来たらしい。大阪から来たということだった。

 事情はよく飲み込めなかった(大阪から歩いて来たわけではないだろう)が、女性がぴんぴんしていることは間違いないようだった。しんど、を心臓と取り違えたらしい。わたしはホッとして、トイレを出たあと、笑った。

 自分が心臓疾患のせいか、人が急に立ち止まっただけで、心臓発作では、と思ってしまう癖がある。 そしてしばらく、その人から目が離せない。

 話題は変わるが、昨夜息子が電話してきた。

 研究室での話だが、息子が○○化学にエントリーしているのを知った教授が、
「あ、そういえば、○○化学の研究所に後輩がいる。名刺をあげよう」
と名刺をくださり、メールを出しておこうといって、パソコンをパシャパシャ打ち始められたそうだ。

 そのうち「う~ん、文面が思いつかない。あとで出そう」とおっしゃったとか。

 ○○化学は、大企業中の大企業だ。これはコネにまで発展するのかどうなのか。ただ天才肌の教授は、研究以外のことは頭から消えてしまうことがおありになるらしい。

 この話が煙のように消えたとしても、息子のことを気にかけてくださるだけで、もったいないような話だ。

 息子は本当は無機化学の研究室に入るつもりだったのだが、踏ん切りがつかなかったようだった。というのも、今の研究室の教授に惹かれていたからで、そのもとで学びたいと思ったらしい。

 打算なく今の研究室に入り、そしてそこが企業との結つきがほとんどない研究をしていることを承知で決めたことだから、当たり前のことかもしれないが、自力で就職活動を行うことは当然だと思ってやってきた。

 息子は今頃、就活で神奈川にいるはずだ。 

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2月17日の夕飯(ミートボールスープ、ほうれんそうのおひたし)

P2130014 P2130005  少し前になりますが、2月17日の夕飯は、ミートボールスープ、ほうれんそうのおひたしでした。

 ミートボールの塩味が引き立つ、さっぱりとした味つけのスープは、家族に人気があります。

 味つけがシンプルなためか、ほうれんそうのおひたしと一緒でも、違和感はありませんでした。

 本によると、ドイツおふくろの味風スープだそうです。

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2008年2月18日 (月)

ひとりごと(創作の楽しみ、イギリスの児童文学作家たち、息子の就活3)

 編集画面にくっついている、ニコニコ顔のこの子⇒ happy01 のお蔭で、記事を書くのが楽しい。

 ペットショップで、4~5匹ものハムスターがくっついて眠っているのを見ると、たまらない。飼いたい、飼えない。

 この記事を書く前に自分のブログに行ったら、久しぶりにハーボットのウッフが散歩に出るところだった。

 ブログの数が増え、ホームページまで作ったので、以前に比べればここへ来る回数はへったが、いつもウッフの笑顔には癒される。

 わたしは何か愛情を注げる可愛らしいものがほしいようだ。孫がほしいのかもしれない。

 それはまだ先の話だろうが(占星術のホロスコープを見ると、55歳の頃には、わたしは孫に恵まれている可能性がある)、この感情には危険なところがあって、これを野放しにしていたのでは本当に孫ができたとき、玩具にしかねない。

 それ以前に、わたしは自分の可愛いものを自分の力で手に入れ、しっかり抱き締めていなくてはならない。孫が入る余地がないくらいに。

 そうした可愛いもの、わたしが自力で手に入れられるものはといえば、作品しかない。今書いている児童文学作品『不思議な接着剤』には、小学生の紘平、瞳、幼稚園児の翔太という3人の子供が出てくる。

 とっても可愛い。

 あの作品を書くときわたしは各登場人物の中に入り込みながらも、何となく母親的視点で見ていることが多いのだが、あの子たちからすればわたしは、おかあさんみたい、というよりは、おばあさんみたいな存在だろう。

 その可愛い、孫みたいな子供たちをこれから冒険に出すのは心配でたまらないのだが、出さなくてはならない。

 冒険であの子たちはどう変わるのだろうか? ストーリーはできていても、そこは作者であるわたしにも未知な部分で、創作の楽しみはこういったところにもある気がしている。

 子供の描きかた、成長の様子を描出する手腕においては、何といってもイギリスの児童文学作家たちが思い出される。

 『空とぶベッドと魔法のほうき』『床下の小人たち』のメアリー・ノートン。

ポールは口をゆすぎましたが、いつもやるように、その水をのんでしまいました。
―『空とぶベッドと魔法のほうき』(猪熊葉子、岩波少年文庫)―

 書かれてみれば、ああよく小さな子供はそんなことをすると思い出せるのだが、それを記憶の中から、あるいは今現在の観察の中から拾いあげるには、隅々まで注意が届く鋭い知性と、何気ない仕草であっても琴線に触れてしまう豊かな感性がなければ、とてもできないことだ。

 当然作者の人物を描き出す手腕は、周囲の人間たち、動物たち、大自然へと拡がりを見せる。さらには、過去の人間の営みにまで――

 子供の頃に読んで夢中になった『魔法のベッド南の島へ』に続く物語『魔法のベッド過去の国へ』は最近になって読んだのだが(岩波少年文庫版ではこの2編がまとめて収録されている)、この続編では魔女裁判、処刑――処刑の対象になるのは男性であるが――という怖ろしい場面が出てくる。

 もし、エメリウスが水のなかでおぼれて死ねば、それは、エメリウスが人間で、魔法使いではなかったというしるしでした。しかし、もし生きのこれば、それは超自然の力で生きていることのしるしでしたから、どのみち、あとで火あぶりにされるのです。

 水のなかに投げこまれたエメリウスは、息がつまり、むせ、せきをしながらうきあがってきました。かかとのところでしばられていたあつぼったい衣が、空気をふくんでいたからです。エメリウスには、日の光が見え、おどろいたアヒルのガアガア鳴く声が聞こえました。

 それからまたふかくふかく、水にしずんでいったのです。……耳はジンジン鳴り、目の前はまっくらになりました。

 と、描きかたは半端ではない。水から引き揚げられたエメリウスは運の悪いことに息を吹き返してしまい、このあと、火刑が待っている身となる。 

 作者ノートンの堅牢な歴史観が、恐ろしさと面白さとの混じったゾクゾクさせられる主人公たちの冒険を支えていた。

 魔法のベッドものでは、わたしが今書いている3人の子供たちの年齢といくらかダブる3人の子供たちが出てくる。

 3人はきょうだいで、一番上は少女なのだが、多感な時期に入りつつある少女の内面なども鮮やかに捉えられていて、わたしは読みながら何度も溜息をついたほどだった。

 魔法のベッドものは、最後はエメリウスと魔女であるプライスさんのロマンスで終る。

 ノートンについては沢山書きたいことがあり、また『マリアンヌの夢』のキャサリン・ストー、『トムは真夜中の庭で』『まぼろしの犬』のフィリパ・ピアスについても書きたいことがいろいろとあるので、いずれ改めて、この3人の児童文学作家たちにスポットライトを当てて書いてみたいと思っている。

 ところで、昔はウッフみたいに可愛らしかった息子も成長し、すっかり男臭くなったが、今週も就活で忙しいらしく、神奈川県と山口県に行くという。

 どちらも日帰りといっていたが、雪などは大丈夫だろうか。

 息子がどこそこを受けるというと、わたしはネットでホームページにアクセスしてみる。

 息子はこれまで大企業の会社説明会にいくつか出かけたが、先週出かけた説明会は、企業としては中小に属する2社が行ったものだった。

 息子にとっては、感触がよかったようだ。

 大企業だと、どこへ行かされるかわからないところがあり、例えば研究職ではなく、営業などへ廻される可能性もあるようだ。息子はそう説明を受けたという。

 が、先週の2社は単一といっていいような化学系の会社で、入れれば研究職につけることはまず間違いないだろう。1社などは研究開発職のみの募集となっている。

 こうした会社は募集人数が少なく、大企業とは違った意味で競争率が高いのではないだろうか。あまり期待しすぎないほうがいいのかもしれない。 

 ただ給料などは、ホームページを見ただけではわからないところがあると思った。1社は、その額は21万いくらかで、マスター卒に出る額としては安いほうだ。

 息子も高くないと思ったようだが、そこは、入社後に全額カバーでドクターの資格をとりに行かせてくれるサポート体制があるそうで、他にも魅力的な面があるようだ。

 ドクターの資格をとらせてくれるというのは、研究の性質上海外との接触が多く、その資格がないと相手にされないからなのだそうだ。

 もう1社は給料の額は普通だったが、賞与が年に2~3回という奇妙な書きかたがしてあると思ったら、過去の話だが、社長の意向で賞与が何回も出たり、1回に11ヶ月分出たことすらあったという。

 それでは社長の意向で年に1月分ということもあるのだろうかと心配になるが、年に2回、1回に最低5ヶ月分は保証されているらしい。

 小ぶりの会社だが、ある化学物質をここだけが製造している強みがあるという。

 1社は息子が学んでいる分子シミュレーションが役立ちそうだし、別の1社は本来息子がやりたかった無機化学の分野で、どちらも息子には魅力的なようだ。

 そのうちの1社では会社説明会と一緒に筆記試験もあり、それに受かって、神奈川に行くことになった。が、その先が大変だ。

 山口県のほうは、総合化学系の会社で、企業としては大か中の上といったクラス。本社は東京、研究所はつくばにある。

 息子が出かけているところはどこも、化学系としては一流の会社ばかりではないだろうか。

 会社説明会ではいい気持ちにさせられることも多いだろうが、化学専攻の学生の総数を想像すれば、どこも受かるのは大変そうではないか。

 尤も、息子も物事を甘くは見ていないようで、そういうところは成長したなあと思う。しぶとく、やってほしい。いずれにせよ、わたしのハラハラは続きそうだ。 

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体調にかんするぼやき

 家事がつらいが、これは体力が低下したせいなのか、書きすぎなのか?

 体力が低下していることは間違いない。ブログにどっぷり漬かって、ちょこちょこ書いているとはいえ、以前はこんなものではなかった。

 子育て時代にすでに病気だったが、悲鳴をあげながらも家事・育児・地域活動など立派に(?)こなしつつ、年間2~5つの賞を狙ってかなりの枚数を書いていた。尤も、これは掌編対象の賞も含まれる。 

 ここ数年、賞に対して否定的な気持ちが生じて、ほとんど応募しなくなったが、仮に応募したかったとしても、締切に向かってラストスパートをかけるだけの体力がなくなったことは否めない。

 そのため、児童文学作品は、極めて悠長に進行している。お蔭で、脇目も振らず、といった以前の書き方から比べたら、鳥瞰が利く。体力がないということにも、長短あるものだと思う。

 でも、もう少し体力がほしい。図書館にも行けないとあっては、資料漁りに障るのだ。それ以前に、生活の質が低下してしまい、困ってしまうdespair

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2008年2月17日 (日)

更新のお知らせ

  • ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』⇒連載42

主人公は紘平という名の少年。別居中の父親の部屋で見つけた、アルケミー株式会社製品の不思議な接着剤が様々な事件を惹き起こします。
彼は、喘息持ちのひ弱な弟、幼馴染の少女瞳と一緒に遊んでいた電器店の倉庫の先に、不思議な接着剤で、いつかテレビで見た巨大な洞窟をくっつけてしまうのです。
洞窟の中から広がった中世西欧風の世界。そこで彼らが出会うのは、邪悪な竜の生贄と定められた錬金術師の美しい娘……。〔紘平、翔太、瞳の3人はまだ瞳の家の居間にいますが、物語では彼らが冒険に出るまでのカウントダウンが始まりました

  • 忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』⇒連載18

文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語。〔桜館の長女佳林の打ち明け話が始まります。

  • 純文学の新作『侵入者』(400字詰原稿用紙換算枚数60枚)は現在、こちらで全文お読みいただけます。⇒ライブドアウィキ「マダムNの文学世界」『侵入者

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2008年2月16日 (土)

体調の悪かったときに読んだ大岡昇平の『野火』

 数日、体調が悪かったが、戻った。以下は体調日記から。

今はニトロのテープを1枚貼っている。丁度いい。皮膚症状も、前にはがした何箇所かが痒く、赤く跡がのこっているが、今貼っているところは何ともない。久しぶりに腰に貼っている。ニトロのテープとの蜜月、あと何日続くのだろう?

 だいたい5日から1週間と見ているが、気温によっても変わるから、あくまで目安だ。
そのあと、はがす→はがしたり貼ったり→トラブル(体調の低下、発作)→ニトロ舌下錠の使用→ニトロのテープとの蜜月、とこんな具合だろうか。

 現在ぴったり体に馴染んでいるニトロのテープ。今は1枚で丁度いいのだが、頭痛がし出したときははがさずに、もう1枚追加してみようかとも思う。

 ところで、体調が悪いときは自分が戦場に置かれた兵士の気分になると前に書いた。そんな気分が大岡昇平の『野火』に向かわせた。

 会員になっている――今年も更新手続きをするかどうかはわからない――同人誌「三田文学№91」のアンケートによる特集で、昭和文学(戦後~昭和末年)ベストテン〔小説篇〕のトップに大岡昇平の『野火』があった。

 わたしは大岡昇平の著作を読んだことがなかった。そんなに多くの人が重んじている作品であれば、読んでおかなくてはと思い、『大岡昇平〈ちくま日本文学全集)』(筑摩書房、1992年)を購入していた。

 積ん読になっていたそれを、体調の悪い数日間のうちの加減のいいときを縫って読んだというわけだった。

 戦争を描いた小説を読むのは何となく気が重いのだけれど、端正な文体、独特の観察眼にハッとさせられた。

 幾何学的といってもいいような明晰な、それでいて、ユーモアに通じるところの大らかな観察技術は特徴的なもので、フランス文学の影響を受けているな、と思ったら、やはりそうだった。

 わたしが好きな坂口安吾にしても、織田作之助にしても、平林たい子にしても、バルザックなどのフランス文学の影響を受けている。大正から昭和にかけて活躍した作家たちで、フランス文学に薫染した人は多いようだ。

 『野火』は、精神病院に入院している元兵士が復員した6年後に手記をしたためたというスタイルをとっている。

  人肉食が絡んでくるあたりから、その技術が投げ捨てられでもしたような何かせっかちな、ちまちまとした短絡傾向を帯びた別のカラーに支配されてしまったような印象を持った。

 にわかに作り物めいてくる気がしたが、出征の経験を持つ著者であるから、どこまでが体験に根差したもので、どこからが空想の産物であるのかは著者にしかわからない。

 語り手が自分は狂人であることを明かした後の作品のエピローグ的部分に、印象的な言葉は少なくない。

[私が復員後取り繕わねばならぬ生活が、どうしてこう私の欲しないことばかりさせたがるのか、不思議でならない。
 この田舎にも朝夕配られて来る新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る小数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに欺されたいらしい人達を私は理解できない。恐らく彼等は私が比島の山中で遇ったような目に遇うほかはあるまい。その時彼等は思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である。]

[不本意ながらこの世へ帰って来て以来、私の生活はすべて任意のものとなった。戦争へ行くまで、私の生活は個人的必要によって、少なくとも私には必然であった。それが一度戦場で権力の恣意に曝されて以来、すべてが偶然となった。生還も偶然であった。その結果たる現在の私の生活もみな偶然である。今私の目の前にある木製の椅子を、私は全然見ることが出来なかったかも知れないのである。
 しかし人間は偶然を容認することは出来ないらしい。偶然の系列、つまり永遠に堪えるほど我々の精神は強くない。出生の偶然と死の偶然の間にはさまれた我々の生活の間に、我々は意志と自称するものによって生起した少数の事件を数え、その結果我々の裡に生じた一貫したものを、生活とかわが生涯とか呼んで自ら慰めている。ほかに考えようがないからだ。]

[人は死ねば意識がなくなると思っている。それは間違いだ。死んでもすべては、無にはならない。それを彼等にいわねばならぬ。叫ぶ。
『生きてるぞ。』
 しかし声は私の耳にすら届かない。声はなくとも、死者は生きている。個人の死というものはない。死は普遍的な事件である。死んだ後も、我々はいつも目覚めていねばならぬ。日々に決断しなければならぬ。これを全人類に知らさねばならぬ、しかしもう遅い。]

 殺人を合理化するには、宗教を用いるしかないに違いない。マルクシズムもまた宗教のひとつだった。太平洋戦争時における日本人を支えた宗教は、天皇制と一体化した神道だったのだろう。

 これは神学的に複雑な内部構築に支えられてはいず、この島国における伝承に依存した一種の物語であり、詩であり、薫りであったから、知性にというよりは情緒に訴えかける性質のものだったのではないかと戦後生まれのわたしは想像する。

 己が肉の臭いが増す極限状態では、すめらみことの芳香は四散してしまうのだろう。

 語り手も著者もキリスト教に耽溺した少年期を過ごしているのであれば、クリスチャンの聖餐と人肉食を関連づけた語りがあってもよさそうな気がしたが、それはなかった。いくぶん旧約聖書的な《神》が、漫画的に登場しただけで終った。

 プロテスタンティズムにおける聖餐は、カトリシズムにおける聖餐のような秘跡の意味を持っていず、儀式の域を出ないようだから、著者すなわち語り手の注意が聖餐に向かなかったということもあったのかもしれない。

 わたしはクリスチャンになりたいと思った時期があったが、どうしてもカトリシズムにおける聖餐を受け入れることができなかった。

 ミサを傍観するわたしの目の前で、司祭の指で薄いパンが信徒の口に入れられ、葡萄酒が口に滴り落とされるシーンは、わたしには異様な光景だった。パンはそのときキリストの体に、葡萄酒は血に変化するとされるのだ。理由づけはどうであれ、何とも気色が悪かった。

 共食いをするというハムスターを家族が買ってきたとき、わたしは肉を与える実験を試みずにはいられなかった。幸い、ペットショップでは肉食の習慣はつけられていなかったようだった。その後も、わたしは実験を試みずにはいられなかったが、全部で1ダースほど飼ったハムスターはどの子も、肉には目もくれなかった。

 そういえば、子供の頃にお世話になった家政婦さん(字が書けなかったこの小母さんは在日外国人だったと思う)が、復員した兵隊さん(その兵隊さんが日本人であったのか、どこでそんなことがあったのかなど、詳しいことは知らない)から聞いたという人肉食の話をしてくれたことがあった。

 その肉の味がどんなものだったかという内容だった。残念ながら、よく覚えていない。淡々とした語りだった。わたしは子供心にそれを作り話と思った、思いたかったのかもしれない。

 また体の弱かった彼女が親にだまされて赤犬の肉を食べさせられた話もしてくれた。犬の肉と知って嘔吐したというその犬の肉の味がどんな味と聞かされたのかも覚えていない。

 だが、『野火』の語り手のような飢餓状態にあるときに、人肉を動物の肉といわれれば、嘘とわかっていながら食べないとはいいきれない。

 というのも、標本にされていた夫の切り取られた腸の回盲部――虫垂炎のためにできた無害な肉芽を悪性腫瘍と誤診されて切り取られたのだった――はあまりにも牛肉にそっくりで、それを牛肉といわれれば、飢餓状態では食べるのかもしれないと思わされるほどだった。

 テレビ番組『世界ウルルン紀行』ではタレント――うら若き乙女もいる――がずいぶんいろんなところへ行かされて、爬虫類だろうと、虫だろうと、食事という形式で食べさせられたりする。南方で飢餓に陥った昔の日本兵くらいしかそんなものは食べないだろうと思い込んでいたわたしは、そうしたシーンを初めて見たとき、心底驚いたものだ。

 『野火』の語り手が狂ったのは、いうまでもなく、彼がタブー意識に生きていたからなのだ。厳然とタブーが君臨しえる世界における物語なのだ。

 近頃の巷では、人を人とも思わぬような凄惨な事件が多発している。『野火』が書かれた時代と比較すると、今の日本は何でもありの神なき世界の様相を呈して、かつてのタブーも力を失い、何が起きるか全く見当のつかない空恐ろしさがある。

 ところで、わたしは不倫を題材とした『侵入者』という短編小説を書いたのだが、それに出てくるヒロインの心境には、ところどころ、『野火』の語り手の心境に通ずるものがでてくる。名作『野火』と照らし合わせるなど、不謹慎の謗りは免れないだろうけれど。 

  大岡昇平『野火』よりは、わたしは淡々とした筆致の石川達三『生きている兵隊』により考えさせられた。

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2月15日の夕飯(エスニックチャーハン)

P2120146 2月15日は、エスニックチャーハン、春雨スープでした。

 チャーハンには揚げてみじん切りにしたカシューナッツが入っていますが、揚げ立てのカシューナッツを少しお皿にとり、塩を振りかけて夫の酒の肴にしたら、喜びました。

 上に散っている緑色はバジルの葉。わたしはバジルがそれほど好きではないのですが、娘は好きです。写真は娘のお皿。

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バレンタインデーに家族で食べたチョコ

P2110134 上がゴンチャロフ。向かって左がモロゾフ。右がガレ。

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2月13日の夕飯(豚肉のしょうが焼き)

P2100103 P2100080  2月13日の夕飯は、豚肉のしょうが焼き、ジャガイモの酢のもの、コーンスープでした。

 時間がないときにさっとできる豚肉のしょうが焼きは、ありがたいレシピですねcute

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2008年2月14日 (木)

2月12日の夕飯(ブリの鍋照り焼き、卵とかにかま・きゅうりの酢の物)

P2090049 P2090044 2月12日の夕飯は、ブリの鍋照り焼き、卵とかにかま・きゅうりの酢の物、ごま豆腐、じゃがいもと万能ねぎの味噌汁でした。

 わたしは手軽な市販の土佐酢を利用することが多いのですが、服部先生の土佐酢のレシピで酢の物を作ってみました。

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ねぎたこ焼〜!

ねぎたこ焼〜!
3人でだと、あっという間になくなりました。

「たこ昌」のホームはこちら

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明石焼&たこ焼〜!

息子が送ってくれた明石焼、たこ焼です。
以前お土産に買って帰って、ファンになっていました。
「たこ昌」のホームはこちら

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2008年2月13日 (水)

体調のアップ・ダウン続く~失神しそうになった

 の記事を書いたあと、また調子が悪くなり、起きていられなくなったが、幸い眠ることができた。

 何か色々と夢を見ていた。お昼ご飯も食べないまま、5時間くらいも寝ていた。あまりの気分の悪さに目が覚め、しっかり痰が戻ってきていて、そればかりか胸の中が壊れそうな感じ。

 頭痛もあったので、ニトロのテープが合わないのかもしれないと思い、はがした。そうすると、壊れそうな感じが拡大して、苦しさが増した。

 今すぐ何とかしなければ失神してしまうと思い、が、どうしていいかわからず、わたしにはニトロしかない。ニトロを舌下。効いた。

 1週間くらいニトロのテープとの蜜月が続くが、そのうち頭痛がしてきたり、皮膚症状がひどくなったりして、もう沢山だという感じになり、はがす。

 はがして2日くらいは調子がいいが、そのあとで、今日ほどではないにしても、体の中で何かトラブルが起きる。

 ニトロのテープを貼ってもはがしても調子が悪くなる一方で、最終的に舌下錠を1個か2個使って解決するというパターンを繰り返すようになった。

 どうなっているのかわからないが、舌下錠が効くのだ。狭心症の発作だったのだろうか。

 でも、テープを貼っていて頭痛がすると、わたしにとっても一般的にも、テープが不必要というサインのはず。あのときはテープを貼っていたのに頭痛がしていた。同時に胸の中が壊れそうで、おなかがぱんぱんに張った感じがして、苦しくてたまらなかった。

 頭痛がして、ニトロのテープが不必要な状態のときに、さらに舌下したりすれば、頭痛は一層激しくなるはずなので、舌下錠を使おうという気にはならなかったのだが、失神しそうな苦しさの中で、手段が舌下錠しかなかった。

 それで使ったところ、胸の苦しさも、腹部がぱんぱんになったような感じも、おまけに頭痛まで消失。

 つまるところ、ニトロのテープでは、ニトロが足りていなかったということだろうか。ではあの頭痛は、一体? 

 舌下錠が効いたので、一件落着ではあるが、何だか心細くて泣きたいような気分。まだ今年が始まったばかりなのに、体調に関してはもういろいろとあった。

 体調が悪いと、戦場に置かれた気分になる。疲れた。もう6時。夕飯の支度をしなくては。その前に、さっさとアップしかけていた昨日の夕飯の記事を書いてしまおう。

 それにしても、舌下錠を使わず、もし失神してしまっていたとしたら、どうなっていたのだろう?  炬燵の上に豆を撒くように、舌下錠を散らしておいて助かった。どこに手を伸ばせば最短距離かわからなかったので、寝る前に、散らしておいたのだ。

 あの舌下錠を使う前の状態では、救急車を呼ぶのは難しい。仮に失神していたとしても、まさか死にはしないだろうけれど。こんな風に自分の体に絶えず警戒警報を発令しなくてはならない状態というのが、つくづく嫌になった。

 かといってまだ死にたくはない。準備が全くできていないもの。今日の午後は児童文学作品のブログを更新して、homepageに純文学作品『侵入者』を入れるはずだったのに、台無しだわあ~! 

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2008年2月11日 (月)

もちくりーむ!

もちくりーむ!
MOCHICREAMです。
お皿にのっているのはキャラメルマキアートとメロン。

わたしはメロンをいただきましたが、想像したよりも和風の子でした。

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2008年2月10日 (日)

2月9日の夕飯(ほたてのバター焼き、いんげんのごまあえ、ごぼうのミルクスープ)

P2060023 P2060015_2  2月9日の夕飯は、ほたてのバター焼き、いんげんのごまあえ、ごぼうのミルクスープでした。

 昨日は、娘に買い物を頼んでいたのですが、残業で夜10時過ぎるとの電話が夕方になってありました。

 あてにしていたわたしは慌てました。が昨日は体調がもうひとつで、バタバタと買い物に出る気力が欠如despair

 そこで、得意の(?)冷蔵庫漁りflair

 昨年の終わり頃に、北海道展で購入した冷凍ほたてがまだありました。賞味期限が5月になっていて、本当にありがたい品です。デパ地下へ行けば、普段でも売っているのですが、安くなる北海道展で2箱か3箱、まとめ買いすることにしています。

 ほたてで何をしようかと迷いましたが、幸いレモンがありましたので、前に作って美味しかったdelicious『ほたてのバター焼き』をすることにしました。

 野菜はレモン以外にも、丸ごとやら切れ端やら賑やかにあって、ほたてのつけ合わせとミルクスープの材料には不自由しませんでしたhappy01

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パール・バック著『神の火を統御せよ」の監修者丸田氏から再び届いた、貴重なコメントをご紹介

ちょっと恐い話

マンハッタン計画に関する新事実:

実は、この計画で合計4発の原爆が1945年夏に製造された。最初の1発は7月にニューメキシコの砂漠で実験に使われた。次の2発は8月初めに広島と長崎に投下された。最後の1発は、8月末に使用が予定されていたが、日本が8月15日にとうとう降服したので、結局使用されなかった。第3の被曝予定地は一体どこだったのだろうか? なんと小倉と新潟がこの候補地にあがっていた。

The Manhattan Project produced four atomic bombs. One was tested July 16, 1945, at a bombing range site known as Trinity near Alamogordo, New Mexico. Two others were dropped on the Japanese cities of Hiroshima and Nagasaki on August 6 and 9, 1945. A fourth was ready for use in late August, but by then Japan had surrendered and World War II had ended.

http://encarta.msn.com/encnet/refpages/RefArticle.aspx?refid=701610456

clip当ブログにおける関連記事
パール・バック著『神の火を制御せよ』(径書房)を読んで
パール・バック著『神の火を統御せよ』の監修者、丸田浩氏から届いた補足説明をご紹介

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2008年2月 9日 (土)

2月8日の夕飯(きのこのリゾット)

P2050101 P2050092  2月8日の夕飯は、きのこのリゾット、スナップえんどうの和風サラダ、アボカドのスープでした。

 久しぶりの夕飯の記事の更新ですが、簡単にできるだけでなく、家族に大ヒットした、きのこのリゾットのレシピをご紹介します。

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2008年2月 8日 (金)

ホームページ開設のお知らせ~「バルザックの女弟子になりたい!」がどうにか完成しました~!

 断片的にお伝えしてきたホームページ「バルザックの女弟子になりたい!http://book.geocities.jp/du3lait/」が完成しましたshine

 まだ収録した作品は1編のみですが、この掌編「杜若幻想http://book.geocities.jp/du3lait/WORKS/Junbungaku-works/kakitubatagensou/1-kakitubata.htm」は小品ながら、わたしの小説創作の原点ともいえる作品ですので、さっそくジオシティーズのページディレクトリ〔小説〕に登録しました。ホームページのTOPページは、〔文学〕に。

 ホームページ自体の登録はYAHOO!のロボット検索に登録を済ませたところで、一発太郎のサービスを利用した登録もしたいと思っています。

 これの前に作っていたライブドアウィキの「マダムNの文学世界」を中断させてしまっただけに、今度のジオのは、末永くやっていけそうなホームページにしたいという思いがありました。

 ホームページ作りではchickですので、そのうちまた別のHOMEを作って引っ越したくなるかもしれませんが、今のところはここでやっていけそうだと感じており、ホッとしています。

 ほとんどが、ジオのテンプレートを基本にアレンジを加えながらのページ作りで、背景、ボタン、ライン、イラストと、ずいぶん無料素材屋さんがたのお世話になりました。これからも、お世話になり続けることでしょう。

 すばらしい素材を無料でお貸しくださっている、才能ゆたかなかたがたに脱帽ですlovely
感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

 当ブログの夕飯の記事が止まっていますが、自分や家族の健康管理のために、また、利用させていただいてよいと思ったレシピを稚拙ながらお伝えするために、続けたいと思っていますので、今後共よろしく、どうぞ。

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ザボンのその後

ザボンのその後
(前の記事からの続き)

1週間ぶんの柑橘類ゲット!

と思ったほど大きなザボンの全体像でしたが、むいてみると、半分くらいの大きさになってしまいました。

それでも、夏蜜柑やグレープフルーツに比べたら大きくて、食べ応え充分!

3人の食後のデザートには、1個で多いぐらいでしたよ。

味は八朔に似て食べやすく、袋の中の粒が大きい割にはパサつきがなくて、案外しっとりとしていました。

ほんのり癖のある味といいますか、個性的な感じがありました。

いずれにせよ、ザボン初体験に感激しました。

ザボンの花を詠んだ、杉田久女の諸句を思い出しました。

以前に何句かご紹介しましたが、改めて、と思いましたら、残念なことにザボンを携帯では漢字に変換できませんでした。

香り高いザボンのように、風雅かつ爽やかな句なのですね。

そういえば、少し前の話になりますが、息子が研究室の助教授から東南アジア土産のドリアンキャンディーをいただいたそうです。

生ゴミみたいな物凄い悪臭が口の中に充満し、「その試練に耐えれば味はすばらしいよ」とおっしゃる言葉があっても限界を感じ、吐き出してしまったとか。

悪戯好きの助教授は、その間、楽しそうに見守っていらしたそうですが、すばらしい味というのは本当であるようです。

悪臭と味のよさで知られるドリアン。近頃は、果物売り場で見かけることがありますね。

1度チャレンジしてみたい気がしていますが、まだそれだけの勇気が出ません。

キャンディーと化しても、ドリアンって、そんなに匂うものなのですね(・∀・)

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ザボン〜!

ザボン〜!
貰い物のザボンです。

半透明の袋に入っているそれを初めて見たとき、黄色い鞠が2つ入っているのかと思ってしまいました。

子供の頃、家によく貰い物のザボンの砂糖漬けがありましたが、生のまま食べたことはありませんでした。

わたしには、珍しい果物でした。

何しろ、大きいので、むくのが大変! 林檎と記念撮影してみました。

(次の記事へ続く)

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2008年2月 7日 (木)

苦しかった

苦しかった
携帯から。

炬燵でうたた寝していたのだが、寝る前に、貼っていたニトロのテープをはがしてしまっていた。

ひどい胸の圧迫感で目が覚め、ぐるじ〜(>_<)

炬燵の上にも横にも薬は置いているのだが、苦しくて全く動けず、しばらくじっとしていた。

が、苦しさは募るばかりなので、頑張ってニトロを取り出し、舌下。テープも貼った。

胸の中が涼しくなり、嘘のように圧迫感が消えた。

深夜、まとめて幾つかのブログの更新をしたりして、疲れたのかもしれない。風邪気味でもある。

何にしても、テープを何もつけない無防備(?)な状態で寝るのは、危険なことだった。

おなかも変。体調日記にではなく、ここにあからさまに書くのも何だが、生理の前みたいな感じ。

体調日記にも書いたが、2ヶ月以上生理がない。閉経したのかと思っていたのだが、どうなのだろう?

先日の婦人科の診察のときに「閉経したのでしょうか?」と訊いたら、先生は、爽やかな溌剌とした声で、「そうかもね! 止まってもおかしくない年齢だからね!」とおっしゃった。

あっけらかんとした口調に、さっぱりとしたようでもあり、逆に落ち込んだような気分でもあった。

閉経したら、生理の煩わしさがなくなるのはいいのだが、女性ホルモンの分泌が減って、アルツハイマー発症の危険度が高くなったりするのが不安なのだ。

父がああなって、怖くなった。

閉経したとしたら、女性ホルモンに似た働きをするというイソフラボンの含まれる大豆を、これまで以上にとるようにしよう。

父は若い頃から、両切りピースなどの強い煙草を沢山吸い続けてきた。あれは脳に悪かったに違いない。

夫も、ただでさえ記憶力が悪いのに、煙草を吸う。
夫の父方のお祖母さんは、アルツハイマーらしき症状で亡くなり、「ご飯食べさせて貰ってない」「お金とられた」といっていたという。

夫婦してボケたら、いい社会迷惑だろうな。
わたしたちは父夫婦のようにロミオとジュリエットになることはありえず、原始状態に帰るだけだろう。
いや、わたしには夫に対する募る恨みがあるから、寝るのも食べるのも忘れて延々と愚痴を零し続けるのかもしれない。

閉経する前の女性ホルモンに潤った状態で、もう1度だけ強烈な恋をしてみたい。
不倫は主義に反するので、片恋でいい。そしてさっさと死ねたら、どんなにいいだろう。

これは俗物の夢で、哲学は、耐え難い倦怠感や絶望感の中からこそ始まるのだ。哲学するには、いい環境になってきた。

写真は中学時代からの宝物。岩崎書店のジュニア版世界の文学。

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更新のお知らせ

  • ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』⇒連載41

主人公は紘平という名の少年。別居中の父親の部屋で見つけた、アルケミー株式会社製品の不思議な接着剤が様々な事件を惹き起こします。
彼は、喘息持ちのひ弱な弟、幼馴染の少女瞳と一緒に遊んでいた電器店の倉庫の先に、不思議な接着剤で、いつかテレビで見た巨大な洞窟をくっつけてしまうのです。
洞窟の中から広がった中世西欧風の世界。そこで彼らが出会うのは、邪悪な竜の生贄と定められた錬金術師の美しい娘……。〔いよいよ、冒険の始まりです。

  • 忍者ブログ「マダムNの純文学作品」に連載中の『救われなかった男の物語』⇒連載17

文学賞の最終選考で落ちた作品及び同人雑誌掲載作品を公開していきます。
現在連載中の作品は、桜館と名づけられた瀟洒な館に住む3姉妹が抱えた闇の物語。

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2008年2月 6日 (水)

ひとりごと(管理画面にくっついていた新機能の絵文字にびっくり&息子が送ってくれた明石焼き&ホームページにちょっとした仕掛けをする)

 今、ココログの管理画面を開いてびっくりしました~。な、何? このニコニコ顔は⇒happy01

 う~ん、ココログもついに絵文字が使えるようになったのですね。よかった、よかったhappy02

 このところ、ブログたちの更新が滞りがちで、申し訳ありません。ホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」に時間をとられてしまっています。

 ライブドアウィキで作りかけていた「マダムNの文学世界」は、中断のかたちです。わたしの目的からすれば、使いづらいと感じました。別の使い道がありそうで、訪問者と一緒にページが編集できる機能というのは楽しくて、何かに使えないかと思っています。

 大学時代にリレー小説を少しやりかけたことがあって、その楽しさを思い出しました。

 部員のカラーが違いすぎたために、そのうちバトンが渡らなくなってしまいました。わたしの書いた部分は好評でしたよ。霧の立ち籠める館とか、ドラキュラとかを出した記憶しかもう残っていません。。。pen

 同人誌を自分で作りたいと思っていたもう少し若かった頃が今であれば、どんなにか活用して楽しんだことだろうと思います。前に書いたように、これには「侵入者」を収録済みで、一応ランキングにも登録ししているため、当分ここのままにしておくことになるでしょう。

 新しいホームページ作りのほうは、最初はジオシティーズに不慣れで、扱いに戸惑いましたけれど、慣れてくれば、かなり便利なサービスだと思うようになりました。

 まだ体裁を整える段階で作品は入っていませんが、ようやく体裁が整ったという感じです。

 ホームページの主要ページを、左から2秒かけて現れる設定にしてみました。こういった仕掛けは、訪問者に迷惑でしょうか。わたしの自己満足にすぎないのでしょうか。

 ソフトな感覚でページに入っていける気がして、わたしは嫌いではないのですけれど、まあ、ちょっとしたチャレンジです。

 ホームページに作品を入れる前に、連載中の児童文学作品を更新しなくてはなりませんchick

 ところで、就活中の息子が会社説明会で大阪に行ったことはもうお話ししましたが、そのときに何か送ってくれるというので、明石焼きを頼んでいました。

 それが今日届きました。だしで食べる、たこ焼きに似た卵焼きといったらいいのでしょうか。また食べるときにでも、記事にしたいと思っています。

 また電話で息子と話していて、決して就活を甘く考えているわけではない様子にホッとしましたが、やはり心配は心配なのですね。

 ネクタイをもう1本買うようなことをいっていたので、かなりの節約暮らしをしている様子を思い、よさそうなネクタイを買って送りました。

 娘が好きな「ニューヨーカー」ですが、男性のための「ニューヨーカー」で、綺麗な水色地に細かな黒いドットが入ったネクタイを買いました。

 お店の人もわたしも、ストライプでいいと思ったものがあったのですが、ストライプのは持っているので、ドットにしました(今は水玉模様とはいわないのですね)。スーツの色を選ばず、いろんなシーンに応用が利きそうで、勿論就活にもいいそうで、わたしは気に入りました。 

 本当はもっと赤い色や薔薇色なんかが入ったネクタイに惹かれるのですが、息子の場合、それはブーangryでしょうから、大人しいものにしたのです。尤も、そんな華やかなものは、就活向きではありませんが。

 このところ体調がよく、快適に過ごしています。ニトロのテープも昨日から1枚しか貼っていません。

 ホームページも何とか外装、内装共に整い、下水道や電気も使えるという感じになってホッとしました。あとは住人たち(わたしの作品群)の入居を待つばかり。

 一気には無理なので、とりあえず、これまでのブログ中心のペースに戻ろうと思っていますcafe

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2008年2月 5日 (火)

台所用品〜!

台所用品〜!
買い替えようと思いながら、なかなかその気になれなかったタイマーと砂糖入れ。

タイマーは半分壊れていて、鳴ったり鳴らなかったりでした。

新しいタイマーはピアノを模した可愛いもので、時間がくると、音楽が鳴り、鍵盤がオレンジ色に光ります。
黒もあり、そのほうがピアノらしいと思いましたが、マグネットで冷蔵庫にくっつけるので、冷蔵庫の色に合う水色にしました。
音楽は、ミッキーマウスマーチとアンパンマンのマーチから選べます。

砂糖入れは日田市の古い大きな借家に住んでいた頃に買った、10年くらい使い込んだものがまだ使えはします。
が夏といわず、油断すると蟻が侵入するのに備えて相当がっちりしたもので、使いにくさがありました。
今住んでいるところでは、蟻に対する異常なまでの警戒心は不要です。
新しく買った砂糖入れは、手軽に使えそうで、可愛いクリーム色のスプーンがついています。

どちらも2,000円強。長く使えることを思えば安いものですが、食品の買い物のついでにふと思い出して買おうかどうしようかと迷うとき、なぜか高く思えて、渋ってきました。

料理がまたちょっぴり、楽しくなりそうです。

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訂正

訂正
前に、循環器クリニックの広告が中心街のビルに設置された大画面に映し出されたと書きましたけれど、それを見た娘によれば、こちらのデパートに設置された画面だったとのことでした。

何せ、3箇所にあるので。

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2008年2月 4日 (月)

呼吸器科ですすめられたこと

 呼吸器科のあと、デパートでビジネスによさそうな靴を見つけ、休日の夫に電話したら、朝も送って貰ったのに機嫌がいいので呼び出したところです。

 わたしはさすがにハイな気分が疲れのために、トーンダウン。今日は最初から外食予定ですが、しんどくなってきました。でも作るのは、もっとしんどい。

 呼吸器科で体力、筋力をつけるために、運動をすすめられました。

 わたしにどんな運動ができるのだろう、と途方に暮れていると、先生おすすめの運動はラジオ体操だそうです。

 それなら、できそうです~。昔はバレー部だったのに、と思うと、ちょっと悲しくなりますが。

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夫とティールーム

夫とティールーム
今日は婦人科の受診日でしたが、卵巣の腫れは完全に消えていました。

先生はあれ、というように超音波で長いこと診ていらっしゃいました。

2枚ずつ写真を見せて貰いました。前回写っていた丸い、結構大きく見えるものが、跡形もありませんでした。

ネットなんかで調べると、こんなことは結構あることらしいです。

自覚症状が消えていたので、そうではないかと思っていましたが、すっきりした気分です。

休みだった夫に送り迎えして貰い、彼は心底嬉しがってくれました。

そんなに心配してくれていたとは、知らなかった〜(゜-゜)

わたしのブログによくご訪問くださるかたは前に書いたことをご存知でしょうが、わたしはいろんなことを考えました。

話は変わりますが、今日は病院の梯子で、これから呼吸器科へ行きます。
そのあとで元気があれば、ブリューゲルの画集を見に図書館か書店に行こうと思います。

ブリューゲルは新訳聖書の出来事を、ごくさりげなく陳腐な日常生活の片隅に置きました。
わたしも、本当の奇跡や神秘はそんな起こりかたをするのではないかと思っています。

話は上の観点からずれますが、奇跡と思える出来事にも証明が困難なだけで、科学的な根拠があることとわたしは想像しています。

たまにブリューゲルが見たくなります。ポケット版に近いものを持っているだけなので。

夫にもすっきりすることがありました。

仕事に関することです。仕事の大変さは同じでも気分的にずいぶん違うでしょう。

実に5年間、彼はそのことで重圧を感じてきましたから。

わたしたちが引っ越して1月もしないうちに夫が転勤しなければならなかったことと関係がなかったとはいえません。

結果的に転勤してよかったのですが、台風被害と短期間の2度の引っ越しでわたしは完全な病人になりました。

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息子にかんする夢

 ホームページに夢中で、全般的にブログの更新が滞っている。閉鎖を決めた「ミズNの純文学作品」以外はどのブログもまだ必要で、この滞りはわたしの生活全般の滞りといえるかもしれない。

 が、お蔭で昨日、PROFILE、INFORMATION、LINKのページを作り終え、何とか一息。あとはコツコツ作品収録の作業があるのみ。

 台風を含む数編の作品はパソコンで書いたものなので、打ち直す必要がなく、早いうちに収録できるだろう。

 ここや他のブログで連載した作品も、すぐに収録できる。「マダムNの純文学作品」で連載中の『救われなかった男の物語』はそのまま連載を続け、終った時点でホームページに収録しようと思う。

 他に打ち直す必要のある作品も、多くはまずはここや他のブログで連載してからということになるだろう。

 昨日、仮眠中に息子が出てくる夢を長々と見ていた。どうも、息子のこれからの就活の大変さを夢の絵巻物にしたような感じだった。担当の教授も何か気遣わしげに登場なさってくださり、なぜかネットの画面に花の画像を載せていらっしゃる場面だった。

 現実でも、教授はあれこれ心配してくださっている。

 まずは幼い頃の息子が、現在も煙草を吸わないのに、七三にポマードで撫でつけた髪型をし、スパスパ煙草を吹かしているところから夢は始まった。それからずぶ濡れのすずめになって出てきて、そのあと今の姿でケーキを食べているが、息子は髪の毛が入っていたという。

 それからもいろいろあった気がするが、上の教授の場面が出てきて、今度は息子は少し底のこんがり焼けすぎたタルトか円形で小型のお好み焼きかを食べている。

 最後に幼いような息子の「ありがとう」という声が聴こえた(気がして)、実際には相当に長かったわたしの疲れる夢は終った。

 息子の就職活動を意味しているとは限らないが、わたしにはどうもそうらしく想像される。大変なら、いっそ先輩のコネがあるという会社に早々と入ってくれないかしらと思うが、息子はいろいろと受けてみたいようだ。

 心配は長引きそうだ。

 ところで、わたしは今日はこれから病院の予約があり、忙しい。帰ったら疲れてだめかもしれないが、早いうちに頭の中ではできている『不思議な接着剤」の続きを書きたい。   

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2008年2月 2日 (土)

ひとりごと(苦闘の跡&息子の就活2、迫る同人誌の締切日)

 以下は、準備中のホームページ「バルザックの女弟子になりたい!」の更新日記からの引用です。苦闘の跡が何となくわかっていただけるでしょうか?  日記は下から上です。

更新情報 

2008年2月2日 (土) 文芸作品一覧、純文学作品
ジオのテンプレートを利用して、MENUの中の「文芸作品一覧」「純文学作品」のページを作成。
「Pearl Box」さんから、真珠をあしらったライン、ボタン、ミニチュア室内セットの画像をお借りする。
ジオの編集画面から〈書式〉の《ぺージのプロパティ》を開いて、文芸作品一覧、純文学作品の背景色を変える。「Pearl Box」さんの画像をお借りして、「更新情報」の背景も変える。

2008年2月1日 (金) 更新情報、ジオログ
当日記の内容を「更新情報」とする。

本日より「ジオログ」を書き始め、アバターも設置。

2008年2月1日 (金) ジオでホームページを作る
ホームページ名を『バルザックの女弟子になりたい!』に確定。

ジオのテンプレートを使って、TOPページを作成。
検索窓もつける。無料素材屋さん……波の動く画像を「海の素材屋」さんから、ボタンを「牛飼いとアイコンの部屋」さんからお借りする。

 苦闘……なんて書きましたけれど、実は楽しくて、楽しくて~。素材屋さんから画像をお借りするときにあれこれ閲覧させていただく楽しさは、ウインドウショッピングに匹敵します。

 まだ外観を整えるだけで精一杯ですが、少しずつ作業は進んでいます。

 外観が整ったら、あとは作品を収録していく地味な作業に入らねばなりません。わたしもいつどうなるかわかりませんから、最低限、まあまあ書けたと思えるひと群れの作品はネット上に残しておきたいのですね。

 風に吹かれてどこかへ消えてしまうまでは……。

 と、本当はそんな遺書みたいなことをあまり考えているわけではなく、現実問題として作品の整理の必要性を痛感しての追い立てられるような作業というわけです。

 ワープロで書いた原稿がほとんどという現在、パソコンで打ち直さなければ、フロッピーに入れただけのものなどは、そのうち読むこともできなくなるでしょう。

 過去の作品が新しい作品の助けとなることは、案外多いのです。根気の要る作業をホームページ作りの楽しさに紛らわせてしまおうという魂胆でして。

 創作とホームページ作りとのバランスをとる難しさがありますが……。時間がないくせに、ついアバターで遊んでしまったりして。。。

 と、ここまで書いたとき、仕事から帰宅した娘がわたし宛の葉書を持ってきました。

 主幹が同人誌の締切をいってきました! 今月末? すっかり忘れていました~。

 おお(゜o゜)「力作をお送り下さい」とあります!! K文学賞の地区選考で審査員をやっていらっしゃる主幹に落とされた作品を送るのは、まずいでしょうか。

 落とされてお尻が赤くなっている「侵入者」を、わたしは大傑作……とはいかないまでも小傑作と独り決めしているのですが。

 それはだめ、あるいは書き直し、といわれる可能性大です。嫌です! 

 でも、ネットを除けば同人誌が唯一の作品発表の場である今、掲載して貰えるような工夫が要ります。とりあえず、「侵入者」を載せていただけるかどうか、打診してみようと思っています。

 少しはまるくなったわたしと同じく少しはまるくなった息子が、大阪から電話をしてきました。

 就職活動中で、昨日今日と会社説明会が跨ったため、1泊したとか。「東京は全然迷わなかったけど、大阪は迷うねぇ~」と息子。

 昨日が大企業の説明会、今日が中企業の説明会。

 大企業の説明会では「さすがにエリートって感じの学生が結構来ていたねえ。でも、質問しているところなんか訊いていると、単にエリートって感じのが多いねえ」と息子。

「それ、どういう意味?」と何のことかわからないわたし。

「いや、型通りっていうかさ」

 え、そういう場って、型通りでないといけないのでは~。まさか、型破りなこと、いったんじゃないでしょうね。アウッ、母子して、まるくなったんだかどうだか……。

 1社だけ、研究室の先輩のコネが利きそうな会社があるそうですが、ただ、そこは内定までの期間が馬鹿に短く、先輩たちが気に入られて同じ大学から――という事情であるため、もし決まった場合には絶対に断ることができないとか。

 その会社の受験を迷っているようです。

 説明会に行ってみて、会社による仕事内容や雰囲気の違いを肌で感じているようです。

 中旬にも、大阪で数社、会社説明会に行く予定があるようです。母はハラハラして見守るばかりです。

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