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2007年11月19日 (月)

ひとりごと(あれやこれや)

  現在午前6時を少しまわったところ。燃えるゴミを出す日だったので、外に行ったら、寒い、寒い。で、レンジで牛乳を温めて飲んだ。

 数日前から「ひとりごと」を書きたいと思いながら、何やかやと忙しくて、その気分になれなかった。今のこのノリは、完全にペンで日記を書いていた頃の感覚だ。これを読まれてしまうことも忘れてしまうくらい。

 過日、買い物の帰りにコンビニに面したバス亭を通りかかった。何気なく、バス亭に並んでいる人々を眺めながら歩いていると、若い女性がとめどもなく涙を流していた。周囲の人々は気づかないのか、気づかない振りをしているのか――。目を逸らし、通り過ぎたが、つい気になって、だいぶ過ぎた頃に振り返ってもう一度見た。

 遠目でわかりにくかったが、やはり泣いているようにしか見えなかった。コンタクトにゴミが入ったとか、そんな小さなアクシデントで泣いているようには、全然……。どうしたのだろう、と綺麗な泣き顔を思い出す。

 先週、息子から夫に手紙が届いた。年末年始に帰省したら、一家の主人らしからぬ行動をとった父親をうっかり許してしまいそうになるから、帰らないとあった。便箋3枚にびっしりと小さな、子供っぽい字で理路整然と書かれていた。

 息子はマスター1年だが、研究室でもバイトでも頑張っている様子。でも、夫は学資のためにつくった借金を返しているところだし、奨学金の保証人にだってなっているのだから、手紙の潔癖な文面も何だか、夫の掌の上でポーズをつくっているようにも思えて……。

 とはいえ、息子が書いてくれてよかったと思う。本来はわたしが書くべきだったのかもしれない。夫は徹底して自己流の考えかたしかできない人だから、息子の手紙を理解したのはわたしだけなのかもしれないが、それでも家族がこんな風にきちんとしたことを夫に宛てて書くことは有意義だと思った。

 夫は数年置きに何かしらやらかしてくれ、その内容は困ったことにその都度違っているため、こちらの戸惑いは大きい。彼は、世界中で自分だけが大変な目に遭っていると思いがちだ。大抵は仕事が原因らしいが、冷静になって処理するより、自己憐憫に浸り、鬱憤晴らしをするほうを選択してしまう。

 事を起こしてから、ようやく、仕事上の悩みを打ち明ける。わたしは、わたしにわかる範囲で知恵を搾る。すると、大抵は何とかなることばかりなのだ。そして、彼がわたしの知恵を利用するにせよ、しないにせよ、打ち明けただけでも内容の整理ができ、すっきりするのか、平和が訪れる。

 でも、また一定期間が過ぎると……。一体何なのか。彼を理解するために小説を書いていた時期があったほどだが、最近わたしはそれが深読みだったと悟った。何か解決の難しい事柄に出合うと、いわば思考回路がショートして、あるいはショートさせまいとして、考えずに済む本能に任せた行動に走るのだろう。

 そういうわたしは彼の仕事の悩みに別の視点をもたらすことはできても、彼の本能に任せた行動とそのことが惹き起こす混乱に、思考回路がショートしそうになる。ショートの連鎖反応なのよ~。 

 まあ、いろいろあったとしても、わたしは母親なのだから、家族の和を目指したい。小さくても、共同体なのだから、簡単にはいかないとわかっている。

 夫と結婚した日は、松村潔著『決定版!! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)によれば、「消しとめられた山火事」。そんなシンボルを持つ日に結婚したせいか、夫の短絡行動は、わたしにとって、山火事が起きるようなインパクトがある。

 新たな事件が起きるたびに、これまでの経験から決まり切った対応をするという怠慢に陥ることなく、そのつど直視して、対応するという姿勢が確立されていきます。外界に真に開かれた態度をとれる人です。

 これも、そんな人間になるための訓練だと思えば、夫のもたらすハプニングも耐えられ……な~いわね、どうしたって! もう疲れまひた。

 とこんな風にゆとりをもって考えられるのも、実はニトロのテープのお蔭なのだ。貼りっぱなしのテープが、良質の眠りと心臓に羽が生えたような軽さをもたらしてくれ、気分まで上昇させてくれているというわけ。

 ニトロを貼りっぱなしになるなんて、もうお仕舞いかと思っていたら、その逆だった。新しい薬を使い始めたときとか、新しい治療を受けたときによく、一時的に体調が上向くことがあるので過信はできないが、まだいけるという気がしてきた。

 重かった心臓が軽くなって、絡みっぱなしだった痰が出なくなった。今少し風邪気味でいくらか喘息が出ているにも拘らず、痰がほとんどない。ニトロを貼りっぱなしにしている効果としか考えられない。

 朝、胸の圧迫感と痰のため、動けないほど苦しいと循環器科の先生に話した際、痰の原因はわからないとしながらも、「それは気管支拡張剤を使うより、ニトロを使ったほうがいいと思う」とおっしゃって、わたしはそうなの~と疑問だった。しかし、なるほど、ニトロで双方の症状が消えた。

 ニトログリセリン貼付薬は、ネットで調べたところ、狭心症の他に、心不全による呼吸困難――心臓喘息にも効果があるとあった。何にしても、わたしが使って悪いことはないようだ。

 これまでは、発作のあとで、次の発作を避けるために貼ることが多かったのだが、ずっと貼りっぱなしであれば、間が空くことなく予防ができるというわけだ。それでも、発作が起きなくなったわけではないから、舌下錠も必要だが、何しろ、いつも苦しかった胸が、本当に快適。

 熟睡できるようになったせいか、夢日記が滞っている。昼間も、寝たり起きたりだったのが、ほとんど横にならずにいられるのが夢のようだ。これがずっと続きますように。それにしても、毎日1枚ずつ使ったとして1年で365枚。死ぬまで使うとしたら、相当な枚数になるだろう。

 デパートの北海道展で、中が黄色い「インカ」という名のじゃがいもを買った。冷蔵庫に入れなければいけないそうで、何と食べ頃は来年の桜が咲く頃だという。越冬じゃがいもは、実に美味だとか。何個か野菜室に眠らせておこうかな。 

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