« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月の51件の記事

2007年11月30日 (金)

ひとりごと

 前2本の記事は、恥ずかしいものとなってしまいましたが、ニトロに頼る生活を送っていると、どうしても死の吐息が頬にかかるのを感じることがあって、そうしたとき、シビアなわが家の現実に直面します。

 削除してしまいたくなりましたが、このブログには物書きの卵が綴る率直な記録――本音の記録――としての役割をもたせたいので、あえて削除しません。

 今朝ニトロの舌下錠を使用して一旦胸の圧迫感はなくなったものの、気分のよさは長くは続かず、日中は寝たり起きたりを繰り返し、結局外出しませんでした。

 ところが、夕方になり、もう1枚ニトロのテープを貼ったところ、たちまち気分がよくなりました。不思議なほどです。ニトロの量が足りていなかったのでしょうか。

 1枚は左の腰に、もう1枚は右胸に貼っています。買い物は娘に頼まざるをえませんでしたが、料理ができるまでに回復しました。勿論、掃除と洗濯もできました。夕方から超スピードで……。

 体調が戻ると、死のことなど遠ざかり、創作のことで頭がいっぱいになる脳天気さ。料理の写真も3日分溜まってしまったので、ぼちぼち記事にしますね。

 先生に伺うことなく、ニトロのテープを2枚も貼っていますが、使いすぎなのでしょうか。でも、少なくとも今日のところは2枚貼らないと、わたしの体は――というより、わたしの心臓はというべきでしょうが――日常生活に適応できなかったのです。

 舌下錠をたびたび使うより、長時間作用するテープを追加するほうが、今日のわたしの症状には合う気がしました。

 寒い間は、ニトロに頼り切る生活も仕方がないのかもしれません。暖かくなれば、これほど必要ではなくなるでしょうから。

 これまでに貰ったテープの余りが沢山あったので、助かりましたが、2枚ずつ使うようになると、なくなりかたが早いでしょうね。やはり次回の受診時に、テープの使いかたについて、先生に伺う必要がありそうです。

 インフルエンザの予防接種も早く済ませなくては。

|

再び携帯から

あまり具合悪そうにすると、また夫が短絡行動に走る可能性があると思うと、外出がますます嫌になります。

わたしがこんな体になっても夫は、三食昼寝付きのグータラ主婦と思っていたいようです。まだ50前のこの年齢で、具合も悪くないのに、寝てばかりいるはずがないではありませんか。

結婚したときわたしは若く、無知で、まだ人間を見る目ができていませんでした。

もしわたしが死ねば、娘がどうなるかと思うと、それが一番気がかりです。

夫は子供たちのことを、一貫した愛情をもって見守ることのできるような男ではありません。気が向けば、親切なこともしてくれますが、あくまで気分なのです。娘はお手伝いさんにされてしまうでしょう。

万一わたしが死んでしまうようなことがあれば、夫と暮らすよりは、息子の就職先の土地で暮らすように娘には言ってあります。そんなことが可能かどうか、わかりませんが、娘もそうしたいと言っています。これも息子がきちんと就職できて初めて、可能になることです。

息子は、登校拒否になっていた友人を立ち直らせました。よく友人のことで心を痛めたり、喜んであげたりしていて、姉のことでも、よく心配してわたしにあれこれ訊いてきます。息子にはクールなところがありますが、心の温かな人間です。わたしは子供たちをそのように育てました。

もし不本意にも死んでしまうようなことがあれば、幽霊になってでもわたしは子供たちを守り通すでしょう。

・・・心が乱れて、みっともないことを書いてしまいました。

|

携帯から

家族を送り出したあと、 再び寝床に戻り、携帯で記事を書いています。

体調がよくありません。ニトロのテープを24時間貼るようになって快適でしたが、この2日ほどは寒さが応えて疲れがひどく、胸の中が不安定な感じで、もう1枚テープを貼りたい気のすることがたびたびありました。

今朝は胸の圧迫感を覚え、舌下錠を使いました。胸の中が涼しくなり、頭の中も涼しくなって、気分がよくなりましたが、もう少し体調が回復するまで横になっていようと思います。

夢のような健康感は、長くは続きませんでした。テープを貼りっぱなしにしていても、この寒さが絶えざる刺激となって、テープがせっかく血管を開いてくれても、また痙攣を引き起こしてしまうようです。

冬はまだこれからだと思うと、気が滅入ります。
今日は、インフルエンザの予防接種と買い物の予定があります。外出はしたくありませんが、空っぽの冷蔵庫を思うと、そうも言っていられません。童話を書きたいのですが、おあずけ・・・ワンワン!

|

2007年11月29日 (木)

わたしの児童文学作品『不思議な接着剤』の続きを考えた~「マダムNの創作ノート」から

 電器店のシーンでは、まず、幼馴染の瞳をクローズアップさせよう。

 そして、紘平は彼女に、接着剤の秘密を話してしまう。

 紘平にとって瞳はそのような、信頼に足る人物であることは確かだ。冒険に入る前に、瞳に関しては肉づけをかなり行っておきたい。

 実は、瞳にはモデルがあった。と過去形になるのは、話の進行と共に紘平に肉づけがなされるにつれ、彼と行動を共にするのは、彼女(モデル)ではないということがはっきりするようになった。

 むしろ、紘平と行動を共にするのは、ヒトミちゃんではなく、マチコちゃんだろう。

 冒険は大変なものとなりそうなので、初めに考えていたヒトミちゃんがモデルでは、優しく、おっとりしすぎていて、ストーリーが進行しそうにない。恐るべき邪悪な竜に紘平と立ち向かうにも、役不足だ。

 紘平は男の子にしてはおっとりしていて、ヒトミちゃんと同じタイプなのだ。ヒトミちゃんは、サバイバル向きではない。紘平もサバイバル向きではないのだが、仕方がない。

 不向きであろうがなかろうが、彼には、冒険に入って貰わなくてはならないのだ。この冒険は彼自身が招いたことなのだから。

 新たなモデルとなりそうなマチコちゃんは、一緒にピアノを習っていた利発な子で、母子家庭のひとりっ子だった。

 小学校のうちに転校してしまったが、彼女と文通を続けていた人の話では、マチコちゃんは女医さんになったということだった。ちなみにヒトミちゃんは、初恋の人とめでたく結婚して、夫婦でお店をしている。

 このお話を思いついたときに、瞳は早いうちにわたしの意識に浮上したキャラだった。ポニーテールの女の子が繰り返し、意識に現われるのだ。

 だが、イメージはぼやけていた。そしてわたしは、そのイメージを、ポニーテールにしていたヒトミちゃんに重ねてしまったわけだが、それがお話をストップさせた大きな原因だったと思う。

 ポニーテールの子は何とマチコちゃんだったのだ。彼女もポニーテールにしていた。とても可愛らしい子だった。ヒトミちゃんも可愛らしい子だったが、明らかにタイプが違う。

 でも、ヒトミちゃんが最初に出てきてくれなければ、電器店でのシーンが思いつけなかっただろう。長い長い停滞だったが、今では意味のある停滞だったと思える。

 もうひとりの重要なキャラ、錬金術師の娘スピカにもモデルはあるのだが、それも人違い(?)である可能性はある。まだ霧の中の映像にすぎない。スピカの存在は、このお話の華となるはずのものだ。

 スピカのモデルとして想定していたのは、「マダムNの覚書」で連載している『あけぼの――邪馬台国物語』に登場する卑弥呼の亡くなった姪ヤエミと共通する人物。

 だが、彼女はヤエミのモデルではあっても、スピカのモデルではない気がしてきた。

 ヤエミやスピカのモデルとなれる人物はおいそれとは見つからない気がするが、人間であれば誰にも聖性が潜んでいて、わたしにはその片鱗が見えるのだから、誰がモデルであってもいいともいえる。

 それでいて、上に書いたことに反するようだが、モデルはひとり……間違いなくひとりだけだ。

 スピカには錬金術師の父親がいる。彼の姿もまだぼやけている。

 創作するということは、出会いがあるということで、それは現実の出会いに匹敵するか、場合によってはそれ以上のものだ。

 『不思議な接着剤』はこちらでお読みになれます。

|

2007年11月28日 (水)

わが家でヒットしています

わが家でヒットしています
トワイニング「チャイミルクティー」はお手軽なスティックタイプで、なかなかの美味しさです。
最近、娘とのお茶はもっぱらこれ。夫もお気に入りです。

| | コメント (0)

2007年11月27日 (火)

11月26日の夕飯(こんにゃくステーキ、水菜とベーコンのスープ)

Pb270053 Pb270038  11月26日の夕飯は、アジの干物、こんにゃくステーキ、大根の炒めなます、水菜とベーコンのスープでした。

 こんにゃくステーキ、真ん中あたりだけ見ると、お肉のステーキに見えません?

 お肉とはまた違った美味しさのこんにゃくステーキ……お肉大好きの夫ですが、このステーキも喜んでくれました。もともとこんにゃく好きの娘には、大受けでした~。レモン汁は、たっぷり搾ってかけたほうが美味しいですよ。

続きを読む "11月26日の夕飯(こんにゃくステーキ、水菜とベーコンのスープ)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日はノーベル賞制定記念日だそうです

|

某出版社に賞について問い合わせる~『マダムNの創作ノート』から

某出版社に賞について問い合わせる
 某出版社に、児童文学の賞について、問い合わせた。

 募集要項に未発表作品、ただし商業出版を目的としない同人誌発表はさしつかえない――とあったので、ウェブサイト上で発表した作品――個人のブログで日記的に綴った作品は、対象外となるのかどうかをメールで尋ねた。

 すると、丁寧な返信をいただき、その場合は可とのこと。

 ついでに、持ち込みはどうか尋ねてみたが、ノン……。数年前まではここ、よかったはずなのに、残念。電話で問い合わせても、同じだろうなあ
  でも、これで安心して、ブログで作品の連載を続けることができる。

|

2007年11月26日 (月)

11日25日の夕飯(じゃこねぎチャーハン)

Pb250039 Pb250029  11月25日の夕飯は、じゃこねぎチャーハン、かにかまと水菜のサラダ、麩と万能ねぎの味噌汁でした。

 ちりめんじゃこたっぷり……一気にカルシウムがとれそうなじゃこねぎチャーハン。
□■

■■□

続きを読む "11日25日の夕飯(じゃこねぎチャーハン)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月25日 (日)

ドラマの闇市の情景、ブログの世界、ミシュラン騒動

 一昨日だったか、NHKで、長谷川京子の出てくるドラマを見るともなく見ていて、闇市のシーンに、あっと思ったことがあった。

 ブログの世界は、闇市とかのみ市に似ていると思ったのだ。価値のありそうなものもなさそうなものも、何もかもごっちゃに存在するところが。

 ブログランキングに参加するようになって、特にそう感じるようになった。その世界では、プロのブログと一般人のブログが前後して並んでいたりすることが珍しくないからだ。

 そしてつくづく、本来プロというものは社会的に作られるものなのだなあ、と思った。それは、文学賞に応募していて、しみじみと思ったことでもあった。

 わたしが応募してきた文学賞のうちのある賞では、最終選考までいけば、作品は作品集に収められる。

 栄冠に輝いた作品も、そうでない作品も、同じ体裁のもとに作品集に顔を並べていて、それを読んだ限りでは、賞による格付けがあろうがなかろうが、少なくとも社会的な格付けの薫りはしない。

 ところが、この栄冠に輝いた作品が商業雑誌に掲載されたり、さらに運がよくて芥川賞という社会的認知と栄誉を授かったりしたならば、背後に円光が見えてくる。それは社会が作り出した輝きだ。

 実際、商品化される段階で、掘り立てのじゃがいも同然だった作品に、校正の手やデザインの手や宣伝の手などが四方から伸びてきて磨き立て、マイ・フェア・レディへと仕立てるわけなのだろう。

 そして、落選したひと群れの作品は、半ば土に埋もれたまま、どうともなれといった雰囲気で打ち捨てられる。そのじゃがいもの中の僻みっぽい1個は、「同じ穴のムジナだったはずじゃないか!」と悔しがったりもするだろう。

 現実には、最終選考までいければまだいいほうで、わたしのような応募者の場合、数撃ちゃ当るで、あちこちに応募したところで、果たして作品が先方に届いたのかどうかもわからないまま終ることも少なくない。

 そんな状態が長年続くと、心身ともおかしくなって当然だが、ただ、馬鹿ではない限り、これは当然の茨の道だという覚悟があるものだと思う。

 そして、本当にプロになりたい人間は、最初から茨の道なんぞ歩いたりしてはいない。大変な努力と苦労を重ねているかもしれないが、その道は、茨の道とは性質が違う。

 ゴッホがなぜ、生前世に出られなかったか。当ブログ内ランキング入りした、

10位:芥川賞候補、川上未映子の詩『私はゴッホにゆうたりたい』を読む

の中では、わかりきったことなので書かなかったが、それは彼が、当時の流行、傾向というものを作り出し、金銭の流れを作り出していた商業主義に乗らなかったからなのだ。プロになりたければ、何よりもその流れに乗りたいという意思表示を行う必要があるのだ。

 つまり、ゴッホは、その流れに乗るどころか、その流れを作り出している当時の社会、価値観というものに否を唱えた人間なのだ。優秀なブローカーであれば、その臭気はすぐに嗅ぎわけるだろう。

 ゴッホは、まぎれもない異端児、革命家だった。

 いつの時代にあっても、芸術家が孤高の存在とされるのは、その時代の価値観に警鐘を鳴らし、否といえる人間だからなのだ。埋もれたまま朽ちることを、物ともしないからなのだ。

 とはいえ、そこはゴッホも人間だ。悲しいことに、肉体もあれば義理も人情もあっただろうから、いろいろあって当然だったろう。赤ん坊の甥に捧げられた『花咲く巴旦杏の枝』の輝かしいまでの純真さ、伸びやかさを見れば、彼がどんなにヒューマンな人であったかがわかる。

 ところで、テレビで、わが国の料理店にも下されたというミシュランガイドの評価が話題になっていた。書店勤めの娘は、『ミシュランガイド東京2008』の注文が殺到して、「ああ~もう嫌だあ」といっていた。

 が、フランス本国では批判の声も多いようだ。そのご大層なフランス臭い箔を、わが国の料理店につけたりつけなかったりして、新たな金銭の流れを作り出そうというわけか?

 ミシュランから受けた評価を維持するには、とてもお金がかかるという。

 プロになるということも、アマにはわからない代償を払うということだろうし、本物の芸術家を目指す人間は、少なくともブローカー並みには嗅覚が発達しているはずだから、そもそもそれが面倒なヤカラといえるのかもしれない。

 わたしは幸か不幸か、才能の乏しさということがあって、どっちつかずの生きかたしかできないが、今の世に生まれて幸運だったと思っている。

 そもそも芸術が大衆的になった現代に生まれていなければ、物を書く真似などできなかっただろうし、とりわけこうしたインターネットの普及とブログの流行には恩恵を被っている。

 高いお金を出して自費出版しなくても、無料のブログサービスを利用し、作品を日記のように綴るだけで、気が向いた人々に読んで貰えるありがたさ。綺麗なテンプレートが沢山あって、まるで挿絵をつけて貰ったような素敵な体裁で、自分の作品を眺めることができる高揚感!

 そして、ふと見れば、隣に同じような顔つきでプロのブログがあったりする不思議さ。

 こうした不思議といえば不思議な現象といい、ミシュランが極東の日本に上陸した(都落ちした?)異様な出来事といい、これは資本主義が行き着くところまで行った狂い咲き現象と捉えるべきなのか。あるいは、既に資本主義世界は崩壊しかけていて、世界的な闇市状態が出現しかけているということなのか……。 

関連記事:ゴッホ①「ゴッホの絵、パンのオブジェ」
              ゴッホ②「ゴッホとゴーガンにおけるジヌー夫人」

|

2007年11月24日 (土)

不健康の効用

 連休といっても、家族は仕事なので、わたしの生活は日常通り。

 毎日貼るようにと13日に循環器科でニトロのテープを貰って以来、24時間ごとに取り替えてはせっせと貼ってきた。

 その結果、抜群に体調がよくて、昼間横にならずに済む。夕方、夕飯作りに入る前に半時間ほど横になるだけだ。とにかく体が軽く、胸のことなど気にとめずにいられるのが楽しい。

 坂東玉三郎の公演に出かけたときも、全く狭心症の発作が起きなかった。

 昨日は、神智学協会と関係があり、哲人クリシュナムリティと親交があったという20世紀イギリスの作家オルダス・ハックスリーのことが気になったので、久しぶりに県立図書館に出かけようかとも思ったが、天気がよかったのでシーツ洗いに布団干し、掃除に明け暮れて満足だった。

 体調が悪かったときは、布団を干すにも、息絶え絶えという感じでやらなくてはならなかった。そのあとは数時間寝込み、取り込んだあとで再び寝込む始末。下手をすれば、夕飯作りの体力が残っていなくて、娘に弁当を頼むはめになった。今思えば、そんな異常な生活を送り続けていたのだ(過去形)。

 でも、さすがに家事に熱を入れすぎたのか、予定としては、夕飯のあとで入浴を済ませて、そのときにニトロのテープを貼り替えるつもりだったのが、うたた寝してしまった。いつも食後に服用するインデラルとヘルベッサーはちゃんと飲んでいた。

 朝5時頃、猛烈な胸の圧迫感で目が覚め、新しいニトロのテープを貼り忘れたために、それを連用するようになる以前の悪夢が戻ってきたことを悟った。体を起こせば幾分楽になることが多いので、とにかく体を起こす。とめどもなく痰が出てくる。

 洗面所に行きたかったが、胸の苦しさで動けず、たちまちティッシュの山ができた(汚い話……)。つい10日前までは、そんな朝がごく当たり前だったというのに、楽を覚えてしまったわたしはひびった。

 舌下錠かテープかで迷ったが、胸痛は起きていなかったので、テープを貼って様子を見ることにした。腰に貼り、薬の効果が表れるのを待つ。しばらくしたら、楽になった。

 これを書いている6時過ぎの段階では、すっかり元気。

 ニトロのテープ(メディトランステープ)が、わたしの体調改善に大きく役立っていることが、改めてはっきりした。

 ただ、インデラルとヘルベッサーを使い始めたときも、薬の効果がすばらしい表れかたをして、感激したことを思い出す。

 今もこの2つの薬は欠かせない。インデラルを半日飲み忘れると、脈拍は140に増えて1日経つ頃には苦しさが出てくる。ヘルベッサーを飲み忘れると、狭心症の発作が出てくる。

 ということは、3つの薬が作り出す絶妙なバランスによって、わたしのこのところの健康は保たれていたのだ。

 これは、いつまで続くのだろう? そのうち、別の薬か、貼るテープの枚数を増やさなければならなくなる、といったことが起きるのだろうか?

 考えれば考えるほど不安に駆られてしまうが、まあ、いいじゃないか。今のところは、この降って湧いたような健康の喜びを味わおう。

 尤も、不健康なほうがパソコンに齧りついている時間は長く、創作的には生産的な気がする。

|

2007年11月23日 (金)

11月22日の夕飯(クラムチャウダー)

Pb220112_2 Pb220108  11月22日の夕飯は、クラムチャウダー、冷やっこ、明太子、トマトでした。

 家族に大ヒットしたクラムチャウダーは、主菜としての貫禄、充分でした。

 夕飯にはどうしてもごはんがほしい、わたしたち夫婦。冷やっこと貰い物の明太子がテーブルにあるのは、勿論そのごはんのためでした。
○●

続きを読む "11月22日の夕飯(クラムチャウダー)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月20日 (火)

玉さま〜!

玉さま〜!

坂東玉三郎の舞踊公演に行ってきました。

上演されたのは、阿国歌舞伎夢華と鷺娘でした。
玉さまの公演に出かけたのは12年ぶりでした。双眼鏡で見たら、肌の衰えは感じないわけにはいきませんでしたが、その代わりに風格はいや増さり、威風あたりを払うとはこのことかと。
体の線の美しさ、流れるような動き。何か老子の世界を想わせるような、たおやかさ、安定感があって、大自然のリズムをかたちにしてくれているような感じさえ受けました。

それにしても、玉さまの体、とても柔らかいのでしょうね。鷺娘の中の玉さまが上半身を反らす場面で、思わず、荒川静香のイナバウアーを連想してしまいました。絶えずしなやかに動いている脚は屈強でしょうし、素潜りを趣味とするぐらいだから肺活量もかなりのものなのでしょう。頭脳も緻密に働いているに違いなく、プログラムの素顔の姿を見ていて、これ以上のなで肩はないというくらい玉さまがなで肩で、着物に合う体型であることを再認識しました。

西鶴原作、坪内逍遥作の舞台劇「お夏狂乱」のDVDがあったので、買ってきました。
わが父の物狂い先月能舞台に観た「船弁慶」、平知盛の怨霊の物狂い。玉三郎はお夏の物狂いをどう演じたのか、どうしても観たいと思ったのです。感想は後日。

| | コメント (0)

アーケード街から

アーケード街から
夕方、携帯でアーケード街から、市の中心部を走る道路を写しました。
クリスマスを迎える雰囲気になってきました。

| | コメント (0)

11月19日の夕飯(ほたてのバター焼き、鶏肉としょうがのスープ)

Pb200055 Pb190030  11月19日の夕飯は、ほたてのバター焼き、じゃがいものカレー炒め、鶏肉としょうがのスープでした。

 風邪なんか撃退してくれそうなスープです。

▲△

△△▲

続きを読む "11月19日の夕飯(ほたてのバター焼き、鶏肉としょうがのスープ)"

| | コメント (0)

2007年11月19日 (月)

ひとりごと(あれやこれや)

  現在午前6時を少しまわったところ。燃えるゴミを出す日だったので、外に行ったら、寒い、寒い。で、レンジで牛乳を温めて飲んだ。

 数日前から「ひとりごと」を書きたいと思いながら、何やかやと忙しくて、その気分になれなかった。今のこのノリは、完全にペンで日記を書いていた頃の感覚だ。これを読まれてしまうことも忘れてしまうくらい。

 過日、買い物の帰りにコンビニに面したバス亭を通りかかった。何気なく、バス亭に並んでいる人々を眺めながら歩いていると、若い女性がとめどもなく涙を流していた。周囲の人々は気づかないのか、気づかない振りをしているのか――。目を逸らし、通り過ぎたが、つい気になって、だいぶ過ぎた頃に振り返ってもう一度見た。

 遠目でわかりにくかったが、やはり泣いているようにしか見えなかった。コンタクトにゴミが入ったとか、そんな小さなアクシデントで泣いているようには、全然……。どうしたのだろう、と綺麗な泣き顔を思い出す。

 先週、息子から夫に手紙が届いた。年末年始に帰省したら、一家の主人らしからぬ行動をとった父親をうっかり許してしまいそうになるから、帰らないとあった。便箋3枚にびっしりと小さな、子供っぽい字で理路整然と書かれていた。

 息子はマスター1年だが、研究室でもバイトでも頑張っている様子。でも、夫は学資のためにつくった借金を返しているところだし、奨学金の保証人にだってなっているのだから、手紙の潔癖な文面も何だか、夫の掌の上でポーズをつくっているようにも思えて……。

 とはいえ、息子が書いてくれてよかったと思う。本来はわたしが書くべきだったのかもしれない。夫は徹底して自己流の考えかたしかできない人だから、息子の手紙を理解したのはわたしだけなのかもしれないが、それでも家族がこんな風にきちんとしたことを夫に宛てて書くことは有意義だと思った。

 夫は数年置きに何かしらやらかしてくれ、その内容は困ったことにその都度違っているため、こちらの戸惑いは大きい。彼は、世界中で自分だけが大変な目に遭っていると思いがちだ。大抵は仕事が原因らしいが、冷静になって処理するより、自己憐憫に浸り、鬱憤晴らしをするほうを選択してしまう。

 事を起こしてから、ようやく、仕事上の悩みを打ち明ける。わたしは、わたしにわかる範囲で知恵を搾る。すると、大抵は何とかなることばかりなのだ。そして、彼がわたしの知恵を利用するにせよ、しないにせよ、打ち明けただけでも内容の整理ができ、すっきりするのか、平和が訪れる。

 でも、また一定期間が過ぎると……。一体何なのか。彼を理解するために小説を書いていた時期があったほどだが、最近わたしはそれが深読みだったと悟った。何か解決の難しい事柄に出合うと、いわば思考回路がショートして、あるいはショートさせまいとして、考えずに済む本能に任せた行動に走るのだろう。

 そういうわたしは彼の仕事の悩みに別の視点をもたらすことはできても、彼の本能に任せた行動とそのことが惹き起こす混乱に、思考回路がショートしそうになる。ショートの連鎖反応なのよ~。 

 まあ、いろいろあったとしても、わたしは母親なのだから、家族の和を目指したい。小さくても、共同体なのだから、簡単にはいかないとわかっている。

 夫と結婚した日は、松村潔著『決定版!! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)によれば、「消しとめられた山火事」。そんなシンボルを持つ日に結婚したせいか、夫の短絡行動は、わたしにとって、山火事が起きるようなインパクトがある。

 新たな事件が起きるたびに、これまでの経験から決まり切った対応をするという怠慢に陥ることなく、そのつど直視して、対応するという姿勢が確立されていきます。外界に真に開かれた態度をとれる人です。

 これも、そんな人間になるための訓練だと思えば、夫のもたらすハプニングも耐えられ……な~いわね、どうしたって! もう疲れまひた。

 とこんな風にゆとりをもって考えられるのも、実はニトロのテープのお蔭なのだ。貼りっぱなしのテープが、良質の眠りと心臓に羽が生えたような軽さをもたらしてくれ、気分まで上昇させてくれているというわけ。

 ニトロを貼りっぱなしになるなんて、もうお仕舞いかと思っていたら、その逆だった。新しい薬を使い始めたときとか、新しい治療を受けたときによく、一時的に体調が上向くことがあるので過信はできないが、まだいけるという気がしてきた。

 重かった心臓が軽くなって、絡みっぱなしだった痰が出なくなった。今少し風邪気味でいくらか喘息が出ているにも拘らず、痰がほとんどない。ニトロを貼りっぱなしにしている効果としか考えられない。

 朝、胸の圧迫感と痰のため、動けないほど苦しいと循環器科の先生に話した際、痰の原因はわからないとしながらも、「それは気管支拡張剤を使うより、ニトロを使ったほうがいいと思う」とおっしゃって、わたしはそうなの~と疑問だった。しかし、なるほど、ニトロで双方の症状が消えた。

 ニトログリセリン貼付薬は、ネットで調べたところ、狭心症の他に、心不全による呼吸困難――心臓喘息にも効果があるとあった。何にしても、わたしが使って悪いことはないようだ。

 これまでは、発作のあとで、次の発作を避けるために貼ることが多かったのだが、ずっと貼りっぱなしであれば、間が空くことなく予防ができるというわけだ。それでも、発作が起きなくなったわけではないから、舌下錠も必要だが、何しろ、いつも苦しかった胸が、本当に快適。

 熟睡できるようになったせいか、夢日記が滞っている。昼間も、寝たり起きたりだったのが、ほとんど横にならずにいられるのが夢のようだ。これがずっと続きますように。それにしても、毎日1枚ずつ使ったとして1年で365枚。死ぬまで使うとしたら、相当な枚数になるだろう。

 デパートの北海道展で、中が黄色い「インカ」という名のじゃがいもを買った。冷蔵庫に入れなければいけないそうで、何と食べ頃は来年の桜が咲く頃だという。越冬じゃがいもは、実に美味だとか。何個か野菜室に眠らせておこうかな。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月18日 (日)

11月17日の夕飯(じゃがいもと肉だんごのサブジ風、水菜とえのきだけの煮びたし)

Pb180029 Pb170003  11月17日の夕飯は、じゃがいもと肉だんごのサブジ風、水菜とえのきだけの煮びたし、油揚げと豆腐の味噌汁でした。

 じゃがいもと肉だんごのサブジ風に組み合わせるには他のものが和風すぎましたが、和風に向く食材が冷蔵庫で出番を待っていたものですから。。。せめてサブジ風の器を和洋どちらにも使えるお皿にしました。■□

続きを読む "11月17日の夕飯(じゃがいもと肉だんごのサブジ風、水菜とえのきだけの煮びたし)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月17日 (土)

一応順調なブログ運営、新作の連載が終る恐怖~「マダムNの創作ノート」から

  ブログが9つにもなってしまったので、そのうちのいくつかには蜘蛛の巣がかかるのではないかという懸念があったが、まずまず順調に更新できている。

 「マダムNの神秘主義的作品」だけは、どうしても更新が滞りがちだ。『枕許からのレポート』の連載が終ったあとは何を連載しようかなどと考えている。

 「マダムNの純文学作品」で過去の作品を、「ミズNの純文学作品」で新作を公開することは、意義のあることだと感じている。

 やはり原稿のままのかたちでは、作品と自分が近すぎて、客観的になれないところがあった。それが、ブログに公開してしまえば、いわば他人の目で冷静に見ることができるのだ。

 「マダムNの純文学作品」で連載中の『救われなかった男の物語』は織田作之助賞で最終候補に残ったものなのだが、如何にもあまい作品だ。いい意味でも悪い意味でも。つまりスイートではあるが、詰めがあまい。

 「ミズNの純文学作品」で連載中の『侵入者』はK文学賞で地区予選落ちという痛々しい結果に終った作品なのだが、連載を終えてみなければ判定が下せない。それで愚作と判明すれば同人雑誌に掲載して貰うことを諦めるが、どこかしら見所があると思えば強く押したい。

 万一はっきり愚作だと自覚できるようであれば、同人雑誌をやめざるをえない。感性も、文章力も衰えたとわかれば、もう望みはないからだ。連載を終えるのが怖ろしい。

 公にしているとはいっても、これを真剣に読んでいるのはわたしだけではないかと思うが、わたしにとっては自分自身ほど手ごわく、ごまかしの利かない読者はいない。彼女(つまりわたし)の下す判定は絶対的なのだ。 

|

鹿島茂『明日は舞踏会』、『古代文明ビジュアルファイル』シリーズ

☆『週刊 古代文明ビジュアルファイル』(ディアゴスティーニ)は、なかなか面白い
  もうだいぶ出ているのに娘に教わるまで知らなかった(目にとまらなかった)、週刊で出ている「古代文明ビジュアルファイル」シリーズ。

 古代から200年ごとに時代を下りながら、同時代における世界各地の文明をエピソードによって紹介するという趣の雑誌なのだが、これが読んでいるとなかなか面白い。

 樽の哲学者ディオゲネスが、プラトンと舌戦を繰り広げるほどの仲だったとは知らなかった。
 
☆バルザックの世界を知るにもよき参考書となる、鹿島茂『明日は舞踏会』(中央公論新社〈中公文庫〉、2000)
 
 フランス文学者、鹿島茂氏の著書は面白いだけでなく、いつのまにか19世紀フランスに関する知識が身につくという優れものではないかと思う。

 今読んでいる『明日は舞踏会』は、当時のフランスの舞踏会がどんなものであったかを教えてくれるだけでなく、舞踏会に代表されるところの当時のフランス文化を支えた社会的構造をわかりやすく示してくれる。

 フローベル『ボヴァリー夫人』、バルザック『ゴリオ爺さん』『二人の若妻の手記』を主な参考文献としながら、巧みに当時の舞踏会へと導かれる。それと同時に、当時の現実、貴族文化に対する庶民の生きざま、生活というものがどんなものであったかも、とりこぼしなく教えてくれる。

 これを読みながら、フローベルやバルザックの作品を読んでもうひとつぴんとこなかった事柄の意味、裏事情というものが、ずいぶんわかり、目から鱗が落ちる思い……。

 バルザックの『谷間の百合』で、なぜ、モルソフ夫人の靴があれほどまでに描写の対象となるのか、また、なまなしいまでにあらわな胸がクローズアップされるのか(されてよいのか)が、これを読んで納得がいった。

 貴婦人たちの散歩の意味や、オペラ座におけるボックス席の意味なども。まだ半分読んだところなので、お楽しみはまだまだ残っている!

 同じ中公文庫に収められた新刊の『クロワッサンとベレー帽』も面白かった。他にも『パリ時間旅行』『パリ・世紀末パノラマ館』『パリ五段活用』『衝動買い日記』『60戯画』があり、どれも面白そう。

 それにしても、フランス文化は今のわが国の
若い人々にはあまり受けないという。そういえば、最近のアニメなど見ていても、フランスの宮廷文化に対する憧れより、古代中国宮廷に対する憧れのほうが読みとれる気がする。

|

11月16日の夕飯(ニシンの干物、カリフラワーとベーコンのソテー)

Pb160087Pb160070 11月16日の夕飯は、ニシンの干物、カリフラワーとベーコンのソテー、さつまいものきんぴら風、水菜と油揚げの味噌汁でした。

 カリフラワーは生でサラダにしたりもするようですが、わたしはこれまで、もっぱらゆでて使っていました。

 カリフラワーとベーコンのソテーでは、生のままスライスしていためるのですが、少し歯触りがある程度の仕上がりで、意外な美味しさでした。ゆでずに済むので手軽ですし、これはいい、と思いました。 ○●

続きを読む "11月16日の夕飯(ニシンの干物、カリフラワーとベーコンのソテー)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月16日 (金)

いよいよ山岸凉子『テレプシコーラ』第2部が始まった!

Link soon 山岸凉子『テレプシコーラ』最終回の感想new

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 待ちに待った山岸凉子『テレプシコーラ』の第2部が、いよいよスタートした。

 ヒロインの篠原六花(しのはらゆき)は、16歳になっている。高校1年生。付属のS中に通っていたから、そのまま同じ付属の高校へ進学したのだろう。

 ということは、六花は、中学3年生で自殺した姉の千花(ちか)の年齢を越えたということになる。

 華々しい才能に恵まれながら、姉の千花は、左膝の故障から不運に次ぐ不運が重なり、どんどん窮地に追い込まれていった。

 その左膝の故障の原因となったアクシデントにはどうも、千花が通っていたF中での執拗ないじめが絡んでいたような節がある。

 姉は身長の伸び悩みにも不安を覚えていたが、妹の六花は高校に入って身長が伸び、現在160センチなのだそうだ。

 そして、六花は生まれつき右股関節のソケットが少し深いために180度の開脚は難しいというハンディを抱えているのだが、審査した側のどんな思惑からか、ローザンヌ・コンクールの第1次予選であるビデオ審査を通過した。

 このような六花のこの先の困難については、バレエ教室を経営する彼女の母親でなくても予想できるところだ。

 しかしながら、柔軟で、空想力に冨み、霊感といっていいような感性の鋭さを備えた六花の動きは、時に物事の局面をがらりと一変させるようなところがあって、今後のダイナミックな運命のうねりが大いに期待でき、楽しみだ。

 姉が受けていたいじめは、この先、正体を現わすことになるのだろうか。何より、物語のはじめのほうで登場した須藤空美は、どこでどう再登場することになるのだろう?

 読者としてのわたしの気は急くが、山岸凉子の筆遣いは、大河の流れのようにおいらかだ。

 次のダ・ヴィンチの発売日が待ち遠しい。

virgo関連記事

2006年10月19日 (木)
『テレプシコーラ』の千花から連想した『アルゴノオト』の井亀あおい
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/10/post_f4b1.html

2008年8月10日 (日)
山岸凉子『テレプシコーラ』第2部・第9回を読んで
http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/08/post_f2a9.html

2010年9月10日 (金)
山岸凉子『テレプシコーラ』最終回の感想new
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/09/post-afa7.html

2006年4月25日 (火)
レニングラード国立バレエ
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/04/post_b8af.html

2010年5月 1日 (土)
シネマ『パリ・オペラ座のすべて』を観て~芸術に関する国家的制度の違いに目から鱗
http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/05/post-c3d8.html

|

元気の出るひと粒~長山食品『種抜き干し梅』

Pb130003 有限会社長山食品の黒糖をまぶした『種抜き干し梅』をひと粒食べると、元気が出ます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

娘に贈った誕生祝のマフラー

Pb160048 わたしの示した予算内で娘が選んだものは、ラルフローレンのマフラー。

 かなりの長さがあるので、真冬に活躍しそうです。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11月14日の夕飯(豚のしょうが焼き)

Pb140041 Pb140034  11月14日の夕飯は、豚肉のしょうが焼き、冷やっこ、絹さやと大根の味噌汁でした。

■□

□□■

続きを読む "11月14日の夕飯(豚のしょうが焼き)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月15日 (木)

最近の夕飯から~もう1品というときに重宝しそうな副菜のレシピをご紹介

Pb110042 Pb120013_2 サボりがちな夕飯日記ですm(__)m

 最近、料理雑誌を見ながら作っていて、 これはもう1品というときによさそうだな、と思った副菜のレシピを2つ、ご紹介しますね。

Pb110059_2 Pb130051_2  『かにかまと水菜のサラダ』と『小松菜としらすのおかかあえ』です。

 どちらも簡単にできて、ヘルシーそうで、美味しい副菜ですよ~。
 ▲△

続きを読む "最近の夕飯から~もう1品というときに重宝しそうな副菜のレシピをご紹介"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月14日 (水)

昨日の夕飯(とり天定食)

昨日の夕飯(とり天定食)
昨夜は、夫がホテルである上司の定年祝いに出席のため留守だった。わたしは循環器クリニックへ行ったあとで、休日の娘と、翌日(14日。*この記事をアップしたのはその翌日になってから)の彼女の誕生祝いを買いに行き(決まらず別の日に買うことに。マフラーか帽子かで娘は迷った)何かついでに美味しいものを食べようということになった。ガイドブックでも紹介された天麩羅専門店へ。

こぢんまりとした家庭的な雰囲気が好き。鶏の天麩羅、とり天定食1,300円を頼んだ。

帰りにコーヒーを飲みに、以前は書店だったという喫茶店へ。実は、お気に入りだったこのお店がお酒を置くようになってから足が遠のいていたのだが、久しぶりに行くと、また喫茶店に戻っていて嬉しかった。留学生がマスター役をつとめていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月13日 (火)

わあ、毎日〜!

循環器クリニックを受診したら、毎日ニトロのテープ(メディトランステープ)を貼るようにと、35日分出た。
さっそく貼って、確かに気持ちがいい。
でもニトロ貼りっぱなしだなんて(+_+)

|

2007年11月12日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第88回

 途方に暮れたわたしは、イサエガをぽつねんと見つめました。

「わかりませんわ。どうしてだか、自分でもわかりませんの。数々の理由を取り除いてみたら、御子をお護りしたいという気持ちも消えるのかしら。でも、そうしたら、このわたしも消えてしまいそうですわ。あなたは、や、夜盗のような真似を、どうしてなさいました?」

「わたしは今さると処に公孫氏政権の高官を匿っている。しかし病弱だった令室と幼い令嬢は死んだ。政変のショックとむごい船旅のためであろう。

 司馬懿(い)の指揮した魏軍は4万人、過去に蜀の諸葛孔明指揮下の軍と交えた最強部隊である。公孫氏官僚に対する魏軍の残酷さは、想像を絶するものであったということだ。

 魏が如何に、東方が呉寄りになることを懼れたかの証拠だな。

 そなたも知っているように、わたしの目標とするところは平等の確立、その手段は冨の分配だ。冨は物質的冨だけではなく、最も文化的な――すなわち情操的、霊的冨も含まれるのである。

 公孫氏政権の許で培われた高官の人脈は、朝鮮のみならず、中国江南の呉にまで及ぶ。

 そして、女王連合国が帯方郡を通じて盛んに交易を行なって来たように、クナ国は旧くから東シナ海を渡って、江南との直接交易を行なって来た。体面と才(ざえ)と雅を後生大事に宝玉の上に頑固に居座り続けている、かの銀色の髪を戴くオールドミスを」

「ひ、ひどい言い方は許しませんよ」

「……かの銀色の髪を戴く老婦人を突き崩せば、クナとこの地との通いも不可能ではない。これぞ、わたしの大望が走る回路だ。

 回路に力が漲れば、分配、平等、兼愛(12)に基づいた一大文化圏の成立も夢の話ではない」 

「分配、平等、兼愛に基づいた…・・・ですの? 

 あなたの思想には目覚しい力が感じられて、心が震えるほどですのに、わたしが馴染んで来た物の考え方とはひどく異なる薫りがいたしますし、また、指標のない物の考え方のようにも感じられて、わたしを怯えさせますの。

 あなたは大国を甘く見過ぎてもいますわ。魏は朝鮮を経ての遠い北方にあり、風俗も異なればこそ、それがクッションとなって、倭国の脅威になることが回避されているのではないでしょうか。

 逆にクナの国は、同じ倭国にあって、風俗が異なり、力は拮抗しているだけに、危険ですわ。しかと境界を設けて共存してゆくか、でなければ、どちらかが呑み込まれるしかないと思えますの」〔


 
12 戦国時代に墨子が提唱。親族、他人を区別しない、無差別、平等な愛。 

|

11月8日の夕飯(じゃがいもとベーコンの梅煮、キャベツの梅肉サラダ)

Pb090020Pb080003_4 11月8日の夕飯は、じゃがいもとベーコンの梅煮、キャベツの梅肉サラダ、冷やっこ、落とし卵の味噌汁でした。

 梅を用いたおそうざいを2品、料理雑誌を見て作ってみました。

 近頃すっかりサボり気味となってしまった夕飯日記ですが、じゃがいもとベーコンの梅煮は、ぜひご紹介したいと思った一品です。

 ベーコンの塊が賞味期限前で、安くなっていました。うちは3人なので、250gの小さな塊で充分でした。作り置きできそうですし、お弁当にもよさそう。子供も好みそうです。

 ゆがいて余分な塩・塩分・アクを落としますし、梅干の効果もあって、さっぱりとしていますよ。しゃれた煮物なので、お客さまにもいいでしょうね。ほの甘辛く仕上がるじゃがいもには絶妙なベーコンの風味があって、何ともいえませんでした。  

続きを読む "11月8日の夕飯(じゃがいもとベーコンの梅煮、キャベツの梅肉サラダ)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月11日 (日)

新ブログ「マダムNの純文学作品」「ミズNの純文学作品」のご紹介

 新しいブログ「マダムNの俳句紹介」は既に紹介済みでしたが、実はそのとき一緒にもう2つブログをつくり、今日更新もしました。

 何だか恥ずかしくて、いえなかったのですね。

 『マダムNの純文学作品』では、文学賞の最終選考落ちした作品4編、及び同人雑誌掲載作品を中心に公開する予定です。

 他にも、予選の何次かで落ち、どこにも発表のあてのないままの作品が何編かありまして、それらも公開したいと考えています。

  最終選考落ちの作品については、連載終了時点で、応募した年、賞の名、選評なども公開したいと考えています。

 大道珠貴氏の作品『裸』が同じ俎上の鯉となって栄冠に輝いたとき、一方のわたしは他の候補者共々真っ逆さまに落ちたのですが、そのときの作品は2番目に公開する予定です。

 当時はわたしも賞がほしくてがつがつしていましたから(今がそうではないなんて、いえませんけれど)、きわどいテーマに挑み、知り合いから非難の目で見られたり、恥ずかしい思いをしたりもしました。若かったから、あんな作品が書けた思うような作品ばかりです。

 何しろ、ホモ&レズ物あり、近親相姦物あり、不倫物あり、殺人物あり、女の一生物あり……と何でもありですからね。台風体験を通して災害物も書きましたが、これではずいぶん真面目になっています。

 今ですと、変則的なテーマは疲れてだめですが、今は今なりに、今のわたしにしか書けない作品があると思っています。そのために別につくった『ミズNの純文学作品』では、新作を公開します。まあこれで現在連載している作品も、それなりに破廉恥なシロモノではありますが……。

 いろいろなテーマに挑みたくなるのは、自分の中で、そのときそのときでそのテーマが浮き彫りになるからです。そうなると、書き上げるまでは、そのテーマに呪縛されたようになってしまいます。

 一番新しいブログが、マダムではなくミズとなっているのは、気分転換のためでして、ミスともミセスともなれる自由さで、新しい作品をアップしていきたいと考えています。

 
よろしかったら、どうぞ、これをお読みくださっているあなた様も、新しいブログへも遊びにいらしてください。  

|

更新のお知らせ

  ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』、更新致しました(連載25へ)。

|

2007年11月10日 (土)

11月7日の夕飯(ブリの鍋照り焼き)

Pb070105 Pb080134 11月7日の夕飯は、ブリの鍋照り焼き、小松菜のごまみそ炒め、なすとほうれん草の味噌汁でした。

■■

□■□

続きを読む "11月7日の夕飯(ブリの鍋照り焼き)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

牛乳プリンのキャラメル〜

牛乳プリンのキャラメル〜
森永「牛乳プリンのキャラメル」は、何ともいえない可愛らしさ(*^_^*)

書店勤めの娘は、これを仕入れたのだとか。書店には文具やお菓子を扱ったコーナーがあるのですね。

| | コメント (0)

「本日の俳句鑑賞」移転のお知らせ

 これまで当ブログで日替わりで紹介してきました、杉田久女、川端茅舎、三橋鷹女、松本たかしの俳句紹介は、新たにFC2ブログ『マダムNの俳句紹介』というかたちで、独立させることに致しました。

 しばらくお休みしていましたが、俳句でお越しくださるかたがたが多く、当ブログ内で俳句の記事がランキング入りしたことなどを考え、再開することにしたのです。

 毎日1句、ご紹介できればと思いますが、飛ぶ日もあるかと思います。その場合は、お許しください。

 またまたブログが増えてしまいましたが、この新しいブログもよろしくお願い致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 9日 (金)

ひとりごと(憂鬱な気分~「マダムNの体調日記」から)

 背中が痛く、背中をまるめてパソコンの前に座っていると、おばあさんになった気がする。昨日は一日中、あんなに調子がよかったのに、今朝はまた何でこうなるのだろう? 昨日は調子がよくて、その前は悪かった。こうクラクラ体調が変わるのでは、旅行の計画なんぞ、立てられやしない。

 実は正月、夫を置いてきぼりにして、娘とふたりで息子のところで過ごすことを考えたりもしているのだ。昨年、年末年始も働き通しだった娘は、年末年始の休みが5日間とれそうだ。

 春に何を仕出かしたかをいえば、夫には返す言葉がないはずだ。息子は、夫が一家の主人らしからぬ行動をとったことを謝るまで帰省しないという。息子はわたしと娘を歓迎してくれるそうだ。

 夫が謝るかどうか……。何しろ、悪いことをしたという自覚がないのだから。よい年を迎えようと、昨年の暮れにはバタバタして、結局夫に団欒をひっくり返されたばかりか、春にはあんなことを……。

 夫と同じ家で年を越したくない思いがある。娘も、息子のところで年を越したいという。行くとすれば、ホテルに泊まるようにしたいが、寒い時期の旅行はわたしの体にはつらい。心理的にもつらい。お金だってゆとりがない。やはり皆で、この家で年を迎えたいのだ。

 ああ、何て人と結婚してしまったのだろう。そして、金銭面を全面的に夫に頼っているつらさ。でも、わたしは何だか刹那的になってしまって、あんなに締まり屋だったのが浪費するようになってしまった。いくら文学に渾身をこめても世には出られず、わたしは何だか内側から腐っていくようだ。

|

2007年11月 8日 (木)

更新のお知らせ

  ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』、更新致しました(連載24へ)。

| | コメント (0)

2007年11月 7日 (水)

ひとりごと(落選の通知、妹に送ったバッグ、友人の詩)

 文学賞に応募していた60枚の純文学作品の落選の通知が、昨日、買い物に出る前に集合ポストを見たら、入っていた。

 結果はだいたい予想通りで、地区の応募者数がずいぶん減っているような印象だ。尤も、昨年は応募していないから、前年と比べることはできないけれど。

 さいわい、落選しても11階から見える地面がすぐそこに見えるということはなく、歎き悲しむということもなく、極めて平穏に、淡々と過ごしている。

 ただ、今朝から午後にかけて、とても具合が悪かった

 寒くなると、わたしは体調が悪くなりがちなので、別段珍しいことではないが、もしかしたら落選のショックが体調に影響したのかもしれない。でも、このときのような症状にはニトロがよく効くとわかった。 

 落選した作品をどうするかは、まだ決めていない。

 賞トラウマを抜け出したと思い、久しぶりに賞にチャレンジしてみたが、落選すれば当然ながら、相変わらずの後味の悪さだ。

 折りしも、わたしは保管していた友人の詩を本人に依頼されて、買い物のついでに送りに行こうとするところだった(関連記事はこちら)。

 そして、彼女の諸作品を封筒に入れる前に、彼女がわたしに捧げてくれた詩『聖女***』という詩を初めて読んだ。

 ***には、わたしの名が入っている。それ1編を除けば、彼女の作品には全て目を通してきた。だが、その『聖女***』だけは、これまで、読めなかった。

 統合失調症の彼女の調子が悪いときに書かれた作品なのかどうかははっきりとはわからなかったが、よくないときの詩ではないかと想像せざるをえなかった。

 彼女は決していい加減な気持ちで詩作をする人ではなく、仮に調子が悪いときの詩であったとしたならば、正気を取り戻したときにわたしにそういうはずだったにも拘らず。

 仮に詩の中の出来事であったとしても、凡人の自分に「聖女」だなんてつけられた気持ちは、同じ経験がない人には、わかって貰えないだろうと思う。題名に、激しい抵抗感が生じろうというものだ。

 しかし、作品集を編む計画のことで普通に電話をしてきた彼女が、お母様はその『聖女***」が一番よく書けているとおっしゃったといったのを聞いて、読まなければならないと思った。

 ずっと統合失調症の娘を守ってこられた知的で素敵なお母様を、わたしは尊敬していたし、とても好きだったから。いい加減なことをおっしゃるかたではない。

 そして読み、自分は何て馬鹿だったんだろうと思った。もっと早くに読めばよかったと思った。その詩は、人間になら誰にも等しく潜む神性にスポットライトをあて、それを丹念に描写した作品だった。美しい詩だった。

 暗い海原を照らす灯台の光のように、その詩は今後のわたしのよき道しるべとなってくれるに違いない。

 その詩を読んでいたせいか、その直後に読んだ落選の通知が大してこたえなかったのだ。何か、別の世界の出来事のような気がした。

 賞に落選するということは、単純なものではない。自分の芸術観、価値観、能力の全てが否定されるような気持ちに囚われるものなのだ。作品に打ち込めば打ち込むほど。

 まあ、いい。しばらく作品は放っておくことにしよう。

20071106185303 そのあと、昨日休日だった娘と妹に贈るバッグを買いに行った。

 高価なバッグは買えないので、娘がわたしの誕生日に贈ってくれたバッグの値段を目安にした。

 写真のバックが妹に似合うと思ったので、メッセージカードを入れて、送って貰うことにした。すっきりとしていて、使いやすそうで、わたしは気に入ったのだけれど、妹も気に入ってくれるかしら。。。

 ここで話題はガラリと変わるが、俳句の記事が当ブログ内のランキング入りを果たしたのを見、びびってしまった。俳句のことを忘却したわけではないが、放置したままだった。やはり紹介を続けようかとも思うが、どうしよう? 

|

更新のお知らせ

 ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』、更新致しました(連載23へ)。

|

11月5日の夕飯(刺身、麩の洋風味噌汁)

Pb050085 Pb050079  11月5日の夕飯は、刺身、麩の洋風味噌汁、ほうれんそうとクルミの炒め物でした。

●●

●○○

続きを読む "11月5日の夕飯(刺身、麩の洋風味噌汁)"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

11月4日の夕飯(ハンバーグ、なすのおひたし、ブロッコリーとトマトのサラダ)

Pb040050 11月4日の夕飯は、ハンバーグ、なすのおひたし、ブロッコリーとトマトのサラダ、コーンスープ(缶詰)でした。

 この日は忙しくて、いささか手抜き料理でした。

■□  

続きを読む "11月4日の夕飯(ハンバーグ、なすのおひたし、ブロッコリーとトマトのサラダ)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メッセージ

お誕生日、おめでとうございます。

最近、わたしはあなたの出版人としての苦労や、その良心といったものがわかってきました。

まだ世に出ることを諦めてはいません、いつか恩返しができればいいなあと思っています。

素敵な一年でありますように。

|

2007年11月 5日 (月)

妹にかんする心配は杞憂にすぎなかった。わたしの子宮癌検診の結果も異常なし。

  体調日記のほうには既に書いたが、妹はバセドウ病専門病院できちんと診察を受けてくれ、その結果は幸い異常なしだった。

 わたしの杞憂だったようだ。妹が何でもなければ、騒がせたお詫びにバッグをプレゼントする――と約束していた。

 妹は、職場検診で受ける血液検査は簡単なものだから、一度詳しい検査を受けたいと思っていたし、こんなことでお金を使わせたくないからバッグは遠慮する――といってきた。

 でも、わたしはもうだいたいこれにしようと決めていた。妹がバセドウ病ではないとわかり、バッグのひとつやふたつ、いや三つだってあげたいくらい。

 これで、過去に創作で貰った賞金はほぼ空になるかもしれないけれど(近頃、めっきり賞とは縁がないから)、惜しくはない。妹が異常なしとわかった日は、一日中ぽあ~んとした幸福感に包まれていた。

 そして、その後、わたしの子宮癌検診の結果も異常なしとわかり、喜びが二重となった。検査結果は以下のように報告されていた。下線を引いたところは、実際には○印。

(子宮癌検診 細胞診)(膣部 頚部 体部 膣断端部)
 検査の結果は異常ありませんでした。

 再検査が必要です。
月ごろにこの用紙を持って婦人科外来へ受診してください。
なお、あらかじめ電話で予約をお入れください。


   07.10.31
担当医師サイン(ドクターの名)

  結構検査したんだなあ、と思う。安心と引き換えにできたのだから、痛かったのも仕方がない。本当は毎年でもしたほうがいいのだろうが、今度はいつこの検査をする勇気が出るのやら。

  まだ腫れている右卵巣の件が残っているので、婦人科とこれで縁が切れたわけではないが、かなり縁が薄くなったことは間違いないようだ。やれやれ。

 でも、これでめでたし、めでたしとはいかない。

 というのも、統合失調症の友人――大学時代の文芸部の先輩で、詩人としかいいようのない資質の持ち主――のことは、これまでにも何度かブログに書いてきたが、最近調子がよくない。

 ここ数ヶ月、心配な状態が続いている。ごく普通に話せるときと、妄想で頭の中が満たされているときの交替が頻繁になった。その不安定な状態のときに、彼女は20年も主治医だった先生と縁を切り、新しい先生に替わってしまった。

 そのことが、今のところは逆効果として働いているようだ。不安定なため、電話がかかってくる回数が増えているが、前に電話したことをまるで覚えていないなどという。ところが、これまでに書いた詩のことを、彼女は克明に記憶している。

 そして、詩集を出しておきたいと思ったようだ。正直いって、彼女が珠玉の詩を書いたのは大学時代で、その後に書かれた作品はわたしなどが見て、もうひとつの感が強い。

 仮に珠玉の作品が沢山あったところで、この時代、自費出版ならともかく、本にするのは難しいのではないかと思うが、このあたりで彼女が作品集を編むことには大賛成だ。本にするのが無理だったとしても、まとめておくのはいいと思う。

 で、彼女の作品の保管者はなぜかわたしになってしまっているため、手紙に同封されていた中で貴重な作品が埋もれていないか、手紙を詰めた大きな箱3つをまず点検し、それから他人の作品をまとめて入れている箱ひとつを調べ、最後に彼女の珠玉の作品だけを挟んだファイル――を総点検した。

 半日たっぷりかかった。そうやって掘り起こした作品の数は多いとはいえないが、彼女の苦闘の跡を辿っているようで、胸が熱くなるのを覚えた。調子の悪かったときのもので、解読できないものもあった。

 そうやってひとまとめにした彼女に送る原稿を、昨夜、仕事から帰ってきた娘が夫の車に乗せて貰って、コピーをとりにコンビニへ行ってくれた。

 娘も息子も、以前、わたしが見せた彼女の珠玉の作品には感銘を受けている。何よりふたりの顔つきで、それが装われたものではないことがわかった。

 夫は同じ文芸部だったにも拘らず、ぴんとこないらしい。当時、文芸部では彼女の作品は別格扱いだったが、こればかりは価値観の違いで、評価する人としない人がいても仕方がないことなのだろう。

  彼女が出版社に出かけるときにはついて行きたいのだが、博多に出かけるにも、わたしは1泊しなければ無理で、ちょっと年内には難しい。お兄さんと一緒に行かれては、と助言した。

 知的で、洗練されたご家族なので、彼女の趣旨は理解なさるはずだ。

 今年中には無理でも、ずいぶん会っていないので、会いたいという話になり、来春、暖かくなってから会おうということになった。「それまで、頑張って生きていましょうね」などと彼女はいって、電話を切った。

|

更新のお知らせ

 ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』、更新致しました連載22へ)。

 FC2ブログランキングのカテゴリー別《童話ランキング》で、現在1位となっています。

 他のブログランキングでも、なかなか健闘してくれていまして、これまで閑散としていた「マダムNの児童文学作品」が、華やいだサロンにも似た場へと変化してきました。

 これも、応援してくださっている皆様のお蔭です、感謝しております。読んでくださるかたがたがいらっしゃると思うと、力が漲ってくるようです。何かしら、頭の回転もよくなってきました。

 今後とも、どうぞよろしくお願い致します。 

|

小沢氏辞任表明で民主党混乱、わたしの頭も混乱

 民主党の小沢氏代表が、4日に辞任を表明した。

 「連立政権の樹立をめぐり政治的混乱が生じたことを受け、党内外に対するけじめとして代表の職を辞することを決意した」と語った(読売新聞社)そうだが、今小沢氏が辞任することのほうがよっほど党内外に混乱を与える。

 わたしの頭も大いに混乱している。すんなり納得できるものではない。

 古強者の小沢氏よ、一体、どうしたのだ? 本当のところ、裏で何があったのか?

 安倍前首相といい、小沢氏といい、福田首相にしたって、何だかおかしい。裏で、よほどの圧力がアメリカ側からかかっているとしか思えない。

 こんなことで、日本はこれからどうなるのだろう? 本当に不安に駆られる。 

|

11日3日の夕飯(太刀魚のホイル焼き、いんげんとさやえんどうのおかか炒め)

Pb030065 Pb030060_2  11月3日の夕飯は、太刀魚のホイル焼き、いんげんとさやえんどうのおかか炒め、卵豆腐、油揚げと青梗菜の味噌汁でした。

□□

■□■

続きを読む "11日3日の夕飯(太刀魚のホイル焼き、いんげんとさやえんどうのおかか炒め)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

11月1日の夕飯(鶏肉と青菜の卵炒め)

Pb020022 Pb020009  少し前になりますが、
11月1日の夕飯は、鶏肉と青菜の卵炒め、冷やっこ、もやしの味噌汁でした。

△▲

▲▲△

続きを読む "11月1日の夕飯(鶏肉と青菜の卵炒め)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 3日 (土)

バルザックの『動物寓話集』に端を発した、とりとめもないひとりごと

   娘がバルザックの『動物寓話集 他』(オノレ・ド・バルザック、私市保彦・木下祥枝訳、水声社、2007年)を購入した。これで、「バルザック幻想・怪奇小説選集」の全5巻、娘は揃えたことになる。

 彼女には、バルザックはどちらかというとフレグランス(情操の香水)の役目を果たしているようで、わたしがせっせと読ませて貰っているが、この選集に関しては、バルザックの多彩さにわたしの頭が追いつかない感じだ。

 でも、すばらしい! バルザックはやはり最高だ。近代神智学の確立者ブラヴァツキーが『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子・ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)の中で、バルザックのことを「フランス文学界の最高のオカルティスト(本人はそのことに気付かなかったが)」と讃えているのも頷ける。

 ちなみにブラヴァツキーは、オカルト科学を次のような意味で使っている。

「物質的、サイキック的、メンタル的、霊的な自然の秘密を探る科学で、ヘルメティックな科学とも、秘教的な科学ともいわれる。その例として西洋ではカバラがあげられ、東洋では神秘主義、魔術とヨガ科学があげられる。

  こうしたオカルト科学は、昔から今日まで俗世には秘められて来た。なぜなら当然なことだが、自己中心的なインテリ階級はその真価を決して理解せず、自分たちの利益のために誤用して神聖な科学を黒魔術にしてしまうであろうし、また無教育な人々はこれを少しも理解できないであろう」(『神智学の鍵』神智学協会ニッポン・ロッジ、昭和62年)

  その秘められてきたものを、近代になって、湧き出でる泉のように惜しげもなく俗世にもたらしてくれたのがバルザックであり、ブラヴァツキーであった。

 そうした領域でのバルザックの凄さを知るには、《人間喜劇》中、『ルイ・ランベール』一作を読むだけで事足りる。

 これはひじょうに晦渋な哲学的作品で、わたしなどにはちんぷんかんぷんなのだが、何しろ本から美しいオーラが出ているため、つい手にとってしまっては、読めず、敗退するの繰り返し。丁度、『シークレット・ドクトリン』に対する反応と同じ。

 読めもしないのに、以前わたしは邦訳版だけでなく、『シークレット・ドクトリン』の原書を購入した。この原書から出ている光の美しさときたら!  サファイアのような、いやそれすらもはるかに及びないほどの美しい色彩の光が出ているではないか。

 翻訳版となると、どうしても翻訳者のオーラが混入してしまうのか、わたしの目には色合いが違ってくるように見える。それでも、美しいけれど、わたしにはこちらは白く見える。

 過去のみっともない話になるが、婚約するとき、わたしはサファイアがほしかった。ところが義母が、サファイアは若い女性には地味だといって勝手にダイヤモンドに決めてしまった。お金は夫が出したのに、彼は母親のいいなりだった。

 わたしは、お洒落のためにサファイアがほしかったのではなかった。あの神秘的な色合いをときどき眺めたかったのだ。あとで、サファイアの最低価格はダイヤモンドよりも高いと知り、それが義母の独り決めの本当の理由だったのかどうかは判然としないが、いずれにしても、わたしは哀しかった。

 専業主婦としてやってきて、宝石になどとても手が出ないが、わたしはサファイアより、はるかにはるかに安い価格で、サファイア以上の色合いをいつでも観賞できる特権を手に入れた。原書の『シークレット・ドクトリン』を購入することで……。

 あまりにも高貴な深みのある色合いに、恍惚となってしまう。読めないけれど、わたしにはこの本の真価は感じとれるといえる。

 わたしがこうやって書くものも色彩を帯びた光を放ち、何らかの影響を読む人に与えると思えば、何か恐ろしくなってしまう。

 ところで、オノレ・ド・バルザックは、「家系からいって明らかに南フランスの地中海岸、スペインよりのラングドック出身」と『バルザックとその時代』(伊藤幸次、渡辺出版、平成16年)にあるのを読み、そうだったのか――という衝撃を覚えた。

 ラングドックといえば、異端カタリ派の牙城となったところではないか。勿論異端とはカトリシズムから見て異端であったということであって、要するにカタリ派の思想はカトリシズムとは別もの――起源及び本質を(おそらく)異にする思想だったということだ。

  今ここでカタリ派の思想に詳細に触れる余裕はないが、カタリ派の思想はグノーシス主義的なものといえるようだ。

 グノーシス派について『実践的オカルティズム』(H・P・ブラブァツキー、田中恵美子・ジェフ・クラーク訳、竜王文庫、平成7年)の用語解説には、「1~4世紀に広まった、霊知(gnosis)を重視した宗教思想。その中ではキリスト教的な宗派もあるが、ギリシア哲学、東洋思想、中近東の従来の宗教思想を調和させようとするシンクレティズム(異教統一)の傾向が強い」とある。

 12世紀にラングドックで栄えたカタリ派は、『異端カタリ派と転生』(原田武、人文書院、1991年)によれば、「社会的にも政治的にも『エリート』の宗教」であり、「民衆的であるより貴族的かつ市民的、農民的であるより都会的であった」とされる。

 当時、南フランスの「都市は栄え、経済活動も活発であって、進んで東方の文化を吸収しながら学問・芸術も隆盛に赴いていたから、この地の人々は新しい時代の空気を充分に吸っていたのである。トュールーズではパリよりも古くからアリストテレスが研究されていたという。トュルバドゥールの華やかな活動もあって、オック語は当時もっとも洗練された言語として知られていた。のちにダンテは『神曲』を当初オック語で書こうとしたのである」

 また「ここでは人々は早くからアラブの文化を受け入れ」、「ユダヤ人が多く住んで南部の人々に彼らへの偏見は乏し」かった。「ラングドックは多様な価値、多様な思考様式の並存に慣れ、知的な寛容の態度を身につけやすかったのである」。

 そして、「南部の社会では階級差が比較的小さかった」。「ここは上下社会であるより平面的な連合社会であった。カトリック教会はむしろ、社会がきっちり階層化されることを望む。こんな柔軟な社会が、『霊』の観点での人間の基本的な平等性を信じる異端思想にとって、好都合だったということはありうる」。

「ともかく、このような一種の民主制、あるいは相対的にゆるやかな階層関係は、個人の自由、独立、あるいは相互理解の精神が育つよき土壌となることができる。ラングドックの人々には、一人一人が自分の好みで信仰を選ぶのがそれほど不自然にはおもえなかったのであろう」。

 つまり、カタリ派の思想はこのような空気にフィットする思想であったということだろう。ひじょうな禁欲と節制で知られるカタリ派が、こうした雰囲気の中で醸成されていったとは、わたしには意外だった。

 だが、原田氏の文章を読みながら、わたしは何かバルザックの肌の匂いを嗅ぐような感じを覚えずにはいられなかった。バルザックの文学に特徴的である、豊麗な異端性の起源を辿っているような心地がした。

 彼の父親がフリーメーソンで、彼自身はおそらく薔薇十字会会員であったと思われるが、なるほどラングドック人であったとしたならば、それもごく自然なことだと感じられる話となる。

 あら、一体わたしは何を書こうとしていたのだっけ?  まあいいや。このとりとめもない文章を書いたために、お昼を食べ損なってしまった。

| | トラックバック (0)

2007年11月 2日 (金)

『マダムNの児童文学作品』がブログランキングのカテゴリー別で、2位に

Pb020033   前の記事で、いくつかのブログランキングに当母胎ブログを含めた全てのわたしのブログを参加させてみたと書きましたけれど、そのうちの『マダムNの児童文学作品』がFC2ブログランキングのカテゴリー別《童話ランキング》で2位の栄冠に輝きました~!

 と大袈裟に宣伝してしまいました。順位は時間ごとにどんどん入れ替わりますし、参加人数の少ないカテゴリー別なので10位以内に入ることができたのだと思います。

 それでも、嬉しさに変わりはなく、どんなにか励みになることでしょう。王冠が被さっているわが子の晴れ姿を見て、当母胎ブログも喜んでいることでしょうね。閑散としていたブログでしたので、こんな風に採りあげていただけて嬉しさもひとしおです。

 「マダムNの児童文学作品」で連載中の『不思議な接着剤』は、完成したら、児童文学専門の出版社に持ち込む予定です。どの出版社に持ち込むかの下調べも、2年半ほどまえに東京に出かけたとき、行ってきました。

 ただ、その持ち込みを一番に予定していた出版社は現在素人の持ち込みを受付しなくなったそうで、ひじょうに残念です。以前、わたしはその出版社の編集者からは貴重なアドバイスを受けたことがあり、その編集者の姿勢には心を打たれていたのです。

 でも、「ここの編集者に読んで貰ってみたい」と思う出版社は他にもあります。本にして貰うどころか、読んで貰うところまでこぎつくことでさえ素人のわたしには難問ですが、実行あるのみだと考えています。

 『不思議な接着剤』は、シリーズものの第一作となる予定です。〔関連記事はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログランキング参加のお知らせ及び感謝の言葉

 ブログを始めてはや1年半になりました。

 ありがたいことに、当ブログにはよくお客様がお越しくださるようになりました。

 アクセス解析で見ますと、開設当初からお越しくださっているかたがたもあるようです。「あなた様のお蔭で、一年半、何とか続けられました。本当に感謝しています。」

 最近になって、記事の整理をつける都合上ブログを増やし続け、当ブログもついに5つのブログの母親となったわけですが、この子供たちのところはまだ閑散としています。

 それで、もう少し活性化できないかと思い、当母胎ブログを含めて子供たちも皆、それぞれブログランキングに参加させてみることにしました。

 左サイドバーに、そのブログランキングのコーナーを設けました。気が向かれましたら、当ブログが参加しているブログランキングにおいて投票箱の役目を果たしている各文字列、バナーをそれぞれワンクリックなさってくださいますよう。

 今後共、当「マダムNの覚書」とその子供たちを、温かく見守ってくださいますよう、よろしくお願い致します。 

| | トラックバック (0)

更新のお知らせ

 ジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」に連載中の『不思議な接着剤』、更新致しました連載21へ)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 1日 (木)

10月30日の夕飯(牛丼)

Pa310081 Pa310078_2 10月30日の夕飯は、牛丼、サラダ、しめじとなすの味噌汁でした。

■□

□□■

続きを読む "10月30日の夕飯(牛丼) "

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »