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2007年9月19日 (水)

パール・バック著『神の火を統御せよ』の監修者、丸田浩氏から届いた補足説明をご紹介

 パール・バック著『神の火を統御せよ』の感想を16日付の記事に書きましたが、それに対して、監修者、丸田浩氏から補足説明(8月7日に書評者に宛てて書かれたもの)をメールで頂戴しました。

 貴重な一文と思われますので、ここに謹んでご紹介します。

訳本「Command the Morning」の書評/読後感を大変ありがとうございました!
〔以下は、書評者に宛てられたものです。〕

さて、以下は、再版に補足として、付け加える予定の一文です。
「ジェーン」のモデルになった人物 (ジョアン・ヒントン)は全く奇遇にも、共同研究のため、私がこの夏3カ月滞在していた(ボルチモアにあるメリーランド 大学薬学部の)羅遠(ルオ・ユアン)教授(北京出身)の古い知り合いでした。 ジョアンの娘カレンとユアンは北京で大学時代、なんと「ルームメート」だったそうです。この世は意外に狭いものです。

補足:
これまでの通説、つまり「マンハッタン計画には、女性科学者は一人も関与して いなかった」という理解に基づいて、解説では、この小説に登場するヒロ イン、ジェーン・アールは、著者パール・バックが意図的に挿入した「架空の人 物」であると述べた。しかしながら、この邦訳が出版された直後に、朝日新聞の 菅野俊秀氏から、その通説を破る大変面白い貴重な情報を得た。実は、この原爆 開発計画には、(エンリコ・フェルミの弟子である)ジョアン・ヒントンという 女性物理学者が参加していたことが、数年前に明らかになっていた(詳しくは、 朝日新聞の2000年9月21日の夕刊に掲載された記事を参照されたし)。
彼女(当時24歳)は、1945年7月16日の「ゼロ地点」での(史上初の) 原爆実験に立ち会っていた。その3週間後に、広島と長崎に原爆が米国政府により投下されて、多数の日本市民が無差別的に地獄の苦しみを味わったのを知って、 酷いショックを受け、ロス・アラモスの原子力研究所を直ちに立ち去ったばかりではなく、科学すること自身に疑問を感じ始め、戦後間もなく(1948年に)
米国を後にして、中国大陸に渡リ、僻地で酪農業にたずさわりながら、毛沢東の人民解放戦線に加った。毛沢東の死後、北京の郊外で夫と共に酪農業を続けていた。2003年に夫が他界後も、独りで酪農業を続け、現在85歳ながら(反核)平和運動のために精力的に活動している。
彼女は今でも「(降伏寸前だった)日本に原爆を落とす必要は全くなかった」と確信している。従って、彼女がこの小説で「日本への原爆の使用に反対する70名の科学者による嘆願書」に署名した良心的な科学者「ジェーン」のモデルになっている可能性が極めて高い。

2007年8月7日、 米国ボルチモアより     丸田 浩 (監修者)

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