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2007年7月の49件の記事

2007年7月31日 (火)

前の記事では、すみません

無事に帰宅し、もう心臓は何ともありませんが、家に辿り着いたら、ぼろきれ状態。
午後11時になってようやく、ペンダントをはずし、娘に水を持ってきて貰って、いつもの薬を服用したところです。まだ化粧も落としていません。居間の座椅子に横たわったまま、動けなくて。
話の続きは、もうしばらくお待ちくださいね。

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これの横の椅子から動けません

美容室でまる3時間半かかり、終わって支払いを済ませたところで、胸痛。平静を装って外へ出、デパートへ。ニトロのテープと舌下錠使いましたが、もうひとつ。買い物があるのに、動けません。これ打つのにも、力が入りません。
フジコ・ヘミングさんが、今年ではなく、昨年のこの街でのリサイタルのとき、テレビ出演の前に、わたしの行きつけの美容室にお見えになったとか。
無事に帰りつけたら、続きを書きます。

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2007年7月30日 (月)

鉄砲百合(自作)

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 鉄砲百合が咲きました。

 お花屋さんで買ってきたものですが、 この鉄砲百合、頭をもたげています。

 最近、わたしがよくのぞくお花屋さんでは、こうした頭をもたげた百合ばかりを見かけます。

 花粉が嫌われるため、頭をもたげたものが多くなったのだとか……。

 確かに花粉がつくととれにくいですが、白百合は頭を慎ましく垂れていてこそ白百合らしい気がするわたしは、寂しい気がします。

 そんなところへ、カサブランカの写真を送ってくださったかたがありました。カッカして我流俳句に取り組んでいたときに励ましてくださったかたですが、頭が垂れたカサブランカの写真に胸がいっぱいになりました。

 でも、頭をもたげた鉄砲百合も、やはり百合の気品を放っていて、見ていると心身が引き締まるようです。

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花びらは六ひら備ふや鉄砲ゆり

かうべ上げ咲く白百合のしべ可憐

天仰ぐ百合の肌(はだへ)に黄の零る

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昨日の夕飯(サワラの香味焼き、ししとうと桜えびの炒め物)

P7300148  昨日の夕飯は、サワラの香味焼き、ししとうと桜えびの炒め物、ピーナツ豆腐、豚肉と絹さやのスープでした。     

              

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第21回参院選の結果

 参院選の残る1議席がどこなのか、テレビの前で結果が出るのを待っているうちに夜が明けてしまった。。。

 

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2007年7月29日 (日)

投票日

近くの小学校の体育館で、
投票を済ませました。
結果が、これまでになく恐ろしい。
激動の日本、今後の運命や如何に?

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2007年7月28日 (土)

同人誌提出作品~俳句「回転木馬」

 同人誌に俳句を提出すると決めたまではよかったものの、何せ我流俳句、一旦検討し出すと頭が痛くなってきます。

 そんなわたしに励ましの言葉をくださったかたがあり、ブログをしていてよかったと切に思いました。それで、冷静な頭に戻り、これまでつくった中から選択したのが次の25句です。


 回転木馬


つくねんとぼた山のあり春の雨

垂れ込めて花菜のひかり浮かびたる

勝鬨(かちどき)の面の艶なる武者人形

鯉のぼり挑むがごとく泳ぎをり

神経の細さ似る子よ夏帽子

木のぼりの娘(こ)落ちて泣いて夏は果つ

炊き出しの意気極まらば山車近し

神輿待ち野宴なれば土匂ひ

一念にもがいて駆くる運動会

こゑの中ほろところんで運動会

まな板や飛魚飛びし海の果て

日盛りの子となり初めし産湯かな

秋茄子の黒く照り合ひ列なせり

秋の蚊の触れては触るる壁づたひ

台風圏燭のひかりに家族の手

国東の潮の香れる葡萄園

秋汐に山すそぬれて輝けり

山嶺を数へし先に月りんと

大比売(ひめ)の山あり月は黄を強め

宇佐の月うさぎ半身くつきりと

貴婦人の衣装の如き百合活けぬ

大輪の白は深んで百合豪奢

見遣るたび未知の白なり百合の花

少年にゆかた短し宿の春

屋形船泊(は)つる冬川朝の目に


 この中で、当ブログ未公開だった句は下からの2句です。この2句は昔つくった次の10句の中から採ったものです。


 日田温泉 十句

ゆあみして父母(ちちはは)と酌む夫(つま)の春
かん酒に姑(はは)茜さし三隈川
少年にゆかた短し宿の春
ゲヱム待ち少女ゆざめの宿は深(ふ)く
宿に寝て舅(ちち)のしづかさ水仙花
また覚めて初夢分かつ湯の火照り
初泣きの児童矜持は大きかり
屋形船泊(は)つる冬川朝の目に
枯山の社(やしろ)の途を子ら駆けぬ
せせらぎの輝くを見し三日かな


「少年にゆかた短し宿の春」という句は夫方の甥をよんだものでしたが、思春期に入るまえの少年独特の危うさ、みずみずしさを表現したいと思いました。気に入っていた句でしたので、なんとか入れたいと考えました。

 他に、当ブログ未公開の句で一応候補に挙げたのは、次の諸句でした。


髪洗ふ瞑目のとき過ぎる相
初空に同じ足音朝刊来
授かりしものを孕まん寒卵
姑嫁たがへてむかふ初鏡
大宰府は底冷えの町久女の忌
足のうら冷たき真夜や水仙花
天からの贈りものなる春の雪
痴れ言の父の面影梅雨深く


 最後に挙げた句は、ブログ公開済みの「痴れ言の父の面影月見草」を改作したものですが、個人関係が露出しすぎている気がして採りませんでした。そうした句、感情が出た句、卓上句は姿を消しました。

 個人的には、ブログ未公開だった「叱りつつまた鬼女と化し大西日」なんてのも面白いと思いましたが、激しすぎて他の句との均衡を破ると感じ、候補にも挙げませんでした。

 それから、これは戦略としてですが、百合の句ばかり集めたものも一緒に送って、いずれかを同人誌主幹に選んでいただくことにしました。好みに添わないと落とされ、全然掲載されないことになるので、第二希望まで送る癖がついてしまいました。

 百合の句は出来にバラつきがありますが、テーマが一貫しているので、そちらを採られる可能性もあるかと思います。百合の句には他に「除夜の鐘鳴つて白百合開きけり」などという句もあり、実際に除夜の鐘が鳴り終わる頃に開きかけたのでしたが、作為的に感じられるのが皮肉です。季重なりですしね。


 百合の花


ふつと閉じ四方指したる百合若き

咲きそめて香気清(す)みさす小百合かな

百合の花ほのひらく度かほりきぬ

百合なれば莟の全てひらきけり

奥の力(りき)真白に放つて百合ひらく

花がめに降りハツハツと百合咲きぬ

青やかに蘂を含める百合白く

白百合は花粉こぼして精気尽き

枯るるまで高く香りし百合の花

丘陵に白く浮かぶや百合の群れ

相眺めて百合の名知るやカサブランカ

貴婦人の衣装の如き百合活けぬ

大輪の白は深んで百合豪奢

見遣るたび未知の白なり百合の花

わが魂(たま)の谷あひの色百合白き

百合の花見果てぬ夢の深まりて


 近頃では、カサブランカは見かけなくなりました。カサブランカに似ているけれど、頭が垂れていない別の名の百合をよく見かけます。名は何でしたっけ?

  わたしは頭を垂れている百合のほうが好みです。花屋さんに鉄砲百合が出ていたので、新しいいい句が次々に出来ることを期待し、2本買ってきましたが、残念なことにこれを書いている今、まだ莟のままです。

 咲くのもそろそろかと思って、楽しみに見ているのですが……。全部で8つある莟のうち、一つが卵でも孕んだみたいにふくらみ、先のほうがほのかに割れてきました。

 同人誌に提出が終れば、次は短編小説が待っています。すぐにとりかからなくては、来月中に完成できなくなるでしょう。夏バテなんていっていられません。既に食欲は全然ありませんが、体調が崩れないことを祈るばかりです。父の件もあることですし、大忙しの夏になりそう。

 ご訪問くださったあなた様もお忙しいことでしょうが、ご自愛くださいね。楽しい夏をお過ごしください。

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夜の鳩

P7280046  ドバト対策は効果がありましたが、それでも、鳩はときどきやってきます。

 ドバトが嫌うはずの磁石の傍に、当のドバトがしっかり佇んでいますね~。こうして見ると可愛いですけれど、困ったものです。。。

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昨日の夕飯(三色ごはん、桃)

P7270013 P7280033  昨日の夕飯は、三色ごはん、小松菜と舞茸の味噌汁。デザートは桃でした。

    

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2007年7月27日 (金)

昨日の夕飯(タラの味噌ゴマヨ焼き、ピーマンのツナカレーマヨネーズあえ)

P7270043 昨日の夕飯は、タラの味噌ゴマヨ焼き、ピーマンのツナカレーマヨネーズあえ、冷やっこ、麩とねぎの味噌汁でした。    

             

     

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2007年7月26日 (木)

昨日の夕飯(豚肉の炒め物バジル風味)

P7260096 昨日の夕飯は、豚肉の炒め物バジル風味、サニーレタスとトマトのサラダ、卵とエリンギのスープでした。

 うさぎのお皿は、明太子です。

 

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2007年7月25日 (水)

昨日の夕飯(ティールームでパスタとチャイ)

200707241926571 20070724194119  昨日はお中元を買いに行き、くたびれたので、仕事帰りの娘と待ち合わせて、よく行くティールームでパスタで済ませました。

 夫には、弁当を買いました。商店街の中のお店で。

パスタにはパンがついていて、このパンは持ち帰りもできます。食後に飲んだのはアイス・チャイ。2種類のスパイスが、チャイの美味しさを引き立ててくれました。

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2007年7月23日 (月)

一昨日の夕飯(いわしみりん干し、エリンギとポテトのハーブ風味、イカのバター焼き)

P7220062_1 昨日の夕飯は、いわしみりん干し、エリンギとポテトのハーブ風味、イカのバター焼き(&トマト)、冷やっこ、なすと万能ねぎの味噌汁でした。         

                      

 

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2007年7月21日 (土)

昨日の夕飯(かしわめし、なすの辛子みそあえ、すりながし汁)

P7210046 昨日の夕飯は、かしわめし、なすの辛子みそあえ、すりながし汁でした。

 娘が今週、料理教室で作ったものを、作ってみました。

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村上春樹とオルハン・パムクについて若干

 昨日一日考えていたのだが、同人雑誌に提出する予定だったエッセーは先送りすることにし、俳句を提出することにした。

 村上春樹とオルハン・パムクに関するエッセーに取り組んでいたのだが、パムクの『雪』『イスタンブール』を読了してから書きたいという思いが強くなってきたということと、ある用事で来月時間をとられるため、来月いっぱいで仕上げる予定だった短編小説を今月うちからスタートさせたいということから、俳句を出すことにしたのだった。

エッセーについていえば、下準備として、村上春樹『ノルウェイの森』を再読、『海辺のカフカ』を読み、パムクのノーベル賞受賞講演を収めた『父のトランク』を読んだところだった。

 パムクの『父のトランク』は、彼の人間的な真っ当さや温かみが感じられる講演内容だと思った。

 作風が観念的という点で、バムクと村上春樹はよく似ていると思う。

 違いといえば、パムクがよくも悪くも芸術家としての姿勢を強く打ち出そうとしているのに比べて、村上春樹の場合は趣味的といおうか、自分の好み以外のものに対する徹底した無関心と想像力の欠如とが目立つ。

 パムクの姿勢が、過去の文豪たち――例えば……思いつくままだが、バルザック、トルストイ、ドストエフスキー、トーマス・マン、モーリヤックなどと比べると、格段に落ちるなと思われるのは、彼が未だ芸術家としての模倣の段階にあるのか、充分に肉化しているとはいいがたい観念の空回りを感じさせる点だ。

 逆のいいかたをすれば、観念の空回りが感じられるために、彼が作家として優秀であることに異論はないとしても、なお芸術家して模倣の段階にあるのではないかと感じさせられるわけなのだ。

 パムクが影響を受けたという谷崎潤一郎もまた、作りすぎるところのあった作家であった。『細雪』の中の台風のあるシーンなどはその一例で、台風の恐ろしさを体験したわたしには笑わずには読めない滑稽さだ。

 レゴを組み立てている子供がそのまま大きくなったような無邪気さが谷崎の文学作品には感じられ、パムクも同じ傾向を持っている。

 パムクの『わたしの名は紅』には、その谷崎の『春琴抄』の影響を受けて書かれたのではないかとわたしが想像する目潰しのシーンが出てくる。

 『春琴抄』ではそれが自然なふくらみをもって描かれ、成功しているのに対し、『紅』ではむしろ、彼ら細密画師たち各様の個性が台無しになる結果をもたらしていると思う。

 というより、各様の個性がもうひとつ肉化されていないために、作者はそんな行動をとらせることができたのだろうと思われた。

 こうした不満については、左サイドバーにあるカテゴリーの中に「オルハン・パムク」があるので、そこをクリックしていただき、過去記事の読書ノートを参照していただきたい。

 パムクの『父のトランク』には対談も収めてあるが、その対談で、谷崎の影響について追究してほしかった。

 今回わたしがエッセーを見送ったのは、何より『雪』や『イスタンブール』でも、彼が芸術家として模倣の段階に依然とどまっているのかどうかが知りたくなったからだ。

 村上春樹の『ノルウェイの森』で、直子が自殺したあとの彼女の両親が描かれるが、両親については、如何に彼らが世間体ばかり気にしていたかという情報だけが、読者にもたらされる。

 以下はその部分の引用である。

「淋しい葬式でしたね」と僕は言った。「すごくひっそりとして、人も少なくて。家の人は僕が直子が死んだことをどうして知ったのかって、そればかり気にしていて。きっとまわりの人に自殺だってわかるのが嫌だったんですね。本当はお葬式なんて行くべきじゃなかったんですよ。僕はそれですごくひどい気分になっちゃて、すぐ旅行に出ちゃったんです」

  ―村上春樹『ノルウェイの森(下)』(講談社文庫、2004年)―

 ひどい気分に誘われるのは、こちらのほうである。何と幼い主人公であることか。娘が自殺して、両親が世間体を気にするのは自然なことだ。この両親は何の因果か、直子の姉からもかつて自殺されているのだ。

 世間体を気にすることと、惑乱、哀しみ、絶望が同居できないとでも、主人公は思っているのだろうか。

 この主人公のような立場だと、直子の両親から責めを受けそうで怖ろしく、針の筵に座らされる思いで葬式に出席するのが普通ではないだろうか。主人公はどうも、気軽に出かけ、一緒にさめざめと泣くことを期待していたようである。

 そして、直子の両親が世間体ばかり気にしていたことに傷ついて、主人公は旅に出た。1ヶ月間の放浪の旅。主人公は、砂浜で出会った若い漁師に母親が死んで泣いていると嘘をつき、同情される。

 漁師も自分の母親を亡くした話を始めるが、主人公は、そのことに怒りを覚える。その理由がまたふるっている。

それがいったいなんだっていうんだと僕は思った。そして突然この男の首を締めてしまいたいような激しい怒りに駆られた。お前の母親がなんだっていうんだ? 俺は直子を失ったんだ! あれほど美しい肉体がこの世界から消え去ってしまったんだぞ!それなのにどうしてお前はそんな母親の話なんてしているんだ?

―村上春樹『ノルウェイの森(下)』(講談社文庫、2004年)―

 あたかも、自分の悲しみは高級で、漁師の悲しみは下等だといわんばかり。いや、自分と直子は上等の生き物で、漁師とその母親は下等だといわんばかりではないか。

 このような主人公からは、自分と関係のある人間以外はどうなってもいいという作者本人の無関心、冷淡な態度が透けて見える。 

 村上春樹は、人間の基本的な感情の描きかたに欠陥がある。意識してそうしているとは受けとれないだけに、異常な気さえする。お洒落な見かけに騙されてはいけない。

 わたしは、直子よりも、一見正常で良識的に描かれている主人公のほうがむしろおかしいように思える。壊れた主人公をテーマにしている風でもないだけに、村上春樹の小説は、読めば読むほど読者に不安定感をもたらすはずだ。

 この基本的なところがすこやかなオルハン・バムクは、読者に安定感と明るさをもたらしてくれる。それは文豪には共通した、不可欠の要素である。だからこそ、作家がどんなに異常なことを書こうが、福音となるのだ。

 夏休みが近づいた頃から、当ブログの村上春樹に関する記事が、一段とアクセス数を増やし出した。読書感想文を書かせる高校、大学の教師が多いのだろうか。

 村上春樹はまだ商業主義のさなかにある作家だ。文豪と呼ばれる過去の西洋の作家の優れた文学作品は数多いのだから、読書慣れしていない生徒たちに危険な読書をさせないでほしい。

 途上にある、ごく近い未来の文豪オルハン・パムクは、前出の『父のトランク』に収められた「カルスで、そしてフランクフルトで」の中で、――小説という芸術は、ヨーロッパが発展させた最大の芸術上の発見――といい、また次のように語っている。

  小説という芸術は、それを巧みに操る人の手にかかれば、自分の物語を他人の物語のように語ることができるものなのです。

しかしながらそれは、四百年の間、全力を挙げて読者に影響を与え、わたしたち作家を興奮させ、夢中にさせてきた、この偉大な芸術の単なる一面に過ぎません。

わたしをフランクフルト、あるいはカルスの通りにつれてきたのは、そのもう一つの面です。つまり、他人の物語をあたかも自分の物語のように書くことができる可能性なのです。〔略〕

 わたしたちにまったく似ていないそのものは、わたしたちの中にある最も原始的な自衛、攻撃、嫌悪、恐怖の本能に訴えます。

わたしたちは、これらの感情がわたしたちの想像力を燃え上がらせ、執筆に駆り立てるのをよく知っています。

手元にあるこの芸術の規則を活用する必要上、「小説家」は、この「他者」と自分とを同一視することが、自分にいい結果ももたらすと感じたのでした。

また、誰もが考えたり、信じていたりすることの反対を考えようと努力することも、自分自身を解放するであろうことを小説家は知っています。

小説という芸術の歴史は、人間の解放の歴史です。つまり、自分を他者の立場に置き、想像力によって自分というものを変え、解き放つ歴史として書くこともできます。

―オルハン・パムク『父のトランク』(和久井路子訳、藤原書店、2007年)― 

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2007年7月20日 (金)

お知らせ

自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載13へ)。

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一昨日の夕飯(ホタテ貝柱の刺身、豆腐のピリ辛そぼろがけ)

P7190043_1  一昨日の夕飯は、ホタテ貝柱の刺身、豆腐のピリ辛そぼろがけ、トマト、春雨スープでした。

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2007年7月19日 (木)

ひとりごと(父の問題 その七:家庭裁判所からの呼出状) 

 裏側に薄く送り主である家庭裁判所の印の押された封筒が普通郵便で届き、マンション玄関の集合ポストにひっそりと入っていた。

 ダイレクトメールと見紛うブルーの封筒で、これがダイレクトメールが頻繁に届いていた頃であれば、うっかり捨ててしまったかもしれない。

 あとで代金を請求されてもいいから、こういうものは書留で送ってほしいものだ。なぜって、正当な理由がなく出頭しないときは、過料に処せられることがあるとあるから。

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2007年7月18日 (水)

最近の父をよめる自作句(三句)

痴れ言(しれごと)の父の面影月見草
父病めば妻と籠りぬ暑さかな
父の幸何処
(いづこ)かにあり夏の暮

 

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茅舎忌に寄す

 昨日7月17日は俳人川端茅舎の忌日、茅舎忌だった。

 

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2007年7月17日 (火)

昨日の夕飯(豚肉ときゅうりのカレー炒め、トマトとチーズのサラダ)

P7170044 昨日の夕飯は、豚肉ときゅうりのカレー炒め、トマトとチーズのサラダ、ほうれん草のごまあえ、油揚げと大根とねぎの味噌汁でした。

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2007年7月16日 (月)

地震のニュース

 夜になって初めてテレビをつけ、新潟、長野で大きな地震があったというニュースに驚いた。

 

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BS2で視聴したテミルカーノフのサンクトペテルブルク・フィル~スピヴァコフのロシア・ナショナル管弦楽団の記憶

 スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団の演奏をNHK教育で視聴してからというもの、わたしはロシアのオーケストラの虜となってしまっている。

 2001年6月1日に、初めて生のロシアのオーケストラの演奏に浸ることができたわけだったが、それは福岡シンフォニーホールで行われたウラディーミル・スピヴァコフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団による演奏会だった。

 そのとき、初めの予定ではスヴェトラーノフが福岡シンフォニーホールでロシア・ナショナル管弦楽団を振るはずだった。 

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法被姿の子供たち~蔵出しの二葉の写真

P7160023 午前9時半頃に、祭囃子が聴こえてきました。その音に近くからドバトのボーボーという合いの手が入り、賑やかなことでした。

 ベランダに出てみると、子供神輿の行列が、向うの通りのファミレス、モデルルームのある辺りを通るところでした。

  それを見ていて、ふとなつかしくなり、古いアルバムを開いて、子供たちの法被姿を探しました。

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昨日の夕飯(ガーリックライス、ホタテとキャベツのクリーム煮)

P7150062 昨日の夕飯は、ガーリックライス、ホタテとキャベツのクリーム煮でした。

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2007年7月15日 (日)

お知らせ

自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載12へ)。

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昨日の夕飯(肉だんごとキャベツの煮もの)

P7140042 昨日の夕飯は、肉だんごとキャベツの煮もの、リーフレタス・黒まめ・チーズのサラダ、卵豆腐、油揚げとじゃがいもの味噌汁でした。

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2007年7月14日 (土)

台風が来る~台風被害の記憶

 住んでいるのが街中だし、マンションの上階なので、窓にさえ気をつければ心配ないだろうと思いながらも、別の市に住んでいた頃に台風被害に遭ったトラウマから、停電に備えて、懐中電灯、替えの電池、ロウソクなど用意した。

 ベランダは既に前日に入れられるものは室内に移動させた。物干し、布団干しは下に横たえた。

P7140043 P7140044  ←台風被害に遭ったあとで、すぐに購入したラジオ。電池、リチウム電池の切り替えが効く。ライトも点く。

 自家発電式懐中電灯もせっかくあるので、出しておく。→

 台風被害に遭ったときは、その最中、携帯電話がありがたかった。電池式充電器は用意しておいたほうが安心だ。

 古い家屋はどうしたって危ないから、非難するのが一番だと思う。

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昨日の夕飯(鶏手羽元のハーブ焼き・塩焼き、さつまいものミルクスープ) 

P7140039 昨日の夕飯は、鶏肉のハーブ焼き・塩焼き、ごま豆腐、さつまいものミルクスープでした。

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2007年7月12日 (木)

ひとりごと(父の問題 その六)&梨のゼリー

P7110046 妹が、梨のゼリーや、中学生のときにバンドを組んでいた姪(残念ながら高校生になってから解散)のライブDVDなど、嬉しいものをいろいろと送ってくれた。

 お礼の電話をかけると、4日に市役所福祉課の女性職員が父宅を訪問してくださった由。

 1時間20分ほど談話してくださったそうだが、父たちは妹の話を裏づけるような妄言しきりだった由。

 だが、家は掃除も行き届き、きちんとした暮らしぶりに見えたそうだ。ホッとするやら、やはり他人からも妄言に聴こえるのだと思えば失意は募る。

 外見からはボケた風にも見えないため、今後の関わりかたが難しいそうだ。わたしも、父より先に参るわけにはいかないなあ。お手柔らかに願いたいよ。

 過去記事の中から、姪が赤ん坊の頃に作った句を探した。

妹産科へ緊急入院、点滴続く 一句

生まれきて伯母が立ちたる夏野見よ

姪誕生 三句

夏雲のふつくり浮かんで姪うまる

日盛りの子となり初めし産湯かな

いのち今うまれしばかり夏の赤子(やや

ベビー・ベッドの傍らで 三句 

まほらから落ちし疲れか夏布団

夏布団いのち定まる刻々と

ほのかなるいのち豪華に夏布団

 ちょんと生まれてくれるかどうか危ぶんだくらいなのに、バンドだって、ライブだって。。。大きくなったものだと思う。DVDは何だか、ドキドキして、まだ見ていない。姪は亡くなった母と同じ獅子座のA型。妹にいわせると、性格はわたしに似ているという。まだまだ可愛らしく見える甥は来春、大学受験。

「父の問題」は、サイドバーのカテゴリーにあります。 

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昨日の夕飯(ししゃも、ひき肉とタマネギの中華炒め、長芋の煮つけ)

P7110103 昨日の夕飯は、ししゃも、ひき肉とタマネギの中華炒め、長芋の煮つけ、落とし卵の吸い物でした。 

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2007年7月11日 (水)

昨日の夕飯(豚キムチ丼、小松菜のくるみあえ)

P7100016 昨日の夕飯は、豚キムチ丼、小松菜のくるみあえ、もやしの味噌汁でした。

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2007年7月10日 (火)

面白そうな本、2冊

P7100011  面白そうな本の1冊は、水声社が刊行中の《バルザック 幻想・怪奇小説選集 全5巻》の中の1冊で「呪われた子」(関連記事はこちら

 「呪われた子」には、『サラジーヌ』『エル・ベルドゥゴ』『不老長寿の薬』『フランドルのキリスト』『砂漠の情熱』『神と和解したメルモス』『続女性研究』『呪われた子』が収めされていて、いずれも人間喜劇の中の作品です。

 東京創元社から出ている「バルザック全集」の収録作品とかぶっていないところが嬉しい……。

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2007年7月 9日 (月)

昨日の夕飯(ウナギ弁当)

P7080005  昨日は体調が悪かったので、娘にデパ地下の鰻屋さんから、ウナギ弁当と惣菜のサラダを買ってきて貰いました。

 鰻屋さんには、ウナギの量によって3種類の弁当があり、これは中です。勿論ウナギだけも買え、その場でさっと焼いてくれたりもします。

 ありがたいことに、閉店が近づくと、安くなったりも。。。

 大分市は適度に街で、外食、弁当、宅配に不自由することがなく、恵まれています。でなければ、ずいぶん苦しい思いをしたことでしょう。

 年々弱っていく、と知人からいわれたことがありますが、便利なものは上手に利用させていただいて、何とかやっていきたいと思っています。 

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2007年7月 8日 (日)

昨日の夕飯(鮭のバターピラフ、春雨スープ)

P7080004  昨日の夕飯は、鮭のバターピラフ、サラダ、春雨スープでした。

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2007年7月 7日 (土)

昨日の夕飯(ハンバーグと野菜のつけあわせ、キャベツのミルクスープ)

P7060052 昨日の夕飯は、ハンバーグと野菜のつけあわせ、オクラのおかかあえ、サラダとバナナヨーグルト、キャベツのミルクスープでした。

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芥川賞候補、川上未映子の詩『私はゴッホにゆうたりたい』を読む

 残業を終えて23時近くに帰宅した書店勤務の娘が、「芥川賞と直木賞の候補が発表になったよね。芥川賞候補のほうは訳のわからない題名ばかりだけれど」といったので、芥川賞候補をネットで検索してみた。

円城塔「オブ・ザ・ベースボール」(文学界6月号)▽川上未映子「わたくし率イン歯ー、または世界」(早稲田文学0号)▽柴崎友香「主題歌」(群像6月号)▽諏訪哲史「アサッテの人」(同)▽前田司郎「グレート生活アドベンチャー」(新潮5月号)▽松井雪子「アウラ アウラ」(文学界3月号)

 確かに変な題名が並んでいると思ったが、奇を衒う傾向は今に始まったことではない。が、それにしても、「わたしく率イン歯ー、または世界」のイン歯ーというのは、どう読むのだろう? 

 わたしは「インハー」と読み、夫は「インシー」と読んだ。娘は長音の「ー」ではなくて、漢数字の一ではないか、などという。

 さらに目は早稲田文学号という掲載誌に釘づけになる。0号……。存在しない号ということになり、このイン歯ーは無効ではないのか?!

 わが父はボケているといおうか、いかれているといおうか、相当におかしいのだが、日本の文学界もとうとうここまで来たか、どっこいだ――と思いながら、川上未映子で検索してみた。

 大阪府出身、シンガーソングライターらしい。文筆歌手ともあった(文筆歌手?)。

 そして何と、彼女にはココログの公式ブログ『純粋悲性批判』があることを知った。灯台もと暗しとはこのことだ。行ってみた。

 読み始めたところ、いくらも読まないうちに脳味噌が溶けて流れ出しそうな錯覚を覚えた。読むのをやめたいばかりに、無理に町田康の女性版と定義づけようとした。

 わたしは関西弁が苦手なのだ。音声として聴くのはいいのだが、文章になると、読みづらさが先に立ち、幻惑されたようになって、書き手が天才か馬鹿かのどちらかに思えてくる。

 ブログの雰囲気からして、彼女はおそらく、その中間域に存在するに違いないのだが、手っ取り早く確認する手段はないものかと考える。

 ふと、「最初にどうぞ」と彼女がすすめる『私はゴッホにゆうたりたい』というのが目に入った。

 ゴッホはわたしの好きな画家だ。そのゴッホに彼女は何かいいたいらしい。何をいいたいのか興味が湧いたし、詩らしいから、まとまったものとして手っ取り早く読めそうだと思った。

 一読。何かしら、感動を誘われるような、誤魔化されているような、危険なものを覚えた。関西弁が読み取りの邪魔をする。それで、標準語に翻訳してみた。1/3くらいでやめたが、お蔭で慣れたのか、読みやすくなり、詩の本質が明らかとなった。

 同情的な語り口には、思わずほろりとさせられるものがあるのだが、よく読んでみると、ゴッホが矮小化されたような不快感を覚えずにはいられない。

今はな、あんたの絵をな、観にな、
世界中から人がいっぱい集まってな、ほんですんごいでっかいとこで
展覧会してな、みんながええええゆうてな、ほんでな、どっかの金持ちはな、
あんたの絵が欲しいってゆうて何十億円も出して、みんなで競ってな、なんかそんなことになってんねんで、

 と、詩にはあるが、ゴッホの絵が馬鹿高いのは、いうまでもないことだが、投機の対象となっているからなのだ。ゴッホがそれを単純に喜ぶだろうか。わざわざこういいたくなるほど、分別臭い語り口とはそぐわない、幼い雰囲気を漂わせている箇所が、詩には随所に見受けられる。

私の知り合いの、男の職業絵描きの人とな、
随分前にあんたの話になってな、
私はあんたの生き様、芸術って言葉も使わんとくわな、
もう、それをするしかなかったっていうものと死ぬまで向き合ってな、そういう生き方を思うと、
それ以上に、なんていうの、ほんまなもんってないやろって思うわ、私は信頼するわって話をしたん、

そしたらその絵描きな、未映ちゃんがそう思うのは全然いいけど、
あんな誰にも認められんで苦しくて貧しくて独りぼっちでゴッホが幸せやっと思うかってゆわれてん、
俺は絶対にいらんわってゆわれてん、

ほんでそっからしばらくあんたの幸せについて考えてみてん、
幸せじゃなかったやろうなあ、お金なかったらおなかもすくし、惨めな気持ちに、なるもんなあ、
おなか減るのは辛いもんなあ、ずっとずっと人から誰にも相手にされんかったら、死んでしまいたくもなるやろうな、
いくら絵があっても、いくらあんたが強くても、しんどいことばっかりやったろうなあ、

 ゴッホは、芸術論を語り、闘わせてやまなかった人だ。それは書簡からもわかる。ゴッホは、ひじょうに知的であった人だ。それなのに、作者は、芸術という言葉を使わないことを、ゴッホに対する思いやりか何かと勘違いしている風情がある。

 また、作者は知り合いの画家とゴッホをしきりにあわれんでいるが、ゴッホの絵の理解者は身近にいた。弟で、これもよく知られていることだ。弟の妻はのちに、ゴッホの絵が世に広く知られるために多大な貢献をした。

 詩からは、物事を自己流に解釈し、そのことに満足している平凡な感性、知性の持ち主しか見えてはこない。

 こうした幼い芸術観の持ち主がどんな小説を書いたかは知らないが、それが芥川賞の候補にまでなる日本という国の甘さ、厭らしさは、もうどうしようもないところにまできているのではないかと想像せざるをえない。

 世界の文学がこれと同じレベルにあるとは、ゆめゆめ思ってはいけない。嘘と思うのなら、昨年ノーベル文学賞に輝いたオルハン・パムク氏の『わたしの名は紅』〔→藤原書店ホームはこちらを読んでみるがよい。


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2007年7月 6日 (金)

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自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載11へ)。

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わさだタウン~デップ様の『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』を観、うどんを食す

P7060102 P7060097_1  昨日、家族で郊外のわさだタウンへ行き、シネフレックスでデップ様のパイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンドを観ました。

 わたしにとっては、フジコ・ヘミングのコンサートに出かけて以来のビッグ・イベントとなりました。

 

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2007年7月 5日 (木)

なかなか興味深い回答傾向…

 アバウトミーを始めたばかりの頃に、思いついた質問を次々に出して、ちょっと飽き、放置してしまっていました。

 今日久しぶりに見たら、嬉しいことに回答は続いていて、次の質問に対する回答など、なかなか興味深いと思いました。

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自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載10へ)。

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昨日の夕飯(あめたの干物、はるさめの中華炒め、おぼろ豆腐)

P7050072  昨日の夕飯は、あめたの干物、はるさめの中華炒め、おぼろ豆腐、青梗菜の味噌汁でした。

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2007年7月 4日 (水)

ひとりごと(同人雑誌の締切日が…)

 同人雑誌の締切日が、音もなく忍び寄ってくる。。。締切日は今月末。

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一昨日の夕飯&昨日の外食

20070626193220_1   昨日の夕飯は、ティールームで写真の料理を食べました。

 わたしの頭が入りそうな大きなサラダボールに、チキン、いろいろな野菜が盛られています。

 そして野菜の中には、スライスして辛子バターのぬられたパンが隠されていたのでした。

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自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載9へ)。

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2007年7月 2日 (月)

ひとりごと(父の問題 その五)

  父の再婚は失敗だった。

 再婚を告げられたときに、子供の責任において、はっきりと不審な点を指摘し、反対すべきだった。

 勿論、父がわたしの忠告を聞き入れたはずはなかったと思うが、父の主体性を尊重しようとするあまり、不安な本心を偽って賛成などすべきではなかったのだ。

 それは一見思いやりのある行為のようでありながら、子供としての責任の放棄、わたしという一個の人間としての主体性の放棄だったと今更ながら思う。

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2007年7月 1日 (日)

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自作童話『不思議な接着剤』、更新しました(連載8へ)。

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昨日の夕飯(牛肉のしょうが煮)

P7010072 昨日の夕飯は、牛肉のしょうが煮、しし唐と卵の炒め物、サラダ、じゃがいもと玉ねぎの味噌汁でした。

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一昨日の夕飯(刺身、中華風冷やっこ)

P6290023_1 一昨日の夕飯は、刺身、鍋しぎ焼き、中華風冷やっこ、かき玉スープでした。  

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