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2007年4月 5日 (木)

ひとりごと その二(桜の思い出)

20070405120105 整形外科を受診した帰りに、携帯で撮った桜です。

 桜は決して嫌いではありませんが、わたし(の主観)にとって、桜はやりきれなさを演出してくれる花です。 

 もう27年も昔の話になりますが、母が倒れたために就職を諦めて帰省し、腎臓疾患から脳障害を起こして先の見えない状態の母につききりだった4月。病院の庭では、桜が満開でした。  

 大好きだった神智学の先生のお亡くなりになったのが4月11日で、告別式に向かう電車の窓から満開の桜が見えました。

 そもそも実家のある町には桜の名所があり、「一目5,000本」などといわれていて、そこは公園になっていますが、城跡です。

 わたしが通った高校は、そこにあります。膀胱神経症に悩まされながら何とか合格した高校でしたが、満開の桜を背景に門をくぐったわたしの不安な気持ちは筆舌に尽くしがたいものでした。

 桜は、たまたまでしょうけれど、わたしの不安を助長するかたちで存在することが多いのですね。不安をドラマティックに演出してくれている、といっていいかもしれません。

 城跡の公園に植えられているのはソメイヨシノです。ソメイヨシノは、様々な表情を持った複雑な花だと感じます。

 早朝、朝日に透けんばかりに見える花びらには清浄の気が漂い、上品で気高く見えます。昼間は花びらが煙ったように、いくらか灰色っぽい色に見え、桜はちょっとこの下界に疲れているというか、少し自嘲気味に見えます。

 夜桜。黄色い電燈にライトアップされた桜は、見るからに妖艶で、退廃的で、怖ろしい。わたしは子供の頃、いや大人になってからでさえ、怖いもの見たさから夜桜見物に行くのです。

 わたしが子供の頃にはよく見世物小屋が来て、いろいろと怖いものを見せてくれたりしましたから、そこから植えつけられたイメージもあるのかもしれません。

 子供の頃には桜のトンネルが見事でしたが、そのうち、公園のあちこちで植え替えが見られるようになりました。ソメイヨシノの寿命は短いのですね。

 ところで今日は整形外科の受診日で、なってほぼ1年のわたしの五十肩に、先生が匙を投げられた音がわたしの耳には聴こえました。

 日常生活に困らない程度に治ったようだから、これでよしとしたい、と先生はおっしゃいました。

 そう、普段の日常生活には困らない、でも大掃除のとき、重いものを抱えなければならないとき、急いで服の着替えをしなければならないとき、電球を替えなければならないとき、わたしは困るのです。

 元通りにはならない、とはっきり、いわれました。ただ、リハビリは効果があるから続けるようにといって、沢山の湿布薬を出してくださり、次の受診は5ヵ月後です。五十肩になっていらっしやるかたを脅かすようなことを書いてしまって、ごめんなさい。わたしの五十肩は重症だと初診のときから先生にいわれました。すぐにすっかり治ったり、時間はかかっても治ったり、と人それぞれのようですね。〕

 左膝の関節も、完全によくなってはいません。完全に治ることを期待したわたしが、間違っていたようでした。関節は1度損なうと、元に戻りにくいようです。

 わたしはまだ50前ですよ。五十肩はともかく、長時間の歩行や階段の上り下りに苦労する年齢ではないでしょう、普通は。

 関節の異常は、心臓疾患のように切羽詰った感じをもたらす異常ではありませんが、それが治らないとなると、ある意味では心臓疾患よりもっと深刻な、暗い気持ちにさせられます。

 狭心症の発作は死の恐怖をもたらすことがありますが、関節の不具合は生きることの困難な感じ、やりきれなさをもたらします。

 その鬱々とした気分で見上げた桜は、青空を背景にしてとても美しく見えました。帰宅して、すっかり落ち込み、どっと寝てしまいました。

 いつかわたしがこの世を去るとき、それは桜の季節に違いないと思います。肉体から抜け出して下界の桜を眺めるとき、それはわたしの目にどんなふうに映るのだろうかと想像します。

 この世に桜があるように、あの世(のこの世に接した界域)にも桜があるに違いありません。あの世の桜はどんなだろうか、とも想像したりします。

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