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2007年4月の52件の記事

2007年4月30日 (月)

お知らせ(新しいブログ『夢日記』)

 当ブログで「夢」というカテゴリーを設け、睡眠中に見る夢を記録してきましたが、
2007年5月からは夢日記というかたちで独立させることにしました。

 そのSeesaaで作った『夢日記』http://clail.seesaa.net/へも、よろしかったらご訪問くださいね。

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昨日の夕飯(豚肩ロース肉の串焼き―フェンネル風味)

20070429235106   昨日の夕飯は、豚肩ロース肉の串焼き―フェンネル風味、卵とキャベツのサラダ、玉ねぎのスープでした。

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2007年4月28日 (土)

昨日の夕飯(子持ちガレイの煮つけ、冷奴のベーコンのせ、れんこんのきんぴら)

200704280003012  昨日の夕飯は、子持ちガレイの煮つけ、冷奴のベーコンのせ、れんこんのきんぴら、貝割れ大根と油揚げの味噌汁でした。

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2007年4月27日 (金)

「おめざフェア」で

 デパートの「おめざフェア」で、2種類のスイーツを買いました。昨年も買った柿の種も買いました。

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ひとりごと(呼吸器科で先生とインフルエンザの話)

 昨日、呼吸器科を受診し、先生とインフルエンザの話をしました。

 インフルエンザになっても、悪化しないタイプの喘息もあるそうですが、わたしの場合は明らかに悪化するタイプで、またインフルエンザに罹ったときは十中八九悪化するだろうとのことでした。

 そのとき、先日循環器科で出して貰った気管支拡張剤メプチンエアーは効かないと思うと先生はおっしゃいました。そのとき、生き延びようと思えば、わたしにはタミフルしかないようです。

 タミフルはいろいろといわれているけれど、罹れば半数が命を落としていた脳炎の数を減らし、胃などへの副作用が少なく、予後をよくすることでははっきりとしている薬だとか。

 わたしが罹ったインフルエンザA型は、しばしば咳症状を極度に悪化させることがあるそうです。

 わたしの場合に起きたことは、インフルエンザが気管支を傷め、それで神経がむき出しになり、その神経が少しの刺激にも過敏となって喘息の発作を誘発した――ということらしいです。

 タミフルを服用していなければ、インフルエンザが弱い心臓へダメージを与えただろうし、肺炎を惹き起こしたかもしれないとか。

 それ以前に、喘息の発作で窒息死したかもしれませんね。メプチンエアーのような即効性のある薬も効かないのであれば。。。

 一応A型に免疫はできただろうから、またすぐに同じインフルエンザに罹ることはないだろうとのことですが、毎年秋にはインフルエンザ・ワクチンを接種したほうがいいようです。

 うちの子供たちは、小児喘息でした。当時タミフルがあったとしたら、使うべきか使わざるべきかで悩んだだろうと思います。

 そして、先生は大人は大丈夫とおっしゃいましたが、大人だって必ずしも大丈夫とは限らないようですが……。弊害をもたらすより貢献してくれている部分がはるかに大きいにしても、あれは悲惨な話です。

 いずれにしても、喘息のひどい発作には懲りたので、このところわたしはフルタイドを真面目に使っているのです。それで、喉はむしろいがらっぽく、そのせいかどうか口内炎が起きました。咳だって、結構出ますよ。

 正直なところ、フルタイドを使っても使わなくても、つらい。

 心臓の調子がいいことが、嬉しいです。まあ、いいといっても、先週、循環器科を受診した日の朝に発作が起きましたが。左膝も、昨日歩いているときにおかしくなり、痛いのをこらえて帰宅しました。

 いけない、暗くなりそう。

 5月半ばには博多で「ペルシャ文明展」、自宅から歩いていけるコンサートホールにフジ子・ヘミングがやってきます。文明展はともかく、コンサートは行けるかしら。微妙です。

 さあ、体調を整えて、しっかり出かけるぞ、オー!(←このオーというかけ声は、ハーボットがスター☆ウォークというゲームをするときに出す、可愛らしくも勇ましい「おー!」というかけ声を真似たものです。元気が出るので。うちのウッフはこのゲームを持っていませんが、たまにソネットさんのところに遊びに行って、させていただいています。)  

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2007年4月26日 (木)

思い浮かばない新しいブログ名

 ブログが片づかない玩具箱のような様相を呈してきたので、ほかにブログを作っていくらかでも整理したいと考えているのですが、新しいブログ名が思い浮かびません。

  

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昨日の夕飯(ドイツ風ムニエル、ミネストローネ)

20070425234714 200704252354403_1  昨日の夕飯は、ドイツ風ムニエル、ミネストローネ、小松菜とじゃこのつくだ煮風でした。

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2007年4月25日 (水)

カリール・ジブラン『預言者』より、友情について

 アクセス解析を通して、カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン)で当ブログにお見えになるかたが多いことがわかりました。

 そこで、わたしがこれまで一番読み返してきた詩を、まだその詩をご存知ないかたのためにご紹介したいと思います。

 『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)から、友情についての詩です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そこでひとりの青年が言った。お話しいただけませんか。友情について。
アルムスタファは答えて言った。
君の友人は君の需(もと)めへの応え。かれは畑。君はそこに愛をもって種まき、感謝をもって刈り取る。
彼はまた食卓。君の暖炉。
君は飢えてかれのもとに行き、平和を求めてかれを探すのです。

友がその考えを語るとき、恐れるな、君自身の心のなかの「否(いな)」を。そしてまたおさえるな、「然(しか)り」を。
また、友が黙するとき、君の心は止めてはいけない。かれの心に耳を傾けることを。
なぜなら友情にあっては、言葉なしに、すべての思い、すべての望み、すべての期待が生まれて、分かち合われるのです。それも喝采を必要としない喜びのうちに。
君が友から離れるとき、歎いてはならない。
なぜなら、君がかれのなかで一番愛しているものは、かれのいないときにこそ明らかになるのだから。山は、それを目指す者には、平野からこそ明らかに見えるもの。
そして友情には、精神を深めることの他にはどんな目的もあらしめるな。
なぜなら自らの神秘を顕わにする以外のことを求める愛は、愛ではなくて、投げ込まれる網にすぎない。

そして君の最良のものが友のためであるように。
もしかれが君の引き綱を知らねばならぬなら、君の満ち潮も知らせてやるように。
なぜなら、時間をつぶすための友を求めるなら、いったい友とは何だろうか。
時間を生かすための友をこそ常に求めなさい。
なぜなら、友とは君の需めを満たすもの。君の空虚を満たすためのものではない。
そして友情の甘美さのうちに笑いがあるように。そしてまた楽しみの分かち合いも。
なぜなら、小さな事柄の一滴のうちにも、心は自分の朝を見つけてさわやかになるのだから

カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)

カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン)はカテゴリーにあります。

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私的な日記と公の眼を意識するブログの関係

 思い出したいことがあって、日記帳(ファイルノート)を開いた。昨年の6月14日を最後として、日記は途切れていた。

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2007年4月24日 (火)

お知らせ

 アクセス解析を、ブログのサイドバーに表示してみました。過去30日間の集計です。

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昨日の夕飯(あめたの干物、卵の中華風煮物)

20070424001132_1 20070424000503_1  昨日の夕飯は、あめたの干物、卵の中華風煮物、サラダ、ナスの味噌汁でした。

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2007年4月23日 (月)

昨日の夕飯

200704222309121  昨日の夕飯は、グリーンカレー、サラダでした。

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2007年4月22日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第82回

 戴営魄抱一、能無離乎、専気至柔、能嬰児乎、滌除玄覧、能無疵乎、

 おちつきをなくした魄たましいを迷わぬように維持して、統一をしっかり抱たもち、それから離れないようにできるか。呼吸いきを凝集こらし、それを柔らかにして嬰児あかのようにすることができるか。神秘的な幻影(ヴィジョン)をぬぐい去って、くもりがないようにできるか。

「この玄覧というのは、そうね、あなたがおっしやるようにわたくしも、霊的な幻影のことだと思いますね。まあ、お化けが見える――などというのは問題外で、そんなものは人間以下の視力にすぎませんが、そうではない、高みへと、精妙度を増してゆく視力にも、段階に応じた曇りというものは付き纏うものなんですね。

 あれでも『老子』には、秘教的な側面ばかりではなくって、政治的、軍事的な視点を感じさせる箇所も多いんですよ。タルがあなたにお渡しした部分にはあまり含まれていなかったと思いますが。

老子は楚の苦(こ)県の人。名は耳(じ)、(あざな)(たん)、姓は李(り)氏。周の宮廷の図書館を管理した史官であった。老子は道と徳を修めた。その学説は自己を隠し、無名でいることを要務とする。周の都に長く住んだが、周の国力の衰えを見て、やがて立ち去り関まできた。そのとき関所の監督官であった尹喜(いんき)がいった。「あなたは隠者になられるのでしょう。無理とは思いますが、私のために書物を書いてください」。そのとき老子ははじめて上下2篇の書を著わし、『道』と『徳』の意義を述べること五千余言。そして立ち去り、どこで死んだか知るものはいない。(※8)

 と書(※9)には言いますけれど、老子という人はもはや伝説的人物になってしまっているでしょう。

 彼の境涯に関する確かなことはわからないわけですが、『老子』を読んでいると、どうも内容から、緊迫した状況下をよく知る、実戦にも通じた教養人という老子像が浮かんでくるわ。

 子の名は宗。魏の将軍で、段干の地に封じられたとも、書は言っておりますね。

 祖父なども、『老子』は帝王学のテキストとしても優れた書のように申しておりましたですね。汲めども尽きない書であることは確かだと思いますよ。……」

 言葉を途切らせると、女王は、人なつこさの中にもほのかな警戒心の綾なされた表情をお浮かべになりました。

 そして、半ば疲れ、半ばわたしの無礼さに寂しさを覚えられたような女王の語調の変化があり、「お里の皆さんはお元気でしたか?」と、お尋ねになりました。

「はい。女王様。ありがとうございます」と答えるときに、二重三重の胸苦しさを覚えて、わたしの声は震えました。

 3年ぶりにお目もじが叶った女王にわたしは碌なご挨拶も申し上げなかったばかりか、唐突といえばあまりにも唐突に、『老子』の解釈をめぐっての堅い質問ばかり浴びせかけてしまい、さすがに寛容な女王も困惑してしまわれたご様子でした。

 喜び――、そしてそれにも勝る動揺のために、用意していた言葉の悉くが失われ、それが混乱を招いて力いっぱい無作法なことをしでかしてしまったというのが、このときのわたしの側のいきさつでした。〔

 
 
8 『老子』(小川環樹訳、中公文庫、1973年)解説より抜粋、引用。
 9 司馬遷『史記』。前漢、武帝の時代に編纂された。中国の歴史書の第一に数えられる。 

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昨日の夕飯(かじきのハーブパン粉焼き、大根とかまぼこのサラダ)

20070422000046 20070422002801  昨日の夕飯は、かじきのハーブパン粉焼き、大根とかまぼこのサラダ、マッシュルームスープ(缶詰利用)でした。

 向かって右の写真は、ソースと混ぜ合わされ、食べられる寸前のかじき。

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2007年4月21日 (土)

携帯から

あそこまでの道のりが遠い。
あの座り心地のよくない椅子に座るのも、しんどい。
昨日循環器科を受診し、そのあと街中に出かけたため、単に疲れているだけ。
循環器科では、いつもは座って看護師さんに血圧を測って貰うところを、昨日は診察台に寝かされ、先生が測定。
数値は落ち着いていて、130―85だった。
タミフルのことや喘息の発作について話した。即効性のある気管支拡張剤メプチンエアーを出して貰ったが、これは頻脈があるわたしには出したくない薬だそうだ。
帰宅してネット検索し、なるほどと思った。
つまるところ、わたしのような持病のある患者は毎日吸入ステロイドを使って発作を予防するのが限られた中での一番の選択なのだ。
ネットで閲覧した専門家のサイトの記事に、普段軽症で、気管支拡張剤を使ったり使わなかったりしている患者の中に、何の前触れもなく、窒息死するケースがあるとあった。テレサ・テンがそうだとか。
たまにわたしは、睡眠中突然息ができなくなり、激しく咳込んで目覚めることがあるけれど、これが喘息の症状らしいともわかった。何かの刺激で気道が急に狭まるのだろう。
わたしの場合、狭心症の発作も睡眠中に起きることがよくあるので、普通の人にとっては平安な休息の時も、わたしには警戒の必要な危険な時間帯ということになる。
先生には睡眠中に狭心症の発作が起きたことも話したが、やはり毎日服用しているへルベッサーがその予防薬という。

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2007年4月20日 (金)

ひとりごと

 ああ嫌だ、久しぶりに睡眠中の発作が起きた。

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昨日の夕飯(豚肉のしょうが焼き、茄子の干しえび炒め)

20070419235834  昨日の夕飯は、豚肉のしょうが焼き、茄子の干しえび炒め、焼き厚揚げ、葱とじゃがいもの味噌汁でした。

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2007年4月19日 (木)

昨日の夕飯(サワラの塩焼き、イカのバター焼き)

20070418235907_1  昨日の夕飯は、(万能シーズニングソルトを振った)サワラの塩焼き、イカのバター焼き、小松菜のスープ、サラダでした。

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今はまっている本

 娘が水声社「バルザック幻想・怪奇小説選集 全5巻」の中の『百歳の人』を買ったのですが、それを借りて読み出してから、夢中です。

 まだバルザックが偽名で書いていた頃の通俗小説といわれるもので、作者自ら〈文学的がらくた〉といっているもののうちの一冊なのですが、いや、どうしてどうして、なかなかの作品です。

 通俗というにはあまりにも上質な香気が漂い、わたしは少女小説時代の吉屋信子を連想してしまいました。

 楽しいのは、薔薇十字会の秘術に関して、のびやかに語られているところ。彼の思想の源泉の一つに、薔薇十字会の神秘主義哲学体系があることは間違いないのないところだと、これではっきりわかりました。

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2007年4月18日 (水)

宅配寿司の謎

 宅配寿司の謎についての話です。

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2007年4月17日 (火)

昨日の夕飯(ちゃんぽん)

20070416235050_1200704162243431_1   昨日の夕飯はちゃんぽん、デザートは苺でした。

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2007年4月16日 (月)

ひとりごと

20070416153744  この綺麗な少女は、誰?

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一昨日の夢

 もう一昨日になりますが、断片的だけれど、印象的な夢を連続して見たので、記録しておきたいと思います。

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2007年4月15日 (日)

昨日の夕飯(肉じゃが)

200704150024402 昨日の夕飯は、肉じゃが、トマトサラダ、わかめスープ(インスタント)でした。

 フランス展で買ったワインを家族で飲み、わたしは料理をしながら飲んでいました。

 すると酔っ払ってしまって、夕飯作りの後半はぐちゃぐちゃになってしまいました。。。  

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2007年4月14日 (土)

危険な国民投票法案

 憲法改正の手続きを定める国民投票法案の与党修正案が13日、衆院本会議を通過した。

 

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最近の外食から

P1000082 20070412211146_5  過日、前に息子と行ったインド料理店に行きました。

 イタリアンフードの充実したカフェ&ダイニングに行ったのは、一昨日です。

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昨日の夕飯(カリフラワーの鶏そぼろあんかけ)

20070414000020 20070413224508 昨日の夕飯は、いわしの干物、カリフラワーの鶏そぼろあんかけ、冷奴の卵黄のせ、じゃがいもと小ねぎの味噌汁、苺でした。

  

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2007年4月13日 (金)

携帯からの投稿

昨日出かけたデパートのフランス展は、楽しいものでした。
1年ぶりにお目にかかったアンティークな雑貨のお店の人は、わたしのことを覚えてくださっていました。
実は、午後1時を過ぎても今日は恥ずかしながらまだ布団の中です。
昨日デパートで目一杯楽しんだだけではなく、体調も左膝の調子も悪くなかったので、デパートを出て娘と夕べの散策を堪能し、掘り出し物のカフェ&ダイニングで外食をしました。
フランス展疲れで夕飯作りは無理だろうと思い、夫には予め外食の許可を貰っていました。
夫には外食か弁当をチョイスして貰いますが、弁当でした。
で体調のよかった昨日は、もしかしたらすぐに帰宅してしばらく休めば、夕飯作りができるかもしれないと思いつつも、サボリを決め込んだのですね。
そうしたら、バチが当たったかのように、今日はまだ起き上がることができません。
今日は夕飯を作らない訳にはいかないので、夕方までに回復したいものです。
バレー部で猛特訓を受けた翌日そっくりに体のあちこちが痛く、快い疲れが充満しているだけなのですが、起きようとすると気味の悪い不整脈が起き、ドッと疲れて結局横になってしまいます。ケッタイな体です、我ながら。
フランス展は楽しく、移転したお気に入りだったイタリアンレストランの代わりが見つかったことは嬉しく(料理は美味しく、プレートメニューが充実していて、リーズナブル!)、ご紹介したい写真も撮ってきたのですが、記事のアップは早くて夜になるでしょう。
横になってこの記事を書いている今、また変な不整脈。書くなといわれているみたいで不愉快ですが、確かにこれだけ携帯のキーを打ってドワ〜と疲れました。夕方までまた寝ます。グータラ主婦の典型・・・。あ、また、変な不整脈。何なの、これ。では、また。

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2007年4月12日 (木)

ひとりごと(買いすぎたお菓子、行きたい「ペルシャ文明展」)

 デパートの長崎展で、欲張ってお菓子を買いすぎたようです。

 

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今日は『マダムNの覚書』の満1歳のお誕生日

 ブログ名は老けていますが、当ブログは今日でやっと満1歳です。

  記事数557。

 ご訪問くださったかたがた、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

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カリール・ジブラン「喜びと悲しみについて」(『預言者』佐久間彪訳、至光社、1984年)をご紹介

 昨日は神智学の恩師、田中先生の命日で、そのことを過去記事に書きましたが、12年前のその日からしばらくのあいだ、わたしは専業主婦であることをいいことに、悲しみに掻き暮れ、食っちゃ寝を繰り返していました。

 全く、自称神秘主義者のプライドも心得も何も、あったものではありませんでした。おなかに脂肪がのる下地は、その頃につくられたのに違いありません。自棄食いは初めての経験でした。

 その頃はとにかく、この世で生きた先生にもう1度会えないということが、いいようもなく悲しかったのです。

 そんなおバカなわたしの気づきとも、慰めともなったのは、カーリル・ジブランの詩集『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)の中の「喜びと悲しみについて」という章の詩でした。

 カリール・ジブランという詩人を教えてくださったのは、先生でした。

 『預言者』の中の詩はどれもすばらしいですが、今日はその「喜びと悲しみについて」を、上に書いた詩集からご紹介したいと思います。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そこで、ひとりの女が言った。お話ください。喜びと悲しみについて。
アルムスタファは答えて言った。
あなたの喜びは、悲しみの素顔。
笑いのこみあげてくる井戸は、しばしば涙で溢れています。
そういうことなのです。
悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにそれだけ喜びをたくわえることが出来ます。
あなたが葡萄酒を受ける杯は、まさに陶工のかまどで焼かれたあの杯ではありませんか。
あなたの心を慰める楽器、リュートは、もとは小刀でくり抜かれたあの木ではありませんか。
嬉しいときには、自分の心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると見つけるにちがいありません。かつては悲しみの原因になっていたものが、今は喜びの原因となっていることを。
悲しくて仕方のないときも、心の奥をのぞき込んでごらんなさい。すると、気づくにちがいありません。かつては喜びであったことのために、今は泣いているのだ、と。

あなたがたの誰かが言います。「喜びは悲しみに勝る」と。すると或るひとが言います。「いや、悲しみの方こそ」と。
しかし私は言います。喜びも悲しみも分けることは出来ません。
両方とも連れそって来て、一方があなたと食卓についているとき、忘れてはなりません。もう一方はあなたの床に眠って待っているのです。

まことにあなたは秤のようです。悲しみと喜びのあいだに懸かっていて、空のときにだけ静止し、平衡をたもちます。
宝の持ち主が、自分の金と銀を量ろうとあなたを持ち上げるとき、あなたの喜びと悲しみも上がり下がりせざるを得ないのです。

カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)

カリール・ジブラン(カーリル・ギブラン)はカテゴリーにあります。

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2007年4月11日 (水)

今日の夢

 午後、1時間ほど眠りましたが、起きたときにおなかが痛くて、そのせいで、あれこれ見ていた夢を捕まえそこないました。

 目覚め際に、フランスにあるという(?)美しい山の夢を見ていました。

 その山は日本でいえば冨士山といえるような山(?)で、光が射すと、クリームのような雪を頂いた山は薔薇色に輝く。山頂は平らになっていて、そこにオーロラのような光の薄いヴェールが山全体を包み込むように垂れかかっている。

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恩師の命日

 窓を開けていると、気持ちのよい風が室内に入ってきます。 

 4月9日は、亡き神智学の先生のお誕生日で、今日は命日です。そのためか、大好きだった先生のことばかり考えています。

 尤も、そうでなくても、ほぼ毎日先生のあのなつかしい知的でチャーミングな雰囲気と美しかったオーラの色合いは思い出さずにいられません。

 亡くなったのは1995年でしたから、もう12年にもなるのですね。

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2007年4月10日 (火)

昨日の夕飯(ハンバーグとにんじんのグラッセ)

20070409235051 20070410000025_1 昨日の夕飯は、ハンバーグ(にんじんのグラッセ)、ブロッコリーのおかかあえ、豆腐のポタージュでした。   

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2007年4月 9日 (月)

異常な統一地方選

 統一地方選前半戦では、候補者の政党色隠しが印象的だった。

 

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昨日の夕飯(焼き魚―水カレイの一夜干し、オニオンドレッシングのサラダ)

20070409000035 昨日の夕飯は、焼き魚――水カレイの一夜干し、オニオンドレッシングのサラダ、長芋のバター炒め、白菜としいたけの味噌汁でした。

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2007年4月 8日 (日)

デパートの長崎展で買ったもの②&ティールームでの夕食&今日の昼食

 先日、デパートの長崎展で買ったものをご紹介しましたが、ちゃんぽんと一○香も外せないので買いました。

 他に外したくないものがもう1点あり、それは月餅です。でも、大きさの割りにちょっと高価で、迷い、買いませんでした。

 月餅は子供の頃、どうかしたときに、おこぼれで貰えたお菓子でした。家にあったとしても、お客様のもの――というイメージだったのですね。

 長崎に親戚が多かったので、行き来があり、長崎のお菓子には馴染みがありましたが、月餅だけはお土産に貰った記憶がないなあ。

 そういえば、たまたま息子が電話をかけてきて、お友達とカステラの話になり、そのお友達はザラメ入りのカステラを知らないといったというのです。

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2007年4月 7日 (土)

昨日の夢

 最近、あまり夢を覚えていられませんが、また最後の2本だけを妙にリアルに記憶しています。

 それが何と大それた、といおうか、何とも世俗的な、といおうか、某文学賞の選考委員をして選評を書いている夢でした。選考委員はわたしを含めて3人で、どう見ても素人ばかり、いやはや。

 現実に文学賞に応募して、夢で賞の結果や選考過程をデフォルメしたかたちで見ることは当然のようにありましたが(それらの夢はブラックユーモア的なものにデコレーションされているのですが、常に真実を物語っていました)、こんな夢は初めてでした。

 賞に関しては欲がなくなったといおうか、諦めたといおうか、詰まらなくなったといおうか、応募することもなくなりましたが、それでも何がしかの執着、あるいは怨念みたいなものが残っていて、こんな夢を見せたのかしら。。。

 もう1本は短いものなのですが、記録するのも恥ずかしい、尾籠な夢。でも、夢としては珍しくも恥ずかしくもないものなんですね。

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昨日の夕飯(ハムステーキ)

20070406233224 昨日の夕飯は、ハムステーキ、もやしと卵の酢の物、冷奴、さつまいものミルクスープでした。

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2007年4月 6日 (金)

ぼやき

20070406190307  これは何だと思いますか?

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昨日の夢

 昨日は様々な夢を見ていて、途中目が覚め、ぼんやりと夢を思い出したりもしましたが、朝になって完全に目覚めたときにほぼ忘れてしまいました。

 最後に見た2本だけを、辛うじて覚えています。

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デパートの長崎展で買ったもの&夫の飯碗

20070405153604_1 デパートの長崎展は、昨日が初日でした。

 で、とりあえず、絶対に外せないものを3点買いました。

 蘇州林「皿うどん 2食入り」が3つセットになったもの、福砂屋のカステラ、九十九島グループ「九十九島せんべい」。皿うどんは、さっそく夕飯にして食べました。

 どれも、ネットショッピングできるようですね。

20070405153900 20070405154011 20070405154124  インフルエンザにかかって寝ていたとき、なぜか食べたくてたまらなくなった「九十九島せんべい」。

 やっぱり美味しい!  背中に沢山散りばめられたピーナッツ、九十九島の白い字のところが好きです。 

20070405153323 20070405153411  話は変りますが、夫の飯碗が欠けてしまったので新しく買うことになり、どれにしようかと迷いました。

 夫の希望は、「小さいものは嫌」という以外に特に注文はありませんでした。

 有田焼にしようかと思いましたが、ぴんとくるものがなく、桜の季節とあって、宇野千代さんのお碗なども目につきましたが、夫にはどうも。。。

 ふと小鹿田焼のコーナーが目に入り、近寄って眺めてみると、温かみのある味わいに心惹かれました。

 同人雑誌の同人のお1人に 小鹿田焼のかたがいらっしゃって、温かみのある人柄やわたしの作品「牡丹」を目をきらきらさせて褒めてくださったことなどが連想され、思わず手にとりました。

 長く小鹿田焼のつくられる町にいたというのに、小鹿田焼を見たことがなかったのですね。

 手にとった飯碗は1,000円ちょっとで、高価なものではありませんでしたが、若草色のほんのり香る、上から見れば何となくユーモラスな意匠が気に入りました(写真では色合いがうまく出ず、実際より暗い色になっています。お碗の内側はもっと、みどり味の勝った色合いです。外側の地はクリーム色に近く、模様は焦げ茶色です)。

 手に持つと軽からず重からず、側面のでこぼこ模様があるために、滑らず、何ともいえない温もりがあります。小ぶりのものもあったので、わたしのも新調しようかしら。

 あの同人の小鹿田焼の作品を見てみたくなりました。

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昨日の夕飯(皿うどん)

200704060001021 20070405235952  デパートの長崎展で買った、蘇州林の「皿うどん 2食入り」を2つ使って、3人分の皿うどんを作りました。

 豚バラ200g、むきえび、かまぼこ、ちくわ、キャベツ、玉ねぎ、ねぎ、もやし、しいたけ、にんじんを入れました。

 イカ、きくらげなんかも、入れたかったなあ~。

 極細揚麺の美味しいこと、今揚げたような美味しさでした。粉末スープも、粉末のインスタントスープとは思えない味わい。長崎展があっているうちに、これまた買っておかなくちゃ、と思いました。これはネット販売されているようですね。

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2007年4月 5日 (木)

ひとりごと その二(桜の思い出)

20070405120105 整形外科を受診した帰りに、携帯で撮った桜です。

 桜は決して嫌いではありませんが、わたし(の主観)にとって、桜はやりきれなさを演出してくれる花です。 

 もう27年も昔の話になりますが、母が倒れたために就職を諦めて帰省し、腎臓疾患から脳障害を起こして先の見えない状態の母につききりだった4月。病院の庭では、桜が満開でした。  

 大好きだった神智学の先生のお亡くなりになったのが4月11日で、告別式に向かう電車の窓から満開の桜が見えました。

 そもそも実家のある町には桜の名所があり、「一目5,000本」などといわれていて、そこは公園になっていますが、城跡です。

 わたしが通った高校は、そこにあります。膀胱神経症に悩まされながら何とか合格した高校でしたが、満開の桜を背景に門をくぐったわたしの不安な気持ちは筆舌に尽くしがたいものでした。

 桜は、たまたまでしょうけれど、わたしの不安を助長するかたちで存在することが多いのですね。不安をドラマティックに演出してくれている、といっていいかもしれません。

 城跡の公園に植えられているのはソメイヨシノです。ソメイヨシノは、様々な表情を持った複雑な花だと感じます。

 早朝、朝日に透けんばかりに見える花びらには清浄の気が漂い、上品で気高く見えます。昼間は花びらが煙ったように、いくらか灰色っぽい色に見え、桜はちょっとこの下界に疲れているというか、少し自嘲気味に見えます。

 夜桜。黄色い電燈にライトアップされた桜は、見るからに妖艶で、退廃的で、怖ろしい。わたしは子供の頃、いや大人になってからでさえ、怖いもの見たさから夜桜見物に行くのです。

 わたしが子供の頃にはよく見世物小屋が来て、いろいろと怖いものを見せてくれたりしましたから、そこから植えつけられたイメージもあるのかもしれません。

 子供の頃には桜のトンネルが見事でしたが、そのうち、公園のあちこちで植え替えが見られるようになりました。ソメイヨシノの寿命は短いのですね。

 ところで今日は整形外科の受診日で、なってほぼ1年のわたしの五十肩に、先生が匙を投げられた音がわたしの耳には聴こえました。

 日常生活に困らない程度に治ったようだから、これでよしとしたい、と先生はおっしゃいました。

 そう、普段の日常生活には困らない、でも大掃除のとき、重いものを抱えなければならないとき、急いで服の着替えをしなければならないとき、電球を替えなければならないとき、わたしは困るのです。

 元通りにはならない、とはっきり、いわれました。ただ、リハビリは効果があるから続けるようにといって、沢山の湿布薬を出してくださり、次の受診は5ヵ月後です。五十肩になっていらっしやるかたを脅かすようなことを書いてしまって、ごめんなさい。わたしの五十肩は重症だと初診のときから先生にいわれました。すぐにすっかり治ったり、時間はかかっても治ったり、と人それぞれのようですね。〕

 左膝の関節も、完全によくなってはいません。完全に治ることを期待したわたしが、間違っていたようでした。関節は1度損なうと、元に戻りにくいようです。

 わたしはまだ50前ですよ。五十肩はともかく、長時間の歩行や階段の上り下りに苦労する年齢ではないでしょう、普通は。

 関節の異常は、心臓疾患のように切羽詰った感じをもたらす異常ではありませんが、それが治らないとなると、ある意味では心臓疾患よりもっと深刻な、暗い気持ちにさせられます。

 狭心症の発作は死の恐怖をもたらすことがありますが、関節の不具合は生きることの困難な感じ、やりきれなさをもたらします。

 その鬱々とした気分で見上げた桜は、青空を背景にしてとても美しく見えました。帰宅して、すっかり落ち込み、どっと寝てしまいました。

 いつかわたしがこの世を去るとき、それは桜の季節に違いないと思います。肉体から抜け出して下界の桜を眺めるとき、それはわたしの目にどんなふうに映るのだろうかと想像します。

 この世に桜があるように、あの世(のこの世に接した界域)にも桜があるに違いありません。あの世の桜はどんなだろうか、とも想像したりします。

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インフルエンザは去っても

 インフルエンザは去ったはずだが、また少し風邪気味だ。胸の圧迫感もある。

 

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昨日の夕飯(ミンチカレー、りんごの甘煮)

20070405001527 昨日の夕飯は、インスタントのルーを利用したミンチカレー、りんごの甘煮でした。

 サラダを作ろうとして、ふとテーブルの上のりんごに目がとまりました。

 買ってはみたものの、この時期にはあまり美味しくなかった「ふじ」。そして、何となく皮をむかないまま放置してしまっていたのですね。可哀想でした(←他人事みたいですが、りんごをその状態に陥れたのは勿論このわたしです、はい)。

20070404233423 20070404233133  ようし、りんごの名誉挽回、と思い、甘煮にしてみることにしました。

 結果は上々。ミンチカレーにぴったりのデザートの出来上がり~。三温糖を使用したので、ブラウンっぽい仕上がりになりましたけれど。。。 

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昨日の夢

 寝る前に漫画を――佐々木倫子著『動物のお医者さん』を再読したためか、夢の中に患畜なんてのが出てきました。その患畜は、カンガルーの赤ちゃんでした。

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2007年4月 4日 (水)

昨日の夕飯(いり鶏)

20070403235447 20070403235659  昨日の夕飯は、いり鶏、鮭のみりんしょうゆ漬けを焼いたもの、落とし卵のスープでした。

 鮭のみりんしょうゆ漬けは、デパートの岩手展で4切れ500何十円かで買ったものを冷凍しておいたものです。

 それをグリルで芳ばしく焼きました。

20070403235740 200704040012281_1  いり鶏はこれまで別のレシピで何回も作ってきましたが、今回は服部先生のレシピで作ってみました。

 「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第10号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)で紹介されていたレシピです。

 

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今日の夢

 今日の午後、1時間ほど眠り、その間に見た夢の記録です。

 母が書いた母子手帳を読んでいるという、ちょっと変った夢でした。

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2007年4月 2日 (月)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第81回

 もの稔る秋にお生まれになった女御子には、豊か、を表現してトヨと御命名がなされました。喪が明けてから、乳人(めのと)に抱かれて宮殿にお帰りになりました。

 御子のお傍で、わたしは「トヨという御名は遥かな後世まで、この地に残りますわ……!」と叫び、乳人は驚いて、そしてわたしたちは顔を見合わせました。

「本当ですのよ」と、わたしは笑みこぼれるままに肯きました。

 乳人は、この頓狂な女が守役なのであろうかと困惑した面持ちでしたが、わたしは輝き出る微笑を消すことなどできませんでした。

 御子のかたちのきよらかなことは世に類がなく、襁褓(むつき)を当てた上からあけぼの色の衣(おお、あけぼの色の衣!)に包まれた御姿は、お小さいながらも、花のようで、玉のようで、あたかも和魂の栄光に華(かがや)きわたって見えるのでした。

 わたしはお傍を離れて、涙に掻き暮れました。

 また雅やかな御子のお傍に戻り、いつしかわたしは自分の息遣いもみどりごに似たものになりながら、無上の安らぎを覚える中で、『老子』の中の言葉を想起したりなどするのでした。〔

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ひとりごと(インフルエンザその後、息子のスーツ)

 インフルエンザ、息子の帰省と、慌しかった。

 就職活動に備えて、息子にスーツの替えが必要だと思っていたが、本人から相談するように、どんなものをいくらくらいで買ったらいいかいい出した。今年の秋からは就職活動に入らなければならない。

 この際と思い、デパートの紳士服売り場へ出かけた。

 これまでにジャケットとパンツを買い、息子の服を調達するための行きつけにしたいと思ったお店(高くなく安くなく、センスも悪くない、若者向きの無難なお店……)へ。データがインプットされているので楽だが、勿論息子には試着させる。以前とは違って、本人もそれほど恥ずかしがらず、素直だ。

 むしろ、必死で店員さんの言葉を吸収しようとしている。

 2つボタンであれ、3つボタンであれ、スーツの上着のボタンは必ず1番下を外しておくこととか、上着の袖口からは白いシャツをほんの少し覗かせなければならないこととか、靴下や靴の合わせかたなど。わからなくなったときには、NHKのアナウンサーの恰好を見ればいい、という言葉など深く記憶しておく、といった風だった。

 大学4年のときに研究室に入ってから、先生がたと一緒にホテルで海外からのお客様の相手をしたり、先生がたのお宅へお邪魔したり、といったこともあったようだから、それなりの恰好をすべきところへはしていくべきことがわかったのだろう。もしかしたら、恥をかいたことがあったのかもしれない。

 スーツを購入。店員さんは教育が行き届いていて、感じがよい。補正後のスーツを、息子のアパートに送ってくれるように頼んだ。送料はサービスしてくれる。

「スーツは、なかなかパパにも買ってあげられないのだから、大事にしてね」というと、大事にするよ、ありがとう、といった。

 流通業界に勤める夫には制服があるので、スーツを着る機会は会議に出るときくらいだが、実際、買ってやりたい服も必要に迫られないと買ってあげられないのが心苦しい(説明が遅れたが、家計はだいたいわたしが預かっている)。

 夫の場合は未だに息子のように素直ではなく、服を試着などするのは本人が嫌がるので、購入しづらいということもあるが。普段着なら、バーゲンを利用して気軽に買ってあげられるのだが、何しろ団塊の世代に近い夫の好みは未だにジーンズだ。

 年をとってくると脚の線がどうしても貧弱になるので、ジーンズは以前ほど似合わなくなったと思い、カジュアルパンツにしない?といってみるが、本人のジーンズ好きは筋金入りだ。ジーンズだけは、自分で買ったりもしている。夫にとっては、よほどの必需品なのだろう。

 インフルエンザはつらかった。タミフルがなければどうなっていたか、わからない。副作用のことなど、タミフルについては疑問点もあるのだが。喘息があれほど悪化するとは思ってもみなかった。

 インフルエンザと気づかず、フルタイドを使いすぎたせいか、口の中から喉にかけていがらっぽく、黴臭い気がする。声も掠れる。痰はしきり。やはりわたしには、毎日の使用は無理だ。したくない。

 これまで通り、エルダーフラワーに頼りながら、喘息の徴候を感じたときはすぐにフルタイドを使うようにしよう。

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2007年4月 1日 (日)

昨日の夕飯(フライドチキン)、今日のブランチ(いくら丼)

20070401000726_1  昨日の夕飯は、フライドチキン(フライドポテト、素揚げしたスナップエンドウ)、サラダ、ほうれん草のおひたし、イチゴでした。

 日中、帰省中の息子と出かけていたせいもあって、時間がなく、夕飯は簡単にできるものになりました。

 フライドチキンは以前にもご紹介しました(レシピはこちら)。今回は上新粉を使い、美味しく仕上がりました。

 ポテトはうっかり揚げすぎましたが、味は芳ばしさの域を少し出たくらいで、中は柔らかくて美味しかったです。もっと沢山作ればよかったと思いました。

20070331225629_2

20070401000944  フライドチキンの飾りにクレソンを使うつもりで、買い忘れてしまいました。

 向かって右側の写真は、鶏肉に下味をつけてくれている息子の手です。

 この手は誰に似ているのか……夫には似ていません。

20070401000837_120070401000830_2  娘は息子の手を「熊さんの手」と呼んでいます。

  息子は成人していますが、大きな、子供のような手で、わたしはこの手がわりに好き。

  ところで、岩手展で夫と息子が好きないくらの醤油漬けを買ったのですが、夕飯のときに出し忘れました。

200704010929482_4  で、午前10時にはアパートに戻るために家を出るという息子に、いくら丼のブランチを作ることにしました。

 売り場の人に美味しい食べかたを伺いましたら、ご飯を盛った上に海苔をたっぷり散らし、そこへいくらをのせ、ワサビを添えて食べたらいいというお話でした。

 息子は、美味しいといっていくら丼を頬張りました。

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