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2006年12月19日 (火)

昨日の夕飯(中華風つくね、煮やっこの卵とじ、じゃがいもとグリンピースのスープ)

20061218235701  昨日の夕飯は、中華風つくね、煮やっこの卵とじ、じゃがいもとグリンピースのスープでした。

 昨日は(も)、体調が悪くなり(心臓疾患のため)、買い物に行きませんでしたが、休日の夫に頼みました。

 複雑な買い物は頼めませんけれど、小学生と同程度の買い物であれば、できるようになりました。合い挽き肉と豆腐なら、大丈夫。幸い、野菜はちょこちょこ冷蔵庫にありました。

「わからなかったら、レジの人に訊いてね」と必ずいい添えることにしているのですが、夫はそれが恥ずかしいらしいのです。「ロッテのラミーとバッカスも買っていい?」と夫がいうので、「勿論いいわよ。お駄賃ね」といいました。

 が、なぜか彼はチョコレートではなくて、『湯布院の牛乳プリン』と『湯布院の珈琲牛乳プリン』を買ってきました。前にわたしが買ってきたときに食べて美味しいといっていましたが、気に入ったものをスーパーの陳列棚に見つけて買いたくなったのでしょうね。

 少なくとも、そのときに夫は買い物する興奮と喜びを覚えたに違いありません。わたしまで嬉しくなりました。夫55歳。家事能力は、教え込もうとしてもなかなか身につかない彼ですが、ありがたいことに、家事の中でも面倒な部類に入る換気扇の掃除は、頼めば大抵やってくれます。

 去年は仕事が忙しくて駄目でしたが、今年は何とかやって貰わねば……何せわたしは五十肩……(まだ50前ですよ。尤も、四十肩ともいうようですけれど。整形外科に通うようになって半年。結構長引き、困っています)。  

20061218234957_1  中華風つくねは、サイト「超簡単!うさうさレシピ」様のレシピ『中華風つくね』を参考とさせていただきました。これはオレンジページの中のレシピということです。

 レシピはそちらへ行かれて、サイト内検索で中華風つくねと打ち込んでみてください。美味しそうな料理が沢山紹介されていて、写真も料理の本のように綺麗です。この中華風つくねにしても、うさうささんの写真はとってもお洒落。

 わたしのつくねはちょっと春雨が多すぎたのか(春雨が大好きなのでつい)、切るのが長すぎたのか、毛の生えた肉だんご……あるいはタワシなんかにも見えますが、見かけによらずジューシーで、なかなかの美味しさでした。つくねと同時に紹介されている、豆板醤の効いたたれがまた美味しい。ゆでた青梗菜も、このたれにつけると美味しいです。

20061218234544 煮やっこの卵とじは「やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)の中のレシピを参考にしました。本から簡単にご紹介します。材料は4人分です。

絹ごし豆腐2丁、5g入り削りカツオ2パック、エノキタケ1袋、卵3個、
A{砂糖・酒・しょうゆ各大さじ2強、ミツバ適量。

フライパンで削りカツオを中火でカラ入りし、火から外す。豆腐は8等分、エノキタケは根元を落とし半分に切ってほぐす。

冷めた削りカツオを手で軽くほぐし、上に豆腐を重ならないようにのせ、火にかける。豆腐の水分が出て煮立ったら、Aを全体にまわし入れ、エノキダケを散らす。

再び煮立ったら卵を溶いてまわし入れ、ミツバのざく切りを散らす。

 残念ながらエノキタケとミツバは、冷蔵庫にありませんでした。豆腐も1丁だったせいか、あまり水分が出てくれなかったので水を少し入れて作りました。熱々を食べると、体が温まります。

20061218234520  じゃがいもとグリンピースのスープ。湯、固形スープの中でじゃがいもをゆで、グリンピースを加えただけ。グリンピースは缶詰です。仕上げにバターを落としましたが、写真ではわかりませんね。

 簡単にできて、ほくほくにゆでたじゃがいもが美味しいスープです。 

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コメント

今日は。

私も時々、忙しく心臓疾患を持つ妻に頼まれてスーパーに買い物に行きます。 左手に特売の宣伝チラシ。右手には渡された価格カッキリのお金を持って。それでも、時々似ているけど違う商品をアッタ、アッタと喜び勇んで買って来て、寸時、依頼主からの不満とそれへの言い訳で会話が盛り上がります。

スーパーでは今様市場経済の一端を感得出来るのもいい勉強になります。

特別割引セールの日には、早朝からスーパーの玄関に長蛇の列が出来ます。 あの戦争中の統制経済、配給経済下によく並んで配給物資を買った軍国少年の頃が思い出されます。 大方の働き盛りの大人は戦場や軍需工場に駆り出されておりました。

今列前後に並んでいる人たちと、増税や市井の話に花が咲くのは、あの戦時中とはまた違って、いくらか自由と生活に余裕があるということでしょうか。

それにしても、いつの時代も庶民にはヴァイタリティーがあるのを感じます。

投稿: hamham | 2006年12月21日 (木) 12:09

こんにちは。

hamhamさんの奥様も心臓疾患でいらっしゃるのですね……何だか親近感がわいてしまいます。

 かつて軍国少年でいらしたということは、戦争がどんなものであるかをよくご存知ということですね。
 その頃のマスコミというのは、どうだったのでしょうか。作家たちはどうでしたか? 歴史として読んでも、実感としてわからないところがあります。今は、今の政府のおかしさについて鋭く発言してくれるような作家はあまり見当たりませんが、戦後、あるいはもしご記憶がおありだとすれば戦前、印象に残った作家がおありですか?
 政治家吉田茂については、何か印象がおありですか?

 なぜか、こうした質問を自分のまわりの大人たちにしたことがありませんでした。こうした質問ができそうな雰囲気を漂わせた大人が見当たらなかったからかもしれません。

 矢継ぎ早に、ごめんなさい。勿論、こうしたことに一々お答えくださらなくても、くださっても、どちらでもいいのですよ。 

 寒くなりましたが、奥様の心臓の具合は如何ですか。
 わたしはひどく波があり、調子が悪いときはブログに愚痴を書くことで気を紛らわせているところがあり、お恥ずかしいです……。

投稿: マダムN | 2006年12月21日 (木) 14:16

今晩は。 長文失礼します。

>その頃のマスコミというのは、どうだったのでしょうか。

日中戦争、太平洋戦争の時期、私は小学生、旧制中学1年生でした。「報知新聞」という名前はよく聞きました。 でも、見たり、読んだりした記憶がありません。 全国紙と呼ばれる「朝日」、「読売」、「毎日」等といった新聞もあったやに、戦後聞いております。 これらの新聞は戦争直
後、戦争中政府・軍部の情報部のような役割をして国民を騙して洗脳したことを国民に深刻に詫びたそうです。(近頃はその事をすっかり忘れているようですね。)

テレビは未だ無く、ラジオ(NHKだけ、1チャンネル)でした。 しかし、私の周りでは、持てた人はお金のある特別の方々だけでした。 私は近くの地主さんの家で、夕方6時の子供の時間をよく聴かせていただきました。 太平洋戦争時代になると、よく軍艦マーチを頭に大本営発表を聞かされるようになりました。 「勝った」、「勝った」、「わが方の損害軽微なり」、と。

愛国少年にしたてられたのは、やっぱり学校教育ででした。 意味も良く分からないまま教育勅語を暗記させられ、徹底して、天皇は神様、忠君愛国の思想と根性を叩き込まれました。早く大人になって戦場に行って戦い、天皇のために死ぬのが真の幸せとまで思いつめるまでになりました。 教育勅語以外では皇国史観をベースにした「国史」(今の「作る会」の歴史教科書の内容みたいなものです)、「国語」の教科等が洗脳教育に利用されていました。 (今の北朝鮮の金王朝の比ではありません。徹底した天皇独裁制、軍国主義の洗脳です。)

>作家たちはどうでしたか? 歴史として読んでも、実感としてわからないところがあります。今は、今の政府のおかしさについて鋭く発言してくれるような作家はあまり見当たりませんが、戦後、あるいはもしご記憶がおありだとすれば戦前、印象に残った作家がおありですか?

愛国、軍国少年には小説や文学は全く無縁といってよい状況でした。 それでも見よう見真似で、山本有三の「路傍の石」や夏目礎石の作品などを若干齧るまねごともしました。 とても作風や作家生活まで思いをいたすようなことは出来ませんでした。

文学の流れや、作家の活動等を知ったのは戦後、大学入試準備で読んだ文学史や関連しての身近に手に入る作品を読んでからです。 文学は生活の一部であり、人間とは切り離せない間柄にあるとの昨今の気持ちを持てた源は、その頃に遡るようにも思はれます。

まだまだ、読んだ本も少なくて、また浅いのでこれから読みたいものが沢山あります。 どの作家、どの作品でも積極的に挑戦したい気持ちです。 文学作品はすべて人間、歴史、宇宙に連なっているように思えて来ました。それに様々な書き手の言葉、文章、それらの響き、表現力、皆個性的、創造性豊かで素晴らしいですね。

ただ、驚異に思っておりますのは、あの戦争中、厳しく残虐な特高警察の弾圧下で小林多喜二達が命を賭けて人間の追及、文学の追及をやっていたということです。 優れた作品も残しております。 戦後に知って驚嘆しております。

昨日、午前のTV放送大学で加藤周一先生が自著である「日本文学史序説」にからめていろいろと文学の話をなされていましたが、大変面白かったです。また、文学への意欲も触発されました。

現代作家としては、ノーベル賞受賞作家大江健三郎が「憲法九条の会」の呼びかけ人(9人)の一人としても活動しながら、スケールの大きい独自の文学の世界を切り開いていると、聞いております。

それから。思い出しました。宮本百合子の「播州平野」に感銘しました。日本の旧い家族の生活、新しい家族の生活の接点を鋭く、しかも情緒豊かに描いていたように記憶しております。 そしてその生活の中で家族お互いの人生を、前向きに切り開いて行く展望を見た思いでした。

>政治家吉田茂については、何か印象がおありですか?

何といっても、彼が憲法制定の国会で「戦争は防衛の名で正当化されて行われる」というような趣旨の発言をしたことです。 平和を考える場合、本質をついた発言だと思っております。その後の彼の為政にはいろいろと疑問もありますが。

>寒くなりましたが、奥様の心臓の具合は如何ですか。
 わたしはひどく波があり、調子が悪いときはブログに愚痴を書くことで気を紛らわせているところがあり、お恥ずかしいです……。

家内は高血圧でおりましたが、その対応が不十分で血管が硬化し心臓の動脈に肥大化が見られるようになりました。 弁膜にも異常を来たしているという主治医のお見立てで、夜中の発作に対処してニトロの処方もいただきました。 現在は小康を得ており、いくらかホットしております。 定期の通院も欠かさないようにしております。

Nさんもくれぐれもご自愛なさってご養生ください。 医学も日進月歩、治療法もお薬もどんどん良くなって来ておりますから、自分が主治医の積りでケアしておれば、きっと快方に向かうと思います。
ブログもいいですね。 全世界の人たちとコミュニケートが出来て、視野も広くなりますし。 気も晴れる時も多いですね。

ひとまずこれにて。

#私もこれから風呂の掃除、年末の買い物、屋内のすす払い等々。 結構忙しくなります。 Nさんのご主人のように現役の仕事にあるわけではありませんから、チョロイものです。 ボケ防止にもなり、運動不足の解消にもなると思って張り切っております。

#近所の子供達に外で会った時には声をかけるようにしております。 私達の教育基本法による教育の実践だと思っております。 

投稿: hamham | 2006年12月22日 (金) 22:09

おはようございます。

hamhamさんの回想、貴重なものとして拝読しました。

「今の北朝鮮の金王朝の比ではありません。徹底した天皇独裁制、軍国主義の洗脳です」というお言葉、重々しく響きます。

小林多喜二は名前はよく知っていますが、まだ読んでいません。
日本がこんな風に奇妙になってくると、読んでみようという気持ちになります。
宮本百合子のものは「播州平野」は未読ですが、他の作品を読んだことがあり、スケールの大きさ、文章の端正さ、社会に深くコミットしていく姿勢に感心しました。

平林たい子の率直な、体当たりの生きかたと、深々としたヒューマニズムにも感心しました。
たい子には「宮本百合子」という評伝がありますね。
スケールの大きさという点で、この2人の女性作家には共通するものがある気がします。

最近になって、南京事件を描いたものとして話題になった石川達三の「生きている兵隊」を読みました。
戦争が心理の面から深く捉えられ、現地人殺害を描いた鬼気迫る場面など、淡々とした文章であるだけに印象的で、考えさせられました。

わたしは佐賀県生まれですが、位置からすれば、佐賀市と長崎市の中間あたりに生まれました。
戦争の被害はほとんどなかったという町ですが、長崎への原爆投下後、沢山の被爆者が運ばれてきて、町の婦人たちは皆婦人会から看護に行かされたそうです。

そのときの生々しい様子を伯母や近所の小母さんから聞かされ、子供の頃のわたしはその話の中の「水、水」という呻き声や蛆虫を悪夢に見るほどでした。

戦争の悲惨さを身をもっては知らないわたしたちのような世代が政治の実権を握るようになり、日本が危ういほうに行きかけているような不安を覚えます。

本当にブログはありがたいです、hamhamさんのようなかたとこうしてお知り合いになることができ、お話を伺うことができるのですから。

hamhamさんの前向きの毅然とした、それでいて穏やかな姿勢は、わたしの精神安定剤です。hamhamさんのブログへは、毎日お邪魔させていただいています。

暮れに向けてhamhamさんもお忙しいようですが、お風邪など召されないように、お気をつけてくださいね。
奥様にもよろしく、お伝えくださいませ。

投稿: マダムN | 2006年12月23日 (土) 05:03

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