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2006年12月の47件の記事

2006年12月31日 (日)

行く年に想うこと&ヴァレリーの詩の紹介

 社会的に激変の一年でした。昨日の朝日新聞朝刊に「『18歳で成人』検討 どうなる結婚・財産権・飲酒」との大見出し。小見出しは「年明けにも民法改正議論」。

 ええっ? もういいかげんにしてくれ、といいたくなります。憲法をいじくり、民法にちょっかいを出し……とまるで子供のような政権を抱えて、聡明な国民であるにはどうすればいいのでしょうか。

 新年早々ハラハラさせられそうな社会模様です。行く年にはいろいろとありましたが、不幸にしてそうだったからこそ、過去の文豪たちの偉大さが改めて実感された年でもありました。

 社会的暗雲の立ち込める中で、彼らは何と明晰に物事を観察し、伝え、ヒューマニズムを高々と掲げたことでしょう。わたしも赤ん坊のようによちよちとではあっても、彼らの後をついていきたい思いです……。

 家庭的にも課題を抱えていることはブログに書いてきましたけれど、4人という小家族の中にあっても、わたしはこれからは「来るものは拒まず、去るもの(団欒に加わりたくないもの)は追わず」の基本姿勢を貫きたいな、と考えるようになりました。

 4人であっても「人類」なんですから、各人様々です。来年も、家族・家庭については考察を深めていくことになるでしょう。

 創作については、短編小説『返り咲いた薔薇』で、自分の作品といいうるだけのものを形にすることができた(まだ活字になるには至りませんでしたが)と感じています。来年は孵ったこの雛を大きく育てる年にしたいと考えています。

 健康に関しては大小の波がありましたが、それでも悪いというほどの年ではありませんでした。来年も病状改善のために試行錯誤しながら、注意深く過ごしていきたいと思っています。

 ではここで、なぜか大晦日になるといつも思い出してしまうヴァレリーの詩を「世界詩人全集10 マラルメ ヴァレリー詩集」(昭和44年 新潮社)からご紹介して、行く年の締めくくりとしたいと思います。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 消え失せた葡萄酒
        
       ポール・ヴァレリー作/清水徹訳

わたしは、いつの日にか、海原に
(しかしそれは、どの空の下だったろうか)
虚無への捧げものとして
一滴の高貴な葡萄酒を注いだ。

酒よ、だれがおまえの喪失をのぞんだろう。
わたしは占いの言葉に従ったのか、
それともまた、内心の憂いに惹かれたのか、
血を想いながら、葡萄酒を注いでいたときに。

薔薇色の煙が立ち
海はいつもの透明さを
きよらかさを取り戻した……

葡萄酒は消え失せて、波々は酔う……
潮風の吹くなかに、わたしは見たのだ
限りなく奥深いものの姿のとび立つのを……              

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昨日の夕飯(卵チャーハン)

20061230221819_1 息子の帰省の予定が1日延び、それがわかったのがお米をといだあとでした。

 4人分のごはんを3人で消化するには、チャーハンしか思い浮かびませんでしたので、チャーハンにしました。

 娘も、新年の2日に前に住んでいた市に出かけ、友人たちとの旧交を温めるはずでしたが、仕事の都合で駄目になりました。娘は4日まで休みがありません。

 まあ家族の都合はいろいろですが、わたしはとにかくごはんを作りましょう。家族の都合に添ってメニューを変えながら。心弾むときも、そうでないときも、ごはん作りはわたしと共にあり、健康を支え、癒しとなってくれたこの一年でした。

 下手なごはん作りをあえてブログで公開することは勇気のいることでしたが、ごはん作りを見つめ直し、食材またはレシピを考えてくれた人々に対する思いを深めるよいきっかけにもなりました。また来年も公開を続けたいな、と思っています。

20061230221506 「決定版 小林カツ代の基本のおかず」(2002年、主婦の友社)の中の『卵チャーハン』を参考にして作りました。本からレシピを簡単にご紹介します。材料は2人前です。

しょうゆ大さじ1、ごま油1/2を混ぜた器に、こまかい小口切りにしたねぎ10cmを入れて平らにし、10分ほど置く(ねぎじょうゆ)。

中華なべを熱し、煙が立ってきたらサラダ油を入れ、なべ全体になじませる。ほぐした卵2~3個を流し入れて全体にひろげる。卵の中心が生っぽいうちにあたたかいごはん2人分を一度に入れる。

卵を端のほうからごはんを包むように混ぜながら、フライ返しで裏返す。ごはんをなべ全体に押しつけて広げ、卵とごはんをほぐしながら焼くようにいためる。卵がこまかくなり、ごはんもパラパラになったら、ねぎじょうゆをチャーハンの中央に入れ、全体を混ぜて香ばしくいためる。味をみて、足りないときは塩を振り、さらに勢いよくいためる。

 わたしはベーコンとしいたけも入れました。うちは電気コンロなので火力が強くないこともあり、いためかたが充分でない気がしましたが、それなりに美味しいチャーハンでした。

20061230222056 20061230222022  前にもご紹介したことのある、セロリとじゃこのいためものさつまいものミルクスープです。 

 

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2006年12月30日 (土)

マダームになれそうなメガネ&カレンダーと手帳

20061230141638 20061230033656_2  前にお話しした眼鏡です(前の記事はこちらこちら)。

 遠近両用眼鏡です。これまでの眼鏡が合っていなかったということもあり、世の中がくっきりと見えるようになり、驚いています。

 このブログもよく見えるわ~。本を読むのに苦労しなくて済むのが、一番嬉しいです。眼精疲労がひどかったから。もっと早く、眼鏡を作り替えるべきでしたね。何より、眼のために。コンタクトとの併用なのでつい、コンタクトもあるし……となりがちでした。

 そのコンタクトも合わなくなったので、そのうち使い捨てコンタクトでも……と思っています。この眼鏡をかけると、マダ~ムに見えると娘がいってくれました。夫も「お、そうやってかけているといいね」といってくれます。そう、眼鏡がいいんですよね。

 何だか嬉しいのは、眼鏡をかけた自分の顔の半分が、最初にお眼にかかったときの神智学協会ニッポンロッジ長だった故T先生にほんの、ほんの少しだけ似て見えることです。

 たぶん眼鏡が似ているだけなのでしょうが、知的でチャーミングだった先生をちらっとでも自分(の眼鏡)が連想させてくれるとは、感激です。メガネ屋さん、ありがとう!

20061230034235  おまけにお店でいただいた籤が、何と○○円をゲット! クリックしてくだされば、金額がわかりますよ。宝籤屋さんで商品券に換えていただけるそうです。

 「もうそろそろ○○円が出る頃だけれどね~」とお店の皆さんで話していたところだったとか。「おめでとうございます(パチパチ)」と祝福していただいて、感極まりました。大切に使わせていただきます。

 上の眼鏡をかけて大分市の商店街をうろうろしているおばさんがいたら、それはわたしですよ。

20061230035145 20061230033411  ついでにアップしたのは、家の中のあちこちに下げたり置いたりするカレンダーたちと、手帳3姉妹です。

 リサとガスパールのカレンダーはキッチンのテーブルの横。パリのカフェのカレンダーもキッチンで、ワゴンに。

 『文學界』の年間購読でいただいたカレンダーは、廊下。無添加化粧品のお店「ファンケル」でいただいたカレンダーはトイレ。くまのプーさんのカレンダーは居間のテーブルの上。

20061230034015 真ん中のこの手帳が最も大事な役目を担う、生活全般を記録する手帳。白い手帳は、創作の進行状況を書き入れる手帳です。一番小さな向かって右側の手帳は、買い物のリストを主に書き入れる外出用の手帳です。

 この手帳の三姉妹がいてくれないと、わたしの日々の暮らしは機能麻痺に陥ってしまうことでしょう。そうした意味からいえば、このブログも、日々の暮らしの記録を司る貴重な存在となってきました。 

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最近の夕飯から

20061227193131 20061227194139 20061227194913_1  最近は夕飯を作ったり、作らなかったりしていました。写真は娘とカフェでとった夕飯。夫には弁当を買いました。

 パスタ、パン、食後のチャイです。

 28日に娘が休日で、おおいに大掃除の戦力になってくれました。おかげで、家中ピッカピカ、爽やか~となりましたよ。わたしの体調はまあまあ、左膝の関節の痛みが本格化してきたのが気懸かりですけれど。

20061229003446 20061229002329

20061229003539 これは手料理。何作ったんだったかな?(←健忘症)

 サワラの何かですよ。いい加減なことで、ごめんなさい。年賀状がまだまだでしてね。

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2006年12月28日 (木)

正月用品の買い物&注連縄と蛇

 不吉な検索ワードに怯えましたが、それが暗示するような情報はまだ得ていません。

 まだ大掃除が終りませんで、玄関、窓・網戸は今日する予定です。昨日は風呂場を掃除し、天井まで綺麗にしました。用済みの本を処分したいと思ったのですが、結局処分しようと思った数冊の本を座り込んで読んだだけでした。捨てられそうな本はなし。。。

 そのあとで、正月のための買い物に出かけました。蒲鉾、高いです~。「宇部かま」の中で安いものを2本買いました。祝い箸を買いました。おせち料理は注文したので、あまり作るつもりはないのですが、娘の好きな黒豆は煮るので、重曹を買いました。小豆を買いました。干し柿を買いました。塊のハムを買いました。焼いた餅を巻く海苔を買いました。薬局で屠蘇を買いました。

 夫と息子の好きなイクラは、ぎりぎりに買うことにしました。雑煮に入れるかつを菜も日持ちしないので、ぎりぎりに買うつもりですが、あまりぎりぎりだと売り切れていたりします。野菜売り場で毎年迷うのは、わさびを買うかどうかです。わさびを摺りおろしたものは本当に美味しいけれど、高いぃぃぃ~です。

20061227210509_1 注連縄(しめなわ)は、こんなものを選んでみました。

 注連縄は交尾する蛇を擬したものという民俗学者、吉野裕子さんの説を思い出します。わたしも、その説を知る以前から注連縄は蛇に似ているなあ~と思っていました。本当に蛇に似ています。

 蛇は古代から世界のあちこちで、豊饒、性エネルギー、再生、永遠のシンボルとされてきたようですね。

 前に住んでいた借家の庭にはよく蛇が出現しましたから、窓から蛇の観察を余儀なくされました。同じシマヘビであっても、肢体の美しさ、容貌、雰囲気には個体差があるものですね。

 夏、塀を超えて溝で水浴し、また塀を超えて庭に帰ってきた蛇を見たことがありました。木漏れ日の中、天気雨のシャワーを気持ちよさそうに浴びていた蛇の肢体は銀色を帯び、佐賀錦を連想される雅やかさでした。

 蛇の生活も大変だなあ~と思われたのは、木に登って、そこから下りるときの蛇の苦労を見たときです。枝の端まで行き着いた蛇は、一旦ぶらんと枝にぶらさがってから、頭の方向を逆向きにすることでようやく方向転換できたのですね。

 なぜ、そのとき蛇が木に登っていたのかといえば、どうも餌を探してのことのようでした。蛇は舌で匂いを嗅ぐといいますが、その舌をしきりにちらちらさせて、この木で駄目ならあの木へ、あの木で駄目ならその先の木へと、何と木3本分の労働をしたのでした。

 それで、どうやら収穫はゼロ。蛙も何も見つからなかったようでした。そのとき蛇は、おそらく空腹のまま巣に帰ったのです。それとも、その後も、わたしの知らないところで蛇の労働は続いたのでしょうか。

 こんなことを書くと、よほどの蛇好きと思われるかもしれませんが、観察しているあいだ中、わたしは総毛だっていたのですよ。買い物に出たり、庭にある物干しに行ったりするために、蛇がいないかどうか確かめる必要があって、嫌でも蛇がいないか探す癖がついていたのです。

 ところで、先日の夫の休日に、団欒について話し、この家で正月を過ごしたいか、実家で過ごしたいか、ひとりきりで過ごしたいか、尋ねました。

 実家で過ごすのも、ひとりで過ごすのも、嫌なようでした。団欒をひっくり返されたくないというわたしの希望を夫はわかってくれたようでしたが、そのときになるとね~。アル中がもう一滴も酒なんか飲まないと約束するのと同じでした、これまでは……。

 これまでと違うのは、匿名のブログとはいえ、こうした家庭事情を公の目に晒したことでしょう。小説のテーマとしたことはありましたけれど。

関連記事:06.6.28「野生帰り」、06.8.28「心の痛み」、06.9.2「昨日の夕飯&家庭の波乱について」、06.9.3「昨日の夕飯&ジキル博士とハイド氏」、06.12.22「覚書」、06.12.24「覚書 その二

 わたしの脆弱な心臓は、もうこうしたことに耐えられません。伴侶から漫然と殺されていくのです。犬死はしたくないから(戌年生まれとはいえ)、あらゆる打開策を考えての公開です。夫を理解しようとして小説を書いてきたけれど、解決を求めてのそれにはもう匙を投げました。二度と彼をテーマとすることはないでしょう。

 その心臓の調子はこのところよかったのですが、仕事帰りの娘と待ち合わせて買い物から帰る途中、胸の圧迫感と軽い胸痛が起きました。

 買い物の品を満載した自転車は娘が引いてくれていたのですが、娘が突然振り返り、驚いた顔をして、「どうして今日はそんなに歩くのが遅いの? 自転車を引いているわけでもないのに……」と訊きました。

 どうしてって、それは胸が……とはいえませんでした。「散々買い物をしてくたびれたのよ。もうおばあさんだから」といいました。

 正月は、どの主婦あるいは主夫にとっても慌しいものだと思いますが、病人で、家庭的な課題を抱えているわたしにとっては、知力、精神力、体力の限界を試されるようなハードなイベントとなりそうです。

 でも、イベントですものね。正月を迎えられることを感謝し、楽しめるだけ楽しもうと思っています。

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2006年12月27日 (水)

ひとりごと(ぎょっとしたこと)

 昨日は午後から夜まで出かけていて、帰宅後アクセス解析を見ていたのだが、ぎょっとするような検索ワードでお越しのかたがあった。

 その検索ワードとは、わたしが存じ上げているかたの名と、何と「訃報」。

 驚いて、ひとしきりニュース、サイトなど調べまくったが、不吉なワードに関連するような記事は見当たらなかった。

 ご病気ではあったが、まさか。

 それに、12月10日にお眼にかかったと書かれたサイトの記事や、あるスケジュール情報も更新は昨日で、それを暗示するようなものは何もなかったのだ。

 どうか違っていますように。息子に、もし何かそれらしい情報をキャッチしたら教えてくれるように頼んだ。わたしより、息子のほうが二重の意味でニュース源の近くにいるから。

 何も手につかない。苦しい。違っていることを、祈るばかり。

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2006年12月26日 (火)

ひとりごと(へこんだ!)

 クリスマスイブに、大変な贈りものが届きました。

 同人雑誌の主幹からで、校正刷りが入っていましたが、半分しか活字になっていませんでした。

 活字になっていなかったのは、『返り咲いた薔薇』の原稿です。このブログでもアップした古い作品『牡丹』を第一話、新作『返り咲いた薔薇』を第二話として、「花に寄す」という総題のもとに一つにしたものでした。

 古い作品で、以前他の同人雑誌に入っていたときにも活字にして貰った『牡丹』が、またもや活字に。主幹はこれを気に入ってくださり、新作のほうはそのままでは掲載不可とのこと。

 ああ、そう。

 活字を追って校正していきましたが、途中で涙が出て、中断しなければなりませんでした。悔しくて泣いたのかって? 老眼と乱視で、小さな文字を追うのが眼にしんどかったからよ。

 感想がしたためられたお手紙が入っていましたし、イブでしたが、主幹宅に電話をしました。

 書き直したとして、次号に掲載可となる可能性があるかどうかを確かめておきたかったからです。幸い、それはあるようでした。それもないということであれば、ただちに脱会したでしょうね。

 ここは掲載して貰うために、折衷主義をとるしかありません。神秘主義の特徴は折衷主義でして、わたしも神秘主義者のつもりなら、こうした点でも手腕が発揮できるようにならなくてはなりません。

 実は、『返り咲いた薔薇』を書いていたときに、赤ん坊の夢を見ました。『文学賞落選、夢の中のプードル』に書いたような愛くるしいひ弱そうな赤ん坊とは違い、もっと逞しい感じの、そうですねえ、アンリ・ルソーが描いた『ポリンネル人形を持つ子供』のような赤ん坊でした。

 夢日記を確かめますと、緑色が溢れんばかりの田園の一角が部屋のようになっていて、そこでわたしは赤ん坊を着替えさせているのです。可愛らしく、大きな赤ん坊。おちんちんを見ましたが、ペニスは創造性のシンボルです。

 側に母がいましたが、夢に登場する母親は懸念、心配、あまりよくない出来事を意味していますから、この夢を見たときに、赤ん坊はそのときに書いていた作品『返り咲いた薔薇』をシンボライズしたものだろうと思い、母親は掲載に関する支障を暗示しているのだろうと思いました。

 11月の初めに見た夢でしたが、夢は先に何が起きるのかをよく知っています。少なくとも、赤ん坊はまだ殺されてはいません。簡単に殺されそうにないくらい、逞しくもあります。

 主幹はこの逞しい赤ん坊、すなわち生者と死者の恋物語である『返り咲いた薔薇』を、世に沢山出ている類の単なる空想物語としか読まなかったようですけれど、これは写実小説で、神秘主義者にしか書けず、読むべき人が読めば、わかっていただける作品だと考えています。

 活字にするために、妥協するのではなく、折衷主義的に対処しなくてはなりません。作品の質は決して落とさず、主幹に受け入れていただけるような作品を書いてみせましょう。こうした修業を積むことで、わたしの作品の幅も拡がることでしょうから。

 評論はどうしますかねえ。うーん、小説の改稿と評論、どちらも仕上げたいと思います。数打ちゃ当るではないけれど、今回も、『返り咲いた薔薇』だけでは落とされそうな気がしたため、ポピュラーな感触の『牡丹』と組み合わせたわけでした。

 まさか切り離されて、『牡丹』だけ拾われるとはね、誤算でした。でも、変に人気のあるこの作品、わたしは嫌いではないし、それなりに改稿もしたものなので、もう一度活字にしたいとは思っていたのです。

 ところで、今日は午後から、外出しなければならない用事があります。校正していたために寝ていないので、ちょっと不安……。ニトロのペンダントをし、テープも持っていこうと思います。じゃあ、行ってきます。 

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昨日の夕飯(鮭の塩焼き、長芋のバターしょうゆ炒め、厚揚げとなすの含め煮)

20061225235752 昨日の夕飯は、鮭の塩焼き、長芋のバターしょうゆ炒め、厚揚げとなすの含め煮、わかめスープでした。

 昨日の肉料理の失敗で、今日の夕飯作りは嫌だなあ~という感じだったのですが、仕事から帰宅した娘が昨日のクリスマスケーキの残りを頬張りながら、 「昨日の鶏肉料理、おいしかったねぇ~」としみじみいいました。

 え、あれが……? 娘の味覚音痴のおかげで、わたしはこの家でシェフとしてやっていけるのだわ~と思いました。

20061225235541  中辛の塩鮭5切れが安く出ていたので、買いました。2切れ余ったので、冷凍にしました。

 そのうち、解凍してゆでてほぐし、バターでごはんや野菜と一緒にいためて、鮭ピラフにでもすることと思います。

 脂がのっていて、美味しい鮭でした。中年になってから大根おろしが好きになったわたしのぶんは小鉢に沢山あって、しょうゆを垂らし、それをごはんにかけて食べるのが好きです。

20061226000405  長芋のバターしょうゆいためは、サイト『月山産ドットコム』のレシピを参考とさせていただきました。

 長芋をサラダ油でいため、最後にバターを入れ、しょうゆで味を調えます。それに削り節をまぶします。

 簡単にできて、とても美味しいですよ、あなた様もお試しください。

20061226000635  厚揚げとなすの含め煮は、「毎日の基本おかず400選」(主婦の友社)を見て作りました。

  24年ほども前、結婚してすぐに買った本なので、子供たちが小さかった頃に破られてぼろぼろですが、今も愛用しています。

 その本から、レシピをご紹介します。材料は4人分です。

なす4個は縦半分に切り、斜めの切れ目を入れ、水にさらしてあく抜きをする。厚揚げは熱湯をかけて油抜きをする。

鍋にだし3カップ、しょうゆ大さじ4、みりん大さじ2を入れ、厚揚げを入れ、落し蓋をして煮含める。厚揚げを取り出し、なすを入れ、落し蓋をして弱火で煮含める。

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2006年12月25日 (月)

昨日の夕飯(失敗した肉料理と、失敗を補ってくれた「ニュードラゴン」のクリスマスケーキ)

P1000062_1 P1000063_1  クリスマスケーキを注文する時期になると、どこのケーキにしようかなと迷い出しますが、何とも楽しい迷いです。

 大分市に引っ越してきてからは、デパ地下のお菓子売り場でケーキの注文と受け取りをするようになりました。

 売り場の人にどれが一番人気があるかを尋ねますと、別府市にある「ニュードラゴン」のものが圧倒的人気を誇るということで、頼んでみました。

 ここに引っ越してきた年、スポンジのやわらかさと生クリームのさわやかさに満足して次の年(昨年)も頼んだ別のお店のケーキは、「ニュードラゴン」のパティシエのお弟子さんにあたるかたが作っていらっしゃるということでした。

 師匠と弟子、どちらのケーキも味わったというわけですね。で、これらケーキの写真を、クリックしてみてください。そして、何とも癒されるサンタさんの表情をご覧になってみてください。

 わたしは結構、ケーキの上にのっかっているサンタさんの顔つきにこだわるのですね。このサンタさんの顔つきは気に入りました。実はね、前にあるチョコを取り外してみると、彼が両足をぴんと伸ばして開いて座り、その間に置いた贈り物の箱に両手を添えているのです。

 贈り物を配るというよりは、自分で自分に贈って喜んでいるという感じ。。。でも、この表情でしょう、全人類に贈り物をして、最後に自分に贈ることも忘れなかったという雰囲気があったりしてね。

 スポンジはふわふわ~、カスタードクリームが挟んであって、生クリームはあっさり、チョコレートは美味(いいチョコが使ってありますね~)。いくらでも食べられそうな美味しさでしたが、ケーキはケーキ。わたしはスパークリングワインとこのケーキだけで、満腹になってしまいましたよ。いや、実は、肉料理の失敗で食欲が半減したということもありまして。。。

20061225002324  昨日の夕飯ということで一応ご紹介しますと、鶏胸肉のソテー、バルサミコソース。それに、かぼちゃのミルクスープでした。

 バルサミコ酢を使ったソテーは3回目でして、毎回何かしら失敗する感じ……。

 第1回目おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)の中の『鶏胸肉のソテー、バルサミコソース』を見て作ったとき、初めて味わうバルサミコ酢の芳醇な味わいに恍惚となりましたが、肉を肉叩きで薄く伸ばすことに失敗。強火で焼きすぎたのか、表面がかりっと……というには硬くなりすぎました。

 第2回目は、鶏肉ではなく豚肉で作ったのですが、やはり鶏肉のほうがいいと思いました。で、今回は鶏肉に。ただ、欧風料理店でランチをいただいたときに、薄く叩き伸ばされた鶏もも肉のカリッとした歯触りを思い出し、もも肉で作ってみることにしました。

20061225002140  結果は失敗……。肉を薄く叩き伸ばすのはうまくいったのですが、よくわからないのは、やはり火加減。欧風料理店の味を知らなければ、表面はそこそここんがり、中はやわらかく仕上がったので、こんなものだろうと満足したかもしれませんが、残念ながらあの味を知ってしまっているのです。

 ま……まずい。わたしは心の中で泣きました。美味しいといってくれた家族に感謝! 中がやわらかとはいってもジューシーではなく、表面もカリッ、サクッとした優しい歯応えにはほど遠い仕上がり。おまけに、それにバルサミコ酢がべたべたと絡んでいる感じで……ああ何と……トホホ。

 はっきりいって、気色の悪い単調な仕上がりでした。火加減の問題が一番大きいのでしょうが、胸肉ともも肉の違いもあるような気がします。

 バルサミコ酢の芳醇な味わいはバターと溶け合って夢見るような風味を醸し出し、そうした魅力をそのまま受け容れてくれるのは鶏胸肉に違いありません。もも肉だと、たぶん脂っぽさが邪魔をするのです。べたべたとした、しつこい感じに仕上がってしまった原因の一つには、それがあるのではないかと思いました。

 そんなわけで、何だか冴えないイブのごはんとなりましたが、勉強にはなりました。しばらくは立ち直れそうにありませんが、いつかきっと美味しい「鶏胸肉のソテー、バルサミコソース」に成功してみせるぞ、オー!

 あ、前掲の本から再度、作りかたを簡単にご紹介しておきますね。

2人分で鶏胸肉240gの皮を除き、叩いて6~8mm厚さにのばす。片面に塩コショウ、薄力粉を薄くまぶし、サラダ油とバターで片面を5分どおり焼いてひっくり返す。

白ワイン大さじ2を注ぎ、いっきに蒸発させて、バルサミコ酢100mlを加える。肉にバルサミコ酢がなじんだら、肉だけ取り出し、皿に移す。

フライパンに残ったソースをさらに煮詰め、バター小さじ2を加え、フライパンをゆすりながら乳化させ、最後にバルサミコ酢少量(分量外)を加えて香り立たせ、ソースとしてかける。

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2006年12月24日 (日)

クリスマスイブに(蔵出しの自作詩)

     入京

エルサレムの白いひろがりが
たたずむ仔ろばの足をひたす

仔ろばは耳を澄ますようにして立っていた
灰真珠色の外套に包まれて
主がほのかに座していらっしゃるからだ

至純の思念が沁みついた外套を
いくつもの手が触った

翼のない苦しみには
この外套がいくつあっても不足だ
縫い目のない下着を剥ぎ取っても
まだ不足だ

ひそやかな流血の予兆が
たたずむ仔ろばの足を冷たくする

「主の名によって来られる王に祝福があるように。
天には平和、
いと高き所には栄光」

主は都のうつくしさに泣かれた

☆「新訳聖書」フランシスコ会聖書研究所訳、中央出版社、1980年

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覚書 その二

プライベートな記録なので、あまり読まれたくありません(同じような問題を抱えていらっしゃるかた、文学・心理学、あるいは神秘主義といった分野に関心がおありのかたに読んでいただければという思いからアップします)。

 息子から昨日電話があったときに、前の記事「覚書」に書いたようなことについて話した。こんなことが話せるのも、わたしの神秘主義者としての側面を息子なりに見てきて、それとなく理解してくれるようになってきたからだ。同じような話を娘にするには、もっと用心しなくてはならない。

 娘は一般人としての感覚が強く、わたしのこのような話にも過度な警戒心を働かせるので、思った通りの話はできないし、たぶん娘のほうでもそれを望みはしないだろうから。とはいえ、つい話してしまい、後悔することも多い。

 家族といっても、個々の違いがあり、同質の感覚を共有したり、同レベルの話をしたりできるなど、夢物語なのだ。共に生活するということは、大小の失望と孤独感をそれぞれに与えずにはおかない。

 息子とはこうした点で似ているところが多いため、深いところまで話せるが、わたしたち母子は欠点もまたよく似ている。ホロスコープにも似たところがかなりある。ふたりとも、同じ状況で感情的になりやすかったり、動揺しやすかったりする。

 だから、今回、「覚書」で書いたようなことで息子のさりげないけれど、わたしのいうことにも一理あると感じている雰囲気を感じとったとしても、また「覚書」で書いたようなことが起きると、わたしは感情的になって夫に怒り、そして息子はわたしに怒り、アパートにもどってしまうことにもなりかねないのだ。

 こんなときはむしろ、冷静な娘のほうが救いになる。わたしも息子も、他人の思いやりのない態度、豹変する態度に弱く、抵抗力がない。赤ん坊のようにナイーブなところがある。

 こんな事態を避けたいあまり、「大晦日から新年にかけて、実家に行かなくていいの? 行ったほうがいいんじゃないの?」と夫にいったが、夫は「行かなきゃいけないのか」などという。行きたくないらしい。わたしと一緒だと、あれほど行きたがるのに。

 わたしには高齢になってきている義父母のことが気にかかり、様子を見てきてほしいという思いもある。反面、夫はわたしの悪口を聞かされたり、あれの影響を受けて帰ってくるに違いないという心配もある。

 前に行ったとき、実家でどんな会話が交わされ、どんな団欒がなされたのかはわからないが、夫は暗い顔をして帰宅して、嘔吐までした。

 仮にわたしがひどく悪い嫁であったとしても、夫にとって、このような実家とは一体何なのだろう? わたしたちは実家に恵まれない。そうした点ではまことに淋しい境遇だ。だからこそ、今の家族と家族の団欒を大切にしたいのに、なぜ、彼にはわからないのだろう?

 年末、年頭と、世間が華やいでいるときに、また嫌なことが起きるかもしれないと思うと、今から憂鬱になる。これまで、あれこれ対策を練ったり、むしろ何も考えずに明るく過ごすことだけに努めたりしたが、全て無駄だった。

 夫のドメスティック・バイオレンスに似た団欒のひっくり返しは、90パーセントの確率で起きる。いっそ、蔵出しの(?)呪文を唱えてみようか。

 ここまで書いたことを読み返してみると、気違いの戯言みたいだ。実際、夫の団欒のひっくり返しが起きると、わたしは割り切れなさ、哀しさ、怒りから、半分気違いみたいになって、正気ではなくなる。どうして、この人と結婚したのだろうとまで思いつめてしまう。

関連記事:06.6.28「野生帰り」、06.8.28「心の痛み」、06.9.2「昨日の夕飯&家庭の波乱について」、06.9.3「昨日の夕飯&ジキル博士とハイド氏」、06.12.22「覚書

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2006年12月23日 (土)

ひとりごと(パムク氏、来春来日予定)

 今日は午後から、窓・網戸の掃除と年賀状書きをするつもりだった。ところが、息子が29日(もしかしたら30日)に帰省すると電話してきて、長話となり、し損なった。

 あと大掃除で、どうしてもしなければならないのは、窓・網戸の掃除ぐらいだ。

 最近、体調に波があり、いいときは悪いときのことが嘘みたいだが(今がそう)、1~2週間でいいときと悪いときが繰り返すみたいだ。正月を過ぎるまで、このまま体調が暗転しないことを願う。

 傷めた左膝は、真っ直ぐに伸ばそうとすると、少し痛い。よくなったかと思っていたけれど、そうではなかった。長く歩くと、だんだん痛みが強くなる。整形外科に行くかどうか、迷うところだ。

 息子はこのところ、宴会続きだったという。研究室にアメリカから中国人研究者のお客様があり、ホテル、教授宅、助教授宅でのパーティーと続いたそうだ。英会話は所々しかわからなかったようだが、とても楽しかったらしい。クリスマスイブには野郎ばかりの集まりを息子宅で持つという。

 研究室に大学生は息子ひとりだが、クラスには息子の加わっている5人くらいからなる友人グループが2組あって、別々に、ときどき息子宅に集まるようだ。調理器具や調味料が息子のアパートには一番揃っているし、息子自体が外で集まるよりも自宅に呼ぶほうを好むからという。

 いつも鍋物で、材料は友人たちが買ってくるのだそうだ。片づけも友人たちがするのだという。来春には、2組とも人数が半分に減るらしい。彼らが他大学院に進学するため。一番の友人は幸い、残る。研究室は別だが。

 尤も、息子はこうした面ではクールで、行く道が分かれようがどうしようが、それほど気にとめない。性格や行動傾向を表す上昇宮が、水瓶座だからだろうか。

 わたしも考えてみれば、上昇宮は獅子座だが、上昇惑星が天王星のためか、クールなほうかもしれない(と人からいわれることがある。確かにべたべたしたつき合いは苦手だけれど、それって冷たいってこと?)。占星術を持ち出すまでもなく、単に息子は親に似ているというだけの話かもしれない。

 娘がたった今仕事から帰宅して、下の郵便受けから、わたし宛に藤原書店から届いたブッククラブ会員用の小冊子「機」が入った茶封筒を持ってきた。

 「機」に挟まれていたニューズレターによると、ノーベル文学賞に輝いたオルハン・パムク氏が来春来日するという。それに合わせて、『イスタンブール』が刊行される。

 楽しみだ。何かイベントがあるのなら行きたいけれど、東京だろうな、当然(絶句)。大分から東京は、専業主婦には遥かな道のりに感じられる。

 パムク氏の来日までには、『わたしの名は紅』『雪』を読了し、感想をしたためておきたい。そして、やはり村上春樹氏の作品批評と抱き合わせにするかたちで、少々長いエッセー(できれば評論の体裁を備えたもの)を来夏頃に出されるだろう同人雑誌に提出したい。

 『イスタンブール』を注文するときには、藤原書店の注文葉書の通信欄に、パムク氏の作品の感想を書きたい。

 このところ何となく暗い気持ちだったが、明るい気分になった。パムク氏の小説は面白くて、読むと、元気づけられる。このところ忙しくて感想のアップができていないが、388頁を読んでいるところ。そろそろ犯人の目星がついていい頃だ。

 『わたしの名は紅』は文学的な価値は高いと思われるが、推理小説として読んだ場合はどうだろう?  もう少し早い時点で、犯人の目星がつくだけの情報を読者に与えるべきではないだろうか。そうした点では、推理小説とはいえないよ、パムク氏!尤も、推理小説として読むべきかどうかはわからないけれど。 

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昨日の夕飯(ハッシュドビーフ)

20061223000225 昨日の夕飯は、ハッシュドビーフ、トマトのサラダ、ほうれん草のスープでした。

 ハッシュドビーフは簡単で、煮込んでいるあいだに他のことができるので、暮れの忙しい日にはありがたい料理だと思います。

 わが家では、ちょっぴり贅沢な気分を味わいたいときにはビーフストロガノフ、特売の牛肉を買ったときにはハッシュドビーフとなりがちですが、よく似ているこの2つの料理、わたしはどちらも大好きです(2つの料理の違いを解説したものは、ネットで検索すると出てきます)。

20061223000704 レシピは、キューピーのドミグラスソースの缶詰を買ったときに付録としてくっついていたものを、ずっと前から参考としています(昨日使ったドミグラスソースの缶詰はハインツのものでしたけれど……)。

 そのレシピをご紹介します。材料は3人前です。

牛肉薄切り肉250g、玉ねぎ2個、マッシュルームスライス小1缶(85g)、ドミグラスソース1缶、固形スープの素1個、赤ワイン1/2カップ、トマトケチャップ大さじ1/2、ウスターソース小さじ1、バター適量、塩コショウ、水1カップ、ローリエ1枚。

牛肉は一口大に切って軽く塩コショウし、玉ねぎはくし切りにする。鍋にバターをとかし、玉ねぎはしんなりするまでいためる。さらに牛肉を加えていため、ワインを振り入れる。マッシュルーム(缶ごと)、固形スープの素、水、ローリエを加えて約40分煮込む。

ドミグラスソース、ケチャップ、ウスターソースを加えてさらに20分煮込み、塩コショウで味を調える。仕上げにバター大さじ2を加える。

 わたしは昨日はバターは全然使わず、仕上げにコーヒー用の小さなミルクを1皿に1個ずつかけました。バターを使わないと幾分あっさりとした味わいで、ミルクの風味はむしろ生きますよ。勿論、バターを使い、ミルクをかけなくても美味しいです。玉ねぎを焦がさないように、時間をかけてじっくりいためると美味しくなりますね。

20061223000109  きゅうりのサラダ(北欧風)を「NHK『きょうの料理ポケットシリーズ』」から前にご紹介しましたが、そのサラダは本当にさわやかな味わいで、どんな料理にでも合います。昨日はつくりませんでしたが、再びここでご紹介しますね。

材料(4人前)
 きゅうり…大2本、セロリ(みじん切り)…4分の1本分、刻みパセリ…少々、ドレッシング{白ワイン、酢…各大さじ3、砂糖…大さじ1、塩…小さじ1

 ドレッシングは冷やしておき、きゅうりとセロリを10分つけます。

 で、昨日のトマトのサラダはきゅうりをトマトに換えたものでした。トマトでも悪くはありませんでしたが、やっぱりきゅうりのほうがいいみたい……。

 一昨日ご紹介した器に何か赤いものを盛ったら綺麗な気がしていたのですが、トマトの朱色がネービーブルーのまるい縁取りに映えて、何だか手毬を想わせる可愛らしさでしょ。

20061223000046 固形スープの素で作ったほうれん草のスープ。味つけは酒、塩、薄口しょうゆです。

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2006年12月22日 (金)

遠近両用眼鏡購入

 昨日、眼鏡を買いました。

 視力検査では、0.05あるかないかだそうです。老眼もありますし、右眼に乱視がありました。以前にはなかった乱視なのですが、パソコンのやりすぎではないかとのお店の人の言葉。思い当たるところ、ありすぎ~です。

 で、今日からパソコンを控えることにし、この時間まで自重していたというわけなのです。

 遠近両用眼鏡にするとかなり高くつくので、迷いに迷いましたが、便利さの前に屈服しました。視線を落とした自然な姿勢で、新聞の字がくっきり。普通に正面を見ると、遠方がくっきり。パソコンの画面をみるときは、やや顎を上げ加減にすれば、くっきり。おお。。。これまで自分は、何てぼやけた世界にいたのだろうと思いました。

 レンズを薄型にすると、さらに高くつきます。でも、これを選ばないとわたしの場合、牛乳瓶の底クラスの分厚いレンズの眼鏡をはめなければならなくなるので、薄型にしました。薄型の中では安いクラスのものなのですが、それでもねえ……。幸い、乱視はいくら入っても、値段は変らないとのことでした。

 レンズだけで充分ヒガシへルマン陸亀、ヒーター、飼育ケースが買える値段でした。ああヘルマンくん(ちゃん)……! 娘が、亀が眼鏡に化けたねえ、といいました。

 さて、フレームですが。。。レンズが高くついたので、フレームの値段の多少の上下は、大して気にならなくなってしまい、買える範囲の中から、もう気にいったものを選びしました。

 といっても、完全に自分だけでは選べないので、以前眼鏡のヨネザワとヤノの両店で眼鏡見物をしたときに、30分くらい薀蓄を傾けて呻らせてくれた店長さんのいるお店に行きました。どちらのお店で買ったと思いますか? それは内緒(コメントでお尋ねくだされば、メールでお教えします)。

 フレームのデザインにはおおまかにいって3種類あるそうで、
①容貌を自然に見せてくれる眼鏡
②容貌の欠点を補ってくれる眼鏡
③容貌の欠点をむしろ強調することで、顔を個性的に華やかに演出してくれる眼鏡
ということでした。

 年齢と共に目尻がやや下がってきたことが気になるわあ~というと、それは加齢と共に万人(ばんにん)に起きることなので、自分としては、年配の人には②か③、むしろ③を勧めているとの店長さんの弁。

 眼鏡をかけた顔がその人の顔になってしまうので、女性にとっては眼鏡は容貌上どうしたって不利になるが、だからこそ、眼鏡という小道具に遊びという要素をもたせて、これからの自分がどういった生きかたをしたいのか、どんな世界に進みたいのかといったことに添って、これまでにはなかった自分を演出、表現する手段とすることを提案したいとの店長さんの弁。

 店長さんの解説と共に、30本くらい試しました。

 店長さんは、30本の眼鏡を持ち、そのときどきの効果を考えて眼鏡を選択しているとのことでした。職業柄とはいえ、30本ねえ……。

 店長さんの言葉には心惹かれましたが、わたしは何といっても平凡な主婦で、それを埃と……いや違った誇りとしているところがあり、が容貌の欠点はなるべくならカバーされたい、また、これから進みたい世界というと、文学、あるいは神秘主義といった世界なので、個性、唯我独尊的意志の強さ、押しの強さ、ミステリアスなムードもほしいのですね。

 というと、①②③総ての要素を望み、求めるということになります。全部の要素が融合しているようなフレームで、なおかつ、あまり高いのは嫌、という欲深な当方の希望を伝えました。

 喫茶店で待たされて痺れを切らした夫がタイミングよくやってきたので、夫にも見て貰いましたが、もともとわたしの眼鏡面を嫌い、いつもコンタクトレンズをはめていてほしいと思っている夫。どれをはめても、「う、うーん……」「う、うーん」なのですね。

 埒があかないので、店長さんお勧めの中から、わたしが気に入ったもので、娘も眼を輝かせてくれたものを選びました。出来上がりは29日だそう。日数がかかるわねえ、と思いましたが、29日に霧が晴れたような明瞭な世界に入っていけるかと思うと、楽しみです。眼精疲労も軽くなることでしょう。 

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2006年12月21日 (木)

昨日の夕飯(子持ちガレイの煮つけ、カブのスープ)

20061221000055 昨日の夕飯は、子持ちカレイの煮つけ、ごま豆腐、カブのスープでした。

 クリスマス、その先の大晦日・正月を控えて、慌しくなってきました。一昨日になってようやくお歳暮を送り、ついでに息子に野菜ジュースとクリスマスの贈り物として家族からゴディバのチョコレートを送りました。

 クリスマスに何とか届きそうですが、息子は留守かもしれません。娘は去年のクリスマスにメロディつきのカードを贈り、息子はそれを恋人のいない野郎ばかりで淋しく(?)鍋を囲みながら、全員神妙な面持ちで聴いたとのこと……。

 今年は、実験室で沢山のコンピュータたちのお守りをしながらのクリスマスかもしれません。

20061220233520 子持ちカレイの煮つけは、『nonno お料理基本大百科』(集英社、1992年)を見て作りました。

 煮汁の分量は、カップ3、酒カップ1/2、砂糖大さじ2、しょうゆ大さじ4です。カレイの煮汁で、わけぎを煮汁にくぐらせる程度にさっと煮てカレイに添えます。

 煮汁に入れたとき、わけぎが香り立ち、いい感じでした。

20061220235829_1 カブのスープは自己流です。固形スープと牛乳で作りました。

 早く使ってしまいたかった余りものの合い挽き肉、野菜はニンニク、セロリ、玉葱、カブ、ジャガイモが入っています。

 カブの優しい味わいにニンニクは強すぎるかな、とも思ったのですが、悪くはありませんでした。スープやシチューにニンニクとセロリが入ると、体が活性化するような気がします。

20061221000013 家族が大好きな市販のごま豆腐。たれもついています。

 わたしは白いピーナツ豆腐のほうに心惹かれるようになってしまいましたが、勿論ごま豆腐も好きです。

 ところで、このお皿はおニューです。この色合い、何ともいえません。

 デパートの食器売り場に有田焼が出ていて、200円から1500円くらいまでの器がワゴンに並んでいました。年末までやっているそうですが、いいものから売れていくので、気に入ったものがあれば早いうちにお求めくださいとのことでした。

 馴染みのある有田焼を見ると、ホッとして、つい買いたくなります。同時に伊万里焼のことを思い出し、やはりいつかあれを小説にしたいなあと思います。有田焼、伊万里焼に興味がおありのかたは、右サイドバーにあるカテゴリーの「やきもの」をクリックしてご覧になってみてください。マリア・テレジアのコレクションに絡んだ記事や、鍋島藩秘窯の里大川内山に出かけたときの記事などがあります。〕

 上に紹介した器を含めて、小鉢を3つ買いました。全部で1,200円だったかな。

20061221084820 20061221084832

 その中でも気に入ったのがこれ。

 器を縁取って外側を覆うネービーブルーが綺麗で、全体的にはキュートで、様々なものが盛れそう。これで300円ちょっととは、思えないでしょ?

20061220235334_220061221085153_1   これにごま豆腐と、カブのスープを盛ってみると、ほら、こんな感じ。苺を盛って、コンデンスミルクなんかかけてみると、綺麗なんじゃないかしら。

 暮れの慌しさに楽しみを与えてくれそうな、有田焼たちです。もういくつか買うかもしれません。ああ有田の陶器市に行きたいなあ。大川内山へも行きたい~。

20061221084557 残る1つは、この楕円形の器。

 娘が、膝を傷めたわたしのために買ってきてくれたモロゾフのチーズケーキを盛ってみました。そのケーキのおかげで、膝は治りました。

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2006年12月20日 (水)

大掃除の憂い

 昨日は何日ぶりかで爽快な気分で目覚めました。

 ところで、前日の夜、翌日が今年最後の不燃ゴミの日だということに気づき、出すべきものは出しておかねばと食料戸棚の総点検を開始しました。

 だいたい半年に一度総点検するようにしているのですが、そのたびに賞味期限の切れた何かやかやが見つかります。

 前回の点検時に、「ああ、もうそろそろ期限切れだな。早く使わなくちゃ」と思うのですが、前に出しておいた食品はいつのまにか奥に押しやられ、賞味期限を遥かに過ぎることになってしまいがちです。

 一つには、息子が大学生になり、家族と一緒に暮らさなくなってから、この現象が目立つようになりました。というのも、息子が家にいるときは、食べ物という食べ物は食い尽くされていまっていたからです。

 到来物のお菓子であれ、安くなっていたので買っておいたふりかけ、海苔の佃煮であれ、常備用に買う缶詰であれ……いつしか消えてしまっていました(息子の胃袋に)。冷蔵庫も、戸棚も、大して点検する必要もないくらいでした。

 使い切れなかったふりかけを捨てました。真新しい袋をハサミで切り、中身をざらざらと「燃えるゴミ」に、袋を「不燃ゴミ」へ。珍しいので買ったものの結局使わず仕舞いだったり、必要だけれど、時々しか使わないために使いきれなかった調味料も中身を空け、蓋は「不燃ゴミ」に、壜は「缶・ビン・ペット」に分けました。

 食料戸棚も冷蔵庫も綺麗に片づきましたが、すっきりしたようなしないような気分になりました。

 そんな作業のあとで、次はレンジパネルを不燃ゴミに出すために外してレンジまわりを徹底掃除しようと立ち上がったときでした。左膝を捻った気がしたのですね。

 たぶんそれが原因だと思うのですが、朝の目覚めは爽快だったにも拘らず、膝が痛み出しました。

 必要に迫られて自転車で買い物に出かけたものの、デパートでうっかり和式トイレにはいったところ、立ち上がれなくなり、慌てました。

 幸い、金属の手すりが目に入り、それを掴んでようやく立ち上がる始末。今朝になったら少しましになったようでもありますが、五十肩も寒くなってから何だか回復が後退したようなのに、このうえ膝まで……というのは困ります。

 いくらか錆がきて込み入ったシャンデリア風電灯は、誰が掃除するのでしょうか。左腕がろくに上がらないわたしでは無理です。夫も娘も忙しそうで、頼みづらくて。。。大掃除をしようと思えば、結構高いところや奥まったところに手を伸ばす必要が出てくるでしょう、うーん、困りましたよ。

 こうなったのが、コンパクトな賃貸マンション暮らしになってからでよかった。。。前に住んでいた古い大きな借家のようだと、全くお手上げだったでしょう。庭の面倒も大変でしたし。

 こんな心配が反映したのか、白い教会みたいな、でも案外古い安普請の借家に引っ越す夢を見ました。

 引越しの夢を見る場合、健康状態や環境の変化を暗示していることもあれば、本物の引っ越しを暗示していることもあるようです。なるほど、それまで見たわたしの夢ではそうでした。本物の引越しの場合は、夢で同じ暗示が繰り返されたり、ダンボール箱が出てきたりしました。

 もう引越しは、当分は嫌です。正夢でないことを祈るばかりです。

 夫の会社は何だか非情になって、いわゆる成果主義というのでしょうか。以前であれば、転勤なども社員の都合を考えてくれたのに、今では全くそうではなくなりました。

 わたしたちはこの市に、台風被害に遭って引っ越しをした1月後に引っ越してきたのです。転勤自体は8年ぶりでした。夫は今回は見送りたい旨を上司に訴えましたが、聞き入れられませんでした。

  以前でしたら、かなり早い時期から転勤の打診があり、個人の事情を考慮してくれたうえでの転勤命令でした。今は違います。あるプロジェクト・チームに組み込まれるとなると、誰にどんな事情があれ、転勤。それができなければ降格は免れえず、それが不満から会社をやめるしかないのです。

 夫なんかはもういい年齢ですから、何もなくても、いつ降格になってもおかしくありません。そうなれば、給料ががくんと減ります。以前は降格など、めったに聞きませんでした。よほど何かやらかしたのだろう、と思ったものです。

 でも、今は違います。会社の一方的な都合で、降格という現象がいつなんどき降りかかってくるやら、わかったものではありません。こうした理不尽な現象が、小泉政権以来露骨になった新自由主義路線と無関係なはずはないと思っています。

 数年前に1件、つい最近1件、社員の自殺がありました。社員の自殺だなんて、前には考えられなかったことでした。

 夫は流通業関係の会社の社員です。夫を通して新自由主義がいつ、どんなかたちで日本に入り、どの法律が取っ払われたために、どんなことが起きたかをつぶさに見てきました。どんなことが起きたかの一例は、地方都市のドーナツ化現象です。

 流通業界はまさに、政府の新自由主義政策を映し出す鏡でした。わたしはずいぶん早い時期から日本の変貌に危機感を覚え、小説に書いたこともありましたが、専業主婦の寝言としか見なされなかったようでした。もう少し、小説が上手であればねえ、と思います。

 ああ、何だかまさに寝言みたいな「ひとりごと」になってしまいました。今日は膝の様子を見ながら、正月を迎える準備を少しと童話の見直しをしたいと思っています。パムクも少しは読みたいなあ。

20061220034138 20061220034214_2 そういえば、プラウザの言語設定をイタリア語にしているかたが、俳句で検索してお見えになりました。

 海外では、日本のどんな俳句が紹介されているのでしょう? 俳句の翻訳って、難しいのでしょうね。

20061220034535 20061220034513 20061220034246_1  わたしもまた、下手な俳句を作りたくなりました。

 下手といえば、下手な料理にも毎日結構訪問客がありますが、プラウザの言語設定を英語にしているかたがたがちょこちょこお見えになりますよ。

 アルバムの訪問客も増えたので、もう少しこまめに管理しようと思っています。
                                        06.12.20 8:36

 (あとで 17:50)
 
膝、よくなりました。ライターのかたのブログにお邪魔し、ハクチョウの写真に癒されました。
 (そのまたあとで 21:30)
 電灯の掃除は、娘が引き受けてくれました。別に年内でなくてもいいから、1ケ月内にやってくれればと思っています。埃が気になりますので。。。

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2006年12月19日 (火)

昨日の夕飯(中華風つくね、煮やっこの卵とじ、じゃがいもとグリンピースのスープ)

20061218235701  昨日の夕飯は、中華風つくね、煮やっこの卵とじ、じゃがいもとグリンピースのスープでした。

 昨日は(も)、体調が悪くなり(心臓疾患のため)、買い物に行きませんでしたが、休日の夫に頼みました。

 複雑な買い物は頼めませんけれど、小学生と同程度の買い物であれば、できるようになりました。合い挽き肉と豆腐なら、大丈夫。幸い、野菜はちょこちょこ冷蔵庫にありました。

「わからなかったら、レジの人に訊いてね」と必ずいい添えることにしているのですが、夫はそれが恥ずかしいらしいのです。「ロッテのラミーとバッカスも買っていい?」と夫がいうので、「勿論いいわよ。お駄賃ね」といいました。

 が、なぜか彼はチョコレートではなくて、『湯布院の牛乳プリン』と『湯布院の珈琲牛乳プリン』を買ってきました。前にわたしが買ってきたときに食べて美味しいといっていましたが、気に入ったものをスーパーの陳列棚に見つけて買いたくなったのでしょうね。

 少なくとも、そのときに夫は買い物する興奮と喜びを覚えたに違いありません。わたしまで嬉しくなりました。夫55歳。家事能力は、教え込もうとしてもなかなか身につかない彼ですが、ありがたいことに、家事の中でも面倒な部類に入る換気扇の掃除は、頼めば大抵やってくれます。

 去年は仕事が忙しくて駄目でしたが、今年は何とかやって貰わねば……何せわたしは五十肩……(まだ50前ですよ。尤も、四十肩ともいうようですけれど。整形外科に通うようになって半年。結構長引き、困っています)。  

20061218234957_1  中華風つくねは、サイト「超簡単!うさうさレシピ」様のレシピ『中華風つくね』を参考とさせていただきました。これはオレンジページの中のレシピということです。

 レシピはそちらへ行かれて、サイト内検索で中華風つくねと打ち込んでみてください。美味しそうな料理が沢山紹介されていて、写真も料理の本のように綺麗です。この中華風つくねにしても、うさうささんの写真はとってもお洒落。

 わたしのつくねはちょっと春雨が多すぎたのか(春雨が大好きなのでつい)、切るのが長すぎたのか、毛の生えた肉だんご……あるいはタワシなんかにも見えますが、見かけによらずジューシーで、なかなかの美味しさでした。つくねと同時に紹介されている、豆板醤の効いたたれがまた美味しい。ゆでた青梗菜も、このたれにつけると美味しいです。

20061218234544 煮やっこの卵とじは「やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)の中のレシピを参考にしました。本から簡単にご紹介します。材料は4人分です。

絹ごし豆腐2丁、5g入り削りカツオ2パック、エノキタケ1袋、卵3個、
A{砂糖・酒・しょうゆ各大さじ2強、ミツバ適量。

フライパンで削りカツオを中火でカラ入りし、火から外す。豆腐は8等分、エノキタケは根元を落とし半分に切ってほぐす。

冷めた削りカツオを手で軽くほぐし、上に豆腐を重ならないようにのせ、火にかける。豆腐の水分が出て煮立ったら、Aを全体にまわし入れ、エノキダケを散らす。

再び煮立ったら卵を溶いてまわし入れ、ミツバのざく切りを散らす。

 残念ながらエノキタケとミツバは、冷蔵庫にありませんでした。豆腐も1丁だったせいか、あまり水分が出てくれなかったので水を少し入れて作りました。熱々を食べると、体が温まります。

20061218234520  じゃがいもとグリンピースのスープ。湯、固形スープの中でじゃがいもをゆで、グリンピースを加えただけ。グリンピースは缶詰です。仕上げにバターを落としましたが、写真ではわかりませんね。

 簡単にできて、ほくほくにゆでたじゃがいもが美味しいスープです。 

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2006年12月18日 (月)

眼鏡買いたい

 昨日も、ほぼ冬眠状態で過ごした。買い物は無理だったので、仕事帰りの娘にデパ地下からお弁当を買ってきて貰った。

 今日は、どうしたって買い物に行かなくちゃ。このところ、寝たり起きたりを繰り返したお蔭で、今朝はかなり元気になった気がする。このまま夕方まで暗転しませんように。

 確か、このブログを始めてしばらく経った頃にも調子が悪くなり、やはり寝たり起きたりを繰り返したような気がする。

 だから、昼間寝るときのマイ・クッションや、わたしの睡眠を見守ってくれるハーボットのぬいぐるみまで、恥ずかしいことに紹介したりなんかしたのだろう。

 心臓が気候の変化についていけていないのだろうと思う。今もニトロのテープを貼っている。かぶれるので、テープを貼らないようにすると、胸の圧迫感が起きたり、眩暈がしたり、奇妙な眠気が起きたりして、寝ていても苦しい。

 こんな状態なのに(こんな状態だからか)、まだペットショップで見て飼いたいと思った陸亀のことが忘れられない。

 ところで、亀以前に眼鏡を買い替えなければならない。十何年か経つシロモノで、かなり傷んでいる。外出時には大抵コンタクトレンズをはめるけれど、眼鏡がないと日常生活に差し支える。ド近眼なので。老眼でもあるけれど。

 買い替えどきとは思いながらも、ド近眼だとレンズが高価になり(安価な普通のレンズだと牛乳瓶の底クラスの分厚いレンズとなる)、なかなか決心がつかなかったのだ。しかし、もう限界。来春にはペーパードライバーだけれど、免許証の更新もある。コンタクトも眼鏡も視力検査をパスできるか危うい。本当に買い替えどきだ。

 夫はわたしの眼鏡面より、コンタクト面のほうがいいらしい。小柄だし、お世辞ででも可愛いといわれるタイプの顔なので、眼鏡が似合う知的な顔とは思っていないが、年齢と共に長年の重力の影響からか、目がたれ目がちとなって、可愛いというより間が抜けた顔になってしまった。

 自分の顔であっても、他人の顔であっても、間が抜けた顔なんか見たくないので、なるべく鏡を見ないようにしている(娘などは若いせいか、長いこと鏡を見ていることがあるけれど)。だから、今はむしろ眼鏡をかけて、いくらかでも顔を引き締めたほうがいいと自分では思うのだ。

 素敵なフレームがいいなあ。でも、レンズにかかるから、高いものは買えない。そこそこの値段で、わたしに似合うフレームがあればいいけれど。お店の人によく見て貰おう。気に入った眼鏡が買えたら、写真をアップしよう。おばさんの眼鏡なんて、誰も見たくないだろうけれど。

 近頃つくづく、「マダムNの覚書」というブログ名が負担だ。マダム……なんてブログ名から妖艶な中年女性のブログと勘違いされるのか、エロなワードで検索してお越し遊ばす殿方が引きも切らず。

 わたしはマダ~ムなんてムードには程遠い子供おばさんで、ブログの内容もこんなものなのに。悪うござんした! ただ反面、ひじょうに真面目なワードで見える方々も多いから、異様な混淆ぶりといえる。

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第75回

 あの時を最後として再度ヤエミ様にお眼にかかる希望は費えた訳ですけれども、昨夜の夢は実に神聖な感触の肌理(きめ)細かな夢、しかも雄大な夢でしたから、わたしは深刻になったり、夢見心地になったりして、夢の内容を反芻していたのでした。

 「名あるは万物の母」という『老子』の中の言葉が浮かんで、ヤエミ様こそ、前(さき)の世の、あるいは後の世のわたしの母に違いないと想われ、ヤエミ様こそ玄牝(げんぴん)なのだ、谷の女神なのだ、とばかりにわたしは高揚するのでした。

 そうなのです、わたしにとってヤエミ様は、万物を生み出す母なるものを連想させ、その象徴的な存在に想えていたのでした。

 その夢の中で、わたしは谷の精気のように清涼で、乳色の雲のようにやわらかな、大いなる胸に抱かれています。七色の大気に溶けゆく弓形の帯は、腕でもあり、虹でもあるのでした。

 そして、遥か頭上の華(かが)やかしい処から、銀色の漣(さざなみ)のようにヤエミ様の御声が響きわたって来ました。

――遠くへ、わたしは旅に出ます。

 翌日の朝未(ま)だき、訪問者がありました。その人物は戸口で叔父と言葉を交わしただけで、立ち去った気配でした。

 あの声は、と稲妻のような思いがわたしの脳裏を走り、慌てて身繕いを済ませて寝床を出ると、叔父が、

「今イサエガさんが密使として見えられた。トシゴリ家に女の御子がお生まれになったが、女君はお亡くなりになってしまったということだ。

 御子は、女王様の宗女として神殿でお育ちになる。マナ、おまえは行かなくちゃ。女王様の神殿にお帰り。

 お亡くなりになったおまえの大事なあのお方――ヤエミ様――が、今際のきわでおまえを守役(もりやく)にと」
 と告げました。

 瞬間、わたしの脳裏で胡桃が砕け散りました。

 ヤエミ様がお亡くなりになった、ですって? 御子を残して? ぐわーんぐわーんと頭の中で音がし、叔母の哭(こく)する声が鈍く聴こえてきました。〔

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2006年12月17日 (日)

昨日の夕飯(かぶと豚ヒレ料理)

20061217000022_1  昨日の夕飯は、かぶと豚ヒレ料理、厚揚げと卵としし唐のいためもの、さつまいものスープでした。

 かぶと豚ひれ料理は、サイト「キッコーマン ホームクッキング」の中の『かぶと豚肉の煮込み』を参考とさせていただきました。

 詳しくは、そちらへ行かれてくださいね。

 そのレシピでは肩ロースのブロックが使われていましたが、わたしはヒレのブロックを使ったので、あまり煮込まないようにし、ヒレ肉の美味しさを残すようにしました。

 4人分で、肉300gはしょうゆ・酒各大さじ1で下味をつけます。かぶの葉はゆでて、3cm長さに切ります。

 鍋にサラダ油を熱し、ぶつ切りにしたねぎ1/2本、薄切りにしたショウガ1片をいため、漬け汁を切った肉を入れます。

20061217001031  肉の表面に焼き色がついたら、かぶの根、しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ1、コショウ少々、湯1と1/2カップを加え、落しぶたをして煮ます。30分程煮込みます(わたしの場合はヒレを使ったので、肉は早いうちに一旦取り出しました)。

 片栗粉を水で溶いて加えてとろみをつけ、かぶの葉と共に器に盛ります。

 たまたまお店にバラとヒレしかなかったので、ヒレを使いましたが、やわらかに煮たかぶと淡白なヒレ肉の組み合わせは上品な感じに仕上がります。

20061217000444_1  厚揚げと卵としし唐のいためもの。

 味つけは、酒、しょうゆ、塩コショウで、最後に削りぶしをまぶし、ごま油を落としました。

 しし唐、昔は苦手だったのに、今では大好きになりました。食べ物の好みって、年齢と共にずいぶん変化するものですね。

20061217000614 さつまいものスープ。寒いときに、さつまいものスープを飲むと、身も心もホットになる気がします。

 レシピは前にドライカレーと共にご紹介しました(こちら)。そのときは仕上げにシナモンを振りかけましたが、今回はコーヒー用のミルク。バターを落としても美味しいでしょうね。

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ひとりごと(改正教育基本法成立)

 今日も体調不良の一日だった。亀みたいに、冬眠しかけているのかもしれない。ヘルマンくん(ちゃん)……あなたと暮らすのは、やはり無理かしら。

 新聞を見ると、一種のショック療法で、目が覚める――というより、怒りで目が飛び出るのだが、小泉劇場が罷り通ったあのときから、独裁体制が敷かれたのも同然で、この国で何が起きようと不思議ではなくなった。

 一般大衆がそれを支持したのだ。

 ペットショップで見て飼いたいと思ったヘルマンくん(ちゃん)――ヒガシへルマンリクガメ――はイソップ物語の『ウサギとカメ』のモデルだともいわれているけれど、この国は賢明なカメの歩みを馬鹿にしてウサギの暴走を支持し、もうそれをとめようにもとまらないところだ。

 しかも、このウサギときたら、大企業や金持ちの脳みそしか持っていないときている。ハートなんぞは、どこかに落っことしてきたようだし……。目も、ド近眼らしく、ろくに見えていないらしい。

 そんなウサギの体内で、わたしは生き、こうして書いているわけか(絶句)。

 教育基本法の改正は怖ろしい。

 この国に生まれて老い、病み、仕事を失った人々を平気で切り捨てようとし、国をバラバラにして地方を切り捨てようとしている――つまり国というものがどんなものであるかということさえわかっていないかに見える現政権が、貴重な教育基本法を勝手に書き変えた。わたしはそんな風に捉えている。

 なぜ、現行法が貴重だったかといえば、それが少なくとも国全体を、国民全体を視野に入れようとしたものだからだ。

 16日付朝日新聞朝刊に、教育基本法の現行法と改正法の主な相違点が挙げてあるので、以下に引用しておきたい。

「愛国心」
 現行法:記述なし
 改正法:我が国と郷土を愛する態度を養う
「男女共学」
 現行法:認められなければならない
 改正法:記述なし
「家庭教育」
 現行法:国、地方公共団体によって奨励されなければならない
 改正法:保護者は、子の教育について第一義的責任を有する
「学校、家庭、地域住民の連携」
 現行法:記述なし
 改正法:学校、家庭、地域住民は教育における役割と責任を自覚し、相互の連携 と努力に努めるものとする
「教育行政」
 現行法:不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの
 改正法:不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの

 「教育行政」に関する改正法のおかしな文章は一体、何だろう? 改正教育基本法が全体として国民の個としての自由意志を奪い、義務だけは強化しようとする危険な法律であることは間違いない。

 現政権が国を、国民を愛しているというのなら、削った福祉予算を戻せ! それはこの国に生きながら困っている人々のものだ。それが愛というものだろう。現政権が国を、国民を愛しているというのなら、切り捨てようとしている地方を切り捨てるな! 地方なくしては、国民の食卓に新鮮な山の幸、海の幸がのることもないことを肝に銘じよ! 

 現政権のやりかたは本当に矛盾している。「防衛省法」も成立させ、防衛庁を省としたが、国の防衛力を強めるというのなら、常識からしても、第一に考えるべきは食料の自給率を如何に高めるかだろう。

 地方を切り離し、疲弊させて、それが可能というのだろうか。それとも、そのうち徴兵制と一緒に農奴制でも(強行採決して)成立させするつもりか?(もう冬眠したい。。。)

 法学部の学生だった頃、六法全書を買うのは無理でも、小六法だけは毎年買い替えるように教授にいわれていた。だが、買い替えなくても、基本的な法律は変わらなかったから、古いもので事足りた。

 今の法学部の学生はせわしない買い替えで、大いに出費だろう。試験問題の作成だって、教授たちは苦労するのではないだろうか。法律関係の出版社だって、大変に違いない。法律は鮮度が大事、といわんばかりの現政権……狂っている。

 こんなことは、普通は、革命政府以外にやりそうにないやりかただ。
                                  (06.12.16 21:45)

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2006年12月16日 (土)

昨日の夕飯(アジのフライ)

20061216000408 昨日の夕飯は、アジのフライ、レタスとりんごとクルミのサラダ、スープでした。

 体調が回復しないまま、やる気なく台所に立ちました。

 揚げ物はこの日は全く食べたくなかったけれど、家族のため、エンヤコラと思い、作りました(何でしょうね、この恩着せがましさ……)。

2006121523323520061215233042  わたしはさっと揚げたシメジとしし唐だけで昨日は満足という感じでしたが、そういうわけにもいかないだろうと思い、買い物時の計画通りアジのフライを作りました。

 黄色い器の中には、マヨネーズとヨーグルトを半分ずつ合わせたソースが入っています。ミルキーでさっぱりとしたソースで、フライが美味しく感じられました。

20061215235412 つい3日前に、キャベツとりんごとクルミの組み合わせでサラダを作りましたが、美味しかったので、また似た組み合わせにしたいと思って作ったサラダです。クルミも、そのときのものがまだありました。

 今回は、薄切りにしたりんごにリンゴ酢を振りかけておきました。クルミは今回も刻んでフライパンでいっておきました。ちぎったレタスとリンゴとクルミを、今回はレモン汁とオリーブオイルであえ、塩コショウで味を整えました。

20061215234057 このスープは、缶詰めのキャンベルスープ『クラムチャウダー』を利用したものです。鍋に中身を空け、空いた缶に牛乳を入れて加えて、温めるだけですので、簡単です。

 揚げものにも使ったシメジをざっとゆでておいて浮き実にし、葱を散らしました。

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2006年12月15日 (金)

ムンクの『叫び』はもしかしたら…。ヘルマンくん再び。

  ムンクの『叫び』はもしかしたら、メニエール病患者の発作時を描いたものなのでは……?  と、最近眩暈に悩まされがちなわたしは思ってしまいましたが、違うんでしょうね、きっと。

 昨日家族で買い物に出かけたのはいいけれど、デパートにいたうちから気分が悪くなり、腰から背中にかけてだるくてたまらず、夕飯は家の近くにある「バーミヤン」で済ませ、すぐに寝ました。

 今朝もまだ回復せず、今日一日寝ていて、午後、夕方に近くなって起き、慌しく端折って家事を済ませました。夫は大抵帰りが遅く、娘も今日は仕事帰りに公文のSRS(英語の長文速読、速解)に行く日なので、帰宅は遅いでしょう。

 昨日は娘とデパートのペットショップで、前にはわたし1人で見た亀を見ました。もう飼う気はほぼなくなっていたのですが、見ているうちに思いを掻き立てられてきて……。同じヘルマンくん(ちゃん)はまだいました。ああヘルマンくん(ちゃん)! 他にはロシアリクガメとインドホシガメがいました。

 どれも見せて貰いましたが、やはりヘルマンくん(ちゃん)がわたしには一番可愛らしく、賢く見えました。緑の葉っぱを1枚くわえていました。ヒガシへルマンリクガメで、「イソップ物語」の中の『ウサギとカメ』のモデルだともいわれている亀です。

 そのヘルマンはまだベビー亀で、オスかメスかもわからず、大きくなっているインドホシガメくらいにはなると聞き、結構大きくなるんだなあと思いました。いきなり大きなのを見ると、ちょっとグロテスクに感じるくらい……。厚みが半端ではありません。小型車が装甲車くらいにはなるという感じ。。。

 でも、マンションで飼えないことはないそうで、大人になってもこれで大丈夫という飼育ケースが半額以下になっていました。ペットショップのおばさんがインドホシガメを温浴してみせてくれて、そのときに怒ったインドホシガメがおしっこをしたので、陸亀のおしっこがどんなものかはわかりました。

 白い尿酸も見ました。これを排泄しないと、結石になるそうです。色々なことを教わり、ますますほしくなりました。容貌には個体差があり、ヘルマンくん(ちゃん)はいい顔をしているとペットショップのおばさんはいいました。

 つぶらな目をしている、とおばさんとふたりでヘルマンを賛美していると、娘はハムスターのほうを見ました。ハムスターと比べるのは酷です。が、娘は「ハムスターみたいにやわらかくない、温かくない」などといいながらも、亀に少し気が向いてきた様子。

 わたしが飼うつもりはないというと、「え、飼わないの?」と残念そうにしました。娘の気持ちを代弁すれば、自分からすすんで飼う気はないけれど、家にいるのはまんざらでもないといったところでしょうか。

 夫はわたしたちがデパートにいる間は、お気に入りの喫茶店(中年客が多い、落ち着いたムードの喫茶店)にいたのですが、亀の話をすると、「飼ったらいいやん」と乗り気でした。が、基本的に、夫は熱帯魚だけを自分のペットとしています。

 夫は、わたしが亀の面倒をみられないときなんかは、自分がみてもいいとはいってくれました。家族の反対の中では飼えませんが、こうして亀を迎えるムードは整ってきました。でも、やっぱり、自分の体調を思うと、自信がないなあ。

 ネットで見ると、飼いかたは易しいようでもあり、難しいようでもあり、個体差もあって、すぐに死んでしまう場合もあるようです。こうした亀はワシントン条約で保護されているくらい、貴重な生き物です。飼い主には特別の責任が求められるでしょう。 

 飼うのは無理と思いながらも、陸亀を診てくれる動物病院のことまで訊いたりしました。犬猫専門病院は別として、今は大抵の動物病院で診るそうですが(電話で確認したほうがいいとのこと)、ここは絶対に診てくれるという病院は市内に1軒、隣の市に1軒あるとのことです。

 またしばらくは、亀のことで悶々としそうです。そうこうするうちに、あの可愛いヘルマン、売れてしまうかもしれませんね。

 それからこれはお詫びですが、このところ「本日の俳句鑑賞」の更新が滞っておりまして、申し訳ありません。毎日、何人かがお見えになってくださり、嬉しくて、更新は今後も続けたいと思っています。(06.12.15 19:30)

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2006年12月14日 (木)

昨日の夕飯(鮭のホイル焼き、セロリとじゃこのいため煮)

200612132317291 昨日の夕飯は、鮭のホイル焼き、セロリとじゃこのいため煮、湯豆腐、野菜スープでした。

  ホイル焼きは、簡単なので好きです。その割には、見栄えもしますよね。

 ところで、昨日買った鮭は、鮭の味噌漬けでした。

20061213232533 で、味つけはその味噌に任せました。ホイルに薄切りにした玉葱を敷き、鮭を横たわらせ、シメジをのせました。

 オーブンで5分予熱し、200度で15分。ホイルごと皿にのせ、シメジにしょうゆをたらりと落としました。

 味噌漬けの鮭だけ焼いたときに比べると、野菜から出た水分のためか、味噌の風味が弱まりましたが、ほぐした身、シメジ、玉葱を一緒に食べますと、ふんわりとした味わいが口の中にひろがって、なかなかの美味しさでした。

20061213222155 セロリとじゃこのいため煮は、「よみうりファミリークッキング」の中の『セロリとちりめんの小鉢』を見て作りました。

 うちは朝日新聞なのですが、郵便受けに入っていたので、使わせていただいています。レシピをご紹介します。

短冊に切ったセロリ1本分を、ちりめんじゃこ大さじ2と共にサラダ油大さじ1でいためる。塩コショウ少々、薄口しょうゆ・酒各大さじ1で調味する。

 イタリアンに興味が向くようになってからセロリ慣れ(?)してきたので、このレシピを試してみたのですが、セロリ特有の強い香りが消え、歯触りはよくて、食べやすく、家族には好評でした。

20061213232348 20061213232226 湯豆腐。そして、固形スープで作った実沢山の野菜スープです。

 湯豆腐には、カボスとおろししょうが。

 スープは、キャベツ、大根、白葱をやわらかく煮、唐辛子とフライパンでいためたニンニクを散らしました。

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体にこたえたお菓子作り

 お菓子作りは楽しいけれど、病人のわたしにはそれなりにこたえるようで、その日は夕飯を作る元気がなくなりました。でも、さすがに、それで弁当を買うというのも何か許されないような気がしましたし、こしらえたシフォンケーキを夕飯にするわけにもいかないので、頑張って作りました。

 夕飯を終えると、どっと寝、翌日(昨日)は朝、普通に目覚めたものの、眩暈と吐き気に悩まされ、胸痛も起きたので、ニトロのテープを貼って寝ました。結局、昨日は使いものになりませんでした。洗濯し、家の中をまるく掃除機かけて、夕飯を作っただけ。

 そしてまた夕飯後にどっと寝、今朝は夜か朝かわからないうちに目が覚めて、今はこうして記事のアップなんぞしております。

 体調はまだ不安定な感じですが、それにしても困るのは、ほんの少し無理をしただけで(普通の人にとっては無理でも何でもない、お気楽な仕事量にすぎないのでしょうが)、大抵眩暈から始まって、軽い胸痛が起き、これをニトロのテープで抑え、だいたい3日くらいかかって体調が回復する――といったパターンを繰り返すようになってきました。

 テープを処方される前は、もっと強い胸痛に悩まされることが多かった気がしますが(このブログの前のほうを見れば、わかりますね。いや~ニトロのテープは便利、便利)、今は軽い胸痛ですむことがほとんどで、ただ眩暈は以前もこんなに起きたかなあ?

 やはり一度、耳鼻科を受診してみる必要がありそうです。循環器科の先生に紹介状を書いて貰うべきでしょうか? 何だか面倒……次回の受診は正月明けでいいというのに。

 この市でも、前に住んでいた市でも耳鼻科にはかかったことがなく、まだ福岡県に住んでいた頃に受診したきり。そのとき、メニエール特有の片耳の聴力低下が見られ、薬を貰って……あれは効いたんだっけ?

 どちらにしてもわたしの場合は、寝れば治るので、メニエールが出たときは頭が動かないように粒々入りの枕に頭を沈ませて固定し(砂枕なんかを持っていると、いいでしょうね)、とにかく寝ます。

 外で起きたときは、寝るわけにはいかない場合がほとんどなので、近くに腰を下せそうなところがあればそこに腰を下し、なければしゃがんで、頭を両手で固定し、目を閉じてひたすらじっとしています。

 メニエールが出たときに車になんか乗ると、地獄ですね。間違いなく、猛烈な吐き気に襲われます。わたしは幸い、実際に吐くことはめったにないのですが、出かけるときはこれに備えていつもビニール袋を携帯しています。

 メニエールは季節の変わり目に出ることが多かったのですが、このところ、それと関係なく、疲れたら出るような……そのあとに続いて胸痛が起きることも、前にはなかったことです。メニエールとは関係のない眩暈なのか、体調が悪いとメニエールも心臓の症状もごっちゃに出るのか……どうなんでしょう。

 循環器科の先生にいえば、まずは血圧を測るようにいわれるかもしれないなあ。自分で血圧を測るのは苦手です。腕がぎゅっと締まるのが嫌。なぜか自分でやると、異常に締まってしまいます。よくエラーにもなるし、苛々して血圧が上がったのか、元々高かったのかもわからなくなるくらい。

 信じられないくらい低く出ることもあって、これも測りかたが悪かったのかどうかがわからない。よく白衣恐怖症から、病院で測ると血圧が高くなるなんていいますけれど、わたしは自分で測ると血圧計恐怖症(?)から、めちゃくちゃな値になりがちです。それとも、めちゃくちゃな血圧なのかしら。

 病院で測ると、だいたい納得できる数値なのですね。血圧――特に下――が高いときは何となく胸が苦しい感じがあり、低いときは何となく気分が沈んでいて眠い感じ……。脈拍なんかも、病院で測って貰うと、先生が「おお、この間とぴったり同じ!」と感動の声をあげられるほど。

 うっかり薬を飲んでいかなかったりすると、これも覿面多くなるので、「薬、飲んでる?」と先生にいわれ、すぐにばれます。つくづく病院はありがたいと思います。お医者さんも看護師さんも、血圧・脈拍を測るのが上手~。わたしは看護師さんにはなれないわあ~と思わされます。

 病院のロビーなんかによく置いてある、腕を差し込むやつ、あれを買うしかないかなあ。血圧計をお店で見たのはずいぶん前ですので、今はわたしにも簡単に測れるものがあるかもしれませんね。

 血圧計の話になってしまいましたが、こんなことで暗い気分だったわたしも、ブログによく訪問させていただいているかた(とっても可愛い女性。たぶん娘と同じくらいのお齢)の健康状態が改善されていると知り、パーッと明るい気分になりました。

 最近よくお邪魔している奥様がご病気のかた(たぶん、わたしより2歳下の男性)も、奥様の治療がうまくいっているようで、嬉しいです。自分が病気持ちだと、どうしても、病気をしているかたとか、その関係者といったかたのブログを訪問することが多くなります。

 他にも、料理、絵画、政治などの記事をアップされていらっしゃるかたがたのブログなどを訪問させていただいていますが、不思議と自分が最も関心のあるはずの文学や神秘主義の記事をアップしていらっしゃるかたがたのブログへはほとんど行ったことがありません。どうしてでしょうね。

 ついでにアクセス解析のことに触れれば、ワーキングプアで検索して、ずいぶん沢山のかたがたが当ブログにお見えになりました。それだけこの問題に、一般の人々の関心が高いということでしょう。

 以上、まだ体調が悪いせいもあってか、とりとめのない「ひとりごと」でした。

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2006年12月13日 (水)

昨日の夕飯(豚肉のしょうが焼き、キャベツとりんごとクルミのサラダ)

20061213000157 昨日の夕飯は、豚肉のしょうが焼き、キャベツとりんごとクルミのサラダ、もずく、ゴボウとじゃがいもと葱の味噌汁でした。

 豚肉のしょうが焼きはこれまで、『365日のおかずと献立』(主婦の友社)の中にあるレシピで作っていました。簡単にご紹介します。

豚ロース薄切り肉400g(4人分)を酒大さじ2/3、しょうゆ大さじ1、しょうが汁を合わせた中に漬け、下味をつける。

豚肉をひろげて1枚ずつ焼き、最後に全部の豚肉をフライパンに戻し入れ、砂糖小さじ1、しょうゆ大さじ1/2、おろししょうがを全体にからめる。

 このレシピですと、豚肉を漬ける時間が少なくても、最後にからめるたれの効果で、しっかりと味がつきます。砂糖が入るので、甘辛い美味しさ。

20061213000411  が、昨日は『nonno お料理基本大百科』(集英社)の中のレシピを参考に作りました。これも簡単にご紹介しましょう。豚肉の分量は同じです。

しょうが(2片)をおろし、酒大さじ3、しょうゆ大さじ6を合わせて、肉を漬け込む。肉に小麦粉を薄くつけて、焼く。

 こちらのほうが、若干あっさりとした味わい。かける手間は、片方は再度たれをからめ、もう片方は小麦粉をつけるので、同じくらいかな(柔らかめを好む場合は小麦粉をつけずに、とあるので、それだとこれが一番手間入らずですね)。

  わたしは、そのときの気分で、今後はこのいずれかのやりかたで作ることになりそう。つけ合わせは、塩ゆでした青梗菜とトマトでした。うっかり青梗菜をゆですぎてしまい、残念無念でした。

20061213000559_1 キャベツとりんごとクルミのサラダは、『決定版 小林カツ代の基本のおかず』(主婦の友社)の中のレシピを参考としましたが、その中で使われていた葉つきのかぶは、使いませんでした。

 クルミは刻み(山盛りで大さじ3)、フライパンでいります。キャベツは千切り。りんごはくし切りにしたあとで斜め細切りにし、変色防止のため薄い塩水につけます。マヨネーズ大さじ2(山盛り)、牛乳大さじ2を混ぜてソースを作り、キャベツ、りんご、クルミの半量を加えて混ぜ、器に盛って残りのクルミを散らします。

 いったクルミが芳ばしくて歯ざわりがよく、キャベツやりんごと合い、美味しいサラダでした。 かぶを入れると、また違った美味しさで、栄養価も高い(特にかぶの葉は栄養価が高いとか)のでしょうね……!

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2006年12月12日 (火)

2回目のシフォンケーキ

20061212052052 200612120521011  2回目のシフォンケーキ。

 何だか、すごく緊張しました。というのも、娘がシフォンを作ったとき、型から出すまでは完璧に見えていたのに、出してみたら、ボロボロだったから。

 ポロポロの原因はよくわかりませんが、焼きすぎであったことは確かです。食感が、パサついていて、シフォンらしいしっとり感に欠けました。

 それとは逆に、わたしが1回目に作ったシフォンはしっとりしすぎていて、生焼けに近い部分があったと思います。何より、焼け具合が心配でした。

20061212072709 20061212072848  で、今回、その焼け具合はと言いますと、幸運にもサイコー!と言いたいくらいの出来でした。

 ふわふわで、ほどよくしっとりとしていました。生焼けを感じさせる部分はありませんでした。

 写真の色合いが違いますね。膨らみすぎて、天地逆にして置いたときにやや右か左かが浮きました……。型から出すのは、まだちょっと乱暴だったかな。次回はもっと時間を置いてから、丁寧に出そうと思います。

20061212083131 20061212083205

 ナイフを入れてみると、所々に小さな穴がありましたけれど、幸い目立つほどのものはありませんでした。

 シフォンはそのままで食べるのが一番だという気がしますが、生クリームがあったので、わたしは生クリームを添えて食べました。

2006121208051020061212084216 娘には、生クリームでお化粧して(ちょっと雑ですね)、はちみつに浸した胡桃をのせました。娘にはヒットしました。

 でも、シフォンには、ゆるい生クリームのほうが合うそうです。あとでネットで見て、知りました。シフォンの優しい味わいには、そのほうがいいでしょうね。

  今回も、下井桂子著『シフォンケーキ 21のバリエーション(文化出版局、1996年)を見て作りましたが、ネットで閲覧したレシピに、牛乳を使わず、水で作ったシフォンを見つけ、それを参考にしてみました。

 牛乳をほんの少しにし、ほとんど水で作りましたが、そのほうが味わいが繊細になるような気がしました。前回、牛乳だけで作ったときは、カステラのような味になりました。

 焼くときは、下に網を敷きました。そして充分予熱してから焼いたら、よく焼けました。

 今年中に、3回目のシフォンを焼きたいと思っています。また緊張して、ドキドキするのでしょうね。本当にシフォンに対するわたしの気持ちは、恋に似ています……!   

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第74回

 ヤエミ様は五人の舞姫の眼前にお立ちになり、手本としての舞を披露してくださいました。

 派手なヨモギの舞に幻惑され、知らず知らず彼女の舞を真似るようになっていたわたしは、ヤエミ様の舞が簡潔と言ってよいほどすっきりとしていたことを、心地よい心の震えと共に再発見しました。

 舞が終ってから、深紅色の衣をしっとりした緑の衣の上に御召しになったお傍近く、緊張するあまり、わなわなとなって控えていたわたしにヤエミ様は、わたしのことを覚えていますか、とお尋ねくださり、あの時の9つの少女に返ったようになったわたしは、ごくんとうなずきました。

 ああ、まぎれもないヤエミ様のお傍にいるのだと思うと、我が身まで冴えわたる玉となって、乳色と透明な薔薇色をひろげたサファイア色を醸しました。

 それにお気づきになった気配がして、ヤエミ様のなつかしい薫り高い雰囲気に包まれる中で、調べが、さらさらとも、ころころとも、聴こえてきました。

 それは幽明を一つとする神秘な滝の音――、まさしく、この御方の霊の音調(トーン)に他なりませんでした……。

 音調は、7色の色域を秘し、金銀のすずしさも宿して乳色に満ちる、凛としてまろやかな玉の、しげしとばかりに降る滝の光景(ヴィジョン)として視覚化できたのです。〔

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2006年12月11日 (月)

NHKスペシャル「ワーキングプアⅡ」を観て&ファッション誌から浮かびあがるわが国の危機

 NHK番組のワーキングプア(働く貧困層)に関するレポート第2弾は、意義深かった。第3弾もぜひ、やってほしい。

 わたしが「映画「ヒトラー最期の12日間」を観て―2005.10―」 (カテゴリーにもあります)を書いたときから、まだ1年と少ししか経っていないというのに、この国は取り返しのつかないくらいにひどいことになってしまった。

 働く貧困層がとめどもなく拡大しようとしている。なぜなら、政府はさらなる規制緩和、福祉予算の削減を推し進めようとしているからだ。

 できるなら、ワーキングプアの実態を含む新自由主義政策のマイナス面を海外に取材して、昨年9月11日の第44回総選挙前にやってほしかった。はっきりいって、こうなってからではもう遅いのだ。

 大衆が、新自由主義を掲げる小泉氏を拍手喝采したときから、こうなることはわかっていたことだ。こうしてくださいといって、小泉氏に投げキッスを送ったのだから。

 あと、大衆に残る手段は一揆くらいしかないのかもしれない。それをも警戒してか、現政権は軍事化を進めようとしている(北朝鮮、テロといった海外の外的脅威に対する意識からだけではないだろう)。マルクシズムの返り咲きを待つしかないのだろうか。だが、あれはあれで旧ソ連の実験の失敗で、難しいことがわかったではないか。

 一揆、マルクシズムの返り咲きなんてことの前に、政府に何とかしてほしいものだ。ひどい扱いを受けようと、無力な一国民としては政府に期待するしかないのだから。

 それにしても、安倍首相にチョビ髭を生やせばヒトラーに、スペシャルに出ていた八代尚宏氏(安倍内閣の経済財政諮問委員)に黒い尻尾を生やせば小悪魔に、ちょっと似てくる。

 内橋克人氏(経済評論家)はわたしには大天使ミカエルに、岩田正美氏(貧困問題研究家、日本女子大教授)はマリア様に映る。大衆の味方というのは少ないのだから、おふたりを大事にしなければならない。

 現政権はこのままでは、大衆にとっては泥棒か強盗に等しい。

 国民の1人1人が体内の細胞のようなもので、手の指1本怪我しても、体にはこたえる。国際競争力という観念論で、手や足を切り捨て、頭と体を切り離そうとしている現政権のやりかたは、明らかにバランスを欠いている。  

 わたしはかつてワーキングプアだった。大卒時までに就職先はほぼ決まっていたのだが、倒れた母親の看病で定職に就けなかった。幸い、その頃は結婚という食べていくための選択肢があった。が、結婚してからも、定職に就いたことがないということで、人生の様々な局面で、軽い扱いを受けたり、蔑まされたりといった経験をしてきた。

 娘にはそうなってほしくないと思い、それなりの大学に進学させたが、娘の就職活動は企業の求人が最も冷え込んだ年と重なった。現在は書店で契約社員として正社員と全く同じように働いているが、明らかにワーキングプアの1人である。実家で暮らしているから、やっていけているだけのことだ。

 娘には、恋愛をするゆとりも、その機会もないように見えるが、娘が買ってきたファッション誌「With1月号」を久しぶりに読み、それは若い女性たちに共通する悩みだと知った。

 その雑誌「With1月号」に掲載されていたもので、2006年9月に国立社会保障・人口問題研究所がまとめたアンケートによると、18~34歳の独身女性の「彼氏がいる」率は3割。SEXの経験がない人は2人に1人。恋愛の悩みで上位に入っていたのも、「出会いがない」「恋愛経験が少ない」といった、彼ナシ系のものばかり――だという。

 昔わたしが読んでいた頃の「With」からは、考えられない記事に驚いた。最も華やかであるはずの雑誌の記事がこれでは、何とも淋しい。が、これは淋しいにとどまらない国家的大問題であるはずだ。わが国の若い男女が置かれた過酷な状況を雑誌は素朴にも物語っており、人口問題、わが国の存亡に関わる問題を孕む。

 どうすればいいのか。とりあえずは、企業に対する規制緩和をやめ、規制すればいいだけの話だ。もっとも、新自由主義政策を推し進めることしか考えつかない現政権にそれを求めるのは難しいことだろうが……。

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2006年12月10日 (日)

感動したブログ

 深夜、NHK衛星2で、タルコフスキーの『ノスタルジア』をやっていた。半分眠りながら観ていたばかりか、どんな物語なのか、さっぱりわからなかったのだが、見終えたあとの充実感は不思議だった。

 その後、本格的に眠り、夢を観た。家にはない書架の前に立ち、実際には持っていないタルコフスキーの映画のパンフレットを探している夢だった。

 パンフレットは書架にではなく、家にあるのとは異なる重厚な白い輝かしいカラーボックスにあった。そこには、やはり実際には持っていないはずのバイオリンをはじめとする様々な楽器の教則本や、絵画のための実用書などが並んでいる。

 何の本かは覚えていないが、一旦破ってそのあとテープで修復したらしい本も並んでいる。

 ところで、話は変わるが、最近、奥さんが病気をされている男性のブログをこっそりと訪問させていただいている。そのかたの奥さんは、わたしのようにだらだらと慢性病を病んでいるというのではなく、ただちに戦闘態勢に入って病因を撲滅しなければ生命に関わるような病気で入院中であるようだ。

 夫として、父親として、社会人としての飾らぬ思いが綴られており、何だか、ひじょうに美しい。不安、心配、苛立ち、弱音、甘えが吐露されてもいるのだが、それが一層美しさをそそっているような記述なのだ。

 すっかり感心してしまい、そして、なぜか落ち込んでしまった。

 書店の仕事を終えて帰宅した娘にも、そのブログを見せた。娘は食い入るようにブログを読んでいたが、やはり落ち込んだような顔をし、「こんなの、ありえない。見なかったことにする」といい、わたしたち母子は黙ってコーヒーを飲んだ。

 美しいブログの主が人間なら、わたしと夫は猿か、せいぜい北京原人だろう。どこがどうと、こまかく違いを並べる気力はないけれど、わたしたちは無骨、とだけはいえる。何かあったとき、わたしたちは互いのパニックをぶつけるだけ、といった場合が多い。というより、いつもそう。

 それに比べて、何て綺麗なんだろう。人間らしく、静謐で。普段の生活も美しいに違いない。わたしたちの喧騒と陰気と欲深さ(ひとことでいうと、身勝手)に満ちた生活に比べられるものではないだろう。世界が違う、文化が違う、吐く息が違う。

 とてもコメントを書く勇気はないけれど、奥さんのご病気が治られ、もとの生活に戻られることを祈ってやまない。

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昨日の夕飯(ボルシチ)

20061210000407 昨日の夕飯はボルシチ、サラダ、卵豆腐でした。

 前回ボルシチを初めてしたときに大層気に入り、家族の受けもよかったので、いつでも作れるようにビーツの缶詰を常備していました。

 が、結局スーパー「マルキョウ」で大きなサトイモさながらの外観をしたビーツが目にとまるまで、作りませんでした。

20061210001048  ああらビーツ嬢、お久しぶりねえ、ほほほ……というわけで、昨晩作りました。前回と作りかたは同じです。分量は書いていませんが、レシピらしきものをご覧になりたいかたはどうぞこちらへ。

 今回は、千切りにしたトマトと、石づきをとって半分に切ったマッシュルームを加えました。相変わらず、濃い紅色です。これはビーツから出た色です。色合いがよくわかるように、白いお皿にも盛ってみました。

 ちょうど今、今年度のノーベル文学賞に決定したオルハン・パムク氏の『わたしの名は紅』(藤原書店)を読んでいるところなので、何となくその作品を連想してしまいました。作品では紅の語りが出てくるのですが、鍋の中で、お皿の中で、いや何よりもビーツ嬢の体の中で、紅色が声高に自己主張していましたよ。

 前回と同じように、上にのせるサワークリームを、生クリームとヨーグルトが半々になるようにして作りました。前回はゆるすぎて流れたので、今回はハンドミキサーを使って生クリームを固くしました。

 わたしは猫まんまならぬロシアンまんま(?)にして、ごはんをボルシチのお皿に盛り、一緒に食べました。美味しかったですよ。

20061210001405 市販の卵豆腐ですが、電子レンジであたためました。茶碗蒸しみたいな味わいになりますね。

 これにごはんを入れて、かき混ぜて食べても美味しいのですが……。いつも、母が生きて見ていたとしたら、叱られそうな食べかたばかりしています。さすがに、しょうゆごはんはしませんが。でも、あれ好きなんです、わたし。。。

20061210001231_1 サラダ。石づきをとって薄切りにしたマッシュルームには、レモン汁を振っておきます。ベーコンは油なしで、フライパンでカリカリにします。ゆでたマカロニ。きゅうりは千切り。

 全部を混ぜ合わせ、マヨネーズ、レモン汁であえ、塩コショウで味を調え、仕上げに黒コショウを振ります。

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2006年12月 9日 (土)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第73回

 夢といえば、わたしは昨夜、不思議な夢を見ました。それが、ヤエミ様の気配を帯びた夢なのでした。

 ヤエミ様が御輿入れなさってから、あれは何年目のことだったでしょうか? お里帰りなさったヤエミ様に、一度だけお眼にかかる機会がありました。ヨモギが噂したように、ヤエミ様は病に侵されておいでだったのです。

 生(き)の乳を流したようだった額からこめかみの辺りにかけて黄みを帯びて、生命の喜びをそそるあの濃やかな、清光に満ちた瞳も幾分乾いていらっしゃって、結った緑髪も以前ほどゆたかでなくなった様は、見る者の心を不安で締めつけました。

 けれども、また、花の姿をとられていた方が別のもっと深遠なる姿として御出現になったような一種特別の清艶さがあり、深雪(みゆき)を想わせる光彩が細り続けるばかりの総身を包んでいました。

 御姿にはあたかも、病が肉の帳(とばり)を払ってしまって、えも言われぬ天上性を露にしたような、冒しがたい品位が燃え輝いていました。〔

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2006年12月 8日 (金)

「文學界」11月号の『黒い鏡』、新年号の『カンディンスキーの膝』

 文藝春秋の文芸雑誌「文學界」を年間購読しているものの、パラパラとめくるだけで終ることが多い。

 が、たまには面白く読む作品もあって、それが11月号の『特集 世界の文学賞はどうなっているか』、村上香住子『黒い鏡』、新年号の荻野アンナ『カンディンスキーの膝』だった。

 『特集 世界の文学賞はどうなっているか』では、ノーベル賞、アメリカ、フランス、ドイツ語圏、イギリス、イタリア、スペイン語圏、ロシアの場合が採りあげられていて、興味深い。こんな風な特集をどんどん試みて、風通しをよくしてほしいと願う。

 何やかやいったところで、「文學界」に期待するところは大きいのだ。何しろ、わたしは大学時代からの、つまり30年前からの愛読者なのだから。変遷だって、それなりに見てきている。

 よくも悪くも「文學界」らしさが保たれているところはさすがだが、小ぢんまりと粗野になったのを、先鋭化したなどと読み違えるほど、わたしはウブではない。本当に心配している。

 村上香住子『黒い鏡』を読んで驚いた。これは、ヤン・アンドレア著『デュラス、あなたは僕を本当に愛していたのですか』(河出書房新社、2001年)を翻訳した人の創作物で、ヤン(ヤン・Aとされている)が実名で出てくるし、マルグリット・デュラスもそのまま出てくるのだから。

 実名と書いてしまったが、ヤン・アンドレアという名はデュラスが愛人(アマン)に授けた名である。若いホモセクシュアルの大学院生だったヤンは晩年のデュラスと生活を共にし、ほとんど彼女に取り込まれたような生活を続けた末に、デュラスの死によって放り出された。

 そうした生活を回想したヤンの作品が、前掲の『デュラス、あなたは僕を本当に愛していたのですか』なのである。エンドレステープのように続く独白……。読み通すのに骨が折れるが、ここには生のデュラスがいると想わされるものがある。

 したたかさ、孤高としかいいようのない創作姿勢、ある種の弱さ(アルコール中毒、そして今回村上氏の作品『黒い鏡』で明らかになった驚くべき一面)、可愛らしいところ……そんなデュラスの魅力がどの頁にも色あざやかな黴のように染みついている。作者ヤンの不思議な誠実さを印象づける作品である。

 『黒い鏡』には、村上氏の翻訳者としての、いや、そこから微妙に逸脱しての(微妙に思わせぶりな語り口の)、ヤンとの交流の模様が描かれている。小説として読むべきか、エッセーとして読むべきか、迷うような作品だ。

 交流の内容自体には特に興味を惹かれるところはなかったけれど(そうした意味では、作品に物語性といえるようなものはない。だから小説として読んでいいものかどうか、わたしは戸惑ったのだろう)、作中で明かされた一つの情報には注意を釘づけにされた……。

 死に近いデュラスは、「私と一緒にきなさいよ、ヤン。彼女は何度も僕にそういった。勿論自分と一緒に、僕にも死んで欲しかったんだ。きなさいよ、彼女は僕の手をとろうとした」というのだ。

 『デュラス、あなたは……』の中にも、それを暗示させるような箇所はあるとはいえ、本当にデュラスがそれを望んでいたとは、わたしには衝撃的だった。ヤンの作品のタイトルの意味もこれですっかり明らかとなったわけだ。

 ヤンは秘書として、家事手伝いとして、看護人として16年間、デュラスに仕えた。その労働の見返りとして、彼はデュラスの生前にごく小さなアパルトマンを買って貰っただけで、遺言により彼女の全財産は息子ジャンのものになったという。

 そうだとすれば、デュラスという女性は、どういっていいかわからないくらいのエゴイストであると思う。ヤンを死の道連れにさえしようとしたとは……。村上氏は、デュラスが愛する男を道連れにしようとしたというよりは、次のようであったろうと書く。

 というよりおそらく彼女は、ふたりのドラマの結末を、そこで終わりにしたかったのだ。自分がいなくなってからも、自分が創り出したフィクション上の人物が、まだ生き続けるというのは、どう考えてもロジックではない。それ以上に許し難いことにみえたのかもしれない。

 デュラスのエッセーを読むと、アルコール中毒との格闘が描かれていて、彼女の生活にあったものは創作とアルコールとであって、この二つはもはや不可分なものとなっているかのようでもあった。彼女は自分が創りあげた物語の世界に取り込まれそうになっていて、その必死のもがきの中にヤンが現われたのだった。

 ヤンがあまりにもデュラスの作品の中の人物を想わせることは、デュラスの病勢を削ぐというより、募らせるほうに働いたのかもしれない。

 そう考えれば、ヤンはデュラスの病気の、エゴイズムの、あるいは夢といったほうがいいかもしれないが、そうしたものの被害者であると同時にデュラスに対する加害者であるようにも想われてくる。

 デュラスについては、今後も考えていくことになりそうだ。

 荻野アンナ『カンディンスキーの膝』も、面白いエッセーだった。筆者は、カレシの癌死を看取り、年老いた両親の看護に明け暮れて、心身共に疲れ気味の様子で、窓から飛び降りようとしたり、階段から転げ落ちたりしていて、その階段から落ちたときの痣が階段の見取り図のようになっていてカンディンスキーの抽象画を想わせるというのである。

 心配になってくるような状況の描写を面白いなどというのは不謹慎だけれど、どこか醒めて自身を突き放したような、ユーモラスな筆致が興味深いのだ。坂口安吾の物の見方に通ずるところがあるが、ただ安吾の場合はもっと醒めていて透徹したものがある気がする。

 荻野氏の場合はもっと自然な自愛、他者への愛を感じさせるが、それがふくよかさとなっていて、ホッとさせられるところがある。カレシの癌摘出手術に立ちあったときの荻野氏のレポートを、『文藝春秋』で読んだ記憶がある。とすれば、そのときの手術後どれくらいかして、カレシは亡くなったのだろう。

 この10年で2、3年を病院で過ごしたとあるから、彼女の看病によって生かされている命のあることをしみじみと想わされる。看病は、どこか育児に似たところがあるとわたしは思う。看病も育児も、過酷な一面を持っている。

 『カンディンスキーの膝』と題されているくらいだから、カンディンスキーについても、筆者なりに触れてほしかった気がする。そうすれば、エッセーがもっと奥行きを持ったのではないだろうか。

 カンディンスキーは神智学と関係の深い画家だった。わたしはカンディンスキーその人よりも、彼の影響を受けた女性画家ジョージア・オキーフのほうに惹かれるのだが、オキーフの許にも晩年、デュラスにヤンが現われたように年若いハミルトンという男性が現われて、オキーフと生活を共にし、その死を看取った。

 何とも不思議な話である。

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「本日の俳句鑑賞」再び②:これまでに紹介した俳句(06.11.7~12.31)

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最近の夕飯から(エリンギと豚バラの炒めもの)

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 メンテナンスのあいだの夕飯は、こんなメニューでした。

 この中から、いつだったかテレビ番組「きょうの料理」で紹介された『エリンギと豚バラの炒めもの』をご紹介します。

20061205235417_1 先に油なしで豚バラ150gをいため、とり分けておいて、大きめの斜め削ぎ切りにしたエリンギ1パック分をいためます。

 豚バラを戻し、酒大さじ1、しょうゆ1と1/2、コショウで味つけします。簡単にできて、美味しいですよ。   

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『プラダを着た悪魔』を観て

 『プラダを着た悪魔』を観た。夫は『プラダ~』は嫌だといい、『武士の一分』を観たので、夫婦ペア券(夫婦のどちらかが50歳以上だと安くなる)は購入できず、いつもより高い感覚で購入した券……。

 そして、『プラダ~』はブランドモノが悪趣味なまでに、あるいは戯画的に、目白押しの映画だった……。ファッション誌の鬼編集長ミランダを演じるメリル・ストリープが身につけていたプラダを頂点とする超ゴージャスな服、アクセサリー、靴、バッグ。

 豪華すぎて何だかよくわからないくらいだったが、硬めの知性派編集者を目指しながらも、コネづくりのためにミランダのアシスタントとなったアンディが身につけていたシャネル、カルバン・クライン、ミュウミュウなどはいくらか目に入ってきた。

 よくあるサクセス・ストーリーかと思いきや、最終的にヒロインのアンディは元の鞘に納まるというか、自身の本来の目的を再認識し、手堅い出版社に落ち着くといった堅実なエンディングだった。

 ミランダも、悪魔というのはいいすぎで、鬼のしごきというにも可愛げのある、部下の才能はそれなりによく見ているいい上司で、日本的ないびり、いじめ、おしんっぽさとは無縁のからりとした後味のよい映画ではあった。

 ミランダの苦悩もそれなりに描かれていて、こんな健康的(?)なストーリーもアメリカ映画にはあるといえばあるパターンで、小ぢんまりとまとめた娯楽映画という印象だった。

 ミランダはスタバのコーヒーにこだわりがあり、アンディがあたふたとそれを買って上司のもとに届ける場面が印象的で、映画を見終わった娘とわたしはスタバに入った。夫の映画が終るのをそこで待っていた、というだけの話ではあるが。。。

 それにしても、シャネルはいいなあ、と思った。シャネルに限らず、ブランド物を買える生活ではないので、せめてもと口紅はシャネルを使っている。お土産に貰い、生まれて初めて持ったフレグランスはシャネルのオードトワレット5番だったが、使いこなせなかった。

 カルバン・クラインのシーケーワンが、自分で初めて買ったフレグランスだった。ユニセックスのフレグランスで、試しにつけたときの爽やかな印象が気に入り、買ったのだが、つけた香りが変化していって、最後には自分の体がひどく男臭くなったのに驚き、夫にやった。

 が、シーケーワンは、夫の体臭とは絶望的なくらいに合わなかった。シーケーワンを失敗したおかげで、フレグランスの香りは、トップノート、ミドルノート、ラストノートの3部構成となっていること、また、香りがつける人の体臭によって変化することを知った。

 今はグッチのエンヴィを使っているが、なかなか気に入ったものを見つけられない。

 それにしても、ブログにマダム……なんてつけているけれど、わたしは一生マダムなどという存在にはなれそうにないなあ。子供がそのまま老けていっているような、成熟感のなさといったら……。

 成熟しないまま、老化現象だけは人並み以上に早く起こして、ニトロのテープを貼った四角い跡が4つ。醜悪。かゆい! 帰宅したあとテープを剥したら、胸の圧迫感と眩暈が戻ってきたので、またテープを貼った。かなり、よくなった。

 近頃、眩暈がひどい。メニエールと診断されたのはもう10年以上も前になり、放置して長いので、一度耳鼻科できちんと診て貰ったほうがいいかもしれない。眩暈の原因をメニエールに比重を置いて考えたほうがいいのか、心臓や血圧との関係で考えたほうがいいのか、はっきりさせたい。

 メニエールと診断された頃は、天井がぐるぐる回る、メニエールに典型的な眩暈がよく起きたが、今悩まされがちな眩暈は血の気が引くような、ふらふらする眩暈だ。天井が回転することはない。そこまでいかないだけかと思っていたが、眩暈の種類が、つまり原因が違うのかもしれない。

 プラダの映画の話がなぜか、テープのかぶれと眩暈の話になってしまった。ああ、嫌だ。

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2006年12月 7日 (木)

ああヘルマンくん

 長いメンテナンスでした。そのあいだずっと(というほど思いつめていたわけではないのですが)、前にお話ししたヘルマン陸亀のことで迷っていました。

 飼おうかどうしようか、と。でも、考えてみれば、上手に飼えば20年は生きるという亀……20年後というと、わたしはすっかりお婆さん。

 その年まで生きられるかどうか危ういし(20年後どころか……)、仮に生きていたとしても、年取ってから長年飼ったペットに先立たれるのは、つらいだろうと想像するのです。

 で、諦めようと思っていますが、どうしても飼いたくなれば、それなりの準備をして(万一のときに代わりに飼ってくれそうな人を見つけておいて)飼うかもしれませんけれど。

 ああヘルマン君(ちゃん)……わたしはあなたと生活を共にしてみたかった……(ため息)。娘が飼う気にならないかしらね。そうすれば、飼い主の重い責任は娘に移ることになりますから(なんて親かしらん、わたしって)。でも、今のところ、娘はつれないのですね。毛がないと、嫌なんですって。

 メンテナンス中、心臓の調子が悪く、ずっとニトロのテープを貼りっぱなしでした。貼っていたところはテープの四角い形に赤くなっています。かゆい! 場所を変えてもかゆみが我慢できなくなったので、ついに剥しました。しばらくしてまた貼ります。わたしにはかなり効きますので。

 こんな風で体調は悪いのですが、これから家族で映画に行く予定です。疲れるだろうと思うとちょっと不安ですが、テープを貼るし、舌下錠も携帯して行くから大丈夫でしょう。観る映画は、『プラダを着た悪魔』です。面白かったら、ご報告しますね。行ってきます。 

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2006年12月 5日 (火)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第72回

 3日ほど寝込んだ叔母でしたが、今日は近所の奥さんたちと連れ立って、梨を採りに出かけています。

 やがて、頬を上気させて帰宅した叔母は、「今度は妹も誘うわ。あの妹(こ)は生活に追われて疲れているんですよ。可哀想に……」と言いました。

 その言葉を聞いて、わたしはすっかり嬉しくなってしまい、「そうよ、叔母さん。ちい叔母ちゃんとたまにはそういうことをなさるべきよ」と、相槌を打ちました。

 叔母は微笑して、陽光に梨の色を透かし見るような仕草をしました。そしてふと、「もうすぐ、お月様のお祭りだわねえ」とつぶやいたかと思うと、またもやみじめな風情となってしまいました。

 わたしはおやおやと閉口し、これは更年期に伴う不定愁訴かしら、と内心思ったりしました。そこで、知らぬ顔をしていたのですけれども、まあ何と、叔母が泣き出してしまったのです。気丈なはずの叔母に泣かれる時ほど困惑することは、めったにありません。

 肩を震わせている叔母の後ろ姿におろおろと近寄ったわたしは、まるで子供がするように叔母に纏わりつきましたが、「どうしたの、叔母さん? まあ、嫌だわ。どうしたっていうの、叔母さん?」と尋ねるわたしの声は、母親めいたヴィブラートを帯びました。

 「あの男が、夢で、あの男が、またあなたを、さらいに来たんです……」と、叔母は言いました。

 わたしは叔母を掻き抱く腕(かいな)をゆるめました。イサエガが――?〔

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児童文学作品はこれまでに書いた部分の見直し、パムク氏は364頁

 中断していた児童文学作品の続きを書くことにした。とにかく、完成にまでもっていきたい。中断したときから、かなり時間が経ってしまったので、まずは見直しから始めようと思う。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳、藤原書店)は、名人オスマンが殺人事件を正式に勘定方長官から知らされたときのことを語る章を読んだ。近衛兵の隊長も在室している。隊長はスルタンの名の下に処刑や拷問を実行する人物だ。

 オスマンは細密画の工房の頭なのだが、彼は聾桟敷に置かれていた。スルタンは元高官であったエニシテに祝賀本の作成を命じ、エニシテはオスマンの可愛い細密画師たちを使って愚にもつかぬ絵を描かせたばかりか、殺し合いまでさせた。

 オスマンの認識は、こうしたものである。彼は、勘定方長官に事件を知らせて亡きエニシテと自分が潔白であることを訴えたカラ、結婚するために奇妙な動きを見せたカラを、当然ながら快くは思わない。

「彼には尋問で拷問にかけてください」とオスマンはいう。

 オスマンは細密画師の工房に、すでに失望していたようだ。というのも、彼は次のように述懐するからだ。

わしが頭となっているスルタン様の細密画師の工房では、既に昔のように傑れたものは作られない。さらに悪くなるようにすら見える。全ては衰えて尽きる。一生をこの仕事に心から捧げたにもかかわらず、ヘラトの昔の名人の美しさは、ここではめったに達せなかったことを苦々しく感じている。この事実を謙虚に受け入れることが、人生を多少とも楽にしてくれる。元々、謙虚さは人生を楽にするもので、わしらの世界では価値ある美徳なのだから。

 その行き詰まった世界に、イタリア絵画の精神と技法という新しい血を入れることで再生させようとしたエニシテの試みは、オスマンには邪道としか映らなかったようだ。

 行き詰まりといえば、今の日本の純文学界を連想させられる。

 とはいえ、わたしはオスマンや細密画師たちとは違い、当事者たちの中には入りたくとも(その実力がなくて)入らせては貰えないので、一庶民、一文学かぶれのおばさんとして、傍観者として、今の純文学界を司っている人々が勝手に行き詰まらせていると腹立たしく感じるばかりだ……。

 そういえば、アラビア半島に位置するカタールの首都ドーハで、アジア大会の開会式が行われ、式典の模様をテレビで観た。

 五輪を上回るといっていいような、豪華な式典に驚いた。アトラクションでは、アジア諸国の、そしてカタールの文化が紹介された。

 イスラム圏の民族衣装、踊り、民謡を味わう機会はめったにないので、テレビに齧りついて見た。女性たちの黒一色の衣装から薔薇色の衣装への変化、踊り、唄……渋さとあでやかさとが何とも見事に溶け合っていて、魅了された。

 カタールはオスマン・トルコ帝国に占領された過去を持つ。『わたしの名は紅』を彩るイスラム世界を、式典を通して垣間見たような気がした。

パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。

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「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第71回

 悲嘆に暮れた叔母が眠りに就いた後でわたしは再び『老子』に向かったのですが、心の中で叔母に語りかけました。

(叔母さん。叔母さんがちい叔母ちゃんを褒めていた頃も、わたしには危惧があったんです――

 赤みがかった黄色い雑駁な光を頭の周りから発散している人は、大抵自分本位なようですもの。ちい叔母ちゃんには、昔からそんな光が見えました。それがパッとしない暮らしとおじいちゃんの悪影響とで、吝嗇のかたちで表面に出てきたのでしょう。

 それにしても、よき社会人、よき家庭人と見なされている人々の中に、どう見たって利己的な光――、自分たちさえ仕合わせならそれでいいと物語る光を帯びた人が多いのは、どういうことかしら。

 周囲へのこまかな配慮や常識を守った感じのよい態度が、快適な暮らしを最上のものとする、俗世間と愛人関係を結んだ、私利私欲の動機から出ている場合も多々あるということでしょうけれども。

 そんな輩(やから)を結婚相手とするくらいなら、わたしはむしろ、物へのわたしの執着を徹底的に断ってくれるすかんぴんの博徒を選びます……虚飾と飽満よりも、貧困と病気とを選びましょう……!)

 と、心の中で口走った後で、わたしはぞっとして考え込みました。

 本当の貧困状態とはおそらく、欠乏を基に人間関係から生じるもので、良識も、美意識も、もはや、絶え間ない葛藤によってその翼をもがれてしまうような、内的、外的状態をいうに違いないからです。

 さらにいうなら、人々が運命と甘んじていることであっても、それが単に政治や技術の問題にすぎないことが、どんなに多いことでしょうか……。

 その時、ふと、イサエガの影が差した錯覚を覚え、振り返ったわたしでした。〔

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陸亀飼いたい

 急に寒くなったせいか、ずっと快調だった心臓の調子ががくんと不調になりました。圧迫感。メニエールの症状もしきりに出て、眩暈と乗り物酔いしたみたいな吐き気に悩まされます。

 一人だと買い物は控えるところですが、夫が休みだったので、決行しました。そして、こんなとき、つい足が向いてしまうのがペットショップ。癒しを求めてしまうのですね。

 いました、可愛いハムスターが。くっつき合って眠っていました。愛らしいこと……でも、飼えない。毛のあるものは。自ずと目は亀さんへ。

 ペットショップのおばさんから、亀についていろいろと教わりました。少し値が張るけれど、わたしの気持ちはヘルマン陸亀にかなり傾きました。

 おばさんは家で飼っているとか。水は必要なく、人間になつきやすくて、躾もできるそうで、野菜を食べるなど、訊いているとハムスターに似た飼育法でした。温度に気をつけなければならないところなども似ています。

 一緒に散歩ができるところとか、名を呼べばくるところなどは、ゴーイングマイウェイのハムスターにはあまりなかったことなので、へえーホントかなあ、とますます飼ってみたくなりました。

 書店で亀の本を読み、飼育は難しいようでもあり、これまで飼ってきた犬、ハツカネズミ、ハムスター、カブトムシ、スズムシ、バッタと比較してみると、わたしにも飼えないことはない気もしましたが、何しろ飼うとなると飼い主としての責任が生じるので、少し考えてみることにしました。

 現在熱帯魚を飼っている夫は、子供の頃、田圃のクリークにいくらでもいる小さな亀をとってきて飼っていたとか。「で、どうだった?」と訊いたところ、「覚えてないよ、昔のことだもの」だそう。

 わたしも盛んに田圃のクリークで遊んだけれど、亀はいませんでした。蛙をふんだんに捕まえて遊んだけれど。今思えば、蛙には本当に悪いことをしました。。。

 上手に飼えば、亀は20年くらいは生きるそうです。ネットで調べたところ、ヘルマンには、ニシとヒガシといるようで、ペットショップで見たまだ小さな、おばさんの掌に包まれて甘えん坊の顔をした亀がどちらだったか、わからなくなりました。

 ヒガシへルマン陸亀は、イソップ物語の中の『ウサギとカメ』のモデルだともいわれているとか。イソップ(アイソポス)は古代ギリシアの寓話作家ですから、場所から考えてありえますね。

 あのヘルマン君(ちゃん)が……と思うと、『ウサギとカメ』の話も違った印象を与えます。ヘルマン君(ちゃん)って、とっても表情豊かで、賢そうで、可愛いのです。ペットショップにいたのがヒガシだったかどうかはわかりませんが。

 ああ、もうこんなに気持ちが傾いてしまっています……でも、一旦飼うとなると、結構大変かも……と気持ちは、メンテナンスのあいだも揺れそうです。

 寒くなりましたので、あなた様も体調にはどうか気をつけてくださいね。

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2006年12月 4日 (月)

昨日の夕飯(ドライカレー、さつまいものミルクスープ)

20061203235411 昨日の夕飯は、ドライカレーとさつまいものミルクスープでした。

 ドライカレーは大好きなのに、どういうわけか、ここ何年も、作った覚えがありませんでした。

 久しぶりのドライカレーに感激したのは夫で(夫のほうはたぶん、ドライカレーがこの世に存在するということ自体を忘れていたと思われます)、満足の深々とした「うーん」を、2度も繰り返していいました。20061203234900
 ドライカレーの作りかたをメモしたノートは結婚前からのものでして、つまり24年も前のものですが(プロフィールをご覧いただくまでもなく、中年とばれますね)、健在です。

 その後自分なりのアレンジを加えて、すっかり私的レシピになってしまっています。それをご紹介します。

 材料は4人分です。合い挽き肉300g、ニンニク2かけ、ショウガ1かけ、玉ねぎ1個半、にんじん1本、セロリ1/2本、トマト3個、カレー粉大さじ3、塩コショウ・オリーブ油(またはサラダ油)・バター各適量。

 トマトは熱湯につけて皮をむき、種を出しておく。全ての野菜をみじん切りにする。

 オリーブオイルでニンニク、ショウガをいためて香りを出し、にんじん、玉ねぎ、セロリを加えて、よくいためる。肉を入れてさらにいため、カレー粉をふり、混ぜ合わせる。

 その中にトマトを加え、弱火で30分ほど煮込む。塩コショウで味を調え、最後にバター少量を加える。20061203234617

 さつまいものミルクスープ。一昨日飲みたかったさつまいものスープですが、ドライカレーに合うような感じに作ってみました。

 鍋に、水2カップ、固形スープ1個、輪切りにしたさつまいも大1本を入れ、さつまいもが柔らかくなるまで煮ます。柔らかくなったら裏ごしして、牛乳2カップを加えます。塩ひとつまみ入れて、味を調え、器に注いでシナモンをふります。 

 シナモンが香る、ほんのり甘いさつまいものミルクスープは、結構ドライカレーに合いますよ。

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2006年12月 3日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第70回

 ちい叔母は大人(たいじん)としては特に裕福とも有能ともいえない人物の許へ嫁ぎ、4人の子をなしました。旦那さんには、他所に暮らす3人の奥さんがいます。そのせいもあって、ちい叔母宅の家計は、困っているほどではなくとも、そう楽ではないでしょう。

 ところで、ちい叔母の家は、奴婢に囲まれて裕福な一人暮らしを守っている彼女の父、つまりわたしの祖父の家の近くにあります。この老人がまた名だたる吝嗇家なのでした。

 わたしは昔から祖父の家を訪うとなると、神経性の下痢を起こすほどです。吝嗇家に限って、趣味が尋常でなく、常人の好みとちぐはぐな代物をひどくもったいぶってくれたりするものです。そして性癖というものは、齢を重ねる毎に度を深めがちです。

 さて、ちい叔母は生来の堅実型で、市でほしい物などあれば見逃さない、そういうところはありました。わたしの母は身辺を華やかにすることが好きでしたし、叔母もしっかり者ですが、家計に関する限り、そうでもありません。

 このちい叔母の上2人の姉たちは、家計に潤いがあるときは安心しきって暮らしを飾り、涸れれば驚いて一気に簡素にしてしまっても何とも思わない、つまり物にさほど執着しないタイプでしたが、ちい叔母はあるいは幾らか祖父の気質を受け継いだといえるかもしれません。

 しかし、3姉妹が共に暮らしていた頃や、それぞれ嫁いだ後も行き来が盛んであった頃は、ちい叔母の経済観念は美徳として表れていました。わたしの母も叔母も、そんな彼女の気質を賛美の対象としていたものでした。

 上2人の姉たちの危うげな経済観念は妹の影響の下に堅実なものへと育成されてゆき、妹の即物主義的な傾向は姉たちの精神によって淑やかなものとなっていました。ところが、何となく行き来が途絶えて数年。

 なつかしくなった叔母が訪ねてみると、ちい叔母は祖父顔負けの吝嗇家となっていて、執拗なやり口で物を手に入れ、そうして獲得した品々に次々と憑依してゆくことでしか、自分の存在を確認できなくなった人のように見えたというのです。〔

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昨日の夕飯(刺身、なすとピーマンのみそ煮、もやしと卵の酢の物、みそじゃがスープ)&おニューの器

20061203005854 昨日の夕飯は、刺身、なすとピーマンのみそ煮、もやしと卵の酢の物、みそじゃがスープ でした。

 昨日はわたしは、お昼のランチがこたえてあまりおなかが空いていませんでした。で、食品売り場で選択したのが刺身。これだと、各人に合わせて量を調節できますから。

 仕事から帰宅した娘も、ロイズの生チョコ『オーレ』を食べすぎてしまい、おなかがいっぱいに。

200612030055431  夫はパンのレストランで、ランチのハンバーグ&オムレツ(野菜付)、スープ、コーヒーの他にパンを6個食べたのに、おなかが空いたみたいなので、夫の皿には刺身を多めに。他のおかずも、夫には多め、多めに。

 ちなみに、写真撮影の対象となるのはだいたいいつも、娘のものです。夫はこれより多く、わたしは少なめです。

 カボスを買い忘れ、買い置きのあったレモンを刺身に添えました。大分県に引っ越して以来すっかりカボス慣れしたわたしは、刺身にも、魚を焼いたのにも、豆腐にも、水炊きにも、カボスでないと満足できなくなってしまいました。和風にレモンだと、甘すぎるように感じてしまいます。

 でも、皮が緑色をした日本製のレモンを、夫と娘はカボスだと思って味わったとか。うーん、うちでカボスを愛しているのはわたしだけなのでしょうか?  他県のアパートで一人暮らしをしている息子がいうには、そこではカボスを見たことはなく、すだちを使うのだといっていました。

20061203002219  
なすとピーマンのみそ煮。なすとピーマンをいためて、栗原はるみさんのみそだれをからめました。 

みそだれ約1/2カップ分は、しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ1/2、酒大さじ1、赤みそ大さじ1、白みそ大さじ2(栗原はるみ著『栗原さんちの朝20分のお弁当』文化出版局、1992年より)。

20061203001640 もやしと卵の酢の物。上にご紹介した栗原さんの本では、ちくわが入っていますが、もやしと錦糸卵だけでも美味しいです。

 ところで、この器と刺身を盛った皿はおニューなのですが、5セット(黒い木のスプーン付)で、3,150円でした。写真の器は両耳(取っ手)があって、なかなか可愛いと思いませんか?

 セットでも切り離しても使え、写真の器はスープ皿としても、小鉢としても、サラダボールとしても、和風、洋風どちらにも使えて便利そうなので、買いました。

 みそじゃがスープを盛った器も本来は小鉢ですが、用途が広く、重宝してきました。不思議にも、この器に盛ると、大抵の食べ物が美味しそうに見えるのですね。便利なあまり、つい酷使してしまっていましたから、器も今回強力な助っ人が現れてくれてホッとしているのかもしれません。。。

20061203001451  みそじゃがスープ。本当はさつまいものスープを飲みたくてたまらなかったのですが、さすがに刺身には合わないだろうと思い、フンドーキン醤油株式会社のサイト『145杯のみそ汁』の中から「白みそじゃがポタージュ」を参考に、これを作りました(おすすめサイトです。多彩なみそ汁の具に驚かされますよ)。

 分量を適当にしたせいか、ポタージュというよりスープみたいなさらっとした感じに仕上がりましたが、これはこれで美味しかったです。具の入っていない豚汁のような味です。

 サイトでは、ネギではなく、ブロッコリーを浮かしてありました。材料をご紹介しますと、じゃがいも2個、牛乳200cc、だし汁600cc、みそ大さじ4です。   

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2006年12月 2日 (土)

昨日の夕飯(ポークソテーバルサミコ酢風味、卵とチーズのスープ)

20061201231728 昨日の夕飯は、ポークソテーバルサミコ酢風味 、冷奴、卵とチーズのスープでした。

 ポークソテーバルサミコ酢風味は、塩コショウした豚ロース肉をサラダ油とバターでソテーし、バルサミコ酢をまわし入れて少し煮詰めます。

20061201231012  豚肉の下に、ルッコラを敷きました。上に置いたのは、イタリアンパセリです。つけ合わせのサラダは、ちぎったプリーツレタスの上に角切りトマトをのせ、薄削りチーズをふりかけたものです。

 前に、本を見て、バルサミコ酢をふんだんに使った鶏胸肉のソテーを作り、その豪華な味わいに打たれました。今回の豚肉でも悪くはなく、家族には大いに受けましたが、 わたしはバルサミコ酢の甘酸っぱさは鶏肉とのほうが合うと思いました。

 あの夢見るような味わい……またクリスマスにでも、バルサミコ酢を使った鶏胸肉ソテーを作りたいと思います。

20061201224819  イタリアンに見てくれが合う冷奴にしようと、切った豆腐を積み木のように重ね、一味唐辛子をふりかけました。無駄な努力?

  卵とチーズのスープは、鍋に水と固形スープを入れて火にかけ、塩コショウし、それにボウルで混ぜ合わせた卵、粉チーズ、イタリアンパセリを入れてかき混ぜます。

20061201231822  卵スープにチーズが入ると、まろやかな感じになり、冬にぴったりです。

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2006年12月 1日 (金)

循環器クリニックで創作の話

 短編小説『返り咲いた薔薇』が完成し、無事同人雑誌に提出してホッとしたのもつかのま。掲載して貰えるのだろうか、という思いに怯えている。

 前に、当ブログにも収めたエッセー「映画『ヒトラー最期の十二日間』を観て」が掲載不可との電話がかかってきたときのことが思い出され、電話恐怖症になりそうで、いっそコードを抜いておこうかとさえ思う。

 そのときは、捨て身の抗議(?)で、何とか掲載して貰えたのだった。今度の作品『返り咲いた薔薇』は実験的であったと共に、わたしにとってはこれからを拓く大事な作品となりそうなだけに、存在を否定されるとしたら、かなりつらいことになる。

 そうなれば、こちらのほうで、その同人雑誌の存在を否定するまでのこと。脱会することになるだろう。そうなれば、またひとりぼっちになるのだ。

 書くということは、本当に闘いだ(わたしの場合は、独りよがりな闘いなのかもしれない……)。そのために、親しくしていただけでなく、ずいぶんお世話にもなった女性編集者ともさよならすることになったのだ。文学観の違いから。

 作品を書いているときの高揚感と、今のこのみじめな気分との違い……! 

 昨日、循環器科を受診したときに先生から、まだ徹夜して創作したりするのかと訊かれ、しているし、そんなときに発作が起きることがあると答えたら、先生は「受験勉強しているみたいなものでしょうからね」と、ねぎらいの目でこちらを見てくださった。

 受験勉強……。昼夜をおかず勤しむ日々は、似ているかも。創作に没頭するのと同じくらい受験勉強をしていたら、いい大学にいけたかもしれないな。

 待っている患者さんが少なかったので、先生のラジオ出演の話題に触れ、そのときおっしゃっていた飼い犬について訊ねたところ、写真を見せてくださった。雄のゴールデン・レトリーバーだった。

「わあ、いいなあ! ゴールデン・レトリーバーって、人懐っこくて優しいでしょ?」というと、「優しすぎてね。野良猫を保護したりするんだよ」とのこと。

 散歩に出たときに野良猫がいたら、おなかの下に入れてやって、猫が邪険な扱いを受けないですむように庇ったりするのだそうだ。猫のほうでも全然怖がらず、近寄ってくるのだという。

「それ、写真に撮ったらいいでしょうね。猫と犬を一緒に」とわたし。「わたしじゃなくて猫のほうが、犬にはふさわしいってわけだね」と何か不満そうにおっしゃったのでよく見たら、犬の横に先生がアップで写っていらした。

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昨日の夕飯(ひらめの煮つけ、春雨のいためもの、長芋のバター焼き、プリーツレタススープ

20061201000854  昨日の夕飯は、ひらめの煮つけ、春雨のいためもの、長芋のバター焼き、レタススープでした。

 同人雑誌に提出する作品を仕上げるために、昼夜をおかずパソコンの前に座りっぱなしだったため、外食、弁当が続き、家族に迷惑をかけてしまいました。

 昨日はその疲れがどっと出て、もう一日……とも思いましたが、さすがに家族の不満、非難は免れえないだろうし、皆の健康にも影響が出だすとまずいという思いもあって、頑張って作りました。

 久しぶりの家庭料理に、夫と娘は嬉しそうに食べていました。そんな家族の顔、嬉しい……! そして、自分でも、やっぱり家庭料理っていいなあと思いました。

20061130232731  ですが、これは失敗編。いつもですと、皮に一文字に包丁目を入れるのですが、よく皮が破れて身が露出するので、昨日はあえて入れずに煮つけてみました。

 皮は破れませんでした。でも、味の染み込みが悪い気がしましたし、見た目も何か変……。

 煮汁の分量は、カップ3、酒カップ1/2、砂糖大さじ2、しょうゆ大さじ4で、薄味に仕上げました。アジなんかですと、水カップ1、酒カップ1/2、砂糖大さじ2、しょうゆ大さじ5、みりん大さじ2で、濃いめに仕上げるようにしています。ところで、うちのしょうゆは減塩しょうゆです。

 魚を煮た汁で、さっと青梗菜を煮てつけ合わせとしました。

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 大好きな春雨のいためもの。

  栗原はるみさんの本『もう一度、ごちそうさまがききたくて。』(文化出版局、1994年)を参考としましたが、具は少なめです。材料は、春雨100g、しょうが1かけ、合い挽き肉100g、青梗菜1本(魚のつけ合わせにも使いました)。ゆで卵を切って散らしました。

 サラダ油を熱し、ぶつ切りのしょうがをいためて香りを出し、肉をいためます。青梗菜を加えていため、うす口しょうゆ、酒各大さじ1、オイスターソース大さじ2で調味し、春雨を加えていため合わせ、塩コショウ、ごま油大さじ1をふります(過去の春雨のいためものはこちら及びこちら)。

20061130235728  長芋のバター焼き。こっれは、簡単にできて、本当に美味しいです! 長芋を好みの大きさに切り、バターで焼き、塩コショウするだけ。

 盛りつけてから、黒コショウとパセリをふりました。酒、しょうゆで味つけしても美味しいでしょうね。さらに、レモンなんかを添えるとお洒落。

 熱々を食べるのがおすすめです。夫と娘はほぼ同時に、「うーん、うまい!」「美味しい~!」と発しました。

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 手でちぎり、氷水に浸してしゃきっとさせたプリーツレタスを、器に盛り、上から熱いスープ(水、固形スープ、塩ひとつまみ)を注ぎます。

 プリーツレタスがシックな味わいで、かなりの美味しさです。ただし、これも出来立てを飲むのがおすすめ。でないと、たちまち色、味共に悪くなってしまいますので……。

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