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2006年12月 3日 (日)

「あけぼの―邪馬台国物語―」連載第70回

 ちい叔母は大人(たいじん)としては特に裕福とも有能ともいえない人物の許へ嫁ぎ、4人の子をなしました。旦那さんには、他所に暮らす3人の奥さんがいます。そのせいもあって、ちい叔母宅の家計は、困っているほどではなくとも、そう楽ではないでしょう。

 ところで、ちい叔母の家は、奴婢に囲まれて裕福な一人暮らしを守っている彼女の父、つまりわたしの祖父の家の近くにあります。この老人がまた名だたる吝嗇家なのでした。

 わたしは昔から祖父の家を訪うとなると、神経性の下痢を起こすほどです。吝嗇家に限って、趣味が尋常でなく、常人の好みとちぐはぐな代物をひどくもったいぶってくれたりするものです。そして性癖というものは、齢を重ねる毎に度を深めがちです。

 さて、ちい叔母は生来の堅実型で、市でほしい物などあれば見逃さない、そういうところはありました。わたしの母は身辺を華やかにすることが好きでしたし、叔母もしっかり者ですが、家計に関する限り、そうでもありません。

 このちい叔母の上2人の姉たちは、家計に潤いがあるときは安心しきって暮らしを飾り、涸れれば驚いて一気に簡素にしてしまっても何とも思わない、つまり物にさほど執着しないタイプでしたが、ちい叔母はあるいは幾らか祖父の気質を受け継いだといえるかもしれません。

 しかし、3姉妹が共に暮らしていた頃や、それぞれ嫁いだ後も行き来が盛んであった頃は、ちい叔母の経済観念は美徳として表れていました。わたしの母も叔母も、そんな彼女の気質を賛美の対象としていたものでした。

 上2人の姉たちの危うげな経済観念は妹の影響の下に堅実なものへと育成されてゆき、妹の即物主義的な傾向は姉たちの精神によって淑やかなものとなっていました。ところが、何となく行き来が途絶えて数年。

 なつかしくなった叔母が訪ねてみると、ちい叔母は祖父顔負けの吝嗇家となっていて、執拗なやり口で物を手に入れ、そうして獲得した品々に次々と憑依してゆくことでしか、自分の存在を確認できなくなった人のように見えたというのです。〔

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