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2006年11月の38件の記事

2006年11月30日 (木)

『返り咲いた薔薇』はようやく完成!

 短編小説『返り咲いた薔薇』がようやく完成した。遅くとも午後9時までには中央郵便局に行くつもりだったが、大幅に遅れ、11時近くになってようやく行けた。

 が、幸い、今日中に同人雑誌の主幹宅には届きそうだ。

 自分ではまあまあの出来だと思う。いや、かなりいい出来だと思う。これも、自己満足に終るのだろうか。同じようなものをもう1度書けといわれても、絶対に嫌だ。ほとほと難しい作品だった。

 それだけに、最高にハイな気分になれた。こんな時間になっても、まだ興奮から覚めやらず、眠れない。くたくたで、気絶しそうに眠いのに、お目ぱっちり。

 ワインでも飲みたい気分だけれど、あまり美味しくない料理用に買ったワインしかない。何だか楽しみがないなあ。シフォンを作りたくても、卵がない。冷蔵庫は空っぽだ。

 このところ、弁当や外食が続いて家族には犠牲を強いた。昨日はいくらなんでも家庭料理にありつけると思っていたらしい夫は、さすがにご機嫌斜めだった。今日は作りましゅ。

 仕方ないから寝よう。掲載可となればいいけれど。今後はパムクを読むこと、童話を完成させること、ブログの連載に集中しよう。

上の記事を書いたあとで、いとしいウッフのところに行ったら、「マダムN、お疲れ」といってくれた。作品の完成をねぎらって貰ったのは初めてだ。嬉しくて、顔が紅潮した。いつものウッフの挨拶じゃなかったのだ、本当に!

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2006年11月28日 (火)

『返り咲いた薔薇』は序破急の急を横断中、砂嵐に

 昨日一日ダウンしてしまった。心臓の調子は悪くなく、ただメニエールなのか眩暈がし、焦点が定まらないので仕方なく、襤褸切れのように転がっていただけ。

 郵便局に問い合わせたら、明日午後3時までにエクスパックを近くのポストに入れれば、明後日(同人雑誌の締切日)の午後には間違いなく届くそうだ。中央郵便局の時間外窓口だと、午後9時までに持っていけば間に合うとか。

 今日は、締まっていきたい。いよいよ締めくくりだ。成功するも失敗するも、今日の働きにかかっている。作品はチェックしながら進めてきたが、明日の時間は見直しだけのためにとっておきたい。今日の深夜までに一応の完成にまで、漕ぎつけなくては。

 今日は循環器科の受診日だが、行く時間がない。幸い薬はある。予約制でなくて助かる。膀胱炎がじわじわとひどくなってきているけれど、何とか今日明日まで……。寒くなってくると、水をがぶ飲みするのも辛い。

 デパ地下のとほっか弁と、2日続けて弁当だった。今日も外食か宅配のカレーかお寿司かになりそう。普段はわがままな子供みたいな夫が、文句一ついわない。提出したら、ご馳走作らなくちゃ。書いているときのわたしは、近寄ったら殺されそうな顔つきをしているそうだ……そんな自覚は、全くないのだけれど。

 どうして、土壇場にならないと作品を完成できないのか、わからない。長さに関係なく、いつもそう。賞の応募も、同人誌への提出も、同じことだ。

 頑張って仕上げたところで駄作に終ることが多く、仮に自分ではいい出来だと思ったところで大抵は自己満足で終るところが哀しい。でも、一人きりで書いているはずなのに、作品そのものが同志かペットのようで、気持ちはあたたかく、ひとりぽっちではないと思える。最高の気分に浸れるところが、創作の醍醐味といえる。

 さあ、今日は書くぞ、オー!  

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2006年11月27日 (月)

『返り咲いた薔薇』は序破急の急の沙漠を横断中

 あああ、しんど。もう死にそう。昨日からほぼずっと座りっぱなしで、同人雑誌に提出予定の小説を書いていた。夕飯は、デパ地下から娘に弁当を買ってきて貰う。家事は掃除機かけと洗濯を書く合間にしただけ。

 高揚と沈滞を繰り返して、ようやく小説がさまになってきた。短い小説なのに、大いに手こずった。短いだけに完成度が問題で、構成の巧みさ、言葉選びが大事だから、頭がうまく働かなくては書けないのだ。スムーズに書ける状態に持っていくまでに、時間がかかったこと、かかったこと。

 しかし、勝負は、締めくくるこれからにあるのだ。気を抜くのは早すぎる。締まっていかなくちゃ。

 水曜日の午前中までは粘れると思うが、一応郵便局に速達でぎりぎりいつまでに出せば今月中に着くか、問い合わせておこうと思う。

 ゴミ捨てに行き、ゴミ用バケツを洗ってベランダに干したら、とりあえず、寝よう。でないと、気絶してしまいそう。

 パムク氏の『わたしの名は紅』を読むのはもう無理だ。作品提出後に読むのを楽しみにしよう。シフォンも作りたい。童話『不思議な接着剤』も続きを書きたい。ミストラル、春樹、ハムスターに関するエッセーも書きたい。

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2006年11月26日 (日)

『返り咲いた薔薇』は序破急の破を離陸し急の大陸へ、パムク氏は354頁。

 ああしんど。これ以上書くと死ぬ。というとオーバーだが、昨日の夜からぶっとばして、くたくた。襤褸切れ状態。

 あと、今日まで入れて3日ほどしかない。完成できるのだろうか。同人雑誌に提出するのは何も義務づけられているわけではないので、パスしたっていいわけだが(内容によっては掲載不可となる場合もある)、できれば出したい。

 ここ1週間、心臓の具合はすこぶるよくて、体調には何の問題もなかったが、ここにきて、膀胱炎の徴候。過労の警告なのだが、この程度の執筆でこうなるなんて情けない。原稿を送るまでは受診する時間もない。水をたびたび飲んで、乗り切ろう。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳)は、死後にこの世とあの世のあいだでエニシテに起きたことを、彼自らが語る章を読んだ。

 パムクはなぜ、このような場面を設定したのだろうか? こうした場面があるのとないのとでは、作品の雰囲気がずいぶん違ってくる。わたしには違和感のない場面だが、一般の日本人にとってはどうなのだろう。最後まで読んでみないことには、パムクの意図が今一つ呑み込めない。

 エニシテの死後の場面には作者の実体験から出たものらしさは感じられず、作り物めいているが、悪くはない。ところどころにリアリティがあり、死後のことを研究した形跡がある。こうした場面は下手な描き方をすれば、滑稽なものになってしまうのだ。

 死後の世界といえば、プラトンが『パイドーン』で描いたそれは圧巻だ。

パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。

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昨日の夕飯(鶏肉と野菜の煮込み)

20061125232004 昨日の夕飯は、鶏肉と野菜の煮込み、コンビーフ入りポテトサラダ、焼き厚揚げ、 卵スープでした。

 鶏肉と野菜の煮込みは、おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)の中の「鶏肉と野菜の煮込み」を参考にしたものです。

20061125232332  一昨日、昨日とイタリアンが続きました。イタリアンパセリやセロリが傷まないうちに使いたいと思うと、どうしてもまたイタリアンということに……。

 でも、それだけではなくて、ハーブをよく使うイタリアンを食べると、何だか体の調子がよくなるので、イタリアンに気が向くのですね。本から作り方を簡単にご紹介します。

3~4人分で、二等分した鶏もも肉、手羽元と手羽先、合わせて8本(いずれも骨つき)に塩コショウ、薄力粉をまぶす。

鍋に入れたオリーブ油で玉ねぎのみじん切り1/3個をしんなりするまでいためる。1~2cm大の角切りにしたセロリ1/2本、ピーマン(赤・黄)各1/4個、ズッキーニ1/2本を加え、さらにいためる。缶詰のホールトマト(90ml)を入れて煮立て、火をとめる。

フライパンにオリーブ油を熱し、鶏肉を中火で皮目からソテーする。鍋を火にかけ、鶏肉を加え、ブイヨンまたは水を加える。半分に折ったローズマリー2枝、ローリエ2枚、みじん切りにしたイタリアンパセリ少量を入れる。

煮立ったら塩コショウを振り、ふたをして弱火で30分。器に盛りつけ、イタリアンパセリを振る。

 わたしはローズマリーはドライハーブを、ピーマンは普通の緑色のものを使いました。鶏肉は、手羽先は使いませんでした。ホールトマトの缶詰も大きいものしか買い置きがなく、熟しきったトマトを使ってしまいたかったので、缶詰の代わりにトマトを2個使いました。

 ハーブや野菜でやわらかく煮た鶏肉のまろやかで美味しいこと! 煮込んだあとのソースがまた美味しくて、写真撮影後に鍋に残っていたものも全部注ぎ分け、ごはんにかけたりして食べました。

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 コンビーフ入りポテトサラダ。

 じゃがいもをゆでて潰し、きゅうり、塩揉みして冷水にさらしたスライスした玉ねぎ、ほぐしたコンビーフを混ぜ合わせます。それをマヨネーズ、牛乳、ヨーグルトを合わせたものであえ、塩コショウで味を調えます。

20061125232519120061125232451 オーブンで焼いた厚揚げにかつおぶしを振りかけ、しょうゆ、酒、ごま油を混ぜたものをかけました。 

 固形スープ、水、塩ひとつまみ、溶き卵で作った卵スープ。時間がないときに、よく作ります。 

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2006年11月25日 (土)

昨日の夕飯(タラの香草パン粉焼き、ミネストローネ、蓮根とこんにゃくの煮物)

20061125002546  昨日の夕飯は、タラの香草パン粉焼き、ミネストローネ、蓮根とこんにゃの煮物でした。

 タラの香草パン粉焼きは、おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)の中の『まながつおの香草パン粉焼き』を参考にして作りました。

20061125001910 本ではパン粉を手作りしてあって、市販のものを使ったこの場合とは見た目が全然違います。味もおそらく……。でも、これはこれで、身はふっくらとしていてハーブパン粉も芳ばしく、美味しかったです。本から簡単にご紹介します。

 オーブンを予熱(200℃)。白身魚に塩コショウし、オリーブオイルをかける。パン粉にタイム、セージ、ローズマリー、にんにくを混ぜ合わせ、魚にまぶす。ハーブの割合は好みで。天板にオリーブオイルを薄くひき、魚をのせ、オリーブオイルをかける。オーブンに入れ、表面がこんがりとなったら160℃ぐらいに温度を下げて、中まで火を通す(10分)。

20061125002048  これも同じ本から、『ミネストローネ』。作り方を簡単にご紹介します。

 鍋にオリーブオイルを熱し、にんにく、にんじん、キャベツ、玉ねぎ、セロリを入れて中火でいためる。野菜がしんなりしたら、じゃがいもを加え、さらによくいためる。水をひたひたになるくらいまで注ぎ、塩を加えて混ぜ、中火で約15分煮る。器に盛り、パルミジャーノチーズをかける。

 冷蔵庫にある材料で作れる、イタリアで親しまれているスープだとか。ミネストローネというと、トマトを入れるものだとばかり思っていましたけれど、何を入れてもいいんですね。野菜のごった煮という感じです。

 気軽に作れるミネストローネ。たっぷりかけたチーズとなかなか合います。黄色いものはさつまいもに見えますが、インカという名のじゃがいもです。

2006112423012120061026233115 蓮根とこんにゃくと椎茸の煮物。これは前にご紹介しました。今度は椎茸は入れず、塩ゆでした絹さやを散らしましたけれど。

 向かって右側の写真が前にご紹介したもの。同じように作っているつもりでも、並べてみると、結構印象が違うものですねえ。

 煮汁の割合は、だし4カップに、みりん1/2カップ、薄口しょうゆ大さじ4です。

 イタリアンのおかずでも、白米のごはんがいる夫とわたし……。ごはんのおかずになるものが、何かほしいのですね。娘はパンでもいいのですが(世代の違いを感じます~)。

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2006年11月23日 (木)

『返り咲いた薔薇』は序破急の破で野営中、パムク氏は348頁

 このところ体調はいいのだけれど、雑用に忙殺され、創作も読書も大して進んでいない。が、どちらも時間がないだけで、順調な進行。

 同人雑誌に提出する作品はもう小説に決めたので、あとはぎりぎりの28日まで、いやエクスパック500に原稿を入れてすぐ近くのポストに投函すれば同じ県内のことだ、29日の昼までは粘れる。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳)は、いよいよ面白くなってきた。

 エニシテの遺体を病人が横たわっているように装わせて後見人とし、その前で結婚式を挙げたカラとシェキュレ。エニシテの死をいつまでも隠してはおけないので、カラは第一にそれを報せるべき人に報せに行く。

 スルタン様はエニシテに注文された本のための資金の出し入れを勘定方長官に任せていたので、死の報せも先ずそこに報せるべきだった。

 オスマン・トルコの支配者スルタンの王宮の描写には、心が躍る。映画化するなら、イタリアの巨匠クラスの監督でなければいけない。イタリアの巨匠といえば、今NHK衛星2で、76年に亡くなったルキーノ・ヴィスコンティ監督作品の特集をやっている。

 パムク氏は、16世紀のトルコをまるで見てきたように描く。これ一作書くために、どれくらいの資料に当ったのだろうか。ただ、急に資料集めしたところで、これだけの作品は書けまい。

 御前会議の広場に入るや否や、深い静けさがあたりを包んだ。胸がどきどきしているのが、額や首の血管からも感じられた。王宮に出入りする人々やエニシテからあれほど聞いていた所は、あたかも天国ような色とりどりの、この上なく、美しい庭園としてわたしの前にあった。

しかし、天国に入った人のようには幸せでなく、一種の恐怖、尊敬、畏敬の念を感じた。「この世の礎」であることがいまやよく理解できたスルタン様の、つまらぬ僕である自分を感じた。

緑の中を歩く孔雀、水しぶきを上げて音を立てる泉、鎖のついた金のコップ、絹の服を着てあたかも地面に触れていないかのように歩いている御前会議の布告官をうっとりと眺め、スルタン様に仕えることのできる歓喜を感じた。

 エニシテの死を告げたときの勘定方長官の理解ある驚いた眼差しに、カラは洗いざらい話してしまう。エニシテと優美さんが殺されたこと、細密画師の部門で起こった競走意識と嫉妬心……。が、長官は疑わしげにカラを見た。それでカラはなおも話す。

しかしこういうことを言えば言うほど、皆さんも感じられるように、長官がわたしを疑ったのを感じてあわてた。神様! 正義がおこなわれますように、それ以外は望みません。

 そしてカラは、エニシテがどのような本を作ろうとしていたかを話す。

「〔略〕予言者様の聖遷からちょうど一千年経った時、イスラム暦の一千年目に、ヴェネチア総督の目に、イスタンブルの強力な軍とイスラムの誇りとともに崇高なるオスマン家の力と富を見せて、畏れを抱かせるような本でした。

この世で最も価値のある、一番大事なものを語り描くはずだったのです、この本は。さらにまさに武勇伝に於けるようにスルタン様の肖像画を本の心臓部に置く予定でした。

さらに挿絵はヨーロッパの様式や手法を用いたもので、ヴェネチア総督に畏怖と親交の念を引き起こすはずでした。」

「それらは知っておる。崇高なるオスマン家の最も大事なものが犬や木なのか。」と絵を指し示しながら言った。

「亡くなったエニシテは、スルタン様の豊かさは富によってのみ表されるのではなくて、精神的な力、隠れた憂いによって表されると言っていました。」

 エニシテが、優美さんを殺した犯人として、゛オリーブ″と゛コウノトリ″と゛蝶″をどんなに疑っていたかをもカラは話してしまう。犯人が誰なのか、まだわたしには見当がつかない。 

パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。

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昨日の夕飯(コロッケ、冷やっこのごまダレ)&ロイズの生チョコ

20061123004342  昨日の夕飯はコロッケ、冷やっこのごまダレ、わかめスープでした。

 デパートの「北海道物産展と冬の味めぐり」でインカという名のじゃがいもを買い、コロッケを作りました。

 インカは前に買って気に入り、またぜひ買ってコロッケを作りたいと思っていたじゃがいもでした。

20061123003850 そして念願のインカを買い、それを柔らかくゆで、すぐに潰すつもりが、ふとした用件を済ませているうちに冷たく硬くなってしまい、潰すのに難儀しました。

 面倒でいくらか塊を残しましたが、かえってそれが家族に受けました。

20061123080001_1 青い皿の写真は、 余ったコロッケを今日になって割ってみたものです。わたしのお昼ごはん。中が黄色いでしょ。インカは中が黄色いじゃがいもなのです。

 実は今、同人雑誌に提出する小説に没頭中で、時間がありません。夕飯作りが大雑把になってしまい、スープはインスタントで、リケンの『わかめスープ』でした。でも、これ、美味しいですよね。

 豆腐のタレは以前にもご紹介しましたが、超おすすめダレなので、再度、『nonno お料理基本大百科』(集英社、1992年)から、タレの材料をご紹介しましょう。

長ねぎ(せん切り)・あさつき(小口切り)各小さじ1、すりごま大さじ1、赤みそ・砂糖各大さじ1、ラー油少々、しょうゆカップ1/4弱、にんにく(みじん切り)・しょうが(みじん切り)各小さじ1。

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 「北海道物産展と冬の味めぐり」で買ったロイズの生チョコレート。

 オーレ、ホワイト、シャンパン、マイルドカカオ、ビターとあり、店員さんによれば、オーレが一番の人気商品だというお話でした。

 が店員さん個人のおすすめとしては、ホワイトとシャンパンだそう。前のときも同じ店員さんに同じことを訊き、そのときはホワイトを買いました。甘すぎず、ミルクそのものという感じで、美味しいチョコでした。

 店員さんは、耄碌おばさんみたいに同じことを訊いたわたしのことを、もしかしたら覚えていらしたかもしれませんね。

 で、今度買ったのは、シャンパン。シャンパン『ピエール・ミニョン』の香りが漂う、素敵なチョコでした。店員さん、ありがとう。勿論、ネット通販ありです。

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2006年11月20日 (月)

昨日の夕飯(ハンバーグ、ピーマンの味噌煮)

20061120003250 
  昨日の夕飯は、ハンバーグ、ピーマンの味噌煮、トマトのサラダ、豆腐とわけぎの味噌汁でした。

 ハンバーグはいつもながらのハンバーグです。

20061120002049_1   わたしは毎日だっていいくらいにハンバーグが好き。。。それもプレーンなものが。これでも、必死で自分を抑えて、ハンバーグをしすぎないようにしているのですね。

 つけ合わせのゆでたカリフラワーに、色を添えるためにパブリカを振りました。ドミグラスソースを使って煮込みにしようかとも考えたのですが、ハンバーグが焼き上がる頃には、このまま食べたくなっちゃって……。

20061120002359  ピーマンの味噌煮。

 ピーマン7個を細切りにしてサラダ油でいため、味噌・砂糖各大さじ3を加えていため煮にします。

 よく子供たちのお弁当に入れていました。冷えても美味しくて、ピーマンの青臭みが感じられず、食べやすいです。

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 トマトサラダ。トマトには、オリーブオイルに塩・黒コショウを合わせたものがかかっています。オイルをかけすぎましたが、トマトがちょっとお洒落な味に……。

 ピーマンの味噌煮にも味噌を使ったのに、うっかり味噌汁を作ってしまいました。スープでもすればよかったのですけれど。

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2006年11月19日 (日)

『返り咲いた薔薇』は序破急の破を進行中、パムク氏は332頁

 気分が悪くて、午前中から午後3時まで寝ていた。狭心症の発作は幸い、起きていない。発作が起きたり、ニトロを使ったりすると、疲れ、小説を書きたくなくなるから。

 吐き気がしていたのだが、おさまったので起きて、少し家事をし、紅茶を飲み、書き始めた。最初はうまくいかなかったが、乗り始めた。そして物語はふくらんでいって、モデルにしている男性の記憶で胸がいっぱいになった。

 記憶をそのまま使うわけにはいかないので、中断し、なつかしい思い出に身を任せるうちに、生きているときの彼の笑顔が生々しくよみがえり、泣いてしまった。当時は関連づけることができなかった記憶にある場面、場面が、つながって思い出される。

 あの3年間だけがなぜ、あれほど光に満ちていたかということをわたしは考えもしなかった。そのあとの短い記憶のいくつかと何通かの手紙。彼の思いに気がついたのは彼の死後のことであり、初七日までの期限切れといっていい短い仮の時間がわたしたちの初デートのときだったなんて、類を見ない話ではあるまいか。

 なぜなら、それが可能となるには、少なくとも片方が神秘主義者である必要があるから。亡くなったとき、彼はもう若くはなく、棺に横たわった彼は病苦のせいかあまりにおじいさんに見えるのでびっくりしたけれど、清潔感も凛々しさも充分すぎるほど残っていた。死んだことで、そうした特徴が結晶化しているようにさえ見えた。壮絶で美しい遺骸だった。

 彼がわたしと一緒にいることは、友人の車を降りたときにわかった。生前と同じように礼儀正しく、だが、開放感に満ち、性急で、若々しく、もう自分を包み隠さなかった。わたしと一緒にいられて、楽しくてたまらない様子だった。彼はとても感じやすかった、優しかった。わたしがどんな環境で暮らしているかを知りたがった。

 彼は彼の奥さんをわたしがどう思ったかをも、息を詰めるようにして知りたがった。奥さんは素敵な人になっていた。昔見たときよりもずっと。彼との暮らしの中でそうなったのだと感じられ、わたしは彼を褒めた。彼は嬉しそうだった、複雑そうだった。

 わたしが読んだり書いたりばかりしていることに、彼は驚いていた。生活用品のことで驚いたり、料理するときわたしがあまりに手を洗うことに驚いたり(少し不潔恐怖症気味なのだ)、ウナギの匂いに生前の嗜好をよみがえらせたりしていた(ウナギが好物だったのか!)。わたしのところにいても一向に飽きない様子だったが、ずっとわたしのところにいたわけではない。

 いた時間は長かったが、あちこち自由に行っていたようだ。初七日までの時間はまたたくまに過ぎ去った。わたしたちはある約束をした。それから、初七日頃に死者たちはどこかへ行かなければならないようだが、彼がどこへ行ったのか、死者たちがどこへ行くのか、わたしには何もわからない。

 幸い、死後にわたしに明確にわかるかたちでわが家を訪れたのは、わたしが大好きだった高齢で亡くなった女性と彼と、夫の叔父さんだけだ。夫の叔父さんは死んだことを後悔していて、雷雲のようになっていた。そして、わたしたちの家にいても埒があかないと思ったのか、すぐに去った。

 最後に夫が叔父さんを見舞ったとき、「こんなはずじゃなかった」といっていたという。普通に病死した人であっても、こんなふうなのだから、自殺なんかした人の場合はどうかと思うと怖ろしい。指定された場所へきちんと行けるのだろうか。指定は、どんな死に方をした死者にもあるのだろうか。あの世にも行政機関のようなものがあることは、間違いない。あの世の役所では、死者に対し、どんな事務手続きがなされるのだろうか。

 彼の思いを知ったのも、わたしが自分の思いに気がついたのも、彼の死後のことだった。不倫を犯そうにも、彼にはその肉体がなかった。この世にはすでに居場所がなかった。肉体を脱いだあとの美しいオーラが今や彼の体であり、彼の思想であり、彼の履歴だった。そんな彼と思いを交わしたというようなことも、不倫のうちに入るのだろうか。

  今書いている小説には、死者との恋物語という薔薇色と、別の黒い物語が織り合わされている。うまい具合に織り合わさるかどうか。きわどい部分をどうシンプルに印象的に描くかだ。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳、藤原書店)では、クライマックスの緊張感が続いている。

 祝宴の夜、シェキュレのかつての夫の弟ハッサンが庭にしのびこむ。ハッサンとカラは互いに相手を人殺しとののしり、訴えるといい、拷問にかけ、かけられるつもりだ。

 こうした場面が繰り広げられる前に、シェキュレは死んだ父親のいる部屋で、父親がプロデュースし、イタリアの技法をとり入れて細密画師たちに描かせた「死」をテーマとした絵にカラと共に魅せられていた。

 黙って、恭しく、身動きもせずに、わたしたちは長い間絵を眺めていた。少しでも動けば、向かいの部屋から来る空気が蝋燭の炎を波打たせて、父の神秘的な絵が動き出すように見えた。父の死の原因となったこれらの絵に魅せられていた。その馬の妙なこと、紅の比類ないこと、木の憂い、二人の修行僧の悲しみなどに魅入られてしまったのだろうか、あるいは、父をさらには他の者をも殺した殺人犯への恐怖のためだったのか。

 細密画師のうちの優美さんが殺され、仲間内に殺人者がいるとわかった時点で、シェキュレの父親エニシテはカラにこの絵を引継がせるつもりだった。エニシテはカラがシェキュレを娶ることに一度は反対し、今度は迷っていた。そんな折に、エニシテは殺されたのだった。

 シェキュレの行方不明になっているかつての夫の弟ハッサンは、何とかシェキュレを物にしたいと思っている。カラよりもあくどい感じがあるが、まだ若く、成熟期というよりは成長期にあって、いつのまにか新しい人間的魅力を身につけていることがある。性急で、怒ると子供っぽい声になったりするハッサンにも、シェキュレは秘かに惹かれているのだった。

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『返り咲いた薔薇』は序破急の破に入る、パムク氏は314頁

 こんなにとろとろ進めていたのでは、同人雑誌の締め切りに間に合わない。まるでニトロのテープの効く速度みたいだ。が、決めた通りに25日まではあがいてみよう。序の部分は何とかうまくいったと思う。

 破の部分でどの程度、物語をふくらませることができるかだ。そして急の部分で、ニトロの舌下錠みたいに炸裂させるのだ。といっても、その炸裂とは華麗な炸裂、花火のような炸裂にしたい。

 今また少し左腕が痺れていて、ニトロのテープを貼ろうかどうしようかと迷っていたので、つい変なたとえかたをしてしまった。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳)は半分を過ぎた。恋人たち――カラとシェキュレ――はついに危ない橋を渡った。死んだ父親を病人に見せかけて後見人とし、結婚式を挙げてしまったのだ。

 宗教の戒律がすなわち法律であるような世界であっても、やはり人の世はどこも同じだと思わせるのは、宗派によって法律の解釈や許容度が異なるところだ。恋人たちはそれを利用する。

 日本でいうなら、弁護士や裁判官によって法律の条文の解釈が異なり、この弁護士でだめならあの弁護士に頼み、この裁判の判決が不服だから上訴するといったことと同じことに映る。

  シェキュレという女性は、カラ以上に策士である。シェキュレはそうした自身を自覚していて、次のようにカラにいう。

今言ったことはわたしの知恵ではなくて、長年父と話すことによって得たものなの。

 一方、カラは細密画師らしく、危ない橋を渡る自分たちを細密画に描くとすればどう描くかを空想する。

 シェキュレの父親の死体は病人を装わされて挙式に加わることになるが、その直前、家中に死体の臭いがすることにカラは気がつき、ぞっとする。ペルシアをさまよい、戦場で死体の臭いを嗅いだ体験をもつカラはこうした臭いに敏感だったのだ。

 が、その臭いは召使によるすばやい部屋の空気の入れ替えと油ランプの強い臭いとでとっさにつくろわれ、やがてオレガノとレモンで焼いた宴のための羊の肉の匂いとうまい具合に混じり合う。

 わたしはアレルギーの民間療法や料理との関係でハーブに興味が出てきたところなので、この本はそうした意味でも興味深い。ハーブが沢山出てくるから……。オレガノも先日使ったばかり。

 危険に満ちた湿っぽい披露宴が終ったあとで、今や夫婦となったカラとシェキュレはまず、死者の冷たく硬くなった手に心からの尊敬の念を持って、口づけする。その後で、部屋の暗い片隅で渇いたものが渇きを癒そうとするかのように接吻した。カラは回想する。

口に入れることができた妻の舌は、子供たちがいつも食べていた飴の味がした。

 鬼気迫るカラの回想を読みながら、わたしは何だか胸がむかむかしてしまった。単に狭心症の発作の前触れなのかもしれないけれど。

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昨日の夕飯(鮭の塩焼き、カリフラワーとホタテの煮浸し、じゃがいもとウインナーのサラダ)

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 昨日の夕飯は、鮭の塩焼き、カリフラワーとホタテの煮浸し、じゃがいもとウインナーのサラダ、しいたけと大根の味噌汁でした。
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  鮭は、デパートの「北海道物産展と冬の味めぐり」で買ったものです。

 普段は甘口か中辛を買うのですが、辛口が美味しそうに見えたので、珍しく辛口を買いました。思ったほど辛くはなくて、いい味でした。

20061118232102 カリフラワーとホタテの煮浸しは、サイト「キッコーマン ホームクッキング」の中の『小松菜とカリフラワーの煮浸し』を参考にしました。    

 わたしは小松菜は使いませんでした。4人分で、カリフラワー1/2株、ホタテ貝柱の缶詰大1缶。ホタテ貝柱を身と汁に分け、身は粗くほぐします。

 鍋にホタテの汁と薄口しょうゆ大さじ2、砂糖大さじ1、水2カップを入れて煮立て、小房に分けてかためにゆでたカリフラワーを加えて2~3分煮ます。ホタテ貝柱の身を加え、さっと煮ます。

 ホタテの風味が生きていて、とても美味しい、上品な一品でした。

20061118232122 じやがいもとウインナーのサラダ。

 じゃがいもは皮のままゆでます。皮をむき、切って、軽く塩コショウします。ウインナーは切って、フライパンで軽くいためます。玉ねぎは薄切りにして塩もみし、水にさらしたあと、しぼります。

 じゃがいも、ウインナー、玉ねぎを混ぜ合わせ、フレンチドレッシングを振りかけて冷蔵庫で冷やします。    

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2006年11月18日 (土)

昨夜の夢&オノレ・ド・バルザックの風貌

バルザックと動物園に来ている。

シロアヒルを見たいのだが、「シロアヒルは呼び出し中です」という園内放送が流れる。

再びシロアヒルの場所に来るが、まだ呼び出し中らしい。ここで弁当を食べるつもりだったが、バルザックが「ここではよそう」という。確かにここは埃っぽいし、糞もある。

最初はブラウスのようなシャツとズボン姿だったバルザックだが、いつ着替えたのか、諷刺画にあるような王子様風の派手な姿になっている。膨らんだ短いズボンに飾りのある袖、襟、あの有名なステッキを手にしている。

シロアヒルの場所の横に、マガモかアオクビアヒルかはわからないが、水鳥が鞠のように丸くなって点在し、眠っている。

 たとえ夢の中の出来事とはいえ、バルザックと一緒にいられただけで嬉しいので、解釈はよします。今年に入ってから、バルザックが出てくるのは2度目です。1度目に出てきたときは、子供時代の可愛いらしい溌剌としたバルザックでした。

 わたしの夢に出てくるバルザックは、本で紹介された写真や肖像画や諷刺画がもととなっているようです。アンリ・トロワイヤ著『バルザック伝』(尾河直哉訳、白水社、1999年)のカバーに使われている白いシャツ姿のバルザックの写真は、まなざしが透視的といっていいくらいに鋭くて、それでいて冷たさはなく、尋常でない彼の資質を感じさせます。

 何ともすばらしい眼なのです。わたしはこのバルザックと、若かりし頃を描いたベルニー夫人をそれぞれ写真に撮って、前の携帯電話の待ち受け画面にしていました。わたしの(創作ごころの)パパとママはバルザックと、彼の愛人であり文学上の育ての親でもあったベルニー夫人です。

 前掲の本から、バルザックの風貌を同時代人たちがどう捉えたかをご紹介しましょう。

太った小柄な方でした。服の仕立てが悪いので、よけい不格好に見えました。手はほんとに素敵。ひどくぶざまな帽子をお召しになっていましたけど、帽子をお取りになると、そんなこともうどうでもよくなります。わたくし、あの方のお顔にただただ見とれておりましたから。〔……〕おわかりにならないでしょうねえ、あの額とあの眼差し。ほんと、実際ご覧になっていない方にはねえ。大きな額でございましてね、まるでランプの光が照り映えたように輝いておりました。褐色の目は一面に散った金砂子が光っていて、口ほどにものを言う目とはあのことでございましょう。鼻は大きくごつごつしていて、口も大きゅうございました。歯はぼろぼろでしたけど、いつもお笑いになっていらっしゃって、濃い口髭をおたくわえになって、長い髪は後ろに掻き上げておいででした。

 ポムルール男爵夫人の回想でしたが、お次は若き日の詩人フォンタネーの日記から。

ついにその男を目にする。輝き始めた栄光の新星を。太った若者だ。生き生きとした目、白いベスト、薬草売りのような風采、肉屋のような服、金泥師のような雰囲気。それらが合わさるのだからものすごい。この男は典型的な文学商人(あきんど)なのだ。

 そして、ラマルティーヌによる観察。

彼は太って、がっしりと胸板も厚く、ミラボーのようにたっぷりとしていた。顔からは、知性にもまさって、気さくな人のよさがうかがえた。〔……〕この男が善良でなかろうはずがない。

 最後に、『クロニック・ド・パリ』という雑誌を一時期経営していたバルザックに執筆者として招かれた若き日のテオフィル・ゴーティエによる描写をご紹介します。

修道服の襟元を大きくはだけて、円柱の柱身のように丸い首を見せていたが、筋張ったところのない、白い繻子のようなその首は、より赤みを帯びた顔と対照をなしている。厚く、うねるような唇はよく笑い、〔鼻は〕先が四角くすわって、二つに分かれており、〔額は〕美しく気高く秀で、顔の他の部分よりも際立って白〔く、その眼ときたら吸い込まれるように黒くて金色にきらきらと輝き、〕鷲でも負けて瞳を伏せてしまうほどの、壁の向こう側でも胸の内側でも見透かすような、君主の、見者の、猛獣使いの眼だ。

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2006年11月17日 (金)

昨日の夕飯(太刀魚の中華煮、鶏とごぼうのミルクスープ、レタスとベーコンのサラダ)

20061116231647 昨日の夕飯は、太刀魚の中華煮、冷奴、レタスとベーコンのサラダ、鶏とごぼうのミルクスープでした。

 太刀魚の中華煮は、以前にもご紹介しました。サイトおかやまコープ」のレシピを閲覧して作ったものです。レシピをざっとご紹介します、詳しくはサイトへ行かれてくださいね。

20061116233039 4人分で、太刀魚切り身280gに酒・しょうゆ各小さじ2を振り、5分置く。フライパンにサラダ油を熱し、小口切りにした白ねぎ1/2本と薄切りにしたショウガ1かけをいためて香りが出たら太刀魚を入れて両面を焼く。

 顆粒ガラスープ小さじ1、お湯1カップ、しょうゆ大さじ2、酒・砂糖各小さじ4を加えて10分煮る。

 おかやまコープのレシピでは、仕上げに白髪ねぎをのせてあります。わたしは好みから、わけぎの小口切りを散らしました。今回、少し砂糖を少なめにして作ってみましたが、やはりレシピ通りのほうがふくよかな味わいがあっていいと思いました。

20061116232449_2  寒くなってくると、ミルクスープを食べたくてたまらなくなります。14日にもしたばかり。白いやわらかな色あいが好きです。具がその白色に包容されていて、見ているだけで安らぎを覚えます。

 具はいろいろですし、ミルクの内容もいろいろです。14日のミルクは牛乳だけですが、これは牛乳と生クリームを使いました。エバミルクを使うこともあります。

 オリーブ油でみじん切りにしたセロリをいため、好みの大きさに切った鶏肉、玉ねぎ、ごぼうも入れていためて、水2カップ、固形スープ1個を入れて煮ます。じゃがいもを入れてさらに煮、具がやわらかくなったら牛乳1カップ半、生クリーム半カップを入れてひと煮立ちさせ、塩コショウで味を調えます。

 やわらかく煮たごぼうは、案外ミルクスープに合い、娘が「へえー、ごぼうとミルクって合うんだねえ、美味しいっ!」と驚いていました。

20061116232743  レタスとベーコンのサラダには、ごまドレッシングがかかっています。

 オリーブ油大さじ1、酢大さじ2、しょうゆ大さじ1、塩小さじ1/2、すりごま適量、コショウ少々です。

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2006年11月16日 (木)

『返り咲いた薔薇』は足踏み状態から脱する、パムク氏は274頁

 一人称で書いていて、どうにもしっくりこなかったが、三人称に変えてみたら、これがよかった。おかげで、足踏み状態を脱することができた。

 とはいえ、今月末の同人雑誌の締め切りまで、あまり日がない。間に合わないかもしれない。速達で出せば、1日で着くだろうから、間に合わなかったときに提出することになるエッセーの改稿に3~4日残しておくとして、25日までは小説をすすめよう。

 パムク氏の小説『わたしの名は紅』(和久井路子訳)に勇気づけられる。真に書きたいものを書こうとする情熱が燃え上がる。パムク氏の小説を読むと、文学らしさが脈々と受け継がれているのを感じ、本当に安堵する。あの涙――、いい小説に違いないという予感はあたっていた。

 「29 わしはお前たちのエニシテだ」は圧巻だった。この章で、優美さんを殺した犯人は、再び同じ罪を犯す。殺されるのはエニシテ、細密画師たちの統括者である。イタリア美術の技法を秘かにとり入れようとしていた。それは、エニシテの次のような芸術観から出たものだった。

何ものも純粋ではありえない。細密画や絵の世界では、傑作が造られた時、あるいはすばらしい絵に歓喜の涙を流したり、総毛立つような美しさを見た時、今まで一緒に用いられなかった二つの異なるものが一緒になって何か新しいすばらしい物を作り出すと確信している。

ベフザトやペルシアの絵のすばらしさは、アラビアの絵が蒙古や中国の絵と混じりあったことのおかげである。シャー・タフマスプの一番美しい絵はペルシアの様式とトルクメンの繊細さが一緒になったものだ。

今日誰もがインドのアクバル王の細密画の工房を褒め、賛嘆しているならば、それは細密画師にヨーロッパの名人の様式を採るようにと激励したためである。

東もアラーのものであり、西もアラーのものである。神よ、わしらを純粋でまじりけないようにと言う者たちからお守りくだされ。

 また、エニシテは殺人者である細密画師にこうもいう。

イタリアの名人は誰も、お前ほどの詩心も、信念も、繊細さも、色彩の純粋性ももたない。しかし、彼らの絵はもっと現実味があって、人生そのものにより似ている。

 一方、殺人者はこのようなエニシテの考えにはむしろ与した細密画師だったのだが、自分が殺人者だとエニシテに気づかれたのではないかという不安とある嫉妬、ある怒りから殺害するに至るのだった。

 大きなインク壷が凶器となる。その中には、微かにゆするとそれにつれて色合いが変わる神秘的な紅インクが入っていた。

頭と見たこととわしの記憶と目の全てが、わしの恐怖となって混じり合った。もう何の色も見えない。全て紅色であることがわかった。血だと思ったものは紅インクだった。手についたインクだと思ったものは止まることのない紅い血だった。

その瞬間、死ぬということが、どんなに不当で理不尽で無慈悲なことに思われたことか! 

 このあとこのエニシテという老人は、自分の死や死の直後に起きたことまで語るのである。それが圧巻だった。

 こうした殺人が起きる前の、恋人たち――カラとシェキュレ――の抱擁の場面もなかなかだ。シェキュレは、父親が殺されようとしていることを知らないで愛を堪能している。

パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。

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2006年11月15日 (水)

初マフィン(バナナマフィン)

20061115195732  同人雑誌に提出する作品を仕上げるまでは、お菓子作りをしないつもりだったのですが、禁を破って、マフィンを焼いてしまいました。

 ああ、もう駄目、駄目だあ~。締め切りに間に合わない~。

 シフォン同様マフィンも初めてでしたが、ちゃんと仕上げようと思えば繊細な注意力と職人芸的技量を必要としそうなシフォンに比べると、作りやすそうな気がしました。

 マフィンの記事のあるブログを閲覧させていただいたところでも、おおかたはシフォンよりは気楽に取り組んでいらっしゃるように感じられました。

20061115195705 参考にした本ではクルミも入れてあり、ブラウンシュガーが使われていましたが、わたしはバナナだけにし、いつも使っている三温糖で作りました。何せ、皮が茶色に変色したバナナ(中は綺麗で、完熟の味)を見て、急に思い立ったもので。。。

 バナナだけのマフィンはおとなしいけれど、バナナの風味が生きていて、感じのいい味わいでした。でも、マフィンって、バターと砂糖の分量が怖い~。

 中にあれこれ入れて手軽に焼けるところがマフィンの魅力なのでしょうか、いろいろと入れたりのせたりして、また焼いてみたいな。食事用の甘くない、ブレッドタイプのマフィンも焼いてみたいです。

20061115200515  禁を破ってお菓子作りをやっちゃいましたが、マフィンが焼けるのを待つあいだにすすまない小説のことを考え、スタイルを一人称から三人称にしてみてはどうかしら、と思いつきました。

 そうやって書き直してみたら、これがしっくり。何とかいけるかもしれません。小説を完成できれば、わたしはこれを「バナナマフィン効果」と名づけたいと思います~。

 ではまた、同人雑誌に作品を提出し終ったら、お菓子作りに励みますので。。。シフォンも、どんどん作って上手になりたいと思います。ヘルシーだし、リーズナブルだし、あの何ともいえない優しい味わい……このわたしのシフォンに対する気持ちは、恋に似ています。 

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昨日の夕飯(鶏もも肉のハーブ料理、トマトのミモザサラダ、キャベツのミルクスープ)

20061115000906  昨日の夕飯は、鶏もも肉のハーブ料理、トマトのミモザサラダ、キャベツのミルクスープでした。

 料理の写真をブログに載せるようになって、3ヶ月半になります。そろそろ同じ料理が顔を出し始めましたが、組み合わせが違ったり、同じような料理でも、参考にした本が違ったりします。

 料理につける名も、気分によって本にある名をそのまま拝借したり、自分なりのわかりやすい名にしたり、参考にしたプロの作品の写真とあまりにイメージが異なるために冒涜(?)と感じられて名を変えたり。20061114235828

 ハーブを使った料理は、最近になって作り始めたばかりなので、新鮮に感じられます。アレルギーの関係でハーブに関心を持ち出してからも、料理に使うことは考えたことがありませんでした。

 鶏もも肉を使ったこの料理は、おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)の中の『鶏肉のローズマリーソテー』を参考にしました。

 ローズマリー、みじん切りにしたにんにく、セージの葉、オリーブ油を合わせて混ぜた中に鶏もも肉を入れてからめ、塩コショウをします。フライパンにオリーブ油を入れ、鶏もも肉を両面こんがりと焼きます。

 本では新鮮なハーブが使われていますが、わたしはドライハーブを使いました。ローズマリーは、前に魚をオーブンで焼いたときはローズマリーの枝を買ってきて使いました。

 やはり新鮮な枝を使ったほうが、香りも作用も強い気がして、ハーブを体にとり込んだ……という満足感が湧きます。でも、ドライタイプは手軽ですよね。ベランダでハーブを育ててみようかしら。

20061115000054  
 つけ合わせのじゃがいもは、くし形に切り、みじん切りにしたにんにく、ローズマリー、バター、オリーブ油を加えて混ぜ、予熱した160℃のオーブンで30分焼きます。

20061114235512 20061114235637  水、牛乳、固形スープで作った手軽なミルクスープ。

 ゆで卵の白身と黄身を別々にこまかくし、マヨネーズ、生クリーム、ワインを合わせたドレッシングをトマトにかけた上から散らしたサラダ。

 ドレッシングの生クリームは牛乳を使うときもあって、わたしは牛乳を使うほうが、ワインの香りが生き、さっぱりした味わいになるように感じられて好きです。が、平たい皿のときは牛乳だと流れやすいので、生クリームにします。開封した生クリームを早く使い切ってしまいたいときなんかも――

20061114013921 20061114014014  昨日は娘の誕生日でした。夫は、こんなしゃれた膝掛けをプレゼントしていました。

 夫は家族の(そして自分の)誕生日を完全に忘却している年もあれば、喜ばせてくれる年もあります。それによってわたしの祝いかたも微妙に変化したりします。

 ところで、娘より先に膝掛けに飛んで行ったのは、リサとガスパールでした。

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2006年11月14日 (火)

娘の誕生日に思い出したこと

 今日は娘の誕生日。

 娘が生まれたのが、24年も前のことだとは信じられない。つい昨日のことのような気がする。実家に戻ってお産することにしたわたしの傍らでは、まだ母が生きていた。まだ未婚だった妹は家から小さな商事会社に通勤していた。父は船に乗っていて、どこか遠い海にいた。夫はひどく頼りなかった。わたしは母になる自信にも、夫とやっていく自信にも欠けていた。

 夕方産気づいて破水してしまい、妹の運転する車で病院へ向かった。母も同乗していた。夜の8時には生まれ、産みの苦しみというけれど、わたしにはスポーツ感覚の苦しみだった。生まれたばかりの娘はミルキーのペコちゃんみたいな顔をしていた。

 うまい具合にお乳が出ず、早くも育児から降りたくなったとき、赤ん坊にいずれちょっとした手術が必要なことがわかった。

 それは大したことではなかったにも拘らず、それを知って涙がとまらなくなり、その涙の本当の原因は、もうすぐ母を失おうとしていることからくる悲しみと、夫とこれからやっていくことの不安からくる悲しみが混じり合ったものだったと思うが、いわゆるマタニティーブルーといえるものだったろう。

 ベビーベッドの中で、娘は口をへの字にして、貫禄たっぷりで眠っていた。小さな癖に、わたしのひ弱さを弾き飛ばさんばかりのどっしりとした感じがあり、お医者さんも、「この子は大物になるな」と笑われた。

 が、マタニティーブルーのわたしは退院の日まで泣き続けていた。大泣きした日にお乳がほとばしり出たのは不思議だった。やがて母が亡くなったとき、娘がいてくれたから耐えられたように思う。

 息子を産むときは、娘を育てている自信から精神的に安定していた。やはり夕方産気づき、あわてて家中の掃除を済ませると、夫の運転する車で病院へ向かった。娘が同乗していた。病院へ着いて間もなく、夫は娘を彼の実家に預けるために去った。

 わたしはおなかの子と2人。子宮口が全開したが、微弱陣痛で、時間ばかりが経過した。真夜中の3時頃になって、陣痛促進剤を点滴されると、ぼんっと爆発するようにして息子が生まれた。赤黒く、皺くちゃで、未熟児だった。

 赤ん坊の顔はどんどん変る。娘が生まれたとき、わたしは泣いてばかりいたので、顔の変化を充分に観察する余裕さえなかったが、息子のときは刻々と変化していく顔を楽しんだ。朝になって夫がやってきたとき、息子は驚くほど端正な顔をして凛々しく唇を結び、眠っていた。

 夫とふたりで賛美しつつ(?)見とれた。顔はその後も変化して、まぼろしのような端正な顔は過去のものとなり、可愛らしいけれど、わたしたちの子らしい漫画っぽい顔に落ち着いた。

 産後わたしは血圧が安定せず、少しだけ退院がのびたが、未熟児だった息子は黄疸が出たりして、もっと退院がのびた。息子が退院し、捨て子のような顔になって帰ってきた娘が再び家族に加わって、わたしは母としての満足感でいっぱいだった。夫すらも、自分が産んだ長男のような気がしていた。ジョギングを日課とし、あの頃はわたしも元気だった。

 娘は、わたしが娘を産んだ年齢になる。今は仕事のことで頭がいっぱいのようだ。そのうち結婚して子供を産んだとき、わたしをあてにするようなことを今からいっている。そんな体力はないわよと答えながらも、喜んでいる弱い自分がいる。

 人間は変化する。成長によって、生理によって、病気によって、老化によって、環境によって。どんな変化にも、可もあれば不可もあるような気がする。 

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2006年11月13日 (月)

昨日の夕飯(肉じゃが)

20061111233450 これは実は昨日の夕飯ではなくて、一昨日の夕飯でした。昨日の夕飯は弁当だったのです。

 で、一昨日の夕飯は、肉じゃが、卵豆腐、小松菜のスープでした。肉じゃがは前に1度写真をアップしたことがありました。

20061111231836  が、そのときはレシピの紹介はなしでしたので、ここでかいつまんで、『365日のおかずと献立』(主婦の友社)からご紹介したいと思います。

材料は4人分で、牛薄切り肉200g、じゃがいも700g、玉ねぎ大1個、にんじん1本、しらたき1玉、煮汁[水2カップ、砂糖大さじ2、しょうゆ大さじ5、みりん大さじ2]。

じゃがいもは大切りして面をとり、水にさらす。サラダ油で玉ねぎの半量と牛肉をいためる。しらたき、じゃがいもを加え、全体に油がまわったら水を加える。アクはすくいとる。調味料は初めから全部加えて煮る。はじめ10分間は落し蓋をして煮る。

 塩じゃがというのが秘かなブームだそうで、そのうち作ってみたいなと思っています 

20061111232817

 うさぎの皿にのっているのは、「九州とっておきの味めぐり」で買った長崎「富士平野」のキムチ大根です。お漬物3つで1,050円でした。これは珍しかったのか、あまり漬物を食べない家族も好んで食べました。  

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『返り咲いた薔薇』は足踏み状態、パムク氏は202頁

 小説を同人雑誌の締め切りに間に合わせたいのは勿論だが、締め切りより大事なのは、小説を完成させることだ。

 書きたい気分は最高潮なのに、臆病さが先を続けることを躊躇させる。あの狭心症の発作が起きたとき、これを書く時期がきたと思った。

 寿命が尽きるまでにはまだたっぷりと間があるのかもしれないけれど、このテーマに取り組むには今がベストだという気がしている。

 わたしには、少なくとも死んで1週間のあいだの人間がどんな状態に置かれるかをこちら側から描き尽くすことのできるだけの体験と表現能力があると思う。こんなことが、誰にでもできる仕事ではないことも知っている。

 そしてその1週間のあいだに男の死者と女の生者のあいだに起きた出来事を書きたいのだが、それはロマンスで、こんなテーマはありきたりともいえるが、これまで描かれたことのないわたし流の描きかたで書きたい。

 死んだ人は、死んだばかりのときは、死んだということに対して初々しい。新鮮さに満ちている。感受性が一新されるからだろう。ただし死んだことをひどく後悔している人以外は。

 後悔している人は、死んだあとであっても、まだ生者のような重ったるい感じを引き摺っていて、行き所のない雷雲のようになってしまい、自身の中で雷を発生させている。順当に死んだ人の軽やかさに欠けるこうした死者の印象は、わたしの死の恐怖に結びつく。

 こんな雷雲のような死者も描いてはみたいけれど、何よりわたしは初々しい死者と、初々しい死者によってみずみずしくなった生者とのロマンスを、返り咲いた薔薇を書きたい。情念がどんな燃え立ちかたをし、どんな風に一服の絵画に収まりうるかを書きたい。 

 パムク氏の『わたしの名は紅』は202頁まで読み終えた。「24 わたしの名は死」まで。その小説の中の細密画師が死を描こうとして失敗したさまを、コーヒーハウスの咄し家が絵の中の死になりきって嘲笑するところまで。

 パムク氏の小説の中の細密画師と同じテーマに挑んでいるわたしとしては、他人事とは思えない。

 アラーの神が見るように描くという細密画の伝統的な技法でではなく、イタリアの画家のように独自の描きかたをするというタブーを犯しただけではなく、そうやって描いたものがイタリアの画家の描いた完璧さに至らなかったという惨めさ。

 この細密画師のような宗教的なタブーとは異なるが、死を描くということについては、このわたしにも、目に見えないタブーを犯す恐ろしさがある。自分が体験したと思っていることが、全くの妄想だったとしたら……?

 それを、現在科学的に立証できないとしても将来において立証できる本物であるかどうかを最も懼れるあたりは、わたしも現代人らしい科学の子であるのだろう。尤も、神秘主義は古代からそうだったに違いないけれど。

 『わたしの名は紅』(和久井路子訳、藤原書店)ではこれまで屍や人の語り――証言――以外に、犬、一本の木、金貨、死の語りを読んできたが、これらは全て、非合法のコーヒーハウスの舞台で咄し家がそこにやってくる芸術家や知識人相手に面白可笑しく語ったものらしい。

 どれもウイットに富んでいて面白いが、金貨の語りなんかは笑わせる。金貨に口があればさもありなん、と思わされる語りなのだ。しかもこの金貨は、自分は贋物だという。

 この七年間の間に五百六十回譲渡されました。イスタンブルで行ったことのない家、店、市場、モスク、教会、ユダヤ人のシナゴークはありません。歩き回ると、贋金について思ったよりずっと多く噂話が出ているのを、商人たちがわたしの名のもとに嘘っぱちを言っているのを見ました。

お前以外のものは価値がないとか、ひどい奴とか、盲目だとか、お前も金が好きなのだとか、遺憾ながらこの世は金の上に築かれているとか、金で買えない物はないとか、正義漢ではないとか、卑劣漢だとか、絶えず面と向かっていわれました。

ましてわたしが贋物だとわかった者はますます怒ってもっとひどいことをわたしに言ったのです。実際の価値が下がれば下がるほど、目に見えない価値は上がるのです。

このこころない喩えや思慮のない讒言にもかかわらず、大部分の人はわたしを熱愛しています。この愛のない時代にこれほどまでに愛されることは、われわれ全ての喜びだと考えます。

 実際に、16世紀のイスラム社会にこんなコーヒーハウスや咄し家が存在したのだろうか。

 ここまで書いた今、左手が痺れる。また狭心症の前触れだろうか。ここ数日は調子がよかったのに。我が物顔に出現するこいつには、全く嫌になる。と、この段階ではまだ思っているが、いよいよ痛みが起きると、助けてください、と神さまにというよりは、狭心症さまに「今度もどうかお見逃しください」と拝むことになるのだ。

 早々とゴミ捨てを済ませ、ゴミ用のバケツを洗ってベランダに干し、用心しよう。ますます痺れてきた。テープを貼っておいたほうがいいかもしれない。

  ※パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。

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2006年11月12日 (日)

新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について

 1週間前の11月5日付朝日新聞朝刊、教育の欄に『少女漫画の過激な性表現は問題? 抑えるも、完全回避は不可能という見出しの記事があった。

 少女漫画の過激な性表現について、富山市の主婦(45)からメールがあった。主婦は小学5年生の娘(11)のタンスの中で見つけた少女漫画を読んで驚いた。観覧車の中や高校内での性行為や、強制的な性行為などの激しい場面、女性を冒涜するようなセリフが出てくるという。『漫画を作る人、売る人、見て見ぬふりをする大人、みんなが問題だと思います』

 それに対して、主婦が読んだ漫画を掲載していた少女漫画誌の大手出版社編集長(47)は答えている。

恋愛は少女漫画の大きなテーマ。恋愛の延長線上にある性行為のシーンを完全にシャットアウトするのは不可能。

指摘を受けた漫画は2年前に出版されたもの。現在は漫画家とも相談し、有害図書と判断される可能性がある表現をなくしている。

子どもが性にかんする情報に接する機会が増えた。親も以前より口うるさくないこともあり、過激な表現に対する抵抗がなくなっている。

 また、日本雑誌協会編集倫理委員会の山了吉委員長は次のようにいう。

恋愛の自然な流れで、キスやSEXのシーンが出てくるのはある程度許容できる。ただし、性技や強姦といった、性を興味本位で描くことは避けるようにしている。

現実社会にも、強姦やチカンといった事件があることは子どもも知っている。また、子どもであっても、漫画の中身はフィクションと認識し、現実との境はわかっており、漫画の通りに行動して事件になることはまずない。もし、親が問題と感じたなら、その漫画を材料に、親子で話し合えばいいのではないか。

「倫理教育委員会が過激な表現を抑えるよう求めることができるのは、加盟社に限られる。また、少女漫画など未成年向けの雑誌のみを対象にした組織はないという」と担当記者は記事を結んでいる。

 真摯な主婦の問題提起に対し、何て不毛な公的回答だろう……!

  娘に、富山市の主婦が読んだような少女漫画があることを教えられたのは、間もなく24歳になろうとしている娘がまだ高校生のときの話であるから、もう6~7年も前のことになる。

 が、そのときは実際にわが目で確かめたわけではなく、娘も具体的にどんなものであるかをいったわけではなかったので、それほどひどいものだとは思っていなかったのである。

 その2年後ぐらいに、大学生になっていた娘とのあいだで再び同じことが話題に出て、今度こそ書店に出向いて調べたわたしは、肝をつぶした。

 わたしは何とかしなければと思い、近所に住む議員さん、まだお子さんが小中学生であるお母さんがた、知人である中学の先生、知り合いの編集者などに話して運動を起こそうとしたが、主婦の微力では不可能だった。

 幾度となく新聞にもこの問題について投稿したが、全て没だった。他のテーマでの投稿は採りあげられたりもしたのにである。

 現在は当時と比べてどんな状況にあるのか、わたしはまだ調べていないが、現在書店勤務の娘がいうには、実態は変っていないのではないかという。やはり小学生が問題のある少女漫画を買っていくそうだ。

 当時わたしが調べたところでは、問題のある少女漫画は沢山あった。中でもわたしが一番危惧したのはある大手出版社から出ているある少女漫画誌だった。

 表紙には可愛い絵がのっていて、中学生ばかりか小学生なども抵抗なく手を出しそうな、また親は問題のある中身とは気づかないような少女漫画誌だと思った。が、仰天するばかりの中身だったのだ。

 それには性行為を描いた漫画作品が複数掲載されていたが、学校内での理事長による女生徒を目隠ししたうえでの性行為、生徒同志の性行為が赤裸々に描かれた作品では、何と、性技に伴う膣の音まで書かれていたのだった。

 これが社会問題でなくて、何だろう! その出版社の出版物にはわたしは子供の頃、数々の児童文学の名作でお世話になっており、良心的な出版社というイメージがあっただけに衝撃だった。

 メールをした主婦も、回答した大手出版社編集長も、わたしと年齢が近い。わたしたちが子供の頃、また少年少女の頃も、良心的な出版物に恵まれ、意識の高い大人たちによって見守られていたというのに、そんな恩恵を受けて大人になったはずのわたしたちがまた何という社会をつくり出してしまっていることか……。

 その頃は福田清人氏なども、日本文芸家協会理事、日本児童文芸家協会会長を歴任されていて、意識の高い大人たちの中核をなす一人となっていられたはずである。

 福田氏が作法叢書 童話の作り方』(福田清人著、明治書院、昭和46年)の中で述べられた、今となっては崇高とさえ思われる次の言葉を紹介して、今日のところはこの記事を閉じたい。

  ところで、少年少女時代は、肉体的にも精神的にも半ば大人であり、半ば子どもである。低学年を対象とした童話は、かなり超現実、非現実的な、たとえば妖精の出没する世界でも、子どもをひきずってその作中に没入させることができるが、少年少女時代はようやくこうしたものからさめて、現実社会へ関心を持つものである。

いきおい現実社会が題材にとられるが、なおその現実を踏まえつつ、その年齢の心理、生理の要求するフィクションが求められる。サスペンスや、また少女小説では清純な感傷性にうったえるものも忘れてはならない。こうして一つの制約はあっても、少年少女小説は成人小説に接近している

 ではその制約とはどんなものか。

 まず精神的に未発達であり、批判力が大人に比して十分でない、ということを考慮しなければならない。それで、だいたい次の五つの制約の条件がある。

一、テーマ、表現の制約。成人文学では、どのようなテーマを選ぼうとも、どんな深刻、残虐な描写をこころみようとも、また解放的な性愛描写をしても、いちおう自由である。ときにはその方面の新しい実験で、むしろその文学的価値が高く評価されることすらある。

しかし、童話・少年少女小説の場合は、そのテーマのとり方、表現には、節度、制約がおのずから要求される。そのテーマに著しく反道徳的なものとか、残虐、また性愛について露骨な描写はさけねばならない。

 児童たちは未来に向かって、向日的に生きている。この人生の本然的な要求を曲げたり、殺したりするテーマは否定さるべきである。少女小説でも、清純な精神的な愛の季節に対して、自然主義的な愛欲を早く示すことは冷酷といわねばならない。

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2006年11月11日 (土)

昨日の夕飯(キャベツとゆで卵のサラダ)&唐津の干物、P-ロール&松浦水軍、わたしの小説の話

20061110233951 昨日の夕飯は、デパートの「九州とっておきの味めぐり」で買った銀ダラの骨なし味醂干しを焼いたもの、春雨の炒めもの、キャベツとゆで卵のサラダ、麩とわけぎの味噌汁でした。

 「九州とっておきの味めぐり」では真っ先に唐津産の干物を見に行きました。佐賀育ちの血がそうさせるとしか思えない、条件反射的行動でした。

20061110233200_1  火曜日までやっているので、とりあえず、唐津「吉村商店」の銀ダラ味醂を買いましたが、次回出かけたときにアジの天日干しを買おうと思っています。

 今は大抵のものはネット通販やっているので、調べてみると、この吉村商店の干物もネット注文できました。唐津のお魚、干物は本当に美味しいです。

 唐津の海も綺麗ですよ。結婚前にはよく夫と、唐津の海を見るためにドライブしましたっけ。夫の祖先は松浦水軍の海賊衆の一員で、唐津の海を縄張りにしていたとか。

 そう、わかります。わたしはときどき彼の海賊めいた無骨さに耐えられない……パイレーツのデップさまみたいだと許せるけれど、現実の海賊(の子孫)はそんなものではないのよ。が一方では、これが男かと思えるくらいになよなよとしていて……どうなっているんだか。わたしの父も船員だったし、海との関係が深いといえます。

 猛々しさを秘めた唐津の海が、晴れた日の夕暮れどきに、銀色を帯びた薔薇色に変る瞬間があります。何ともいえない美しさです。

 わたしは30代の頃、『銀の潮』という日本舞踊の女師匠を主要人物に用いた小説を書きました。その小説を書いたとき、わたしのイメージにあったのは銀色の漣の立つ薔薇色を湛えた唐津の海で、海をひとりの女性の中に表現したいと思ったのでした。

 完成度としてはもう一つでしたが、個人誌に載せて周囲の人々に読んで貰った限りでは、小説の中のその女性はかなりの人気でした。凛とした美貌の女性に描きましたからね。いずれ手を加えて、このブログでご紹介できればと考えています。

 故白石一郎さんとは違った書きかたで、水軍の海賊衆を主人公とした小説も書いてみたいです。その小説には当然ながら、夫によく似た人物が登場するはずです。改稿しなければならない原稿、書きたい作品が目白押しで、パンクしそう。神さま、わたしの寿命はあとどれくらいですか?

 佐賀県の料理は、もちろん土地、宿、店、家庭によって違うとは思いますが、わたしのイメージにあるものとしては、割合あっさりとしていて、こまやかです。大雑把な感じではありません。ご旅行に唐津、嬉野の宿はおすすめです。竹崎の蟹も美味しいです。

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 春雨の炒めものは、以前にもご紹介した『栗原さんちの朝20分のお弁当』(文化出版局、1992年)の中の『春雨とひき肉の炒めもの』を参考にしました。

 今回わたしはにんにくを入れました。

20061110232200  キャベツとゆで卵のサラダは、「決定版 小林カツ代の基本のおかず」(主婦の友社、2002年)の中の『ゆで卵の春色サラダ』を見て作りました。

 本から簡単にご紹介します。

 4人分で、ゆで卵3個(1個は粗くつぶし、2個はくし形に切る)、キャベツ1/3個(せん切り)。ドレッシングの材料は、塩(3本指でひとつまみ)、コショウ少々、ウスターソース小さじ1、米酢大さじ1、マヨネーズ大さじ1、オリーブ油大さじ1~2です。

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「九州とっておきの味めぐり」で、美味しい漬物も買いました。家族はあまり漬物を食べないので、ほとんどわたし一人で食べてしまいます。

 うさぎさんにのっているのは、長崎「富士平野」のきゅうりの浅漬けです。ネット通販ありです。

20061110204727 最後にご紹介するのは、大分は湯布院「B-speak」のPロールです。

 全国的に有名なロールケーキだそうですが、恥ずかしながら、わたしは知りませんでした。エレベーターの入り口付近まで行列ができていたので、通行の妨げになるなあと思って、見ていました。

 すると、プラカードを手にした係りの男性がわたしにいいました。「最後尾はここです、ここへ並んでください」「はあ」「整理券はお持ちですか?」「え……いいえ」「じゃあ、これをさしあげましょう、これを持って、並んでいてくださいね」「ありがとう」

 もしかしたら、券は係りの男性がご自分でPロールを買うつもりだったのではないかとあとになって思いました。なぜって、券はその人の掌の中で握りつぶされてくしゃくしゃでしたもの。そうだったとしたら、ごめんなさいね。

 保冷箱入りで1,381円だったロールケーキの味は、最高でした。クリームが爽やかな味わいで、スポンジもきめこまやかでした。。。   

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2006年11月10日 (金)

整形外科、欧風料理店(ロートレックに描かれたジャヌを想う)、パルコを梯子の一日

 昨日は整形外科で五十肩を診て貰いました。前回のようなテストをまたされるのだろうと思い、予習していきましたところ、はずされました。前回とはまた別の動作をさせられ、左肩がまだよく動かないために脇が充分にはひらかないことを悟らされました。

 それでも、よくなってはきているようです。完治にはまだ時間がかかりそうですが、半年前の初診のときからすれば、大した進歩といっていいでしょう。

 今回は痛いリハビリの指導はなく、日常生活における注意を受けました。脇をひらいて重い物を持つ動作が、肩に一番よくないということです。布団の上げ下ろしなど。洗濯物を上方にある物干し竿にかける動作もよくないそうです。物干しの位置を低くするか、椅子を使うようにとのことでした。

 脇をしっかりつけている限りでは、寝そべって片肘つく姿勢で本を読むなどはいいとのこと。完治するには、これまでのリハビリに併せて日常生活における細かな注意が必要なようです。

 今のまま自宅でのリハビリを続けて、次回の診察は3ヶ月後です。病院代210円。ここは本当に安いなあ、と毎回驚いてしまいます。

 休日だった娘と待ち合わせてランチに行きました。前に1度行ったお店です。

 本当は娘と同じく休日だった夫も一緒にイタリア料理店に行くつもりだったのですが、残念なことにそこは移転のため、閉店となっていました。夫は急用ができて、一緒に行けませんでした。

 お気に入りのお店が一つ行動範囲から消えたことにがっかりしましたが、食材の新鮮さに打たれた欧風料理店にまた行ってみることにしました。

 メインは鶏のもも肉を使ったフランス風の料理で、肉がしっかり叩かれてのばされ、すっかり平べったくなっているのには感心しました。分厚いままだったわたしの胸肉とは大した違いです。そして、ソースがかかっていても、表面はカリッとしています。わたしのカリッとは違います。

 硬いカリッではなくて、もっと繊細なカリッなのです。火の通し方、フライパンの使い方、粉のつけ方が全然違うことを感じさせます。さすがプロだな、と思いました。サラダ、フランスパン(かライス)、コーヒー、デザートのコースで、1,050円でした。

 フランスパンについていたバターも美味しかったし、デザートのお皿にはチョコレートのクラシックケーキ・イチジクのムース・栗のアイスクリームがのっていましたけれど、イチジクのムースと栗のアイスクリームは繊細な味わいでした。

 デザートの量も、見た目にはわたしには多いと思えたのですが、甘すぎず、軽い味わいのためか、丁度いいくらいでした。

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 料理店の壁際の写真です。向かって一番右にあるワインの壜は、大きいです。店内には、もっと大きなものもありました。そして、ロートレックのポスターの写真。

 わたしはこのポスター『ディヴァン・ジャポネ』の原画を、2001年の初めに田川市美術館の「ジャポニスム展」で見ました。そのときの神秘的な体験は忘れられません。

 ロートレックがディヴァン・ジャポネという名のバーのために描いたこのあまりにも有名なポスターは、有名すぎるという理由とポスターという理由から、当時わたしは大して興味がありませんでした。

 ところが、予想に反して、そのポスターの前を素通りするどころか、それがある美術館の部屋に入ってすぐにそれに釘付けになり、ほかの絵すべてを忘れ果ててしまうほどでした。

 近づいて見たとき、そのポスターから、浮き上がるようにバーのざわめきが聴こえ、また沈みました。え、と思ってポスターを眺め、次いで、あたりを見回しました。部屋の中は、ざわめきがするような感じとは無縁のしずけさでした。幻聴だったのでしょうか。

 結構変った体験をしてきたわたしにとっても、あれは不思議な出来事でした。

 大きく描かれた黒衣の女性のシックなこと。人生に疲れたような、だからといって人生を投げてなどいない気品が、原画には刻印されていました。

 女性の頭の先から腰のあたり、肩や胸の線、指先、腹部から膝にかけて、お尻の線も、何度となく見つめ、辿らずにはいられませんでした。

 帽子、髪型、衣装……若くは見えない、美貌に描かれているでもない、しかも簡略化されて描かれたこの女性がなぜこれほどの魅力に包まれているのか、ただならぬ魅力の出所が知りたくて、長くポスターの前を動けませんでした。

 女性が身につけている黒衣の芳しさ。ポスターのただの黒い色がなぜこうも精気を発散しているのかが、わかりませんでした。女性の不自然な姿勢が、逆に絵に安定感を与えているような緊張感。

 顎の尖った、無造作に縮れて頭部を包んでいる茶色い髪、痩せていて、肩の線やお尻の線は角ばっています。もう若くはないからか、結構あるようにも見える胸のふくらみは下に向けて傾斜し、腹部はこころなしかふっくらしているように見えます。

 膝から下は見えないけれど、太ももから膝にかけてはすんなりと長く、全体に漂う締まった優美な感じから、この女性が知的で、趣味も悪くないだろうことが窺えました。この女性、一体何者なのでしょうか。

 ジャヌ・アヴリル。ムーラン・ルージュというキャバレーでカンカンを踊っていた女性で、イタリアの貴族を父に、フランスの高級娼婦を母にうまれた私生児だったということです。

 ポスターのモデルとなった頃はまだ彼女は若かったはずですが、中年女性のように描かれています。波乱の人生を送って、亡くなったようです。

 欧風料理店を出て、ファッションビル「パルコ」に行きました。そこでマフィンカップを買いましたが、シフォンもマフィンも作るのは小説が完成してからです。また今日は書かなくちゃ。昨日はまる一日書かなかったので、書きたくてうずうずします。一日無駄にしたともいえますが、いい気分転換にはなりました。

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2006年11月 8日 (水)

『返り咲いた薔薇』は構築した序を点検中、パムク氏は165頁&お詫び

 午前中、急に体調が崩れ、本日の大半の自由時間がふいになり、焦ります。が、焦っても埒が明かないので、落ち着いてゆっくり事を進めなければ……と考えています。

 このところ体調良好、このまま健康体に戻れるかと錯覚したくらいでしたが、午前中『当サイトで……』『本日の俳句……』をアップしたのに続いて料理の記事を書いている途中、急に気分が悪くなりました。

 眩暈、左手の痺れ、喉の詰まり、吐き気がありました。まだ飲んでいなかった朝の薬インデラルとヘルベッサーを飲み、ニトロのテープを貼って、休みました。起きたら午後3時を回っており、慌てました。

 ですが、気分はよくなっていて、今は良好です。

 同人雑誌に提出したいと考えている短い小説『返り咲いた薔薇』は25日までに60枚は書きたいのですが、どうでしょうか。現在、序破急の序をトンカチで叩いたり、ゆすったりして、うまく破へつなげられるかどうか、点検中です。

 できれば今日中に未踏の破の大陸に華麗に(?)舞い降りたいところでしたけれど、明日か、下手をすれば明後日に持ち越しとなるかもしれません。明日は整形外科の受診日なので、普通に就寝したいのです。

 小説が同人雑誌の締め切りに間に合わないときは、エッセーを提出しようと考えていますが、それにパムク氏の作品の感想を容れたいので、なるべく読むようにしています。

 『わたしの名は紅』(和久井路子訳、藤原書店)は登場人物たちがそれぞれ自分を主張し始め、面白くなってきました。全員の独白で成り立った小説で、技術的にも大変だったろうと思います。下手をすれば、どの独白も同じ印象を与えてしまうでしょうから。

 殺害された細密画師で、すでに屍となった優美さん(というニックネームで呼ばれた)の独白で小説はスタートしました。当時の細密画師たちの置かれた状況が明らかとなってきて、主人公とおぼしき男女もくっきりと姿をあらわし、なかなか厚みのある世界となってきています。

 登場人物たちの行動、思考はどの一人をとっても単純ではなく、またどこかしら典雅な趣があって、酔わせます。細密画のように細密に描きこまれているのです。

 例えば、主人公カラが恋するシェキュレという美しい女性は、夫が戦争で行方知れずとなり、その夫の弟ハッサンとカラ(シェキュレの父はカラの義理の叔父にあたり、シェキュレの父はスルタンの命を受けて祝賀本を作成するために細密画師たちを統轄する存在です)に恋されているという設定なのですが、すでに夫とのあいだに子供も2人ある彼女の頭の中ではこんな考えが浮かんだりします。

 ある夜ハッサンに抱かれて彼と寝たとしても、誰も気がつかなかっただろう。アラーの神のほかには。その方が賢かったかしら。行方不明の夫と似ているし、同じようなものだ。時々こんな馬鹿げた妙な考えがわいてくる。

 一方では彼女はカラに純粋に惹かれてもいるのですが、これらゆれ動く気持ちが不自然ではなく、成熟したこの女性の置かれた生活上の苦境、選択と無関係ではないことがよく描きこまれています。

 彼女の2人ある子供たちも同じようには描かれていません。一途に母親を愛慕する6歳の男の子オルハンと、1つしか違わないのに、もう母親との距離を感じさせる上の子シャヴケトとは読んでいてずいぶん感触が異なります。

 母親シェキュレの悩みの中に、可愛いオルハンがたびたび入り込んできます。

 しばらくしてふと見ると、オルハンがわたしのそばに寝ていた。頭を乳房の間に入れると、泣きじゃくりながら涙を流している。強く引き寄せて抱きしめた。
 「泣かないで、お母ちゃん」と少しして言った。「お父ちゃんは帰ってくるよ。」
 「どうしてそれがわかるの?」
 黙っていた。でもとてもかわいかったので、乳房に押しつけた。いやな事を全て忘れた。

 この可愛いオルハンにしても、母親の喜びと悲しみは、この子の不安や幸福感と不可分な関係にあるがゆえに、絶えず母親の姿を求めさせずにはおかない一面のあることがよく描きこまれています。

 登場人物全てが、このような感情や思想が湧き起こる生活上の確かな背景を持っていて厚みをもって生かされており、そうした意味からいえば、誰一人として作者に尊重されていない人間はいません。いや、人間ばかりか屍、犬、金貨、色にいたるまでそうです。

 ところで、ここでお詫びですが、わたしの連載小説『あけぼの――邪馬台国物語』の更新が中断しており、申し訳ありません。同人雑誌提出の作品との関係でそうなっているだけでして、まだ当分は続きますので――

 更新するごとに訪れて読んでくださるかたがたには、感謝しています。今後もよろしくお願い致します。

 ※パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。 

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昨日の夕飯(バルサミコ酢を使った鶏胸肉料理、小えびとブロッコリーの料理)

20061107235756 昨日の夕飯は、おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)の中の『鶏胸肉のソテー、バルサミコソース』『小えびとブロッコリーのカラブリア風』を参考に作った、鶏胸肉料理及び小えびとブロッコリーの料理、そして我流の鯛のアラを使ったスープでした。

 本で『鶏胸肉のソテー、バルサミコソース』を見たとき、わぁこんなにバルサミコ酢を使うの? 甘すぎたり、酸っぱすぎたりしないのかしら……と心配になりましたが、勿論杞憂でした。
20061108000002  この料理には、惜しみなくバルサミコ酢を使ったほうがいい気がします。芳醇なバルサミコ酢がバターの助けを得て、ちょっと夢みるような味わいをもたらしてくれます。豪華な気分にしてくれるので、クリスマスなんかにもいいと思いました。

 それにしても、同じ胸肉を使っていながら、本の写真とは随分違います。正しくは、本を見てくださいね~。

 もっと肉を叩いてぺったんこにすべきだったかな(そう書いてあるのです)。でも、なかなかぺったんこになりませんでした。結果、切れ目を深々と入れ、よく焼くことになってしまいましたけれど。

 でも、娘が、表はこんがり、中は柔らかでとっても美味しい、ソースもよく染みているといってくれました。夫にもヒット。近頃ヒット続きよ、いいのかしらん。

 本から、簡単に作りかたをご紹介します。

 2人分で鶏胸肉240gの皮を除き、叩いて6~8mm厚さにのばす。片面に塩コショウ、薄力粉を薄くまぶし、サラダ油とバターで片面を5分どおり焼いてひっくり返す。

 白ワイン大さじ2を注ぎ、いっきに蒸発させて、バルサミコ酢100mlを加える。肉にバルサミコ酢がなじんだら、肉だけ取り出し、皿に移す。

 残ったソースを煮つめ、バター大さじ2を加え、フライパンをゆすって乳化させ、最後にバルサミコ酢少量を加えて香り立たせて、これをソースとしてかける。

20061108000150  『小えびとブロッコリーのカラブリア風』を参考に作ったこの一品も、上品な味で、美味しかったです。

 とうがらしをかなり使うので、これも心配になりましたが、薄味のこの料理をうまく引き締めていました。

 また作りかたを、本から簡単にご紹介します。詳しくは、本をご覧になってください。

 2人分120gのむきえびとブロッコリー100gを塩を入れた湯で下ゆでする。オリーブ油で、つぶしたにんにく2片と種を除いた赤とうがらし4本を弱火で熱し、香りが出るまで炒める。

 ブロッコリーを入れて中火で炒め、ブイヨンまたは湯80~100gを入れ、むきえびを加える。ふたをして中火で2分ほど煮る。

20061108000553_1  一昨日、使った鯛の切り身でしたが、アラが残っていました。鯛のうしお汁を作ろうかなとも思いましたが、夫が魚の吸い物は好きでなく、今回のイタリアンにはさすがに合わない気がしました。

 かといって捨てるのはもったいないので、トマトやカレー粉を使ってブイヤベース風にしてみました。ほかに捨てるのがもったいないブロッコリーの茎も、皮を除いて入れました。

 アラは下ゆでして、炒めておきました。みじん切りにしたにんにく、たまねぎ、セロリを炒め、トマトを入れてさらに炒め、アラ、白ワイン、カレー粉、月桂樹の葉、水、固形スープの素でしばらく煮、にんじん、ブロッコリーの茎、じゃがいもを加えてさらに煮ました。

 うーん、充分な白身も、貝も、えびもないそれ風は、ちとさびしい……。アラだけで作ったことを考えれば、まあまあともいえました。

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「本日の俳句鑑賞」再び①:これまでに紹介した俳句(06.9.20~11.6)

プロローグへ/「本日の俳句鑑賞」再び②へ)

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『本日の俳句鑑賞』再び:プロローグ

 右サイドバーに設けた『本日の俳句鑑賞』で、杉田久女川端茅舎三橋鷹女松本たかしの俳句をご紹介してきました。アクセス解析によると、削除してしまったこれらの俳句を求めて当サイトにお見えになるかたがかなりいらっしゃる模様です。

 そこで、遅まきながら本日――2006年9月20日――の分からですが、再鑑賞できるようにこのコーナーをつくることにしました。

 この4人の俳人たちの諸句は、わたしの日々の糧です。

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2006年11月 7日 (火)

昨日の夕飯(鯛の切り身料理、あさりのみそ汁、トマトとモッツァレッラチーズのサラダ)

20061106234956  昨日の夕飯は、鯛の切り身料理、あさりのみそ汁、トマトとモッツァレッラチーズのサラダ、わかめごはんでした。

 鯛の切り身料理、トマトとモッツァレッラチーズのサラダは、 おうちでシェフ味 おいしい基本のイタリアン」(世界文化社、2004年)を参考にして作りましたが、材料がもう1つ揃わず、自己流が加わっています。

20061106235105 20061106235115_1  鯛の切り身とあさりが閉店近いために安くなっていて買ったのですが、あさりはバター焼きにするには小粒すぎましたし、鯛の切り身も夫があまり好きでない鍋物や吸い物くらいしか思い浮かばず、これでメインが作れないかと逡巡した揚句の一品でした。

 それに以前から1度、貝とお魚を炊き合わせてみたかったのですね。 

20061106221901 あさりは、小粒でも天然もので、元気いっぱい! 洗うときに指を挟まれそうになりました。使用前のこの姿から、使用後への移行は可哀想でしたが、いいだしを沢山出してくれました。

 鯛の切り身にあさりの味が染み込んで、何ともいえない美味しさでした。今度、和風の味つけで白身と貝を炊き合わせてみようかしら。

 前口上が長くなりましたが、参考にした前掲の本から『鯛の切り身、地中海風』を簡単にご紹介します。詳しくは本をご覧ください。

 材料は、鯛の切り身、あさり、黒オリーブ、ミニトマト、ケイパー、にんにく(つぶす)、オレガノ(ドライ)、魚のブロード(だし)または水、イタリアンパセリ(みじん切り)、オリーブ油、バター、塩コショウ、薄力粉です。

 鯛に塩コショウし、薄力粉を薄くまぶして、オリーブ油でソテーします。バターを加え、焼き色がつくまで。余分な油を捨て、新たにオリーブ油とにんにくを加えてあたためます。

 あさり、黒オリーブ、半分に切ったトマト、ケイパーを加え、オレガノ、塩コショウを振ります。魚のブロードまたは水とイタリアンパセリを加え、ふたをして強火のまま蒸し煮にします。

 ケイパーがありませんでした。それに、もう少し汁を残して仕上げたほうがよかったようです。たちまち蒸発してしまいました。まあ、でも、何となく半端な鯛の切り身と小粒あさりの組み合わせで思いがけない味が出せて、満足でした。

 イタリア料理を作りたいと思っても、ドライハーブの買い置きがなく、見送ることが多かったのですが、オレガノ、ローズマリー、タイム、セージくらいでも揃えておけば、かなりのイタリア料理が作れるんだな、と思いました。ハーブがあるとないとでは、大違いですものね。

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 あさりの残りは、みそ汁に。小林カツ代さんの本を見ていたら、水とあさりを火にかけ、貝の口が開いたところでみそを入れるやりかたは、これまでわたしがやっていたのと同じでしたが、コショウを振ってあります。

 これまで何度もこの本を開いておきながら、気づきませんでした。さっそく試してみましたが、コショウが加わると、また味わいが違って、洒落た感じになりました。イタリアンとでも、違和感が少なくなります。 

20061106235442  これは、バジルの葉があれば本にあった『カプレーゼ』ですが、残念、イタリアンパセリです。バジルの葉を買うと、予算オーバーだったのです。また今度ね。

 でも、塩と黒コショウを混ぜたオリーブ油を振りかけると、味はイタリアン~!

 全体にあっさりとしていたせいか、夫はどうも食べたりなかったようで、あとで冷蔵庫を漁って、プリンを食べていました。ごはんでなくパスタでもすればよかったのでしょうけれど、ごはんがないとだめなのは夫婦共通しています(若い頃はちがいましたよ)。 

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2006年11月 6日 (月)

朝のごみ出し情景

 朝、ごみを出そうとエレベーターが上がってくるのを待っていたら、声がして、あとから2人のマダムがやってきた。

 3人はそれぞれのごみと共にエレベーターにのった。1人は高齢のマダム、もう1人は孫がいる中年の域から高齢の域に移ろうとしているマダム、そして中年の域にどっぷり漬かっているこのわたしマダムN。

 家庭によって出るごみの量は違うものだなあと思う。高齢のマダムは馬鹿に少なく、小さなビニール袋1つ。ごみ、食べているんじゃないかしら……と思うほど少ない。

 もう1人のマダムはわたしとどっこいで、大きなビニール袋1つと中くらいのビニール袋1つ。孫が来ていて、紙に絵を描き散らし、おかげでごみが増えたという。

 わが家は鼻が悪い夫のチーンするティッシュと、わたしの小説の書き損じの紙で増える。表に印字しただけの用紙はもったいないと思うが、つい、まるめてしまう。

 あれは娘が小学1年生だったときのことだが、書き損じたワープロ用紙の裏を娘のお絵描き用にしていた。まだ若くて執筆力が旺盛、かつワイルドだったわたしは、盛んに書き損じをこしらえ、娘もそれに負けない旺盛さでお絵描きをした。

 うかつにもわたしは気づかなかったのだが、娘はそれを学校に持って行き、せっせと担任の先生に見せていたのだった。定年に近い年齢の女の先生だった。

 先生は、娘の絵とわたしの書き損じた小説をせっせと見てくださっていたようだ。それを家庭訪問のときに知らされ、顔から火が出そうになった。

 そんなことを思い出したが、勿論そんな話は2人のマダムにしなかった。

 3人のマダムはごみを出し終わり、再びエレベーターにのった。

「3人1度にエレベーターにのると、電気代が3分の1で済むわねえ」「ほほほ……」
などといった会話を交わし、それぞれの室に散った。

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昨日の夕飯(デパ地下で買ったお弁当)

20061105212214 20061105211920 とても美味しいだけでなく、閉店間際にはぐっと安くなったりもして、ありがたいです。

 おかげで小説がはかどりました。今日も……というわけには、さすがにいかないだろうなあ。

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2006年11月 5日 (日)

『返り咲いた薔薇』は最初の難所にかかる、パムク氏は130頁

 なかなか創作や読書の時間がとれない。細切れの用事――雑用が次々と涌き出てきて、頭の中はミンチ状態。つい不満で頬がふくらみそうになるが、専業主婦でもう子供が大きいという、これ以上はないくらい恵まれた条件下で書いているということを忘れるな! 

 おなかがいっぱいになると頭がぼうっとなって書けなくなるので、今日の朝と昼はモロゾフのチョコレート1粒ずつで済ませた。夕飯作りについては、今日わたしは元気いっぱいだけれど、だからこそ深夜にかけて集中して書きたいので、娘にお弁当を頼んだ。家族よ、許してたもれ!

 オルハン・パムクはすごい、なかなかやる。純文学はすたれるばかりかと思っていたが、何のことはない、それは日本だけの話であった。『わたしの名は紅』は只今130頁目だが、推理小説の体裁をとっているその中身はといえば、堂々たる芸術論の展開、これまた展開だ。

 尤も、バルザックほどの広大で深々とした世界観、様々な人物の魅力を描出する力には欠けるが、そもそも文学史中わたしがピカ1と思うバルしゃんと比較するほうが間違っているのだろう。パムク氏に文豪の風格があることは間違いない。

 パムク氏の作品を読んだ人のブログをいくつか閲覧させていただき、優れた感想に教えられたが、中にはストーリィ展開、謎解き部分にだけ目をつけ、それ以外の部分を余分なものであるかのごとく感じている人もあるようだ。文学作品を、ストーリィだけを追うといった偏頗な読みかたをするのはもったいない。という以前に、読みかたを知らないとしかいいようがない。

 このような読みかたはわが国の読者層が感染しがちな現代病の一種だろう。商業主義が生んだ読みかただ。風光明媚な中を、何かいいものが落ちていないかという思い、早く目的地に辿り着きたいという思い、このふたつの価値観しか知らないことから、道のみ見ながら先を急ぐような読みかた……。

 パムク氏の作品に描かれた絢爛豪華な細密画師の世界とは、過去、現在(作中における現在)に活躍する細密画師たちの芸術観――その観念の絢爛豪華さなのだ。ここには芸術家を目指す人、芸術を愛する人全てに訴えかける力を持つ内容の充実がある。芸術観がぶつかり合って殺人事件にまで発展するのだから、わたしにはこたえられない面白さだ。

 わたしはこの本を読むまで、細密画というものがこのようなものだとは知らなかったが、例えば、オリーブというニックネームで呼ばれる細密画師による昔語りの中で出てくる名人はこんなことをいう。

「細密画は真っ直ぐにアラーの神の記憶を求めて、この世を神がご覧になるように描くものなのです」

 これが、オリーブの昔語りに登場する名人の芸術観であり、これを語るオリーブという現役の細密画師の芸術観、宗教観、哲学でもあるわけである。

 細密画師の一族に一番恐れられていることは、目を酷使することによって盲目になることだという。が、一方それは悪いことではなく、全生涯をその美しさに捧げた細密画師にアラーの神が賜る最後の幸せであるという。

「なぜなら、細密画とはアラーの神がどうご覧になるかを絵の中で探し求めることである。そしてその無比なる光景は、厳しい研鑽生活の末に、細密画師が精根尽きて到達する盲目の後に思い出される、盲目の細密画師の記憶によってわかるのだ。年老いた細密画師は、この幻想がわが身におこった時、つまり記憶と盲目の暗闇の中で眼前にアラーの光景が現れた時、傑作を手が自ら紙の上に描くことができるようにと、全生涯を手を慣らすことに費やす」

 こうした細密画の奥義を読むと、世阿弥の『風姿花伝』『花鏡』が連想される。また、わたしがいつか書きたいと思っている鍋島藩秘窯の里のこと……。卑近なところでは谷崎潤一郎の『春琴抄』など。

 パムク氏は谷崎に影響を受けたということだが、なるほどという気がしないでもない。が、その谷崎よりパムク氏のほうに、芸の点ではどうかわからないが、芸術家としての純粋さがあるとわたしには感じられる。谷崎の作品はあざとい、贋物臭い。

 パムク氏と村上春樹氏の作品を比べて評論を書きたいと思っているが、はっきりいって格が違う。比べるなら、まだしも谷崎とだろう。

 まあ、いずれにしても評論は時間をとりそうなので、できたら自作短編を同人雑誌に提出したいところだが……間に合うかなあ。それはともかくとして、気力は充実している。よし、今日も書くぞ! オー!

パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。   

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昨日の夕飯(タラのホイル焼き、ズッキーニのフライ)

20061104233204 昨日の夕飯は、タラのホイル焼き、ズッキーニのフライ、厚揚げと青梗菜の煮びたし、麩と青梗菜の吸い物でした。

 タラのホイル焼きは、サイト「米五のみそ 味噌料理レシピ」の中の『タラの味噌ゴマヨ焼き』を閲覧して、参考にさせていただきました。

20061104233332 タラ4切れに、米味噌大さじ4、酒大さじ4、砂糖大さじ、マヨネーズ大さじ3、ごま大さじ2を混ぜたたれをタラにのせて、オーブンで焼きます。詳しくは、どうぞサイトに行かれてください。

 タラの下のほうに溜まって見えるものは、水っぽい液体ではありません。こんがりと焼けて、ほどよくかたまったタレです。オーブンでほくほくに焼けた白い身をこのタレにつけて食べると、美味しいですよ。

 絶妙な味わいのタレの効果か、タラの臭みが全くなくて、身もふんわりと仕上がり、とても美味しい一品でした。サイト「米五のみそ」様に感謝!

20061104233420_1  ズッキーニを単品で(?)食べたのは初めてで、よくかぼちゃとか茄子とかに似ていると紹介されていますが、何だか熟れていない瓜のような青臭い味だなと思いました。

 おつまみには向いていそうな気がしました。

20061104234126 20061104233704

 煮びたしも、吸い物も我流で、ご紹介できるレシピがありませんで、ごめんなさい。

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2006年11月 4日 (土)

昨日の夕飯(ボルシチ)

20061103232121 昨日の夕飯は、ボルシチ、目玉焼き、たたききゅうり(きゅうりをたたいて少しひび割れさせ、乱切りにして、ごま油、しょうゆであえ、粉末唐辛子を振る)でした。

 よく行くスーパー「マルキョウ」でビーツを見つけ、ボルシチを作ってみたくなりました。

 見かけは泥のついた芋という感じで、長野産でした。ビーツは砂糖大根の仲間で、色素は天然着色料として使われることもあるそうですが、初使用してみて、さもありなんという印象でした。

20061103220920 20061103221324  泥だらけの皮をむいてびっくり。透明感のあるワインレッドをした体があらわれました。ビーツ嬢をズッキーニ氏と一緒に記念撮影。。。

 綺麗……と、ビーツの美しい色にしばらく見とれました。皮をむくそばから、紅い色が手につきました。水で洗ったらすぐに落ちましたけれど、服についたらどうなのかしら。ビーツを千切りにしていると、夫が帰宅しました。

「これ、何だと思う?」と訊くと、「肉! クッジラかな」ですって。今どき鯨なんて、めったなことでは俎板にのりゃしませんよ。でも、本当に鯨の赤身に似た感じで、ただやはり色合いに透明感のあるところが違います。

20061103232147 20061103232219  ネットで調べたところ、ボルシチの材料、切りかたなどは地方によって、また家庭によって様々なようでした。

 共通項は、ビーツとサワークリームを使うところらしいです。

 わたしはネットで閲覧したいくつかのサイトを参考に、適当に組み合わせて作ってみました。肉はシチュー用の牛の角切りです。

 肉は塩コショウして炒め、白ワインを振って、水を入れ、月桂樹の葉を加えて弱火でやわらかくなるまで煮ました。千切りにしたセロリ、にんにく、玉ねぎ、にんじん、ビーツを炒めて鍋に加えて煮、さらに千切りにし炒めたキャベツとじゃがいもを加えて煮、塩コショウで味を調えました。

 サワークリームがありませんでしたが、ヨーグルトと生クリームを半々ずつ加えて合わせればサワークリームになるそうなので、そのようにして作ったものを仕上がりにのせました。

 美味しいだけでなく、赤ワインのような色彩も楽しめ、家族に大好評だったボルシチでした。ビーツの缶詰を常備しておけば、気軽に残り物の野菜や肉を使ってだって作れます。ボルシチは、わが家のこれからくる冬のメニューのレギュラーになりそう。 

 バターも小麦粉も使わなかったボルシチは意外なくらいにあっさりとした味わいで、サワークリームの爽やかさとこくが本当によく合いました。

 そのうち、パンを手作りして、ボルシチと一緒に食べたいなあと思います。同人雑誌への作品提出が無事に終ってからの話ですけれど……ひと月もないのに、ずっと先に思える……。シフォンやマフィンも作りたいけれど、我慢しているのです。。。

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2006年11月 3日 (金)

『返り咲いた薔薇』を書き始める、パムク氏の小説は100頁

 昨日は思うように小説のための時間がとれなかったが、短編小説のプランを練り、書き始めた。まだ3枚。この時点では物になるかどうかわからないので、いつでもエッセーに切り替えることができるように、パムク氏の小説『わたしの名は紅』も読んでいる。

 自分の小説にのめり込むと、一定の時間が経つと疲れるので、休憩時間をパムク氏の小説にあてることにした。読書とわたしの創作は今のところ、いい関係だ。パムク氏の小説は落ち着きを与えてくれ、自分も書きたいという意欲を掻き立ててくれる。

 このところ、よく心臓の発作が起きて脅かされたが、これは創作姿勢にはいい影響を及ぼした。もし明日がこないのだとしたら、今日書く小説に何を盛りたいか、盛らねばならないかということを考えさせられ、賞狙いのときとは違った姿勢が生まれたのだ。

 以前は、もっといい医師にかかりさえすれば、という現状不満と未来への期待があった。だが、ここに引っ越してきてからはいい医師に恵まれ、現状の満足と未来が見えない感じを覚えている。だからもう、単なる楽しみや世俗的な価値観のために書く気にはなれない。自分にしか書けない小説を書きたい。

 娘が昨日、シフォンを焼いていた。うまくふくらんでいたのに、焼く時間が長すぎたのと生地から空気を抜くときにちょっとやりすぎたせいか、型から取り出してみたらぼろぼろで、がっかりしていた。

 シフォンは難しいらしい。わたしのシフォン第1作目も、高さが足りず、中のほうが少ししっとりとしすぎていた。卵の白身を泡立てて、それでふくらませるのだから、生地を安定させるのに手こずるのは当然だろう。とてもデリケートな作業なのだ。

 創作もこれに似ている。メレンゲのようにわたしの創作意欲も自ずから掻き立てられているが、作品を進める中でこれをますます掻き立てることで安定させ、作品をうまく形成する確かな力としなければならない。短編小説らしい凛とした締まりを与え、意外性と奥行きとを与えなければならない。

 長編とは違って、短編は短期決戦だ。失敗か、成功かのどちらかしかない。さあて、今日も書くぞ! オー!

 パムク氏の記事は多くて、右サイドバーのカテゴリーに「オルハン・パムク」の項目があります。クリックなさって、ご参照ください。 

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2006年11月 2日 (木)

昨日の夕飯(ほうれんそうとかきの中国風いため)

20061101234126  昨日の夕飯は、アジの干物、ほうれんそうとかきの中国風いため、千切り長芋ときゅうり&トマト、青梗菜と卵のスープでした。

 アジの干物は、スーパーで唐津産を見つけて嬉しくなり、買いました。こちらにきてから、いつも見かけるというわけではないのです。

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 佐賀県生まれのわたしは、干物は唐津産オンリーという感じで育ちました。福岡県でも、同じ大分県でも日田市ではあたりまえのようにスーパーに唐津産が並んでいましたけれど、大分市にきてからはそうでもありません。

 地図を見るとよくわかりますが、大分市から佐賀県、まして唐津は遠いところなのですね。沼津産のほうがよく見かけるくらいです。静岡って、ここから唐津より近いの??? 流通経路の問題かしら。沼津産の干物も美味しい……でも、ときどき唐津産のアジの干物が食べたくてたまらなくなるのですね。

 しし唐は、一昨日食べたりなくて、再度……。娘は若いせいか、こうしたものがあまり好きではないので、わたしが貰いました。満足しました。アジにも、しし唐にも。

20061101234343 ほうれんそうとかきの中国風いためは、『朝日クッキングサークル』のレシピを見て、作りました。

 4人分のレシピをご紹介します。

 材料は、ほうれんそう2把(500g)、かきのむき身300g、塩適量、A{酒大さじ1、しょうゆ小さじ1}、赤唐辛子1本、にんにく1片、サラダ油大さじ3、かたくり粉適量、酒大さじ1、B{オイスターソース大さじ2、しょうゆ大さじ1}です。

 ほうれんそうは長さを半分に切る。かきは塩水で洗い、水気をきってAをからめる。赤唐辛子は種をとり、にくにくは縦半分に。

 中華なべにサラダ油大さじ1を強火で熱し、ほうれんそうを塩少々を入れていため、熱湯1/2カップを注ぎ、ふたをして2分ほど蒸しゆでにし、ざるにあげて水気をきる。

 中華なべをふいて、サラダ油大さじ2を強火で熱し、赤唐辛子、にんにくをいため、香りが立ったら取り出す。

 かきの水気をふき、かたくり粉を薄くまぶす。中華なべを強火で熱し、かきをいため、酒をふる。Bを加えてからめ、ほうれんそう、赤唐辛子とにんにくを戻してひと混ぜする。

20061101234552 20061101234836  一昨日は、肉のつけ合わせとして、ソテーした長芋と塩ゆでした青梗菜でしたが、昨日はこのような姿となりました。

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短編小説のかけらが落ちてきた

 同人雑誌の締め切りをいってきたことは前の記事に書いたが、締め切りのことを考え、小説の提出は今回は見送るしかないと結論を下した。

 そして、提出することになるだろう村上春樹とオルハン・パムクを対比したエッセーをひと月で仕上げるためにはどれほどのスピードでパムクの『わたしの名は紅』『雪』を読まなければならないかを計算した。突貫工事だ。が、なせば成ると思った。

 そしてコーヒーを淹れに立ち、お気に入りのカップにコーヒーを注ぎかけたとき、唐突に、短編小説の構想が浮かんだかと思うと、題名と断片がどこからか落ちてきた。

 とても自分が考えた小説の出だしとは思えない。これに似た構想をあたためてはいたが、雰囲気がまるで違う。これはミューズの息吹を受けた赤ん坊だ。はてさて、物にすることができるかどうかはわたしの腕次第。3日以内に、物になるかどうかがわかるだろう。

 題名は『返り咲いた薔薇』。

 物になりそうにないとわかれば、直ちにエッセーに戻ろう。 

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2006年11月 1日 (水)

31日に循環器クリニック受診。同人雑誌のこと。

 同人雑誌の主幹から葉書がきて、締切日をいってきた。濃やかに同人誌を運営してくださっている主幹には頭が下がる。

 K文学賞に応募がなくて残念だったとも書かれていたが、そろそろ発表の時期。応募していれば今頃はまた、11階のマンションから見る地面がすぐそこに見えていたことだろう。

 どんな作品を応募したとしても、わたしの作品傾向では、地区でも中央でも受賞が無理なことははっきりしている。無意味な応募はもうしたくない。

 K文学賞は地域限定の賞ということもあって、応募者の数が少ない。そのおかげで応募すれば必ず地区選考の諸先生に読んでいただけるというメリットがあり、地区優秀作に選ばれれば中央選考に進むことができ、中央選考の諸先生だけでなく文藝春秋の文芸雑誌『文学界』の編集長に作品を読んでいただけるという旨味もある。

 応募しなきゃ損、という感じで応募する日々が続いたけれど、選考する人々の顔ぶれがこちら側にはっきり見えるということは、物事に現実味が加わるということで、わたしの場合、創作にそれだけ打算が働いてくるということでもあった。

 そんな打算が働くようになると、当初から賞狙いの人は別だろうが、天翔けるイカロスのような空想力は現実という太陽の炎に焼かれて、翼に火がつき、墜落。筆にのびがなくなるのを初期症状として、競争意識の亢進、落選時の焦燥……そしてついには小説が書けなくなったりするのだ。

 怖ろしいことだ、小説を書くことができなくなるということは。プリマ志望者が踊れなくなるのと同じことなのだから。このブログは、そうした経緯を経たわたしにはリハビりの意味合いを持っている。

 リハビリで思い出したが、来週は整形外科の診察日。その日に通院はもうよし、とならなければ来年に持ち越しとなる。どうだろう、まだ不自由さはあるけれど、前方から左腕はよく上がるようになった。問題は横からだが、ううっ、どうだ! この角度……。自由に上がる右腕と比べれば、ちと情けないが、先生はこれでよしとしてくださるか?

 ついでにいうと、昨日の循環器科の診察では、ニトロの舌下錠とテープはいくらでも出していただけるということだった。嬉しいような、嬉しくないような、アンニュイな気分。テープは20枚出していただいた。

 「それで足りるかなぁ」と先生。寒くなると狭心症の発作が起こりやすくなるということはあるけれど、24時間効き目があるテープ。このうえ出していただくとすると、毎日貼ることになり、ニトロ漬け……。ニトロに副作用がないのはありがたい(血管拡張作用から一過性の頭痛が起きることはある。必要がないときに貼ると、頭痛がするので、わかりやすい)。

 「舌下錠も足りなければ、いつでも出してあげますからね」と先生。診察までの1月間で使った舌下錠は3錠だったから、まだ沢山ある。インデラル、ヘルベッサーはいつもの通りで28日分。先生の11月のラジオ出演を励ます(冷やかす)。

 調剤薬局で、知っている編集者に容貌、雰囲気共にそっくりの薬剤師さんにあたる。これで続けて3回、喧嘩別れしたようなしていないような知っている女性編集者にそっくりの顔を見た。薬剤師さんは8人くらい立ち働いていて、続けて同じ人にあたるというのは珍しいことなのだ。

 シャープでありながら、ざっくばらんな雰囲気。クールでありながら、どこか情の深そうな雰囲気がそっくりだ。いや、容貌がこれまた……。だが、彼女であれば、この薬剤師さんがつけているようなパープルに近いローズ系の口紅などは絶対につけないだろう。

 念のために、ニトロのテープの使いかたを訊いた。舌下錠とは違って、起きた発作をしずめることはできないということ。やはり、あくまで予防用ということだった。作用は穏やかで、持続型。

 薬剤師さんは、優しさを湛えた目でこちらの目をじっと見つめ、「お大事に」といってくれた。ますます錯覚を起こすが、彼女の場合は優しい人なのか、そうでない人なのか、わからなかった。友人づき合いでは、わたしの側に母性が求められただろう。政治音痴なところが、苛立たしくも可愛らしかった。

 どうしているのかふと気になったりすることもあるが、近寄らないのが礼儀だろうと思う。過労にならないよう、また煙草は控えめにしてほしいものだ。いつか作家になれたときに一番に恩返ししなければならないのは彼女に対してだろうが、そんな日が来るとは思えない……が、いい小説を必ず書く。書いてから死ぬ。いや、死なずになおも書く。

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昨日の夕飯(中華風ポークソテー、りんごとサニーレタスのサラダ)

20061101002958 昨日の夕飯は中華風ポークソテー、りんごとサニーレタスのサラダ、豆腐と玉ねぎの味噌汁でした。

 中華風ポークソテーというのは、実はわたしの勝手な命名でして、『朝日クッキングサークル』のレシピを参考にしたのですが、そのレシピでは豚肉ではなく、牛ランプ肉が使われていたのです。

20061101003104 本当は『りんごソースのポークソテー』というのを別の本のレシピで見つけて、それを作るつもりで豚肉とりんごを買ったのですが、作る段階になって急にそれを作りたくなくなったのですね。

 わたしはこういうことがよくあります……。そして目にとまったのが『朝日クッキングサークル』の中国風ビーフステーキでした。豚肉や鶏肉で作っても美味しそうだと思い、作ってみました。

 まず、豚肉(レシピでは牛ランプ肉)にかたくり粉を薄くまぶします。フライパンにサラダ油、にんにくの薄切りを入れて弱火で焼き、カリッとしたら、豚肉を入れて焼きます。

 豚肉が焼けたら、酒を振り、(4人分で)砂糖大さじ1、しょうゆ大さじ3、おろししょうが小さじ2、コショウ少々を加えて手早くからめます。

 つけ合せは、サラダ油で両面焼いた(わたしはそれに塩コショウしました)長芋、塩ゆでした青梗菜、食べたくなってつけ加えたしし唐です。

 ソテーした長芋は美味しいですね。それも出来立てが美味しい。。。自分のお皿から1つ長芋をつまみ食いしてから流しを片づけたりして、家族が食べ終わった頃にテーブルについたのですが、時間が経って食べた長芋のソテーは、熱々のときに食べたものと比べると明らかに味が落ちていました。

 久しぶりに食べたしし唐のソテーも美味しくて、もっとしし唐、買っておけばよかったと思いました。ソテーした肉に塩ゆでしただけの青梗菜はとても合います。このつけ合せは覚えておこうと思いました。

 豚肉を焼く調味料におろししょうがが加わっているので、ちょっと豚肉のしょうが焼きに似ていますが、にんにくの風味が勝っており、肉につけたかたくり粉も生きていて、デラックスな感じに仕上がりました。今度は牛肉で作ってみたいと思います。

 りんごソースのポークソテーに使うはずだった紅玉は、サラダに使いました。りんごにはレモン汁をかけておき、サニーレタスと一緒にサラダ油、りんご酢、塩コショウであえました。確か前にも、このサラダはご紹介したように思います。そのとき使ったのはレタスでしたが。

 りんごの美味しい季節になりましたね。わたしはりんごが果物の中でも一番好きです。酸味のある昔ながらのりんご――紅玉は特に好きで、見つけたら買ってしまいます。 

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