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2006年11月19日 (日)

『返り咲いた薔薇』は序破急の破に入る、パムク氏は314頁

 こんなにとろとろ進めていたのでは、同人雑誌の締め切りに間に合わない。まるでニトロのテープの効く速度みたいだ。が、決めた通りに25日まではあがいてみよう。序の部分は何とかうまくいったと思う。

 破の部分でどの程度、物語をふくらませることができるかだ。そして急の部分で、ニトロの舌下錠みたいに炸裂させるのだ。といっても、その炸裂とは華麗な炸裂、花火のような炸裂にしたい。

 今また少し左腕が痺れていて、ニトロのテープを貼ろうかどうしようかと迷っていたので、つい変なたとえかたをしてしまった。

 オルハン・パムク著『わたしの名は紅』(和久井路子訳)は半分を過ぎた。恋人たち――カラとシェキュレ――はついに危ない橋を渡った。死んだ父親を病人に見せかけて後見人とし、結婚式を挙げてしまったのだ。

 宗教の戒律がすなわち法律であるような世界であっても、やはり人の世はどこも同じだと思わせるのは、宗派によって法律の解釈や許容度が異なるところだ。恋人たちはそれを利用する。

 日本でいうなら、弁護士や裁判官によって法律の条文の解釈が異なり、この弁護士でだめならあの弁護士に頼み、この裁判の判決が不服だから上訴するといったことと同じことに映る。

  シェキュレという女性は、カラ以上に策士である。シェキュレはそうした自身を自覚していて、次のようにカラにいう。

今言ったことはわたしの知恵ではなくて、長年父と話すことによって得たものなの。

 一方、カラは細密画師らしく、危ない橋を渡る自分たちを細密画に描くとすればどう描くかを空想する。

 シェキュレの父親の死体は病人を装わされて挙式に加わることになるが、その直前、家中に死体の臭いがすることにカラは気がつき、ぞっとする。ペルシアをさまよい、戦場で死体の臭いを嗅いだ体験をもつカラはこうした臭いに敏感だったのだ。

 が、その臭いは召使によるすばやい部屋の空気の入れ替えと油ランプの強い臭いとでとっさにつくろわれ、やがてオレガノとレモンで焼いた宴のための羊の肉の匂いとうまい具合に混じり合う。

 わたしはアレルギーの民間療法や料理との関係でハーブに興味が出てきたところなので、この本はそうした意味でも興味深い。ハーブが沢山出てくるから……。オレガノも先日使ったばかり。

 危険に満ちた湿っぽい披露宴が終ったあとで、今や夫婦となったカラとシェキュレはまず、死者の冷たく硬くなった手に心からの尊敬の念を持って、口づけする。その後で、部屋の暗い片隅で渇いたものが渇きを癒そうとするかのように接吻した。カラは回想する。

口に入れることができた妻の舌は、子供たちがいつも食べていた飴の味がした。

 鬼気迫るカラの回想を読みながら、わたしは何だか胸がむかむかしてしまった。単に狭心症の発作の前触れなのかもしれないけれど。

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