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2006年10月28日 (土)

昨日の夕飯&サラダが連想させるオードゥーの『孤児マリー』

 昨日の夕飯は、銀ダラの西京焼き、なすとトマトのケチャップ煮、マカロニサラダ、吸い物でした。

 銀ダラのつけ合せに、椎茸を焼いてしょうゆをかけました。銀ダラの下に野菜を敷いたホイル焼きにしても美味しいでしょうね。いつもそう思うのですが、いざとなると、銀ダラだけ焼いて、銀ダラだけで食べたいと思ってしまいます。

20061027233141  『なすとケチャップのトマト煮』は、「栗原さんちの朝20分のお弁当」(文化出版局、1992年)を参考にしましたが、本ではトマトは軽く炒めてあって、形を綺麗にとどめています。

 わたしはペースト状になるまで、トマトを炒め煮しました。子供たちのお弁当用に作っていたときは形をとどめるようにしましたが、普段食べるぶんにはトマトを煮崩れさせてなすに味を絡めるほうが好きです。ごはんにのせても美味しいですが、パスタにもいいかもしれません。

 本に書かれている材料は、なす1個、トマト1/2個、ケチャップ・オイスターソース・しょうゆを各大さじ1/2です。

20061027233509 昔から我流で作っているマカロニサラダ。クレイジーソルトに出合ってからはほんの少し振り入れるようになりました。入れると、美味しいのです。仕上がりには、飾り程度に黒コショウを少し。

 ところで、わたしは料理をしながら、これまでに読んできた文学作品の一場面が脳裏をかすめることがよくあるのですが、マカロニサラダを作るときは必ずといっていいほど、マルグリット・オードゥー著『孤児マリー』のワンシーンが思い浮かぶのです。

 マリーは孤児院で、マリー・エーメというシスターに出会いますが、シスターは若いながら自分のまわりのものすべてを清潔でみずみずしいものに変える力を持っているかのようです。

 食堂を受け持っていた年寄りのシスターは大きな鉢の中でサラダを作るときに、両袖を肩までまくり上げ、節瘤だった黒い両腕で、しきりにサラダをかきまぜていました。その腕はやがてすっかり濡れ、しずくだらけになって出てくるので、小さなマリーは雨降りの日の枯れ枝を思い出します。

 ところが、配置交換が行われ、マリー・エーメシスターが食堂の担当になると、サラダは長い柄の匙でかき回されることになるのでした。

 このマリー・エーメシスターの魅力は、孤児マリーの目を通してあますところなく描かれていきます。清楚で意志的で、ときには若さゆえのお転婆ぶりさえ発揮するシスターは、灰色の孤児院生活の描写の中で精彩を放っています。

 シスターと司祭とのプラトニックな恋、そして苦悩と司祭の死も描かれるのですが、やがて孤児マリーとシスターには別れがやってきます。

 シスターの清新さをうとましく思っていた院長の策略で、マリーの就職先が婦人帽子店から農園に変更になったのでした。変更にさえならなければ、シスターと孤児マリーは、日曜日ごとに会うことができたばずでした。

 ですが、それは永遠の別れとはなりませんでした。永遠の別れはのちに訪れます。

 恋愛事件が原因で農園にいられなくなったマリーは、もといた孤児院に戻ります。そこにシスターはもういませんでしたが、あるとき、短い再会の機会が訪れるのです。

 その再会のときのシスターは次のように描かれています。少し長くなりますが、『孤児マリー』(掘口大學訳、新潮文庫、昭和28年)からご紹介しましょう。

「可愛いあなたよ、よくお聞き、どんなことがあっても、哀れな尼僧になぞなるのではありませんよ!」
 後悔のそれのような長い溜め息をなさいました。そして、先を続けておっしゃるのでした。
「わたしたちの白と黒のふた色の法衣は、他の人たちに対し、自分たちが光明と力の存在だと告げています。だから、あらゆる涙は、わたしたちの前にきてこぼれ、あらゆる苦悩は、わたしたちによって慰められようと望みます。でも、だれあって、わたしたちの苦悩を考えてくれる者はありません。わたしたちには、顔さえがないようなものです」
 次に、未来について、こうおっしゃるのでした。
「わたしは、布教姉の道を行くつもりです。行ってわたしは、恐怖でいっぱいな家で暮らします。わたしの目の前には始終あらゆる醜と腐敗があることになりましょう!」
 わたしは深いお声に聞き入っていました。お声の底に、一種激しいものが感じられました。どうやらたったおひとりで、ありとあらゆる地上の苦痛を引受けになる力がおありだとさえ思われました。
 わたしと組み合っていた指が解けました。それをわたしの頬にお移しになりました。
「あんたの顔のその清らかさを、深く心に刻みつけておくとしましょう」
 こうおっしゃるお声に、やさしさがこもっていました。お目の視線が、しきりにわたしを見回している間に、付け足しておっしゃるのでした。
「神は、わたしたちに思い出を賜りました。これを奪う力ばかりはだれにもありません」

 マリー・エーメシスターはこのあと、癩病患者の看護に出発したのでした。(同じ作品に触れたエッセー『百年前の子供たち』はこちら

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