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2006年9月10日 (日)

ミューズのお酒①

 わたしが所属している同人誌の同人の一人から電話があり、文芸雑誌「文學界 平成十八年十月号」(文藝春秋)の「同人雑誌評」欄でわたしたちの作品がとりあげられていたことなど話しているうちに、彼がふと思いがけない話をした。

 奥さんが亡くなったのだという。同人誌の合評会から、あまり日が経たない頃のことだ。

 評の対象となった彼の作中、主人公の妻が死んでゆく場面があるけれど、まさか彼が重病の奥さんの側でその作品を執筆したのだとは、想像もしなかった。

 合評後の懇親会で彼がお酒をがぶがぶ呑んでいたのは、そのせいだったのだろうか?

 人にはそのときにふさわしいテーマというものがあって、そのテーマを追究しようとする陰には、誰しも人知れぬ苦労や闘いがあるものだということを、改めて教えられた気がした。

 大手出版社から発行されている文芸雑誌に掲載されているおおかたの作品はどれもこれもつまらない、くだらない、汚らしいという点でも、商業主義とはかかわりのないところでいいものを書きたいという点でも話が一致したが、社会的な立場の違いというものもあって、わたしは彼ほどにはそれを徹底できないできた。

 何かある励ましを得た気がするが、そうやって互いに励まし合いながらも、世に出るための試行錯誤、自家撞着、あがき、吐息が、言葉の端々にわたしは当然、彼も出る瞬間があった。不思議にそれが美酒の味わいなのだ。

 わたしはずっと同志といえるような文芸仲間を求めてきた。詩を書く文芸部時代の先輩との変わらぬ友情を除けば、いつも空振りに終ってきた。文学を何かに利用しようとしている人たちばかりに思えたのだ。

 詩を書く先輩はすばらしい才能の持ち主なのだが、統合失調症を病んでいられるため、気懸かりも多い。最も気がかりなのは、彼女のあの珠玉のような詩の行く末だ。

 わたしは仲間がほしかった。世に出られないまま長く書いてきて、孤独に苛まれる時間が増えていた。純粋に文学や創作について語り合える友人が切実にほしかったのだ。

 そして、そんな友情を期待しなくなった今になって初めて仲間といえるような人物にめぐり会えた。

 こんな喜びは、めったに味わえるものではない。書いてきたからこそ、味わえるのだろう。これはミューズのお酒なのだ。( 「ミューズのお酒②」へ) 

 関連記事:「前世のゆかり?~合評会の土産話」「批評を受けて思うこと

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