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2006年9月17日 (日)

台風…!

 大型の台風が近づいているということで、台風トラウマのわたしは、昨夜のうちに早々とベランダのサボテンたちを室内に入れ、物干し竿を下に下ろし、他にも飛びそうなものを中に入れました。

 今はマンション暮らしですが、古い大きな借家で台風というもののの恐ろしさを思い知らされた結果が、このトラウマなのですね。風圧で、近くの工場から大きな物体――棟と棟をつなぐ連結部――が飛んできて当ったために、その古い借家は損壊しました。

 後日、『台風』という小説を書きましたが、損壊した2階の1部屋の惨状などは描写のしがいがありました。1階の洋室は浅い池になっていましたっけ。

 屋根に青いシートを被せて貰いましたが、既に雨水は大量に天井裏に流れ込んでいて、その二次的雨漏りがひどかったのは台所でした。天井のあちこちに蛇口をつけたみたいに、天井裏経由の汚水がジャージャー流れ落ちてくるのです。急遽購入したバケツを、台所から洗面所にかけて9個も置きました。

 湿気も忘れられません。台風が去った日の夜にはもう天井のあちこちに黴がびっしり生え出ました。その色合いの鮮やかさといったらありませんでした。

 わたしはこのときから喘息患者となってしまい、過労から心不全の症状まで起こす有様でした。その心不全の症状だったらしく、少量ですけれど、結核患者のように血を吐いたりね。結局、借家は取り壊されることに決まり、1月後に引っ越しました。

 大型の台風がきたとき、どんな家屋に住んでいるかということがとても大きいと思います。古い家はどうしたって危ないのです。どうしようもありません。前もって避難するのが一番でしょう。

 拙作『台風』から、クライマックス場面をご紹介しましょう。

 ガラス窓は、今では持続的にがたがた鳴っていた。やがて、圧倒的な風の手が家をひと撫でした――それは台風という単なる自然現象が、この家に住む人間たちにとって、人格を獲得した瞬間だった。〔略〕

 風圧の異常な高まりの中で、家が震え耐えていた。強弱入り乱れて吹き荒れる風の音が、母子にとって耐えがたいものになっていく。パリーンというガラス窓の割れる音がした。ひとたび静寂が戻り、ザアーッという強い雨音が聴こえる。〔略〕

 とにかく、守りは破られてしまった。割れた窓から豹のように風が踊りこんでくる音は、競演のようにうなり声をあげあう別の風たちの音に交じってしまう。〔略〕

 今や風はゴォーゴォーと轟き、物にあたって砕け散っていた。そこかしこで物を蹴散らし、哄笑しながら宙に放り投げ、泳がし、地面に叩きつけ、なぶるようにまた浮かした。風たちは連動し、触発しあい、四方から押し寄せて、この家をつけ狙っていた。

 母子は、風の監視の目を逃れることも自由に息をつくことも、もはやできない。央子(ひさこ)が一番怖かったのは耳の中まで鋭い風の音でいっぱいになり、ものを考えることのできない瞬間が繰り返し訪れることだった。何という自然の恐ろしさ、いとわしさだろう!

 もの凄い風圧に家と共に耐えるだけで、母子が何も考えられなくなってほどなく、爆音――としか思えない音――が轟いた。家が回転するように大きく揺らいだ。

 午前11時48分。このとき日田市で、大分地方気象台が観測史上最高となる最大瞬間風速50.2メートルを記録していた。
 母子の上に、バラバラバラと埃と壁土が降ってきた。

(『台風…! その二』へ)

 関連記事:2006年9月9日付『批評を受けて思うこと 

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