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2006年7月15日 (土)

携帯電話とケーキの話

 携帯電話を5年ぶりに買い換えた。

 電池はとっくに寿命がきていたので、コンビ二で買った携帯用の充電器とセットでなければ持ち歩けなかった。それでは携帯の意味がないから買い換えたら、と家族にいわれ、そうね、と応じてお店に見に行ったけれど、買わなかった。

 メールで盛んに使用した携帯電話も、パソコン購入後は家族間の電話連絡に使うくらいで、ほとんど必要を感じなかったのだ。台風被害に遭ったときはさすがに携帯電話の必要性を痛感し、買い換えなきゃと思ったが、それからまた月日が経過した。

 それが買い換えようという気になったのは、最近の体調不良から、いつ入院になるかわからないという不安を覚えるようになり、万一そうなれば、パソコンを持ち込めない場合、入院中ブログの更新ができなくなると心配になったからだ。携帯電話があれば、病院の庭からでも更新ができる。

 さらに考えてみれば、カメラ機能さえついていない携帯電話だったので、ブログに載せるために古いハムスターの写真を撮るのにも、娘の携帯電話を借りなければならなかった。買い換えれば、ブログに気軽に写真が載せられる……。そう思い立ち、お店に行くと、こちらの気構えが違うからか、フィーリングの合う携帯電話に出会えた。

 フィーリングが合うといえば、語弊があるかもしれない。それまで使っていた携帯電話にデザインが似ているというだけの話だ。デザインといっても、白くてすっきりしているというところが気に入っていたという程度のことなのだが……。

 5年間も使用したので、購入時に3,000円ちょっと安くなった。それに溜まったポイントがあったから、それを使用し、只同然で購入できた。そうやって買い換えたのはいいが、携帯電話も5年のあいだにすっかり複雑になっていて、戸惑う。学習するのが面倒だ。携帯電話は、今のところ所在なげにテーブルに横たわっている。

 ところで、同人誌の合評会で23日の日曜日、前に住んでいた山あいの町に行く予定だが、そこには行きたいケーキ屋さんがある。今回ケーキを買って帰るのはちょっと無理だろうが、いつかそれを写真撮影して、ブログでお目にかけたいと思わずにはいられない。

 地味な佇まいのケーキ屋さんだ。人目を惹く何の工夫も感じさせないそっけない外観で、何度もその前を通りながら、わたしはずっと和菓子屋さんだと思っていた。

 ところが、中に一歩足を踏み入れたとたん、そのそっけなさが、何か整った思想からきたもので、それが店内を律していることがわかる。棚にイタリアのソーダが、色はローズ、黄、白など置かれ、その棚の裏側にはクッキーが置かれている。そのそっけなさときたら、禁欲的とすらいっていい。

 正面奥には、デコレーションケーキのショーケース。白、黒のデコレーションケーキ。まるで尼僧たちのようだ。その手前一面を陣取るショートケーキのショーケースがこれまたそっけないが、ケーキに顔を向けると、目が離せなくなる。小型のケーキ一つ一つに、何という存在感があることだろう。

 どれもが大人の成熟したムードを湛え、侵し難い気品を漂わせている。まるでモーリヤックの小説の世界のようだ。このような完結した世界が忽然と姿を現していることに驚き、それを形づくったケーキ職人の腕に呆れてしまう。

 洋酒のきいた味わいがまた、大人びている。あの町にしか存在しないと想わせる独特のケーキ屋さんなのだ。 

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