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2006年6月 9日 (金)

映画「ヒトラー最期の12日間」を観て―2005.10―(Ⅵ)

 1933年のドイツで、国際連盟脱退の是非を問う国民投票が行われた。このとき、4500万人の有権者の95パーセントが脱退に賛成した。

 国民は自由投票によって隷属の政治を捨て、果敢な挑戦の政治を選ぶ決断をした――が、その挑戦が今や挫折したのだと、地下要塞の執務質でゲッベルスはいった。さらに彼は、次のことをつけ加える。

「確かにこのことは少なからぬ人々にとって驚きだろう。しかし思い違いをしないでもらいたい。われわれはドイツ国民に無理強いしてきたわけではない。同じように私はいかなる人間に対しても、自分の部下になるよう無理強いした覚えはない。国民が自分のほうからわれわれに委任したのだ。つまりは自業自得ということだ」

 映画「ヒトラー最期の12日間」を観た日本人の中で、このゲッベルスの言葉に、国民の選択を繰り返し強調する小泉首相の言葉が重ならなかった人がいるだろうか? 彼があれほど、国民の選択を強調しなければならないのは、やましさ、自信のなさがあるからではないだろうか。

 首都ベルリンが陥落する間際、組織が混乱し、何もかも不足する中で、ヒトラーは16歳の少年――ヒトラー・ユーゲントの隊員――にまで、もはや存在しない武器をとるように命じた。至るところに抑鬱感が蔓延し、どうしたら一番確実に死ねるかという会話がまるで伝染病のように拡がっている――と国防軍の状況報告は伝えていた。

 繰り返し襲いかかる生活の危機に疲れ果てていたベルリン庶民だったが、生来の冗談好き、辛辣さを忘れずにいて、「それで世界が終わるじゃなし」という歌を、口笛で互いに吹きあった。〔

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