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当サイトで紹介した作家、思想家一覧 (2017年5月24日更新、2013年1月28日まで掲載済)

ライン以下に、バックナンバーへのリンクがあります(最古記事及び1月の記事のみ)。

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2017年5月24日 (水)

久しぶりに「当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新(2013年1月28日まで掲載済)

★当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新しました。

久しぶりの更新だったので、掲載基準を再考することに時間がかかり、実際の作業は2012年11月から2013年1月まで進んだ程度です。

総記事数が5,600を超え、初出順にしたために(あいうえお順にすればよかった)、掲載名が増えれば増えるほど、複数回出てくる人物は探すのに時間がかかるようになります。重複している名があるかもしれません。

また自分で記事を削除したり、リンクミスがあったりで、リンク切れになっているものもあると思います。

それでも、この一覧がないよりはましかと。

掲載基準は、当ブログで言及した作家、思想家です。

作家にはプロかアマかの区別なく、ある程度言及した人物については掲載しています。というのも、アマかプロかの区別はつきにくいだけでなく、そのような区別を掲載の基準とするのはナンセンスという気がするからです。

死後に有名になる人物が存在することから考えてもそうですし、歴史作家、郷土史家、闘病記作家(?)には職業作家という肩書を持っている人は一部にすぎないように思います。

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★当サイトで紹介した作家、思想家一覧

search ごく軽く触れたにすぎない人物から評論を試みた人物まで、
ピックアップしています(敬称略)。
番号は初出順です。
続きを読むから日付をクリックしてください、該当する記事に飛びます。

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2017年5月23日 (火)

テロ等準備罪(組織犯罪処罰法改正案)が衆院通過!

産経ニュースから引用します。

共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案は23日午後、衆院本会議で採決され、自民、公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。与党は24日の参院本会議で趣旨説明と質疑を行いたい考えだが、野党の反発は根強く、29日以降にずれ込むことも予想される。(後略)
http://www.sankei.com/politics/news/170523/plt1705230027-n1.html

長かった……、まだ参院での審議が残っていますが、ひとまずホッとしました。

この法案に反対している人々の正体が、悪夢のような民主党政権のころから明らかになってきました。日本国内では、反日勢力が跋扈しているのです。

小泉劇場にも、民主党にも騙されなかったわたしは今回も騙されていませんが、小泉劇場にも民主党にも騙されたあなたは、如何ですか。

折しも、英国中部の大都市マンチェスターのコンサート会場で22日(日本時間23日)、自爆テロと思われる事件が起きました。日本では過去にオウム真理教による無差別テロが起きています。二度とテロが起きないような法整備が急務です。

以下は、当ブログ過去記事より。

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2017年3月21日 (火)
ようやく「テロ等準備罪」が閣議決定
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/03/post-6c98.html

左派が強硬に反対してきた法案だった。わたしは国会中継をよく視聴するほうだが、国会における野党議員の質疑には失笑させられることが多かった。

なぜなら、それら質疑が徹頭徹尾テロの被害者側ではなく、実行者側(実行を疑われる側)に立ったものだったからである。

同じような質疑が繰り返され、単調に感じられるほどだった。では対案は、というと、現行の法律でまかなえるのではないかと彼らはいう。

わが国ばかりか世界を震撼させたテロの実行者オウム真理教に対して、破防法は働かなかったことを思い出す。

当時の首相は村山富市(当時・社会党、現・社民党)、基本的人権に関わることとしてオウムに対しての破防法の適用に慎重な――わたしの考えでは慎重すぎる――態度をとった。何のための破防法なのか、さっぱりわからない。

世論操作で、すっかり宗教、その中でもヨガに罪がなすりつけられたまま、全容の解明には至っていない。

オウム真理教の統一のとれた行動は個人主義的なヨガの修行者の団体らしくなく、むしろ一神教的で、わたしは不思議だった。

また人を人とも思わず、上の命令に盲目的に従い、即物的な実行行為に走るテロリストたちの姿は、フリーメーソンを侵食して共産主義に影響を与えたイルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトが著した秘密結社の内部規律を連想させられる。

この記事を書く前に検索したところ、オウム真理教は朝鮮カルト宗教に操られていた可能性が高いという説を複数閲覧した。

日本国内でヨガの修行者とされる集団が起こした犯罪に、朝鮮カルトの影がちらつく不思議。

そういえば、オウム真理教がロシアから大量に購入したといわれた自動小銃の件はどうなったのだろう? 当時から赤い色がちらつくのも不思議だった。

オウム真理教の教祖、麻原彰晃(本名・松本智津夫)が在日コリアンなのか日本人なのかははっきりしないながら、彼が朝鮮からの渡航者であることは間違いないようである。

ところで、朝鮮半島の動乱の歴史を調べれば、リベラルを好む在日コリアンが日本に多いことは不思議でも何でもない。

まさか、証拠(発掘された遺体や資料など)が厳然と存在する歴史の検証までヘイト扱いされないことを願いたいが、それを心配しなければならないほど、わが国はおかしな国になっている。

しかし、朝鮮半島で起きた「保導連盟事件」を歴史的事実として直視しなければ、在日コリアン問題が解決されることは決してないだろうと思われる。

保導連盟事件について、ウィキペディアより部分的に引用する。

保導連盟事件:ウィキペディア

保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を受けて、李承晩大統領の命令によって韓国国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人などを大量虐殺した事件。被害者は少なくとも20万人から120万人とする主張もある。1960年の四月革命直後に、この事件の遺族会である全国血虐殺者遺族会が遺族の申告をもとに報告書を作成したが、その報告書は虐殺された人数を114万人としている。
韓国では近年まで事件に触れることもタブー視されており、「虐殺は共産主義者によっておこなわれた」としていた。
(……)
南北朝鮮双方からの虐殺を逃れようとした人々は日本へ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。


ウィキペディアの執筆者. “保導連盟事件”. ウィキペディア日本語版. 2017-01-26. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BF%9D%E5%B0%8E%E9%80%A3%E7%9B%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6&oldid=62788238, (参照 2017-01-26).

李承晩大統領の命令による赤狩りから日本に逃れてきた人々が、共産主義の思想に共鳴する人々であったところで不思議ではない。その思想のために追われたのだから。

共産主義は国の枠組みを取っ払って世界政府を樹立するのが目的であるから、朝鮮カルト宗教とは目的が似ているのだという。

そして、朝鮮カルト宗教と共産主義の間にはある仲介が存在するようであるが、それを書くとアメリカの日本に対する影響にまで触れることとなり、長くなるので、興味のあるかたは自分で検索してみてほしい。

ベノナ文書によると、第二次大戦時にアメリカの大統領だったフランクリン・ルーズベルトの政権の中に多数のコミンテルンのスパイがいたというが、そのことが問題を複雑にしていると思う。

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2017年5月21日 (日)

ブラヴァツキーの星学に関する言葉

占星術に関するつぶやきと神智学の勉強ノート。

わたしの場合、木星の年齢域とは違って、土星の域では人間関係が活発になり、友人たちとの交際の機会も増えると推測できたが、実際に、木星の域では人間関係が不活発どころか人間嫌いに近い感じになっていた。

それが、確かに土星の域になってから、いろいろな人が車間距離が近すぎると思うくらいに接近してくるようになった。

新らしい人から何十年ぶりという人まで。幼馴染から電話があったのは、それを代表する出来事といってよい。本当になつかしかった。

ただ、自分のために使いたい時間は確保する必要があるので、全ての接近を同じように受け入れることは無理だ。

自分と相手にとって、その交際が有用であると感じられなければ、如何な旧友であろうが距離を置くしかない。グループごと交際が復活した場合はちょっと複雑で、学生時代のように行くだろうか。

舞い上がるほど楽しい面がある代わりに、各人が長年生きてきたあかしともいえるある種の毒素にお互い目を瞬かせられることも当然ある。また、昔であれば、学生時代特有の共通の知識があったが、各人が共有できる知識にもバラつきが出ていることに気づかされる。

わたしはその知識のバラつきをなるべく埋めたいほうで(そう熱望するあまり、こちらから車間距離を縮めすぎて失敗したと思うことがある)、アマチュアとはいえ物書きだから、様々な事柄に興味を働かせるほうだが、皆がそうとは限らない。それでも、やっぱりなつかしさには敵わないけれど。

何にしても、占星術って当たるなあ、と思った次第。

といっても、無知なわたしには占星術をどれくらい信頼のおけるものとして受け入れてよいかが今一つわからないので、物事にある傾向があるかどうかを判断する際の資料の一つとして用いる程度にとどめている。

それというのも、西洋占星術にしても、東洋占星術にしても、流派がいろいろあるうえに、どれも難しくて全体像が掴めず、わたしには表面をなぞるくらいが精々なのだ。

近代神智学運動の母ブラヴァツキーは、星学についても書いている。天文学と占星術はもともとは星学という名のもとに一つであったので、ブラヴァツキーも星学という用語をそのような意味で用いているのではないかと思う。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)で次のようなことを書いている。

生まれる時すでに、各人の人生はアストラル光に描かれているが、それは宿命論的なことではなく、ただ、未来は過去と同じくいつも現在の中に生きているからである。こうして各人の運命、各子供の誕生と関係のあるリピカ達は、星学にも影響を及ぼすと言える。気が進んでも進まなくても、私達は星学の真実を認めざるを得ない。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,332頁)

リピカはマハットの一部といわれ、マハットとは顕現した神聖な概念作用である。詳しくは、前掲書を参照されたい。

現在、過去、未来については、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の『67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実』でも引用したが、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250)

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)にも星学に関して深遠なことがいろいろと書かれているが、実生活で役立つことも書かれている。

公開の場所に群がる『大気の精』即ちエレメンタル達から身を守るために、その時をつかさどる惑星の色の玉石の指輪をはめるか、またはその惑星に相応する金属製のものを身につけたほうがよい。しかし、やましいところのない良心と、人類を益しようという確固とした決意は最良の保護を与えるものである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,186頁)

パラマンサ・ヨガナンダ『ヨガ行者の一生』(関書院新社、初版1960、1979改訂第12版)にも、インドの星学についてとても詳しく書かれている。その本にも、ブラヴァツキーの著作から引用したのと同じようなことが書かれている。

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2017年5月20日 (土)

〈拡散希望〉陸自LR-2の事故に寄せられた陸上自衛隊OBのコメント(「大和心への回帰」から引用)

先日の陸自連絡偵察機LR-2の事故に関して「大和心への回帰」に投稿された陸上自衛隊OBである内記正時氏のコメントが「余命三年時事日記」で紹介されていました。僭越ながら当ブログでも紹介させていただきたいと思います。

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2017年05月17日
大和心への回帰 
168.安倍総理に続く国家観ある人材に未来を託したい。
http://yamatonococoro.seesaa.net/article/449892890.html#comment

内記正時

(連絡偵察機LR-2の事故に涙する)
今回は多分に私事が含まれること、予めご了承下さい。
5月15日、陸上自衛隊の連絡偵察機LR-2が函館空港への着陸直前に山に墜落し、4名の自衛官が殉職するという痛ましい事故が発生しました。同機は函館空港に着陸して救急患者を収容後、札幌の丘珠(おかだま)飛行場まで搬送するという「災害派遣」の任務で飛行していたのですが、任務途中で事故に遭ってしまいました。このニュースはテレビや新聞で大きく取り上げられましたから、皆様もご存じのことと思います。

日々のニュースの中には、人が死ぬような事件や事故が溢れ返っていますが、私にとって今回の航空事故ほど深い衝撃と悲しみを覚えたものはありません。涙が溢れました。それは私が陸上自衛隊OBというだけではなく、私の自衛隊現役時代の最後の仕事がLR-2に関わることであったからです。自衛隊が新しい飛行機を導入する時は、様々な候補機種の中から任務に最適なものを選択するため各種の調査研究を行い、機種が決まったら最初のパイロットや整備員などの基幹要員を養成し、それらの態勢が整ったところで最初の機体が装備されます。その後は様々な性能確認試験などを行い、それが無事に終わればやっと第一線のパイロットや整備員たちを育てるための操縦教育や整備教育に移行することになるのです。これには相当の年月を要しますが、私はこれらの全てに直接の担当者として、或いはプロジェクトのリーダーとして、最後は操縦教育の責任者として、自衛隊を定年退官する直前までずっと携わってきました。ですからLR-2という飛行機は私の分身か相棒のようなものでしたし、この飛行機のパイロットたちの多くも私が直接教えた教え子たちであり、また彼らの後輩たちなのです。

LR-2は1999年に導入されてから今日まで、18年間も無事故で任務を遂行してきましたが、遂にその糸が途切れてしまいました。私にとっては翼の半分が取れたような胸の痛みを感じて、涙を禁じ得ないものがありました。今はただ、任務に殉じた四柱の英霊の冥福を祈るばかりです。

今回の事故は救急患者空輸の災害派遣任務の途中で起こりました。通常であれば、救急患者はドクターヘリや自治体の防災ヘリによって搬送されると思いますが、悪天候のためヘリの飛行が困難と判断され、最終的に自衛隊への派遣要請になったと報道されていました。実際に函館空港周辺の天候は悪く、同機が雲中を計器飛行によって飛んでいたさなかの事故だったようです。

このことからもお分かりのように、自衛隊の任務はかなりクリティカルな場面や状況下で行われることが多く、常に危険と隣り合わせの命懸けの仕事と言っても過言ではありません。私も自衛隊現役時代は、今回と同じような災害派遣任務(救急患者空輸)を50回以上遂行した実績があります。今だから言えますが、人の命が懸かっている故の使命感もあって、かなり無茶な飛行をやったことも一度や二度ではありません。台風が接近し暴風圏に入ろうとする離島に向かって突っ込んで行ったり、夜間照明設備のない小さな空港の滑走路に、飛行機のライト(着陸灯)だけを頼りに強引に着陸したりと、通常の訓練では絶対やらないことにも敢えて挑戦したものでした(決して褒められるものではありません)。一つ間違えば自分の命さえも落としかねない状況と隣り合わせ・・・・私の個人的な経験からもそのように言ってよいと思います。 

自衛隊は国民の命を守る最後の砦としての役割を持っており、それ故に平時であっても相当厳しい任務に直面し、文字どおり命を張って行動するのが常です。ブルーインパルスの展示飛行や戦闘機のスクランブル発進など、国民の目に大きく映る一見華々しい任務もありますが、裏方に徹して黙々と厳しい訓練や任務をこなし、我が国と国民の安全を守っている数多くの自衛隊員たちがいることを知って欲しいと思います。

私は12年前に陸上自衛隊を定年退官しましたが、40年間に及ぶ自衛官時代にあっては、国民の一部から「税金泥棒」と罵られ、或いは「自衛隊は憲法違反」と非難されたことは数え切れません。また左翼思想にかぶれた者からは「この軍国主義者め!」と怒鳴られて、唾(つば)を吐きかけられたこともありました。このようなことは大なり小なり多くの自衛隊員が経験していると思いますが、それでも耐えに耐え、堪えに堪えて、ひたすら祖国防衛の任に黙々と邁進して来たのが自衛隊なのです。

しかし未だに自衛隊は憲法に何の規定もなく、そのために国を守る「戦力」とは位置付けられず、他国が攻めてきても「交戦権」すらありません。憲法学者の7~8割が自衛隊は「違憲」だと表明しているそうですが、違憲の自衛隊には毎年5兆円もの税金が投入されていますから、「税金泥棒」という屁理屈も三分の理を持つことになります。また、仮に外国と戦って自衛官が敵に捕まった場合、軍人なら当然受けられる戦時国際法に則った「捕虜」としての正当な取り扱いを受ける保証すらもありません。もしその自衛官が敵兵を撃ち殺していれば、捕虜どころか単なる「殺人犯」として処刑されても文句は言えないのです。

ハッキリ申して、これまでの政治家も政治学者もメディアもそして多くの国民も、自衛隊に対してはあまりにも無責任でした。「自衛隊は憲法違反の疑いを免れないが、何かあったら汗をかいて国民を助けろ、血を流して国民を守れ」というのが、自衛隊に対する態度だったからです。日本人は、特亜三国人の「民度は低い」と思っているようです。その裏の意味は、相対的に自分たちの民度は高いと言いたいのでしょうが、しかし本当にそうでしょうか?「国を愛する、国を守る」という最も大切な民度の尺度は下の下ではありませんか?しかも、その任に当たる自衛隊が憲法違反と言われ続けても、何とも思っていないのではありませんか?国民の9割が自衛隊を支持しているそうですが、それは「困った時の便利屋」的な意味合いからではないでしょうか?これらを総じて「日本国民の多くは人間としての道義に欠けている」と言ったら言い過ぎでしょうか?

安倍総理が憲法に自衛隊を明記することを打ち出し、改憲の動きを加速させています。ようやく自衛隊に光が当たろうとしています。そこに至るまでの国会の議論や国政選挙の論戦は、これまでのような経済政策や社会保障などのカネまみれの話よりも、「日本人にとって日本という国は何なのか?我々はこの国をどうするのか?」という根本理念を徹底的に問うものでなければなりません。

このことを日月神示的に見るなら、全ての日本人が神人かケモノのどちらかに分けられる仕組の中にいると言うことになります。

殉職された四柱の英霊には、あの世から日本国を守護して頂くと共に、現世の我々に叱咤激励のエールを送って欲しいと願うものです。

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