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★当サイトで紹介した作家、思想家一覧 (2017年5月24日更新、2013年1月28日まで掲載済)
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2018年5月24日 (木)

「83 トルストイ『戦争と平和』… ④」を神秘主義エッセーブログにアップしました

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

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2018年5月22日 (火)

「29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章」をエッセーブログにアップしました

オンラインエッセー集、ブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。当ブログの過去記事を元に加筆、修正したものです。ライン以下に転載しておきます。
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29 五感が隅々まで働いているモーリアックの文章 2007.10.9~2018.5.22

小説を書くとき、傍に置いているのは、いつ頃からかフランソワ・モーリアック(遠藤周作訳)『愛の砂漠』(講談社[講談社文芸文庫]、2000)だ。

フランスのボルドーに生まれた、カトリック小説家として知られるフランソワ・モーリアック(François Mauriac, 1885 - 1970)。

Franois_mauriac_1952

フランソワ・モーリアック(1952年)
From Wikimedia Commons, the free media repository

小説の技法の高度さ、視点の柔軟さ、内容の小市民的良識から傾斜した底知れない深み……短編小説を書きたいときには、本当に参考になる。

父と子がマリア・クロスという蠱惑的な女性に恋をし、どちらもが失恋するという幻滅の二重奏、否マリアの幻滅をも容れれば、幻滅三重奏ともいえる物語なのだが、物語の展開や登場人物――特にマリア――の心理には共感を誘う中に意外性があって、何ともいえない余韻を残す作品なのだ。

男女の心の機微、家族模様、背景の移り変わるさまが丹念に描かれている。幻滅も、これだけの美意識を以って克明に描かれると、幻滅そのものが神秘的なエッセンスのようにすら思えてくる。何て成熟度の高い小説であることか。

男である作者になぜ、女の心理が手にとるようにわかるのかと呆れさせられる。スタンダールやフローベールの描く女が、女の皮をかぶった男にしか思えないのは、むしろ男の書き手としては自然なことだろう。

しかし、このモーリアックやバルザックときたら、男でありながら完全に女でもあるという不可思議さを示す。

マリアの心理には共感を誘う中に意外性がある――と、わたしは前述した。ここを正確に述べれば、マリアの心理は同性からすれば意外でも何でもない――といい換えなくてはならない。

娼婦的なムードを纏ったマリア・クロスの心理が男性小説家に多く描かれてきたような、男性本意というのか、男性の幻想性に依拠したものではなくて、同性の観点からすれば、ごくありきたりと思える心理が克明に掘り下げられており、それがわたしにはとてつもなく意外だったのだ。

語弊のあるいい方だが、マリアのような強い香りを放って多くの男性を惹きつける特殊なタイプの女性であったとしても、その心の動きはわたしのようなごく一般的な女と変わらないという意外さであり、それは作者モーリアックを通した発見であったといえる。

というと、まるで自分が一般女性を代表しているかのようだ。実際には同性であろうとなかろうと、自分以外の人間のことは想像でしかないにせよ、わたしにはとにかく、モーリアックの描くマリア・クロスがありきたりなようでありながら、とても新鮮に思えた……。

しかも、『愛の砂漠』ときたら、内部に女を包み込ながら全体としてはこの上もなくダンディーで、上質の強い男の香りがするのである。

例えば、『愛の砂漠』の中の何気なく装われた次の一場面の文章の香気は、如何ばかりであることか。

父が食卓から急に立ったあの晩の翌朝、夜が明けるやいなや、食堂でココアを飲んだことを覚えている。窓が外の霧に向かって開かれていたので、彼はひきたてのコーヒーの香りの中で寒さを感じて震えた。小径の砂利が古いクーペの車輪の下できしんだ。医師はその朝、出かけるのに手間どった。クーレージュ夫人は桃色の部屋着をはおり、夜、いつもそうする引っつめて編んだ髪のままで、中学生の額に接吻した。だが息子は食事をするのをやめなかった。*1

どこにでもありそうな朝の情景。それでいて、この家庭だけに潜在する特殊な事情がおぼろげに見えてくるような描写だ。この父はあの晩、なぜ食卓から急に立ったのか? この母親の接吻を気にも止めなくなった、この成長した息子。

食堂に漂うコーヒーの香り(嗅覚)。霧が立ち籠める外気の冷たさ(触覚)。古い車がきしませた砂利の音(聴覚)。ココアを飲んだ記憶(味覚)。部屋着の桃色(視覚)。

短い文章であるにも拘らず、作者の五感が隅々まで働いていることがわかる。

『フランソワ・モーリヤック インタビュー集 残された言葉』(田辺保・崔達用訳、教文館、1989)を再読し、かつてはこのような、明晰で正直で人類という観点から多様な物の見方ができる作家がノーベル文学賞を受賞していたのだと改めて思った(1952年に受賞)。

ノーベル文学賞が左右に偏向するといったような生易しい危機ではなく、どこの街中にでもある人気コンテストになってしまった現状をモーリアックが知ったら、何というだろうか。彼は小説の危機を次のように分析している。

時代というものはいつでも、多少の差こそあれ、悲劇的なものであったのです。だから、わたしたちが日常体験している出来事だけでは、大ざっぱに小説の危機と呼ばれているものを十分には説明しきれないでしょう。(……)小説の危機とは、わたしが思うには、形而上的な性質のもので、ある種の人間観と結びついているのです。*2

その危機は、現在のわが国でこそ深刻な状況にあると感じられるのだが、確かにモーリアックの時代、プルーストがモーリアックにいわせれば「人格としての人間の解体」を見せつけたあたりから始まっているという見方に同感だ。

*1:モーリアック,遠藤訳,2000,p.32
*2:モーリヤック,田辺・崔訳,1989,p.151

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2018年5月19日 (土)

森友文書の件でバッシングを受けた――今も受け続けている――佐川前長官の不起訴

Niftyニュースより、引用します。
森友文書改ざん、佐川前長官不起訴へ…大阪地検
2018年05月18日 06時55分 読売新聞

 学校法人「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の改ざん問題で、大阪地検特捜部は、虚偽公文書作成容疑での告発状が出ている佐川宣寿のぶひさ・前国税庁長官(60)らを不起訴(嫌疑不十分)にする方針を固めた。
 国有地売却を巡り、背任容疑で告発された当時の財務省近畿財務局幹部らも不起訴(同)にする。
(……)
 虚偽公文書作成罪の成立には、作成や決裁権限を持つ者が文書の趣旨を大幅に変える必要がある。


Niftyニュース: https://news.nifty.com/article/domestic/society/12213-20180517-50127/

この結論すら安倍総理の圧力だと喚く人達は、もしそうであれば、一年間も国会が空転する事態など、起こりようがないということを、考えてみることもないようです。

国益無視の倒閣一辺倒の徒と化した彼らには、承知の上でのことなのかもしれませんが。

森友問題に関する財務省の調査結果が出され、NHK NEWS WEBに書き換え前と後の全文書が掲載されたときに、野党が重大な書き換えが行われたと主張するその文書をわたしはまる一日潰して読んでみました。以下の過去記事は、そのときのものです。

2018年3月17日 (土)
モリ蕎麦をすすってみる(森友文書書き換え問題)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/03/post-89ce.html

重大な書き換えなど、皆無だったのです。野党とメディアの印象操作に呆れました。

維新を除く野党議員が審議拒否してお休みしていた間は、国会らしい国会が行われていたようですが、復帰したらまた本来何の問題もない――国会中継の視聴がわたしの趣味で、モリカケ審議を視聴し続けたうえでの結論です――はずの加計学園問題が再燃しているようです。

国民の血税を使って国会を空転させたばかりか、何日もの審議拒否まで行った野党議員の責任が問われないのは、おかしなことです。

野党主導で魔女裁判さながらの国会審議が続く中、森友学園への国有地売却を担当した財務省職員の男性が自殺するという痛ましい事件まで発生しました。この方は、死ななくてよかったはずです。

反日野党とメディアが連携したバッシングは凄まじいですからね。彼らは何の責任もとらない……全てを安倍総理のせいで済ませられる彼らにとっては、甘く、使い勝手のよい日本社会であるようです。

良識的な意見ほど表に出られない風潮が形成されてしまった残念な日本で、電波オークションの必要性が説かれるのも、当然の成り行きです。

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2018年5月17日 (木)

西城秀樹の死。幼馴染の病気を考える今、役立っている男友達の病気情報

西城秀樹が亡くなったとのニュースに、ショック。高校時代にファンだったのです。中学時代に大好きになって、自殺後も忘れられない田宮二郎ほどではなかったけれど。

西城秀樹の楽曲の中では、初期のころの「恋の約束」が一番好きです。

秀樹は過去に二度、脳梗塞になり、そして昨日亡くなったようです。脳梗塞後、リハビリに励む様子が伝えられ、前向きで何事にも全身全霊で立ち向かう秀樹らしいその姿が素敵でした。

秀樹の脳梗塞は、脳梗塞の中でも半数近くを占め、日本では最も多いというラクナ梗塞というものだったそうです。原因は高血圧。

冠攣縮性狭心症と心臓弁膜症があり、心房細動を抗不整脈剤サンリズムで予防しているわたしには脳梗塞のリスクは常にあるはずで、他人事ではないと思えます。

そういえば、先週の土曜日に循環器クリニックを受診していながら、記録しそびれています。大して書くことがなかったとしても、思いがけない記述があとで役に立つことがあるので、書いておかなくては。

紙に書く日記だと続いた試しがありませんでしたが(文学のことは精力的に書いても……)、ブログに書くようになってからは続いています。同じ病気のかたには参考になることもあるかと思っています。ジェネリック関係の記事にはアクセスが多いです。

話は変わりますが、わたしは大腸がん――直腸がん――になった幼馴染みからの精密検査の報告を待っていました。「わたしのほうから連絡するから」と彼女がいったので。

それが、なかなか連絡がないので、日曜日にこちらから電話をかけてみました。以下は、幼馴染のことを書いた過去記事です。

2018年4月21日 (土)
散歩中にワタメを弔う(リヴリーアイランド)。幼馴染のこと(その2)。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/04/post-d9cc.html

電話をかけるなら、病院の外来がお休みの日のほうがいいと思いました。平日だと、病院に出かけている可能性があります。でも、お休みの日だと、彼女を心配する他の友人が来ていたりするかもしれないので、電話するにも躊躇するものがありました。

でも、気になって、気になって、かけてみました。

幸い、彼女がすぐに電話に出ました。今電話で話すことに差し支えはないとのことで、ホッとしながら尋ねました。

「結果報告を待っていたのよ、どうだったの? それから、お菓子ありがとう。この間電話を切るときに御礼がどうのといっていたから、そんなのいらないっていったのに。こちらからお見舞いしなきゃならないところなのに。でもありがとう、物凄くおいしかった。大好きなアンリ・シャンパンティエのに似ていると思ってググったら、同じ会社のものだったのね」

結果報告を聞きたいけれど、聞きたくない気持ちから、早口でまくし立ててしまいました。がんなんかの話ではなく、別の楽しい話ができたらどんなにいいかと思いましたが、現実的にならなくてはと自身を叱咤しつつ自分が宣告を受ける気持ちになりました。

「Nちゃんに、これ以上迷惑をかけるのが悪いと思って。病気のことなんて、自分か自分の家族がそうなって初めて、知りたいと思うものよね」と彼女。

「そりゃそうね。病気のことなんて、まっぴらよね。現実的な対応のために、渋々知ろうとするわね。でも、Yちゃんは家族ではないけれど、幼馴染だし、何にしても、もう遅いよ。知ってしまったんだから」とわたし。

こう明け透けにいえば非難されそうですが、本当に、迷惑な話だともいえます。疎遠だった人に限って、鼻息荒く近づいてきて、自分が末期がんだとか、他の重い話を突きつけてきます。こういった人々は、こちらから求めているときにはなぜか音信不通であることが多いのです。

友情とは名ばかりで、単にわたしを使えると思っている人々なのでしょう。彼らの相手をするのであれば、その前に、ボランティアをするつもりかどうか自分に尋ねてみる必要があります。

でも、幼馴染みの場合はこういった人々とはやはり違う。

子供のころは共に電話交換手の母親を持つ鍵っ子として――うちの場合は外国航路の船員の父も留守がちだったので、家政婦さんに来て貰っていたため、正確にいえばわたしと妹は時々鍵っ子でした――姉妹のように育ち、高校、大学が別だったために疎遠になったとはいっても、互いに年賀状を欠かしたことはありませんでした。

それに、彼女には自分の行動が他人に与える影響を洞察しようとする知性と優しさがあります。重い話をするときも、科学とか文学とかのテーマであるかのように、真摯に、興味深そうに話すので、思わず引き込まれるものがありました。そして、「結果は……震度3……」などと、うっかりいってしまうユニークなところがあります。

わたしは、自分のいい間違いに気づいた彼女と一緒に思わず笑ってしまいました。

「ああ、よかった。4ではなかったのね。3だとすると、開腹手術? 人工肛門つけることになるの?」とわたしは尋ねました。残念ながらリンパ節にも転移が見られ、遠隔転移はなそさうだけれど、正確なところは開けてみなければわからないとのこと。

人工肛門にはならずに済むぎりぎりのところだそうで、ただしこれも手術中の判断で人工肛門になる可能性もあるとのことでした。

以前、わたしは大腸がんのことに無知でした。が、夫が虫垂炎から盛り上がった無害の肉芽を腫瘍と間違えられ、13年ほど前にそのころ住んでいた大分県日田市から近いK大学病院で摘出手術を受けました。

大腸がん、それも深刻な事態かもしれないといわれ、娘が就活の真っ最中で金銭的にも気持ち的にも余裕のない中、どうしようと思い悩みました。

幸い、腹腔鏡下で手術してみると、悪性腫瘍ではなく、良性腫瘍ですらなくて、虫垂炎の炎症に反応してできた健気な肉芽でした。

結果的には虫垂炎の手術となったわけでしたが、最初に受診した胃腸科クリニックの先生が名医ランキング入りするような有名な先生に紹介してくださって、当時は田舎ではまだ珍しかった腹腔鏡手術を受けることができました。

摘出された肉芽は、標本になってからもどんどん縮んでいったそうで、見せていただいたときは小さく萎んでいました。

でも、このケースは誤診だったともいえるわけで、精密検査のために虫垂炎の手術が遅れて腹膜炎にでもなっていたら大変なところでした。有名な先生にお任せしているからといって、安心しきるのはいけませんね。

そのとき、同室に直腸がんのご老人がいらして、人工肛門を外す手術を受けるための入院だと聞きました。食欲旺盛で、元気いっぱいのご老人でした。このとき、直腸がんのことにいくらか詳しくなりました。

さらには、大学時代の男友達が2014年にステージⅣ(5年生存率18%弱)の直腸がんになりました。互いに結婚式には出席し合いましたが、年賀状の返事はあったりなかったりで、疎遠になっていました。

男友達は愚痴の聴き役を欲していたようで、2016年までメール交換しました。彼には恩がありました。わたしが大学を卒業しようとするころ、腎不全から脳浮腫が起きて倒れた母に付き添ってたときに―――就職がふいになりました――、見舞いに来て励まして貰ったという恩があったのです。

友情半分、ボランティア半分でメールの相手をしていたものの、受け止めるのがもう重くて、悲鳴を上げていました。誰だって、自分に無関係な病気の話を洪水のように聞かされれば悲鳴を上げるでしょうよ。

わたしは彼の話の一方的な受け皿にすぎないと思えましたし、いくら友情――とボランティア――から出たメール交換とはいえ、奥様がこうしたメール交換を御存じかどうか、御存じだとしたら快く思われているどうかに疑問がありました。

互いに結婚している身であることを考え、互いの配偶者への配慮からメールを遠慮しようとわたしのほうから提案しました。同時に、ブログの開設を勧めました。同じ患者同士コメントを書き合い、励まし合ったり、情報交換したりできる闘病ブログは有意義です。

彼の闘病ブログは――写真などあって――生々しすぎたので、そのうち花の写真など載せたいと彼がいったことに期待して、記事数が増えたら彼の許可をとって当ブログで紹介させていただくつもりでした。わたしのブログの訪問者は第一に料理、第二に文学、第三に神秘主義、第四に心臓の話題を好まれるので、バランスを考えて、時期を見ることにしたのでした。

でも、彼はこのようなわたしの提案とやりかたに、たぶん怒ったのでしょう。安否確認くらいに今後は留めましょう、というわたしの提案はふいになり、その後の安否は不明です。メール交換をやめた時点では、がんは再発していず、かなりハードな仕事もしていました。

亡くなったという感じを受けたことはありません。ただ、これまでにわたしに別れの挨拶に見えたのは、夫の叔父さんを除けば、生前に宗教はバラバラですが、生と死を一つのものと捉え、霊的なことに関心を持っていた人々です。

お一人は神智学、お一人は浄土真宗、お一人はキリスト教(カトリック)に生前心を寄せておられ、各人がその方面の知識を豊富にお持ちでした。このようないいかたは語弊があるかもしれませんが、霊的に通の方々でしたので、その存在感も並みではなく、ひよっ子の神秘主義者にすぎないわたしにも察知しやすかったのではないかと考えています。

男友達が独自の信仰なり、神秘主義的な考えなりを持っていたのかどうか、わたしは知りません。でも持っていたとしたら、気づいたでしょう。だとすると、仮に彼がわたしに別れの挨拶に見えたとしても、気づくことができない可能性は大です。

メール交換していたときは、正直いって、直腸だの人工肛門だの、手術、抗癌剤治療といった話にもう溺れてしまいそうで、辟易していました。なぜわたしがこんな聞き役を務めなければならないのかと怒りさえ湧いたほどでした。

ですが、彼のメールやブログでの経過報告が貴重な情報となって今、とても役立っています。感謝しています。

幼馴染みの報告にも悲鳴を上げましたが、男友達の教育(?)のお陰か、ある意味で幼馴染み本人より大腸がんについて部分的に詳しくなっている自分に気づきました。

彼女は、精密検査を受けたがん専門病院の先生との相性が悪く、積極的な治療は受けないことにした、ホスピスの面接を受けたというのです。

尤も、ホスピスには今の時点では入れず、もう一軒病院を回って治療を受けることを勧められたとか。彼女と相性の悪いがん専門病院の先生はセカンドオピニオンには協力してくれるそうですが、もし積極的な治療を受けたくないというのであれば、経過観察と痛みの緩和を目的とした通院も可能ではあるということでした。

幼馴染みは離婚後、長いことお母様との二人暮らしで、パソコンも携帯電話もやりません。そのせいで、かんに対するイメージが旧体然としているように思えました。10年ほど前から人はがんでは容易に死ななくなった気がする、とわたしはいいました。勿論、亡くなる人も多いでしょうが、かん治療の進歩には著しいものがあるのではないでしょうか。

わたしは、ステージ4で手術を受けて頑張っている男友達の話をしました。幼馴染は勇気を貰ったようです。

彼女はセカンドオピニオンを受けることにしたようで、二つの大学病院を考えています。そのうちの一つは夫が虫垂と肉芽の摘出手術を受け、男友達ががん治療を受けていた病院で、こちらのほうがむしろ交通の便がいいくらいとのことで、こちらに行くことになるのかもしれません。

わたしはまた彼女の連絡を待つだけです。自分のほうから連絡してくれるでしょうか?

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2018年5月12日 (土)

「三田文學」(第24回三田文学新人賞)から新星あらわる

関根謙 編集人、吉増剛造 発行人「三田文學」(第97巻 第133号 春季号、2018.5)誌上で、第24回三田文學新人賞が発表になり、受賞作と選評が掲載されている。

三田文學を定期購読してきたのだが、ここ数年は積読になっていた。この号も積読の中に入れるつもりで、新人賞の応募要項だけ確認しようとして開くと、第24回三田文學新人賞とある頁が目に入った。

受賞作は、佐藤述人「ツキヒツジの夜になる」。村上春樹の影響を受けた小説だろうと思い、雑誌を閉じようとしたところ、ふとその頁が光を宿しているかのように美しく見えた。

それが気のせいかどうかを確認するために、読み始めた。

以前から、商業誌、同人誌いずれにしても、目につく純文学小説は大抵、プロレタリア系私小説の流れにあるものか、同じ左派系土壌から生まれた妄想ファンタジー系主観小説の流れにあるものかのどちらかだった。

前者は日本語の使いかたは概ね正しく、安心して読めるという利点はあるが、辛気臭くて退屈なこと、この上ない。どこからともなく黴臭がしてくるほど。後者はしばらくは楽しませて貰えても、所詮は表面的な遊戯にすぎないと感じられて退屈になる。どちらを読んでも、モチベーションが低下する原因の一つになるだけなのだ。

この小説は後者だろうか、無駄な読書をする時間はないけれど……と思いつつ、読んでいった。

以下、ネタバレありです。ご注意ください。

主人公武一のいる室内の描写が丹念に続けられる中で、彼に生き物の声が聞こえてくる。

わたしは「露わになったTシャツ一枚の背」という表現に引っかかった。露わとはむき出しのことで、一枚とはいえ着ているものがあるのだから、余計だ。「耳に血液を集中させる」という表現も妙ではないだろうか。注意を集中させることはできても、血液を意図的に集中させるのは難しい気がする。注意を集中した結果、生理学的にそのような現象が起きるにせよ。

正体のわからない生き物の声に誘われて主人公が外へ出ると、斜め向かいの女性住人が先に生き物の声に誘われて出てきていた。倉庫の下に生き物はいて、これまでは挨拶を交わす程度だった女性がそれはツキヒツジだと教えてくれる。

それだけのことで家に戻った武一は、両親のことや図書館から借りっぱなしの本のことを考えているうちに眠る。早朝に目覚めたあと、午前9時まで旧約聖書のルツ記を読む。それだけのことで、場面は移る。

これは春樹とは違うぞ、とわたしは考え出した。春樹であれば、女性をそのまま帰すわけはないし(センスのよい女性であることを印象づける、何らかの記述のあることが多い)、旧約聖書など出すなら、それを利用した気の利いたセリフを吐くはずだ。

武一は牛丼屋と古本屋にいったあと帰宅し、またベッドに座って21歳のときに再会し、去年死んだ同級生寛史のことを回想する。武一はそのとき、芸術哲学を学ぶ美大の学生だった。同級生は国立大の学生。

友人というほどの関係はなかったが、自己主張の強い武一とは対照的に、思慮深そうな寛史の顔つきは記憶に刻まれていた。

待ち合わせて再会したときの寛史に関する描写は簡潔で美しい。

彼の横顔は変わっていなかった。短かった髪を今は伸ばしており、前髪は二方向に分かれ、細いフレームの眼鏡をかけ、顔の無駄な肉がなくなっていた。だから正面の印象は随分違っていた。けれども、横顔はあのままだった。…(24頁)

大学4年生で起業した寛史は世間で有名になるが、去年の夏、自殺した。

寛史を知っている同級生4人が彼を偲ぶために集まる。そこでヒツジニンゲンの話が出る。再会したとき、寛史がヒツジニンゲンの話をしたことを武一は思い出す。小さい頃に見たと寛史は言った。

寛史のために集まった同級生の男女の中で、退職して実家にいる武一は浮いた存在となる。

彼らはきっと寛史の横顔を覚えていない。有名な学生企業家の知りあいだったことや友人を失った痛みを経験したことを自分のステータスに刻みたいだけだ。でも、武一は彼らにみじめな微笑みを向けることしかできない。彼らが仕事帰りだということを考える今の武一が何を言っても中学生のころの選挙権がないのに選挙を語るおさない言葉と変わらない。できることが少なすぎる。社会の端でなんとか生かされている。そしてこれからも生かされていくのだろう。これからもずっとみじめな微笑みしかできないのだろう。…(30頁)

わたしは読みながら、段々と自分がこの小説を書いたような気がしてきていた。そこまで共感していたのだ。冷静に自己を見つめる武一。

両親は、仕事をやめた武一に休養の期間もたまには必要だからしばらく実家にいなさいと言ってくれた。そのことに感謝しながらも武一は、両親はどうやって武一を追い出そうかと会議しているに違いないなどと考える。「会議」の言葉が、みじめさの中にもユーモラスな雰囲気を演出している。

慰めや勇気づけを音楽に求める人間はわたしを含めて多いと思うが、作者が次に書くようなことを意識化できる者がどれだけいるだろうか。既にわたしは作者の観察眼と分析力に非凡なものを感じていたが、この箇所で確信した。新星あらわると。

音楽を耳に流し込む。音楽はいつも体の周りを温めて、しかしやっぱりどこか深くへは来てくれない。音楽は魔法ではないのだ。そんなことはわかっているだろう。わかっているだろう? 寒い。夜の音はもう聞こえない。代わりに音楽が流れているのだ。イヤホンの外にある夜の音は感じることができない。もしかしたらそれが奥まで来てくれるはずのものなのかもしれない。…(33頁)

作者の言葉は何て静かに、リリカルに、そしてまた力強く訴えかけてくることだろう。これこそ、文学だ。文学の力である。

武一の観察と分析は研ぎ澄まされて、身の回りにあるもの全てが、夜でさえもが、誰かが作ったものだと思えてくる。聖書に手を伸ばそうとして、あれ? と武一は思う。

なぜページがあるのだろう。聖書もだれかが製本したのだ。なるほど、と声に出している。大量の聖書が製本されていく工場を想像している。だとすれば、武一にはこの本を開く権利もない。言葉にふれる権利はあるだろう。あると信じている。…(34頁)

このくだりは、もはや思想である。哲学だ。箴言のような、詩のような文章。静かな、毅然とした言葉。まるで耳に響いてくるようだ。わたしは涙していた。すばらしい書き手があらわれた。ついに、あらわれた。

すべてが参加に裏付けされている中で、自分にはそれに参加する――それを享受する――資格がないと武一は思う。それを確認するときの畳みかけるような言葉の連続が美しい。

演劇を見ることで参加する側の一員になろうとして、富山の劇場に出かけた武一は、そこでも参加できない自分を発見し、テーマを深めることになるが、どうやら答えは出ない。

小説が終わりに向かう中、武一は塀に蔦のように這ったコードに額の毛の白い金色の小さな生き物の死体がぶら下がっているのを見る。彼は、その死んだ生き物――おそらくはツキヒツジ――を入れたと思われる紙袋を穴に入れ、燃やす儀式を行う。

その行動をとる前に、斜め向かいの女性住人と会話を交わす場面が出てくる。その女性がわたしにはなぜか、統合失調症と闘い続けて亡くなった「詩人」と呼んだ女友達に思えて仕方がなかった。

女性住人は、計算されていなければ出て来ない雰囲気を持っている。だが、わたしにはツキヒツジの意味も、その女性が登場した意味もわからなかった。

出ない答えを出そうとする作者の焦りが、ツキヒツジという存在の曖昧さに出ているとも思える。この案が充分に練れているとは思えないが、ファンタスティックな生き物と飄々とした女性はこの作品に合う。

儀式のあと、図書館の本が入ったもう一つの紙袋を持ち上げて、武一が公園から出ていくところで作品は終わっている。

武一が参加にこだわるのは、その時期が来ているにも拘わらず、社会参加ができていないからである。参加するには違和感のある社会なのだ。人間は社会的な生き物であると、改めて思わずにはいられない。

もう還暦を迎えたというのに、ここ数年この主人公のような意識をわたしは強めてきたので、共感も一入だった。そして、読んだ後で、武一を作ったのは誰なのかと考えさせられた。神秘主義的深みのある、哲学的な小説に出合えた喜び。

創作に入るには、最低限、借り物でない作者自身の発見がなければならず、芸術の一分野としての文学行為であるためには真善美への焦がれるような憧れがなければならないとわたしは考えてきた。

この小説はこれらを満たしているように思われた。めったにないことである。技法的な問題は、創作を重ねることで解決していくだろう。

本物の才能が現れましたよ、三枝先生。日本文学は大丈夫です。この才能には土壌があるはずで、それを誕生させた優れた人々が周りにはいるはずです。作品がそう明かしているではありませんか――わたしは亡き三枝和子先生に語りかけていた。

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