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2018年6月18日 (月)

大阪府北部を震源とする地震

午前7時58分頃、大阪府北部を震源とするマグニチュード6.1の地震がありました。

大阪府北部で震度6弱、京都府南部で震度5強、滋賀県南部、兵庫県南東部、奈良県で震度5弱を観測とのニュース。

大阪からは離れた九州のここも、ほんの少しですが、揺れました。大阪が震源の地震とは思わなかったので、テロップを見て驚きました。

大阪にお住いのMさん、京都にお住いのAさん、大丈夫ですか? 心配しています。

あとのニュースによると、今回の地震は地殻内部で起きた直下型地震で、震源のごく近くに有馬-高槻断層帯があるとか。有馬-高槻断層帯では、文禄5年閏7月13日(1596年9月5日)にマグニチュード7.5の慶長伏見地震が起きているそうです。

豊臣政権下ですね。

ウィキペディアを見ると、気になることが書かれています。

ウィキペディア「慶長伏見地震」

この地震の4日前には現在の愛媛で中央構造線を震源とする慶長伊予地震が、また前日には現在の大分・別府湾口付近で別府湾-日出生断層帯の東部を震源とする慶長豊後地震(共にM7.0と推定)が発生しており、双方の地震による誘発地震の可能性が指摘されている。これらの天変地異が影響して、同年中に文禄から慶長へ改元が行われた。また、兵庫県南部を中心に甚大な被害となった1995年の兵庫県南部地震(M7.3)は、本地震で破壊された六甲・淡路島断層帯における地下深くの滑り残しが原因で発生したとする説が発表されている。
ウィキペディアの執筆者. “慶長伏見地震”. ウィキペディア日本語版. 2018-06-18. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%85%B6%E9%95%B7%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%9C%B0%E9%9C%87&oldid=68933909, (参照 2018-06-18).

怖い。

倒れてきた本棚の下敷きになって亡くなった男性がおられるようですが、どんな本棚だったのか気になりました。

安倍政権下でよかった。地震の対応は――に限らず――自民党政権が優秀です。

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2018年6月16日 (土)

ここ数日……幼馴染みのことで

ここ数日、直腸がんを患っている幼馴染みのYちゃんのことで頭がいっぱいになり、葛藤が起きて何も手につかず、インターポットのビンゴばかりしていたら、50位内にランキング入りしてしまった。神秘主義者にあるまじき……

彼女に電話をかけたとき、留守電になっていたので、大腸がんの名医のいる久留米大病院で手術を受けているとばかり思っていた。彼女はパソコンも携帯電話もしないので、わたしからは連絡がとりにくい。

しばらくしてかかってきた彼女からの電話では、京都時代(彼女は、京都生まれの男性と結婚して京都に住んでいた時期があった。その後、離婚した)の友人の伝[つて]で、京大病院でセカンドオピニオンを受けていたという。

セカンドオピニオンの結果は、最初の見立てと同じステージ3――直腸がんのステージは4まで――だそうだが、人工肛門になるとの説明だったとのこと。

セカンドオピニオンを受けた医師の名を訊いてググったら、大腸がんの名医とあった。セカンドオピニオンの後で、その名医から治療を受けたのかと思いきや、そのつもりはなかったそうで、退院、帰宅後に三軒ほどのホスピスの面接・診察を予約したのだという。

そのうちの一軒では、既に面接と診察を終えたのだそうだ。わたしは心底がっかりした。

彼女は10年ほど前に、顔面神経痛で九大病院に入院した。そのとき、同室に直腸がんの若い患者がいて、尿に便が混じり、泣いていたという。手術前だったのか、手術の失敗でそうなったのか、詳しいことはわからないそうだが、彼女は手術の失敗だと思っていたそうだ。

そんな思いをするより、緩和ケアだけで尊厳ある最期を迎えたいと幼馴染みはいう。

わたしは彼女との連絡がとれない間に、かなりの数の専門サイトと患者のブログを閲覧していた。

その中の患者ブログの一つに、治療を放置したらどうなるか医師に尋ねたら、腫瘍が腸管を突き破って尿から便が出たり、肛門から尿が出たり、また排便がめちゃくちゃになる――と答えが返ってきたとあった。

10年前に幼馴染が同室になった女性に起きた出来事が手術前のことだったのか、後だったのかは判然としないにせよ、放置すれば、そうなることがあるようだ。

尿に便がまじるなど、悶絶する痛みだろう。膀胱炎や結石ですら、わたしは泣きたくなるのに、恐ろしい。

セカンドオピニオンでも、ホスピスでの検査でも、最初に受けた検査のときから悪くなってはいないといわれたそうだ。手術すれば、根治できる可能性があるといわれたとも彼女はいっていた。

いずれホスピスに行くとしても、尿に便が混じるようなリスクを避けるために、手術を受けてからにしてはどうかとわたしはいった。それに、それに、うまくいけば根治できるかもしれないではないか。

大腸がんは消化器のがんの中で一番治りやすく、手術で病巣をとりきれれば、治癒率は75パーセントを超えていると専門サイトにあった。手術前か後に尿に便がまじって泣いていた女性を幼馴染みが見たのは、10年も前の話だ。

永久人工肛門になったとしても、内田春菊さんのように明るく、前向きに生きている人がいる。人工肛門をつけた写真が公開されている記事を見たが、おヘソにはピアス、その横にお洒落にさえ見える人工肛門が装着されていた。⇒ここ

しかし、幼馴染みは死に際を美しく飾ることにしか、関心が向いていない。

現時点では痛くも痒くもないことが、積極的な治療への嫌悪感を誘うのかもしれない。彼女のお母様がホスピスであまり苦しまない最期を迎えたことも、ホスピスへの評価が高まる理由だろう。

ただ、お母様は高齢だった。弱っていた。がんの種類が違う。幼馴染みはまだ間もなく還暦を迎えるという年齢であり、がんはあっても、他はどこも悪くないという。

そんなに体力のある体で、治療さえしなければ、苦しまずに死ねると思うほうが変だとわたしは思ってしまう。逆の見方をすれば、現時点での彼女には大変な治療に耐える体力があるということだ。

手術をすれば必ず失敗すると悲観的な一方では、手術しなくても尿に便が混じる事態になることは絶対になく安らかに死ねると楽観的であり、物事の見方にバランスがとれていない。幼馴染のそのバランスのとれない希望的観測がわたしには不安だ。

「わたしには家族がいないから」とも幼馴染みはいう。「元気になって、一緒に遊ぼうよって、いっているじゃない。わたしは準家族にもなれないの?」といったが、こんな風にいわれてしまった。「いくら友人だからといって、本人の考えを尊重せずに、自分の考えを押し付けるのはどうかと思う」

他の友人たちは皆、彼女の考えに敬意を払い、励ましてくれるそうだ。天涯孤独のようなことをいっていたけれど、友人は多いようだ。わたしは二軍かな。押しつけがましくて、上品になれないで、悪うございました。

「その人達は、皆、直腸がんのことに詳しいの?」と訊くと、「あまり詳しくないと思う。大腸がんに種類があるのも知らないみたい」と、彼女は軽く笑いながらいった。

「どうして、そんなに早く死にたいのよ?」と訊くと、「一度は死ななくてはならないから。これをいい機会だと思って、今済ませられるのならば、今済ませたい」と彼女。

「お母様がYちゃんにマンションや、80歳まで楽に暮らせるくらいのお金を残してくださったのは、早く死ぬためなの?」といい、わたしはわたしの母と一緒に電話局へと出かけていく幼馴染みのお母様を、彼女と窓から眺めていた子供のころのことを思い出していた。

「わたしたちは、自分に欠乏しているものを映し出す鏡よ。Yちゃんには家族がいない。わたしにはお金がない。そのために、もう一つ幸福ではない。わたしはがんになんかなったら、今あるお金でどこまで治療できるだろうとまず考えざるをえないのよ。治療できるお金が潤沢にあるということは、とても恵まれたことでしょ。それは、治療しなさいということではないかとわたしは思う。それに、わたしはYちゃんとこうして話すだけでも幸福な気分になれるのだけれど、Yちゃんはそうじゃないのね」といったが、返事がなかった。じっと聴いてくれているのはわかった。

一昨年会って、話したり書いたりする能力をなくしていっているとしか思えなかった中学校時代からの友人二人の話をすると、まだ若いのに? と幼馴染みは驚いた。

「昔のお年寄りみたいに、親や子供がいくつになったかとか、今どこにいるかとか、そんなことばかり訊いてきて、そこから話が何も展開しないのよ。仕事をしていたり、結婚もしているのに。御主人との会話がほとんどないんだって。その癖、変な意地悪はしてくるのよ。Yちゃんは本を読むの?」と訊くと、本は大好きなのだそうだ。やはり読書は頭の老化を防いでくれるようだ。

また、特定の宗教には関心がないそうだが、ブッダの話などは好きだという。「死ぬ前にはNちゃんに会いたい」と彼女。

「会いたければ、あなたのほうから来て。わたしは小説を書かなきゃならないから、忙しいのよ」とわたしはやや突き放したようにいった。そして、「今体調が悪くなくて、本好きなら、何か送るから、気が向いたら読んで。嫌なら、読まなければいいだけの話」とつけ加えた。

じっと死ぬのを待っている人なんて、わたしは見るに耐えられない。そんな人に、会いたいくない。たとえ、幼馴染みでも。

調べているうちに、萬子媛が断食入定なさったのかどうかははっきりしなくなったが、仮にそうなさったとして、その死を待つありかたは、幼馴染みとは対照的だったろう。

何にせよ、江戸時代の半ばごろに亡くなった萬子媛が、あの世でボランティア集団を率いて今も神社という神域で活動なさっていることは間違いない。あの世からこの世へ、毎日出勤なさっているのだ。凡人、否、凡霊にはそのようなことはできない。

わたしは内田春菊さんの記事と、昔書いたわたしの手記「枕許からのレポート」及び萬子媛のエッセーをコピーして送った。萬子媛のエッセーは、改めて読み返すと、説明不足でわかりにくかったり、表現がおかしかったりするところが見つかった。

自身の神秘主義的な側面を幼馴染みに話したことはなかったので、驚くかもしれない。読んでくれればの話だが。彼女の周囲には幸い複数の――彼女の意思を尊重し、励ましてくれる、名医に伝もある――友人達がいるようだから、もうこちらから連絡することはないだろう。わたしには、末期でもないのにホスピスを志向する幼馴染みを受け入れることができないのだ。

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2018年6月13日 (水)

米朝共同声明の妙味は4番目にあり(?)

12日、シンガポール南部のセントーサ島にあるカペラホテルで史上初の米朝首脳会談が開催された。

昨日、NHKの中継を、視聴できなかった時間帯は録画までして視聴した。

北朝鮮の最高指導者である金正恩朝鮮労働党委員長には、影武者説がある。真偽のほどは定かでないが、この日の金正恩氏は本物だろうと思い、穴が開くほど画面を見つめた。

注意深い、物事に動じない、怜悧な表情。とはいえ、相当に緊張している様子が伝わってくる。両首脳がテーブルを挟んで椅子に座ったとき、金正恩氏は息を整えていた。

そして、ふたりが向き合って互いに見つめ合ったとき、トランプ大統領をやや見上げる形になった金正恩氏は、まるで子供のように素直な表情に見えた。この一場面を見る限り、自国で高射機関銃による血の粛清をもいとわない独裁者には見えなかった。

そのせいか、ふたりのやりとりを見ていると、何だか、問題児と、その問題児を励まし、勉強に専念するように説く高校教師のように見えてしまった。

通訳による両首脳の会談が38分間行われ、その後、幹部を交えた拡大会合、ワーキングランチ、通訳なしの両首脳の散歩(トランプ大統領は大統領専用車の中を見せたりしていた)、両首脳の共同声明へのサイン、トランプ大統領の記者会見と続いた。

共同声明にはトランプ政権が主張してきたはずの「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)という一文が明記されていないということで、失望の声が聴かれる。どのような内容であったのか、NHK NEWS WEBから引用する。

NHK NEWS WEB(2018年6月12日19時47分)「米朝共同声明~全文和訳~」<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180612/k10011475301000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_022>

<ここから引用>
1・アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けた両国国民の願いに基づいて、新しい関係を樹立するために取り組んでいくことを約束する。

2・アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する。

3・2018年4月27日のパンムンジョム宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束する。

4・アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争中の捕虜や・行方不明の兵士の遺骨の回収に取り組むとともに、すでに身元が判明したものについては、返還することを約束する。

<ここまで引用>

1と2では米朝が顔を出しているが、抽象的といってよい努力目標が記されているにすぎない。

3は非核化に関することだが、朝鮮半島の平和と繁栄、統一を目標とするパンムンジョム宣言が前面に出てきている(パンムンジョム宣言⇒NHK NEWS WEB「南北首脳会談 2018.4.27」<https://www3.nhk.or.jp/news/special/inter_korean_summit_2018/>)。南北で頑張りますので、アメリカは見ていてください――といっているようにも読める。

4でまた、米朝が顔を出している。朝鮮戦争の捕虜、行方不明の兵士の遺骨回収に関することだ。

トランプ大統領の口から遺骨の回収という言葉が出てきたとき、意外な感じがしたが、声明文を読んでも、異様な感じがする。

今も北朝鮮で生きているに違いない日本人の拉致被害者には言及がないのに、1950年6月25日に始まり、1653年7月27日をもって休戦状態に入った朝鮮戦争の捕虜や行方不明の兵士の遺骨回収に触れられているということが腑に落ちない。

アメリカが遺骨回収に尽力してきたというイメージが湧かないということもある。ググってみたところでは、アメリカ人は宗教の違いからか、遺体や遺骨にそれほどこだわらない国民性のようである。

ただ、さらにググっていくと、北朝鮮は朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨を回収・返還することで、アメリカから1柱当たり100万円から200万円の謝礼を受けとっている――という記事が出てきた。

そうだとすれば、アメリカ人にも遺骨へのこだわりがあるということになるが、これまでの遺骨ビジネスの経緯から、北朝鮮にとって、遺骨回収の話題には抵抗感が少ないということがいえよう。

もしかしたら、共同声明の4には、北朝鮮との共同作業による遺骨回収という名目で、アメリカが北朝鮮に入る――無血開城が達成されるという隠し味が潜んでいるのかもしれない。

というのはいいすぎにしても、少なくとも、4に明記されたことの実行をアメリカが北朝鮮に丸投げするということではないだろう。

日本人拉致問題において、かつて北朝鮮は適当な人骨を見繕って日本に送りつけたことがあった。それと同じような行為を、アメリカが北朝鮮に許すとは思えない。積極的に介入しようとするのではないだろうか。北朝鮮としては、それに同意しないわけにはいかないだろう。

非核化に向けて具体的なこと、例えばリビア方式のことなどを共同声明に明記しようとすれば、北朝鮮にとっては抵抗感が強いだろうから、サインを拒絶することも考えられただろう。日本人拉致問題に関する明記も、北朝鮮にとっては抵抗感が強いはずだ。

だからこそ、そのあたりのことはあえて、共同声明に盛り込まなかったのではないだろうか。トランプ米大統領は記者会見で、日本人拉致問題ついて会談で提起したと述べた。

それに、リビア方式だと、アメリカ及びIAEA(国際原子力機関)の介入は核施設に限定されるのではあるまいか。ちなみにIAEAは1957年にアメリカ主導で設立されている。

しかし、戦争捕虜の捜査(未だに朝鮮戦争の捕虜なんて、いるのだろうか。それとも遺骨ということか?)、遺骨となると、北朝鮮全土に散らばっているのでは……

少なくとも日本にとっては今後はミサイルがこちらに向けて放たれる危険性はこれまでと比べ、格段に低くなったといえるのではないだろうか?

そうでないときは、北朝鮮がアメリカの軍事制裁を受けるときだ。日本国民の安全ということを考えるなら、このことだけでも米朝会談に感謝すべきといえる。

北朝鮮への経済制裁が効いていることは間違いなく、北朝鮮の非核化が問題とならなくなるまでは経済制裁を続けることをトランプ大統領が記者会見で明言したことも、日本政府の方針と一致している。

トランプ大統領は金正恩氏に西側の魅力をアピールすることで、北朝鮮を商業ベースで西側へ組み込もうとしているのだろうか。ロシアとの間には密約ができているような気もするが、中国がそれを許すとは思えない(中国とも何らかの密約はあるのだろうが)。

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2018年6月10日 (日)

Kindle版『枕許からのレポート』『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む』にレビューをありがとうございます!

久しぶりにアマゾンの著者ページを見たところ、3件のレビューを頂戴していました。拙Kindle本をお買い上げいただくことはちょくちょくありますが、レビューを頂戴することはめったになかったので、長いこと見ていなかったのですね。

紹介致します。

枕許からのレポート(Collected Essays, Volume 4)

T様
5つ星のうち5.0
2017年2月1日

<ここから引用>
神秘体験の不思議


体験したものにしか理解できない世界と思います。私にも同じような体験がありますので少しは理解できます。(実際は体験者はいなく体験だけがあったのですが。)これからいろんな人が直接、神を体験できれば少しは世界平和に貢献できるのではないでしょうか。
<ここまで引用>

神秘主義者を自覚する出発点となった出来事を綴った手記です。まだ神秘主義関係の書物を片っ端から読み漁っていた23歳のときの作品なので、表現に混乱が見られます。それでも、これを超える神秘主義的体験は以後、60歳になる今日までありません。

母に対する個人的、利己的な愛が凄まじい葛藤の中で無私のものとなったこのとき、ハート――心臓のある辺り――が汲めども尽きぬ純白な光の源泉となったのです。神秘体験と名づけるに値する体験だったと考えています。当ブログでもお読みいただけます。

2007年9月30日 (日)
手記『枕許からのレポート』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

beeAmazon カスタマー様
5つ星のうち5.0
2018年2月20日

<ここから引用>
短いながらも「純文学」の危機を的確に表現してます。


10年前くらいからの芥川賞の作品をきちんと評価しています。朝吹真理子「きことわ」の日本語表現のおかしさ、などは芥川賞の選考委員が目をつぶって許している気がする。いわゆる文芸誌の新人賞受賞者「使い捨て」についても的を得た批判は鋭い。アマゾンの評価をする人は星一つなら、何故そうなのかくらいのコメントを残すべきである。文芸誌に載る作品も「文学」なのか、ただの「エンターテインメント」なのか区別がつかなくなってきている。著者のその辺の分析も体験者しか書けない説得力がある。200円は安すぎると感じた。

<ここまで引用>

後半部は次のレビュー――投稿の時期はそちらが先――を受けて書かれています。

購入後悔様
5つ星のうち1.0
2017年12月29日

<ここから引用>
市場にのせるレベルの評論ではないです

あまり酷いことは書きたくないですが…
はっきり言って返金して欲しいです。酷すぎます。芥川賞作を批判するというより、文学そのものへのリスペクトを感じません。評論する以上は相当な知識と教養が必要かと思います。これでは創作者に失礼過ぎます(意にも介されないと思うけど)

<ここまで引用>

Kindle本には試し読みのページが設けられていますので、次回からはそのサービスを有効活用して購入なさることをおすすめします。

拙著への反論がありましたら、サイドバー設置のメールフォームにて、ご投稿ください。反論のレベルに達していると判断した場合は――当方の基準によりますが――当ブログで紹介致します。

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。管理人の電子著書一覧を御覧いただけます。

直塚万季のページ

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2018年6月 8日 (金)

萬子媛の小説の創作スケジュール

トルストイ『戦争と平和』のエッセーの続きと、萬子媛の小説の取材でお尋ねした鹿島市民図書館の学芸員のお話をまとめておかなければならないが、萬子媛の小説の準備に今月と7月を当て、8月から執筆を始めたい。

ようやく、ここまで来たという思いだ。

カテゴリー「初の歴史小説」を設置したのが、2013年10月10日。

カテゴリーを改め「歴史短編1のために」を設置したのが、2014年11月3日。この時点では「江戸五景」という総題のもとに歴史短編を5編書くつもりで、萬子媛の小説はそのうちの1編になるはずだった。

萬子媛に関して不明点が多く、中~長編にするだけの準備ができないと思い、スケッチ風の短編にまとめあげるのが精々と考えていた。

その不明点を補いたいという意図が働いたのか、萬子媛とつながりのありそうなことをことごとく書き込んで短編に凝縮させた結果、プロットのような短編小説が出来上がった。

短編を書くのに1年近くかかった勘定になるが、そのうちの大半が歴史の勉強や資料漁りに潰えた。

初めて書いた歴史小説は小説とはいえないシロモノで、明らかに消化不良だった。それでも、いくつかの場面は印象的に書けていると思え、それなりの達成感はあった。そうでなければ、もうこの小説のプラン自体に匙を投げていただろう。

昔、純文学小説を書き始めたときに書いた150枚ほどの小説に「あらすじみたいだ」という感想を多く貰った。我ながら、そのときのあらすじのような骨組みだけのような――これをトリートメントというのだろう――小説にそっくりだと思った。

この第一稿は失敗作に終わったが、プロットとしては使える。

作品の感想が届き出したのが2015年12月10日。賛否両論。参考になった。

2016年と17年は、取材と資料読みに潰えた。

今年に入ってからもなかなか第二稿に入る気になれなかった。それは、鹿島市民図書館の学芸員にお尋ねしたようなことが不明点としてわたしの中にわだかまっていたためだ。

現時点でも疑問点がすべて解消されたとはいえない。ただ、これ以上は調べようがないというところまで調べた結果として、気分は爽やかに安定している。ようやく執筆に入れるところまで到達できた。

歴史小説を書くためのスキルが身についていないという不安はある。この感じは、大人向きの純文学小説をずっと書いてきて、ジャンル違いの児童小説を初めて書いてみたときに似ている。

何年間かほとんど書けなかったのに、その後、いつのまにか書けるようになっていた。純文学小説にしても、あの後、あらすじではない小説が書けるようになった。

今回もそうなると信じて、とにかく書こう。ジャンル違いのチャレンジであるために、慣れていないだけなのだ。失敗を懼れるまい。作品になるまで、何度でも書き直せばいいだけなのだから。

テーマの再考、プロット、ストーリー、資料の整理には時間をかけたい。予定より日数がかかるかもしれないが、賞応募の予定はないから、それは構わない。

第一稿はプロットが破綻していたように思う。テーマも熟しきれていなかった。取材や調べものに時間をかけることで、自ずとテーマが定まり、プロットも浮かび上がってきている。

プロットについては、ウィキペディアが参考になる。ウィキペディア「プロット」⇒ここ
  • トリートメント……ストーリーがどのように始まり (設定)、どのような展開 (対立、衝突) があり、どのように終わるのか (解決) を、短編小説 (short story) として非常に手短に要約した文書
  • カード
  • アウトライン……それぞれのシーンを数行で書き出したもの
  • ジャーナル……キャラクターの掘り下げを行うための手記
  • ファーブラ……出来事を起こった時間の順に並べたもの
  • ジュジェート……起こった出来事を語られる順に並べ直したもの

だいたいこれに似たことをやってきたが、わかりやすい。

 ◎枚数
  300枚  

 ◎完成に要する時間
  1年

 ◎年間スケジュール

2018.6.    テーマ、プロット、ストーリー、資料整理

2018.7. 

2018.8.    執筆開始

2018.9.    75枚

2018.10.

2018.11   75枚(150枚)

2018.12.

2019.1.    75枚(225枚)

2019.2.   

2019.3.    75枚(300枚)

2019.4.    調整、手直し、清書

2019.5.   

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