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2018年1月14日 (日)

歴史短編1のために #33 扇面和歌を通して考察したこと②

#31 扇面和歌を通して考察したこと

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

祐徳博物館には、「祐徳院殿御遺物」が展示されており、御遺物には解説が付けられている。その解説の中に萬子媛が二十一代巻頭和歌を愛読されていたとあった。

二十一代集(勅撰和歌集)とは、平安時代に勅撰和歌集として最初に編纂された古今和歌集(905)から室町時代に編纂された新続古今和歌集(1439)までの534年間に編纂された21の勅撰和歌集のことで、合わせて23万44首といわれる。

二十一代集は、平安時代から室町時代までの文化史が歌という形式で表現されたものということもできる。そこからは日本人の精神構造が読みとれるばすで、宗教観の変遷などもわかることだろう。

二十一代集の巻頭和歌を愛読された萬子媛は、和歌そのものを愛されたといってよいのではないかと思う。

特に藤原俊成女(皇太后宮太夫俊成女、俊成卿女の名で歌壇で活躍)の歌を愛されたのか、扇面に記された藤原俊成女の歌がある。記されたのは元禄9年(1696)ということだから、萬子媛出家後の71歳のころのものだ。

昔の日本人の宗教観は凛としている。洗練された美しさがあり、知的である。

平安時代末期に後白河法皇によって編まれた歌謡集『梁塵秘抄』を読んだときに思ったことだが、森羅万象に宿る神性、神仏一如、輪廻観、一切皆成仏といった宗教観が貴族から庶民層にまで浸透しているかのようだ(拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」 74 を参照されたい)。

こうした宗教観は鎌倉時代初期の勅撰和歌集『新古今和歌集』にも通底しており、森羅万象に宿る神性、神仏一如(19神祇,1878,1879,1880)、輪廻観(19神祇,1902)、一切皆成仏(20釈教,1928)といった宗教観が読みとれる。
 ※「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開するときに番号の歌を引用する予定。

この複合的、統一感のある宗教観こそが歌謡集から勅撰和歌集まで、そこに集められた歌に凛とした気品と陰翳と知的洗練をもたらしたのだと考えられる。

江戸初期から中期にかかるころに生きた萬子媛が二十一代巻頭和歌を愛読されていたということは、二十一代集に通底する宗教観を萬子媛も共有していたということではないかと思う。

注目したいのは、『新古今和歌集』巻第十九神祇歌1898の歌である。作者は皇太后宮大夫俊成(藤原俊成,1114 - 1204)。萬子媛が扇面に記した歌の作者は藤原俊成女であるが、俊成は藤原俊成女の母方の祖父に当る。『新古今和歌集』の撰者の一人であった藤原定家は俊成の子である。

『日本古典文書12 古今和歌集・新古今和歌集』(訳者代表・窪田空穂、1990)より歌、訳及び解説を引用する。

春日野のおどろの道の埋[うも]れ水すゑだに神のしるしあらはせ
(この春日野の、公卿の家筋を暗示するおどろの路の、埋もれ水のごとく世に沈んでいる自分である。今はとにかく、せめて子孫なりとも、わが祈りの験[しるし]をもって、世に現わし栄達させ給え。「春日野」は春日神社を示し、自身も藤原氏でその神の末であることとを余情とした詞。「おどろ」は、草むらの甚だしいもので、「路」の状態とするとともに、公卿の位地を示す語。)(皇太后宮大夫俊成,窪田訳,1990,p.443)

子孫の出世を願う、切実ながらいささか世俗臭のする歌だと考えられるが、俊成は藤原北家の人で、萬子媛も藤原北家の花山院の出であるから、神のしるしどころか、文字通り祐徳稲荷神社の神様の一柱となられた萬子媛は子孫の栄達を祈った俊成の願いを最高に叶えた子孫といえるのではあるまいか。

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2018年1月13日 (土)

12日に、循環器クリニック受診。皇居歌会始。

のっけから話題が逸れるが、待合室にいたとき、テレビに皇居での歌会始が映っていた。お題は「語」。

天皇、皇后両陛下と皇族方のお歌、入選者らの歌一覧(産経ニュース)→ここ

天皇陛下、皇后陛下のお歌からは、語らいながら寄りそってご散策になる天皇・皇后両陛下のお姿が浮かび上がってくる。

ところで、祐徳稲荷神社の創建者・萬子媛をモデルとした小説第二稿の下調べで、萬子媛が愛された二十一代巻頭和歌について調べる必要が出てきた。

二十一代集(勅撰和歌集)は、撰和歌集として平安時代に最初に編纂された古今和歌集(905)から室町時代に編纂された新続古今和歌集(1439年)までの534年間に編纂された21の勅撰和歌集のことで、合わせて23万44首といわれる。

その巻頭の和歌集を愛読された萬子媛は、和歌そのものを愛されたといってよいのではないかと思う。二十一代集は、平安時代から室町時代までの文化史が歌という形式で表現されたものということもできる。そこからは日本人の精神構造が読み取れるばすで、宗教観の変遷などもわかることだろう。

特に藤原俊成女(皇太后宮太夫俊成女、俊成卿女の名で歌壇で活躍)の歌を愛されたのか、藤原俊成女の歌を記した扇面和歌がある。

記されたのは元禄9年(1696)ということだから、萬子媛の出家後、71歳のころのものだ。

わたしは俳句には若いころから関心があったけれど、和歌については高校の授業で習ったレベルのことしか知らず、無知だった。

調べるうちに興味が湧き、勉強した。年末に調べたことや感じたことをノートしておくつもりで、まだできていない。

来年のお題「光」に挑戦してみたくなった。習字の練習も必要になるが、硯をどこにやったか記憶にない。

受診の話題に戻ると、診察室で「寒いけれど、胸は打丈夫?」と先生。

今は何ともないが、胸の圧迫感が起きたことを報告。

「ミオコールスプレーを使った?」と先生。「ニトロペンを2錠使いました」とわたし。

「効き方が以前に比べると鈍い感じで、大抵2錠か3錠使うことになるのですが、これは日ごろ予防薬をつかっているために耐性ができて効きにくくなっていると考えていいのでしょうか?」と改めてお尋ねしてみた。

「アイトロールを使っているからね」と先生。

息子が帰省していた間は精力的な息子にエネルギーを貰うせいか、自分でも意外なくらいにパワフルになる(息子がいるときに発作が起きたことは一度もない)。

が、そのあとトーンダウン。寒くなってからは心臓が不安定で、色々な不整脈が起きて圧迫感が起きたり、おなかが腫れたりして嫌な感じだ。

でもニトロは今年になってからはまだ使っていない。使ったのは昨年の12月後半だった。

ニトロ2錠使ったことを報告し(暮れの慌ただしさに紛れて記録しそこなっている。そのときは覚えていられるつもりだったが、いつ、どんな状況でそうなったか、完全に忘却)。

「まだニトロはある?」と先生。まだ充分にあるので、今回は出して貰う必要はなかった。2ヶ月で2錠しか使わなかったのだから。でもニトロは多めにあると、あちこちに置けて便利だ。

「喘息予防のフルタイドはちゃんと使っているね?」と先生。「はい」とわたし。

「次回検査になっているけれど、血液検査にカルシウムをくわえてほしいの?」と先生。検査室で看護師さんに次回検査といわれたときに、カルシウムのことをお話ししていた。

「日赤で副甲状腺機能亢進症疑いで診ていただいているのですが、カルシウムがぎりぎりで、血液検査は半年に1回です。こちらでも検査項目に加えていただけると助かります。前回も加えていただきました」とお願いした。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • シグマート錠5mg 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ヘルベッサーRカプセル100mg 1回1Cap 朝・夕食後
  • アイトロール錠20mg 1回1錠 朝・夕食後

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤、吸入薬) 1個 吸入

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2018年1月12日 (金)

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』(講談社、2017)を読んで

昨年末に娘が山岸先生の『レベレーション』第3巻を買って来てくれた。

フランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルク(1412 - 1431)を描く『レベレーション』。山岸先生の力量を印象づける力強い筆致で、第1巻がスタートした。

わたしはワタクシ的期待感を籠めて、それの感想を書いた。

2015年1月 3日 (土)
山岸凉子「レベレーション―啓示―」第1回を読んで
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/post-dc53.html

年が明けてから今巻を読み、第2巻を読んだときも思ったように、次の巻を読むまではまだ感想を書けないような気がしている。……といいながら結構書いてしまったので、ネタバレありです、ご注意ください。

というのも、歴史的見地からすると、ジャンヌの今巻での活躍は最高潮に達していたものの、第1巻冒頭に描かれたジャンヌの表情から推測すれば、この後――4巻から――の暗転する状況とそこから起きるジャンヌの内面劇こそがこの作品でのクライマックスにふさわしいものと考えられるからだ。

山岸凉子『レベレーション(啓示)3』
出版社: 講談社 (2017/12/21)
ISBN-10: 4065106192
ISBN-13: 978-4065106198

百年戦争のただなかにあったフランスで、国王シャルル6世の発狂後、ヴァロア朝支持のアルマニャック派(シャルル6世の弟のオルレアン公ルイ)とイギリスと結んだブルゴーニュ派(叔父のブルゴーニュ公フィリップ2世)が対立し、内戦が拡大していた。

王太子シャルル7世(1403 - 1461,第4代国王シャルル6世と王妃イザボー・ド・バヴィエールの五男。フランス・ヴァロワ朝の第5代国王となる)は、神の啓示を受けたと主張するジャンヌ・ダルクを信じて兵を出す。

オルレアンへ向かったジャンヌ・ダルクは破竹の勢いでイギリス軍の包囲網を破り、オルレアンを解放した。

戦いの場面が連続する割には、今巻はむしろ単調な印象を受けた。

山岸先生は複雑な歴史の流れを説明するのに忙しかったように感じられ、そこから単調な印象がもたらされたのかもしれない。あるいは、神意を享けて動揺していたジャンヌの内面が、ここではさほどの困惑も迷いもなく、安定していたために、そう感じられたのかもしれない。

ただ、精神状態が安定していたからこそ、人々が戦いの中で告解もせずに死んでいったことに対するジャンヌの敵味方を区別しない純粋な悲しみは、人間的心情の華と表現したくなるほどの可憐な印象を与える。山岸先生の手腕が光る。

ちょっと記憶しておきたいのは、ジャンヌが負傷する場面だ。

神意を享けた行動であったにもかかわらず負傷してしまったことに対する恐怖心と傷の痛みから泣いてしまうジャンヌに、聖カトリーヌが出現して(ジャンヌにしか見えない)、恐怖せずに済むだけの根拠を与え、慰める。「そこには大事な臓器がひとつもない 痛くない」と。

人間とは異なる大局的見地に立ってお告げや慰めを与えようとする神的存在のみが持ち得るような、大らかな威厳を感じさせる聖カトリーヌ。圧倒的でありながら、どこかおぼろげな存在感だ。

聖カトリーヌは聖カタリナ(アレクサンドリアの聖カタリナ)のフランス名。

ウィキペディア:アレクサンドリアのカタリナ

聖カトリーヌの両手は抱擁するのをかろうじてとどめているかのような、微妙な開き方をしている。美しい場面である。

一方、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのは、フランスの守護天使(人ではないが、守護聖人)とされる大天使聖ミカエルであったと考えられている。

第1巻で、ジャンヌに神の啓示を与える大天使聖ミカエルは、威圧するような体の大きさで、圧倒的、冷たいといってよいくらいに威厳がありながらも、やはりおぼろげな印象を与える繊細なタッチで描かれている。

第3巻までを、神的存在(大天使聖ミカエル、聖カトリーヌ)とジャンヌの蜜月時代といって差し支えないだろう。それは今後も続くのだろうか。

オルレアンでの勝利の後も、ジャンヌは神意に駆り立てられ、ランスでのシャルル7世の戴冠式を急ごうとする。そこで今巻は終わった。

このあと、シャルル7世の戴冠式が実際に執り行われるが、事態は暗転し、ジャンヌに悲劇が訪れることを歴史は物語っている。

第1巻冒頭でのジャンヌは事態が暗転した後のジャンヌで、処刑を告げられ、火刑場へと引き立てられていくところだ。

ランスへ向かったジャンヌが火刑場に向かうまでを、そして向かった後のジャンヌを山岸先生はどう料理するのだろう? 

『レベレーション』が何巻で完結するのかは知らないけれど、とりあえずは第4巻がとても待ち遠しい。 

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2018年1月11日 (木)

中野さんからファイル形式でお年玉(竜王会)。星野未来さんのブログ(神智学協会ニッポン・ロッジ)。

竜王会の中野さんから、神智学のお年玉がファイル形式で届きました。ありがとうございます!

昨年の年賀状に勉強会のことをお書きになっていたので、今年の年賀状でそれについてお尋ねしていたのです。

すると、勉強会に使用された資料がディスクに書き込まれて送られてきたのでした。

集会の様子を録音したCDだろうと思い、ディスクをセットしてみると、Windows PowerPoint が起動したので驚きました。これまで使ったことがなかったのです。

DVDには、スライド画像集、文書、MPG動画ファイルが入っていました。以下のようなものです。

  • ギータ写真1718(文書。写真あり)……中野潤一編、田中恵美子会長による要約「ハガヴァッド・ギータ」
  • 神智学の教え1(スライド画像389枚)
  • バガヴァッド・ギータ(MPGファイル)
  • 想念形体全体(MPGファイル)……『思いは生きている』平成8年11月16日

スライドになると、わかりやすいですね。

「神智学の教え1」というタイトルのスライド画像集が一番新しく、これが最近の勉強会で使われたものでしょう。

バガヴァッド・ギータは、神智学の学習には算数の勉強に九九が必要というのと同じくらい必要なものの一つなので、改めて要約と動画を使って勉強したいと思っています。

想念形体全体というタイトルの動画は、アニー・ベサント&C・W・リードビーター共著(田中恵美子訳)『思いは生きている ―想念形体―』(神智学協会 ニッポンロッジ、1983)を動画にしたものです。

昔、大会のときだったか博多での集会のときだったかに観た記憶があり、なつかしく思いました。

リードビーターの著作にはブラヴァツキーの神智学とは違った部分があって、彼の宇宙体系をわたしは受け入れることができませんが、オーラや想念形体を見ることのあるわたしには前掲著作は参考になります。

大会のときに観た動画をもう一度観たいと思っていたので、ありがたいです。

他に、アカシック・レコード(スライド画像27枚)、アカシック・レコード2(スライド画像30枚)も入っていましたが、これは神智学とは異なる系統の思想を展開するスライド画像集であるようです。

ところで、わたしは地方在住で、田中先生がお亡くなりになったときにお葬式に上京して以降は、創作や倹約の必要などから東京での集会に行けず(尤も、それまでも何回か大会に出席できただけでしたが)、時々お電話をくださっていた宮本さんが竜王会をやめられた後は竜王会がどのような状態にあるのか、さっぱりわからなくなりました。

そのうち、竜王会の内部に存在した神智学協会ニッポン・ロッジが独立分離し(?)、竜王会と神智学協会ニッポン・ロッジが二つに分かれてしまいました。

経緯やそうなった決定的な理由が何なのかは、わからないままです。何度か、どちらにも、別の方々に問い合わせたことがありましたが、答えがありませんでした。

ブラヴァツキーの神智学に強く惹かれるわたしにとって竜王会の魅力は内部に神智学協会ニッポン・ロッジがあるということが第一でしたが、過去記事で書いたように田中先生を通して神智学を教わり、故人であった三浦先生のヴィジョンを見たわたしには竜王会も重要な存在ですから、何だか体が引き裂かれたみたいな気がしました。

竜王会の現会長・岩間浩先生のご著書『総合ヨガ創始者 三浦関造の生涯』(竜王文庫、2016)には、神智学会解散と竜王会の設立について、過去記事「大戦前後の日本が透けて見えてくる、岩間浩編著『綜合ヨガ創始者 三浦関造の生涯』」でも引用しましたが、次のように書かれています。

関造は、神智学をしている間に常に思っていたことがあった。すなわち、神智学を通して、人々は自分の中に潜む神性を知ることが出来、死をも恐れず、喜んで日常生活に精を出し、真の幸せをつかみ得るはずであると考えていた。この幸せをすべての人々と分かち合いたいと切実に思っていた。そして、だがどうして人々が来てくれないのかという、一般の人に対するやるせない気持ちがあった。
この気持ちから、方法論としてヨガを導入することで、神智学理論を実践する方向が開けると思い、ヨガと神智学を結び付けて、打ちひしがれている日本人の敗戦後の心に光を灯そうという情熱が燃え上がった。
(岩間,2016,p.44)

三浦先生には神智学徒として、神智学を広めたいという思いが切実なものとしてあったことがわかります。

ブラヴァツキーが開示した神智学の体系は科学、宗教、哲学を総合したものですから、科学的――秘教科学的というべきかもしれませんが――考察に秀でるヨガが神智学を学ぶ上での基礎教養として役立つことは間違いなく、三浦先生はよいところに目をつけられたものだと思います。

竜王会からも神智学協会ニッポン・ロッジからも神智学関係の本が出版されるようになってみると、元々一つであったものが二つになったことから来る例えば、萎縮傾向からの人材不足、協力者不足といったデメリットなどはないのだろうか、また一つになればいいのに――と事情を知らないわたしは思ってしまいますが、それは難しいのでしょうね。

神智学協会ニッポン・ロッジといえば、会報誌で星野未来さんのメイベル・コリンズ「黄金の門をくぐって」「睡蓮の牧歌」、ヘレナ・レーリッヒ「ヘレナ・レーリッヒの手紙」の邦訳が連載されており、わたしは楽しみにしています。

ブログも運営しておられるようで、検索したら出てきます。

わたしはそれらのブログのうち、今年になって新しく開設されたブログで始められた邦訳の連載を期待しています。

我が師匠レーリヒ一家との出会い(シーナ・フォスディック氏の日記)
http://myteachers.blog.jp/

ブラヴァツキーの身近にいた協力者の一人ワクトマイスター伯爵夫人著『H・P・ブラヴァツキーの思い出とシークレット・ドクトリン』(1893)が今もあるとすれば、どなたか邦訳してくださらないだろうか、とわたしは思わずにいられません。ブラヴァツキーの人となりが鮮明になるのではないでしょうか。

わたしが自分でこれから英語の勉強を始めるには時間がかかりすぎますし、創作ができなくなるので、虫のよい願望なのかもしれませんが、ブラヴァツキーの神智学、アグニ・ヨガ関係の邦訳版が沢山出ることを期待せずにはいられません。邦訳版が多く出れば出るほど、誹謗中傷に遭いやすいブラヴァツキーの神智学の本当の姿を日本人にわかって貰える機会も増えます。

忠源さん、老松さん、ジェフさん、星野未来さん、また他の邦訳に専念してくださっている全ての方々にモリヤ大師のご加護がありますように。田中先生が見守ってくださっていることは確かです。

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アバター&インターポット雑感。空飛ぶ家での今年初飛行。

アバター&インターポットに関する最古記事は昨年の6月16日にアップした以下の記事です。

2017年6月26日 (月)
なぜかできてしまったアバターと庭
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/06/post-4d0b.html

この時点でなぜか樹齢が小さくはなかったので、設定だけは済ませていたのでしょうか、よくわかりません。

最古記事を見ると、このときバルザックと名付けたばかりの木はまだ小さいです。

インターポットで、なかなか上位アイテムをゲットできないこのごろ。

昨年暮れに三つも「国会議事堂A Xmas」をゲットし、池に浮かべるのによさそうな可愛らしい宝船を4艘もゲットと、アンバランスな状況です。勿論、狙っていたのは別のアイテムだったのですが、一向に当らず。

それでも、うちのアバ令嬢は結構楽しそうです。今日はこれも昨年ゲットして設置してやった空飛ぶ家で新春初飛行を行っていました。ちょうど庭に入ったときに家が揺れていたので、すかさずカメラを準備。撮影しました。

よく見ると、窓のところにピンク色のものが見えます。これはアバ嬢が被っている「ゴーグル&ニット帽ピンク」に違いありません。彼女がちゃんと中にいるんですよね。よくできています。三つ並んだ国会議事堂がわかりますか。

アバ嬢には神経衰弱で他のスキー服、スキー板、ストックもゲットしてあげたいのですが、難しいです。

魅力的なアイテムとユーザーさんたちの率直な味のあるつぶやきに惹かれて続けているのですが、ゲームにつぎ込む時間が惜しいとも思います。

ちょっとした息抜きのつもりで始めたゲームでしたが、ここにはそれなりの世界が厳然と存在していて、半端なものではありませんでした。

キラポチをすることで、ある種の連帯感が生まれ、孤独感が癒えるような癒えないような……普段、接することのできない様々な地域で暮らしていらっしゃる中高年層の方々、あるいは若い方々のつぶやきが新鮮だったり、知らなかったことを教わったり……といったメリットもあるので、しばらくは迷いながら自分にできる範囲で続けることになりそうです。

つぶやきから毎日小説をアップされている方へのブログへも行けて、感心して拝読しながらわたしも頑張らなくてはという気にさせられるのも、やめたくない理由の一つとなっています。

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